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ぼくの弱虫をなおすには

トレーラーハウスに住む金髪の男の子と、茶色い肌の女の子が話している
『ぼくの弱虫をなおすには』
K・L・ゴーイング/作 久保陽子/訳  早川世詩男/絵
徳間書店
2021.07

きなこみみ:恐ろしいいじめっ子と同じ校舎になるのが怖くて、5年生になりたくない弱虫の男の子の話で、同じようにものすごく弱虫だった私は非常に共感しながら読んでいったんですけど、どんどん深い人種差別の話になっていって、いい意味で思いがけない読書になりました。設定が1976年なんですね。ベトナム戦争が終結して、アメリカの敗戦が決まった年で、ある意味、アメリカが、富と強さに満ち溢れていた時代の曲がり角。「強さ」への絶対的な信頼の曲がり角、ともいえるのかもしれないと思いながら読みました。
ゲイブリエルは、ありとあらゆるものが怖くって、フリータのことを、とても強い子だと思っているのだけれど、白人なので、黒人であるフリータが抱えている恐怖には気づかないんですね。でも、物語が進んでいくうちに、フリータの抱えている恐怖のほうが巨大で、ちょっとやそっとで覆らないものだとわかってくるんです。印象的なのはp125の、ゲイブリエルが、恐怖で勢いあまってムカデを踏みにじって殺してしまうところ。軍事力の強化が、どこまで行っても終わらない、イタチごっこになるように、強さというものって、弱さとか恐怖と深く結びついていて、それが人間の古い脳が起こす反応とも結びつく、厄介なものなんだなと思ったりしました。はじめは怖がっていたクモには、名前をつけて飼っているうちに、エサになるコオロギなんかもつかまえてやったりするシーンがあるように、怖くなくなっていくんです。苦手だったフリータのお兄ちゃんのテランスも、遊んでもらったり、言葉を交わすようになったりして、怖くなくなります。「知る」ということと恐怖には強い関係があるんですね。ゲイブリエルは、差別のことを知るたびに、自分の弱さと向き合えるようになります。強さとは誰かを屈服させることではなくて、パパとフリーダのお父さんのように、お互いの弱さや不安を共有して、ネットワークを構築していくしなやかさのことなんだということが、とてもよく伝わってきて読後感も爽やかでした。

エーデルワイス:表紙の絵が好きです。そのイメージで読み進めていくといい意味で裏切られました。主人公のゲイブリエルの弱さ克服、いじめからの脱却のお話かと思っていると、ガブリエルが頼りにしている、いつも助けてくれる親友の女の子フリータの黒人差別の話になっていくところが見事です。p112、11行目のフリータのママの台詞「何やっているのかしら。知らない方がよさそうね」とありますが、二人のことを見守るフリータのママが素敵です。同様にガブリエルのママも素敵。フリータは人の善意を信じ、いじめっ子のデュークの父親に会いに行きますが、差別主義者の大人が子どもに対して「KKK」(クー・クラックス・クラン)で脅かすシーンには胸が痛くなります。人間同士が理解し合えないことや、大の大人が子どもをいともたやすく傷つけることにいったいどうしたら良いのだろうと。p243でガブリエルが「デュークとフランキーのことを考えた。二人のことはもうこわくないし、おこる気持ちにもならない。それに、かわいそうだとも思わない」と、言い切るところがよくて、読後感がいいです。

西山:ゲイブリエルが幼すぎるように感じて最初は乗れなかったのですが、まさか、黒人差別がこのように出てくるとは、びっくりしました。読めてよかった1冊でした。ゲイブリエルが「ぼくがテランスと話してみたみたいに、フリータもデュークのお父さんと話してみたほうがいいんじゃないかな。」(p174)という提案には、二重の意味でひやひやしました。話してみることの危険性と、もし「話してみればわかり合える」という展開になったら甘くていやだなと……。パトリシア・ポラッコの『ふたりママの家で』(中川亜紀子 訳 サウザンブックス社)にも、決して理解を示さない隣人が出てきますが、KKKでは次元が違うとは言え、わかりあえない他者の存在を突きつけたるところはすごいと思っています。p206の「わたしがこれまでに学んだのは、人はだれも立ち向かってこないとわかると、どんなことでもするようになるということです。しかし相手が束になって立ち向かってきたら、何もできなくなるんですよ」というフリータのお父さんのことばなど、心に留めたい大事なメッセージだと思います。ところで、「みみずをくわせる」いじめが、以前も何かで出てきましたよね。また出てびっくりです。翻訳作品で、生徒間の暴力などいじめに対する処罰の厳しさに日本との違いを感じたことが何度かあるのですが、これは1976年という時代もあるのでしょうか。

ハル:最近読んだ、人種差別を考えさせてくれる本の中で、いちばんストレートにおもしろかったです。どれだけ差別が怖いか、悲しいかを素直に想像できました。と、前置きした上で。最初は、こわいものリストを作って、頼もしい親友の力を借りながら克服していこうという、ひと夏の大冒険がはじまる予感にわくわくしたのですが、途中まではどうも目がすべりがちでした。どうして1976年の設定にしたんだろう、どうして1976年の話をいま読ませたいんだろう、最近のことのようでいて50年近く前の話なので、家のつくりとか文化のこととか、わかるようなわからないようなところも多くて、ちょっとつっかえちゃうんだよなーと思いながら読み進め、後半になったら合点がいったという感じでした。たとえば出だしに「これはぼくの子どものころの話で」とか、ちょっと回想風にしてくれたら、時代のことも気にならずに入れたのかなぁ? ちょっともったいない感じがしました。

ルパン:一気に読みました。実在の政治家や政党の名まえが出てくるところがすごいなと思います。日本の児童文学作品ではまずありえないだろう、と。ただ、ジミー・カーターのことを書きたかったのかもしれませんが、なぜ1970年代の話にしてしまったんだろう、というところが惜しまれます。KKKの恐ろしさなども、あとがきには「今もいる」とありますが、この作品だけ読んだ子は「これは50年前の話で、今のことではない」と思うのではないでしょうか。せっかくここまで書き込むのであれば、舞台を現代にして、もっと身近な問題としてとらえられたほうがよかったのではないか、と、もったいなく思います。このお話のなかで、いちばんよかったのは、ゲイブリエルの「こわいもの」のひとつであったフリータのお兄さんのテランスが、「自分で台無しにするなよ」と、フリータの「わたしがこわいもの」リストをゲイブリエルに渡すシーンです。

