日付 2017年1月27日
参加者 アンヌ、げた、コアラ、さららん、しじみ71個分、西山、ネズミ、ピラカ
ンサ、マリンゴ、よもぎ、ルパン、レジーナ、(エーデルワイス)
テーマ いつどこ固有の物語

読んだ本:

『セカイの空がみえるまち 』
工藤純子/著   講談社   2016.09

版元語録:少女は、父親が理由を言わずに失踪した原因は自分にあると悩み、少年は、自分の母親が誰なのか、どこの国の人間なのか、知らない。ふたりを包む舞台は、何者をも受け入れる“東京コリアンタウン”―。


『フラダン 』
古内一絵/著   小峰書店   2016.09

版元語録:女子率100パーセントのフラダンス愛好会に集められた4人の男子高校生。その目的は男女混合によるフラガールズ甲子園出場だった! 震災から5年後の福島を舞台に描くとびきりの笑顔と涙の青春ストーリー。


『おいぼれミック 』
バリ・ライ/著 岡本さゆり/訳   あすなろ書房   2015.09
OLD DOG, NEW TRICKS by Bali Rai, 2014
版元語録:移民が半数を超えるイングランド中部の街レスター。インド系、15歳のハーヴェイ達が越してきたお隣には、偏見に満ちた人種差別主義者ミックがいた。毎日の騒動の行末は…。


『セカイの空がみえるまち』

工藤純子/著
講談社
2016.09

西山:新大久保のヘイトデモが出てくるというので、出た直後から話題になっていて気になっていた本です。ここでみなさんの意見をうかがいたいと思って、この作品から今回のテーマ「いつどこ固有の物語」というのを考えました。一言で言えば、ヘイトスピーチをとりあげたということは賛成したいと思います。物議をかもしそうなことを、どちらかといえばエンターテインメント性の高い作品を多く書かれている作家が取りあげるということは、子どもの本に関わる人たちにいい影響があるんじゃないかなと思ったので。書く題材が広がるということでは賛成。ヘイトというものを、学校裏サイトの言葉の暴力とつないだのは、問題意識を持っていなかった読者に近づけるやり方として有効だったと思います。ただ、新大久保のアパートの人たちが一様にいい人たちだったのがどうにも残念です。被差別者、偏見でレッテルを貼られている人を、そうじゃない「いい人たちなんだ」と描く物語は今までもたくさん書かれてきたと思いますが、それは事態を裏返しただけで、結局は壁をくずさないというか、そういう展開の仕方はまたかという感じがしました。基本賛成だけれど、不満が残ったというところ。野球部の男の子が繰り返される慣習を変えようとする点は、大事な提案だと受け取りました。

マリンゴ:発売直後、ネットでいくつかレビューを見かけたので、これは読まなくてはいけないのかなと思って買いました。今回、再読ができなかったので、記憶が若干遠いのですが、新大久保を舞台にして、ヘイトスピーチや在日韓国人の人たちとの関係性を取り上げた、という試みはとてもいいと思います。読み応えのあるテーマです。著者の工藤さんの小学生向けの本を読んだことがありますが、口語調のライトな文体でした。今回はYAだし、これまでの作品とは一線を画した重厚なテイストになっていることを期待したのですが、読んでみると、文体はラノベ的というか……。期待が大きかっただけに、やや失速感があった気がします。みんなはどういうふうに読むだろう、と思っていたので、今回の読書会の課題本として取り上げてもらってよかったです。

ピラカンサ:私も、こういうテーマを取り上げることは評価できると思ったし、たがいに異質の存在である空良と翔がだんだんうちとけていくのは、よく書けていると思いました。ただ、こういう作品こそ普通の本以上にうまく書いてほしいと思っているので、私はどうしても辛口になります。だって、子どもがせっかく読んでも浅かったりつまらなかったりしたら、社会に目を向けた作品をますます読まなくなりますからね。15-16pにヘイトスピーチのサンプルが出ていますが、実際はこんなもんじゃないですよね。新大久保のヘイトデモのプラカードも、ネット上にも、「死ね」とか「殺せ」なんていう言葉があふれている。でも、この本ではマイルドな表現しか使っていないのはどうしてなんでしょう? さっき、ラノベという言葉が出ましたが、キャラクターも、翔はまだしも空良は不安定な気がします。1章ではあかねに押される一方なのに、2章では酔っぱらいに声をかけたり、割って入った翔に文句を言ったりするので、どんなキャラ設定なのかわからなくなりました。知り合うきっかけとして翔が別のホームからわざわざ駆けつけてくるのも、わざとらしいですね。それから、空良の両親にしても翔の父親にしても、おとなが書けていません。著者の人間理解が浅いのかと思ってしまいます。それから例えば146pのように、ここに住んでいるやつらはけっこう図太くてたくましいよ、と状況を説明している部分が多いのも気になります。空良が、自分の一言で父親が出ていったと思い込んでいるのにもついていけない。主人公が物語の中で生き生きと動き出すというより、作者が書きたいことに沿ってキャラを動かしている感じがしてしまいました。残念です。

