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ボンジュール、トゥール

フランスのトゥールの町並み
『ボンジュール、トゥール』
ハン・ユンソブ/著 キム・ジナ/絵 呉華順/訳
影書房
2024.02

花散里:最初に本書を手にしたとき良いタイトルだと思い、手に取ってみて、パリのことやロワール川を訪れたときのことを思い返しながら読み始め、韓国の作家による作品で、主人公が韓国の少年であるとわかり、何よりも韓国の画家による挿絵が美しいと思いました。文章にも魅了されながら読みましたが、韓国人の少年と北朝鮮出身の少年の交流から、物語の謎解きとして、北朝鮮人が日本国籍を取得したことなど描かれていますね。朝鮮半島の歴史についても記されている作品のなかで、「訳者あとがき」にも書かれているように、歴史的事実と反することが、フィクションでも設定的にどうなのかと違和感が残りました。

ANNE:ミステリ仕立てで、ドキドキしながら読みました。導入の部分で伊藤博文暗殺事件の実行犯である安重根の名前が出てきましたが、読み手の子どもに事件を含めたその時代背景をきちんと伝えることが必要だと思いました。日本人として生活しているトシの家族、お父さんは本当に北朝鮮のスパイだったのかはっきり書いていないので、少しモヤモヤが残った感じがします。トゥールという町は知らなかったので、タイトルだけではピンとこなかったのですが、鮮やかな挿絵のおかげでフランスの美しい景色が目前に浮かんでくるようでした。

ハル:物語としてはおもしろかったのですが、みなさんのご意見をうかがいたいなと思う本でした。というのは、私はトシを、日本人になりすまして(本当に日本に住んでいたのかどうかすらはっきりせず)フランスで工作活動をしている家族の子だ思って読んだのですが、訳者のあとがきで、それは「ありえない設定」とありますね。でも、不正に日本国籍を取得したことが実際に明らかになったケースも過去にあったようです。現在も決して「ありえない」ことはないと思います。訳者が本当に「ありえない設定」だと思っているなら思っているで、ありえないけど架空の物語だからいいでしょう、というのはないんじゃないかと思うし、本当はありえる話だけど、読者である子どもたちを不安にさせまいと「ありえない」と書いたとしたら、それはそれで、なぜそれを日本の子に読ませたいと思ったのかが謎です。また、いくら歴史背景があっても、暗殺者を英雄視する行為は、私には、子どもにそのまま手渡すのはまずいように思えます。もちろん、おとなならそれぞれに感じることはあると思いますけれども。韓国と北朝鮮の子どもたちの話はとても興味がありますが、子どもが読む本としては、この本はちょっとどうなのかなと私は思います。

ハリネズミ:私はおもしろく読みました。トシのお父さんは北朝鮮の工作員なので、家族が身分を隠しているのですよね。そうだとしたら、正規のルートではなく当然裏工作もやるのだと思います。訳者は後書きで「トシの家族は、日本で祖国北朝鮮の仕事をするために日本国籍を取得したという描写があります。いま現在の日本の法律では、それはありえないことかもしれません。ですがその部分は、それを聞いたボンジュがスパイ映画のワンシーンを思い浮かべたように、あくまでも架空のお話として受け止めてよいのではないでしょうか」と書いていますが、私は架空の話ではなく実際にあり得る設定なのではないかと思いました。この後書きは、私には解せないことが他にもあって、この作品を「エキゾチックな物語」と言っているのも、何をもってエキゾチックと言っているのか、ピンときませんでした。ボンジュとトシが仲良くなったのに別れなくてはならないというのは、たとえばパレスチナとイスラエルの子どもが会うという以上のしんどさがありますよね。日本もかかわっておとなが作り上げた政治体制ゆえの不条理で、切ないですね。
韓国の子どもが北朝鮮の正式名称も知らないし、事情もよくわかっていないということが書いてあって、そこは驚きました。この作品では引っ越した先でボンジュが机の横に書かれたハングルの「愛するわが祖国、愛するわが家族」「生きぬかなければ」と書いてあり、その謎解きが一つの流れになっていますが、北朝鮮についてほとんど知らないボンジュなのに、それほど引っ張られる言葉だったのでしょうか。日本の子どもにとっては、ちょっとわかりにくいかもしれません。p32には、ボンジュが秘密にしておきたいことをあえて探ろうとしないお母さんが出てきますが、韓国の親はみんなこんなに物わかりがいいのでしょうか? それともこの家族の特性なのでしょうか?
本作りですが、1ページ大のおもしろいカラーの挿し絵がたくさん入っていて、斬新だなと思いました。日本の出版社なら費用がかかりすぎると文句が出そうです。書名は韓国語だとなんというのでしょうか? 「ボンジュール、トゥール」という書名はこの内容からすると能天気だと思ったのですが。

エーデルワイス:フランスの風情ある町並みが美しいトゥールで、韓国人である主人公のボンジュのほかに中国人、日本人、アラブ系と多国籍の人々がいて、基本フランス語を話しているけれど、それぞれの言語が飛び交っているという様子が興味深かったです。韓国と日本の微妙さ、複雑な感情があり、韓国では日本に対して厳しい内容の授業などを行っているんだろうなと想像できました。主人公のトシが、本当は北朝鮮人だけれども、日本人のふりをしなければならないこと、一つのところに長く居住できないこと、父親と離れて暮らしていることなど、過酷な毎日を送っていますが、それでも北朝鮮は母国だと大切に思う気持ちなども描かれていて、複雑さが伝わってきました。
その中で、ボンジュとトシの心が通じ合い友情を育むところが素敵だと思います。2人は離ればなれになり、思いはあっても手紙のやりとりも出来ず、たぶん一生会うことはないだろうと思うと切なくなります。
p48ジに、「……きちんとした格好をしていくと日本人と思われ、安物を着ていたら中国人と思われるらしいわよ」とありますが、どんな格好が韓国人?というのがおもしろかったです。それから、表紙、挿絵が素晴らしいですね。挿絵もカラーで豪華な本でした。

雪割草:おもしろかったです。トシはなんで日本国籍をもっているのだろうと不思議に思っていましたが、みなさんの話を聞いて理解できました。私は新潟市の出身で、実家の近所には横田めぐみさんが拉致された現場があって、北朝鮮というと怖いイメージをもって育ちました。韓国の方は、小学校がソウルの学校と姉妹校で行き来があって、ハングルや歌、料理を習ったり、チマチョゴリを着たり、楽しかった思い出があります。子どもたちにとって、直接は出会いにくい北朝鮮の子と、本を通じて出会えるという意味で、この作品は貴重だと思いました。また、フランスを舞台にすることで、フランス人から見たら、韓国、北朝鮮、日本のどこの出身かは見た目だけではわからないことを前提に、アイデンティティの問題に迫る切り口は上手だと思いました。p209で、トシが主人公に手紙で書き残した「ボクのこと、友だちって言ってくれてありがとう」という言葉は、居場所のないトシと今の難民の子どもたちが重なり、胸の詰まる思いがしました。錦鯉は、新潟の小千谷が産地なので、詳しいのは工作員の可能性もあるかもとやはり思いました。

ニャニャンガ:フランスに住む韓国の少年ボンジュと北朝鮮出身のトシが友人になる物語はとても興味深く、ミステリ仕立ててぐいぐい読めました。ただ、地の文は12歳のボンジュにしてはおとなびている印象に対し、会話文では「~の」と話すアンバランスさが少し気になりました。ちなみに図書館ではヤングアダルトコーナーに分類されていました。挿絵が個性的で、特にp135の絵は、主人公の心情を表現していて迫力があり、日本にはない表現に感じました。
訳者あとがきに書かれている「仕事のために日本国籍を持っている北朝鮮人という設定がありえないことかもしれない」となると、物語すべてが絵空事のように感じてしまい、大事なことなのにと残念に思ってしまいました。

ジョウビタキ:優れた文学作品で、良いものを読んだなあと思いました。挿絵もすばらしく、特に主人公の帽子の赤がアクセントになっていてすてきですね。課題として選んでくださった方に感謝しています。主人公の無邪気な好奇心が、実は友だち一家を追いつめていく有様に、息のつまるような思いがしました。ミステリとしても、サスペンスドラマとしてもひきこまれ、一気に読みました。安重根を偉人としているのは、日本の読者にとってはショックかもしれないけれど、日本を一歩出たら、こんな風に捉えられていることもあると若い人たちが知るのは、とても良いことだと思います。
北朝鮮の正式名称を韓国の子どもが知らないというくだりが、わたしにもショックでした。物語の舞台をフランスにしたのも、成功していますね。美しくて、おだやかな風景のなかに潜んでいるトシたち一家の悲しみや恐怖が、一段と強く感じられます。韓国文学をそんなにたくさん読んだわけではないけれど、独特の明るい寂しさのようなものを、この作品でも感じました。ただ、あとがきにある「エキゾチック」もそうですが、トシ一家が日本国籍を持っているというのは「あくまでも架空のお話」という文章にもひっかかりました。どうしてこんな風に余計な一言をいってしまったのかなあ? みなさんの意見にもあったように、じゅうぶんにありうることだと思うし、あとがきのために子どもたちにこの本を手渡すのをためらうことがあったりしたら、本当に残念だと思います。

