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杉森くんを殺すには

制服を着ている主人公の少女
『杉森くんを殺すには』
長谷川まりる/著
くもん出版
2023.09

きなこみみ:長谷川まりるさんは、どん、と心に響く作品を書かれる方で、この作品もまずタイトルのインパクトがすごいです。そして、タイトルのインパクトは見掛け倒しではなくて、まず主人公のヒロが「杉森くんを殺すことにしたの」と宣言するんですから、これはもう続きを読まざるを得ないですよね。そしてうまいなと思うのは、人物同士の関係性を、少しずつ開示していくところ。ゆっくりとヒロという一人の人間と知り合うように、物語が進んでいくところだと思います。杉森くんのように、強いSOSを友達が出してきたときに、どうすればいいかわからないという経験は、多かれ少なかれ子どもたち誰もが経験することだと思うんです。「寄り添いましょう」とよく言われるが、深く傷ついた人がすがってくる状態で、うまく寄り添うなど、おとなでも難しいことです。でも、寄り添えなかったという後悔も、また深く人を傷つけます。そのトラウマから、少しずつ回復していく心の起伏が、ていねいに、それでいてテンポと歯切れのよい文体で綴られていて、重いテーマなのに最後まで読ませていくのは、すごい力量だと思います。
ヒロを支えているのは、まず、賢い距離感のお母さんと兄なんですけど、これが血の繋がった関係ではないということって、結構大事かもしれないなと。どうしても、血縁の母と娘だと、こうしていい距離感で見守ることはなかなか難しいように思うから。同時に、良子という新しい友人関係の描き方もとてもよくて、彼女が熊谷晋一郎さんがよくおっしゃる「自立とは、依存先を増やすこと」という言葉を紹介してくれるのも、とてもいいと思います。一人で生きていける人間なんていなくて、人にどう迷惑をかけながら、かけられながら生きていくのかって、これからおとなになっていく人たちには、とても大切な、一生かかって作っていく、セーフティネットだと思うんです。最後にあげてある心理学系の参考図書のリストもよくて、いい選書だなあと思いました。

しじみ71個分:衝撃的なタイトルでとても気になっていました。読んでみて思いましたが、とても内省的な物語ですね。「殺す」という言葉から、杉森くんの自死について内省を深めて、自分の関わりと自分の気持ちを整理していく展開になっていて、読んで切ない気持ちになりました。友人の自死をいかに自分の心の中に落とし込んでいくか、ですが、とてもつらい作業ですよね。杉森くんが自分のつらい気持ちをヒロにぶつけ、それを見ないようにしてしまったことで、彼女の自死に関わってしまったという自責の念に苦しんでいることが物語の過程でだんだん分かってきますが、15歳の若者が背負うにはあまりにも重たいことだと思います。思春期の子には大変なショックだと思いますし、高校ではそのことを知る人が少ないのがよかったのもよく分かります。
それでも、矢口くん、良子ちゃんという心を開ける友人がいたことで、読みながら安心しました。ミトさんも自分も杉森くんを助けてあげられなかったことについて胸を痛めていましたが、大学生だってそりゃ無理だと思います。よく福祉の分野だと、人に頼れるようになることが真の自立とよく聞きますが、専門の人やおとなに頼らないといけないし、おとなはそれを受け止めないといけないですよね。人に頼っていいということを若い人たちに知ってもらいたいし、私たち大人も子どもたちのSOSに気づけるようにアンテナを立てておかないといけないと痛感させられました。本当に繊細な作品だと思いますし、内省に伴ってさまざまな考察が盛り込まれていますが、いくつか、モヤモヤした点があり、そこは少し気になっています。うまく言語化できませんが……。

さららん:1枚ずつベールをはがすように読み進むうち、「杉森くん」の真実がわかり、そのつど驚きました。主人公ヒロの心のうちに分け入るような書き方に、思わず引き込まれました。「杉森くん」の本当の名前は百花ちゃん。でも杉森くんと呼んでほしいという設定にも作家の計算があります。「百花ちゃんを殺すには」ではあまりに生々しくべたべたしますが(設定上、そんなタイトルはありえませんが)、「杉森くん」という硬質の名前だと、その感じが消えるのが不思議です。言葉の響きが持つ力ですね。p120の「自分のなかの、相手のイメージ」という考え方には、ハッとさせられました。当たり前かもしれませんが、私たちはみなそのイメージを相手に生きていて、本当の他人の姿も、自分の姿も実はわからない。言語化されていないことを明確にしてもらえ、読者の子どもたちがこれから悩みを抱えたときに、状況を客観視するうえでこの考え方は役に立つと思いました。重いテーマなのに、ギャグが生き生きしていて、読みやすかったです。個人的にはヒロがお父さんに対して抱く気持ち(p34「古きよき昭和」って感じで、ファンタジーっぽいものを感じる)のところで、そんな「お父さんには、わたしたち現代っ子の複雑な心境が理解できないんだと思う」と言われて、『うーむ、なるほど』と思いました。