アンヌ:なかなかつらい年の始まりの中、ここ以外のどこかに行ける海外文学を読むのはとても楽しいことでした。この物語には、いかにもアメリカ南部らしい楽しさがあります。例えば、p58の「どんな暑さにもへこたれないオクラの実」というたとえ方。オクラは南部料理のガンボには欠かせない野菜ですよね。p100の木に登ってペカンの実を割るところも、なっている実をそのまま食べられるとは知らなかったので、うらやましい。p104やp155のフリータのママが作る南部料理も想像するだけでおいしそうだけれど、作者がメニュウをゲイブリエルの家だと3品、フリータの家だと10品と書いていて、二つの家の経済的格差を示しているのには少々喉に詰まる思いもしました。そして、注も豊富でわかりやすい。例えばp177のチェリーパイ。これが独立記念日の定番デザートなのを初めて知りました。怖い物リストに「ワニ」があるところや、「サルオガセモドキ」なんて植物が出てくるところも、アメリカ南部らしい情景だなと楽しめました。子どもたちもp114で、アメリカでは6月1日にはもう夏休みが始まっているのだということを知って驚くだろうと思いました。ゲイブリエルの両親は貧しいけれど愛し合っているし、父親は図鑑を持っていたりして向上心がある人で、「ニガー」発言に対してきちんと意見を言う。変わりつつある時代というのは、こういう一般市民が増えていったからなのだと思えました。けれど同時に、KKK団という今に続く差別し暴力を振るう人々もいて、さらに、ブラックパンサーのように彼らと戦う人々がいることも書かれています。KKKの白頭巾のように、顔を隠すことで恐怖を与えるヘイト行為の卑怯さを、暴力ではなく集会という形で表にさらしていく行動には希望を感じました。また、p162の「抑圧」という言葉が語られる章では、ゲイブリエルは最初その言葉の意味を軽いものだと思っていたんです。でも、「抑圧」とは、「だれかを無理やりおさえつけることだ」と聞いて、自分の父親から聞いた、ジミー・カーターが白人市民会議に、人種差別を続ける仲間に入れ、そうでないと倒産させると脅された話を、思い出すんです。そして、ジミー・カーターの辛さを、フリータたち黒人の側から置き換える、「まわりは敵だらけでどんな気持ちだったんだろう」という想像をして、その言葉の真の意味を捉えて、フリータの家族との連帯感が生まれます。ここで、この物語はゲイブリエルが怖さを克服するだけではなく、人間として成長していく話なんだと感じることができました。ちょっと愛という言葉で最後をまとめすぎたのは、いかにもアメリカ文学という感じで答えを言い過ぎ的な感じもしなくはないけれど、これはこれでいい物語だと思いました。

かはやぎ:最初は、弱虫をなおすために怖いものリストを作るという読者に身近な話題から入って、だんだん深くて重い、現実の怖い話に導いていくという構成が見事だと思いました。早川世詩男さんの明るい表紙も、「おもしろそうな話だな」と手に取りやすくて、とてもいいですね。ジミー・カーターなど実名をあげて、それほど遠くない、現実に起こったことを書いているところに、ある意味ショックを受けました。今の日本には、とてもここまで掘りさげた作品はないのでは? 出版社の意向や、身近なことを書きたいという作家の方たちの考え方もあるのかもしれませんが、ひとつには、日本が歴史を大切にしない国だから、児童文学として思いきってかけないのでは? 関東大震災のときの朝鮮人虐殺についても、官房長官は公文書が無いから事実かどうかわからないという趣旨のことをいうし、ジャーナリストたちが日米関係のことについて調べるときに、日本に資料がないからアメリカの公文書館で調べるというような情けない話も聞くし……。
表紙もふくめたイラストや丁寧な訳注など、とても神経の行き届いた編集だと感心しました。大人の私も、あらためて勉強させてもらいました。

花散里:黒人問題を取り上げた本としては『オール★アメリカン★ボーイズ』(ジェイソン・レノルズとブレンダン・カイリー著 中野怜奈訳 偕成社)など良いYA作品がありますが、この本は黒人問題や人種差別、アメリカの政治についてなど、文中に注がしっかりと入っていて小学生にも理解ができるように書かれているので、小学校高学年から読めると思いました。
主人公ゲイブリエルが受けるいじめ、いじめっ子の上級生デュークの父親が、親友の黒人の女の子フリータを「ニガー」と呼ぶなど、黒人差別について、そしてトレーラーハウスが集合する地域での生活についてなど、貧困、経済格差や、社会的背景も描かれていて、特にデュークの住むトレーラーなど、日本の子どもたちが知らない世界なのではないかと思いました。外国文学を読んで異文化を知るということにも繋がっていくように感じます。いじめを取り上げている章では、フリータの関り方などに希望が感じられて、読後感が良かったです。表紙はどうかと思いましたが、本文中の挿絵が良いと思いました。いろいろな問題を克服していく成長が描かれていて、子どもたちに薦めたい本だと思いました。

ANNE:主人公が住んでいるトレーラーハウスというものに馴染みがないので、うまくイメージできませんでした。キャンピングカーのように実際に走るものではないのでしょうか? ゲイブリエルがずっと5年生にならないと言い張っていて、本当に進級しないという選択肢があるような書き方だったので、アメリカでは本人の意思で留年するなんてこともありなのかしらと思いましたが、そんなことはないですよね? ゲイブリエルが受けるいじめの情景がさらっと描かれていますが、ミミズを食べさせられるなど本当にひどい目にあわされていて、心が苦しくなりました。ゲイブリエルを含め周囲の登場人物も成長しているので、「ぼく」だけではなく、みんなの弱虫がなおっていくようなイメージも持ちました。
早川さんの挿絵が本当にお上手で、物語とは別に楽しんで拝見しました。中でもニクソン元大統領の絵が、ちょっと笑ってしまうくらいそっくりでした。