さららん:自分もフランスに一時住んでいたので、学校のことや近所の薄暗いカフェのこと、当日の思い出をたぐり寄せるように読みました。トゥールは、ドイツに近いアルザスのように木造建築が並んでいる町なのですね。雰囲気のある表紙の絵から惹きつけられました。そして先日読んだ『隣の国の人々と出会う』(斎藤真理子著 創元社)と重ね合わせて、同じ民族なのに不条理に線が引かれていることの、心の在り方を一層よく知ることができました。朝鮮の歴史のまた別の側面を描いた「かぞくのくに」(ヤン・ヨンヒ監督)などの映画も、思い出しました。日本という場にあると、視点がどうしても限られがちです。フランスという場を設定して、そこで韓国と北朝鮮籍の子が出会う物語はとても斬新でした。出身が日本でも、韓国でも、北朝鮮でもフランスの人の目には変わりがないように見えるし、トシの一家が日本を隠れ蓑に使っている点もあり得る話だと思います。話は変わりますが、1990年代、近所に住む韓国人の友人に、朝鮮族(中国籍)の人を紹介しようとして、きっぱり断られた経験があります。北朝鮮と繋がりがあるかもしれないから、と言われました。私が思っていたような生易しい関係ではなかった。結果的にボンジュはトシを追いつめてしまうけれど、普通なら出会えなかったふたり、大きな力に巻き込まれて分断された少年たちが、「本当の意味で出会うことができてよかった。「愛するわが祖国、愛するわが家族」という机の文字に、朝鮮の歴史がぎゅっと詰まっているようです。難しいところはあるかもしれませんが、身近な国をもう少し深く知るためにも、YAの世代にぜひ読んでもらいたい作品だと思いました。

しじみ71個分:この本はさまざまな意味でとてもおもしろかったです。現代の韓国の人の感覚がとてもよくわかる作品だと思いました。フランスを舞台にしていることもありますが、現代韓国の人々の感覚がとてもインターナショナルで、その新しい感覚を作品の中にも持ち込んでいるようで、とてもグローバルな印象を受けました。日本人とは見えているものが違うかもと、うっすら思いました。ボンジュが北朝鮮のことをあまりよく知らなくて、トシに指摘される場面がありますが、今の若い子だとこのボンジュのような感覚なのかもしれず、逆にその点にリアルさを感じました。昔のおとなほど北朝鮮のこと知らないということは現代の若者だと実際にあるのかもしれません。ボンジュのセリフで、北朝鮮は独裁国家で、国民は貧しくて、というのがありますが、それは私たち日本人が報道を通して見聞きしている情報とほぼ同じようなもので、そういったステレオタイプな認識を、報道を通して知るくらいなのかもと思いました。北朝鮮の呼称については、私たちが日常的に「北朝鮮」と呼ぶように、韓国では「北韓」と呼ぶようですが、子どもだったら正式国名を知らないということもあり得ると思います。想像ですが、若い子たちは、徴兵されるまでは、祖国という概念を感じる機会が少ないのかなとも思いました。それか、祖国意識というのは、グローバルな暮らしの中では失われていくのかもしれないですね。逆に、トシやその家族は意識しながら生きていかざるを得ない。そこのギャップがまた物語の中で浮き彫りになっていく過程がおもしろいです。机に彫りこまれた「わが祖国」という言葉を見つける場面は、表現が非常に美しいと同時に、物語の仕掛けとしてとてもおもしろかったです。そのあと、ボンジュはその文字を書いた主を探し始め、その過程でトシとの関係が変化していきますが、その展開にドキドキしながら読みました。2人の間には、どうにもならないギャップや壁があったけれども友情を育み、友情が生まれた結果、離れ離れになってしまいますが、その結末の寂しさも含めて、とても美しい物語だと思いました。伊藤博文を暗殺した安重根が英雄、という点については、韓国史から見たらやっぱり英雄だと私は思います。韓国でならそれで当然だろうなと思います。日本が韓国で何をして、どのように思われているかについては、若い人たちも知っていてもいい、というか知るべきではないでしょうか。
韓国ドラマを見ても、時代物では必ず日本人は絶対に悪役です。そういう歴史教育を受けているといるのであれば、それが物語に出てくること自体当然で、そこに、違和感はありませんでした。若い人たちもたくさん韓国文化に触れる現在だからこそ、歴史上日本がやったことや、韓国の人たちの感情の根底には何があるかを認識して1度は悩んで、そのうえで楽しむ方がいいと私は思います。本当に様々な意味で心に残った作品でした。挿絵もデザインも造本もすばらしくかっこよくて、ああ、先を行かれちゃったなぁという気持ちになりました。

きなこみみ:繊細で、情景のひとつひとつに心が吸い寄せられていくような物語でした。読後もいろいろなことを考えたり、主人公のボンジュと一緒にフランスの空を眺めているような気持ちになったりしました。
作者は元々演劇の脚本家ということなんですが、うまいなと思うのが、冒頭の、机に書かれた「我が祖国」の言葉を見つけるシーン。光の演出のようで、とても引き込まれます。引っ越ししてきた夜に、この月の光の中で発見する言葉が胸に沁み込んだ少年の繊細さも素敵ですし、やはりこの月を見ながら書いただろう、書き手の気持ちも浮かび上がらせるようにも思いました。
フランスのトゥールという、異国が舞台であることで、ボンジュとトシ、2人の心の距離感や関係性がより鮮明になるんですが、そのことも、この冒頭のシーンと繋がっていて、ほんとにうまいなと。自国にいれば意識することのあまりない「祖国」という言葉や事情が、ボンジュとトシの間をむすびつけて、また引き離していく、その切なさを感じます。
グローバル世界と言われる反面、私たちは、どこにいても、ひとりひとりが、これまでの国の歴史と、今の政治状況と深く結びついている存在なんだということを、否応なく知らされてしまう。私ははじめ、トシは在日朝鮮人の一家なのかなと想像しながら読んでいました。でも、トシの抱える事情はもっと複雑で、そこに踏み込んでしまったボンジュは後悔するんですが、p189で「…自分のことを人に話せないっていうのは、隠れてくらしているようなものだろ」とトシがいっていて、いつも身を隠しているような気持ちで生きているトシにとって、何も隠さなくてよかったボンジュとの一瞬の交流は、とても大切な時間だっただろうと思うんです。そのせいで、もう会えなくなることも、もしかしたらトシはわかっていたのかもしれない。
でも、そうしたかったトシの気持ちもとても伝わってくる公園での2人のシーンが胸に沁みました。p164で、隣の国なのに、「朝鮮民主主義人民共和国」と言われて、最後までピンとこないボンジュに少し驚きました。こんなに、知らないんですね。同じ民族で、同じ半島に生きていても、フランス人とも、日本人とも普通に会えるのに、いちばん会うことのない人々が、地続きの隣に生きている人々なのだということに、この物語を読まないと気づきませんでした。そして、その事情に日本が深く関わっていることも、考えさせられます。
伊藤博文を暗殺した安重根のことが英雄として語られていますが、朝鮮半島の歴史と、そこに深く関与した日本の歴史を、こうして物語を通じて、日本以外の視点から眺めてみることも大切なことだと思います。歴史の深い闇をのぞかせながら、でも、心に残るのは、子どもたちが複雑な事情を抱えていても、お互いを友達として大切に思った瞬間があったこと。とても美しくて、どこか傷のように、あってよかったなと思う傷のように心に残る「文学」でした。

サークルK:ストーリーの展開する場所が、トゥールであるというところがまず絶妙でした。東京でもなく、パリでもなく、アジアや欧米の大都市ではない雰囲気が好きでした。ヨーロッパの小さな町の中で見かけるアジア人の「見られている」(それは時に、見張られているというニュアンスにもなってしまうので)外からの緊張感と、引っ越し先の家の中で偶然見つけた落書きの内からの緊張感がスリリングで、先をどんどん読みたくなる展開でした。日本人だと思ったトシが北朝鮮から来た男の子で、お父さんが工作員、おじさんは故郷では学者さんなのにトゥールでは一家でレストランをやっているという状況、ひっそりと身分を知られないように生きている家族の息苦しさや、苦悩が伝わるようでした。
日本では、北朝鮮はミサイルを飛ばす、拉致被害者の家族を苦しめ続けるというニュースを通じて知るばかりですが、このような物語を通じて、北朝鮮の一般家庭の苦しみにも想像力を働かせることができるなら、ぜひ中高生に手に取ってもらいたいと思いました。(お父さんが日本で工作員をしていたらしいということでは、やはり日本人としてはモヤモヤすることは否めませんが。)また挿絵がとてもモダンでおしゃれでした。表紙に描かれたハングルのタイトルと、このトゥールの街並みや石畳、通行人たちの洒脱なカラーの挿絵の取り合わせに、驚きました。(アジア系の垢ぬけなさがトゥールで浮いてしまうのでは?と思ったのは完全な偏見で、反省しました!)14章の小見出しのカラーがほかの章と違ってブラウン系の明るい活字になっているので、何か意味があるのかな、と思いましたが、これはどうやらプリントミス?のようですね(笑)。

