女子高生たちの遭難を伝える新聞記事
『6days 遭難者たち』
安田夏菜作
講談社
2024.05

〈版元語録〉亡くなった山好きの祖父との後悔を胸に抱く美玖。大好きな母の乳がん再発におびえる亜里沙。再婚し、幸せな家族の中で孤独を感じる由真。 三人の女子高生はおのおのの理由から、ともに山に登り始める。日帰りできる「ゆる登山」のつもりだった三人だが、下山の計画を変更したことで、道を見失う──。

エーデルワイス:新聞記事が出ている表紙にドキリとしました。ノンフィクションかと思いました。山岳をテーマにした児童書を読んだのは初めてのような気がします。冒頭の「冒険とは死を覚悟して、そして生きて帰ることである。」冒険家植村直巳さんの言葉は重いですね。槍ヶ岳、奥穂高、白馬に登った事を思い出しました。最近地元の岩手山で他県からきた成人男性が遭難しました。無事に救助されましたが、自己責任の重みを感じます。
主人公女子高校生3人が家庭の事情など乗り越えて成長いく物語で、ハラハラしながらおもしろく読みました。しかし装備が甘い!だから低い山でも遭難するのですが⋯⋯。p258の12行目「人間ちゃ不思議なもんでな、自分の弱さを受け入れたもんだけが、真に強うなれるがやちゃ」という坂本美玖のおじいちゃんの言葉がいいです。

しじみ71個分:とてもおもしろく読みました。少女たちが生きるか死ぬかの瀬戸際で、サバイブするという内容に、とてもドキドキしました。スリル満載でした。特に、美玖が一人で救助を求めに行って、滑落したところでは、もうどうなってしまうんだろうと本当に心配になりましたが、結果として、残った側も出ていった側も双方助かって本当に安心しました。
物語の序盤から、既に遭難フラグが立っていて、そんな軽装で行くなんてヤバいんじゃないの? 準備は足りてないし、携帯なんて電池切れるし、山奥なんて電波届かないし、計画していたルートを外れちゃうし、そこは少しモヤモヤしてしまいました。女子高生が遭難して、サバイブする状況を作り出さないといけなかったんだろうとは思うのですが、ちょっと設定の作り込みを感じました。
あと、もう1つ、女の子たちが遭難して、死にかけて、やっと生きたいという思いとか、生きている実感が湧いてくるわけですが、ここまでの危険を描かないと生きる実感を描けなかっただろうかという点は考えました。美玖たちが、本当に山に登りたくて登ったのではなく、心の鬱屈や家族との間にある不安の払拭のため、現実逃避のために山に登って遭難しますが、ある意味、生活の中に危険は転がっていますし、必ずしも山の遭難でなくてもよかったのかもしれないので、やはり著者が山をテーマに描くところからスタートした物語なのかなと感じたところはありました。そういう意味では、遭難させるために、少女たちがかなり抜かった子たちに描かれているような印象は残りました。キラキラのコンパクトも、占いのラッキーアイテムだから持っていくという出だしになっていましたが、自分がおとなだからかもしれないですが、反射光で自分たちの所在を知らせるのに使うよねと、最初からなんとなくネタばれしてしまうところもあるので、逆に物語の中で、亜里沙が気付いて実行するまで随分引っ張ったなぁという感もありました。
所々、ちょっとあれこれ考えはしましたが、物語としてはおもしろくスリリングで、休む間もなく一気に読み通しましたので、安田さんは本当にうまい、技術のある書き手さんだと実感させられた作品でした。

雪割草:ハラハラしながらも、引き込まれて読みました。遭難する3人の登場人物は、それぞれが心にもやもやを抱えていて、それが遭難にあって命が危険にさらされると、ありのまま姿が露呈してくる様がうまく描かれていると思いました。今の子どもたちは受験や学校生活で窮屈な思いをしていたり、子どもによっては家庭で苦しい状況におかれていたりすると思います。挫折も味わうこともあると思います。それでも、p258のおじいちゃんの言葉「自分の弱さを受け入れたもんだけが、真に強うなれるがやちゃ」は、この作品を読んで体験をすることで、伝わり、実感をもって感じられることがあるのではないかと思いました。

