| 日付 | 2024年10月29日 |
| 参加者 | 花散里、ANNE、ハル、アカシア、エーデルワイス、雪割草、ニャニャンガ、ジョウビタキ、さららん、中島、きなこみみ、サークルK |
| テーマ | 心の傷に向き合い、寄りそう |
読んだ本:
原題:봉주르, 뚜르
ハン・ユンソブ/著 キム・ジナ/絵 呉華順/訳
影書房
2024.02
ランスの美しい街トゥールに引っ越してきた12歳の韓国人の少年ボンジュ。引っ越し先の家の古い机には、「愛するわが祖国、愛するわが家族 生きぬかなければ」とハングルで書かれた謎の落書きが。学校では日本人のトシと親しくなろうとするが、トシはなかなか心を開かない。やがてトシは、自分の本当の出自をボンジュに打ち明ける――。朝鮮半島の分断を背景に描かれる友情の物語。第11回文学トンネ児童文学賞大賞受賞!
長谷川まりる/著
くもん出版
2023.09
〈版元語録〉「杉森くんを殺すことにしたの」高校1年生のヒロは、一大決心をして兄のミトさんに電話をかけた。ヒロは友人の杉森くんを殺すことにしたのだ。そんなヒロにミトさんは「今のうちにやりのこしたことをやっておくこと、裁判所で理由を話すために、どうして杉森くんを殺すことにしたのか、きちんと言葉にしておくこと」という2つの助言をする。具体的な助言に納得したヒロは、ミトさんからのアドバイスをあますことなく実践していくことにするが……。
ボンジュール、トゥール
原題:봉주르, 뚜르
ハン・ユンソブ/著 キム・ジナ/絵 呉華順/訳
影書房
2024.02
ランスの美しい街トゥールに引っ越してきた12歳の韓国人の少年ボンジュ。引っ越し先の家の古い机には、「愛するわが祖国、愛するわが家族 生きぬかなければ」とハングルで書かれた謎の落書きが。学校では日本人のトシと親しくなろうとするが、トシはなかなか心を開かない。やがてトシは、自分の本当の出自をボンジュに打ち明ける――。朝鮮半島の分断を背景に描かれる友情の物語。第11回文学トンネ児童文学賞大賞受賞!
花散里:最初に本書を手にしたとき良いタイトルだと思い、手に取ってみて、パリのことやロワール川を訪れたときのことを思い返しながら読み始め、韓国の作家による作品で、主人公が韓国の少年であるとわかり、何よりも韓国の画家による挿絵が美しいと思いました。文章にも魅了されながら読みましたが、韓国人の少年と北朝鮮出身の少年の交流から、物語の謎解きとして、北朝鮮人が日本国籍を取得したことなど描かれていますね。朝鮮半島の歴史についても記されている作品のなかで、「訳者あとがき」にも書かれているように、歴史的事実と反することが、フィクションでも設定的にどうなのかと違和感が残りました。
ANNE:ミステリ仕立てで、ドキドキしながら読みました。導入の部分で伊藤博文暗殺事件の実行犯である安重根の名前が出てきましたが、読み手の子どもに事件を含めたその時代背景をきちんと伝えることが必要だと思いました。日本人として生活しているトシの家族、お父さんは本当に北朝鮮のスパイだったのかはっきり書いていないので、少しモヤモヤが残った感じがします。トゥールという町は知らなかったので、タイトルだけではピンとこなかったのですが、鮮やかな挿絵のおかげでフランスの美しい景色が目前に浮かんでくるようでした。
ハル:物語としてはおもしろかったのですが、みなさんのご意見をうかがいたいなと思う本でした。というのは、私はトシを、日本人になりすまして(本当に日本に住んでいたのかどうかすらはっきりせず)フランスで工作活動をしている家族の子だ思って読んだのですが、訳者のあとがきで、それは「ありえない設定」とありますね。でも、不正に日本国籍を取得したことが実際に明らかになったケースも過去にあったようです。現在も決して「ありえない」ことはないと思います。訳者が本当に「ありえない設定」だと思っているなら思っているで、ありえないけど架空の物語だからいいでしょう、というのはないんじゃないかと思うし、本当はありえる話だけど、読者である子どもたちを不安にさせまいと「ありえない」と書いたとしたら、それはそれで、なぜそれを日本の子に読ませたいと思ったのかが謎です。また、いくら歴史背景があっても、暗殺者を英雄視する行為は、私には、子どもにそのまま手渡すのはまずいように思えます。もちろん、おとなならそれぞれに感じることはあると思いますけれども。韓国と北朝鮮の子どもたちの話はとても興味がありますが、子どもが読む本としては、この本はちょっとどうなのかなと私は思います。