アカシア:同じ著者の『ビッグTと呼んでくれ』(浅尾敦則訳 徳間書店)を読んだ時に、なんとなく男性が書いている本だと思いこんでいました。なので、長靴下のピッピタイプのフリータという少女が出てきたとき、男性の作家が女の子をエンパワーする本を書いているのは珍しいな、と思ったんです。でも、じつは女性作家でしたね。フリータが最初に登場する場面では、黒人だと定義するのではなく、顔についたチョコクッキーのくずが目立たない、という表現をしてるんですね。そこもいいなあ、と思いました。アフリカ系の強くてたくましくて大柄な女の子と、弱々しい白人のいじめられっこの男の子が親友になるという設定は、日常生活の中ではそうそうないのかと思いますが、それを敢えて出しているところにステレオタイプを壊そうという作者の意図を感じます。ゲイブリエルは、いじめの終わらせ方が分からなくて、「世界中のお金を集めて二人にわたすくらいしかないよ」と最初は正面から立ち向かう気がまったくないんですね。それが、フリータとの交流の中でどんどん視野が広がっていくのが面白かったです。なぜこの時代を舞台にしたのかというと、ジミー・カーターを登場させるためかもしれません。語り手のゲイブリエルも、人種差別に反対するスピーチをしようとどきどきしているお父さんも白人で、著者も白人だとすると、人種差別的な「白人市民会議」に町でただ一人入らなかったカーターは、勇気をくれる存在として欠かせない人物かと思いました。結果として白人の中の多様性を描いていることにもなります。
ゲイブリエルのお父さんはブルーカラーで貧しい人ですが、子どもにわかりやすく政治の話をしていることに感銘を受けました。日本の出版社の中には政治は児童文学でとりあげないように新人作家を指導している社もありますが、それって、政治に無関心な人が多くなる一つの要因かもしれません。英語圏ではいろいろな形で作品の中に政治あるいは政治への関与が出てきます。要は書き方だと思うんですよね。このお父さんの人柄は、KKKを引き合いに出して脅されたフリータを抱きしめて涙を流しながら「いい子、いい子」とささやき続けるんですね。すてきな人ですよね。
フリータが、いじめっこの住むトレーラーハウスを覗きに行くところなど、勇気があるとも言えますが、危険じゃないのかな、と心配にもなりました。前回のこの会で話に出たエメット・ティルより時代は後ですが、黒人が理不尽に殺される事件はその後も次々に起こっているので。フリータのお兄さんが自分の身を守るためにボクシングの練習をしたり、ブラック・パンサーに憧れたりするのはよくわかります。先ほどトレーラーハウスについての疑問が出ましたが、英語圏のほかの作品にも比較的貧しい人たちが住む家としてよく登場してきます。表紙の絵ではタイヤを外しています(裏表紙にタイヤが描かれている)が、タイヤをつければ移動もできるのかと思います。

しじみ71個分:第一印象では、早川さんの表紙の絵がとてもいいなと思いました。この本には、友情や家族の問題が、とても温かな視点で、やさしいことばで書かれているので、アメリカの歴史を知らない子でも、中学年くらいであれば届くのではないかなと思いました。先月の読書会で取り上げた『ゴースト・ボーイズ』(ジュエル・パーカー・ローズ 著 武富博子 訳 評論社)では、いまだになくならない人種差別の問題を、1955年に起きたエメット・ティル殺害事件から説き起こした、非常につらい物語でしたが、あの事件をきっかけにアメリカ社会が変わり始めたわけで、その変わり目の1970年代が社会背景として描かれている点に、とても興味を持ちました。白人、黒人の別なく、差別に違和感を持つ人がいる時代になったということで、ジミー・カーターの存在が大きく関わっていたということも全く知らなかったので、大きな学びがありました。差別の問題はさまざまな形で伝えなければならない問題であって、子どもたちのハートにどう落とし込むかは極めて難しいことだと思うのですが、この本は少年が恐怖を乗り越えるという自分事を解決していくなかで、友だちのこと、社会のことに気付いていくという構成になっていて、非常に巧みでいい本だと思いました。黒人のフリータの家は裕福で、白人のゲイブリエルの家は貧しいというように、経済的な面では過去と比較して、逆転構造で描かれていますが、フリータは人種差別によって苦しめられるという設定も効果的だと思います。フリータとの友情や家族の愛情に励まされて、ゲイブリエルが実態を知っていくことで怖い物への対処を知り、恐怖を乗り越えて変わっていくというこの展開は、恐怖をどう理解するか、乗り越えていくかを子どもに伝えるのにとてもいいなと思いました。子どもの成長をストレートに喜ぶ、子どもへの応援の物語だと思います。教科書的かもしれないと思わないでもないですが、「正しい」物語、正論を正論としてきちんと伝えていくというアメリカの姿勢が感じられて、好きです。こういった正論の物語を踏まえて、次の複雑なステップに踏み出していけるのではないかなと思いました。

キマリテ: アメリカの人種差別をテーマにした小説って、マーティン・ルーサー・キングの時代、もしくはそれ以前、あるいは逆にごく最近の年代のものが多いと思うのですが、この話は70年代で新鮮でした。ジミー・カーターは、子どもの頃、漠然と好感を持っていた大統領だったので懐かしかったです。KKKがどんな残虐なことをやったか、具体的な表現はないのに、恐ろしさがよく伝わってきて、秀逸だと思いました。また、人種差別ということを別にしても、苦手なもの、怖いものがある子どもに、親近感を持って読まれる小説ではないでしょうか? 序盤にリストの38項目の一覧が表示されないことが不満で、もしかしてラストにあるのかもしれない、と期待していたらそのとおりになって嬉しかったです。また、クモのジミーにエサをあげる場面がないので、ちゃんと世話をしているのか、生きている虫をあげるなんてことが弱虫のゲイブリエルくんにできるのか?と思ったら、p223で「ジミーの夕飯用にコオロギをさがしていた」と出ていて、安心しました(笑)。敢えて言えば、物語の終盤、ゲイブリエルがどんどんたくましくなってきている気がしたので、p214あたりでやっぱり5年生にならないと主張しているところで若干ずっこけたというか、もう少し本人がそう感じる背景を説明してほしかったかな、と思いました。

アカシア:訳ではp205に「うちの主人」という言葉が出てきます。たぶん多くの翻訳者が今は「うちの夫」と訳すと思うんですけどね。もちろんhusbandをすべて夫と置き換えることはできませんが、ここはできるんじゃないかな。訳語も、やっぱりどんな社会にしていきたいのかということも考えながら選んだほうがいいと思うんですよね。それから、さっきp243の「愛してくれる人がいれば、何もこわくない」というところをお定まりの結論とおっしゃった方がありましたが、これは小学生のゲイブリエルの思いであって、おとなのお父さんはp203で「KKKの存在を消すことはできない。人が恐怖を感じるものの中には、克服できない、打つ手のないものもあるんじゃないでしょうか」と言ったりもしていて、もっと胸中は複雑なんだと思います。社会制度と関わる部分もあるし。だとすると、訳者あとがきでp250「人種をはじめとした、おたがいの『ちがい』によるわだかまりは、心のもちようで、なくしていけると言えるのではないでしょうか」という訳者のあとがきは、すばらしいけどちょっと安易で気になりました。

