K・L・ゴーイング/作 久保陽子/訳 早川世詩男/絵
徳間書店
2021.07
きなこみみ:恐ろしいいじめっ子と同じ校舎になるのが怖くて、5年生になりたくない弱虫の男の子の話で、同じようにものすごく弱虫だった私は非常に共感しながら読んでいったんですけど、どんどん深い人種差別の話になっていって、いい意味で思いがけない読書になりました。設定が1976年なんですね。ベトナム戦争が終結して、アメリカの敗戦が決まった年で、ある意味、アメリカが、富と強さに満ち溢れていた時代の曲がり角。「強さ」への絶対的な信頼の曲がり角、ともいえるのかもしれないと思いながら読みました。
ゲイブリエルは、ありとあらゆるものが怖くって、フリータのことを、とても強い子だと思っているのだけれど、白人なので、黒人であるフリータが抱えている恐怖には気づかないんですね。でも、物語が進んでいくうちに、フリータの抱えている恐怖のほうが巨大で、ちょっとやそっとで覆らないものだとわかってくるんです。印象的なのはp125の、ゲイブリエルが、恐怖で勢いあまってムカデを踏みにじって殺してしまうところ。軍事力の強化が、どこまで行っても終わらない、イタチごっこになるように、強さというものって、弱さとか恐怖と深く結びついていて、それが人間の古い脳が起こす反応とも結びつく、厄介なものなんだなと思ったりしました。はじめは怖がっていたクモには、名前をつけて飼っているうちに、エサになるコオロギなんかもつかまえてやったりするシーンがあるように、怖くなくなっていくんです。苦手だったフリータのお兄ちゃんのテランスも、遊んでもらったり、言葉を交わすようになったりして、怖くなくなります。「知る」ということと恐怖には強い関係があるんですね。ゲイブリエルは、差別のことを知るたびに、自分の弱さと向き合えるようになります。強さとは誰かを屈服させることではなくて、パパとフリーダのお父さんのように、お互いの弱さや不安を共有して、ネットワークを構築していくしなやかさのことなんだということが、とてもよく伝わってきて読後感も爽やかでした。
エーデルワイス:表紙の絵が好きです。そのイメージで読み進めていくといい意味で裏切られました。主人公のゲイブリエルの弱さ克服、いじめからの脱却のお話かと思っていると、ガブリエルが頼りにしている、いつも助けてくれる親友の女の子フリータの黒人差別の話になっていくところが見事です。p112、11行目のフリータのママの台詞「何やっているのかしら。知らない方がよさそうね」とありますが、二人のことを見守るフリータのママが素敵です。同様にガブリエルのママも素敵。フリータは人の善意を信じ、いじめっ子のデュークの父親に会いに行きますが、差別主義者の大人が子どもに対して「KKK」(クー・クラックス・クラン)で脅かすシーンには胸が痛くなります。人間同士が理解し合えないことや、大の大人が子どもをいともたやすく傷つけることにいったいどうしたら良いのだろうと。p243でガブリエルが「デュークとフランキーのことを考えた。二人のことはもうこわくないし、おこる気持ちにもならない。それに、かわいそうだとも思わない」と、言い切るところがよくて、読後感がいいです。
西山:ゲイブリエルが幼すぎるように感じて最初は乗れなかったのですが、まさか、黒人差別がこのように出てくるとは、びっくりしました。読めてよかった1冊でした。ゲイブリエルが「ぼくがテランスと話してみたみたいに、フリータもデュークのお父さんと話してみたほうがいいんじゃないかな。」(p174)という提案には、二重の意味でひやひやしました。話してみることの危険性と、もし「話してみればわかり合える」という展開になったら甘くていやだなと……。パトリシア・ポラッコの『ふたりママの家で』(中川亜紀子 訳 サウザンブックス社)にも、決して理解を示さない隣人が出てきますが、KKKでは次元が違うとは言え、わかりあえない他者の存在を突きつけたるところはすごいと思っています。p206の「わたしがこれまでに学んだのは、人はだれも立ち向かってこないとわかると、どんなことでもするようになるということです。しかし相手が束になって立ち向かってきたら、何もできなくなるんですよ」というフリータのお父さんのことばなど、心に留めたい大事なメッセージだと思います。ところで、「みみずをくわせる」いじめが、以前も何かで出てきましたよね。また出てびっくりです。翻訳作品で、生徒間の暴力などいじめに対する処罰の厳しさに日本との違いを感じたことが何度かあるのですが、これは1976年という時代もあるのでしょうか。