しじみ71個分:あとがきの書きぶりについては、私も違和感がありました。北朝鮮の人が日本国内にいるということは実際あるんじゃないでしょうか。日本海から入ってくる人もあるでしょうし。北朝鮮から来た工作員については、「スリーパーセル」と呼ばれて、国会でも質問が取り上げられたりしているようです。翻訳した人が、なんの根拠も説明もなく、作品中の記述を否定したら、物語の印象が損なわれてしまうし、それはダメなんじゃないかなぁと思いました。

さららん:そういえば、トシの姿は、自分の正体が明かされたら、別の場所へと旅立たないといけない萩尾望都の漫画「ポーの一族」のアランにも、少し似ています(笑)。

花散里:p166、7行目「トシはなぜみんなの前で日本国籍をもつ北朝鮮人だと言わなかったのだろう」と書かれています。「北朝鮮人が日本国籍を取得できた」ことはないと思います。歴史を学んでいる中高生に、事実と反したものを進めて良いのか疑問に感じています。

ジョウビタキ:私は、ほかの方もおっしゃっているように、じゅうぶんありうることだと思うけど。

(2024年10月の「子どもの本で言いたい放題」より)

Comment

優等生サバイバル〜青春を生き抜く13の法則

教室の空間を黒い服を来た生徒たちが浮遊している
『優等生サバイバル〜青春を生き抜く13の法則』
ファン・ヨンミ/作、キム・イネ/訳
評論社
2023.07

サークルK:同じアジア圏の中でも 韓国の受験がかなり大変であるということは聞いたことがありましたが、実際にこのようなYA小説のかたちで読み、実情を知ることができてよかったです。首席で高校に入学してしまった主人公の入学直後からのさらなる勉強漬けの毎日には頭が下がります。正読室や塾などを使い分けて、ボランティアにも励み、そして恋愛も! 盛りだくさんな毎日ですよね。韓国では高校受験はなく、学区制で高校が決まるとのこと(『優等生サバイバル』からみる韓国高校生事情 翻訳者 キム・イネさん ×山下ちどりさん×評論社 (評論社) | 絵本ナビ)つまり本格的な受験勉強の環境に、クラス分けテスト以降さらされていくのですよね。同じように受験を意識する日本の小中学生には手に取りやすい作品で、共感をもって読めるのではないでしょうか。かつて息子が通学した男子の中高一貫校も、校内試験の結果はすべて順位表が保護者に配布され(それこそ入学式の翌々日くらいには春休みに出された課題の試験があり、中2最後の成績で中3からの特別クラスに選ばれるかどうかが決まるということが日常でした。中3と高1では毎学期の成績でそのクラスメートも入れ替わるというシステムだったので、ひとたびそのクラスには入れても安心はできず必死で勉強していたようです。けれどそれ以外は本人たちはいたってフツーでアイドルの話、ゲームの話、部活や自分の将来の話などをうまくやり取りしながら大事な友達を作っていく毎日を送っていました。この物語を読みながらそんなことを思い出しました。

しじみ71個分:まるでネットのドラマみたいだと思って、ドラマになった様子を思い浮かべながら読み進めました。場面場面がはっきり目に浮かぶような、映像的な描写で、翻訳もわかりやすく、全体的に非常に読みやすく、おもしろく読めました。作者の姿勢が一貫して、思春期の子どもたちの気持ちに寄り添っていて、勉強しないでおいていかれるしまう不安と同時に日常の息苦しさ、そんな中でも気の置けない仲間を見つけて楽しみを見つけていくバイタリティなどが、とてもリアルに描かれていたと思います。子どもたちへの視線が優しく、寄り添っているので、安心して気持ちよく読めました。主人公のジュノが好きになるユビンの生き方も一貫性、独自性があって、明るくたくましく、とても好感が持てました。心に残るすてきな言葉もありました。サークルのボナ先輩も厳しい家庭環境にありながら、自分の人生を自分のものにしようと頑張っており、彼女を好きなジュノの親友ゴヌも人柄がよく、このグループの仲間たちはそれぞれの個性もはっきりしており、読んでいて気持ちがよかったです。韓国社会の非情な厳しさが背景に描かれながらも、安心して読めたのは、作者の前向きな姿勢によるものだと思いました。YA世代の子たちも日本との違いや、共通する苦悩などを探しながら読めるのではないでしょうか。副題の「青春を生き抜く13の法則」は、もしかすると、今、はやりの韓国初のフェミニズム本や人生ハウツー本の雰囲気を真似をしているのかな、とかすかに思いました。

アカシア:日本も今は子どもの数が少なくなったので、受験競争も昔ほど熾烈ではなくなったと思いますが、韓国では今も、教育ママ、教育パパたちが子どものお尻をたたいて、少しでもいい学校に入れようとするという状態なのでしょうか。主人公のジュノは、それとは少し違って「天敵から逃げるために長くて強い脚を持っているシマウマのように、成績という武器がなかったら、ぼくは弱い相手を物色している子たちの標的になっていただろう」(p32)と考えて、いい成績を取ろうとがんばり、「自分の心がしたいと思うことよりも、優等生らしく、すべきことをして生きて」(p204)います。でも、親友のゴヌや、時事討論サークルで出会ったユビンやボナ先輩と付き合っていくうちに、少しずつ変わっていき、「だれかが決めた基準で流されている限り、ぼくは永遠に不安の奴隷として生き続ける以外にない。たとえどんな結果になろうとも、ぼくは運命の主導権を可能な限り自分で握るんだ」(p181)と言えるようになっていく。もっと大事なことがあるのではないかと気づいていく。その過程がリアルに描かれていると思いました。それと、優等生たちの中にもいろいろなタイプ、いろいろな人がいるということが書かれているのも、おもしろいと思いました。
ジュノの両親は、息子を競争に駆り立てようとはしないいい人たちですが、それでもお母さんは「洗濯するのが大変だったら宅配便で送ってきなさい」と、勉強第一に考えているのですね。p148に「本棚の音がいうるさい」とあるのですが、正読室には、それぞれの本棚が置かれているのでしょうか? それと、みんなから注目されているらしい美形のハリムは、優等生と付き合えば、変な興味や見下すような視線が減るから、という理由でジュノやビョンソをボーイフレンドにしようとするのですが、日本とは事情が違うせいか、そんな人がいるのか、そんなことがあるのか、と驚きました。

エーデルワイス:韓国の高校の「正読室」には驚きました。過去問、参考書を先輩から提示されたり、真剣に学んだりしている姿は大人びて大学生のようです。作者と訳者の表記を見ましたら、日本語のカタカナ、漢字、アルファベット、ハングル文字が並んでいて、新鮮でした。主人公のジュノをとりまく様々な子たち。読んだ子がこの本を自分と重なったりするのかもしれないと思いました。作者のファン・ヨンミが「優等生とは、誠実に自分の未来の準備をする…そう定義したい」と、言っていますが共感できます。

アンヌ:私はこの著者の前作『チェリーシュリンプ〜わたしは、わたし』(吉原育子訳 金の星社)が、韓国のおいしいものがたくさん出てきて好きな作品だったので、今回も韓国の普段の食生活がわかる場面が出てくるかなと思いながら読み始めました。例えば朝御飯にアワビや鳥のおかゆを食べるのを初めて知ったのですが、離れて暮らすお母さんが作って冷凍して送ってくれたのを、主人公が朝解凍して食べる場面には、日本のご飯と同じだなと思い、楽しめました。よい高校に入っても順位順に使える設備が違う、その上、外部の塾や自習室に通ったりしなくてはならない。相当ハードな学生生活ですね。さらに、クラブ活動にボランティア。すべてが受験に優位に考えていかなくてはならない状況には驚きました。ジュノも大変だけれど、家族も大変な状況下にありながら、互いに理解し合っているのにホッとしました。それに対して優秀でお金持ちでも、親が一方的に進路を決めてしまう子どもたちもいて、そんな状況でも自分のしたいことを見いだせているボナ先輩と、子どもっぽいままで人を傷つけるビョンソの対比が見事だと思いました。韓国でのSNS事情を考えると、これも過酷ですね。変な噂を立てられたユビンは、前作『チェリーシュリンプ』の主人公のようにSNS上に自分の意思を表明して乗り越えるのだけれど、そういう強さを手に入れられなかったら、どうなるのだろうと思いました。気になったのは副題の「青春を生き抜く13の法則」ですが、たぶん原題にも英語の題名にもついていませんし、目次をそのまま法則と読み込むには無理があるような気がしました。