ハリネズミ:私はおもしろく読みました。トシのお父さんは北朝鮮の工作員なので、家族が身分を隠しているのですよね。そうだとしたら、正規のルートではなく当然裏工作もやるのだと思います。訳者は後書きで「トシの家族は、日本で祖国北朝鮮の仕事をするために日本国籍を取得したという描写があります。いま現在の日本の法律では、それはありえないことかもしれません。ですがその部分は、それを聞いたボンジュがスパイ映画のワンシーンを思い浮かべたように、あくまでも架空のお話として受け止めてよいのではないでしょうか」と書いていますが、私は架空の話ではなく実際にあり得る設定なのではないかと思いました。この後書きは、私には解せないことが他にもあって、この作品を「エキゾチックな物語」と言っているのも、何をもってエキゾチックと言っているのか、ピンときませんでした。ボンジュとトシが仲良くなったのに別れなくてはならないというのは、たとえばパレスチナとイスラエルの子どもが会うという以上のしんどさがありますよね。日本もかかわっておとなが作り上げた政治体制ゆえの不条理で、切ないですね。
韓国の子どもが北朝鮮の正式名称も知らないし、事情もよくわかっていないということが書いてあって、そこは驚きました。この作品では引っ越した先でボンジュが机の横に書かれたハングルの「愛するわが祖国、愛するわが家族」「生きぬかなければ」と書いてあり、その謎解きが一つの流れになっていますが、北朝鮮についてほとんど知らないボンジュなのに、それほど引っ張られる言葉だったのでしょうか。日本の子どもにとっては、ちょっとわかりにくいかもしれません。p32には、ボンジュが秘密にしておきたいことをあえて探ろうとしないお母さんが出てきますが、韓国の親はみんなこんなに物わかりがいいのでしょうか? それともこの家族の特性なのでしょうか?
本作りですが、1ページ大のおもしろいカラーの挿し絵がたくさん入っていて、斬新だなと思いました。日本の出版社なら費用がかかりすぎると文句が出そうです。書名は韓国語だとなんというのでしょうか? 「ボンジュール、トゥール」という書名はこの内容からすると能天気だと思ったのですが。
エーデルワイス:フランスの風情ある町並みが美しいトゥールで、韓国人である主人公のボンジュのほかに中国人、日本人、アラブ系と多国籍の人々がいて、基本フランス語を話しているけれど、それぞれの言語が飛び交っているという様子が興味深かったです。韓国と日本の微妙さ、複雑な感情があり、韓国では日本に対して厳しい内容の授業などを行っているんだろうなと想像できました。主人公のトシが、本当は北朝鮮人だけれども、日本人のふりをしなければならないこと、一つのところに長く居住できないこと、父親と離れて暮らしていることなど、過酷な毎日を送っていますが、それでも北朝鮮は母国だと大切に思う気持ちなども描かれていて、複雑さが伝わってきました。
その中で、ボンジュとトシの心が通じ合い友情を育むところが素敵だと思います。2人は離ればなれになり、思いはあっても手紙のやりとりも出来ず、たぶん一生会うことはないだろうと思うと切なくなります。
p48ジに、「……きちんとした格好をしていくと日本人と思われ、安物を着ていたら中国人と思われるらしいわよ」とありますが、どんな格好が韓国人?というのがおもしろかったです。それから、表紙、挿絵が素晴らしいですね。挿絵もカラーで豪華な本でした。
雪割草:おもしろかったです。トシはなんで日本国籍をもっているのだろうと不思議に思っていましたが、みなさんの話を聞いて理解できました。私は新潟市の出身で、実家の近所には横田めぐみさんが拉致された現場があって、北朝鮮というと怖いイメージをもって育ちました。韓国の方は、小学校がソウルの学校と姉妹校で行き来があって、ハングルや歌、料理を習ったり、チマチョゴリを着たり、楽しかった思い出があります。子どもたちにとって、直接は出会いにくい北朝鮮の子と、本を通じて出会えるという意味で、この作品は貴重だと思いました。また、フランスを舞台にすることで、フランス人から見たら、韓国、北朝鮮、日本のどこの出身かは見た目だけではわからないことを前提に、アイデンティティの問題に迫る切り口は上手だと思いました。p209で、トシが主人公に手紙で書き残した「ボクのこと、友だちって言ってくれてありがとう」という言葉は、居場所のないトシと今の難民の子どもたちが重なり、胸の詰まる思いがしました。錦鯉は、新潟の小千谷が産地なので、詳しいのは工作員の可能性もあるかもとやはり思いました。
ニャニャンガ:フランスに住む韓国の少年ボンジュと北朝鮮出身のトシが友人になる物語はとても興味深く、ミステリ仕立ててぐいぐい読めました。ただ、地の文は12歳のボンジュにしてはおとなびている印象に対し、会話文では「~の」と話すアンバランスさが少し気になりました。ちなみに図書館ではヤングアダルトコーナーに分類されていました。挿絵が個性的で、特にp135の絵は、主人公の心情を表現していて迫力があり、日本にはない表現に感じました。
訳者あとがきに書かれている「仕事のために日本国籍を持っている北朝鮮人という設定がありえないことかもしれない」となると、物語すべてが絵空事のように感じてしまい、大事なことなのにと残念に思ってしまいました。
