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ブラックバードの歌

緑色の卵が入った巣の縁に鳥がとまっている
『ブラックバードの歌』
カチャ・ベーレン/作 千葉茂樹/訳 鈴木まもる/絵
あすなろ書房
2023

ハル:なかなか重たい展開でしたし(けがの話もちょっと怖いし)、短いお話ではありましたが、力強いなと思いました。モチーフとして、ブラックバードであることにちゃんと意味があるのがすごくいいなと思いました。だからこそ、この鳥の描写も生きてくるし、そのときの様子や音色も脳裏に広がっていくようで、共感しながら読むことができました。主人公と似た境遇、同じ体験をする読者は少ないとしても、子どもだろうとおとなだろうと、生きていればいくつもの壁にぶちあたるでしょうから、そういうときは、本能によって生きている自然や動物たちの物語に目を向けるのもいいですよね。

アカシア:私はひねくれているせいか、あざとい物語だと思ってしまいました。交通事故にあった主人公のアニーは、骨折はリハビリすればよくなると言われているのに、いじけて母親をうらんでいます。私はまずそこに共感できなかったんです。もっとひどい状況に置かれた子はたくさんいるのに、と。野生の存在であるブラックバードに人間が餌や巣の材料を持っていったりすることが肯定的に書かれていることにも疑問を感じました。また、p76には「守ってあげられなくてごめん」という言葉が出てくるんですが、それも単なる自己中心的なセリフのように感じました。アニーは立ち直るためのきっかけとして、もっと大きなショックが必要なのだと思いますが、そこにブラックバードの悲劇をもってきているのも嫌でした。ブラックバードの生態についていろいろ書かれていて、最初は歌がへただけどだんだんじょうずになってシンフォニーを完成させていく、なんていう部分はおもしろかったんですけどね。

花散里:私はとてもよい作品だと思いました。前半は交通事故でフルートが吹けなくなった少女の母親に対する思い、リハビリをする気にならないことなど、よく分からなくて読み難かったのですが、少年ノアと出会い、秘密の世界を見つけ、ブラックバードの世話をするうちに、指のリハビリや音楽に前向きになっていくところなどだんだんと惹きこまれ、ブラックバードとともに音楽を歌い上げていく姿が描かれていく後半はとても読み応えがありました。訳者の千葉茂樹さんが「あとがき」に書かれていたビートルズの名曲「ブラックバード」や、ブラックバードの鳴き声もYouTubeで聞くことができました。訳者念願の鈴木まもるさんの挿絵もとてもよいと思いました。挫折を克服し、夢に向かっていく構成は読後感もよく、子どもたちに薦めたいと思う作品でした。

サークルK:事故でけがをして夢を絶たれたと思い込んだ少女が再生していくお話と言ってしまえばそれまでなのですが、おもしろく読みました。その理由として1~33章までの各章がコンパクトにまとまっていて挿絵がシンプルながらとても的を射ていると感じられたからです。散文なのに詩のように短い文章が連なっていて流れるように読み進められました。ブラックバードの悲劇はこのお話の中核ですが、映画やミュージカルにもなった『ヒストリーボーイズ』の「バイバイ ブラックバード」という歌を思い出しました。

ANNE:まず、表紙の美しさに目を惹かれました。リアルな鳥の巣、その中に産みつけられた小さな青い卵。これはもしかしたらと、奥付を確認したら思った通り。絵本作家で鳥の巣の研究家としても知られる鈴木まもるさんのイラストでした。文中の挿絵も、物語とよく合っていて楽しめました。一章ごとの文章量がとても少なく、ちょっと散文詩を読んでいるように感じる章もありました。児童文学ではあまり読んだことのない書き方で、新鮮に感じました。

アマリリス:とてもよかったです。最近増えている詩の形式の物語に近い気がしました。短い描写でも、広がりがあります。もっとも、主人公が何に不満を持っているのか、なぜリハビリをしないのか、終盤まで明かされず、「どうして?」という思いがつきまとってしまいました。三人称だったら、その感覚が薄れたと思うのですが、一人称なだけに、主人公に感情移入できないもどかしさがありました。あと、最後に受験の曲を発表する場面、主人公が「タイトルは『バードソング』」と言います。原文だと小説の題名も「BIRDSONG」なので、曲名と題名がカチッと一致してかっこよく終わるのですが、翻訳では『ブラックバードの歌』なので、一致しないところが残念でした。