雪割草:読んでまず、韓国の高校生はこんなに夜遅くまで勉強をがんばっているのかと驚き、気の毒に思いました。p214に「境界もなければ序列もない……。私たちが大人になった時、そんな世界になっているかな?」とあって、高校生たちのこうした声に、胸が詰まる思いがしました。主人公は、両親から離れておじさんと暮らし、よくがんばっていると思いますし、物事を冷静に見て考える力があるなと感心しました。また、主人公を取り巻く人たちは、どこか問題を抱えていても、なぜそうなのか、背景がきちんと描かれているので、想像しやすかったです。韓国社会について一歩引いて、俯瞰的に見ることができ、社会の問題を考えることができる作品だと思いました。ハリム、ゴヌ、ユビン、ボナ先輩の友人関係もさわやかで、子どもたちも共感しやすいのではと思いました。おもしろかったです。

コゲラ:YAも含めて児童文学では、とかく優等生は白い目で見られがちですが、その優等生たちの群像を描いて、優等生リアルというのかな、それを丹念に書いているところがおもしろいと思いました。それにしても、韓国の高校生の実情というのは、すさまじいですね。成績上位の生徒だけが使える正読室、そのうえスタディルームに家庭教師……受験当日に入試試験場にバイクに乗せてもらってかけこむ受験生の様子が日本のテレビでも報じられることはありますが、これほどまでとは思いませんでした。韓国の社会構造を反映している教育事情だと思いますが、日本でも一部の受験重視の高校では、まだ同じような教育がなされているのかも。主人公をはじめとして、登場人物のひとりひとりが生き生きと描かれていて、すばらしいと思いました。特に、激流の外に身を置くことを決断したユビンが清々しくて、とても魅力的ですね。勉強の競争だけでなく、主人公たちの恋愛一歩手前の心の動きもていねいに描かれていて、まさに青春!という感じでした。
『チェリーシュリンプ』では、韓国の食べ物がどっさり出てきておもしろかったのですが、この作品にも食べ物は出てきますが、シジミバナの生垣とか、裏山に住む野良猫や伝説のタヌキなど、日本でもなじみのある光景が出てきて、とても身近に感じられました。日本と近いところもあり、違うところもある隣りの国の作品を、若い人たちにもっともっと読んでもらいたいと思いました。
大人の作品では、翻訳者の斎藤真理子さんたちの活躍もあり、韓国のすばらしい作品がどんどん紹介されていますが、児童文学の世界でもそうなってほしいと思いました。最後に一つだけ、p116の7行目に「プー太郎」という言葉がありますけど、これは確か「職についていない人」という意味だと思うので、大学を休学して入隊しているユビンのお兄ちゃんには当てはまらないのでは? 今では死語(あるいは差別語?)だと思っていたので、しばらくぶりにお目にかかってびっくり!

マリュス:惹き込まれて、一気に読めた作品でした。韓国ならではのエリート高校、受験システムなどが新鮮でした。すさまじい閉塞感が伝わってきました。主要登場人物が、ゴヌを除いて、ヴィジュアルよし、頭よし、人気ある、という設定ばかりで、最初は食傷気味でした。でも、それぞれに抱えている悩みが伝わってきたので、好意的に読めました。最後が、ベターエンドにはなっているけれど、すかっとした読後感ではなく、閉塞感をひきずっています。けれど、時間がたてばたつほど、そのリアルさがいいのかも、と感じられるようになってきました。一つ気になるのは、サブタイトルの「青春を生き抜く13の法則」です。これ、原題にはないですよね? さっきアンヌさんもおっしゃってましたが、法則というわりに、ゆるいし、若者が読んで指針になる内容でもないし、単なる「惹句」な気がしちゃいました。

きなこみみ:軽いタッチで書かれていて読みやすいですが、「サバイバル」という言葉どおりの、なかなかハードな環境にいる若者たちの物語でした。毎日、ほぼ寝る暇もないほどの勉強に、ボランティアに、部活動。その上、塾に家庭教師。放課後、正読室という、特別な部屋で勉強する権利を学年に30人だけ与えるとか、見事なまでのヒエラルキー競争だなと思います。p96の3行目「走ってる馬にムチを打つみたいに、『もっと、もっとだ、もっと、もっと走れ、死ぬまで、努力のもっと上の努力をして一番になれ』と攻め立てていたら、死ぬまで幸せになんてなれないんじゃないだろうか」とありますが、こういう息苦しさは、YA世代なら皆感じているだろうなと思いながら読みました。
今、日本でも小学校の高学年から、将来就きたい職業を決めて努力しろ、なんて言われますけど、そんなことばかりだと今を楽しむことができなくなるんじゃないかなと思うんです。そういう競争システムに自分の意志とは関係なく放り込まれていく、そうした構造は、いろんな価値観や制度、大人の思惑などががっちりと組み合ってできているもので、子どもたちが疑問に思っても簡単に覆せるものではないんですけど、そのなかで、なんとか自分らしさや、押し付けられた生き方ではない場所を探そうとする若者たちの姿が、けなげで読ませます。p181の3行目、「だれかが決めた基準で流されている限り、ぼくは永遠に不安の奴隷として生き続ける以外にない。たとえどんな結果になろうとも、ぼくは運命の主導権を可能な限り自分で握るんだ」というジュノの言葉が切なくて頼もしいです。若い、ということはとにかく不安なことだらけなんだけれど、その不安が若者たちを縛っていて、とにかく、内申書がついてまわるせいで、元気で明るく、良い若者で居続けないと内申点も付かない、というシステムへのストレスが、SNSでの個人攻撃や噂話、陰口になっているのがリアルでした。芸能人みたいにきれいなハリムも、実は拒食症を患っていたことがあって、死ぬほどダイエットすることを「プロアナ」という言い方をするのを初めて知りましたが、そんな若者の生きづらさを誰しもが抱えていること、社会的な背景も含めて俯瞰できるように書かれていて、そのなかで、ジュノと仲間たち、とくに自分の生き方を貫こうとするユビンとの交流が爽やかでした。読後感も良い1冊だったと思います。

ハル:現代版『車輪の下』だ、と思いながら読みました。高校生の悩みの中で「勉強についていけない」とか「受験の不安」だって大きいはず。だけど、勉強についていけなくて悩むとか、追い込まれていく姿を取り扱った小説は、ありそうでなかったように思うので、「韓国の子はすごいなー」なのか、「日本の子もきっとそうなんだろうなー」なのかわかりませんが、新鮮な感じはしました。結末が『車輪の下』にならずにすんだのは、友情があったから。友だちはたくさんいる必要はないし、いま友だちがいないことを悲観することはないけれど、今月のもう1冊の本『セントエルモの光』(天川栄人著 講談社)同様、やっぱり、人とつながろうとすることは大事というか、人を理解しよう、つながろう、と心がけることは大切だと思います。

コゲラ:日本でも、高校生が学校の指示でボランティアをする制度があるのかしら?

しじみ71個分:日本にもあります。

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ANNE(メール参加):読み終わってまず、韓国の高校生って、ほんとに大変!! と思いました。日本よりも、もっと学歴が重要視されるという話は聞いていましたが、高校1年生のジュノの日常は、想像を絶するものがありました。
学業だけではなく、友人・恋愛・家族など、さまざまな問題を抱えながら、ジュノが自分のあるべき姿を模索していく様子に、エールを送りたいと思います。韓国の人名に慣れていないので、登場人物の男女の区別が付きにくく、ちょっと混乱しました。ジュノのお母さんのアワビ粥、食べてみたいです。

さららん(メール参加):念願の受験校にトップの成績で合格してしまったジュノの、一人称で伝えられる高校生活は、明るく語られるものの、競争から蹴落とされるという不安でいっぱいです。短い会話でスピーディーに進む展開のなかに、韓国の高校生の本音が見えかくれし、アワビがゆが、ご馳走だということもわかりました。ハリムのキャラクターは謎でしたが、自分を守るために成績のいい男の子とつきあおうとしていたのですね。ジュノと、ゴヌと、ユビンの、つっこんだり、つっこまれたりの会話や、サッカー観戦、サークル活動、裏山で食べるパン、ネコのエサやりなど、勉強以外の要素がさしはさまれ、現実の重苦しさの救いになっています。p187で語られるジュノの気持ち「たとえどんな結果になろうとも、ぼくは運命の主導権を可能な限り自分で握るんだ」とか、p279に、ユビンがいう「自由の海」―私たちそれぞれがちゃんと生きていれば必ずまた出会える場所、境界線も序列もない海―というような観念は魅力的です。子どもたちのいちばんの重荷は、ボナ先輩の場合でも、ビョンソの場合でも、親の身勝手な期待で、ジュノはその点、両親や叔父さんに恵まれていると感じました。さらっと読めて、ちょっと元気が出てくる清涼剤のような1冊ではないかと思います。ユビンとジュノとの関係が、友情以上恋愛未満で、終わっているところにも好感がもてました。
ところで読み終わったあと、13の章題になっている13の法則を確認しました。<7.敗北にもくじけないこと>、とか、<8.目の前にあることを、「ただやる」ってこと>はいかにも法則らしいのですが、<9.メニューが今ひとつの時はパスすること>はあれれっ?という感じ。本文を読み返して章題としては理解できたのですが、法則としてはすこし腑に落ちない感じがしました。少なくとも、p158のうしろから2行目で、「外で食べない」を、「パスして、外で食べない」とするなど、本文とつながりを持たせたほうが親切だったかもしれませんね。