ジョウビタキ:物騒なタイトルですね! 途中で「殺す」と「杉森くん」の2語に騙されていたのがわかり、少々腹が立ったけれど、あとはスムーズに読めました。あざといタイトルですけれど、戦略的には成功しているのかも。文章が生き生きしていて、とてもうまいですね。ただ、今の子どもたちがしゃべっている生きのいい言葉で書くと、10年後、20年後には一気に鮮度が落ちて、ダサい作品になってしまう。これは、YAを翻訳する人たちにとっても悩みの種だと思いますけど。友だちに自死された子どもの心情を描いた作品って、そんなにないと思うんだけど、どうでしょう? グリーフケアの作品としては、アメリカのドリス・ブキャナン・スミス作『ブラックベリーの味』(石井慶子訳)が、アナフィラキシーショックで親友を失った少年の心情を描いた、とても良い物語ですが、小学生向けなので、この本ほど複雑な心境は描いていません。ちなみに、「ブラックベリー」はぬぷん児童書出版で出版されたもので、今は古書店でしか手に入りません。ぬぷんは、優れた児童文学の翻訳書をたくさん出しているので、手に入らなくなっているのは残念です。最後に臨床心理士の方のていねいな解説や、「困ったときの相談先リスト」があるなど、編集が行き届いていると思いました。

ニャニャンガ:書名のインパクトの強さから手にとりにくかったので、この機会に読めてよかったです。いい意味でマンガっぽいと感じました。それは、重いテーマをとても読みやすくしてあるからかもしれません。対象年齢の読者には敷居が低くなってよいのかもしれませんが、自死した友だちの命に対してのアプローチとしては、個人的には苦手に感じました。
主人公のヒロが杉森くんを助けられなかったつらさから、あえてこのような行動に出て立ち直ったのかもしれませんが……義兄のミトさんはすべての事情を知っていてヒロを心配しているだけに、冒頭のやりとりは疑問に思ってしまいました。
杉森くんと呼ぶことであえて男子だとミスリードする理由、そして杉森くんを殺さなくてはならない理由などにひっかかりを感じたのですが、あえてそうすることで読者に考えてほしかったったのでしょうか? 私の読みが足りないのかもしれません。巻末に解説があってよかったです。

雪割草:タイトルが衝撃的だったので、ドキドキしながら読みはじめました。この主人公のように、自殺した子のそばにいて残された子どもはきっとたくさんいると思います。私は特別な環境で育ったわけではありませんが、中高、大学で自殺した子がいました。だから、そういう子どもたちに、自立とは依存先を増やすこと、というメッセージとともに届いてほしい作品だと思いました。この作品は、主人公がなんで杉森くんを殺さなければならなかったのか、その理由をあげていくのですが、周りのあたたかい人たちに助けられながら、やっぱり杉森くんを好きだったことに気付かされます。そして、人に罪悪感を抱かせるくらい、杉森くんは大事な存在だったんだと気が付きます。罪悪感がなくなるわけでもなく、喪失感を感じたまま、それでも前を見て生きていく主人公の姿は無理なく描かれていると思いました。

エーデルワイス:タイトルが刺激的で、構成がみごとでぐいぐい読めました。杉森くんが実は女の子だということなど、いい意味で裏切られていくのがおもしろかったです。主人公のヒロが友人の杉森くんの死を受け入れられなく、助けられなかった罪悪感、苦悩が伝わってきました。そしてティーンの自死を食い止めるのは、同じ年の友人個人ではなく、みんなで、それもおとなが助けなくてはいけない、という終盤のメッセージがよかったです。ヒロのステップファミリーの様子、実母のヒロへの暴力などがさりげなく書かれていて興味深く思いました。ヒロに新しい友人、ボーイフレンドも出来そうで、明るい未来を感じた終わり方で安堵しました。