雪割草:はじめて読んで、なんて見事なんだろうと感動しました。水面にきれいな色の水彩絵の具をポトンと落としたのを眺めているような、そんな気持ちになりました。言葉の世界でありながら、色と音が心の目と耳で感じられて、鮮やかに描くことができました。これを読んだ読者は、ひとりで完璧である必要はなく、助けてくれる人や生きものがいるし、自分も誰かの力になれる、それが生きていくことと思えると思います。この作家のファンになり、いくつか作品を読みましたが、日本語版が出版された『わたしの名前はオクトーバー』(こだまともこ訳 評論社)が一番好きです。この作家が描く大人は、激しくなく好感がもてますし安心して読めます。みなさんと意見が違って恐縮なのですが、この表紙は昔の作品と勘違いされてしまう古風な雰囲気なのが、今の子には手にとってもらいにくいと思いますし、もったいないと思いました。

ルパン:おもしろかったんですけど、主人公より、母親のほうに感情移入してしまいました。親が自分のせいで子どもの才能をつぶすことになったらどんなにつらいだろうかと。でも、いつまでも被害者意識をふりかざしたり、理学療法士のルカが「リハビリをすればよくなる」と言っているのに努力をしなかったりするアニーにだんだんイライラしてきて、自分がこの子の母親だったら「いいかげんにしろ」というだろうな、と思っちゃいました。でも、最後に、アニーが音楽学校に行くためではなく、自分のためとブラックバードのためだけにフルートを吹く場面はすばらしく、すとんと腑に落ちました。

コアラ:とても素敵な話でした。最初の1行で胸をつかまれたし、美しい表現が随所に出てきてとてもよかったです。p5の「わたしには、フルートの音を目で見ることができた。音がまわりの世界に色をつけていくのも見えた」というのは、美しい比喩として読むこともできるし、共感覚の世界を描いているとも読めると思いました。つらい経験から一歩踏み出す様子がていねいに描かれていて、勇気を与える本だと思います。なかなか一歩が踏み出せずにいる人にはぜひ読んでもらいたいですね。挿絵はちょっとひっかかるところがあって、p27はベランダから外の公園を見ている絵ですが、p25の最終行に、部屋は15階とあります。15階から下を見たら、もっとずっと小さく見えているはず。ただ、カバーの鳥と鳥の巣の絵はとても魅力的で、訳者あとがきには、挿絵の鈴木まもるさんは「鳥の巣の研究家」とあるので、そういう研究分野があるのかと知りました。あと、訳者あとがきにもありましたが、ビートルズの曲や、ブラックバードの鳴き声をYouTubeで聞いてみました。メロディを口笛で吹いているようにとても美しい鳴き声でした。

西山:短さにびっくりというのがいちばんの感想です。こってりとした重くて長い作品になりそうな内容なのに。かといって、特段物語を急いでいる感じはしなかったし、むしろゆったりした印象が残ったので、おもしろい本だなと思いました。話は違いますが、鈴木まもるさんの去年出されたノンフィクション『ニワシドリのひみつをもとめて』(理論社)もおもしろかったですね。

ハル:先ほどのアカシアさんのご意見にあったように、野生の鳥に人が手を出していいのかという点は、ほんとにそうだなぁと思いました。勝手に「都会にまぎれこんでしまった弱い存在」かのように読んでしまいましたが、鳥がけがをしていたわけじゃないし、ブラックバードはロンドンの公園に普通にいる鳥なんだと思いますし、手を出す必要はないですよね。