(2024年06月の「子どもの本で言いたい放題」より)

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ペイント

『ペイント』表紙
『ペイント』
イ・ヒヨン/著 小山内園子/訳
イースト・プレス
2021.11

ネズミ:ディストピア小説だなと思って、おもしろく読みました。管理されたなかで理想的な子どもを育て、理想的な親とマッチングさせていくという。ここで行われているやり方を見て、拒絶感を感じたり、なるほどと思ったり、いろいろと考えさせられる物語だと思いました。めんどうくささ、理論や効率だけでは片付けられない緩みのようなところに親子関係の機微があると思うのですが、それがハナの夫婦の箇所であぶり出されるのがおもしろいと思いました。

エーデルワイス:8月7日JBBY主催オンライン講座『非血縁の家族について考える~里親で育つ子どもたち』に参加して感銘を受けたばかりで、今回の課題図書はタイムリーと思いました。この物語では、養子縁組を結ぶ場合、親になる人が子どもを選ぶのではなく、子どもが親になる人を選ぶというところが新鮮でした。最近でも親の養育放棄で幼い子が亡くなるという痛ましいニュースが続いています。実の親に子どもを育てる能力がなかったら国が親に替わって子どもを大切に育てるこの近未来の内容が、いつか実現するかもしれないと思ったりもしました。終盤主人公の「ジェヌ301」が養子縁組をすると思いきや、自分で巣立つという選択をしたところが予想を裏切られて爽快でした。韓国でこの本が青少年に大いに支持されているそうですが、生の感想をぜひうかがいたいと思いました。

アンヌ:私は初読の時あまりにあっけなくて、上下巻の上だけで終わったような気分になりました。外界の様子がはっきりと描かれていないので、養子になれなかったら過酷な運命が待っていて、差別の待ち受けている一般社会に一人で立ち向かうことになるという設定がピンときませんでした。政府が子どもを養育しているなら、才能のある子を見出して英才教育をするだろうとか、19歳で外界に出て居場所がないならまず兵役じゃないかとか考えてしまい、設定に納得がいかなくて物語に入り込めなかったようです。主人公は4年近く様々な養父母候補と会っていて、養子制度のうさん臭さに冷めているようですが、お金や小説の種を目当てにペアリングを申し込んできたハナ夫婦とは友情を結びます。親子関係ではなく、彼らや施設長との友情を基に、主人公は外界に出て一人で生きていくのでしょうか? いずれにしろ続きの物語がないと、物足りない気がします。

つるぼ:ディストピアの物語ということで『わたしを離さないで』(カズオ・イシグロ著 早川書房)を真っ先に思い出し、なにか悲劇的な事件が起こるのではないかと、はらはらしながら読みましたが、満足のいく結末でほっとしました。わたしはアンヌさんと反対で、設定が非常に巧みで、よく考えられていると思いました。外の世界から切り離された、男子のみの施設に舞台を設定したことでYAには欠かせない恋愛とか、その他もろもろのことがすっぱりと削ぎおとされ、親とは、家庭とはという作者の問いかけが真っ直ぐに伝わってきていると思います。まるで一幕物の舞台を観ているようでした。ただ、主人公の年齢が、本来なら家庭を離れて自立していくころなのに、なぜ家庭を必要としなければいけないのかという点が、少々気にかかりました。韓国は家父長制が重んじられ、血筋を大切にすると聞いたことがありますが、その辺のところが日本の読者と受け止め方が違ってくるのかな? 親が決まらず施設を出た子どもが差別され、生きにくさを抱えるということも書いてありましたが……。

ハル:この本は韓国ではYAとして出版されているんだと思うんですけれども、日本ではおとな向けのカテゴリーですね。一読目は私もおとな目線で読んだと言いますか、里親制度は子どものための制度なんだけれど、本当に子どもに軸足を置けているのかな(施設で働く方々ということではなくて、社会が、という意味です)ということを考えさせられました。p21の「ココアはセンターを訪れるプレフォスターの笑顔に似ていた。適度に温かくて、過剰に甘い」といった一文にドキッとしたり。でも、二読目になると、これはやはりYA世代の人にこそ読んでほしい本だという思いが強くなりました。「ぼくの親は何点かな」とか「ペイントで自分の親と面談したら選ぶかな」とかいうことじゃなくて、将来、自分が親になるかもしれない、新しい家族をつくっていくかもしれないことに思いを馳せ、視野を広げる1冊になるんじゃないかと思います。だから、日本でも児童書として出してほしかったなあと思いました。とてもおもしろかったです。

雪割草:興味深く読みました。日本でも非血縁の家族など家族のあり方を考える機会がふえていますが、韓国は血筋を大事にする社会と聞いていたので、そのようななかでこういった作品を書くのは挑戦的だったのではないかと思いました。最後のジェヌの選択は、作者の社会における差別や偏見に対する姿勢があらわれているように思いました。プレフォスターの面接の場面が子ども目線で描かれることで、子どもも親に対して期待を抱くことや、ハナの母親のように子どもを自分の欲求を満たす手段にする親、パクの父親のように虐待する親などさまざまな家族の関係が描かれていて、家族のあやうさについて考えました。子どもだけでなくおとなにも広く読んでもらいたいです。

 

ハリネズミ:とてもおもしろかったです。施設に入っている子どもを養子にするという場合、たいていはおとなが子どもを選びますが、この作品では逆で、子どもが選ぶというのがおもしろいですね。少子化に歯止めをかけるため、産むだけは産んでもらって、育てるのが嫌なら国で育てるという政策になっている近未来ですね。ただ思春期になって複雑な心を抱える子どもを、これまでの積み重ねなしに突然引き取っても難しいと思うので、そこはちょっとリアリティに欠けるかと思いました。まあ、だからこそ思惑があって引き取ろうという人に対しては、センター長やガーディが目を光らせているのでしょうね。ジェヌが最後にペイントをした夫婦は、これまでと違う、飾り気なしで本音を言ってしまうところがあり、だからこそジェヌは気に入ったんですよね。ということは、たいていが美辞麗句を言う人たちだったんでしょうか。2回読んで、結末はどう考えればいいかと思案したんですが、センター長のようにしっかり子どもを見てくれている人がいて、その人の生き方も手本になるとすれば、親はなくてもしっかり歩んでいける、ということなのでしょうか?

シマリス: とてもおもしろく読みました。こういう謎の組織に隔離されている話って、組織に悪が潜んでいたり裏の目的があったりして、システムの目的を暴いていくのが焦点になりがちです。でも、この作品では、そこは最初にさらっと明かされていて、焦点は「親子とは何か」「家族とは何か」に絞り込まれていました。リアルな話でこのようにテーマが明確すぎると、説教臭かったり作者の言いたいことの押し付けになったりするかもしれませんが、近未来の架空の設定にすることによって、そういう生臭さが消えています。素直に、家族とは何か、親とは、血縁とは、そんなことを考えることができました。

西山:たいへんおもしろく読みました。ラストでこれは児童文学だと思いました。悲惨な展開になりはしないかとちょっとひやひやする部分もあったものですから。途中、主人公のジェヌはガーディのパクと親子になるのではないか、ペイント(面接)を進めたあの2人と縁組みするのではないか、そうなればよいのにとどこかで思いながら読んでいたことが、良い方向にひっくり返されました。私の甘い期待は結局親子関係を紡ぐことをハッピーエンドとしていたわけで、染みついた固定観念を突かれた感じです。そうではない着地点を見せてくれたことが、家族とは何かを問う作品として芯が通っていて大いに刺激されました。父母面接を13歳以上の子どものみに可能とした経緯は、p30からp31にかけて書かれていましたね。初読時は、単にこの世界の設定部分としてさらっと読み飛ばしていたのですが、「嫌なことや間違いを口で言える十三歳以上の子どもにだけ父母面接を可能にした」という部分は、もう1冊のテキスト『りぼんちゃん』(村上雅郁著 フレーベル館)とも通じる大事な観点だったなと思っています。読めてよかったです。