ジョウビタキ:優れた文学作品で、良いものを読んだなあと思いました。挿絵もすばらしく、特に主人公の帽子の赤がアクセントになっていてすてきですね。課題として選んでくださった方に感謝しています。主人公の無邪気な好奇心が、実は友だち一家を追いつめていく有様に、息のつまるような思いがしました。ミステリとしても、サスペンスドラマとしてもひきこまれ、一気に読みました。安重根を偉人としているのは、日本の読者にとってはショックかもしれないけれど、日本を一歩出たら、こんな風に捉えられていることもあると若い人たちが知るのは、とても良いことだと思います。
北朝鮮の正式名称を韓国の子どもが知らないというくだりが、わたしにもショックでした。物語の舞台をフランスにしたのも、成功していますね。美しくて、おだやかな風景のなかに潜んでいるトシたち一家の悲しみや恐怖が、一段と強く感じられます。韓国文学をそんなにたくさん読んだわけではないけれど、独特の明るい寂しさのようなものを、この作品でも感じました。ただ、あとがきにある「エキゾチック」もそうですが、トシ一家が日本国籍を持っているというのは「あくまでも架空のお話」という文章にもひっかかりました。どうしてこんな風に余計な一言をいってしまったのかなあ? みなさんの意見にもあったように、じゅうぶんにありうることだと思うし、あとがきのために子どもたちにこの本を手渡すのをためらうことがあったりしたら、本当に残念だと思います。
さららん:自分もフランスに一時住んでいたので、学校のことや近所の薄暗いカフェのこと、当日の思い出をたぐり寄せるように読みました。トゥールは、ドイツに近いアルザスのように木造建築が並んでいる町なのですね。雰囲気のある表紙の絵から惹きつけられました。そして先日読んだ『隣の国の人々と出会う』(斎藤真理子著 創元社)と重ね合わせて、同じ民族なのに不条理に線が引かれていることの、心の在り方を一層よく知ることができました。朝鮮の歴史のまた別の側面を描いた「かぞくのくに」(ヤン・ヨンヒ監督)などの映画も、思い出しました。日本という場にあると、視点がどうしても限られがちです。フランスという場を設定して、そこで韓国と北朝鮮籍の子が出会う物語はとても斬新でした。出身が日本でも、韓国でも、北朝鮮でもフランスの人の目には変わりがないように見えるし、トシの一家が日本を隠れ蓑に使っている点もあり得る話だと思います。話は変わりますが、1990年代、近所に住む韓国人の友人に、朝鮮族(中国籍)の人を紹介しようとして、きっぱり断られた経験があります。北朝鮮と繋がりがあるかもしれないから、と言われました。私が思っていたような生易しい関係ではなかった。結果的にボンジュはトシを追いつめてしまうけれど、普通なら出会えなかったふたり、大きな力に巻き込まれて分断された少年たちが、「本当の意味で出会うことができてよかった。「愛するわが祖国、愛するわが家族」という机の文字に、朝鮮の歴史がぎゅっと詰まっているようです。難しいところはあるかもしれませんが、身近な国をもう少し深く知るためにも、YAの世代にぜひ読んでもらいたい作品だと思いました。
しじみ71個分:この本はさまざまな意味でとてもおもしろかったです。現代の韓国の人の感覚がとてもよくわかる作品だと思いました。フランスを舞台にしていることもありますが、現代韓国の人々の感覚がとてもインターナショナルで、その新しい感覚を作品の中にも持ち込んでいるようで、とてもグローバルな印象を受けました。日本人とは見えているものが違うかもと、うっすら思いました。ボンジュが北朝鮮のことをあまりよく知らなくて、トシに指摘される場面がありますが、今の若い子だとこのボンジュのような感覚なのかもしれず、逆にその点にリアルさを感じました。昔のおとなほど北朝鮮のこと知らないということは現代の若者だと実際にあるのかもしれません。ボンジュのセリフで、北朝鮮は独裁国家で、国民は貧しくて、というのがありますが、それは私たち日本人が報道を通して見聞きしている情報とほぼ同じようなもので、そういったステレオタイプな認識を、報道を通して知るくらいなのかもと思いました。北朝鮮の呼称については、私たちが日常的に「北朝鮮」と呼ぶように、韓国では「北韓」と呼ぶようですが、子どもだったら正式国名を知らないということもあり得ると思います。想像ですが、若い子たちは、徴兵されるまでは、祖国という概念を感じる機会が少ないのかなとも思いました。それか、祖国意識というのは、グローバルな暮らしの中では失われていくのかもしれないですね。逆に、トシやその家族は意識しながら生きていかざるを得ない。そこのギャップがまた物語の中で浮き彫りになっていく過程がおもしろいです。机に彫りこまれた「わが祖国」という言葉を見つける場面は、表現が非常に美しいと同時に、物語の仕掛けとしてとてもおもしろかったです。そのあと、ボンジュはその文字を書いた主を探し始め、その過程でトシとの関係が変化していきますが、その展開にドキドキしながら読みました。2人の間には、どうにもならないギャップや壁があったけれども友情を育み、友情が生まれた結果、離れ離れになってしまいますが、その結末の寂しさも含めて、とても美しい物語だと思いました。伊藤博文を暗殺した安重根が英雄、という点については、韓国史から見たらやっぱり英雄だと私は思います。韓国でならそれで当然だろうなと思います。日本が韓国で何をして、どのように思われているかについては、若い人たちも知っていてもいい、というか知るべきではないでしょうか。