ハル:最近読んだ、人種差別を考えさせてくれる本の中で、いちばんストレートにおもしろかったです。どれだけ差別が怖いか、悲しいかを素直に想像できました。と、前置きした上で。最初は、こわいものリストを作って、頼もしい親友の力を借りながら克服していこうという、ひと夏の大冒険がはじまる予感にわくわくしたのですが、途中まではどうも目がすべりがちでした。どうして1976年の設定にしたんだろう、どうして1976年の話をいま読ませたいんだろう、最近のことのようでいて50年近く前の話なので、家のつくりとか文化のこととか、わかるようなわからないようなところも多くて、ちょっとつっかえちゃうんだよなーと思いながら読み進め、後半になったら合点がいったという感じでした。たとえば出だしに「これはぼくの子どものころの話で」とか、ちょっと回想風にしてくれたら、時代のことも気にならずに入れたのかなぁ? ちょっともったいない感じがしました。
ルパン:一気に読みました。実在の政治家や政党の名まえが出てくるところがすごいなと思います。日本の児童文学作品ではまずありえないだろう、と。ただ、ジミー・カーターのことを書きたかったのかもしれませんが、なぜ1970年代の話にしてしまったんだろう、というところが惜しまれます。KKKの恐ろしさなども、あとがきには「今もいる」とありますが、この作品だけ読んだ子は「これは50年前の話で、今のことではない」と思うのではないでしょうか。せっかくここまで書き込むのであれば、舞台を現代にして、もっと身近な問題としてとらえられたほうがよかったのではないか、と、もったいなく思います。このお話のなかで、いちばんよかったのは、ゲイブリエルの「こわいもの」のひとつであったフリータのお兄さんのテランスが、「自分で台無しにするなよ」と、フリータの「わたしがこわいもの」リストをゲイブリエルに渡すシーンです。
アンヌ:なかなかつらい年の始まりの中、ここ以外のどこかに行ける海外文学を読むのはとても楽しいことでした。この物語には、いかにもアメリカ南部らしい楽しさがあります。例えば、p58の「どんな暑さにもへこたれないオクラの実」というたとえ方。オクラは南部料理のガンボには欠かせない野菜ですよね。p100の木に登ってペカンの実を割るところも、なっている実をそのまま食べられるとは知らなかったので、うらやましい。p104やp155のフリータのママが作る南部料理も想像するだけでおいしそうだけれど、作者がメニュウをゲイブリエルの家だと3品、フリータの家だと10品と書いていて、二つの家の経済的格差を示しているのには少々喉に詰まる思いもしました。そして、注も豊富でわかりやすい。例えばp177のチェリーパイ。これが独立記念日の定番デザートなのを初めて知りました。怖い物リストに「ワニ」があるところや、「サルオガセモドキ」なんて植物が出てくるところも、アメリカ南部らしい情景だなと楽しめました。子どもたちもp114で、アメリカでは6月1日にはもう夏休みが始まっているのだということを知って驚くだろうと思いました。ゲイブリエルの両親は貧しいけれど愛し合っているし、父親は図鑑を持っていたりして向上心がある人で、「ニガー」発言に対してきちんと意見を言う。変わりつつある時代というのは、こういう一般市民が増えていったからなのだと思えました。けれど同時に、KKK団という今に続く差別し暴力を振るう人々もいて、さらに、ブラックパンサーのように彼らと戦う人々がいることも書かれています。KKKの白頭巾のように、顔を隠すことで恐怖を与えるヘイト行為の卑怯さを、暴力ではなく集会という形で表にさらしていく行動には希望を感じました。