ポリー・フェイバー/作 クララ・ヴリアミー/絵 長友恵子/訳
徳間書店
2023
ANNE:不勉強で、フェイバー・アンド・フェイバー社や詩人のT・S・エリオットのことをよく知りませんでしたが、興味深く読みました。猫が創作の手伝いをするという展開が新鮮でした。日本でも漱石を始め作家と猫の関係は密接な気がするので、やはり相性がいいのでしょうか? わが家のおとぼけ犬に、この猫さんたちの爪の垢を煎じて飲ませたいと思いました。
ハル:こんなにかわいいのに、どうしてでしょう。2回読みましたが、それほどおもしろくは感じなかったです。中盤からちょっと浅いというか、雑というか。ロンドンの子猫たちをブックキャットに仕上げていくところなんて、実は唐突じゃないですか? コメディ部分なので勢いはあって良いのですが、モーガンはそれまで、偶然にエリオットさんの原稿を踏んづけて手助けしたことはありましたし、フェイバー社にやってくる作家たちにかわいがってもらったり、おやつをもらったらはげましたりはしていましたが、あとで子猫たちに教えるような深い付き合いをしていたわけじゃないし、モーガン自体はインクのにおいが好きなだけで、原稿を読んではいないので、なんかちょっと、そのあたりの詰めの甘さというか、力技感に引いちゃうのかなぁ。絵はかわいいし、フェイバー・アンド・フェイバーっていい会社なんだな、というのはとても印象に残りました。
雪割草:楽しく読みました。特に絵がよくて、それぞれの猫の個性まで描いていて見入ってしまいました。作家がメモを片手に髪がボサボサな感じもリアルだと思いました。ブックキャットというタイトルから、本屋さんの話かなと読みはじめましたが、出版社で作家を助けていた実在の猫のモデルがいるというので興味深く感じました。ただ、子どもよりも、書く仕事をしているおとなの読者の方が共感できるところが多いかなとは思いました。p108に「この計画実行の初日に、ぜんぶで八ぴきが旅立っていきました。かんしゃく持ちの年取った作家のところには、子ネコを二ひき送りました。そして、その二ひきの冒険好きな妹は、一ぴきで海ぞいに住むおしゃれな女の作家のところへやりました」というところがあるのですが、「その二ひきの冒険好きな妹」というところ、「妹」に「その二ひき」と「冒険好き」がかかっていると読まなければならないのですが、私は「その二ひき」が「冒険好きな妹」だといっているのだと思って混乱してしまいました。よく考えれば、そうであれば「妹たち」となるはずですし、誰の妹だか不明なのですが、日本語で修飾語を連ねて使うのはわかりにくいなと思いました。
アオジ:イラストも物語も、とてもかわいい、楽しい本ですね。子どもたちは、大好きだと思います。長田弘さんの『本を愛しなさい』(みすず書房)には、ヴァージニア・ウルフと夫のレナード・ウルフが始めた出版社、ホガース・プレスにいた犬と、シャーウッド・アンダースンの新聞社にいた子ネコのネリーの話が出てきて、どちらも深い、しみじみとした話ですけど、そういう心に染みるような味わいは感じられず、来年になったら忘れてしまいそう。でも、子どもたちには、すぐに忘れてしまっても、楽しい本をむさぼるように読んでもらいたいと思います。おかあさんネコが死んでしまったり、爆撃を受けたり、疎開しなければならなかったりするのですが、妙に明るいですね。マイケル・モーパーゴが編んだ“War stories of conflict”( Macmillan Children’s Books/2005)というアンソロジーを読んだことがありますが、概して、悲惨な出来事を書いても、トンネルの向こうに光がさしているような、なにか明るいものを感じたんですね。戦勝国と日本の違いなのかな。
アカシア:猫好きの人にとっては、とても楽しいお話なのではないでしょうか。ブックキャットという名前もおもしろいし。p92に、「原稿がよくないと思ったら、ツメでやぶる、歯でかみちぎる、よごれた足でふむ、といった仕事です。/ぎゃくに、おもしろい原稿がゴミ箱に捨てられていたら、取りだして、作家にもどします」とあるので、モーガンは内容がわかっているという設定かと思っていたら、p113に「モーガンも、本は大好きでした。──でも、本をながめることと、そのにおいがすきなだけでした。じっさいに自分で読もうと思ったことなどありません」とあったので、びっくり。まあ、それも含めて、ユーモラスだと思えばいいのかも知れませんけど。私はp75の「モーガンおじちゃん、あたしの命をすくってくれて、ありがとう。おじちゃんと、ここの本のおかげだね」の最後の一文がよくわかりませんでした。本のおかげというのが出てきていないので。