韓国ドラマを見ても、時代物では必ず日本人は絶対に悪役です。そういう歴史教育を受けているといるのであれば、それが物語に出てくること自体当然で、そこに、違和感はありませんでした。若い人たちもたくさん韓国文化に触れる現在だからこそ、歴史上日本がやったことや、韓国の人たちの感情の根底には何があるかを認識して1度は悩んで、そのうえで楽しむ方がいいと私は思います。本当に様々な意味で心に残った作品でした。挿絵もデザインも造本もすばらしくかっこよくて、ああ、先を行かれちゃったなぁという気持ちになりました。
きなこみみ:繊細で、情景のひとつひとつに心が吸い寄せられていくような物語でした。読後もいろいろなことを考えたり、主人公のボンジュと一緒にフランスの空を眺めているような気持ちになったりしました。
作者は元々演劇の脚本家ということなんですが、うまいなと思うのが、冒頭の、机に書かれた「我が祖国」の言葉を見つけるシーン。光の演出のようで、とても引き込まれます。引っ越ししてきた夜に、この月の光の中で発見する言葉が胸に沁み込んだ少年の繊細さも素敵ですし、やはりこの月を見ながら書いただろう、書き手の気持ちも浮かび上がらせるようにも思いました。
フランスのトゥールという、異国が舞台であることで、ボンジュとトシ、2人の心の距離感や関係性がより鮮明になるんですが、そのことも、この冒頭のシーンと繋がっていて、ほんとにうまいなと。自国にいれば意識することのあまりない「祖国」という言葉や事情が、ボンジュとトシの間をむすびつけて、また引き離していく、その切なさを感じます。
グローバル世界と言われる反面、私たちは、どこにいても、ひとりひとりが、これまでの国の歴史と、今の政治状況と深く結びついている存在なんだということを、否応なく知らされてしまう。私ははじめ、トシは在日朝鮮人の一家なのかなと想像しながら読んでいました。でも、トシの抱える事情はもっと複雑で、そこに踏み込んでしまったボンジュは後悔するんですが、p189で「…自分のことを人に話せないっていうのは、隠れてくらしているようなものだろ」とトシがいっていて、いつも身を隠しているような気持ちで生きているトシにとって、何も隠さなくてよかったボンジュとの一瞬の交流は、とても大切な時間だっただろうと思うんです。そのせいで、もう会えなくなることも、もしかしたらトシはわかっていたのかもしれない。
でも、そうしたかったトシの気持ちもとても伝わってくる公園での2人のシーンが胸に沁みました。p164で、隣の国なのに、「朝鮮民主主義人民共和国」と言われて、最後までピンとこないボンジュに少し驚きました。こんなに、知らないんですね。同じ民族で、同じ半島に生きていても、フランス人とも、日本人とも普通に会えるのに、いちばん会うことのない人々が、地続きの隣に生きている人々なのだということに、この物語を読まないと気づきませんでした。そして、その事情に日本が深く関わっていることも、考えさせられます。
伊藤博文を暗殺した安重根のことが英雄として語られていますが、朝鮮半島の歴史と、そこに深く関与した日本の歴史を、こうして物語を通じて、日本以外の視点から眺めてみることも大切なことだと思います。歴史の深い闇をのぞかせながら、でも、心に残るのは、子どもたちが複雑な事情を抱えていても、お互いを友達として大切に思った瞬間があったこと。とても美しくて、どこか傷のように、あってよかったなと思う傷のように心に残る「文学」でした。
サークルK:ストーリーの展開する場所が、トゥールであるというところがまず絶妙でした。東京でもなく、パリでもなく、アジアや欧米の大都市ではない雰囲気が好きでした。ヨーロッパの小さな町の中で見かけるアジア人の「見られている」(それは時に、見張られているというニュアンスにもなってしまうので)外からの緊張感と、引っ越し先の家の中で偶然見つけた落書きの内からの緊張感がスリリングで、先をどんどん読みたくなる展開でした。日本人だと思ったトシが北朝鮮から来た男の子で、お父さんが工作員、おじさんは故郷では学者さんなのにトゥールでは一家でレストランをやっているという状況、ひっそりと身分を知られないように生きている家族の息苦しさや、苦悩が伝わるようでした。