アカシア:そこがセンチメンタルに書かれているような気がして、野生の鳥に対して失礼なんじゃないかと私は思ったのでした。

ハル:なにも手を出さなくても、観察しているだけでもお話は展開できたかもしれませんよね。

花散里:作者カチャ・ベーレン『わたしの名前はオクトーバー』を読んだばかりで、本作でも鳥のことなど、とてもよく調べて描かれているのかと思いました。

アカシア:私もその作品は好きなのですが、そっちでは、フクロウを野に放せない理由がありましたよね。そこがこの作品とは違うように思います。

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しじみ71個分(メール参加):物語から浮かぶ音のイメージがとても美しいと思いました。けがをした子どもが目標に向かって立ち直っていくというストーリー自体はかなり典型的なもので新鮮味はないという印象ですが、主人公のアニーの心情に絞り込んで、登場人物の書き込みもおそらく必要最小限にして、最後の希望の結末に向かって、まっすぐに筋が進み、短い間に完結するのでとても読みやすい形になっていると思います。著者が、自閉症の子どもたちへの物語の影響を研究したと紹介にありましたのでその点も意識して書かれたのかもしれないと思いました。また、描かれている内容は、事故をきっかけに、自分の内側に閉じこもっていた少女が、歌を失ったブラックバードに寄り添って音楽を取り戻す手伝いをしていくうちに、自分も癒されていき、希望に向かっていくというもので、共感や寄り添いをテーマにしていると思いました。コミュニケーションを苦手とすることが多い自閉症の子どもたちに伝えたい気持ちも込められているのかとも思います。鈴木まもるさんの絵も優しい味わいです。普通に読むとあっさりしすぎとか、物足りないとか思ってしまうかもしれませんが、言葉も美しいですし、画像を頭に浮かべやすいですし、共に読み合う読書に向いているのではないかと思います。読み終わったあと、Youtubeでブラックバードの声を聞いてみました。とてものびやかで美しくて、いつまでも聞いていたい感じでした。

(2024年03年の「子どもの本で言いたい放題」より)

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拝啓パンクスノットデッドさま

『拝啓パンクスノットデッドさま』表紙
『拝啓パンクスノットデッドさま』
石川宏千花/作
くもん出版
2020.10

オカリナ:とてもおもしろく読みました。今回は兄弟愛というテーマで、もちろんこの作品は晴己(はるみ)と右哉(みぎや)の兄弟が中心なのですが、私は非血縁の人のつながりを描いているという意味で新しさを感じました。2人の母親は、兄弟をネグレクトしていて家にもあまり帰ってこない。晴己は弟のめんどうも見ながら家事もやり高校へ通っているという設定です。母親は「あんたたちのせいで、こんな人生しか生きられなかったんだよ」というのが口癖で、晴己はそれだけは言われたくないと思っているし、弟にもどなったりしてはいけないと自制している。兄弟の父親がわりになっていたのは、まったく血のつながりのない「しんちゃん」という母親の昔の友達。晴己はそのうち血縁へのこだわりを捨てて、「親でなくてもだれかに大事にされていれば大丈夫なのではないか」と思い始める。p166「母親じゃなくたってよかったのか……。/少しだけ、あきらめがついたような気がした。/たとえこのまま離ればなれになってしまっても、右哉はきっとだいじょうぶだ。自分はじゅうぶん、右哉を大事にした」と。そして自分も周りの「しんちゃん」をはじめいろいろな人に大事にされていたことに気づきます。そのうえ、母親にいったん引き取られた右哉が家出して自分の前に姿をまた現したときは、p182「自分が右哉の世話をしているんじゃない。右哉が自分をかろうじて、いまの自分にしてくれているんだ」と認識を新たにします。血縁ではない人と人のつながりが、これからは大事になってくると、欧米の児童文学はかなり前から言ってきたわけですが、日本にもこうした点に焦点を当てて描いた作品が、しかも上質の作品が出てきたという点でとても感慨深かったです。この作品に勇気づけられる子どもも多いと思います。

マリンゴ: 石川宏知花さんは、もともと文章、構成とも抜群にうまい方です。この作品は、テーマが重いですが、文章の疾走感に引っ張られて自分も高揚していく感じがありました。私の興味はハードロックどまりで、パンクの世界はほぼ知らないのですが、知らないなりに心地よく読めました。主人公が、受け身のキャラクターでありながら、世界を広げていく様がユニークで、私も中学、高校時代に音楽をやりたかったな、と思ったほどです。随所にうまいなと思うところはあります。たとえばp126で、加藤さんを菊池さんだと思いこんでいたことがバレますが、p189で「ようやく菊池さんから加藤さんへの修正が完了した」となります。主人公の思いこみの強さや、2人の親しさの深まりなどがうまく伝わります。p218で、あっという間に失恋するところもおもしろかったです。ヤングケアラーの問題として読むと、物語の最初と最後で、状況が変わっていないことは気になります。ただ、実際に似たような立場の子が読んだとき、物語のなかだけで希望の持てる展開が起きるよりも、この終わり方がリアルなのではないかと思いました。