アカシア:テーマはおもしろいし、必要な本だとは思うのですが、ストーリー展開があざとすぎるように思いました。普通は、親友の死について自責の念にかられたとすると、自分自身に刃を向けると思うのですが、この本では「殺す」という行為に出ようとする。またミトさんも藤森くんが1週間前に死んだことはわかっていて、「殺す」が現実には成立しようがないと知っているのに、「全部終わったら、裁判所で理由を話さないといけない」とか「おまえが刑務所にぶちこまれても、世間でバッシングされても、おれは最後までおまえの見方だからな」なんて言っている。そこまで話を合わせるのは、主人公のヒロが認知に難がある子だからなのだろうと思ってしまいました。p10からの「杉森くんを殺す理由 その一」が高校生の考えとは思えなくて、小学生の理屈のようにしかとれなかったので、よけいです。というわけで、最初のほうでミスリードされてしまったので、私はうまく物語の中に入り込めず、構成がすばらしいとも思えませんでした。

ハル:なぜ杉森くんと呼ぶのかは、p59に理由が書いてありますね。それで、私は最初にこのタイトルを見たときに、『人間交差点』(矢島正雄原作 弘兼憲史作画 小学館)という漫画にあった、殺してもいない妻を殺したと言い張る夫のお話(深い愛ゆえのお話なんです)を思い出しましたが、それとは少し違いましたが、愛の物語には変わりありませんでした。とても好きな1冊で、いま再読していますが、結末がわかって読んでも、冒頭から切なくてしかたないし、ヒロの思いが痛いほど伝わってきます。殺したい理由というのは、全部、痛いながらも懐かしい、大事な思い出なんですよね。友達を助けられなかったという自分の後悔を、罪として、何の罪だと名前をつけて、断じてほしいという気持ちもあるし、杉森くんが自分を殺したことにならないように、私が殺してあげたいという気持ちもあるし、自分がそう思い込むことで楽になりたいからという気持ちもあるし、全部真実なんだと思います。こんなに困難な事態とからまって傷ついた心を、書き手として、おとなとして、ひとつずつすくいあげて、ほぐして、光のあるあたたかい方に導いてくれた。構成も、そしてデザインも、本当に見事だと思います。

ANNE:まず、タイトルに、え?どういうこと?となりました。杉森くんはもう亡くなっているのに「殺すことにした」とヒロから電話で聞いたミトさんの受け答えに、若い男の子がそんなに冷静に対処できるのかしら? と疑問にも思ったのですが、幼馴染を亡くしたヒロの心情に寄り添った行動だったのだなと理解しました。自傷・自死といったデリケートなテーマでありながら、現代の15歳のみずみずしい日常が描かれていて、思いがけずさわやかな読後感を持ちました。あとがきのメッセージが悩んでいる子どもたちに届くといいなぁ。

サークルK:タイトルが直球すぎるというか、きつくてこわいのではないかと感じます。友人の自死を止められなかった自分を責めていた主人公がなぜ、死者に鞭打つかのようにもう1度「殺す」作業をしつこく行わなければならないのか、なかなか理解できませんでした。ステップファミリーになった自分の家族、異母兄への淡い思慕と同級生からの告白、「杉森くん」が実は「百花ちゃん」という女の子であったことなど、種明かしはされていくのですが伏線がきれいに回収されるというより、盛りだくさんすぎて振り回されてしまいました。一人で悩みを抱えている人向きに物語の始まる前に、「巻末解説」への導きがなされていたので、ついそちらを読んでしまいましたが、ネタバレ的なことが書かれていて安心したのと、15回「殺す」という展開にはやはり少しこだわりが強すぎるのではないかという感想を持ちました。読んでいて、主人公のヒロよりも友人の良子さんの普通さが救いになりました。

花散里:長谷川まりるさんの作品は、学校図書館司書達の研究会などでも注目されていて、本作が昨年9月に刊行されてから特に話題に上がり、定例会などで取り上げられていました。タイトルが衝撃的なこと、表紙絵もインパクトがありましたが、表紙裏の「わたしは前から、あの子のことばかり考えていた」、そして文字の色を変えて、「だって友だちだったから」という文に、この作品のディテールが込められているように感じました。本文の冒頭から「殺す」という言葉が使われ、「殺す理由」を挙げていくことで物語を展開していくところなど、構成がうまいと思いました。血の繋がらない兄、ミトさんとのやり取りから、杉森くんが自死したときのヒロの受けた衝撃、自責の念、ヒロがどんな思いでいるかを慮り、なんとかヒロを守りたいというミトさんの思いが伝わってくるようで、文章もうまいと感じました。良子さん、男子高生たちのヒロを支えていく表現も見事で、ヒロが実母から暴力を受けていたこと、継母の関わり方、美術教師の存在など、登場人物の描かれ方もうまくて、ヒロが自責の念から立ち直っていく様子が上手に展開されている作品だと思いました。中高の図書館に勤務しているので生徒たちの日々の生活を見ていますが、図書館に居場所を求めて来ているのでないかと感じられる生徒もいます。巻末の臨床心理士の解説を読んで、改めて生徒たちに手渡して行きたい作品だと思いました。