しじみ71個分:私も最後にひとこと付けたしたいです。たしかに簡単に克服できない問題もありますが、投げ出さずに考え続けることが大事ということが伝わればいいのではないかなと思います。文中に、投げ出さないのがぼくの誠実さだという、ゲイブリエルのことばがありますが、私はこのセリフが好きです。難しい物事への向き合い方をとてもよく言い表していて、本当に大事なことだと思いました。

(2024年01月の「子どもの本で言いたい放題」より)

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ゴースト・ボーイズ〜ぼくが十二歳で死んだわけ

『ゴースト・ボーイズ〜ぼくが十二歳で死んだわけ』
ジュエル・パーカー・ローズ/作 武富博子/訳
評論社
2021.04

ハル:胸の痛くなる事件で、読んでいて心臓がばくばくしましたし、つらかったです。おばあちゃんがカルロスを憎まなかったところが、とても大きいと思います。もちろん、「お前がそんなものを渡さなければ!」と一瞬憎んだとしても、責められないですが、そこを乗り越えていけたところに希望を感じました。「最後の言葉」の「証人となれ」は、作者あとがきを読むまでは、わかるような、わからないような……? あと、大事なことだというのはわかるのですが、巻末の「参考となる質問」は、言葉は悪いですが正直、だいぶ圧が強いというか、疲労感がわいてしまったというか、若い読者にとってもかえって読後の気勢を削がれてしまうように思いました。

アカシア:最初に読んだときは、誰のセリフかな、と頭をひねる箇所があったり、ニュアンスが良くわからない箇所があったりして、そこが気になったし、巻末に質問があるのも気になって、これは結局文学ではなく、教育的な意味の強い啓蒙の書だなあと思ってしまいました。
誰のセリフがよくわからない箇所については、おそらく編集方針のせいで、会話のサンドイッチ方式のところが(たとえば[「A 」と、トムは言った。「B」]となっている外国語ではよくある書き方では、AもBもトムのセリフなのですが、本書の日本語ではこれが3つに改行されている)ネックになっていると思いました。改行を多くするのはいいのですが、だとすると訳でもわかるように言葉を足さないとまずいのではないかと思います。ニュアンスがよくわからなかったのは、p82の「やっちゃだめ」p92の「それ以上言うな」p117の5−6行目、p142の「真実が感情だった場合、どっちも真実になるんだろうか」などです。p93の「緊急支援もしてる」は「緊急支援も受けてる」かなあ、と思ったり、p172の「それではまにあわなかった」は文脈的には「それでもまにあわなかった」かなあと思ったりもしました。
ただ、今回もう一度読んでみると、最後の「参考となる質問」さえなければ、BLM(ブラック・ライブズ・マター)の問題を、生きている側と死んでいる側の両方から見た骨太の文学とも言えると思いました。著者もアフリカ系の女性で、やむにやまれぬ思いで書かれたのかもしれませんね。

wind24:BLMの問題を正面から取り上げ、その中から生まれた物語ですね。友人から借りたおもちゃの拳銃を手にして遊んでいたジェロームが白人の警官にいきなり発砲され殺されてしまいます。その後ゴーストになった彼がこれまで殺されてきた黒人のゴースト少年たちと一緒にさまよいながら、人種差別の現状を変えようと、彼らが見える人たちに働きかける設定が面白いと思いました。ジェロームに発砲した白人警官は善良な人だと思います。それは彼の娘セアラが繊細で気持ちの優しい子に育っていることや親子関係からも推測できます。しかし同時に根強い黒人への偏見を持っていることも分かります。倒れたジェーロムに対して人命救助をせず、その場へ置き去りにしたのは黒人の命を軽んじているからだろうかと思いました。また人種差別からくる発砲の後ろめたさがあったのでしょうか。
p202、p205、p207に「怖い」という言葉が連発して出てきますが、これは白人が黒人を怖がっていると取れるところが興味深いことでした。p195でジェロームの友人におばあちゃんがかけた言葉「…おこってしまった間違いは、とりかえしがつかない。正しくやりなおせるように、がんばるしかないんだよ。だれもがね」に救われる思いがしました。

アンヌ:見事な出来の本だと思うのですが、私も読み進めるのがつらくて。おばあさんが、無事学校から帰ってきてほしいと言う言葉とこれから起こることを思うと。でも、セアラが出てからは、ちょっとホッとして読んでいけました。この話では幽霊の言葉を聞ける人がそれぞれの時代にいたという設定ですが、どの時代にも死者の声なき声を聞いて異議を唱える人がいたということを、セアラを通して書いているのだと思います。ただ先ほど、アカシアさんがおっしゃったように、最後の問答集のせいで、教育者が教育目的で書いている感じがしてしまいました。ここまで著者の意図が書かれているものは、ない方がいいと思います。幽霊たちの世界という物語としての面白さが、興ざめになってしまう感じです。

きなこみみ:とてもつらかったけれど、目をそむけてはいけない物語だとも思いました。『ザ・ヘイト・ユー・ギヴ〜あなたがくれた憎しみ』(アンジー・トーマス 作, 服部理佳 訳 岩崎書店)『キャラメル色のわたし』(シャロン・M・ドレイパー 作 横山和江 訳 鈴木出版)など、警官による黒人の若者への発砲事件をテーマにした物語はいろいろあるけれども、まさに真正面からこのテーマに取り組んだ作品だと思います。子どもたちとテキストとして読むのにいいと思います。主人公のジェロームをゴーストにしたのは、この問題が長い長い黒人差別の歴史の上にあること、いまだにそのレイシズムを克服できない怒りからだと思うのですけれど、p178の、ゴースト少年たちが皆で、「不公平だ。まだ死にたくなかった。はやすぎた」と叫ぶシーンに胸が詰まります。しかし、この物語は告発だけではなくって、警官の娘・セアラの視点を入れてあるんですね。ひとつの事件を多角的にとらえることで、どんな立場にいる人も、自分の問題として考えるっていうことができるように構成してあるのも、よく考え抜かれているなあと思うんです。
この作品は、現在と過去が入れ子になっていて、昔の南部の差別の実話も描かれているんですが、エメット・ティルが、白人の女性の手に直接硬貨を乗せた、あれだけのことで、あんなに酷い殺され方をするところが非常にショッキングでした。怖すぎます。ただ、『キャラメル色の私』は、主人公の少女がとっても魅力的で、物語として作品に引き込まれたんですけど、まあ、始めに主人公が死んでしまうのもあるんですが、物語にうまく入り込めない部分もありました。結末とテーマが最初に与えられてしまうことに、子どもたちがどこまで耐え抜けるかな?という気もしたり。最後の問答集が、みなさんもおっしゃるように圧が高いこともあって、物語のテーマが、物語を読む面白さを上回る感じを与えてしまう気もします。でも、レイシズムは他人事では決してない、まさに、今考えるべき自分たちの問題で、そう言う意味ではとても大切な作品だと思います。