しじみ71個分:本当に、とてもおもしろく読みました! 親が産んだ子どもを育てることをしないで、国家に預けて育ててもらうという設定なので、ディストピア的な暗い話かと思ったのですが、ガーディが子どもたちを思い、愛情をもってしっかり育てているし、アキのような、愛らしいまっすぐな子が幸せになり、ジェヌのような冷静な大人っぽい子がちゃんと育って独り立ちしていくという、希望を持って終わる物語になっていて、これは作者が子どもに届けたくて書いているのだなと強く感じました。「親は選べない」と世の中では言われているけれど、それをひっくりかえして、親を子どもが選べる設定になっており、最後までどう物語が進んでいくのか、ずっと興味を引かれながら読み通しました。ジェヌが「ペイント」(=ペアレンツインタビュー)をしたり、ガーディたちのことを考えたり探ったりと、彼による大人の観察を通して、物語が進んでいきますが、その観察がとてもていねいに書かれており、読んで大人として痛いやら、身に沁みるやらでした。手当をもらうために子どもをもらおうとする夫婦や、夫が妻を支配する夫婦が来て、期待できない大人を見てしまいますが、それと一線を画し、親になる自信のなさも含めて正直に自分を見せてくれる大人、ハナとヘオルムが会いにきて、親子という関係をこえて、信頼できる大人としてジェヌの前に現れたのもとてもよかったです。ガーディのパクとチェの存在の描かれ方も、本当によかったなと思いました。血縁でなくても、自分を思ってくれる人がいるということは、どんなに心強いかというメッセージにもなっていると思います。結末も、親子関係の中に自分を置くことを選ばず、自立していこうと希望を持って終わったので、読後にとてもすがすがしい開放感がありました。親子や大人と自我との葛藤は、思春期だと必ずぶつかるテーマだと思うのですが、それに対する作者からの1つのヒントになっていると思います。最近の韓国ドラマを見ても、各所に過去まで遡った家系や学歴、貧富や家族関係など、出自に関する言及が本当に多くあって、韓国社会の中では個人のバックグラウンドはやはりとても気にされるんだと思います。そんな社会であれば、この物語は韓国の子どもたちにインパクトがあるだろうと思いました。細かい点ですが、アキの名前は一人だけ日本語の「秋」に翻訳されてしまっていて、ちょっと日本っぽさを思いだしてしまうので、韓国語の秋の音で「カウル」にした方がよかったんじゃないかとか、年下の人が年上の男性を呼ぶときに「ヒョン」と呼びかけますが、それも毎回、「兄さん」と訳さなくてもよかったんじゃないかなど、素人ながら翻訳はちょっと気になることがあったのですが、物語としてとてもとてもおもしろかったです!

ルパン:未来小説だと思いますが、近未来世界というか、本当にそうなるかも、って思わせる設定で、おもしろかったです。ヘオルムとハナを里親にしなかったのは正解だと思いました。友だちみたいな親はいらないし。この二人なら、お金をもらえなくても、ジェヌが卒業後に会いに行ったら喜んでくれると思います。ガーディのパクはこのあとどんな人生を送るのか気になりました。

(2022年8月の「子どもの本で言いたい放題」の記録)

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真夜中のちいさなようせい

『真夜中のちいさなようせい』表紙
『真夜中のちいさなようせい』
シン・ソンミ/絵・文 清水知佐子/訳
ポプラ社
2021.06

『真夜中のちいさなようせい』をおすすめします。

韓国の画家による初めての絵本。作者は、病弱で寝ていることが多かった幼少時代に、ゆめうつつに妖精を見たことがあるという。そんな体験を基に 2 年という年月をかけて生まれた作品。
熱を出して寝ている男の子は、お母さんが看病に疲れてうたた寝をしている間に妖精に会う。目をさまして、その妖精がくれた指輪を見たお母さんも、忘れていた記憶を思い出し、少女に戻って息子や妖精たちと遊ぶ。勢いの良さで勝負するような絵本やマンガ風の絵本がもてはやされる時代にあって、伝統的な手法でていねいに細かく描かれたこのような絵本は貴重だし、ぬくもりも伝わって想像力がひろがる。文章には登場しない猫があちこちに顔を出しているのも楽しい。

(産経児童出版文化賞/翻訳作品賞選評 産経新聞2022年05月05日掲載)

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チェリーシュリンプ〜わたしは、わたし

『チェリーシュリンプ』表紙
『チェリーシュリンプ〜わたしは、わたし』
ファン・ヨンミ/作 吉原育子/訳
金の星社
2020.12

まめじか:日本の中学生が読んだら、お隣の国でも同じようなことで悩んでいるのだとわかって親近感をおぼえると思うので、それはとてもいいと思いました。ただ、ここで描かれている友人関係の摩擦やモヤモヤした思いは日本にもあるので、日本の物語の韓国版という感じ。韓国の街の様子や食べ物が描かれているのはおもしろかったのですが。一読者としては、翻訳ものだったら、日本では書かれないような、違う景色が見られるような作品を読みたいなと思います。たとえば絵本の『ヒキガエルがいく』(パク・ジォンチェ作 申明浩・広松由希子訳 岩波書店)は、カエルたちが行進する姿に普遍的なものを感じますが、その一方で、作品の背景にはセウォル号の事件で真実が解明されていないことへの憤りがありますよね。p158で「バスの中でのことがずっとひっかかっていた」とあるのですが、話し続けるヘガンに冷たい態度をとったダヒョンは、そのことをそんなに気にしていたのですか? 数ページ前ではそんな様子はあまり感じなかったので。

けろけろ:p155で、イヤフォンをはめて、ヘガンの話を拒絶してしまったことを言っているのでは?

西山:韓国の絵本はたくさん出版されていますが、読み物はめずらしいなと思って手に取り、大変興味深かったので、この会で取り上げようと思いました。韓国でも、こんなに同調圧力が強いのかと、同じであることにまずびっくりしました。同時に、友だち関係で神経をすり減らしている10代は日本の創作で見なれているものの、悪口などここまであからさまに描かれていないと思い、違いにも驚き、とても興味深かったです。あと、とにかく、食べ物がよく出てきて、いちいちおいしそう。これが、けっこうな魅力となっていますね。文化の違いを最も感じたのが、やけに簡単に物をあげることです。誕生日とか何かの理由もなくプレゼントなんかしようとして、きっと拒絶されるぞと思いながら読み進めると、相手はすんなり喜んで受け取ってしまう。贈り物の考え方が違うのでしょうか。韓国文化に詳しい方がいたら教えてほしいと思いました。韓国のイメージがアップデートされた感じでおもしろかったですね。

カピバラ:韓国の中学生の日常を描いた物語は初めて読んだので新鮮でした。最初は人物名が男子か女子かすぐにわからないので読みにくかったけど、それぞれの描き方がうまく個性を表現しているのですぐに慣れて物語に入り込めました。仲良しグループに入る、つるむ、違和感を感じる、はずれる、という関係性がうまく描けていたと思います。日本の中学生女子にも「あるある」なことが多く、読者は共感を持つと思います。でも、人をけなす言葉がずいぶんときつく、はっきりしているのは韓国だからでしょうか。主人公が、自分の気持ちを素直に表現していて、友だち関係から複雑な心境に陥ってしまい、そこからなかなか抜け出せなかったり、逆にちょっとしたきっかけで妙に単純に立ち直ったりするところなど、この年頃の女の子の心理が手に取るようにわかります。どの子にも友だちに見せる表面の顔と、裏の顔があることが描かれていて、人の言葉に左右されずに自分で本当の姿を見極めることが大切だということが、読者にも伝わると思います。韓国の食べ物がいろいろ出てくるのが興味深かったし、コスメショップでいろいろ買い物するのも韓国らしいのかなと思いました。中学生だけでコスメや洋服を買いに行ったり、しょっちゅう食べ物屋で食べたりするんですね。文章にはいいなあと思う表現が随所にありました。「ものすごく楽しみで、通りに飛びだしていって拡声器でお知らせしないといけないくらいだ。」「その日以来、幸せウイルスのアプリが体にインストールされたみたいだった。」(p99)、「地球はわたしを攻撃する方向に自転しているようだった。」(p200)とか。この本も、読者は女子だけなのかな? 副題に「わたしは、わたし」が付くと女子しか手を伸ばさないのではないかと気になりました。女子は主人公が男子の本でも読むけれど、逆はあまりないようなので、もっと読んでほしいからです。

アカシア:前半はダヒョンが使い走りをさせられているのに、どこまでも合わせよう合わせようとしているという状態にいらいらして、早くなんとかしなさいよ、と言いたくなりました。でも日本と同じように韓国にも同調圧力やいじめがあることはよくわかりました。後半ウンユと知り合いになって、自分は自分らしくと思い始めてからは、周りの人々のことも、表面と実際はかなり違うということがわかっていく。そういうところはとてもおもしろく読んだのですが、前半がもう少し短くてもいいように思いました。食べ物がたくさん出てくるのもおもしろかったです。ただ、これは読者である私の問題なのですが、ここで初めて見る名前がいっぱい出て来て、すぐにイメージがわきにくかったんです。たとえば同じ名前の人を知っていれば、それを思い出して、同じでなくてもイメージがしやすいんですけど、女性名か男性名かもわからず、古い名前かキラキラネームかもわからないので、とまどいました。欧米の名前だと読み慣れているからそうでもない、ということを考えると、いかに自分が韓国の作品を読んでこなかったか、ということですね。それから最初のコピーライト表示ですが、書名が英語で書いてあってハングルでないのはどうしてなんでしょう?