日本では、北朝鮮はミサイルを飛ばす、拉致被害者の家族を苦しめ続けるというニュースを通じて知るばかりですが、このような物語を通じて、北朝鮮の一般家庭の苦しみにも想像力を働かせることができるなら、ぜひ中高生に手に取ってもらいたいと思いました。(お父さんが日本で工作員をしていたらしいということでは、やはり日本人としてはモヤモヤすることは否めませんが。)また挿絵がとてもモダンでおしゃれでした。表紙に描かれたハングルのタイトルと、このトゥールの街並みや石畳、通行人たちの洒脱なカラーの挿絵の取り合わせに、驚きました。(アジア系の垢ぬけなさがトゥールで浮いてしまうのでは?と思ったのは完全な偏見で、反省しました!)14章の小見出しのカラーがほかの章と違ってブラウン系の明るい活字になっているので、何か意味があるのかな、と思いましたが、これはどうやらプリントミス?のようですね(笑)。
しじみ71個分:あとがきの書きぶりについては、私も違和感がありました。北朝鮮の人が日本国内にいるということは実際あるんじゃないでしょうか。日本海から入ってくる人もあるでしょうし。北朝鮮から来た工作員については、「スリーパーセル」と呼ばれて、国会でも質問が取り上げられたりしているようです。翻訳した人が、なんの根拠も説明もなく、作品中の記述を否定したら、物語の印象が損なわれてしまうし、それはダメなんじゃないかなぁと思いました。
さららん:そういえば、トシの姿は、自分の正体が明かされたら、別の場所へと旅立たないといけない萩尾望都の漫画「ポーの一族」のアランにも、少し似ています(笑)。
花散里:p166、7行目「トシはなぜみんなの前で日本国籍をもつ北朝鮮人だと言わなかったのだろう」と書かれています。「北朝鮮人が日本国籍を取得できた」ことはないと思います。歴史を学んでいる中高生に、事実と反したものを進めて良いのか疑問に感じています。
ジョウビタキ:私は、ほかの方もおっしゃっているように、じゅうぶんありうることだと思うけど。
(2024年10月の「子どもの本で言いたい放題」より)
杉森くんを殺すには
長谷川まりる/著
くもん出版
2023.09
〈版元語録〉「杉森くんを殺すことにしたの」高校1年生のヒロは、一大決心をして兄のミトさんに電話をかけた。ヒロは友人の杉森くんを殺すことにしたのだ。そんなヒロにミトさんは「今のうちにやりのこしたことをやっておくこと、裁判所で理由を話すために、どうして杉森くんを殺すことにしたのか、きちんと言葉にしておくこと」という2つの助言をする。具体的な助言に納得したヒロは、ミトさんからのアドバイスをあますことなく実践していくことにするが……。
きなこみみ:長谷川まりるさんは、どん、と心に響く作品を書かれる方で、この作品もまずタイトルのインパクトがすごいです。そして、タイトルのインパクトは見掛け倒しではなくて、まず主人公のヒロが「杉森くんを殺すことにしたの」と宣言するんですから、これはもう続きを読まざるを得ないですよね。そしてうまいなと思うのは、人物同士の関係性を、少しずつ開示していくところ。ゆっくりとヒロという一人の人間と知り合うように、物語が進んでいくところだと思います。杉森くんのように、強いSOSを友達が出してきたときに、どうすればいいかわからないという経験は、多かれ少なかれ子どもたち誰もが経験することだと思うんです。「寄り添いましょう」とよく言われるが、深く傷ついた人がすがってくる状態で、うまく寄り添うなど、おとなでも難しいことです。でも、寄り添えなかったという後悔も、また深く人を傷つけます。そのトラウマから、少しずつ回復していく心の起伏が、ていねいに、それでいてテンポと歯切れのよい文体で綴られていて、重いテーマなのに最後まで読ませていくのは、すごい力量だと思います。
ヒロを支えているのは、まず、賢い距離感のお母さんと兄なんですけど、これが血の繋がった関係ではないということって、結構大事かもしれないなと。どうしても、血縁の母と娘だと、こうしていい距離感で見守ることはなかなか難しいように思うから。同時に、良子という新しい友人関係の描き方もとてもよくて、彼女が熊谷晋一郎さんがよくおっしゃる「自立とは、依存先を増やすこと」という言葉を紹介してくれるのも、とてもいいと思います。一人で生きていける人間なんていなくて、人にどう迷惑をかけながら、かけられながら生きていくのかって、これからおとなになっていく人たちには、とても大切な、一生かかって作っていく、セーフティネットだと思うんです。最後にあげてある心理学系の参考図書のリストもよくて、いい選書だなあと思いました。
しじみ71個分:衝撃的なタイトルでとても気になっていました。読んでみて思いましたが、とても内省的な物語ですね。「殺す」という言葉から、杉森くんの自死について内省を深めて、自分の関わりと自分の気持ちを整理していく展開になっていて、読んで切ない気持ちになりました。友人の自死をいかに自分の心の中に落とし込んでいくか、ですが、とてもつらい作業ですよね。杉森くんが自分のつらい気持ちをヒロにぶつけ、それを見ないようにしてしまったことで、彼女の自死に関わってしまったという自責の念に苦しんでいることが物語の過程でだんだん分かってきますが、15歳の若者が背負うにはあまりにも重たいことだと思います。思春期の子には大変なショックだと思いますし、高校ではそのことを知る人が少ないのがよかったのもよく分かります。