雪割草:いくら読み進めても、作品に入りこめませんでした。会話が多く描写は現在形で、ひとつの文が短く、つながっていなくて、台本を読んでいるように感じました。訳も気になるところ、わかりにくいところが多々ありました。例えば、p89では「人種バイアス」という言葉を使っていますが、あとがきのp232で「人種的偏見とは何でしょうか(八九ページ)」と別の言葉で同じ箇所を指摘しているのは、わかりにくいと思いました。p93の「冬の暖房代の緊急支援もしてる」は「支援を受けている」の間違いだと思うので、重版があれば直した方がよいと思います。p91の「ふたりとも」の使い方やp211の「どっちの家族も」はどの家族か明確でなく、他にも主語が抜けすぎているように感じました。それから、セアラは優等生すぎるのでは? アイディアは面白いと思いましたが。

しじみ71個分:BLMを扱った本としては、本当にド直球で、胸をえぐるような内容でしたが、私は非常に重要な本だと思って受け止めました。構成も練られていて、読みごたえがありました。12歳の少年ジェロームが殺されて幽霊になったところから始まる物語なので、重たくて、非常につらかったです。私は、この本を読むまでエメット・ティルの事件を知りませんでしたが、少しネットで調べてみただけでも、エメットがむごたらしく惨殺された事件が大きく全米を揺るがし、公民権運動を推進する原動力にもなったということが分かりました。この物語の中でも、幽霊のエメットは黒人差別、黒人への暴力の象徴として描かれていて、重要なポイントになっていると思います。また、白人の女の子セアラが、警官の父が、ジェロームを殺害した事実に向き合い、父の心を変えていくところは、本当にそうあってほしいと思わされました。
作者の書いた「生きている人しか世の中を変えられない。」というメッセージは大変に重要だと思います。また、そもそも学校でのいじめがなければ、ジェロームは死なないですんだ訳で、憎しみの連鎖の芽を小さなうちに摘むということも大事なんではないかと感じました。私も、短い会話の言葉が続くところはちょっと良く分からなくなってしまって、所々誰が何を言っているのか混乱してしまいました。そのために読みが妨げられてしまったので、もう少し翻訳の工夫で分かりやすくできたのではないかなと思いました。ですが、本から伝わるメッセージはとてもパンチが効いていて、ド直球なので、若い人が読んでも分かると思いますし、ぜひ読んでもらいたいと思いました。あと、巻末に付された16の質問は、けっこう難しくて、これを授業で質問されたらすごく困るなと思ってしまったので、なくてもよかったなと思いました。

ネズミ:知らなくてもよいとは思わないのですが、アメリカの読者にはよくても、日本の読者には理解しにくい作品だと思いました。物語のいちばんの鍵になる、おもちゃの銃を持っていたことがこのような事故につながるというのが、銃社会ではない日本の読者にはピンとこないのでは? 死んだ僕と生きている僕が、交互に出てくるというつくりは、おもしろいと思いましたが。読者を選ぶ作品だと思い、誰にでもすすめるのは難しいかなと。

さららん:BLMに関する本を読んだり、情報を得たりしてきた大人には、この本を読み始める基礎知識があります。さほど長くない文章量の中で巧みに構成された、読み応えのある物語でした。ただ最初の1冊として、アメリカの問題をあまり知らない日本の子どもたちに広く薦めるのは、やはり少し難しいように思えます。物語を読みこなす前に、複雑な現実がつらくなってしまうかもしれません。死んでしまったジェローム(ぼく)を主人公に、歴史的にも知られたエメット・ティルを始め、これまで差別や偏見により殺された少年たちを「ゴースト・ボーイズ」というひとつのグループにして、これから生きる人たちのより良い未来につなげようとした点が面白く、ありそうでなかったストーリーだと思いました。p67で、加害者の警官の娘セアラが、死んでしまったジェロームに「きのどくに」と声をかける部分は、ほかに訳しようがなかったのかもしれませんが、少し軽く感じられました。学校でいじめられていたジェロームが、死んだあとセアラに対して少しいじめっこのような態度を取ってしまい、それを自分でも意識しているところになどに、人間関係を固定的なものでなく、相対化しようとする作者の視点を感じます。そのことは、最後にセアラが父親と和解する場面(p210)を用意し、そして「これが見たかった。聞きたかった。セアラと父親の両方から」とゴーストのジェロームに言わせる場面にもつながり、単純な善悪に終結させず、憎悪や怒りを越えたところまで考えさせる作者の姿勢が読み取れました。

ルパン:この作品には、みなさんおっしゃるとおりツッコミどころはたくさんあるんですが(わたしも、「ゴースト」になった主人公が「消え」ているときはどうしているんだろう、とか不思議に思いましたが)、こういう物語を日本の子どもたちに紹介するのはとても意義のあることだと思います。日本にいては書けないことであり、このような物語を通しででないとなかなか知る機会もないことだからです。それが翻訳児童文学の使命だとも言えます。登場する犠牲者たちが、主人公ジェロームを除いてみな実在の黒人の子どもであったことが本当につらく、重いことだと思いました。
この作品は、ただの「横暴な白人警官と虐げられた黒人の犠牲者」というステレオタイプに終わらず、白人警官も玩具の銃を持った子どもを体格のいいおとなのギャングと見間違えるほど恐れていたこと、差別されている黒人同士の中にもまた差別やいじめがあること、などが立体的に描かれていて、いろいろ考えさせられました。

ニャニャンガ:日本で刊行する意義のある本だと思いました。残念ながら物語に入り込みにくかった理由は、みなさんの感想をうかがっているうちにわかってきました。本文後にある「質問」は原書にはあったのかもしれませんが、教育的に感じてしまうので邦訳では入れないほうが作品としてよかったと思います。