アンヌ:今は、こういう音楽小説を読むのに、YouTubeでその時代の映像まで見られるので、音楽を聴きながら読んでいけるのが楽しかったです。そういう意味で、新しい時代の小説だなと思いました。ガンガンに音楽をかけながら疾走感を持って読み進んでいけたのですが、少し気になったのは場面が変わったことがすぐにわからないかったところです。たとえばp68からp69の電話の場面からスタジオの場面に移るところなど、2回読めば気にならなくなるのですが、最初はひっかかりました。こわれた家族のために食事をつくったりするのが、女の子なら当たり前だとされてきたので、主人公が男の子だから物語となるのかなとも思いましたが、現実に同じ立場にいる子どもたちにとって救いになるかもしれませんね。主人公も弟も物語の中で成長していくので希望を感じます。また、主人公も泣きますが、しんちゃんが泣く場面が多い。そこで、男なら泣くなとか男泣きというような従来のジェンダー的な縛りがないのも、新しい男性像のようで、いいなと思いました。

ハル:以前にしじみ71個分さんがこの本を薦めてくださったときに、早速読んですっかりハマってしまいました。しじみ71個分さんが推薦コメントとして「パンクじゃなきゃダメなんだというのがよくわかる」とおっしゃっていたと思うのですが、まさにそのとおり。パンクについての主人公たちの思いや、メロコアじゃないんだよな、というところとか、登場人物の人間性についても、もう、いちいち共感の嵐。たとえわからない曲でも、音が頭に響いてくるようで、ワクワクしました。愛があふれている作品ですね。作者のパンク(に限定せず、題材そのものかも)への愛、そして作中人物への愛もあふれていますよね。今の中学生にかけてあげたい言葉、見せてあげたい景色、とか言うとこういうのも大きなお世話なんでしょうけど、それが、全部、全部、つまっているようで、読後は快哉の声をあげたくなるような、そんな気分でした。

まめじか:晴己にとってのパンクは、まわりの世界との交点というか、それがあるから社会とつながれて居場所ができたのだな、と。「アイ・フォウト・ザ・ロウ」の歌詞も、ラストのフェスの場面で雨の中演奏しながら、「寿命が半分になってもいいから、一秒でも長く、このままでいたい」と思うところなんかもそうですが、パンクって刹那的な要素もありますよね。でも、この本はそこで終わってなくて、世界への信頼にしっかりと根ざしていて、それが児童文学の描き方だと思いました。主人公は、自分をつなぎとめている存在に気づくんですよね。自分も右哉に支えられているとか、自分にとって必要だったのは母親でもなく父親でもなく、大人になりきれていないしんちゃんだったとか。自分のまわりにも可能性が広がっていると思う主人公の姿に、「手が届かなくても、月に手をのばせ」という、クラッシュのジョー・ストラマーの言葉を思いだしました。

ネズミ:とてもおもしろかったです。同じ作家の『墓守りのレオ』(小学館)は、あまり得意じゃなかったのですが、こちらを読んでよかったです。大事にする人は親じゃなくてもいいということを言うp166、「自分だって、大事にされてきた。しんちゃんにも、万田ちゃんにも。母親じゃなくたって、自分を大事にしてくれるおとなはちゃんといた」というところが、心に残りました。説教くさくならずに、行き詰まっている中学生や高校生の視野を広げてくれそうです。バンドメンバーの羽田さん、園芸委員会で、ラップを歌う女の子など、脇役の登場人物に思いがけないところがあるのもいい。親が不在のこのような兄弟がいたら、現実には福祉行政によって施設に収容されるでしょうから、そうならないところはファンタジーですよね。勢いがあり、中高校生に薦めたい作品でした。