アカシア:だとしても、社会的な制裁は絶対に受けようがないわけですよね。だとすると最初は自分の中の杉森くんを消そうとしたのでしょうか。

ハル:誰かに「見放したあなたが悪い」と断罪してほしい気持ちもあるんじゃないかなと思いました。単に「あなたは悪くない」で済まされたくないというか。

ニャニャンガ:杉森くんを殺すことにより少年院に入る前にやり残したことをやる流れになっていて、ジェットコースターに乗ったりパフェを作ったりするのは理解が難しかったです。

ハル:ミトさんも、それでヒロの気が済むのならと話を合わせたのかも。「やりのこしたことやっとけよ」の一言が、結果、ほかのことにも目を向けるきっかけにもなりましたね。

ジョウビタキ:主人公も自死するのではないかと恐れていて、それで、びくびくしながら話を合わせているのでは? 物語の最後のほうで、ミトさんも反省しているような話をしていなかったっけ?

花散里:ミトさんは杉森くんが自死した時、ヒロがどのような想いでいたか、離れて暮らしいていて心配だったのだと思います。ヒロを見守りたいという思いが、冒頭のすぐに電話に出てくれ、ワンコールで出たことに「どきっとした」と書かれていること、「もしもし?大丈夫か?」という電話の言葉からも、ヒロのことを心配していることが伝わってくると思いました。

しじみ71個分:「殺すことに決めた」というのは、自分が、杉森くんが苦しんでいたのを見殺しにしたと思っていて、遡って、どうして殺してもよかったのか、つまりは自死する必然性があったのかを考えて、原因を確かめるような、自分との関わりの中で彼女が自死を選ぶまでの過程を確認する作業のことなんでしょうかね。それで、やればやっていくほど、やっぱり彼女は死んじゃいけなかった、自分は友だったのだと整理がついて、それを受け止めることで、ヒロ自身が回復していく過程にもなっていますよね。でも、殺人を犯したら少年院に入るからと思って、やりたいことをやっておこうというのは、よくわかりませんでした。架空の設定に自分を置いて、思い込もうとしているみたいですが、これはどうしてなんでしょう?

ニャニャンガ:ヒロが自死をする象徴として書かれているのでしょうか?

しじみ71個分:気持ちの上の問題なんでしょうか。

アカシア:そこはやっぱりあざといんじゃないかな。

しじみ71個分:確かに……。自分がモヤモヤした理由が少し見えてきましたが、やっぱりとても技巧的なんですよね。仕掛けが幾重にもなされていて……。自分が見殺しにしたという行為を「殺す」という言葉に置き換えて使っているのだということは読んで行けばわかりますが、どうしても「殺す」という言葉を使わなければ書けなかったのかなぁというところは気になります。

さららん:今の子どもたちは、「コロス」とか、日常生活では気軽に使っているかも。

しじみ71個分:なんとなくですが、もしかして、自殺を逆の視点から見たら、他者が「殺す」になるという発想から、つまりは「殺す」という言葉から発想を得て物語を構成したのかなぁとも思えてきました。それと、気になるのは、ヒロの実母の暴力とか、ミトさんとの会話の中で出てくる「自分のなかの、相手のイメージ」から杉森くんとの関係性を考えるとか、物語の背景世界まで物語の中に入れ込んでしまっているようで、私も、物語に含まれる要素が盛りだくさん過ぎて、仕掛けに幻惑される感じが否めませんでした。

ジョウビタキ:タイトルはやっぱりあざとい感じがしますねぇ…

(2024年10月の「子どもの本で言いたい放題」より)

