新藤悦子/作 佐竹美保/絵
ポプラ社
2020
エーデルワイス:おもしろく読みました。「難民」がテーマなんですけど、「難民とは」と声高に言わなくて、その内容に好感を持ちました。ペルシャ猫のシャイフと世界の民芸品との会話など自然で新鮮でした。p37の8行目に、「かしこい猫は人の心をかんたんにつかんでしまいます。」とか、p63の3行目「人間は言葉で遊ぶくせがあります。」、p64の6行目、「…猫も人間もわがままでなくちゃ」など、心に染みてくる言葉がたくさんあります。「ひらけごま」の亭主石塚さんのレモネードがよくでてきますが、先日香川産の有機レモンで作ったレモネードを友人にごちそうになりました。とっても美味しくて、厚切りのレモンの皮をバリバリ食べました。その味を思い出しました。「こどもの本」(024年6月号 日本児童出版協会)掲載の三辺律子さんのエッセイに引用されていた東京大学教授の梶谷真司氏の哲学対話についての言葉「理論だけで考えていると、平等や対等になろう、差別をなくそう、異質なものを受け入れよう、相互理解や相互承認、寛容さが大事だ、そのため対話が必要だ、など、いろんなことが言われます。けれども、それらは単なるお題目ですが、具体的にどうすればそういうことができるのか分からないままです。それでみんなで努力したり我慢して、結局うまくいかないことが多い。でも哲学対話をしていると、なぜそういうことができないのか、どうすればそれができるのか実感としてよく分かるようになります」が、本書の物語と重なりました。
アンヌ:以前読書会で別の本を読んだときに「移民の物語にはいい人しか出てこない」という指摘がありましたが、最初に読んだときは、いい人ばかりで生ぬるい物語だなと思いました。でもp25で石塚さんが集めてきたおしゃべりする物たちが、「モノ」とカタカナで書かれているのに気づいて、この物語は、人間ではなく物が語る方が主な主題なのだと思って読み直しました。伝統工芸品の中にあるその国の歴史と文化、そして戦争や政治的状況などがモノたちの言葉で語られるファンタジーというのは珍しくておもしろいと思います。ただ、最後のあとがきに出てきた地図が、とても簡略な絵だったのが残念です。読者の子どもたちも、最初にしっかりした地図があれば、このモノたちが生まれ、やってきたいろいろな国への知識が深められたと思います。
きなこみみ:登場する猫も、人も、タイルばあやや、ひも姉さんというモノたちも、とても魅力的です。佐竹美保さんの挿画の力もあるんだと思いますが、キャラクターの姿が明確に頭に浮かんできます。イラン・イラク戦争が1980年からなので、アリババはその頃に亡命したのかな、とか、その時のことをいろいろ想像しながら読みました。猫のシャイフと、どこか飄々とした店主の石塚さんが世界中から持ってきたモノたちとがおしゃべりするのを聞くのがとても楽しい。楽しみながら、自然にイラン、アフガニスタン、ペルーなどの文化と人の物語に触れていく試みがとてもいいなと思います。旅から旅に、あまり物を持たず、ひとりを貫いてきたアリババさんが、なぜそうしてこなければならなかったのかを思うと切ないんですが、石塚さんが集めてくるものたちは、そんなふうに否応なしに故郷との繋がりを断たれてしまう人たちの思いを語っているようです。
私は民博(国立民族学博物館)の近くに住んでいて、ときどき展示を見にいったりして長い時間を過ごしてしまうのですが、その時間とおなじような厚みを、この物語にも感じました。日系ペルー人のタケルと、イランからきたナグメという、日本以外の国のルーツをもつ子どもたちが出てきたのも、良いと思います。「外国にルーツをもつ子どもたちの『ルーツ』とは、『ルーツ』(roots)と『ルート』(routes)の両側面がある」(「超多様性を生きる子どもたち(特集 〈子ども〉を考える)」原めぐみ『現代思想』52巻5号/2024年4月)という考え方を最近知ったのですが、共通の歴史や祖先を持つという過去と、変遷を経てここにたどりつき、そしてこれからたどっていく子どもたちの未来という、ふたつの道筋が、この物語にはあるなと思うのです。これは、子どもの本のすてきなところだと思います。