花散里:最初、このタイトルと表紙の装丁にひきつけられました。石川宏千花さんは「お面屋たまよし」シリーズ(講談社)など、これまでの作品から小学校高学年向けの本を書かれている人だと思っていました。ハードコアパンクなど、全く未知な音楽でしたが、晴己や右哉にとってパンクという音楽がかけがえのないものであることが伝わってきました。育児放棄のような母親との関係など、兄弟愛というより家族のありかたを描いた作品だと思いました。これまで児童文学にはタブーだったことが描かれるようになってきていると感じながら読みました。右哉が自分にとってどんな存在なのか晴己が気づいていくところなどを印象深く感じました。子どもの貧困が問題になっていますが、自分が生活費を稼がないといけないと考えながら生活をしている人たちがいることなど、YA世代に読んでほしい作品ですね。

雪割草:このジャンルの音楽には詳しくないのですが、ひきこまれる語りでした。タイトルも装丁もインパクトがあって、対象の読者が手にとってくれるのではと思います。大変な状況におかれた晴己にとって、音楽が、ここではないどこかに行ける、自分の居場所として描かれているのも、たとえそれが読者にとっては音楽でなくとも、共感を呼ぶのではと思いました。だめな母親との関係やその中での心の傷や悩み、右哉に生かされているという気づきなども、リアルに描かれていると思います。色々な困難に直面しながらも、自分はこの世界で生きていける、と晴己が世界への信頼や希望を自ら見つけていく姿も、よく伝わってきました。しんちゃんはおもしろい人で、その存在もいいなと思いました。ヤングケアラーという現代の問題も含まれていて、多くの人に読んでほしいです。

コマドリ:いろんな人物が登場するけれど、うまく特徴がとらえられていました。第一印象でこういう人だと思ったら、そうじゃないとだんだん気づいていくところもよく書けています。主人公が自分の状況を冷静に分析しながら物事に対処していく、冷めたような感じがよく出ていました。親ではない、信頼できる大人の存在も大きいですね。大人にも欠点や弱いところがあるところが描かれているのも良かったと思います。弟が、中2にしては子どもっぽいと感じましたが、これは晴己から見ると弟はいつまでも母に置き去りにされた小2の弟のままだからなのかな、と最後になって思いました。弟が歌をうたう場面はかっこいいんですけどね。歌詞のせりふになりそうな言葉を付箋に書いて柱にはっていくのはおもしろかったです。最後に晴己が小学校の同級生で「コミュ障」とあだ名されていた男子の姿を駅で見かけ、おしゃれな女子高校生と一緒に笑っている様子がごく普通の高校生らしい、と思ったあとに「オレたちは本当に、これからどんなふうにでも生きられるし、どこにでもいけるんだ」と書かれていて、希望が感じられるのがよかったと思います。一つ疑問だったのは、p37で田尾さんを紹介されたとき、「タオさん」のイントネーションからてっきり中国出身の人かと思った、というのですが、田尾さんのイントネーションって田にアクセント? 尾にアクセント? ちょっとわかりにくいと思いました。

コアラ:まずカバーが派手だな、というのが第一印象です。カバーの下の方の出版社名が斜めに配置されていますよね。デザイン的にタイトルなどが斜めになっていても、出版社名はまっすぐに配置されている本が多いので、これはおもしろいな、と思いました。カバーやタイトルで、これはパンクの本だとアピールしていて、中身もパンクの用語がいろいろ出てきますが、パンクを知らなくても意味合いがわかるように書かれています。私はパンクはあまりよく知らなかったのですが、知らなくても全然問題なく読めたし、“パンク、ちょっと聞いてみようかな”という気持ちになりました。p89からの、晴己がしんちゃんにバンドをやることを言ったときの、しんちゃんの反応が印象的でした。それまでの、保護者と保護される子ども、という関係性が変わった、という変化を感じた場面でした。物語は途中まで順調に進むのですが、後半になって、弟の右哉だけが母親に連れていかれます。ここで、主人公も読者も、一度どん底に落としておいて、その後、右哉が戻ってきて夢のステージで演奏する、という盛り上げ方。作者はうまいなと思いました。パンクを知らなくても楽しめる本だと思うので、お薦めです。