コアラ:おもしろく読みました。グループ内での立場とか、そういうところは日本も韓国も変わらないんだなと思いました。ダヒョンの恋心がかわいかったです。印象に残ったのは、p190の6行目から、「わたしたちはみんな木と同じように独りぼっちなの。いい友だちなら、お互いに日差しになって、風になってあげればいい。自立した木としてちゃんと育つように、お互いに助け合う存在。」これはとてもいいと思いました。私が中学生なら、メモ帳にメモして持ち歩きたくなるいい言葉です。この木のたとえは、ダヒョンがチェリーシュリンプのブログに書くところでも出てきます。ページで言うとp206以降ですが、このあたりはどれもメモしたくなるくらい、いい言葉がありました。それから、この本に出てくる大人が、ちゃんと大人として存在しているのもいいと思いました。子どもにしっかりしたアドバイスをしているのが印象的でした。あと、ヘガンの口癖の「ヤバい」という言葉ですが、韓国語ではどういう意味の言葉なんだろうと興味を持ちました。

マリンゴ: とても魅力的な本でした。思春期の子たちのぐちゃぐちゃした人間関係、大好物です(笑)。特にいいなと思ったのは、ヒロインのダヒョンのウザい部分が書き込まれているところですね。とてもいい子なのにわけもなく嫌われる、のではなくて、ああ、こういう子はたしかに疎まれるかもしれないな・・・と思わせる部分をしっかり描いています。たとえば仲間に好かれるために積極的に悪口を言うところ、しゃべりだしたら止まらなくなるところなど、リアルです。日本が舞台ならば、少しユーモアを入れ込まないと、しんどい物語ですけれど、よその国のお話として距離を置いて読めるから、重苦しくても楽しめました。韓国の子たちのおやつ事情、食生活などもいろいろわかってよかったです。終盤、オトナがいいことをいろいろ言っていて、その言葉が印象に残りました。「世の中の人全員に好かれるのは不可能」(p188)、「憶えていてあげること、それが愛」(p193)などです。最近、一般書の韓国文学をちょくちょく読んでいます。チョン・セランなどがとても好きです。この本にも出会えてよかったと思っています。

ルパン:韓国の名前がなんだか耳に心地よかったし、翻訳ものといえば欧米の名前、という感覚があるからか、とてもエキゾチックに感じました。それにしても、実によく食べ物が出てきます。これと化粧品ネタがなかったら、このまま日本を舞台に置き換えてもいいくらい、日本の中学生と通じるところがあり、共感がもたれるのではないかと思いました。この読書会、リモートになって遠方や地方の方も参加できてよかったな、と思っているのですが、唯一対面でなくて残念なのが、みんなでおやつを食べられないこと。いつもアンヌさんが課題本にちなんだおやつを差し入れてくださっていたので、今回もし対面だったら何を買ってきてくれたかなあ、なんて想像しながら読んでました。

イタドリ:これから韓国の作品が、絵本だけでなく、どんどん紹介されていくんでしょうね。みなさんがおっしゃるように、食べ物のことやコスメのことだけでなく、子どもたちの暮らしの様子がわかるようになるので、楽しみにしています。『ハジメテヒラク』(こまつあやこ著 講談社)は、自分が一歩外に出て実況することで、物事を客観的に見られるようになるし、この本の主人公も新しい友だちを得ることで、人間関係を新しい視点から見ることができるようになる・・・テーマは、似通っていますね。ただ、日本の作品には母親を厳しい目で否定的に描いたものが多いような気がするんですが、この本のお母さんは、なかなかいいですね! こういうお母さんに育てられても、ウジウジしちゃうのかな?

ヒトデ:なによりも出てくる食べ物の描写がおいしそうで、「胃袋」に響く小説でした。韓国の小説は、一般書でも何冊か読みましたが、どれも「身体的な描写」にハッとさせられることが多かったように思います。この物語も、そうした意味でとても「身体的な(内臓的な)」小説だと感じました。大変な状況にあっても「食べる」ことで、主人公の身体にエネルギーが通って、物語が進んでいくような、そんな印象を持ちました。物語のなかに描かれている「高校入試」のシステムが複雑なのにも驚きました。アラムとの「落としどころ」は、読む人によって意見が分かれるのかもしれないなと思いつつ、私は好きな終わり方でした。

雪割草:とてもよかったです。登場人物が、家族やその子が置かれている環境とともによく描かれていると思いました。主人公や友だちのウンユが変わろうとする姿もていねいに書かれ、リアルに感じました。読んだ後に心に残る言葉のある作品が好きですが、この作品はまさにそうで、木や風を使った表現の箇所がよかったです。おとなの存在、おとなの視点が、作品でよく作用しているとも感じました。タイトルのチェリーシュリンプという生きものを知らなかったので調べてみました。日本では見慣れないこの生きものは、主人公がブログのタイトルに使って説明している以上の意味が韓国で何かあるのか、少し気になりました。

けろけろ:韓国料理がとてもたくさん出てきて、主人公たちがそれをエネルギーにしている感じがおもしろいですね。帯の表4側に作者の日本の読者へのメッセージがありますが、作者は日本の作品を読むときに、その街並みや食べ物をとても楽しんでいたようで、韓国の話を書くときに、それを意識して書こうとしていたんだなと思いました。友人関係がすべてというこの世代に、国を超えてエールを送っている感じに、とてもじんと来ました。韓国の女子のいじめが、日本とあまりにも似ているのに驚きました。ただ、翻訳ものであることが、いい距離感を生んでいて、日本の作品だとリアルすぎるところが少し薄まって読めるんですね。私の好きなシーンは、主人公のダヒョンがウンユに、亡くなった父親について話すところ。ふたりの関係がしっかりと結びついていくのが、視線などでうまく描かれているなと思いました。SNSのいじめって、残酷ですね~。文字の会話が続いていくなかで、そこで発言していない子がいることにみんな気づいているのに知らんふりしている。透明人間みたいになってしまう。日本でも、こんなシーンがきっとあるんだろうな、と思うと、胸が痛みます。魚住直子さんの作品も韓国で人気ですが、なにか通じるものを感じました。

ハル:「ザ・中学生あるある!」という感じで、実際にこういう経験をしたかどうかはおいておいても、主人公の心情表現は、まるで中学生、高校生のときの自分の日記を読み返しているようなリアルさを感じました。「私の日記か」というのはつまり、リアルなだけに、浅く散らかっているというか、文章が上滑りしていく感じもあり、「ときどきこういう、リアルなんだけどどこか軽くなってしまう小説ってあるよなぁ」と思いながら読んでいたのですが、後半の10章あたりでぐっと引き込まれて、主人公が書き溜めていたブログを公開したところで、ああいいなぁ、と思いました。特に主人公たちと同世代の読者たちは、身近な解決策やヒントをもらったような、勇気づけられた気持ちになるのではないでしょうか。ただ、結局、チェリーシュリンプは特にキーとして登場するわけでもないし、全体的にすごくよくまとまっているかというとそうでもないようにも感じましたが、良い作品だと思います。「日本の小説を読むのと変わりがないんじゃない?」というと、そうでもなくて、やっぱり、日本と似ているようで違う文化もおもしろく、韓国の子は買い食いの習慣があるんですね、いろんな食べ物が出てきておいしそうでした。

ネズミ:主人公が、学校での人間関係を克服して、ブログを公開できるようになるまでの成長を描くというテーマはいいですが、『ハジメテヒラク』と同じで、こちらも読むのが苦しかったです。同調圧力がどうにも苦手で。苦しいのは、それだけ真に迫っているからでしょうね。そんなことがあるの?と、驚くようなことが次々あってもどうにか読み進められるのは、舞台が日本ではなく韓国だとわかっているからでしょうか。

ニャニャンガ:『きらめく拍手の音』(イギラ・ボル著 矢澤浩子訳、リトル・モア)、『82年生まれ、キム・ジオン』(チョ・ナムジュ著 斎藤真理子訳、筑摩書房)などの一般向け韓国作品は読んだことがありますが、子ども向けの韓国作品ははじめて読みました。本作では韓国の様子がわかり興味深かったです。ただ、特定の子を嫌った理由が冒頭の人物紹介に書いてあったのはネタバレではないかなと感じました。韓国の大気汚染がひどいことは本書を通して知りました。聞きおぼえのある食べものが多く登場しますが、キムパグはキンパのほうが一般的かもしれません。「目がふっと震える」(p135)はすてきな表現と思った一方で、「バスが無表情」(p195)という表現には引っかかりました。「アナジュセヨ」(ハグしてください)の勘違いのくだりについては、最初に出てきたところで詳しく書いてくれたらわかりやすかったです。まじめ虫という表現は、『82年生まれ、キム・ジオン』のママ虫を思いだして韓国特有の表現なのかなと思いました。

さららん:登場人物たちがみんな食べることに執着しているのがおもしろく、私もそこにバイタリティを感じます。特に主人公は、仲良しグループに気を使い続け、次第にハブられていきますが、これだけ食べることが好きなら、この子はきっと負けない!と感じられ、そのおかげで読み進めることができました。友だち同士言葉で激しく言い合い、傷つけあうところも描かれ、陰湿な場面もありますが、主人公は自分の意志で、仲良しグループのトークルームを抜けることを選びます。クラシック好きなことも隠していたけれど、自分が選んだものを肯定し、表に出していける環境をだんだんに作っていきます。このぐらいタフで楽観的でありたいと願う読者は、韓国はもちろん、日本にもたくさんいるかもしれない。また江南からの転校生は優秀だという妬みや、うどん屋でクラシックをかけるのはヘンだ、といったものの見方に、日本よりさらに階級化された社会を感じました。

