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セントエルモの光〜久閑高校天文部の、春と夏

夜空を背景に男子高校生と女子高校生が立っている
『セントエルモの光〜久閑高校天文部の、春と夏』
天川栄人/作
講談社
2023

きなこみみ:全く天体に興味のなかったえるもが、嵐士という先輩と天文に惹かれていくのが、楽しくて読ませます。この物語は、えるもがSNSでいじめにあって、そのせいで東京から帰ってきて、その傷もあって、やはり他人との距離がうまく取れない。人との距離感がひとつのテーマで、それを「天体」という雄大でどこまでも奥の深い距離感のものと重ねることで、かえって人間が生身に鮮やかに、かつロマンチックに描けるという、とてもうまい構成の作品だと思います。そして、心にすっと入ってくる、素敵な文章がたくさんあって、たとえばp138、9行目の嵐士先輩のセリフ「だから星たちは、俺たちの喜びや悲しみなんか、知ったことじゃない。今日も明日も、どんな辛いことがあった日だって、いつもと同じように、けろりと輝いてる」、p139、7行目の、そのセリフに呼応するところ、でもだから、俺の気持ちは俺のものだ、俺だけのものだ…」というところなど、とってもいいなと思います。そんな嵐士先輩とえるもの、ほのかな恋と、距離感もいい。文章も読みやすい。気になるのは、主人公のえるもの像が、少し定まらないところ。この物語の魅力は、嵐士という天体オタクの魅力的な先輩が披露する、えるもという名前がセントエルモの光が由来なのでは、というエピソードや、天文のコアな知識が、うまく物語の構成とかみ合って披露されていくことで物語が動いたり、進行していくところだと思うんです。でも、語り手のえるものキャラと、その知性的な部分が、ずれているところがあって。p103で、エルモは衛星と惑星の違いもわからないのだけれど、p192では慣性の法則を思い出して語ったりしていて、どんどん賢いキャラに変わっていく感じでした。これは、えるもの隠れた部分が出てきた、成長した、ということなのかな? 最後の観望会のシーンはとても良かったのだけれども、花火まで付けたのは、ちょっとやりすぎかも(笑)すてきなシーンだけれど、地元の神社の花火大会を、こんなにきれいに皆が忘れていたというのは、少し出来すぎの匂いがしました。でも、とても楽しい作品なので、この続きも、読んでみようと思います。

マリュス:著者の天川栄人さんって、プロフィールを見るまで男性だと思い込んでいました。こういう中性的なお名前、いいですよね。さて、作品ですが、ラノベのキャラクター設定に、とても近いんですよね。主人公は、かわいくて、でも悩みを抱えているという、読者が共感しやすい女の子。そして、めちゃくちゃイケメンで変人の先輩。他の人には理解されないけど、主人公だけが先輩の心のうちを理解できる。それをやっかむ幼なじみの男子、というあたりも含め、王道ラノベだと思いました。でもラノベっぽいというのは、悪い意味ではないです。読者をひきつける工夫がなされているという意味で、いいと思いました。さらに会話がとても生き生きしていて、読むのが楽しい。また、天体や星座の話が、わかりやすく頭に入ってきます。星の描写や、比喩として使われる場面の文章も美しく、読みごたえがありました。若干引っかかったのは、古雪が捨てアカウントで中傷してくる部分です。古雪は親友で、かつ従姉妹なので、「最近のあなた、自分らしくないよ」と直接言える関係性だと思います。わざわざ匿名にする理由がわからない。物語の力が強いので、ついつい説得されて読んじゃうのですが、後からちょっと無理があるんじゃないかと感じました。

コゲラ:テンポよく、すらすら読めておもしろかった。文章も、話の運び方も、作者はとても上手ですね。登場人物もそれぞれキャラが立っていて、アニメを見ているようでした。星の話や、天文学の知識の数々もおもしろい。夜中に学校に行くとか、天体観測の合宿をするとか、読者はワクワクするのでは。「すれちがえる奇跡」とか中高生の好きそうな言葉も、あちこちに散りばめられていますね。秋冬編があるという話ですから、古雪が送った謎のDMのわけや、母さんが主人公に「えるも」という名前をつけた理由も出てくるのかも。