それでも、矢口くん、良子ちゃんという心を開ける友人がいたことで、読みながら安心しました。ミトさんも自分も杉森くんを助けてあげられなかったことについて胸を痛めていましたが、大学生だってそりゃ無理だと思います。よく福祉の分野だと、人に頼れるようになることが真の自立とよく聞きますが、専門の人やおとなに頼らないといけないし、おとなはそれを受け止めないといけないですよね。人に頼っていいということを若い人たちに知ってもらいたいし、私たち大人も子どもたちのSOSに気づけるようにアンテナを立てておかないといけないと痛感させられました。本当に繊細な作品だと思いますし、内省に伴ってさまざまな考察が盛り込まれていますが、いくつか、モヤモヤした点があり、そこは少し気になっています。うまく言語化できませんが……。
さららん:1枚ずつベールをはがすように読み進むうち、「杉森くん」の真実がわかり、そのつど驚きました。主人公ヒロの心のうちに分け入るような書き方に、思わず引き込まれました。「杉森くん」の本当の名前は百花ちゃん。でも杉森くんと呼んでほしいという設定にも作家の計算があります。「百花ちゃんを殺すには」ではあまりに生々しくべたべたしますが(設定上、そんなタイトルはありえませんが)、「杉森くん」という硬質の名前だと、その感じが消えるのが不思議です。言葉の響きが持つ力ですね。p120の「自分のなかの、相手のイメージ」という考え方には、ハッとさせられました。当たり前かもしれませんが、私たちはみなそのイメージを相手に生きていて、本当の他人の姿も、自分の姿も実はわからない。言語化されていないことを明確にしてもらえ、読者の子どもたちがこれから悩みを抱えたときに、状況を客観視するうえでこの考え方は役に立つと思いました。重いテーマなのに、ギャグが生き生きしていて、読みやすかったです。個人的にはヒロがお父さんに対して抱く気持ち(p34「古きよき昭和」って感じで、ファンタジーっぽいものを感じる)のところで、そんな「お父さんには、わたしたち現代っ子の複雑な心境が理解できないんだと思う」と言われて、『うーむ、なるほど』と思いました。
ジョウビタキ:物騒なタイトルですね! 途中で「殺す」と「杉森くん」の2語に騙されていたのがわかり、少々腹が立ったけれど、あとはスムーズに読めました。あざといタイトルですけれど、戦略的には成功しているのかも。文章が生き生きしていて、とてもうまいですね。ただ、今の子どもたちがしゃべっている生きのいい言葉で書くと、10年後、20年後には一気に鮮度が落ちて、ダサい作品になってしまう。これは、YAを翻訳する人たちにとっても悩みの種だと思いますけど。友だちに自死された子どもの心情を描いた作品って、そんなにないと思うんだけど、どうでしょう? グリーフケアの作品としては、アメリカのドリス・ブキャナン・スミス作『ブラックベリーの味』(石井慶子訳)が、アナフィラキシーショックで親友を失った少年の心情を描いた、とても良い物語ですが、小学生向けなので、この本ほど複雑な心境は描いていません。ちなみに、「ブラックベリー」はぬぷん児童書出版で出版されたもので、今は古書店でしか手に入りません。ぬぷんは、優れた児童文学の翻訳書をたくさん出しているので、手に入らなくなっているのは残念です。最後に臨床心理士の方のていねいな解説や、「困ったときの相談先リスト」があるなど、編集が行き届いていると思いました。
ニャニャンガ:書名のインパクトの強さから手にとりにくかったので、この機会に読めてよかったです。いい意味でマンガっぽいと感じました。それは、重いテーマをとても読みやすくしてあるからかもしれません。対象年齢の読者には敷居が低くなってよいのかもしれませんが、自死した友だちの命に対してのアプローチとしては、個人的には苦手に感じました。
主人公のヒロが杉森くんを助けられなかったつらさから、あえてこのような行動に出て立ち直ったのかもしれませんが……義兄のミトさんはすべての事情を知っていてヒロを心配しているだけに、冒頭のやりとりは疑問に思ってしまいました。
杉森くんと呼ぶことであえて男子だとミスリードする理由、そして杉森くんを殺さなくてはならない理由などにひっかかりを感じたのですが、あえてそうすることで読者に考えてほしかったったのでしょうか? 私の読みが足りないのかもしれません。巻末に解説があってよかったです。