花散里:新聞記事が目に飛び込んでくるような表紙がすごいと思いました。安田さんの作品は『むこう岸』(講談社)など印象に残る作品が多く、本書も興味深く思いました。作品の中ほどで遭難してしまうので、「6days」というタイトルから、これから6日間、後半までどう進展していくのかハラハラしながら読みました。物語の展開、構成がうまいなと思いました。私自身、谷川岳の麓で育ち、沢めぐりに行ったときに、遭難者の石碑などを見ていたので、遭難事故の怖さを本作でどのように展開していくのかと思いながら読みました。登山部に入部していた美玖の登山に対しての考え方が甘いということ、美玖をリーダーとして頼りきっていた2人の遭難後の心情など、うまく表現していると感じました。後半、救助された美玖の入院先に、遭難中にスマホなくしたはずの亜里沙からグループトークが送られてきていたというのは、新しいスマホからとか、説明がなかったので、少し気にかかりました。

ハリネズミ:新しいスマホを手に入れたのでは?

きなこみみ:クラウドにバックアップさえしておけば、スマホはほぼ完全に、すぐ復元できるので、不自然ではないように思います。気軽なハイキングが、過酷な遭難に変わっていく様子、まるで坂道を転がり落ちるようなその過程が見事で、ぞっとするというか、ああ、これ、私もやりそう、と思いながら読みました。正常化バイアスって、無知が土台にあるなと痛感です。肝に銘じなければと、体がきかなくなりつつある私のような世代にも得るところの多い作品です。そして、今よく報じられている、闇バイトにいつのまにか取り込まれたりするのも、こういう感じなんじゃないかと。「闇バイトではありません」「簡単なお仕事」と書いてあるから大丈夫と信じたりするのも、ひとつは「知らない」ことからだと思うので。
ロシアの冬を狩りをしてすごす犬たちの物語『死の森の犬たち』(アンソニー・マゴーワン著 尾崎愛子訳 岩波書店)とともに読んで、人間が、都会にしろ、家族にしろ、共同体からはぐれてしまったときの脆弱さも胸に沁みました。自分の体ひとつで生きる動物たちと違って、私たちは丸腰では何もできない。成す術もない。自分が明日も明後日も、生きていられると思うことが不思議に思える時間を、この物語の中ですごして、読んだあと、彼女たちと同じく、しばらくふわふわしてしまう感覚になりました。生と死が、実は紙一重であること。ささやかな小さな間違いが遭難に繋がっていくこともそうですし、蛍光色の帽子、小さなコンパクトなど、生と死をわけるのが、まさにそんな小さなものだということも、命の奇跡や、今、ここにある、生きている不思議も感じさせます。
p95で、亜里沙が小鳥の死骸を見つけるシーンが、命のもろさを象徴するようで印象的でした。登山を自分でもされる安田さんの、山のシーンのうまさもさることながら、彼女たちが、それぞれに悩みや痛み、不安を抱えていて、「山に行きたい」という気持ちに至ったこと、その思いが、遭難の6日の間に、どんなふうに変わっていったのかが、ていねいに書かれているのがとてもよかったです。特に、由真という、「なんのなんの」と周りに言いながら、穏やかそうに見える彼女の内面が、実は孤独で、リストカットの体験もあること。JKという人を記号化する言葉が私はとっても嫌いですが、なんにも考えていない、気楽な女子高生、なんて存在なんて、この世の中には誰一人いないんですよね。
「脳内お花畑のレジャー客」が遭難、と彼女たちがSNSで叩かれることが最後に出てきますが、それもまた人間という複雑な存在を簡単に断罪したいという、ある意味正常化バイアスにも近いことだと思います。よく知らないことは、簡単に見える。それは、この3人もある意味同じではあって、お互いあまりよくわからないままだった3人が、「生きる」ことになんとか必死にしがみついて奮闘するうちに、お互いの内面にも、自分の、普段意識しない闇の部分にも深く向き合っていくところが読みどころだと思います。p203で、由真が、「もしもここを生き延びることができたなら、あたしはおとなになれる。おとなになれば、もっと自由に、いろんなことを選びとることができる。住む場所も、誰と住むかも、すべて自分で選びとれる」と強く思うところがとても好きなんですが、いろんな困難を必死で生き延びようとしている子どもたちへのエールにもなると思うんです。そんな彼女たちの覚醒が、美玖のじいちゃんのp258の言葉に、しかと結びついていくのも、良い結末でした。そして、非常にリアルに怖い物語なのに、読んだあとなぜか登山に行きたくなるんですね。安田さんの山に対する愛情が、そう思わせるのかも。