少し気になったのは。p156のナスリーンのエピソード。「あたし、ブルカおばけになりたくない」というセリフに、考えこんでしまいました。女性への時代遅れな蔑視や自由の制限、学問の自由を奪う、という政策は確かに非難されるべきことではありますが、一方でブルカはイスラムの女性たちにとって、ひとつのアイデンティティという一面もあるのではないかなと。女性にたいする圧政をブルカに象徴させてしまうことで、ブルカやイスラムへの一元的な嫌悪などに繋がらないかと少し心配になりました。アフガンで水路を開いた中村哲氏が、敬意をもって、イスラムの教会も作っていたことを思い出します。でも、好きなところもたくさんあって、p147の「ジャングルの子どもは自分の考えをちゃんと先生に伝えて、先生はちがう考えをちゃんと認めた。すごいことです」というところ、p181で、野良猫の三毛が、シャイフに「あなたのこと、中庭の外にも出られなくて気の毒に思ってたけど、それなら、ちっとも気の毒じゃないわ」「ここにいながらにして世界旅行をしてるようなもの」というところが、とても好きです。ここではない扉をひらいて、違うことを認め合って、どんな遠くにも時間と空間を超えてとんでゆけるという物語の醍醐味がつまっているからです。
アカシア:私もきなこみみさんと同じで、ブルカは女性を束縛するものときめつけてしまっていいものか、タリバン=悪と決めつけてしまっていいものか、と疑問を持ちました。
全体としては、世界の民芸品に話をさせ、猫がそれを聞くという設定はこれまで見たことがなかったので、おもしろかったです。タイルばあやの話の中に出てきたアリぼうやが、アリババだったと最後にわかる(おとなの読者はすぐに推測できるかもしれませんが)など、物語に工夫もされています。最後にハチの巣として実際に使われたらよかったのに、とそこはちょっと残念でした。
物語の随所に、作者の考え方や、文化の多様性の視点が登場しているのにも、好感をもちました。p30の「イスラム教を重んじるバザール商人は、お金はためるものではなく流れるもの、と考えています。水がたまるとよどむように、お金がひとところにたまると世の中がよどむ、というのです」とか、p119の「人間が大変なのは、言葉だけじゃありません。たとえば、ひも姉さんが話していた国境線。なにもないところに線引きして、こっちからあっちへ勝手にいってはいけないことにするなんて、わざわざ世界を不便にしているとしか思えません」なんていうところですね。そして、民芸品が語る来歴から、それを作ったり、そこに思いをこめた人たちの物語が伝わるのも、すてきです。あとがきにもあるように、難民とか戦争を正面から取り上げるのではなく、物語を聞いて想像を広げていくことによって世界とつながれるようになっているのですね。年齢も状況も多様な人たちが登場しているのも、とてもよかったです。
ニャニャンガ:とても好きになった作品ですが、手にした時のずっしり感と、タイトルにあまり惹かれず、すぐ読む気にはなれませんでした。もうひとつ残念な点としては、世界地図はあとがきではなく、できれば登場人物紹介のあたりにあると読む手助けになると思いました。私もなのですが、本文を読みながら民芸品がやってきた場所がわかっていた方が物語により入りこめた気がします。とはいえ読み始めたとたん、世界情勢や民芸品がやってきた理由が詳しく書かれていて読みでがありました。民芸品たちが希望したとおりの幸せになるために、猫のシャイフが導いてあげる設定や、登場人物の物語もよかったです。佐竹さんの絵がとても物語に合っていて、読む楽しさが増えました。とくにピラフの場面はおいしそうでした!
