長谷川まりる/著
くもん出版
2023.09
〈版元語録〉「杉森くんを殺すことにしたの」高校1年生のヒロは、一大決心をして兄のミトさんに電話をかけた。ヒロは友人の杉森くんを殺すことにしたのだ。そんなヒロにミトさんは「今のうちにやりのこしたことをやっておくこと、裁判所で理由を話すために、どうして杉森くんを殺すことにしたのか、きちんと言葉にしておくこと」という2つの助言をする。具体的な助言に納得したヒロは、ミトさんからのアドバイスをあますことなく実践していくことにするが……。
きなこみみ:長谷川まりるさんは、どん、と心に響く作品を書かれる方で、この作品もまずタイトルのインパクトがすごいです。そして、タイトルのインパクトは見掛け倒しではなくて、まず主人公のヒロが「杉森くんを殺すことにしたの」と宣言するんですから、これはもう続きを読まざるを得ないですよね。そしてうまいなと思うのは、人物同士の関係性を、少しずつ開示していくところ。ゆっくりとヒロという一人の人間と知り合うように、物語が進んでいくところだと思います。杉森くんのように、強いSOSを友達が出してきたときに、どうすればいいかわからないという経験は、多かれ少なかれ子どもたち誰もが経験することだと思うんです。「寄り添いましょう」とよく言われるが、深く傷ついた人がすがってくる状態で、うまく寄り添うなど、おとなでも難しいことです。でも、寄り添えなかったという後悔も、また深く人を傷つけます。そのトラウマから、少しずつ回復していく心の起伏が、ていねいに、それでいてテンポと歯切れのよい文体で綴られていて、重いテーマなのに最後まで読ませていくのは、すごい力量だと思います。
ヒロを支えているのは、まず、賢い距離感のお母さんと兄なんですけど、これが血の繋がった関係ではないということって、結構大事かもしれないなと。どうしても、血縁の母と娘だと、こうしていい距離感で見守ることはなかなか難しいように思うから。同時に、良子という新しい友人関係の描き方もとてもよくて、彼女が熊谷晋一郎さんがよくおっしゃる「自立とは、依存先を増やすこと」という言葉を紹介してくれるのも、とてもいいと思います。一人で生きていける人間なんていなくて、人にどう迷惑をかけながら、かけられながら生きていくのかって、これからおとなになっていく人たちには、とても大切な、一生かかって作っていく、セーフティネットだと思うんです。最後にあげてある心理学系の参考図書のリストもよくて、いい選書だなあと思いました。
しじみ71個分:衝撃的なタイトルでとても気になっていました。読んでみて思いましたが、とても内省的な物語ですね。「殺す」という言葉から、杉森くんの自死について内省を深めて、自分の関わりと自分の気持ちを整理していく展開になっていて、読んで切ない気持ちになりました。友人の自死をいかに自分の心の中に落とし込んでいくか、ですが、とてもつらい作業ですよね。杉森くんが自分のつらい気持ちをヒロにぶつけ、それを見ないようにしてしまったことで、彼女の自死に関わってしまったという自責の念に苦しんでいることが物語の過程でだんだん分かってきますが、15歳の若者が背負うにはあまりにも重たいことだと思います。思春期の子には大変なショックだと思いますし、高校ではそのことを知る人が少ないのがよかったのもよく分かります。
それでも、矢口くん、良子ちゃんという心を開ける友人がいたことで、読みながら安心しました。ミトさんも自分も杉森くんを助けてあげられなかったことについて胸を痛めていましたが、大学生だってそりゃ無理だと思います。よく福祉の分野だと、人に頼れるようになることが真の自立とよく聞きますが、専門の人やおとなに頼らないといけないし、おとなはそれを受け止めないといけないですよね。人に頼っていいということを若い人たちに知ってもらいたいし、私たち大人も子どもたちのSOSに気づけるようにアンテナを立てておかないといけないと痛感させられました。本当に繊細な作品だと思いますし、内省に伴ってさまざまな考察が盛り込まれていますが、いくつか、モヤモヤした点があり、そこは少し気になっています。うまく言語化できませんが……。
