ジョーン・バウアー『靴を売るシンデレラ』
『靴を売るシンデレラ』
原題:RULES OF THE ROAD by Joan Bauer, 1998
ジョアン・バウアー/著 灰島かり/訳
小学館
2009.07

版元語録:全国有名靴チェーン店でアルバイトをしている女の子は、天才的センスで靴を売るスーパー店員だ。ある日、オーナーの運転手となり全国を回ることになる。オーナーとのドライブで、彼女がつかんだものは……。

プルメリア:この作品、すごくおもしろかったです。タイトルも表紙もいいなって思いました。プロローグからひきつけられて一気に読みました。おばあさんはアルツハイマーだし、離婚したお父さんが酔っ払ってアルバイト先にたずねてきます。家族の悩みがあっても、主人公ジェナの前向きに生きる明るい行動がすてきです。ジェナの靴に関する意気込み、専門的な知識、熱意をもって仕事をする姿勢に、最後までひきつけられました。

カワセミ:最近のYAのリアリズムのお話は、主人公が冷めた感じで、まわりの大人を簡単には受け入れないといったものが多いと思うんですけど、この子はいろいろなことを素直に受け入れる。まわりのどこかしら欠陥のある大人たちへの接し方を見ても、根本的な性格として人が好きっていうのがわかり、好感が持てました。悩みをかかえ、失敗もするんだけど、何とか良くしていこうっていう前向きなところ、まだまだ大人じゃないけれど、しっかりと自分の頭で考え、行動するところがよかった。ユーモアのある描写もあり、おばあさんの社長を乗せて慣れない運転をしてアメリカの道路を突っ走っていくっていうのも、その場面が見えてくるみたい。映画を見ているような感じでした。うまく起承転結がつけられていて、最後は主人公なりの成長がわかって満足感がある。ものを売るということの哲学もおもしろかったです。

ぷう:私は、このタイトルに引っかかりました。シンデレラ、といわれたとたんにこちらに、「ふうん、女の子が王子様に見いだされるとか、誰かに見いだされてハッピーエンドになるとか、そういう話なんだ」という構えができちゃって、それが邪魔になる気がしました。作品としては、自分が打ち込める仕事を見つけた子のはつらつとした感じが描かれていて、サクサクと読めました。途中で社長に引き抜かれるあたりは、いかにもアメリカという感じ。ある種のアメリカン・ドリームなんですね。それに、この子がすさまじくタフな社長に負けずに運転手を務めていく、そして時には社長に口答えするなんていうのも、なかなかスカッとしていて気持ちいいですね。結末も、この子にとっては外の世界である店のこともお父さんのこともうまく終わって、読後感がいい。一つだけ、途中でハリーさんという店長が急に死んでしまうのだけは、あれ????と思いましたけれど。とにかく、どんどん読み進められる本でした。

セシ:まだ途中までしか読めなかったのですが、ぐいぐい読まされました。職業倫理というのかな、安かろう悪かろうじゃなくて、本当に大事なのはこういうことだよというメッセージが根本にあって、大人の世界も捨てたもんじゃない、生きるっていいな、と思わせてくれます。

ぷう:この子にとっては外の世界である店のこと、あるいは社長との関係でこの子自身が成長して、それが最後に身近な父親との関係で現れる、というのはうまい造りだなと思いました。それに妹のことも、書き込んではいなくても、それなりにきちんと決着をつけようとしているみたいですし。主人公は妹にずっとコンプレックスを持っていて、でもその一方で妹を父親から守っていたのだけれど、最後には妹もその事実を知る、という話を入れたのは、作者が妹がらみの筋を決着させるためですよね。

ハリネズミ:さっとおもしろく読んだし、いいところについてはみなさんと同じ感想なんですけど、ちょっとひっかかるところがあってね。女社長さんの言葉なんですけど、「運転はていねいかね」とか、「……かね」というのがしょっちゅう出てくるの。「……かね」なんて、70代の女性で使う人いるのかしら?

セシ:男っぽくしたかったのかも。

ぷう:威圧感のある人にしたかったんですかね。

ハリネズミ:その口調のせいで、マンガっぽくなってしまってる気がしました。それから、最後のページの子ガモがいるというところで、「ここにも戦って勝った子がいる」っていう言葉が出てくるんですが、そこは物語の本質がすりかわっちゃうんじゃないかなと不安になりました。この物語は、競争社会で戦う話ではなくて、自分自身とたたかって一歩前へ進むという話だと思ったのに、この言葉があるせいで、妙に安っぽくなってませんか? リアリティという面では、アメリカの株式会社がいまどき世襲、っていうのもマンガっぽいのかな。軽いノリだから、逆に本を読まない子でも読めるというところにつながってるのかもしれませんけど。

カワセミ:リアリティという点からいえば、誇張されているところがあるわよね。

げた:コミックを思わせるような感じ。だから、リアリティってことについては、16歳にしては何十年も人生体験や職業体験がありすぎる感じがしたけど、話としてはそのほうがおもしろいのかな。拝金主義で、利益さえ上げればその過程はどうでもいいという今の風潮の中で中・高校生に警鐘を鳴らすという意味では、現実にはありえない話だろうけど、こんな本があってもいいかなと思いました。こういう題材をここまで扱っている本はあまりないですよね。単により多くの金を稼ぐことを目的にするのじゃなくて、仕事や商品に心をこめて、お客さんに喜んでもらえることを第一に考えることそんなメッセージがあふれている本です。だから、大人にもおすすめの本かな。

ハリネズミ:そういう職業倫理のようなものは、『幸子の庭』(本多明/著 小峰書店)でも取り上げられてましたね。

バリケン:『こちらランドリー新聞』(アンドリュー・クレメンツ著 講談社)も、職業を扱っていましたね。

ぷう:この作品は、利益第一のウォール・ストリートとはまた別のアメリカの伝統的で健全な職業倫理を描いた作品でもあって、だから好感が持てるのかもしれませんね。

(「子どもの本で言いたい放題」2009年12月の記録)