雪割草:登場人物が一辺倒で、漫画っぽいと思いました。「嘘つき」といったのが古雪だったという展開は全く予想外で、古雪はえるもと晴彦にやきもちをやいているのだと思っていました。SNSの問題は、今の子どもたちにとって大変だと思います。p85に、「ちょっとSNSを離れたからって切られるような関係って、友達って言えるの?」とあるように、SNSは手軽な分、人と人のつながりも、それだけだと希薄になってしまうように感じます。嵐は、気の毒な設定で、お母さんまで亡くならなくてもよかったのではと思ってしまいました。主人公の心の声が語りの部分にたくさん描かれていて、ハッシュタグが章ごとにあるのは今の読者向けかなと思いましたが、ハッシュタグはなくてもいい気はしました。

アンヌ:私は、なんだかこの物語一つでは収まり切れていない感じがして、いろいろ謎が解けないまま、ふわんと逃げられた気がして不満でした。なかなかかっこいいセリフを吐くお母さんがどういう人なのかとか、えるもの名前は本当はどこからつけられたのかとか。そういえば、古雪も珍しい名ですよね、古いという字を名前につけるというのも珍しいから、そういう一族なのかな?でも、まあもう続編が出ているので、(『アンドロメダの涙〜久閑野高校天文部の、秋と冬 』)そこでということなんでしょうね。おもしろい話ではあるけれど、あまり技術もなさそうな主人公たち3人が、嵐士の天文写真を選別して投稿したり、後半の観測会の設営をしたり、後半バタバタと話が進んでいくのにも、少々首をかしげました。ただ所々、例えばp156の章の終わりのように、たぶん明け方の月を見たら思い出すような美しい描写があって、そういう魅力のある文章もあるので、とにかく続きを読んで考えてみたいと思っています。

エーデルワイス:図書館に予約してなんとか読めました。次の予約が入っていますのですぐ返却しました。人気ですね。学校の屋上で徹夜で空を観て、星の観察。ロマンチックです。映画、アニメ化されそうです。おもしろくて読み応えがありました。最後の花火のシーンは出来過ぎの感じ。p151の「私は多分小雪を許さないが好き」は心に残りました。続編も読みたく思います。

アカシア:エンタメだと思って、楽しく読みました。私がいちばんいいな、と思ったのはSNSに対して「天体観察」を持ってきたところです。これまでも、スマホ中毒やSNSから切り離すために、電波の届かないところに行くとか、自然の中で様々な体験をするという物語はいくつかあったんですけど、この作品では対極にあるものとして天体観察を出してきている。夜空の天体を見るには暗くないとだめなので、ケイタイの明かりは必然的に邪魔になるし、言葉の通じない天体を観察することと、無駄なおしゃべりが行き交うsnsは、そういえば対極になるのだなあ、と。えるも、という名前についてご意見がありましたが、私はこのお母さんならちゃんと意味がわかってつけてもしらばっくれることがあるだろうし、本当にお母さんが知らないのだとしても、今はいないお父さんなる人がつけたのかもしれないと勝手に想像したので、引っかかったりはしませんでした。えるもは、おバカキャラかもしれませんが、本当におバカなのではなく、おバカという仮面をつけているのだとすれば、何かを悟ったときに大きく変わるというのは不自然だとは思いませんでした。