また、p162の「抑圧」という言葉が語られる章では、ゲイブリエルは最初その言葉の意味を軽いものだと思っていたんです。でも、「抑圧」とは、「だれかを無理やりおさえつけることだ」と聞いて、自分の父親から聞いた、ジミー・カーターが白人市民会議に、人種差別を続ける仲間に入れ、そうでないと倒産させると脅された話を、思い出すんです。そして、ジミー・カーターの辛さを、フリータたち黒人の側から置き換える、「まわりは敵だらけでどんな気持ちだったんだろう」という想像をして、その言葉の真の意味を捉えて、フリータの家族との連帯感が生まれます。ここで、この物語はゲイブリエルが怖さを克服するだけではなく、人間として成長していく話なんだと感じることができました。ちょっと愛という言葉で最後をまとめすぎたのは、いかにもアメリカ文学という感じで答えを言い過ぎ的な感じもしなくはないけれど、これはこれでいい物語だと思いました。
かはやぎ:最初は、弱虫をなおすために怖いものリストを作るという読者に身近な話題から入って、だんだん深くて重い、現実の怖い話に導いていくという構成が見事だと思いました。早川世詩男さんの明るい表紙も、「おもしろそうな話だな」と手に取りやすくて、とてもいいですね。ジミー・カーターなど実名をあげて、それほど遠くない、現実に起こったことを書いているところに、ある意味ショックを受けました。今の日本には、とてもここまで掘りさげた作品はないのでは? 出版社の意向や、身近なことを書きたいという作家の方たちの考え方もあるのかもしれませんが、ひとつには、日本が歴史を大切にしない国だから、児童文学として思いきってかけないのでは? 関東大震災のときの朝鮮人虐殺についても、官房長官は公文書が無いから事実かどうかわからないという趣旨のことをいうし、ジャーナリストたちが日米関係のことについて調べるときに、日本に資料がないからアメリカの公文書館で調べるというような情けない話も聞くし……。
表紙もふくめたイラストや丁寧な訳注など、とても神経の行き届いた編集だと感心しました。大人の私も、あらためて勉強させてもらいました。
花散里:黒人問題を取り上げた本としては『オール★アメリカン★ボーイズ』(ジェイソン・レノルズとブレンダン・カイリー著 中野怜奈訳 偕成社)など良いYA作品がありますが、この本は黒人問題や人種差別、アメリカの政治についてなど、文中に注がしっかりと入っていて小学生にも理解ができるように書かれているので、小学校高学年から読めると思いました。
主人公ゲイブリエルが受けるいじめ、いじめっ子の上級生デュークの父親が、親友の黒人の女の子フリータを「ニガー」と呼ぶなど、黒人差別について、そしてトレーラーハウスが集合する地域での生活についてなど、貧困、経済格差や、社会的背景も描かれていて、特にデュークの住むトレーラーなど、日本の子どもたちが知らない世界なのではないかと思いました。外国文学を読んで異文化を知るということにも繋がっていくように感じます。いじめを取り上げている章では、フリータの関り方などに希望が感じられて、読後感が良かったです。表紙はどうかと思いましたが、本文中の挿絵が良いと思いました。いろいろな問題を克服していく成長が描かれていて、子どもたちに薦めたい本だと思いました。
ANNE:主人公が住んでいるトレーラーハウスというものに馴染みがないので、うまくイメージできませんでした。キャンピングカーのように実際に走るものではないのでしょうか? ゲイブリエルがずっと5年生にならないと言い張っていて、本当に進級しないという選択肢があるような書き方だったので、アメリカでは本人の意思で留年するなんてこともありなのかしらと思いましたが、そんなことはないですよね? ゲイブリエルが受けるいじめの情景がさらっと描かれていますが、ミミズを食べさせられるなど本当にひどい目にあわされていて、心が苦しくなりました。ゲイブリエルを含め周囲の登場人物も成長しているので、「ぼく」だけではなく、みんなの弱虫がなおっていくようなイメージも持ちました。