きなこみみ:かわいい本で、装丁と挿絵のセンスがとてもよいなと思います。猫たちの生き生きした姿が楽しくて、物語にどんどん入り込めます。楽しい挿絵のなかで切なかったのは、p30の母と妹を爆弾に吹き飛ばされたときのモーガンの顔。今、あちこちで爆撃の下で孤児になってしまった子どもたちがたくさんいることを連想してしまいます。この物語のテーマのひとつが「飢え」であることも、戦争の実相と繋がっていると思うのですが、登場人物が猫たちであることがクッションとなって、子どもたちも戦争の物語として受け入れやすいと思うのです。猫というのは、そういう意味でとても物語にしやすい得難い生き物だなと思います。P78の子猫たちの集団疎開も、実際に行われた都会から田舎への子どもたちの疎開がベースになっていると思うのですが、切ないのにどこかユーモラスな味が出ているのがいいなと。p81で、子猫たちがあちこちに隠れるシーンなど、想像するだけでかわいいです。しかし、なんといっても心惹かれるのは、ブックキャットの仕事のおもしろさ。p94の書けない作家の励まし方なども、作家の実体験がにじんでクスリとさせます。この勉強の甲斐あって、子猫たちはそれぞれ行き先が見つかるのですが、ここにイギリスの余裕を感じてしまいます。日本なら、こっそり猫にあげる食料もないだろうし、戦時中愛玩動物を飼うのを禁止して、犬猫たちをたくさん殺してしまったりしたことを思い出しました。ユーモアというのは、余裕から生まれるんだなと思いました。
アンヌ:おもしろい本だとは思うのですが、なんだか作者の家業として語り継がれてきた物語を読まされている気がしていて、有名な一族なんでしょうが、知らない身としてはピンとこないところがありました。私も、モーガンがブックキャットになるためのしつけを子猫たちにしていたのに、その後で、実はモーガンは本が読めないという話が出て来たのには驚きました。そうなると全体に矛盾してこないでしょうか? ただ、現実にブック・キャットはいるような気もします。以前読んだ『ザ・ウイスキー・キャット』(C.W. ニコル著 松田銑訳 河出書房新社)のように働く猫は現実にいるので、本当に猫が図書館を守ったり、作家の手助けをしているのだろうなと考えるのは楽しいことだと思います。
しじみ71個分:おもしろく読みました。猫好きの、猫好きのための猫好きによる本だなと心の底から思いました。読めば読むほど、翻訳の長友さんのお顔と猫さんのお姿が浮かんできて、愉快でした。お話自体は読んでみて、いろいろ思うことがありました。一つは、イギリスで戦争を見る目が日本とはちょっと違うかなというところでした。戦争中でもチャリティバザーがあったり、ちょっと雰囲気が明るいというか、この物語からは、あまり戦争の悲惨さを感じられませんでした。もしかして、戦争を背景にする必然性はなかったのかなとか、T・S・エリオットとか実在の人物を登場させるのに背景として必要だったのかなとか、いろいろ思いましたが、戦争を伝えることが主眼の物語ではないのかもしれないと思いました。後半のブックキャットの養成などは、とてもおもしろいです。猫はやりたいようにやっているだけなのに、作家が猫の行動に勝手に意味を見出しているだけなのですが(笑)。でも、本当に作家とネコとの相性が良くて、猫のおかげでいい作品が生まれることも実際にあったかもしれないですよね。作家のおじいさんがフェイバー・アンド・フェイバー社を経営していたということなので、どなたかもおっしゃっていましたが、家族の中で語り継がれている話が元にあったのかもしれないですね。ちょっとだけ気になったところもあって、一つ目はp79の「ネコパンチ」ということばです。確かに何を指すのかとても分かりやすいですが、とても現代的な日本語だなと思って、読んでいる物語世界からこっちの世界に戻って来ちゃうなと思いました。あと、私もp75で、ルールーが助かったのがモーガンおじちゃんのおかげなのは分かりましたが、なんでここの本のおかげだったのかはよくわかりませんでした。
アカシア:私は「ネコパンチ」が現代語だとは思いませんでした。ずいぶん昔からある言葉じゃないかな。エリオットまで遡れるかどうかはわかりませんが。
ニャニャンガ:p55に、本が入った段ボール箱がたくさんあるという文章があるので、本が入っていて潰れなかった段ボール箱のなかに逃げ込んだおかげで助かったということかなと思います。
しじみ71個分:そうだったんですね! 読み飛ばしていました。ありがとうございました。あとは、ちょっとおもしろいのが、p106で作家が「顔をこわばらせて」と書いてあるのですが、挿絵はにこにこしていて、顔がこわばっていないのもちょっとハテナ?と思いました。子どもたちの訓練を始めるにあたって、p84のところで、暴れる子猫たちのことがばれないように、自分が騒ぎを起こして目くらましをしますが、子どもたちの暴れっぷりがあまり書かれていないので、何でモーガンがそんなに疲れているんだろう?とは思ってしまいました。何か、ちょっとどこかがはしょられている感がありました。でも、軽めに楽しく、おもしろく読めるいい本だと思います。