エーデルワイス:今回の本はサークルKさんと選びました。今回の2冊はあまりにも違いますが、サークルKさんがとてもよいテーマを考えてくださり感謝しています。
「ゴーストボーイ」の表紙を見た瞬間に内容が分かりましたから、本当に読み進めるのがつらかったです。きちんと読み進め、現実の問題として作品と向き合えました。冒頭でおばあさんが毎朝学校に行く前のジェロームに「無事に帰って…」と言うところは、本当に命がけの毎日が伝わってきて心が震えました。最後の質問コーナーは興ざめでしたが、読書感想文のためかもと思ったりしました。この本の中でゴーストボーイとして出てくる1955年白人にリンチされ殺害された14歳の黒人少年エネット・ティルの映画「ティル」が公開中です。観るのには覚悟がいりますが、見ようと思っています。

サークルK:今回は選書の担当でしたが、この本を選ぶのはとても心が重くなり勇気が必要でした。それでも、現実の世界で起こっているBLM問題を児童文学作品として提起しているこの本は重要な1冊になるだろうと思われました。テキストの形式として、最後に国語の教科書のように設問が付いているのは、このような題材の本の場合、クラスで話し合ったりするときに有益だろうと思います。読んですぐはなかなか考えがまとめにくい作品だろうと思うので、このような設問をきっかけに(もちろん全部答える必要はないし、正解を求めるというより、どんなことを感じるかを共有できる場を提供する材料として)素直に感想を話し合えればよいと思いました。教育者でもある作家ということで、物語の展開が道徳的になりすぎるのではないかと心配しましたが、私にはあまりそれは感じられなかったです。
作品そのもので特に心に残ったのは、「黒人が怖い」というセアラの父親と「学校へ行くのが怖い」と言ったカルロスのそれぞれの思いです。白人で警官というアメリカ社会で権力を握っている立場の大人が、犯人を「大人だと思った」(p139)とか「(背中から撃ったにもかかわらず、ジェロームが前から)襲撃してくるようだった」(p140)といった虚偽の証言をして保身に走るところは、「怖い」という原初的な感覚がこんなにも人を縛り、先制的な攻撃を仕掛ける口実となってしまうのだとあらためて身が震えました。亡くなったジェロームの友人カルロスも「学校へ行く(=白人にいじめられに行く)のが怖かった」(p187)と胸中を父親に吐露します。お互いのことを「怖い」存在だと思っているうちは、頭ではいけないことだとわかっていても拒絶反応は止められない、怖さを乗り越えられないとしてもそこからどういう一歩を踏み出すのか、ということを突き付けてくる重たさがありました。

シマリス: 黒人が白人に撃たれて亡くなる事件は後を絶たないですし、非常に大事な重いテーマを取り上げていると思います。ただ、他にもこういう作品は今、いくつも出てきているなかで、この本は、イチオシしたいものにはならないというか……ちょっとどうなんだろう、と思う部分がありました。まず、幽霊がどういうふうに見えるのか、ルールがはっきりしていないですよね。セアラは幽霊が見える、おばあちゃんは見えないけど感じる、というように、ルールがばらばらでごちゃついている気がします。あと、先輩幽霊のエメットの他は「ゴースト・ボーイズ」とくくられて、肌の色の問題にかかわる幽霊ばかり。他の幽霊は? 世界観全体がよくわかりませんでした。生きているぼくと死んでいるぼくが交互に語るのはいいと思うのですが、一番最後、p220の「生きているぼく」の章はまったく必要ないのではないでしょうか。既にそれ以前に語られていることを、改めて書かなくても、と。それからp106「悲しみにはにおいがあることにも気づいてしまう。かびたクローゼットのなかで、食べ物が腐ってウジ虫がわいてるようなにおい」という表現には共感できなかったです。悲しみって、つらいものだけれど、そんなに拒絶するような悪い感情ではないという気がして……。

さららん:p226の締めくくりとして、「平和を」の一言があり、その言葉に「ピースアウト」とルビが振ってあります。古いスラングで「あばよ」「じゃあね」のような意味なので、英語圏の読者はそのダブルミーニングにニヤッとし、苦いユーモアを感じるところでしょう。日本人の私たちは、ひたすらまじめに重く読んでしまいがちですが、向こうのティーンエージャーには、違う受け止められ方をしているのかもしれません。

アカシア:ジェロームより前に死んだ少年のゴーストの中のひとりは、読んでいるうちにエメット・ティルだとわかります。14歳の時に白人のリンチによって無惨な殺され方をしたエメット・ティルは、アメリカでは多くの人が知る存在で、彼のお母さんはあえて棺を開いて、めちゃめちゃにされた息子の遺体を葬儀の参列者に見せたといいます。ボブ・ディランもこの非道な事件を取り上げて「ザ・デス・オブ・エメット・ティル」という歌を作って歌っています。

しじみ71個分:私も一言、いいたいです。たった14歳の少年に、白人の大人の男性がよってたかって、暴力をふるい、信じられないほどのむごたらしい方法で惨殺した事件が本当にあったということがとにかく衝撃でした。エメットは吃音のせいでうまく言葉が出ないこともあり、白人女性に口笛を吹いてちょっかいを出したというのは全くの濡れ衣だったとあります。なのに、子どもを複数の人間で徹底的に痛めつけ、体を無残に損壊し、殺害するなどということがどうしてできるのか。それは人間性を失っていないとできないことではないでしょうか。そういうことが、本当にあったと伝えていくことは必要だと強く思いました。そしていまだに差別は社会に生きていて、変わってはいないということ、人がこんなにも残酷になれるということを私たちは知っておくべきだと今、思っています。

きなこみみ:エメット・ティルの言葉の発音の仕方が暴力の引き金になったことが書かれているんですけど、関東大震災の朝鮮人虐殺のときも、「アイウエオ」とかいろんな単語を言わせて、うまく発音できない人を虐殺したりしてますよね。他にも、レバノン内戦の際に、マロン派の民兵がパレスチナ人を区別するために使うのは「パンドゥーラ(トマト)」という言葉だ、ということを、岡真理さんが『ガザに地下鉄が走る日』(みすず書房)で書いておられました。暴力って、違う場所で行われていても、どこか似通っているんですよね。世界中のどこを切り取っても、構造的な暴力がある。そこのところを、考えてみるきっかけにもなりますね。

(2023年12月の「子どもの本で言いたい放題」より)