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ラスト・フレンズ~わたしたちの最後の13日間

『ラスト・フレンズ』表紙
『ラスト・フレンズ~わたしたちの最後の13日間』
ヤスミン・ラーマン/作 代田亜香子/訳
静山社
2021.06

しじみ71個分:ページを開いてみて、はじめからびっくりしました。作者の実体験にもとづくコメントや、「いのちの電話」の紹介などがあって、また、タイトルも「ラスト・フレンズ」なので、どんな展開になるのか、ちょっと不安を抱きながら読みました。ですが、物語を読み進めていくと、3人の女の子のキャラクターもきっちりと書き分けられ、それぞれの苦しみが、リアルに嫌というほど伝わってきて、3人にとても共感しました。自分が若い頃、非常に精神的に不安定だったことも思い出されてきました。最も共感してしまったのはミーリーンで、わたしはリストカットまではしませんでしたが、自己を否定するネガティブな言葉が頭を支配する感じや、大勢の中で非常に強い孤独を感じるあたりは、すりむけたところがヒリヒリするようで、読んでいていたたまれなかったです。でも、ティーンエイジャーだったら、実際に鬱だったり、性的虐待にあったり、障害があったりしなくても、3人のどこかに共感する点を見つけられるのではないでしょうか。
それから、編集の荻原さんに原文がどうだったか、おうかがいしたかったのですが、例えばオリヴィアの章では、段頭がわざわざずらしてあったり、ミーリーンについても現状の認識と頭の中のネガティブな言葉とでフォントが変えてあったり、見た目の行の配置でも心の状況が分かるようになっていますね。これも、緊迫感を醸し出してとてもよかったと思います。自殺幇助のサイト、メメントモリの存在も物語にじわじわと恐怖感を与えていて、インターネットの危険性も伝わりますね。途中までは3人が自殺してしまうのではないかとドキドキし、後半はメメントモリからの攻撃でスリリングな展開になり、結局最後までドキドキしながら読みました。大変におもしろかったです。

コゲラ:表紙を見て、ていねいな前書きやインフォメーションを読み、おっかなびっくり読みはじめました。3人の少女の性格や、置かれている状況がしっかり描かれていて、それだけにページをめくる手が、ともすれば止まりそうになりました。でも、3人そろって服を選ぶ場面から明るい兆しが見えてきて、ほっとしました。前半とうってかわって、後半は悪意のあるネットのサイトの所有者との闘いで、まさに手に汗にぎる展開。一気に読めました。
作者はもちろんのこと、編集者、訳者の細かい心遣いと熱意が感じられる、よい本だと思います。ただ、図書館や学校で子どもたちに手渡す立場にある方は、神経を使うだろうなと思いました。むしろ、読書会などグループで読むときの課題本としたら、とてもよいのではないでしょうか。先日のニュースで、自殺をしたい子をネットで誘って監禁した事件を報道していましたが、日本の10代にとっても他人事ではないので。p12で、主人公のひとりのカーラ言っていっていますが、「サマリア人協会=サマリタンズ」は日本の「いのちの電話」のことで、カーラがふざけていっているということが、日本の読者にはわかりづらいのでは?

雪割草:展開が気になり、引き込まれて読みました。作者のメッセージが冒頭にあることで、読者への配慮や届けたいという思いが伝わってきました。3人それぞれが、母親との関係によって前に進めるようになるのもよく描かれていて、思春期の読者には伝わるものがあると思いました。それからメメントモリというサイトですが、グループワークを通して自殺をやめさせるいいサイトなのかもしれない、と最初は思ったりしてしました。でも実際は違って、ネットの恐ろしさや世の中の悪意、その子どもたちへの影響を考えさせられました。長く、内容もセンシティブで、出版社にとっては挑戦だったのではと思いました。

エーデルワイス:表紙イラストの3人の少女たちの顔に目鼻口がありません。物語を読む前から少女たちの心情がすでに伝わってくるようです。本文の文字の配列が視覚的に変化して、ミーリーンの苦しい心の叫びが伝わり、つらくなりました。オリヴィアの性的虐待に母親が正面から向き合ってくれてほっとしました。こういう状況の子たちを大人がいち早く気づいて守ってほしいと願います。問題を抱えている子どもに即刻ソーシャルワーカーがつくところがすばらしいですね。最後にミーリーン、カーラ、オリヴィアの3人が、自殺サイトの罠にも負けず、生還できたことにほっとしました。