さららん:右哉と晴己の人物像も、目に浮かぶようだったけれど、私はしんちゃんという大人のリアリティに魅かれました。パンク好きで、昔好きだった女性の子どもの面倒をずっと見ているしんちゃんは、どこか成熟してないから、晴己がしんちゃんに相談なしにパンクのグループを集めていると聞くと怒りだす。しんちゃんより晴己のほうが大人、というか、大人にならざるをえないのでしょうね。たとえばp142に、自分たちを置いていった母親でも「きらいには、なれなかった。ただの一度も」という描写があります。ここには複雑な思いが描かれていて、母親を嫌うと、自分自身も否定してしまうような、危ういバランスの中で生きている。憎みぬいてもいいような母親を許しているのは、バイト先の花月園の店長もふくめ、晴己の状況を理解して支える周囲の大人たちがいるからだし、特に少々頼りないしんちゃんという他人の、底抜けの善意があるからだと思いました。貧困というテーマも、親子関係や大人と子どもの関係もステレオタイプが洗い流されていて、それがパンクという反抗の音楽を通して、力強く立ちあがってくる作品でした。この世界は捨てたもんじゃない、という希望が、素直に胸に落ちました。晴己が大人になったら、どんな人になるんだろう。右哉にはなにか障がいがあるように思えましたが、それもあえて名称を出さず、右哉は右哉なんだと、型にはめていないところがいいです。

しじみ71個分:とてもおもしろくて深い印象が残った本です。もう、大好きです。パンクについて詳細に書きこんであるのが、登場人物のありようと密接に結びついていて、人物像が際立って浮かびあがってきます。なので、人物をみな頭の中で映像として思い描けるんですね。頭の中で音楽も聞こえてきて、主人公の晴巳と右哉がどれほどパンクロックが好きで、なんでパンクじゃなきゃだめなのか、という必然性が随所に感じられました。これは、モチーフとしてパンクロックそのものについて、とても細かく描きこんであるからなんだろうと思いました。人物の根幹を定義するものになっているのですね。そこが素敵でした。2人の面倒をみてくれる、しんちゃんの人物像もとても魅力的です。2人の母親にぞっこんで、相手にされていないのに、2人の面倒を独身のまま見ているという不器用な優しさや、音楽をあきらめたと見せて、晴己がバンドを組むと知って、すねてしまうところとか、大人になり切れない大人のリアルな柔らかい部分を感じます。平気で右哉だけ連れていく母親も本当にひどくってリアルで。それがあるからこそ、晴己の受けたショックがどれほど大きく、しんどいことだったのかがまたザクっと胸に響いてきます。音楽を通じて、やさしい人々の関係や、晴己の成長がしっかり描かれているので、本当におもしろかったです。不器用な人物の代表格の、擬態でギターを持ち歩いていた海鳴も切なくてよかった。クライマックスの雨の中のライブの描写も本当に、読みながらドキドキ、ワクワクして、演奏が終わって晴巳といっしょにカタルシスを感じ、泣けました。本当に読んでよかった、おもしろかったです!

ルパン:とてもおもしろかったです。ひどい母親なんですが、晴己が右哉を支えているようでいて、実は精神的には右哉の存在が晴己を支えている、というところにぐっときました。子どもたちを世話することで好きな相手とつながっていたい「しんちゃん」の存在も大きいし、「あじさい祭り」や「コミュ障の尾身」のような細かいネタが最後にひとつに収斂するところもよかったです。パンクは全然知らないけれど、それでも楽しめる物語でした。「ワン・ツー・スリー・フォー!」の高速カウントが聞こえてくるようで。「菊池さんあらため加藤さん」がたくさん出すぎて逆にどっちがどっちかわからなりましたが、名前って1度インプットされるとなかなか修正できない、という経験、私にもあります。

コマドリ:晴己は成り行きで園芸部に入るけれど、パンクバンドの世界と正反対にあるような園芸部で自然に自分の場所を見つけていくのもおもしろいと思いました。

ヤドカリ(担当編集者):石川先生との打ち合わせの場で、「パンクロック」の話を書きたいというお話をいただいたことがきっかけになって生まれた物語でした。私からも「なにか音楽モノを」という話をするつもりでしたので、「ぜひ!」ということで動きだしました。どの登場人物たちにも、きちんと眼差しが向けられていること、好きなものがあれば大丈夫なんだよ!というメッセージが、行間からひしひしと伝わってくることが、この作品の魅力だと思っています。デザインの面でも、デザイナーの坂川さんが、一目で「パンクっぽい」と思えるとっても素敵な装幀にしてくださいました。よく見ると、晴己の足がタイトルの「デッド」を踏んでいたり……などなど、色々な遊びを入れてくださっているので探してみてください。ひとつ裏話をすると、ピンクではなく黄色のカバー案もあったのですが、それはそのまますぎる……ということで、現在のデザインになりました(笑)