アンヌ:最初はいじめの話だと、いやいや読みだしたのですが、おいしそうな食べ物が次々と出てくるので、読んでいて楽しくなってきました。つらい思いをしている主人公の話で、どうもおなかも弱いらしいので、まさかこんなにおいしそうな話になるとはと意外でした。作者がこんな風に食べる場面がたくさん出しているのは、子供の生命力を読者に感じさせるためではないかと思います。それにしても、中学生や高校生の頃って、本当に嫌になるほどおなかがすいていたなと思い出します。私は食べ物で本を読み解く主義なので、試しに数えてみたら食べ物が出てくる場面は28場面。食べ物は全部で60品目以上ありました。そのうちダブっているものや中華街の食べ物や日本でも手に入る食べ物を抜いたら、24品目が韓国固有の食べ物でした。まずいとされるのはハンバーグ屋のハンバーグと飲み物だけというのもおもしろいところです。また、先ほどご指摘があったように、同じページ内に注がついていて、どういう食べ物かすぐわかるのも魅力でした。作者と翻訳者の、韓国を紹介したいという気持ちが感じられるところです。今、日本の若い人が夢中の韓国コスメの話も楽しく、こんなに若い時からお化粧品を買うんだなとか、p194のコスメ屋さんに4人で行く場面で、お父さんにも乳液をプレゼントするんだとか、韓国では父母の日というのがあるんだとかいうことを知りました。知らない生活習慣や韓国のおいしそうなものが出てきて、外国文学を読む楽しさを堪能しました。ダヒョンがこんなにつらい生活の中でも自分を見失わなかったのは、やはりブログという形で一度言葉にして心の中のものを外に出して、自分の好きなもの、自分を形作っているものを見つめていたからだろうと思います。課題をこなすために集まったグループのうち、3人が将来は記者になりたいと言っていて、作者は言葉が好きな人間を応援しているとも感じました。ダヒョンもウンユも言葉を知っている子だなと思います。p190のウンユの言葉で始まる木と風のたとえは実に詩的で、さらに、ダヒョンのブログの中でそのとらえ方が変わっていくところも、ダヒョンの成長が感じられていいなあと思いました。それぞれつらい別れを知っているからこその言葉だと思いました。私はいじめっ子にもいじめるわけがあるという擁護はあまり好きではありません。作者はアラムがウンユにまとわりついてうまくいかなかったことや、つらい境遇にあることを最後の方に記しています。だからといって関係をどうにかするということではなく、アラムが困っているのを察したダヒョンがポーチを机の上に置いて、そのことを相手がどう思ってもいいと立ち去るところは、実に爽快感があってよい終わり方だと思いました。

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エーデルワイス(メール参加):女の子特有のグループでのいじめの問題は韓国も日本も同じようです。ほとどの子が塾に行っていることや、音楽、映画、恋心も。コスメの浸透にはちょっと驚き、韓国の美味しそうな食べ物がでてくるのは楽ししかったです。ページ内に小さく注釈があるのはいいですね。「大気汚染注意報」も驚き。マスクを付けて登校とは。最初に登場人物の名前の一覧があるのは助かりました。韓国の名前に馴染みがなく、途中で誰か分からなくなり時々確かめながら読みました。ボス的な女の子のアラムが実は寂しい家庭環境にあることを知った主人公のダヒョンが、アラムの席に整理用品をそっと置くラストは爽やかです。コミュニティ新聞つくりグループの4人中3人が将来は物を書く人になりたいというのは作者の投影でしょうか。

しじみ71個分(メール参加):中学生女子の「あるある」な物語で、自分が中学生のときのことを思い出しました。中学生のあたりは、まだ自我の確立なんて全然できていないし、自分が何者かもまったく分からない時期で、自分の周りの小さな世界に所属したくても、どうしてか世界と自分とが、食い違ってしまう、自分は周りと何か違う、息苦しいと気づき始める頃なのだろうと思います。誰でもこんなことあるよね、と思わせてくれる物語で、チェリーシュリンプに象徴される、自分らしさを大事にすることの気づきを得て終わってくれたので、読み終わってスカッとしました。中学生女子の間の同調圧力の理屈の無さ、未熟さ、想像力の欠如から、なぜか自然に誰かを無視したり、仲間外れにする仕組みがリアルに描かれていると思います。理由が分からないけど、友だちが嫌っているから私も嫌いと思い込むとか、空気を読んだつもりで悪口を言ってしまうとか、なんて馬鹿馬鹿しいことかと思いますが、結構、大人でもあるなと居心地の悪さも感じさせてくれました。また、韓国の中学生のコスメ事情など、関心事も細かく描かれて、とても興味深かったです。また、とてもおもしろいなと思ったのは、結構、ウジウジした内容なのに、主人公のキャラクターのおかげか、物語が湿っぽくなく、カラッとドライな印象のあることでした。日本の物語だともう少しじめっと湿っぽくなるかもしれません。そのドライさは、主人公の思考や受け止めに表れる芯の強さや朗らかさから来るのかなと思ったのですが、書き方の客観性かもしれないですし、そこに作者の気持ちや意図ががあるようにも思いました。

鏡文字(メール参加):登場人物紹介で、ある程度の筋が見えた感じで、どう物語を決着させるかという興味で読み進めました。ラストのシーンはなかなかいいのではないかと思いました。韓国でも今時の中学生はいろいろ大変なんだな、とも。学校生活など、日本の子どもにとってもさほど違和感がないように感じました。その分、あまり新味もなかったかも。ベトナム戦争のことなどがチラッと出てきて、やや唐突な印象。本筋にからまないことで出てくるのはいいのですが、あとほんの少しだけ踏み込んでいいような気がしました。p216で母親が語る「生きていれば、疎遠になったり、思いもよらない時期にまた会ったりするの。人間関係なんて、みんなそういうものじゃないかしら」という言葉は、子どもがどう受け止めるかはともかく、大人としては多いに納得です。翻訳物は、書かれた背景など、訳者のあとがきを読むのが好きなので、それがないのが残念でした。

(2021年05月の「子どもの本で言いたい放題」より)

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2020年01月 テーマ:近いか? 遠いか? KOREA

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『2020年01月 テーマ:近いか? 遠いか? KOREA』
日付 2020年01月17日
参加者 ネズミ、ハル、ルパン、アンヌ、コアラ、西山、カピバラ、さららん、木の葉、サークルK、マリンゴ、まめじか、(エーデルワイス、サンザシ)
テーマ 近いか? 遠いか? KOREA

読んだ本:

李慶子『バイバイ。』表紙
『バイバイ。』
李慶子/著 下田昌克/絵
アートン
2002.11

<版元語録>スナちゃんは虫歯だらけの歯を見せた。「スナちゃん、明仙て、ええ名前なんやで。知ってた?」「知ってたょ」からっとした声だ…。在日朝鮮人少女のゆれる心を描いたハートフルストーリー。
リ・ソンジュ『ソンジュの見た星』表紙
『ソンジュの見た星〜路上で生きぬいた少年』
原題:EVERY FALLING STAR by Sungju Lee and Susan McClelland, 2016
リ・ソンジュ&スーザン・マクレランド/著 野沢佳織/訳
徳間書店
2019.05

<版元語録>1997年に平壌をはなれ、飢饉の起こった北朝鮮の社会のなか、路上で生きぬいた少年の記録。米国で話題になったノンフィクション。 11歳のとき、ソンジュはすべてを失った。軍の指揮官になる夢、学校の教育、家、そして両親…。きびしい飢饉のなか、ソンジュは年の近い6人の仲間と力を合わせ、市場で食べ物を盗み、ほかの浮浪児と縄張り争いをしながら、路上で生きていくことになった。仲間とのあいだには、しだいに強いきずなが生まれ…。
ソン・ウォンピョン『アーモンド』表紙
『アーモンド』
原題:아몬드 by 손원평 , 2017
ソン・ウォンピョン/著 矢島暁子/訳
祥伝社
2019.07

<版元語録>扁桃体(アーモンド)が人より小さく、怒りや恐怖を感じることができない16歳の高校生、ユンジェ。そんな彼は、15歳の誕生日に、目の前で祖母と母が通り魔に襲われたときも、ただ黙ってその光景を見つめているだけだった。母は、感情がわからない息子に「喜」「怒」「哀」「楽」「愛」「悪」「欲」を丸暗記させることで、なんとか“普通の子”に見えるようにと訓練してきた。だが、母は事件によって植物状態になり、ユンジェは、ひとりぼっちになってしまう。そんなとき現れたのが、もう一人の“怪物”、ゴニだった。激しい感情を持つその少年との出会いは、ユンジェの人生を大きく変えていく――。怪物と呼ばれた少年が愛によって変わるまで。

(さらに…)

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