キビタキ:カバー前袖の文章と、物語の前に「いのちの電話」などのサイトの紹介があるので、ちょっと身がまえてしまいました。読者は高校生くらいだと思いますが、ここを見て読んでみようと思う子と、逆にちょっと引いてしまう子がいるのではないでしょうか。それぞれの少女の一人称で語られる章が入れ替わりで出てくるという構成が、最初は読みにくくて、3人のことを把握するのに少し時間がかかりました。それぞれの抱えている苦しみや心の叫びがうまく描かれていましたが、その分、読み進むのはとてもつらくて、途中でやめたくなりました。後半は、やっと気持ちをわかってくれる相手が見つかったことで3人が楽になっていくので、読んでいるほうも救われるのですが、そう思う間もなく急展開が待っていて、ハラハラし通しだったと思います。3人の主人公は16歳なので、同世代の読者には響く部分が多いのではないかと思いました。

アンヌ:最初に「いのちの電話」が提示されて自殺について書いてあるとわかるので、戦争が始まったという今の状況でこの物語を読み始めるのはきつく、その上事故による下半身まひ、鬱、性的虐待という状況が描かれるので、もうそこから進めなくなってしまいました。でも時間をおいて読み直し始めたら、それからは一気読みでした。3人はごく普通の仲よしのティーンエイジャーのような生活、チェア・ウォーカーになったカーラができるとは思っていなかったような生活を楽しみます。まず、ショッピングモールでお買い物をし、ランチをとる。ここで、普段はグッチを着ているというオリヴィアの言葉に階級を感じましたけれど、でも、彼女のように服を見立てるのが得意な友だちと買い物に行くとお互いが満足できて楽しいですよね。ランチではミーリーンに、ちゃんとしたハラルのお肉を食べさせる店を見つけてあげる。好奇心から宗教上の禁止事項は訊いてくるけれど、そこから先に踏み込んでくれない人たちとは違って、カーラは解決法を一緒に見つけてくれる。いつも遠慮しているミーリーンが気を使ってもらえて喜ぶところは、読んでいて楽しくなりました。それから、性的虐待を逃れてするジャンクフードだらけのパジャマパーティ。ここも楽しくて、このマイナスとプラスの場面構成は、とても動的でリズムがあるなと思いました。ミーリーンが母親に絵を描くことを認めてもらう場面では、現代のムスリム女性が子どもたちには自由に生きてほしいと思っていることも知ることができました。ただ、ここから先のサイトからの反撃などが出てくる場面はスリル満点ですが、少々つらく、まだ読み返す勇気が湧いていません。私の好きな場面は、カーラが救急車に乗せられるミーリーンにスカーフを巻いてあげ、その気持ちが救急隊員の女性にも伝わるところです。他者に想像力をもって接することの大切さを訴えかける見事な小説だと思いますが、実際に死の誘惑を感じている子どもに手渡すのには注意が必要だとも思います。

オカピ:今、日本で、子どもの自死はとても多いですよね。最近、『ぼく』(谷川俊太郎/作 合田里美/絵 岩崎書店)という絵本の特集番組を見たのですが、「子どもの自死をテーマに児童書を出す上で、伝えたいのは “死なないで” ということだけど、それをそのままぶつけても届かない」と、編集者の方がおっしゃっていました。それをどうやって絵本とか、この本の場合はYAという作品にするのか、ということですよね。その番組で、「人間社会内孤独と自然宇宙内孤独がある」という谷川さんの言葉も印象的でした。私は中学のとき、「とくに悩みがあったわけじゃないけど、死にたいと思ったことは何度もある」と友人に言われて、驚いた記憶があります。いじめとか虐待とか、そうした具体的な理由がなくても、ふっと死に引きよせられることがあるんだなって。この『ラスト・フレンズ』では、鬱、性的虐待、父親の死に対する罪の意識など、死に向かう理由が示されていて、もちろんそういうケースもあるのですが。詩の形で書かれた本が今たくさん出ていて、この本でもオリヴィアの章はそうなっています。p115「ミーリーンが床からパソコンを拾って/いう」、p317「ミーリーンはぱっと顔を上げて、ちょっとだけ/ふら/ふら/歩いてから、いう」など原書通りの改行なのでしょうが、そのまま日本語の作品にするのはなかなか難しいのかなと。訳はp6の「ムリやり」「大っキラい」、p8「フツー」、p11「キツい」、p13「アガる」など、カタカナが多いのが古く感じられて、私にはちょっとしっくりきませんでした。地の文なんかは心の中で思っていることなので、今の言葉をそんなに使わなくてもいいような……。シリアスなテーマの本というのもあって、訳が少し浮いているように感じました。