ハル:今月の2冊は、どちらも若々しいというかみずみずしい感じで、慣れるまで目がすべるような感じがあったことはありました。でも、どちらも、同年代の子たちが読んだら、共感できるところが大きいんじゃないかなと思います。「セントエルモ」は、とってもエモーショナルですね。登場人物たちのつらかった日々や、人とつながれたときの喜びに、胸が打たれましたし、とてもおもしろかったです。一方で、「嵐士」は、すごくかわっている人という設定のようですが、読む限りでは、漫画やアニメでは人気があるタイプの“ドライな先輩”というイメージで、それほど変わっているようにも思えなくて、あの疑惑で壁にはった写真をやぶかれるほど、そこまで嫌われるものだろうか、というのは不思議に思いました。表紙ではわかりにくいですが、容姿の特徴でいじめるという感覚が私には理解できないので、実際にこういったケースもあるんだろうと思うと胸が痛いです。

しじみ71個分:おもしろくサクサクと読みました。私自身は、主人公のえるもの造形にあまり共感を持てなかったのですが、いじめを受けてつらかったという過去と、高校生になってからの軽めのキャラとの間にあまり連続性が感じられなかったからかもしれません。それに、ハルピコがえるもを好きで、古雪はハルピコが好きで、でもえるもは気づかず、嵐士先輩が好きらしい、でも恋愛話としは展開なく宙ぶらりんのままというのが生煮えの感じで、お話がどっちに向かうのかなと引っかかったせいかもしれません。古雪が中学生のときSNSへの書き込みの犯人が自分だったと告白したのも、私の読みが浅すぎるのだとは思いますが、えるもとハルピコとのやり取りを見ての場面だったので、その点はちょっと気になりました。天体観測と孤独、宇宙と命といった大きな視点で人間性を見つめなおすような表現がところどころにあって、それには心が惹かれましたが、そういったキラリと光る深さにマッチしていない軽い部分も多く、全体的になめらかなつながりにやや欠けた印象を受けました。えるもが嵐士のお父さんのお店にいきなり飛び込んでいろいろ事情を知ってしまうのもかなぁという気もしました。その勢いがえるもの魅力でもあり、最後の方で天文部のために1年生が頑張るのも好ましい展開と思いましたが、どこかで読んだような印象があるなとも思いました。でも、青春物語としてさわやかなので、若い世代の気持ちをつかめる作家さんなんじゃないかなと思いました。

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ANNE(メール参加):おもしろく読みましたが、ちょっとご都合主義的な結末な気がしました。そんなにうまくいくかしら? 結局、「えるも」という主人公の女の子の名前の由来がよくわからなかったのと、晴彦と古雪の想いはどうなってしまったのかがモヤモヤしました。2作とも現代のSNS事情が背景にあって、私のようなおばさんにはちょっと理解しきれない部分があるのだろうと思いましたが、おばさんなりにアンテナを高くしておく必要があるかもしれませんね。

(2024年06月の「子どもの本で言いたい放題」より)

Comment

笹森くんのスカート

『笹森くんのスカート』表紙
『笹森くんのスカート』
神戸遥真/著
講談社
2022.06

すあま:さらっと読みやすかったので、小学校高学年くらいでも読みやすいだろうと思いました。1章ずつ主人公(語り手)が変わっていく手法に新しさは感じないけど、クラスのいろんな子の視点で描いていくのは嫌いじゃないので、よかったと思います。セリフなど、今の高校生という感じはよく出ているけれど、はやりの言葉や道具は賞味期限が短いので、時がたつと古さを感じてしまうことになるから難しいですね。テーマ的にも、今読んでもらえればいいということなのかもしれないけど。ストーリーについては、笹森君がスカートをはいたことで、周りのみんなが自分に引き付けていろいろと考え、それぞれの性格の違いが直接質問したりできなかったりする行動の違いに表れていたところはおもしろかったです。最後は、笹森君がスカートをはくことにした理由がわかり、ある意味解決したように思うので、この後はどうなるのか、スカートをはくのをやめるのかな、と気になりました。この学校は校則もゆるそうなので、ある程度レベルの高い学校なのかな。物語の設定なのでこれはこれとして、制服を選べるようにするくらいなら、私服にすればいいのに、というのが私の考えです。