雪割草:タイトルが衝撃的だったので、ドキドキしながら読みはじめました。この主人公のように、自殺した子のそばにいて残された子どもはきっとたくさんいると思います。私は特別な環境で育ったわけではありませんが、中高、大学で自殺した子がいました。だから、そういう子どもたちに、自立とは依存先を増やすこと、というメッセージとともに届いてほしい作品だと思いました。この作品は、主人公がなんで杉森くんを殺さなければならなかったのか、その理由をあげていくのですが、周りのあたたかい人たちに助けられながら、やっぱり杉森くんを好きだったことに気付かされます。そして、人に罪悪感を抱かせるくらい、杉森くんは大事な存在だったんだと気が付きます。罪悪感がなくなるわけでもなく、喪失感を感じたまま、それでも前を見て生きていく主人公の姿は無理なく描かれていると思いました。
エーデルワイス:タイトルが刺激的で、構成がみごとでぐいぐい読めました。杉森くんが実は女の子だということなど、いい意味で裏切られていくのがおもしろかったです。主人公のヒロが友人の杉森くんの死を受け入れられなく、助けられなかった罪悪感、苦悩が伝わってきました。そしてティーンの自死を食い止めるのは、同じ年の友人個人ではなく、みんなで、それもおとなが助けなくてはいけない、という終盤のメッセージがよかったです。ヒロのステップファミリーの様子、実母のヒロへの暴力などがさりげなく書かれていて興味深く思いました。ヒロに新しい友人、ボーイフレンドも出来そうで、明るい未来を感じた終わり方で安堵しました。
アカシア:テーマはおもしろいし、必要な本だとは思うのですが、ストーリー展開があざとすぎるように思いました。普通は、親友の死について自責の念にかられたとすると、自分自身に刃を向けると思うのですが、この本では「殺す」という行為に出ようとする。またミトさんも藤森くんが1週間前に死んだことはわかっていて、「殺す」が現実には成立しようがないと知っているのに、「全部終わったら、裁判所で理由を話さないといけない」とか「おまえが刑務所にぶちこまれても、世間でバッシングされても、おれは最後までおまえの見方だからな」なんて言っている。そこまで話を合わせるのは、主人公のヒロが認知に難がある子だからなのだろうと思ってしまいました。p10からの「杉森くんを殺す理由 その一」が高校生の考えとは思えなくて、小学生の理屈のようにしかとれなかったので、よけいです。というわけで、最初のほうでミスリードされてしまったので、私はうまく物語の中に入り込めず、構成がすばらしいとも思えませんでした。
ハル:なぜ杉森くんと呼ぶのかは、p59に理由が書いてありますね。それで、私は最初にこのタイトルを見たときに、『人間交差点』(矢島正雄原作 弘兼憲史作画 小学館)という漫画にあった、殺してもいない妻を殺したと言い張る夫のお話(深い愛ゆえのお話なんです)を思い出しましたが、それとは少し違いましたが、愛の物語には変わりありませんでした。とても好きな1冊で、いま再読していますが、結末がわかって読んでも、冒頭から切なくてしかたないし、ヒロの思いが痛いほど伝わってきます。殺したい理由というのは、全部、痛いながらも懐かしい、大事な思い出なんですよね。友達を助けられなかったという自分の後悔を、罪として、何の罪だと名前をつけて、断じてほしいという気持ちもあるし、杉森くんが自分を殺したことにならないように、私が殺してあげたいという気持ちもあるし、自分がそう思い込むことで楽になりたいからという気持ちもあるし、全部真実なんだと思います。こんなに困難な事態とからまって傷ついた心を、書き手として、おとなとして、ひとつずつすくいあげて、ほぐして、光のあるあたたかい方に導いてくれた。構成も、そしてデザインも、本当に見事だと思います。
ANNE:まず、タイトルに、え?どういうこと?となりました。杉森くんはもう亡くなっているのに「殺すことにした」とヒロから電話で聞いたミトさんの受け答えに、若い男の子がそんなに冷静に対処できるのかしら? と疑問にも思ったのですが、幼馴染を亡くしたヒロの心情に寄り添った行動だったのだなと理解しました。自傷・自死といったデリケートなテーマでありながら、現代の15歳のみずみずしい日常が描かれていて、思いがけずさわやかな読後感を持ちました。あとがきのメッセージが悩んでいる子どもたちに届くといいなぁ。
サークルK:タイトルが直球すぎるというか、きつくてこわいのではないかと感じます。友人の自死を止められなかった自分を責めていた主人公がなぜ、死者に鞭打つかのようにもう1度「殺す」作業をしつこく行わなければならないのか、なかなか理解できませんでした。ステップファミリーになった自分の家族、異母兄への淡い思慕と同級生からの告白、「杉森くん」が実は「百花ちゃん」という女の子であったことなど、種明かしはされていくのですが伏線がきれいに回収されるというより、盛りだくさんすぎて振り回されてしまいました。一人で悩みを抱えている人向きに物語の始まる前に、「巻末解説」への導きがなされていたので、ついそちらを読んでしまいましたが、ネタバレ的なことが書かれていて安心したのと、15回「殺す」という展開にはやはり少しこだわりが強すぎるのではないかという感想を持ちました。読んでいて、主人公のヒロよりも友人の良子さんの普通さが救いになりました。