早川さんの挿絵が本当にお上手で、物語とは別に楽しんで拝見しました。中でもニクソン元大統領の絵が、ちょっと笑ってしまうくらいそっくりでした。
アカシア:同じ著者の『ビッグTと呼んでくれ』(浅尾敦則訳 徳間書店)を読んだ時に、なんとなく男性が書いている本だと思いこんでいました。なので、長靴下のピッピタイプのフリータという少女が出てきたとき、男性の作家が女の子をエンパワーする本を書いているのは珍しいな、と思ったんです。でも、じつは女性作家でしたね。フリータが最初に登場する場面では、黒人だと定義するのではなく、顔についたチョコクッキーのくずが目立たない、という表現をしてるんですね。そこもいいなあ、と思いました。アフリカ系の強くてたくましくて大柄な女の子と、弱々しい白人のいじめられっこの男の子が親友になるという設定は、日常生活の中ではそうそうないのかと思いますが、それを敢えて出しているところにステレオタイプを壊そうという作者の意図を感じます。ゲイブリエルは、いじめの終わらせ方が分からなくて、「世界中のお金を集めて二人にわたすくらいしかないよ」と最初は正面から立ち向かう気がまったくないんですね。それが、フリータとの交流の中でどんどん視野が広がっていくのが面白かったです。なぜこの時代を舞台にしたのかというと、ジミー・カーターを登場させるためかもしれません。語り手のゲイブリエルも、人種差別に反対するスピーチをしようとどきどきしているお父さんも白人で、著者も白人だとすると、人種差別的な「白人市民会議」に町でただ一人入らなかったカーターは、勇気をくれる存在として欠かせない人物かと思いました。結果として白人の中の多様性を描いていることにもなります。
ゲイブリエルのお父さんはブルーカラーで貧しい人ですが、子どもにわかりやすく政治の話をしていることに感銘を受けました。日本の出版社の中には政治は児童文学でとりあげないように新人作家を指導している社もありますが、それって、政治に無関心な人が多くなる一つの要因かもしれません。英語圏ではいろいろな形で作品の中に政治あるいは政治への関与が出てきます。要は書き方だと思うんですよね。このお父さんの人柄は、KKKを引き合いに出して脅されたフリータを抱きしめて涙を流しながら「いい子、いい子」とささやき続けるんですね。すてきな人ですよね。
フリータが、いじめっこの住むトレーラーハウスを覗きに行くところなど、勇気があるとも言えますが、危険じゃないのかな、と心配にもなりました。前回のこの会で話に出たエメット・ティルより時代は後ですが、黒人が理不尽に殺される事件はその後も次々に起こっているので。フリータのお兄さんが自分の身を守るためにボクシングの練習をしたり、ブラック・パンサーに憧れたりするのはよくわかります。先ほどトレーラーハウスについての疑問が出ましたが、英語圏のほかの作品にも比較的貧しい人たちが住む家としてよく登場してきます。表紙の絵ではタイヤを外しています(裏表紙にタイヤが描かれている)が、タイヤをつければ移動もできるのかと思います。
しじみ71個分:第一印象では、早川さんの表紙の絵がとてもいいなと思いました。この本には、友情や家族の問題が、とても温かな視点で、やさしいことばで書かれているので、アメリカの歴史を知らない子でも、中学年くらいであれば届くのではないかなと思いました。先月の読書会で取り上げた『ゴースト・ボーイズ』(ジュエル・パーカー・ローズ 著 武富博子 訳 評論社)では、いまだになくならない人種差別の問題を、1955年に起きたエメット・ティル殺害事件から説き起こした、非常につらい物語でしたが、あの事件をきっかけにアメリカ社会が変わり始めたわけで、その変わり目の1970年代が社会背景として描かれている点に、とても興味を持ちました。白人、黒人の別なく、差別に違和感を持つ人がいる時代になったということで、ジミー・カーターの存在が大きく関わっていたということも全く知らなかったので、大きな学びがありました。