アオジ:とてもおもしろい物語で、楽しく読みました。アリババと千夜一夜物語をかけているんですね。日本に渡ってきた、高価な品物ではない日常の道具に語らせるという趣向がいいですね。ラクダの頭飾りにするひもの話が、特に印象に残りました。近所のじゅうたんのお店に、探しにいってみようかしら。
移民や難民の話というと、とかくつらくて悲惨なものになりがちですが、この本なら子どもたちがすっと物語に入りやすく、最後まで読めるのではないかと思います。クラスにいる外国から来た友だちを、日本とは異なった、豊かな文化のなかで育ってきた存在とあらためて見つめなおし、もっと知りたい、もっと理解したいという気持ちが芽生えれば、難民に門戸を閉ざしがちの日本も少しずつ変わっていくのではないかと思いました。私自身、知らなかったことがたくさん出てきて、わくわくしながら読みました。
ブルカについては、私もちょっとひっかかりました。あくまでも強制するのが悪いのであって、ブルカそのものは、見かけではなく内側から神と向き会わなければいけないというイスラム教の教えにもとづいているのと同時に、砂や、きびしい日光から身を守るという実用的な側面もあり、大切にしている人たちもいるということを忘れてはいけないと思います。
ちなみに、アマゾンの古代魚ピラルクは、靴べらにできるほど大きな鱗をしていて、ピラルクの皮のハンドバッグが人気なんだとか。もちろん、ワシントン条約で捕獲が規制されているそうだけど。それから、p73の7行目にある「青いタイルくん」は「青いグラスくん」の間違いですね。(第2刷では訂正されています)
雪割草:最初は、おじさんが主人公?と思いましたが、さまざまなモノが登場し、「ひらけごま」には世代もいろいろな人が集まり、難民をテーマにしながら、楽しく読める作品だと思いました。モノの語りはそれぞれユニークで、たとえばヘラートグラスはその美しさだけでなく、戦争で奪われたものについても語っていて、子どもたちにぜひ伝えたいと思いました。中東地域は行ったことがないのですが、バザールの空気感もよく伝わってきました。モノの語りがメインですが、もう少し人のバックグラウンドの大変な面が語られてもよかったかなと思います。先ほど、地図が詳しく書かれていなくてわかりにくいという話がありましてが、もしかしたら意図的に国境を引いていないのかもと思いました。
ハル:視野が広くて、愛にあふれていて、とってもおもしろかったです。どのページか忘れてしまいましたが「幸運には運び手がいる」というのも印象に残りました。せっかくおもしろいので、子どもたちにたくさん読んでほしいと思うと、ちょっと長いでしょうか。あと、余計なお世話ですが、タイトルがちょっと凝りすぎでしょうか。それぞれの物たちの身の上話こそ読ませどころなんだと思うのですが、そこが逆に長いと感じてしまいました。ところで、p15には、シャリフは人間でいうと7歳といった記述がありましたが、この、動物の年齢を「人間でいうと」というのがよくわからないんです。どうして人間の年齢に換算するんでしょう。それから、これはもちろん、それぞれの考え方でいいのであって、否定するものではないのですが、「国境はいらない」というのは確かに素敵に聞こえますが、社会を形成する上ではやっぱり国境は必要で、国境があることが問題なんじゃなくて、諍いを起こすことが問題なんだと私は思います。動物だって群れをつくりますし、猫も、自然のままだったら、縄張りはあったんじゃないかなぁ。
それから、きなこみみさんがおっしゃった「ブルカおばけ」のところは、わたしもちょっとひっかかりました。外から見たら問題があるように見えますし、宗教を選択する自由がないことも恐ろしいですが、「おばけ」と言っていいのかどうかはなんとも……。
ANNE:もともとファンタジーは大好きなので、とても楽しく読みました。ところどころ現代の子どもたちに通じるかしら?という言い回しが出てきて、たとえばp26の7行目、「イキなのかヤワなのか」というところなど、私のような年代のものにはそれも魅力的でした。