さららん:1枚ずつベールをはがすように読み進むうち、「杉森くん」の真実がわかり、そのつど驚きました。主人公ヒロの心のうちに分け入るような書き方に、思わず引き込まれました。「杉森くん」の本当の名前は百花ちゃん。でも杉森くんと呼んでほしいという設定にも作家の計算があります。「百花ちゃんを殺すには」ではあまりに生々しくべたべたしますが(設定上、そんなタイトルはありえませんが)、「杉森くん」という硬質の名前だと、その感じが消えるのが不思議です。言葉の響きが持つ力ですね。p120の「自分のなかの、相手のイメージ」という考え方には、ハッとさせられました。当たり前かもしれませんが、私たちはみなそのイメージを相手に生きていて、本当の他人の姿も、自分の姿も実はわからない。言語化されていないことを明確にしてもらえ、読者の子どもたちがこれから悩みを抱えたときに、状況を客観視するうえでこの考え方は役に立つと思いました。重いテーマなのに、ギャグが生き生きしていて、読みやすかったです。個人的にはヒロがお父さんに対して抱く気持ち(p34「古きよき昭和」って感じで、ファンタジーっぽいものを感じる)のところで、そんな「お父さんには、わたしたち現代っ子の複雑な心境が理解できないんだと思う」と言われて、『うーむ、なるほど』と思いました。
ジョウビタキ:物騒なタイトルですね! 途中で「殺す」と「杉森くん」の2語に騙されていたのがわかり、少々腹が立ったけれど、あとはスムーズに読めました。あざといタイトルですけれど、戦略的には成功しているのかも。文章が生き生きしていて、とてもうまいですね。ただ、今の子どもたちがしゃべっている生きのいい言葉で書くと、10年後、20年後には一気に鮮度が落ちて、ダサい作品になってしまう。これは、YAを翻訳する人たちにとっても悩みの種だと思いますけど。友だちに自死された子どもの心情を描いた作品って、そんなにないと思うんだけど、どうでしょう? グリーフケアの作品としては、アメリカのドリス・ブキャナン・スミス作『ブラックベリーの味』(石井慶子訳)が、アナフィラキシーショックで親友を失った少年の心情を描いた、とても良い物語ですが、小学生向けなので、この本ほど複雑な心境は描いていません。ちなみに、「ブラックベリー」はぬぷん児童書出版で出版されたもので、今は古書店でしか手に入りません。ぬぷんは、優れた児童文学の翻訳書をたくさん出しているので、手に入らなくなっているのは残念です。最後に臨床心理士の方のていねいな解説や、「困ったときの相談先リスト」があるなど、編集が行き届いていると思いました。
ニャニャンガ:書名のインパクトの強さから手にとりにくかったので、この機会に読めてよかったです。いい意味でマンガっぽいと感じました。それは、重いテーマをとても読みやすくしてあるからかもしれません。対象年齢の読者には敷居が低くなってよいのかもしれませんが、自死した友だちの命に対してのアプローチとしては、個人的には苦手に感じました。
主人公のヒロが杉森くんを助けられなかったつらさから、あえてこのような行動に出て立ち直ったのかもしれませんが……義兄のミトさんはすべての事情を知っていてヒロを心配しているだけに、冒頭のやりとりは疑問に思ってしまいました。
杉森くんと呼ぶことであえて男子だとミスリードする理由、そして杉森くんを殺さなくてはならない理由などにひっかかりを感じたのですが、あえてそうすることで読者に考えてほしかったったのでしょうか? 私の読みが足りないのかもしれません。巻末に解説があってよかったです。
雪割草:タイトルが衝撃的だったので、ドキドキしながら読みはじめました。この主人公のように、自殺した子のそばにいて残された子どもはきっとたくさんいると思います。私は特別な環境で育ったわけではありませんが、中高、大学で自殺した子がいました。だから、そういう子どもたちに、自立とは依存先を増やすこと、というメッセージとともに届いてほしい作品だと思いました。この作品は、主人公がなんで杉森くんを殺さなければならなかったのか、その理由をあげていくのですが、周りのあたたかい人たちに助けられながら、やっぱり杉森くんを好きだったことに気付かされます。そして、人に罪悪感を抱かせるくらい、杉森くんは大事な存在だったんだと気が付きます。罪悪感がなくなるわけでもなく、喪失感を感じたまま、それでも前を見て生きていく主人公の姿は無理なく描かれていると思いました。
エーデルワイス:タイトルが刺激的で、構成がみごとでぐいぐい読めました。杉森くんが実は女の子だということなど、いい意味で裏切られていくのがおもしろかったです。主人公のヒロが友人の杉森くんの死を受け入れられなく、助けられなかった罪悪感、苦悩が伝わってきました。そしてティーンの自死を食い止めるのは、同じ年の友人個人ではなく、みんなで、それもおとなが助けなくてはいけない、という終盤のメッセージがよかったです。ヒロのステップファミリーの様子、実母のヒロへの暴力などがさりげなく書かれていて興味深く思いました。ヒロに新しい友人、ボーイフレンドも出来そうで、明るい未来を感じた終わり方で安堵しました。