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わたしとあなたのものがたり

『わたしとあなたのものがたり』表紙
『わたしとあなたのものがたり』
アドリア・シオドア/文 エリン・K・ロビンソン/絵 さくまゆみこ/訳
光村教育図書
2022.06

アメリカの絵本。「クラスには、茶色いはだの子どもは、ひとりしかいなかった。それが、わたし」という文章で、この絵本は始まります。「学校で、奴隷制について勉強した時、みんなが、わたしをじっと見ているような気がしたものよ。奴隷たちが大農園で綿つみをさせられたことや、ほったて小屋にすんでいたことや、子どもたちが、ばらばらに売られていったことを先生がはなすと、わたしは消えてしまいたいとおもったわね」

アメリカの学校には、アフリカ系アメリカ人の歴史をふりかえるBlack History Monthが設けられています。アフリカから奴隷が連れて来られてプランテーションなどで強制労働をさせられ、奴隷解放宣言が出てからも差別され、公民権運動が起こり、少しずつ権利を獲得していった歴史を学ぶのです。過去の歴史を学ぶことによって未来をもっとよくしようという意味がそこにはあるのでしょう。でも、そんなとき、肩身の狭い思いをしていた子どもがいることには、私はこの絵本に出会うまでは気づいていませんでした。語り手の「わたし」は、白人の男の子に「リンカーン大統領がいなかったら、おまえはまだ、おれたちの奴隷だったんだぞ!」なんていく言葉を投げかけられたりもしています。

そんな「わたし」が、やはりクラスでたった一人の茶色い肌の娘に向かって、「あなたには、すがたをかくしたり、消えてしまいたいとおもったりしないでほしいの」「どうどうと立って、空高くはばたいていってほしいの。・・・だって、だいじなのは、ほかの人にどう見えるか、じゃなくて、鏡にうつった自分に『なにが見える?』って といかけてみることだから」と語りかけています。

(編集:相馬徹さん 装丁:森枝雄司さん)

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ゴードン・パークス

『ゴードン・パークス』表紙
『ゴードン・パークス』
キャロル・ボストン・ウェザーフォード/文 ジェイミー・クリストフ/絵 越前敏弥/訳
光村教育図書
2016

『ゴードン・パークス』(NF絵本)をおすすめします。

『ヴォーグ』や『ライフ』で活躍した黒人カメラマンを紹介する絵本。貧困や差別によって何度も希望を打ち砕かれそうになったゴードンは、逆境の中で貯めたお金で中古カメラを買い、人生を変えていく。カメラマンとしてだんだんに仕事が増えてきたある時、何を撮ってもいいと言われたゴードンは、差別を受けている側の人たちを次々に撮る。ビル清掃員のエラ・ワトソンが、アメリカの国旗とモップを背にほうきを持って立っている写真は、ゴードンの代表作のひとつだ。セピアを基調にした絵がいい。

原作:アメリカ/6歳から/カメラ、アメリカ、人種差別

(JBBY「おすすめ!世界の子どもの本 2018」より)

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彼方の光

『彼方の光』表紙
『彼方の光』
シェリー・ピアソル/作 斎藤倫子/訳
偕成社
2020.12

『彼方の光』をおすすめします。

時は今から160年前。その頃のアメリカ南部にはまだ黒人奴隷がたくさんいて、報酬ももらえず白人農場主にこきつかわれていた。ある晩、老奴隷のハリソンは少年奴隷のサミュエルを起こし、闇に乗じて2人でカナダへの逃亡を始める。そして、何度も危ない目にあいながらも、「地下鉄道」にも助けられて、旅を続けていく。「地下鉄道」とは、当時実在した、逃亡奴隷を北へ北へと逃がすための人間の秘密ネットワークで、黒人だけではなく、白人も先住民も、宗教上の理由から助けようとする人たちもかかわっていた。この作品にも多様な立場から逃亡を支える人々が登場する。いくつもの実話から紡ぎ上げた物語で、サミュエルの気持ちになって読み進めることができる。

(朝日新聞「子どもの本棚」2021年1月30日掲載)


時は今から160年前。アメリカ南部にはまだ黒人奴隷がたくさんいて、報酬ももらえず白人農場主にこき使われていた。ある晩、老奴隷のハリソンは少年奴隷のサミュエルを起こし、闇に乗じてふたりでカナダへの逃亡を始める。そして、何度も危険な目にあいながらも、逃亡奴隷のための人間のネットワーク「地下鉄道」にも助けられて、旅を続けていく。著者は、「地下鉄道」にかかわったさまざまな人種や立場の人を登場させて、当時のアメリカの様子を伝えている。波瀾万丈のドキドキする冒険物語としても読める。

原作:アメリカ/11歳から/奴隷、自由、旅

(JBBY「おすすめ!世界の子どもの本 2021」より)

 

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ハリエットの道

キャロル・ボストン・ウェザフォード文 カディール・ネルソン絵『ハリエットの道』さくまゆみこ訳
『ハリエットの道』
キャロル・ボストン・ウェザフォード文 カディール・ネルソン絵 さくまゆみこ訳
日本キリスト教団出版局
2014.01

アメリカのノンフィクション絵本。女奴隷だったハリエット・タブマンは、ある日、売りとばされそうになったため、フィラデルフィアまで一人で逃げて自由の身に。でも、それだけでハリエットは満足しません。こんどは逃亡奴隷を助ける「自由への地下鉄道」(本当の鉄道ではなく、人間のネットワーク)の「車掌」となって、大勢の奴隷を自由の地へと案内します。当時のアメリカは、奴隷制を認める南部と認めない北部に分かれていて、北部に逃げ込めば、あるいはもっと北のカナダまで行けば、自由の身分を勝ち取ることができたのです。

ハリエットを力強く勇気ある女性として描いたカディール・ネルソンの絵がすてきです。
(装丁:桂川潤さん 編集:加藤愛美さん)

*コルデコット賞銀賞、コレッタ・スコット・キング賞画家部門受賞


わたしには夢がある

マーティン・ルーサー・キング・ジュニア文 カディール・ネルソン絵『わたしには夢がある』さくまゆみこ訳
『わたしには夢がある』
マーティン・ルーサー・キング・ジュニア文 カディール・ネルソン絵 さくまゆみこ訳
光村教育図書
2013.04