ハリネズミ:笹森君(ひろ)のキャラが、理想的ないい人として描かれていますね。彼は、リアルな人物というより、まわりの人の思いを映す鏡的な存在なので、あえてそういう設定にしているのかもしれません。いろんな視点から描かれているので、中高生にも多様な考えがあるということが伝わると思います。高校生男子を主人公にした作品だと、たとえば川島誠とか昭和初期の男性作家の作品とか、性を描かないとおかしいくらいのスタンスで描かれたものもたくさんあって、それは逆に多様じゃないなと思っていたので、この作品に性的な要素がほとんど登場しないのが逆に新鮮でした。

コアラ:おもしろく読みました。装丁や文字の大きさが、高校生が主人公にしては幼いと思ったし、登場人物たちの恋愛も、高校生にしては幼く感じたので、どのくらいを読者対象にしているのかな、と思いました。さわやかなイケメンがスカートをはいてきた、とか、ぽっちゃりして外見にコンプレックスを持っている女の子が面食いで告白しまくっては振られるとか、ありがちな設定だけれど、ありがちだからこそ、さらっと読めてメッセージが伝わりやすい物語になっています。読みやすい中で、ところどころに、目が引っかかる、心に引っかかる言葉が挟まっていて、たとえばp28の後ろから3行目の「敗北感」とか、p39の終わりから3行目からの「傲慢」とか、さらっとしているだけじゃない成分が入っているのはいいと思いました。制服で、女子がスラックスをはいたり、男子がスカートをはいたりするのに、特段の理由がなくてもいい、自由に選べるようにすればいいんじゃないか、というようなメッセージが書かれていて、新鮮な感じはないけれど、こういうメッセージが増えれば、固定観念に縛られずにラクになる人も増えるかもしれないと思います。それから、今回の読書会のテーマが「他者の靴をはいてみる」ですが、この本はどんぴしゃりだと思いました。

マリオカート:多視点の物語で、それぞれの登場人物の事情や個性がよくわかり楽しく読めました。特に私は、「わかるわかる」を繰り返す倉内さんというキャラクターが興味深くて注目していました。あとは、つるまない女子の西原さんが、カラオケに強引に連れていかれる場面も好きです。p76「部屋にはタンバリンやマラカスもあり、ここは鳴らして盛り上げるべきなのかもと一瞬迷ったけど。スクールバッグを人質に取られている私がすることじゃないな」という文章から、西原さんって根はやさしくてユニークな子なんだなというのが伝わってきました。最後、笹森くん自身が登場し、スカートにした理由も納得できる展開だったのですが、お父さんとお母さんが妙に物分かりがよすぎる気がしました。あと、私が注目していた倉内さんが、最後の章にまったく登場しなかったのが残念です。ところでひとつお聞きしたいことがあります。p86の最後の行で、「「カッコいー」」と、カギかっこが二重になっていますよね。これは、2人が同時に言っているという表現で、児童文庫では当たり前になってますが、いわゆる普通の児童書でも、スタンダードになってきているんでしょうか?

コアラ:たまに見かけるようになりました。

ハリネズミ:私も見たことはありますが、そっちが多くなったということはないと思います。

マリオカート:エンタメ特有の表現かと思っていましたが、だんだん広がっているのかなぁ、と。

花散里:制服のことを取り上げていて、性的マイノリティがテーマである作品かと思いました。中・高校の図書館に勤務しているので、今の高校生のことを、しっかりと描けているのだろうかと感じながら読みました。スカートをはいた笹森君に対して、章ごとに変わる主人公が、どのように考えているのかという構成はおもしろいとは思いましたが、それぞれの登場人物を描き切れていないように感じました。p83「母親が二人いるの」というところなど、もっと踏み込んで書いてほしかったと思いました。登場人物は高校生ですが、グレードは中学生くらいからでも読めるような軽い感じがしました。