さららん:『ブックキャット』というタイトルに魅かれて、ずっと読みたかった本です。ひとりの猫好きとして手に取り、読みながら、自分の中に分裂した2つの読み方があるのに気がつきました。「これはおもしろい!」と思う自分がいる一方で、「いやいや、猫は絶対、人のために働かないぞ」と考えている自分もいたのです。ここにいるのは本物の猫ではない、お芝居みたいに書かれた作品だと考えて読めばいいのだと、頭の中のスイッチを入れ直しました。爆弾が落ちた後の猫の姿を描いた灰色のページ(p70~71)をはじめ、この物語は戦争の現実を子どもたちにわかりやすい形で伝えています。戦争中は猫も悲惨な思いをしたんだと、少し距離をおいて受け止められるからです。p118の挿絵はしっぽとしっぽが絡み合った、とてもいい絵で、見ているだけで幸せな気持ちになれますが、少し惑わされました。ネコのモーガンはルールーと結ばれたんだ!と、私は思ってしまいました。
コアラ:まず、絵がかわいいと思いました。どのページの猫もかわいくて癒されました。猫好きにとっては、猫が何かやったら、それだけでかわいいものです。猫が本のページの上に足を置いたら、そのしぐさから人間の方が気付きを得る。それを、猫が人間に気付かせている、猫が分かってやっている、ということにするわけですが、そういう世界は子どもと親和性があると思います。子どもが楽しめる本だと思いました。最初に、著者の祖父がフェイバー・アンド・フェイバー社の経営者で、そこでエリオットが働いていて、猫が玄関で来客を迎えていた、ということが書かれていて、もうそれだけでワクワクしました。作家が編集者に会う前と後が描かれているところは、誇張されていておもしろかったです。最後のp133で、猫が「THE END」とタイプライターを打つところは、小学校中学年くらいの読者は分かるかな、ちょっと難しいかなと思いました。訳者あとがきを読んでも、ご自分のブックキャットのお話が書かれていて、猫を飼っていていろいろな場面で助けられているという方々はいっぱいいるんだろうなと思いました。
スーパーマリオ:非常にかわいらしい物語だなぁと思いました。戦争で深刻な場面も出てくるのに、それでもかわいらしいというイメージ。ネコの行動は細かいところまでなかなかリアルです。小学生の子が怖がらずに読めるいい本ですね。戦争の全体的な流れはわからないのですが、断片的に戦況の変化が伝わってきます。最後、アメリカから来たネコが「アイゼンハワー」という名前のところ、ちょっと引っかかってしまって、ラストのいい文章がなかなか頭に入ってこなくなりました。イギリス、アメリカの子どもたちなら、むしろ笑うところなのかしら。
アカシア:p75についてはニャニャンガさんが教えてくださいましたが、ルールーがとびこんだ段ボールには、本も入っていたので、漆喰の飾りが落ちてきたときにつぶされずにすんだ、っていうことなんですね。そこはそう書いておいてもらったほうがよかったかも。あと、p136の「ミーブ」は「メーブ」の誤植ですね。
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エーデルワイス(あとから追加):イラストがふんだんにあり、絵を見ているだけで楽しく、物語が伝わってきました。前半は白黒の映像にナレーターが語っている感じが、中盤からカラーに変わって生き生きしたような印象です。黒ネコのモーガンを中心にネコたちが活躍して、第二次世界大戦中のロンドンなのに明るく感じられました。
全体的にさらりとした展開なので、ブックキャットの仕事のエピソードを、も少し具体的に書いてほしいように思いました。
私の知っているネコのエピソードです。小春日和の気持ちのいい午後、私の母が背の高い草原を通りかかると、何やらゴニョゴニョと声がします。草の間からそうっとのぞいてみると、7、8匹のネコが頭を真ん中の一転に寄せて丸く仰向けにお腹を出して寝ていたそうです。
なんと無防備な姿!「いい天気ですなあ」なんて、世間話でもしていたのでしょうか。あんまりおかくて母が笑い出すと、ネコたちはたちまち風のように散っていなくなってしまったそうです。昔は家ネコも自由に外出して家に戻っていたように思います。
ノラネコや家ネコたち、一緒に定期的に集会を開いていたのでしょう。
(2024年05月の「子どもの本で言いたい放題」より)