アメリカの絵本。キング牧師が「ワシントン大行進」で集まった人びとに向かって、リンカーン記念堂の前から有名な演説を行ったのは、1963年8月。半世紀前のことです。もちろんこの演説のことは私も知っていましたが、訳すにあたってもう一度考えながら読み直してみました。演説の映像も見てみました。キング牧師は最初のうち草稿を見ながら演説をしていますが、I have a dreamのあたりから、草稿を見ず、思うままに語り始めます。その後、1968年にキング牧師は暗殺され、犯人が逮捕されますが、ケネディの時と同じように、国家の上層部(CIAやFBIなど)がかかわる陰謀だという説が根強くあるようです。この絵本の巻末には、その日の演説の全文が載っています。格調の高い、勢いのある演説をなるべくわかりやすい言葉で訳すのに苦労しました。
(装丁:森枝雄司さん 編集:相馬徹さん)


じゆうをめざして

シェーン・W・エヴァンズ『じゆうをめざして』さくまゆみこ訳
『じゆうをめざして』
シェーン・W・エヴァンズ作 さくまゆみこ訳
ほるぷ出版
2012.05

アメリカに奴隷制がしかれていた時代、南部の奴隷たちを北部やカナダに逃がす秘密のルートがありました。「自由への地下鉄道」です。アフリカ系の人たちだけでなく白人も先住民もこの地下鉄道にかかわっていました。彼らは自らの命の危険を覚悟して、奴隷たちをかくまったり、食べ物や必要品をあたえたり、道案内をしたりしていたのです。自由の地にたどりついたとき、赤ちゃんも生まれるんですよ。
(装丁:石倉昌樹さん 編集:木村美津穂さん)

*コレッタ・スコット・キング賞受賞


つぼつくりのデイヴ

『つぼつくりのデイヴ』
レイバン・キャリック・ヒル文 ブライアン・コリアー絵 さくまゆみこ訳
光村教育図書
2012.01

奴隷には読み書きが許されていなかった時代に、自分がこしらえたすばらしい壺に詩や名前を書いていた奴隷がいました。それがデイヴです。巻末には壺の写真も載っているので、ぜひ見てください。職人としての誇りを持っていたデイヴの焼き物は、実用的でしっかりしていて、しかも美しいのです。
(装丁:則武弥さん 編集:相馬徹さん)

コルデコット賞銀賞、コレッタ・スコット・キング賞受賞

***

<紹介記事>

・「2012年に出た子どもの本」(教文館)

 


わたしは、わたし

ジャクリーン・ウッドソン『わたしは、わたし』さくまゆみこ訳
『わたしは、わたし』
ジャクリーン・ウッドソン作 さくまゆみこ訳
すずき出版
2010.07

アメリカのYA小説。少女トスウィアの一家はアフリカ系で、父親は地区で数少ない黒人警官です。その父親が、ある日、同僚の白人警官たちが両手を挙げている黒人少年を射殺するのを見てしまいます。正義感の強い父親は、まわりの白人警官たちから要請されても、脅しを受けても、黙っているわけにはいかないと思ってしまいます。そして法廷で証言することになったせいで、一家は生命の危険にさらされることに。アメリカにには証人保護法という法律があり、一家はこれまでの人生を捨てて別人になり、よその土地に引っ越すことになります。でも、人生をリセットするのは、けっして簡単なことではないのですね。父親は無気力になり、母親は宗教に走り・・・イーヴィーと名前を変えた少女トスウィアも、自分は何者なのか、どう生きていけばいいのか、と思い悩みます。
さすがウッドソン、難しい問題をリリカルに書いています。
(絵:吉實恵さん 編集:今西大さん)

*厚生労働省:社会保障審議会推薦 児童福祉文化財(子どもたちに読んでほしい本)選定


リンカーンとダグラス

『リンカーンとダグラス』
ニッキ・ジョヴァンニ文 ブライアン・コリアー絵 さくまゆみこ訳
光村教育図書
2009.05

アメリカの絵本。奴隷解放宣言を出した米国大統領のエイブラハム・リンカーンと、奴隷から身を起こして黒人や女性の地位向上のために闘ったフレデリック・ダグラスの、肌の色を越えた友情の物語。『ローザ』のコンビの新作です。巻末に年表もついているので、大人がアメリカの歴史を学ぶにも役立つかもしれません。
(装丁:則武 弥さん 編集:相馬 徹さん)


あなたはそっとやってくる

ジャクリーン・ウッドソン『あなたはそっとやってくる』さくまゆみこ訳
『あなたはそっとやってくる』
ジャクリーン・ウッドソン著 さくまゆみこ訳
あすなろ書房
2008.03

アメリカのYA小説。ユダヤ系の少女エリーと、アフリカ系の少年ジェレマイアの、ラブストーリー。二人とも心の中にぽっかりとあいた穴を抱えています。それに、仲良く手をつないでいれば、街の黒人たちからも、白人たちからも、いぶかしげな目で見られます。からかう者たちもいます。つきささる視線や言葉をどうかわしていったらいいのでしょう。困難だらけの恋は切なくて苦しくて、それだからこそ二人の結びつきはしだいに強くなっていくのですが・・・。
(装画:植田真さん 装丁:タカハシデザイン室 編集:山浦真一さん)

*読書感想画中央コンクール指定図書(中学校・高等学校)


ローザ

ニッキ・ジョヴァンニ文 ブライアン・コリアー絵『ローザ』さくまゆみこ訳
『ローザ』
ニッキ・ジョヴァンニ文 ブライアン・コリアー絵 さくまゆみこ訳
光村教育図書
2007.05

アメリカのノンフィクション絵本。ローザとは、公民権運動の母とも言われるローザ・パークスのこと。ある日、ローザはバスの中で「白人に席をゆずりなさい」と言われて「ノー」と答えました。それをきっかけに多くの人があきらめるのをやめて立ち上がり、キング牧師たちの公民権運動につながっていきました。文章を書いたニッキ・ジョヴァンニは、ラングストン・ヒューズ賞も受けた女性詩人で、大学教授でもあります。絵を描いたブライアン・コリアーは、現在第一線で活躍するアフリカ系の男性。絵本の中のローザの後ろには金色の光がかがやいていますが、それはコリアーのローザ・パークスへのオマージュです。
いつも日本の子どもにあまりなじみのないテーマの作品を訳すときは、日本の子どもとどこでつながるかを考えます。この絵本は、それまでだまって我慢をしてきたローザが「ノー」と声をあげるところだと思いました。訳もそこに焦点があたるようにしました。
(装丁:則武弥さん 編集:相馬徹さん)

*コレッタ・スコット・キング賞(アメリカ)受賞
*コルデコット賞(アメリカ)銀賞受賞
*SLA「よい絵本」選定