みずたまり:近く感じる死を回避して、生きることに向かっていく少女たち、という大きな流れはとてもよくて、3人のやりとりを興味深く読みました。それぞれの背負っているものはとても重いけれど、友情があれば乗り越えられる、という力強さを感じました。ただ、自殺サイトのハッキングについて詳細が語られていなくて、カメラがいつも都合よく見たいものを撮影しているような気がしました。そのあたり、もう少し仔細に書いて納得させてもらいたかったです。あと、わたしは、3人が中盤で生きる決意をして、自殺サイトの正体を協力して暴いていく展開なのかと想像してしまいました。死と生に対して、よりポジティブに向かう方向を勝手に期待しすぎたので、ああ、そっちではないのね、と途中で軌道修正しながら読みました。

ハリネズミ:苦しい場面がずっと続くので途中で休み休み読みました。もう少しユーモラスなところとかがあると、休まず読み続けられたと思うんですけど。育った環境も文化も違う3人が自殺幇助サイトで知り合って、しだいに友情を結んでいくというストーリーですけど、こういうサイトは実際にありそうで怖いですね。そういう意味では、とても現代的な作品だと思います。性的虐待に関してですけど、この作品では、虐待をしていた男はすぐに逮捕されます。被害者の証言が重視されているということですよね。日本は伊藤詩織さんの件を見ても、まだまだ加害者に有利で残念です。下半身マヒのカーラが、過保護な母親をうるさいと思っていて、独りにしてほしいとあれだけ言っているのに、母親に恋人ができたのかといちいち気にして逆に母親の一挙一動に目を光らせるのは、ちょっと私の中では人物像が結びにくかったです。著者が一所懸命に書いているのは伝わってきましたが、あらかじめこういう流れで書こうという設計図があるせいか、ちょっと堅苦しさを感じました。もっと自然に登場人物が動いていくと、きっとユーモアも入ってくるのかもしれません。

サークルK:表紙の3人の肖像画を額縁に入れて図案化したものを、各章の名前の下に毎回入れている工夫がなされ、3人それぞれの事情を読むときに迷子にならずにすみました。冒頭に「いのちの電話」の案内などが書かれていることもあって身がまえる読者もいるかもしれませんけれど、あえて原題と異なる『ラスト・フレンズ』というタイトルになっているところに(ラストという語には動詞なら「続いていく」という意味もあるので)、これからも3人が友達関係を続けられるという希望を読める気がしました。作中の16歳の少女たちが巻き込まれている日常(たとえば自分と異なる宗教観や結婚観、人生観、罪悪感、性的虐待といったヘビーな内容)に想像力が追いつかないとしても、不気味な自殺幇助団体の「契約」に取り込まれていく様は、現代の日本でもうっかりWebをクリックして思わぬ犯罪に巻き込まれてしまう子どもたちへのリアルな警鐘となると思います。つらい展開のところもありましたが気がつくとぐいぐいと引き込まれて読んでしまいました。

ヤドカリ:読み終わったときに、読めてよかったと思えるような小説でした。著者の伝えたいという思いが強く出ていて、力のこもった作品だと思いました。3人のキャラクターそれぞれに、日本の読者もいろいろなポイントで共感できるのではないかと思います。母と娘の関係が大切な小説で、帯にいとうみくさんが言葉を寄せられているのも、それでなのかしら、と思ったりもしました。編集の面でも非常にていねいに配慮されているなと感じました。

コアラ:タイトル、特にサブタイトルの「最後の13日間」で手に取る人がいるのではないかと感じました。物語に入る前に、「いのちの電話」などの相談先が載っていて、この本を出版する上での気配りがされていると思いました。途中までは自殺に向かって準備を整えていくストーリだし、p5にあるように、よくない引き金を引いてしまわないとも限らない。最初に載せたら、読んでいる途中で気持ちが揺れても、相談先を思い出すことができるので、まず相談先を載せたというのは、とても配慮されていると思いました。カバーの人の絵が、版ズレしているようで、けっこう気になったのですが、p13で自殺サイトのデザインが「微妙にレイアウトがずれてるメニューバー」とあるので、そのイメージからきているのかなと考えたりもしました。性格も環境も全く違う女の子3人が自殺サイトのマッチングで出会います。最初の出会いのぎこちなさはよくあらわれていると思うし、それぞれのつらさも、読んでいて我が事のように迫ってきました。特に、ミーリーンの章の、太字のフォントで書かれている「カオス」の声は、こんな声がずっとしていたらたまらないというか、本当に死にたくなると思いました。p351のカオスの声に囲まれているようなレイアウトは、頭の中の状態、苦しさが、レイアウトでよくあらわれていると思いました。この物語では、自殺サイトで知り合った人や親が救いとなったけれど、現実の世界でも、苦しい状況では、友人や親からの救いを欲していると思うし、そういう生きることへの引きとめも心の底ではかすかに願って自殺サイトで人と知り合うことがあるかもしれない。でも現実では、小説のように心を打ち明けられる関係にはならず、お互いに死へと進んでしまうのかもしれない。そういうことを重く考えながら読みました。苦しんでいる人が、この本を読んで自分の気持ちを誰かに打ち明けられるようになればと思うし、周りの人も、苦しんでいる人の気持ちに寄り添えるようになればいいなと思います。