花散里:長谷川まりるさんの作品は、学校図書館司書達の研究会などでも注目されていて、本作が昨年9月に刊行されてから特に話題に上がり、定例会などで取り上げられていました。タイトルが衝撃的なこと、表紙絵もインパクトがありましたが、表紙裏の「わたしは前から、あの子のことばかり考えていた」、そして文字の色を変えて、「だって友だちだったから」という文に、この作品のディテールが込められているように感じました。本文の冒頭から「殺す」という言葉が使われ、「殺す理由」を挙げていくことで物語を展開していくところなど、構成がうまいと思いました。血の繋がらない兄、ミトさんとのやり取りから、杉森くんが自死したときのヒロの受けた衝撃、自責の念、ヒロがどんな思いでいるかを慮り、なんとかヒロを守りたいというミトさんの思いが伝わってくるようで、文章もうまいと感じました。良子さん、男子高生たちのヒロを支えていく表現も見事で、ヒロが実母から暴力を受けていたこと、継母の関わり方、美術教師の存在など、登場人物の描かれ方もうまくて、ヒロが自責の念から立ち直っていく様子が上手に展開されている作品だと思いました。中高の図書館に勤務しているので生徒たちの日々の生活を見ていますが、図書館に居場所を求めて来ているのでないかと感じられる生徒もいます。巻末の臨床心理士の解説を読んで、改めて生徒たちに手渡して行きたい作品だと思いました。
アカシア:だとしても、社会的な制裁は絶対に受けようがないわけですよね。だとすると最初は自分の中の杉森くんを消そうとしたのでしょうか。
ハル:誰かに「見放したあなたが悪い」と断罪してほしい気持ちもあるんじゃないかなと思いました。単に「あなたは悪くない」で済まされたくないというか。
ニャニャンガ:杉森くんを殺すことにより少年院に入る前にやり残したことをやる流れになっていて、ジェットコースターに乗ったりパフェを作ったりするのは理解が難しかったです。
ハル:ミトさんも、それでヒロの気が済むのならと話を合わせたのかも。「やりのこしたことやっとけよ」の一言が、結果、ほかのことにも目を向けるきっかけにもなりましたね。
ジョウビタキ:主人公も自死するのではないかと恐れていて、それで、びくびくしながら話を合わせているのでは? 物語の最後のほうで、ミトさんも反省しているような話をしていなかったっけ?
花散里:ミトさんは杉森くんが自死した時、ヒロがどのような想いでいたか、離れて暮らしいていて心配だったのだと思います。ヒロを見守りたいという思いが、冒頭のすぐに電話に出てくれ、ワンコールで出たことに「どきっとした」と書かれていること、「もしもし?大丈夫か?」という電話の言葉からも、ヒロのことを心配していることが伝わってくると思いました。
しじみ71個分:「殺すことに決めた」というのは、自分が、杉森くんが苦しんでいたのを見殺しにしたと思っていて、遡って、どうして殺してもよかったのか、つまりは自死する必然性があったのかを考えて、原因を確かめるような、自分との関わりの中で彼女が自死を選ぶまでの過程を確認する作業のことなんでしょうかね。それで、やればやっていくほど、やっぱり彼女は死んじゃいけなかった、自分は友だったのだと整理がついて、それを受け止めることで、ヒロ自身が回復していく過程にもなっていますよね。でも、殺人を犯したら少年院に入るからと思って、やりたいことをやっておこうというのは、よくわかりませんでした。架空の設定に自分を置いて、思い込もうとしているみたいですが、これはどうしてなんでしょう?
ニャニャンガ:ヒロが自死をする象徴として書かれているのでしょうか?
しじみ71個分:気持ちの上の問題なんでしょうか。
アカシア:そこはやっぱりあざといんじゃないかな。
しじみ71個分:確かに……。自分がモヤモヤした理由が少し見えてきましたが、やっぱりとても技巧的なんですよね。仕掛けが幾重にもなされていて……。自分が見殺しにしたという行為を「殺す」という言葉に置き換えて使っているのだということは読んで行けばわかりますが、どうしても「殺す」という言葉を使わなければ書けなかったのかなぁというところは気になります。
さららん:今の子どもたちは、「コロス」とか、日常生活では気軽に使っているかも。
しじみ71個分:なんとなくですが、もしかして、自殺を逆の視点から見たら、他者が「殺す」になるという発想から、つまりは「殺す」という言葉から発想を得て物語を構成したのかなぁとも思えてきました。それと、気になるのは、ヒロの実母の暴力とか、ミトさんとの会話の中で出てくる「自分のなかの、相手のイメージ」から杉森くんとの関係性を考えるとか、物語の背景世界まで物語の中に入れ込んでしまっているようで、私も、物語に含まれる要素が盛りだくさん過ぎて、仕掛けに幻惑される感じが否めませんでした。
ジョウビタキ:タイトルはやっぱりあざとい感じがしますねぇ…
(2024年10月の「子どもの本で言いたい放題」より)