サークルK:『ロンドン・アイの謎』(シヴォーン・ダウド著 東京創元社)を先に読んで盛り上がってしまって、特別な感想が持てない状況になってしまいました。軽く読めるけれど,言葉の使い方が今風すぎてついていけないな、中高生とは話ができなくなっているかも、とあきらめにも似た気分になりました。笹森君はかっこいいし、中学生だったらおもしろく読んでしまうのかもしれませんが、軽さと内容の繊細さの微妙なライン上にある作品だと思いました。繊細な内容というのは細野さんの体形にまつわる「ルッキズム」、笹森君は単純にはいてみたかった“スカート”が象徴する「セクシャリティ」のカミングアウトのことです。もう少しそれぞれの心の内をしっかりした筆致で読みたい気持ちがしたし、確実なことが言えないところが中高生らしいのかもしれないし、悩ましいところです。中高生のアイドル的な存在の人の中にも最近では自分に正直に生きる、自分の嗜好/志向を表明する人が増えてきているようなので(例えばりゅうちぇるさん、ぺこさんのカップル等)、重たくならずに多様性の問題を考えるきっかけとするには手に取りやすい本だと思います。

雪割草:読みやすかったです。ひとつのことについて、違う人物の視点で語る構成で『ワンダー』(R・J・パラシオ著 中井はるの訳 ほるぷ出版)を思い出しました。同じ外見のことでも、服と身体的なこととの違いのためか、『ワンダー』に比べて内容も軽く感じましたし、スカートをはくという行動は勇気がいったと思うし、もっと深いところを知りたくはなりました。でも、他人の目を意識する日本の若者のリアルさは伝わってきました。私も小学校に入ってすぐに、絵の具セットを買うので青を選んだら、全校の女子はみんな赤で、男子はみんな青だったのでいじめられたことがありました。ジェンダーレスな制服より、私服でいいのではと思ってしまいます。

西山:地元の図書館でずっと貸し出されていて,読み返せていません。手元に本がないので、具体的に話せなくてすみません。この作品、高校生が主人公の割に、造本が幼いという指摘がありましたが、中身としては、高校生だからこその物語だなと思い、そこがもっとも印象的だった所です。これが、中学生たちだったら、「ふつうじゃない」同級生に攻撃的に干渉してしまったのではないかと思うんです。『笹森くんのスカート』の高校生たちは、やはり、中学生とは違う「おとな」であって、違いを認めなければならないという価値観を持っています。ですから、排斥などしないけれど、でも確実にかき乱されている。そこが新鮮でとてもおもしろかったです。違いが攻撃される軋轢をドラマにして、「違ってもいいんだよ」というメッセージに行くのではなくて、いろんな人がいることは当たり前の前提なのだけれど、そこでどうしてもざわざわしてしまう自分の正直な現実をまず受け止める物語は、新しい切り口だと思います。

エーデルワイス:楽しく読みました。「ぼくもわかるよ 篠原智也」の章が好きです。思い込みの強い倉内さんが責められても仕方ないところを、それでも倉内さんのことを好きだと思う篠原君はいい子だと思いました。ただスカートをはいてみたかったと淡々と言ってのける笹森くんが、本当の理由が従妹のためだということが分かり、推測していなかったので新鮮でした。最後のバンド演奏でバンド名「スカーツ」で全員スカートをはいてのステージは素敵です。「きみなら話せる 西原文乃」の章には、二人の母、母親と同姓のパートナーの話がでてきます。『君色パレット(2)いつも側にいるあの人』(岩崎書店)の中にあった、いとうみくの「にじいろ」と同じ設定ですね。私の中高は普通の公立でしたが、北国のせいか女子はスカートのみということはなくスラックスをはいても全くかまいませんでした。また昔はそれほど服を買えなかったように思います。私など高校まで服を買ってもらえず母の手作りの洋服を着ていました。そういう意味では制服は、昔は必要だったのかもしれません。