また、p63の3行目からの「人間は言葉で遊ぶくせがあります。言葉をおもちゃにして、なにが楽しいのでしょう」という文章に、ドキッとしました。佐竹美保さんのイラストも含め、随所に印象的な言葉がちりばめられたすてきな物語です。ぜひ、子どもたちに手に取ってほしいと思います。
コアラ:今回私は選書係だったのですが、ずっと読みたいと思っていたこの本を、さららんさんの推薦でやっと読むことができました。おもしろかったです。アリババとか「ひらけごま」とか、異国的で不思議なことが起こりそうなネーミングがいいなと思いました。モノたちの物語が、とても具体的で目に浮かぶようで、行ったこともないのに異国を旅したような気分になりました。タイルばあやの願いを伝えたアリぼうやが、実はアリババだったとか、伏線が回収されるのもおもしろかったです。モノが語るこの形式だと続編もありそうだと思いました。この本を読んだあとでペルシャ猫を見たら、シャイフだと思ってしまいそうです。ぺぺとるりの結婚のお祝いのごちそうで出てくる「ひらけごま」のピラフは、サプライズ感があっておもしろいと思いました。あと、佐竹美保さんの絵も、p17の絵はユーモラスだし、よかったです。
しじみ71個分:タイトルから、中東を舞台にした歴史ファンタジーのような作品かと思い、なかなか手が伸ばせなかったのですが、読んだら日本の現代物でした。タイトルが内容より重々しくて損をしているかもしれないですね。読んでみたらとてもおもしろかったです。バザール商人の考え方として紹介されている、お金はためるのではなく流れるものとか、貧しい人に与えよ、お金も情報も物も流れて、世の中が活気づくというイスラム教の教えや、アラブの地方の暮らしや文化がさらりと紹介されていて、興味深かったです。イスラム教というと、どうも9.11以降、テロや何かと結び付けられたこともあって、日本では良くないイメージでとらえられているような気もしますが、この本はアラブ世界の深くて豊かな文化があることを伝えてくれて、固まりがちな思い込みを易しい語り口でほぐしてくれるところがとても良いと思いました。
アリババの猫のシャイフは、1週間のあいだ、世界の民芸品を売る石塚さんのところに預けられますが、夜な夜なモノが語ります。モノに言葉を与えてしゃべらせるのは、当事者をそのまま描くのではなく、モノを間に挟んで少し距離感のある第三者の視点で語られるので、物語として穏やかに伝わるような気がします。夜に語るというと、『千夜一夜物語』や、シリア出身のラフィク・シャミの『夜の語り部』(松永美穂訳 西村書店)を思い出しますが、夜に詩や物語を語る文化があるのでしょうね。登場人物もほぼみな優しくて、温かくて、読後感がとても良いです。異文化に対する興味をやさしく喚起する新藤さんは、とてもうまい書き手ですね。
「青いガラスくんのはなし」でブルカが否定的に描かれている点については、私は逆に新藤さんがアフガンから逃げてきた人に実際に話を聞いていり、インタビューしたりしたのに基づいているのではないかと思いました。タリバン政権下で少しずつ女性たちの生活が締め付けられて行く当事者の受け止め方がよく分かると思いました。当事者に話を聞いたらこうなるのかなと思ったので。いちばん、かわいそうなのはアリババさんかなと。最初と最後にだけ登場してきて、ひとりで寂しく出張に行って来て、その間、シャイフはモノや人と交流していて。アリぼうやがアリババだとわかって話の深い伏線が回収されますが、その間は出番がなくて寂しかっただろうなと思います。アリババさんの詳細はこれから掘ればまだたくさん出て来そうなので、もしや続編があるのかなと気になりました。あと、「タイルばあや」の言葉はちょっと気になりました。「ばあや」という言葉は、働いてくれる使用人のおばあさんを、世話される子どもが呼ぶときに使う言葉のような気がしたので…… なぜ「ばあさん」「おばあさん」ではなく「ばあや」にしたのかちょっと不思議に思いました。