花散里:この本が出版されたとき、3人の顔が描かれていない表紙画、「自殺」やSNSの問題などを取り上げていることが話題になっていたのですぐに読みました。そのときに本書が著者のデビュー作であり、自身の体験をもとに書かれた作品であるということで力作だと思いました。今回、読み返してみて、中盤までは自殺のサイトで知り合った3人が次第に自殺を思いとどまっていくところ、SNS利用の怖さや、仲よくなった3人の中での葛藤などをていねいに描いていて、とても構成がうまいと改めて感じました。ブリティッシュ・ムスリムの著者は自身と重ね合わせて、後半の追いつめられていくミーリーンをいちばん描きたかったのではないかと思いました。最後にカウンセラーの対応の上手さなど、生きることへ希望をもたせ、読後感がさわやかに感じました。自殺サイト、性的虐待などを取り上げている点で大人にも読んでほしい作品であり、YA世代にはぜひ読んでほしいと思います。

荻原(編集担当者):「サマリア人協会」や「ほっぺ」、そのほか、皆さまご指摘ありがとうございます。オリヴィアのパートは原書のレイアウトになるべく近づけてみています。なかなか同じようにはいかなかったですけれども。また、相談先のリスト(日本語版は国内の各団体にご協力いただきました)は、原書では巻末にありました。それを巻頭にもってくることで、入り口に壁をつくってしまった点も課題になりましたが、今この主人公たちと同じような苦しみを抱えている読者が、もし、途中で本を閉じてしまったら……と考えて、巻頭に載せました。この作品は、著者自身がティーンエイジャーだったときに読みたかった本だ、とのこと。著者が求めた本の力を私も信じて、日本の読者にも届けたいと思ったのではありますが、本当のところ、読者にどんな影響を与えてしまうのか、不安もありました。この作品を選んだそのほかの理由のひとつとして、死生観が信仰に反することに苦しむ、という心情は、日本ではあまり触れる機会がないのではないかと思ったこともあります。カバーイラストの画風と、作中に登場するサイトのレイアウトとの関連は……全然考えていませんでした(笑)。実は、編集担当として、はじめて自分で選んでオファーした作品で、ボリュームも考えずに買っちゃったので、なんとかページ数をおさえようと、文字もぎっちぎちですみません。訳者の代田さんの力を借りて、ようやく形にできたという感じです。皆さまのご意見を、今後の編集の課題にしてがんばります。今日はありがとうございました。

しじみ71個分:この物語で行頭がずらしてあったりするのは、詩的な表現というよりは、頭の中の思考が千々に乱れたり、自分で考えたことを自分で否定したり、心の中で瞬間瞬間に湧き上がる苦悶や葛藤、思考の乱れを視覚的に演出しているだけなんじゃないでしょうか? たとえば、オリヴィアの思ったことに取り消し線が引いてあるのは、自分で考えたことを自分で打ち消しているのを表現しているのだと思いましたし、3人で打ち解けているときは行頭が揃っているので心の落ち着きを表現しているのかなと思いました。

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ネズミ(メール参加):読み応えがありましたが、読むのはつらかったです。この子たちがどうなるのか気になって読み進めましたが、話し言葉で展開するとはいえ、ページ数も多く、読者を選ぶ、ある程度本好きな読者でないと読み通すのがきびしいかなと思いました。
3人それぞれのかかえている問題が重たく、当事者となる読者に手渡してよいか、ためらわれます。むしろ、まわりの大人に読んでほしい。

(2022年3月の「子どもの本で言いたい放題」の記録)

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