アンヌ:去年の九月くらいに一度読んだのですが、LGBTQXに触れているようで触れていないような話で、最後に「笹森君がなぜスカートをはいたのか」という種明かしもされていないなと思って、がっかりしました。でも、こうやって皆さんのお話を聞いていると、主題はそこではないのですね。今回読み直してみると一応は、いとこの真緒が制服を選ぶには強制的なカミングアウトのような状況に追い込まれると知って不登校になった。その苦悩を知るために、あえてカミングアウトと誤解されるようなスカートをはいたのだと語られていました。でも、「スカーツ」の演奏を聴きに行った真緒は、突きつけられた自分自身への疑問や学校の体制への不満から、果たして自由になれるのかな?などと、いまだに思い悩んでいます。

ルパン:おもしろく読みました。残念なのは、最後の笹森君のところがほかの子のところほどおもしろくなかったこと。「笹森君」は、それまで、みんなの目からミステリアスに描かれていたので、最後まで出てこないほうがよかったかも。まあ、ないならないで文句を言われるだろうから仕方ないですが。出すなら思いっきりドラスティックな理由でスカートはいたか、逆に「え、それだけでそこまでやっちゃうの?」という肩透かしくらいならおもしろかったかな。中途半端に優等生な理由で、おもしろくなかったです。それならいっそ冒頭に出しちゃって、「たったそれだけのことなのにまわりがめちゃくちゃふりまわされる」というほうがよかったかも。

まめじか:笹盛くんは苦しんでいるいとこを見て、スカートをはくってどんな感じなんだろうと思って、はいてみるんですね。笹森くんがスカートをはく経緯が、少し軽いのではないかという意見もありましたが、私はこの軽やかさがいいと思いました。理解してあげなきゃって思いつめると、みんなが息苦しくなってしまうので。さわやか男子の笹森くん以外の登場人物も、眼鏡を取ったら美少女とか、声が高くて人気のある女の子とか、少女漫画っぽさが少し鼻につく感じはありました。

ハリネズミ:この作品はジャンルからするとエンタメだと思んです。LGBTQとか、友人関係の問題を深く追求しているわけではない。でも、エンタメでこういう作品が出ることがおもしろいし、とってもいいなあ、と思います。他者の立場になってみるためにちょっとやってみました、っていうのも新鮮でした。マイノリティの描き方にしても、深く考えるばかりじゃなくて、さりげなく出てくる作品も必要だと思っています。たとえば、椎野直弥さんの『僕は上手にしゃべれない』(ポプラ社)は吃音の中学生が主人公で、自分の悩みや困難や、それを乗り越えていく過程を語っていきます。つまり吃音の克服をメインテーマにしてその問題と正面から取り組んでいます。一方ヴィンス・ヴォーターの『ペーパーボーイ』(原田勝訳 岩波書店)も同じ年頃の吃音の少年が主人公ですが、吃音は作品の多様な要素の中の一つにすぎません。でも、伝わるものはあるし文学としてもすぐれています。LGBTQにしても、翻訳作品だとさらっと登場する場合が多いですよね。そのほうが多様な世の中をあたりまえに感じることができるような気もします。
それから制服なんですけど、最初は私も制服をジェンダーレスにするより撤廃したほうがいいと思ってたんですけど、貧困問題の側面から考えると、そうばかりも言えないような気がしています。制服だと「あいつ1週間同じ服着てるよね」と言われたりはしない、ということもあるかと。私自身は制服は大嫌いですけど。

雪割草:通っていた高校が旧制男子中学校だったので、男子だけ制服で女子は私服でした。でも、制服がほしいというニーズもあり、今は女子の制服もできたと聞いています。

すあま:経済状況との関わりでいうと、逆に制服が高いので私服にしてほしいとの声もあり、制服のリサイクルもあるそう。制服があって同じ格好をしている方が安心とか、おしゃれな制服で学校を選ぶというのもあり、制服はなくならないのかもしれません。

(2023年03月の「子どもの本で言いたい放題」の記録)

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