ニャニャンガ:まずは装丁に目が惹かれました。きっとこんなふうに遭難するのだろうなと予想しつつ、するすると読めました。とはいえ山の怖さは五感に訴える生々しさがあり、必ず助かるだろうという結末を頼りにしないと、なんともしんどかったです。極限状態に置かれたとき、3人が思いのほかしっかりしていることに頼もしさを感じて苦難を乗り越えられるだろうと望みを持てました。
個人的にはつい最近まで山を登る楽しさを理解できずにいたのですが、市内に
ある低山に初めて登ったときの爽快感がクセになりそれからつづけて何度か上りました。ただ少し間をあけて登ったときに実感したのが、ほんの数キロ体重が増えただけで体がしんどくなったことです。それを考えると由真もんは、若いとはいえかなり大変だったのではと想像しました。山登りには備えと心構えが大切ですね。とはいえ、ここまで極限でなくてはならないのかなとも……。

シマリス:装丁がセンセーショナルで、内容も気になり、発売後まもなく読みました。山登りの蘊蓄含め、面白い部分、初めて知ることはたくさんありましたし、ハラハラする展開で引き込まれました。ただ、とても感動した、同じ著者の『むこう岸』に比べると、物語の作りがシンプルかなと思いました。少女たちのそれぞれの事情が最初の章であっさり明かされる構成になっています。特に気になったのが美玖の部分。おじいちゃんに登山のことをしつこく言われて「バッカみたい」と言ったら、それが永遠の別れになります。非常に重い内容なのに、軽い感じの一人称で、「ごめんね、じいちゃん。ごめんね、じいちゃん。」(p17)なので、思考の浅い女の子に思えました。もちろん思慮深くないから、こういう事故に遭うわけなんですが、わたしの場合、そのせいでこの子に感情移入しづらくなってしまいました。すべてを冒頭にぺらぺらしゃべらせてしまわないで、どんな事情があるのかを小出しにして引っ張ったら、もっと引き込まれたんじゃないかと思いました。

ハル:登山と言えば、高尾山とか、奥多摩〜、筑波山〜、山頂でお弁当〜なんてハイキング感覚な私には、ぞっとくるほど身に沁みたし、恐怖が迫ってくる感覚に目が離せなくて一気に読み終えてしまいました。やっと電波が通じた! と思ったら、次々に通知が来て電源が落ちるところの絶望感は、いま思い出しても、指先が冷えてくるくらい(笑)。ハラハラ、ドキドキというだけじゃなくて、3人それぞれの内側に迫っていく物語としてのおもしろさにも引き込まれました。最後の、冨樫先生の記者会見の態度は世間でひと炎上しそうですけど、やっぱり、当事者じゃない人が、SNSやメディアで表面的に情報を受け取ったらまったく違うように見えるってこともあるよな⋯⋯と思いました。

ハリネズミ:おもしろかったです。私は若い頃はよく山に行っていました。さっき、しじみ71個分さんから、こんなふうに遭難するのがリアルかどうかという話が出ましたが、私はリアルだと思います。高い山だと、みんなそれなりに装備をきちんとして地図も持って登りますが、途中までロープウェーとかケーブルカーで登れるような山だと、パンプスとか、ノースリーブの人なんかもいたりします。ルートを外れさえしなければそれでもちゃんと帰れるのでしょうが、そういう人がルートをちょっと外れたりすると、同じようなことになるのかと。
地球の赤道より南の地域には、まだ成人儀礼というのが残っていたりしますよね。日本にも昔は近いものがあったと思うんですけど、おとなになるために子どもの自分を1度葬り、それから一人前のおとなとして再生するという儀礼です。この3人が体験したのは、まさにそれではないかと思いました。いわば臨死体験のようなことを経て、成長していきます。その成長の仕方も3人3様で、そこがまたいいなと思いました。また、いわゆる文明国だと、厳しい自然に対峙してサバイバルするという体験が普通はできないわけですけど、ああ、こんな状況だとその体験がありうるのかと思いました。

ANNE:山国信州に居住するものとして、身につまされながら読みました。イマドキの高校生たち、スマホ依存とまではいかなくても、電波が届かないところや充電が切れてしまったらもうどうしようもなくなってしまう様子が、大変リアルに描かれていると思いました。それぞれの女の子たちがいろいろな悩みを抱えながらも、懸命に前を向こうとしている姿に思わずエールを送りたくなりました。
私にとっての山は、登るものではなく見上げるものだなぁと改めて思った1冊です。

(2024年11月の「子どもの本で言いたい放題」より)