アカシア:テーマはおもしろいし、必要な本だとは思うのですが、ストーリー展開があざとすぎるように思いました。普通は、親友の死について自責の念にかられたとすると、自分自身に刃を向けると思うのですが、この本では「殺す」という行為に出ようとする。またミトさんも藤森くんが1週間前に死んだことはわかっていて、「殺す」が現実には成立しようがないと知っているのに、「全部終わったら、裁判所で理由を話さないといけない」とか「おまえが刑務所にぶちこまれても、世間でバッシングされても、おれは最後までおまえの見方だからな」なんて言っている。そこまで話を合わせるのは、主人公のヒロが認知に難がある子だからなのだろうと思ってしまいました。p10からの「杉森くんを殺す理由 その一」が高校生の考えとは思えなくて、小学生の理屈のようにしかとれなかったので、よけいです。というわけで、最初のほうでミスリードされてしまったので、私はうまく物語の中に入り込めず、構成がすばらしいとも思えませんでした。
ハル:なぜ杉森くんと呼ぶのかは、p59に理由が書いてありますね。それで、私は最初にこのタイトルを見たときに、『人間交差点』(矢島正雄原作 弘兼憲史作画 小学館)という漫画にあった、殺してもいない妻を殺したと言い張る夫のお話(深い愛ゆえのお話なんです)を思い出しましたが、それとは少し違いましたが、愛の物語には変わりありませんでした。とても好きな1冊で、いま再読していますが、結末がわかって読んでも、冒頭から切なくてしかたないし、ヒロの思いが痛いほど伝わってきます。殺したい理由というのは、全部、痛いながらも懐かしい、大事な思い出なんですよね。友達を助けられなかったという自分の後悔を、罪として、何の罪だと名前をつけて、断じてほしいという気持ちもあるし、杉森くんが自分を殺したことにならないように、私が殺してあげたいという気持ちもあるし、自分がそう思い込むことで楽になりたいからという気持ちもあるし、全部真実なんだと思います。こんなに困難な事態とからまって傷ついた心を、書き手として、おとなとして、ひとつずつすくいあげて、ほぐして、光のあるあたたかい方に導いてくれた。構成も、そしてデザインも、本当に見事だと思います。
ANNE:まず、タイトルに、え?どういうこと?となりました。杉森くんはもう亡くなっているのに「殺すことにした」とヒロから電話で聞いたミトさんの受け答えに、若い男の子がそんなに冷静に対処できるのかしら? と疑問にも思ったのですが、幼馴染を亡くしたヒロの心情に寄り添った行動だったのだなと理解しました。自傷・自死といったデリケートなテーマでありながら、現代の15歳のみずみずしい日常が描かれていて、思いがけずさわやかな読後感を持ちました。あとがきのメッセージが悩んでいる子どもたちに届くといいなぁ。
サークルK:タイトルが直球すぎるというか、きつくてこわいのではないかと感じます。友人の自死を止められなかった自分を責めていた主人公がなぜ、死者に鞭打つかのようにもう1度「殺す」作業をしつこく行わなければならないのか、なかなか理解できませんでした。ステップファミリーになった自分の家族、異母兄への淡い思慕と同級生からの告白、「杉森くん」が実は「百花ちゃん」という女の子であったことなど、種明かしはされていくのですが伏線がきれいに回収されるというより、盛りだくさんすぎて振り回されてしまいました。一人で悩みを抱えている人向きに物語の始まる前に、「巻末解説」への導きがなされていたので、ついそちらを読んでしまいましたが、ネタバレ的なことが書かれていて安心したのと、15回「殺す」という展開にはやはり少しこだわりが強すぎるのではないかという感想を持ちました。読んでいて、主人公のヒロよりも友人の良子さんの普通さが救いになりました。