さららん:今回、この本を選ぶにあたり、もう1度読み直してみました。楽しい物語だった、新藤さんは上手な書き手だ、という以前の印象が漠然と残っていたのですが、主人公のアリババがシャイフを見たとたん、「記憶の封印が解かれ」(p10)、シャイフのおかげで具体的な記憶を取り戻す物語(p212-213)だったと気がつきました。枠物語の構造をもう少し鮮明にして、感動を盛り上げることもできたとは思うのですが、このさりげなさが作家の持ち味なんだと思います。私の知り合いに、ベトナム戦争後、フランス人家族に引き取られたベトナム人の姉妹がいて、「家庭の中ではベトナム語は禁止」といわれたそうです。その子たちがベトナム語を使えたら、過去とのつながりを保てただろうに……と、思い出すたび切なくなります。「両親につれられて外国にいったアリぼうやは、知らない人たち、きいたこともない言葉の中で、いつもあの猫に会いたかった」(p11)という一文から察するに、アリババも自分の故郷とその言葉を奪われた人物で、そう思うと、やはり少し切なくなります。
そして、この物語の重要なテーマは「コミュニケーションの復活」ではないのかと思うのです。シャイフと出会うことで、アリババは失われた故郷とのつながりを思い出す。モノと人のコミュケーションは阻まれているけれど、聞き手のシャイフが登場したことで、モノの見てきたことや気持ちが読者に伝わる。そのシャイフの働きで、石塚さんたちも、モノたちの願いを結果的にかなえることになる。阻まれていたコミュニケーションを復活させる役割を持たされたシャイフの存在が、私には興味深かったです。作家はシャイフを通して、モノと人のつながりや幸せを、少しでもよみがえらせたかったのでしょう。モノの声は私たちには聞こえないし、見ただけではわからない。声を聞くには、その物が生まれた背景や歴史を知る必要があります。作家は、「タイルばあや」や「ひも姉さん」の由来を知り、歴史を調べ、聞こえない声に耳を傾けるおもしろさに自分でも夢中になって、空想を広げ、物語に仕立てていったのかもしれません。ふだんなら聞こえない声を聞くことで、この世界が全く変わって見える。単に言語が伝わる、伝わらないだけではない、本質的なコミュニケーションの喜びは、実はそんなところにあるような気がします。手触りのあるモノを通して、イスラム世界やアマゾンの日常を重層的に感じてもらえる本です。難民という言葉で括られる人たちの暮らしに思いを馳せる意味でも、子どもたちに今読んでもらえたら、と思います。
スーパーマリオ:以前、『イスタンブルで猫さがし』(新藤悦子著 丹地陽子絵 ポプラ社)を読んだことを思い出しながら、読了しました。中東に強い新藤悦子さんならではの作品で、すてきだなと思いました。人間の少年少女が主人公ではないところもおもしろいですし、冒頭、「東京のタワマン」に住む「アリババ」という「学者」など、意外な組み合わせの連続に引き込まれました。ラクダのひもとかミツバチの巣箱のふたとか、日本の日常にないものが、生い立ちを語っていくところにも惹き込まれました。ただ、中盤あたりから終盤まで、ちょっと中だるみしてしまったようにも思います。モノが語る物語は、哀しみとかやるせなさとかが薄いせいでしょうか。人間だったら大変な旅なわけですが、淡白に感じてしまった部分もありました。あと、冒頭ですけれど、時間が立て続けに2回遡ります。現在から3ヶ月前、そこからさらに、「忘れていた遠いむかし」へ。小学生向けの児童書では、時間があまり遡らないほうが読みやすいと以前聞いたことがあるので、せめて遡るのは1回にして、構成をうまく組み替えることで読みやすくできないかなぁ、などと考えました。アリババと再会したときに、ネコが必ずしも喜んでくれない、キゲンが悪い感じなのは、ネコ好きとしてはリアルに感じられておもしろかったです。
(2024年05月の「子どもの本で言いたい放題」より)