コマドリ:パンクの曲がわりと古いものが出てきたり、ライブの観客にもおじさんたちがいたりするのですが、パンク好きの世代は幅広いのでしょうか? そういうのはいいなと思いました。

西山:何度か読んでいますが、ますますいい、という感じです。最も印象的なのは「誘われてなにかする分にはしかたがない」「だれかに誘われてすることだったらノーカウントだ、と考えてしまう傾向がある」(p34~35)晴己の感覚です。そういう風に、自らリミッターをかけて自分を守っている様子がほんとに、厳しくて胸に刺さります。ただ、今回、バイトについて「自分がそれを望んでするのはよくても、強制されるのはいやだった」(p220)という、ここはここで分かるし、今までひっかかったことはなかったのですが、前者の考え方と合わせてちゃんと考えると、晴己像はもっと深まるのかも知れないと感じています。あと、やはり、しんちゃん、海鳴のありかたがとてもおもしろく、世界を広げていると思います。間接的にしか出てこないけれど、保健室の先生「万田ちゃん」の存在もよいです。

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エーデルワイス(メール参加):読むのが苦しかったです。現在高校生の晴己がほとんど家に帰ってこない母親の代わりに小学生の時から弟の右哉の面倒をみて生活しています。最低限の生活費なのでアルバイトをしながら学業、家事をこなしています。しんちゃんという愛情もかけくれる支援者がいなかったらと思うとぞっとします。母親に対して過度な期待しない、後で苦しくなるからという、晴己の気持ちが嫌というほど伝わってきます。それでも兄弟は母親を慕っているというのも現実ですね。若者たちの群像劇と受け止め、最後がさわやかに希望の持てる終わり方でほっとしました。

(2022年01月の「子どもの本で言いたい放題」より)

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セロひきのゴーシュ

『セロひきのゴーシュ』
宮沢賢治/文 司修/画
冨山房
1986.04

おなじみの若き音楽家と動物たちの交流の物語を,「私もひとりのゴーシュだ」と言う司修が,思いをこめて描いた力作です。 (日本児童図書出版協会)

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モーツァルトはおことわり

マイケル・モーパーゴ『モーツァルトはおことわり』さくまゆみこ訳
『モーツァルトはおことわり』
マイケル・モーパーゴ作 マイケル・フォアマン絵 さくまゆみこ訳
岩崎書店
2010.07

イギリスの物語。語り手は新米ジャーナリストのレスリー。世界一有名な天才バイオリニストのパオロ・レヴィにインタビューをすることになり、緊張のあまり上司から話題にするなと言われていたことをたずねてしまいます。レヴィはなぜモーツァルトを演奏しないのか? それには深いわけがあったのです。読んで行くにつれ、ナチスの強制収容所にとらわれていた音楽家たちの悲劇とその後の物語が、浮かび上がってきます。
フォアマンの絵は、青を基調にしたヴェニスの風景と、収容所を描く暗い色調とが対照的です。
マイケル・モーパーゴは、あとがきでこんなふうに語っています。

(前略)オーケストラの前をならんで歩かされた者たちの多くはガス室へと送られました。そこでしょっちゅう演奏されたのが、モーツァルトでした。
そんなつらくて苦しい状況で演奏させられた音楽家たちは、どんな気持ちでいたのでしょう? 中には、私のようにモーツァルトが大好きな人たちもいたはずです。その人たちは、その後の人生では何を考えながらモーツァルトを演奏したのでしょうか? この物語は、そんな想像から生まれてきました。もうひとつ、きっかけになったのは、ある晩ヴェニスで目にした小さな男の子のすがたです。アカデミア橋のたもとにある広場にいたその男の子は、パジャマすがたで三輪車にまたがり、辻音楽師の演奏に聞き入っていました。たしかにすばらしい演奏だと私も思いましたが、その子も、身動きひとつせずにうっとりと聞き入っていたのです。

(装丁:岡本デザイン事務所 編集:板谷ひさ子さん)

*SLA夏休みの本(緑陰図書)選定