花散里:長谷川まりるさんの作品は、学校図書館司書達の研究会などでも注目されていて、本作が昨年9月に刊行されてから特に話題に上がり、定例会などで取り上げられていました。タイトルが衝撃的なこと、表紙絵もインパクトがありましたが、表紙裏の「わたしは前から、あの子のことばかり考えていた」、そして文字の色を変えて、「だって友だちだったから」という文に、この作品のディテールが込められているように感じました。本文の冒頭から「殺す」という言葉が使われ、「殺す理由」を挙げていくことで物語を展開していくところなど、構成がうまいと思いました。血の繋がらない兄、ミトさんとのやり取りから、杉森くんが自死したときのヒロの受けた衝撃、自責の念、ヒロがどんな思いでいるかを慮り、なんとかヒロを守りたいというミトさんの思いが伝わってくるようで、文章もうまいと感じました。良子さん、男子高生たちのヒロを支えていく表現も見事で、ヒロが実母から暴力を受けていたこと、継母の関わり方、美術教師の存在など、登場人物の描かれ方もうまくて、ヒロが自責の念から立ち直っていく様子が上手に展開されている作品だと思いました。中高の図書館に勤務しているので生徒たちの日々の生活を見ていますが、図書館に居場所を求めて来ているのでないかと感じられる生徒もいます。巻末の臨床心理士の解説を読んで、改めて生徒たちに手渡して行きたい作品だと思いました。
アカシア:だとしても、社会的な制裁は絶対に受けようがないわけですよね。だとすると最初は自分の中の杉森くんを消そうとしたのでしょうか。
ハル:誰かに「見放したあなたが悪い」と断罪してほしい気持ちもあるんじゃないかなと思いました。単に「あなたは悪くない」で済まされたくないというか。
ニャニャンガ:杉森くんを殺すことにより少年院に入る前にやり残したことをやる流れになっていて、ジェットコースターに乗ったりパフェを作ったりするのは理解が難しかったです。
ハル:ミトさんも、それでヒロの気が済むのならと話を合わせたのかも。「やりのこしたことやっとけよ」の一言が、結果、ほかのことにも目を向けるきっかけにもなりましたね。
ジョウビタキ:主人公も自死するのではないかと恐れていて、それで、びくびくしながら話を合わせているのでは? 物語の最後のほうで、ミトさんも反省しているような話をしていなかったっけ?
花散里:ミトさんは杉森くんが自死した時、ヒロがどのような想いでいたか、離れて暮らしいていて心配だったのだと思います。ヒロを見守りたいという思いが、冒頭のすぐに電話に出てくれ、ワンコールで出たことに「どきっとした」と書かれていること、「もしもし?大丈夫か?」という電話の言葉からも、ヒロのことを心配していることが伝わってくると思いました。
しじみ71個分:「殺すことに決めた」というのは、自分が、杉森くんが苦しんでいたのを見殺しにしたと思っていて、遡って、どうして殺してもよかったのか、つまりは自死する必然性があったのかを考えて、原因を確かめるような、自分との関わりの中で彼女が自死を選ぶまでの過程を確認する作業のことなんでしょうかね。それで、やればやっていくほど、やっぱり彼女は死んじゃいけなかった、自分は友だったのだと整理がついて、それを受け止めることで、ヒロ自身が回復していく過程にもなっていますよね。でも、殺人を犯したら少年院に入るからと思って、やりたいことをやっておこうというのは、よくわかりませんでした。架空の設定に自分を置いて、思い込もうとしているみたいですが、これはどうしてなんでしょう?
ニャニャンガ:ヒロが自死をする象徴として書かれているのでしょうか?
しじみ71個分:気持ちの上の問題なんでしょうか。
アカシア:そこはやっぱりあざといんじゃないかな。
しじみ71個分:確かに……。自分がモヤモヤした理由が少し見えてきましたが、やっぱりとても技巧的なんですよね。仕掛けが幾重にもなされていて……。自分が見殺しにしたという行為を「殺す」という言葉に置き換えて使っているのだということは読んで行けばわかりますが、どうしても「殺す」という言葉を使わなければ書けなかったのかなぁというところは気になります。
さららん:今の子どもたちは、「コロス」とか、日常生活では気軽に使っているかも。
しじみ71個分:なんとなくですが、もしかして、自殺を逆の視点から見たら、他者が「殺す」になるという発想から、つまりは「殺す」という言葉から発想を得て物語を構成したのかなぁとも思えてきました。それと、気になるのは、ヒロの実母の暴力とか、ミトさんとの会話の中で出てくる「自分のなかの、相手のイメージ」から杉森くんとの関係性を考えるとか、物語の背景世界まで物語の中に入れ込んでしまっているようで、私も、物語に含まれる要素が盛りだくさん過ぎて、仕掛けに幻惑される感じが否めませんでした。
ジョウビタキ:タイトルはやっぱりあざとい感じがしますねぇ…
(2024年10月の「子どもの本で言いたい放題」より)