差別の問題はさまざまな形で伝えなければならない問題であって、子どもたちのハートにどう落とし込むかは極めて難しいことだと思うのですが、この本は少年が恐怖を乗り越えるという自分事を解決していくなかで、友だちのこと、社会のことに気付いていくという構成になっていて、非常に巧みでいい本だと思いました。黒人のフリータの家は裕福で、白人のゲイブリエルの家は貧しいというように、経済的な面では過去と比較して、逆転構造で描かれていますが、フリータは人種差別によって苦しめられるという設定も効果的だと思います。フリータとの友情や家族の愛情に励まされて、ゲイブリエルが実態を知っていくことで怖い物への対処を知り、恐怖を乗り越えて変わっていくというこの展開は、恐怖をどう理解するか、乗り越えていくかを子どもに伝えるのにとてもいいなと思いました。子どもの成長をストレートに喜ぶ、子どもへの応援の物語だと思います。教科書的かもしれないと思わないでもないですが、「正しい」物語、正論を正論としてきちんと伝えていくというアメリカの姿勢が感じられて、好きです。こういった正論の物語を踏まえて、次の複雑なステップに踏み出していけるのではないかなと思いました。
キマリテ: アメリカの人種差別をテーマにした小説って、マーティン・ルーサー・キングの時代、もしくはそれ以前、あるいは逆にごく最近の年代のものが多いと思うのですが、この話は70年代で新鮮でした。ジミー・カーターは、子どもの頃、漠然と好感を持っていた大統領だったので懐かしかったです。KKKがどんな残虐なことをやったか、具体的な表現はないのに、恐ろしさがよく伝わってきて、秀逸だと思いました。また、人種差別ということを別にしても、苦手なもの、怖いものがある子どもに、親近感を持って読まれる小説ではないでしょうか? 序盤にリストの38項目の一覧が表示されないことが不満で、もしかしてラストにあるのかもしれない、と期待していたらそのとおりになって嬉しかったです。また、クモのジミーにエサをあげる場面がないので、ちゃんと世話をしているのか、生きている虫をあげるなんてことが弱虫のゲイブリエルくんにできるのか?と思ったら、p223で「ジミーの夕飯用にコオロギをさがしていた」と出ていて、安心しました(笑)。敢えて言えば、物語の終盤、ゲイブリエルがどんどんたくましくなってきている気がしたので、p214あたりでやっぱり5年生にならないと主張しているところで若干ずっこけたというか、もう少し本人がそう感じる背景を説明してほしかったかな、と思いました。
アカシア:訳ではp205に「うちの主人」という言葉が出てきます。たぶん多くの翻訳者が今は「うちの夫」と訳すと思うんですけどね。もちろんhusbandをすべて夫と置き換えることはできませんが、ここはできるんじゃないかな。訳語も、やっぱりどんな社会にしていきたいのかということも考えながら選んだほうがいいと思うんですよね。それから、さっきp243の「愛してくれる人がいれば、何もこわくない」というところをお定まりの結論とおっしゃった方がありましたが、これは小学生のゲイブリエルの思いであって、おとなのお父さんはp203で「KKKの存在を消すことはできない。人が恐怖を感じるものの中には、克服できない、打つ手のないものもあるんじゃないでしょうか」と言ったりもしていて、もっと胸中は複雑なんだと思います。社会制度と関わる部分もあるし。だとすると、訳者あとがきでp250「人種をはじめとした、おたがいの『ちがい』によるわだかまりは、心のもちようで、なくしていけると言えるのではないでしょうか」という訳者のあとがきは、すばらしいけどちょっと安易で気になりました。
しじみ71個分:私も最後にひとこと付けたしたいです。たしかに簡単に克服できない問題もありますが、投げ出さずに考え続けることが大事ということが伝わればいいのではないかなと思います。文中に、投げ出さないのがぼくの誠実さだという、ゲイブリエルのことばがありますが、私はこのセリフが好きです。難しい物事への向き合い方をとてもよく言い表していて、本当に大事なことだと思いました。
(2024年01月の「子どもの本で言いたい放題」より)