げた:たいへん厳しい言葉のあとに、甘い感想を言うのは気恥ずかしい感じがしますが、新大久保も上北沢も馴染みのある場所なんで、何となく親しみのわく話でした。新宿の職安も20年前には毎月仕事で通ってましたから。実は、私も翔くんと同じように野球部に入っていて、全く同じような経験をして、野球部内にはびこっている悪習をなんとかしたいと思っていました。でも、翔くんのように先輩に突っかかっていくことなんてできませんでした。すごいなと思いました。なかなか野球部の男子がこの本を手にするってことはないかもしれませんが、もし、読んだとしたら、きっと共感するんじゃないかな。ヘイトスピーチや父の失踪をめぐる家族との関係、同級生との関係など考えさせられる話題の詰まった本でした。買って読んだけど、よかったなと思いました。

コアラ:すごく読みやすくておもしろかったけれど、さらさらと読んでしまってあまり印象に残らなかったのは残念でした。複雑な家庭環境とかヘイトスピーチとか重いテーマを含んでいるので、さらっと読めるほうが重苦しくならなくていいのかもしれないとは思いました。作者の問題意識が強すぎると、物語がつまらなく感じたりするのですが、この作品はそういう作者の主張が浮き上がった感じはなかったと思います。トランペットの女子と野球部の男子、という設定はどこかで聞いたことがあるような、と思ってネットで調べたら、『青空エール』(河原和音作 集英社)という漫画が同じ設定だったことがわかりました。映画にもなった作品のようです。『青空エール』は高校生が主人公なので、それの中学生版ということでこの本が出版されたのかもしれませんが、同じような設定でいいのかなあ、とちょっと疑問に思いました。物語の最後のほうで、あかねと別れた野上先輩が急にイヤな奴に描かれていて、それもとってつけたようにありがちな描き方で残念。全体的に、自分と違う国の人たちのことを「あいつらは」と一括りにせず、一人一人と個人的に仲良くなっていこうというのが感じられてよかったと思います。でも、ちょっと物足りない。

アンヌ:主人公たちは中学生という設定なんですが、セリフが高校生という感じで、その割りにラブシーンが控えめなので、ああ、やっぱり中学生なんだと思いました。

げた:えっ!これ、中学生の話? ずっと、高校生だと思ってた。

アンヌ:酔っ払いに話しかける危険性とか感じていないところも、空良が中学生だからかもしれませんが、翔とのやりとりとか少し奇妙な場面でした。会社を辞めて失踪してしまうお父さんも、家族と話し合えない人なんでしょうが、子どもっぽくていい人には思えなかった。最初はいい話でおもしろいと思ったけれど、2度目に読むと、こういう矛盾ばかりが目に付いてしまいます。

ルパン:おもしろく読みました。が、どこがおもしろかったのかな、と後からふりかえってみると、正直なところあまり思い出せないんです。ただ読みやすかっただけ、ということでしょうか。翔くんの野球部の場面ですが、私はそんなに良いとは思いませんでした。やり方が稚拙で一人よがりだなあ、と。たとえば、2年生になったとたんに何でも自由にできると思って、勝手に1年生にグローブを持たせた結果、その1年生が3年生に怒られてしまうとか。練習をすっぽかしたあと、山本君が好意的に迎えてくれたのにひどい態度で応えるとか。部活の場面がとてもいい感じで始まっているのに、あっというまに「自分のためだけに野球をしているんだ」「ただ勝てるチームにしたいんだ」となり、それでいて、「山本君が成績のために野球をするのは気に入らない」と言い……部活動に対する理想が低く、ものすごく自分中心のせりふが多くて興ざめでした。
 冒頭でヘイトスピーチをとりあげていますから、「ことばの暴力」がテーマなのかな、と思ったのですが、そのわりに主人公の空良ちゃんも翔くんも、けっこう人に対してひどい言葉を使っていて、それに対する反省が見られない。ほかの登場人物の性格もまったくのステレオタイプか、野上先輩みたいにストーリーの都合でとちゅうで豹変してしまうかのまっぷたつで、奥行きが感じられませんでした。空良ちゃんのお父さんも翔くんのお父さんも自分のことしか考えていないし。一番の問題は、ヘイトスピーチがどこの方向にとんでいったのかわからないままであること。言う側にも言われる側にも、何の答えも出していない。ヘイトスピーチをするほうの問題にはまったく焦点があてられていないし、言われる側も、どう立ち向かっていくかという方向性が見えていないので。「言っている人が悪いので、言われているほうは何も悪くないんだよ」というメッセージだけでは、問題提起にすらなっていない気がしました。

しじみ71個分:自分の息子が中学生なのでそれと比べると、主人公の翔くんの言葉が中学生にしては大人っぽすぎて、腹落ちしない感じがしました。実際に子どもがしゃべる言葉と違うかなというところで、違和感が最後までありました。新大久保に関する最初の描写については、ヘイトスピーチへの理解と取扱いが薄くて、軽いかなと感じました。実際にはもっと暴力的だろうと思います。ヘイトスピーチを作品のモチーフに扱ったところは挑戦的だなと思いましたが、非常に重いテーマのはずなのに、最後の方ではそれがどこにも見えなくなってしまうなというところも気になりました。民族の違いにかこつけて、全く理不尽な、言葉や実際の暴力として投げつけられるヘイトと、翔くんが抱えている、自分を捨て、顧みない親に対する憎しみは全く異なる種類のもののはずですが、親に対するヘイトを乗り越えるというところで終わってしまって、筋がすりかわってしまっており、最後には触れることもなくなってしまっているのが残念に思いました。空良ちゃんとの関係も、結局は、学校や部活のはみ出し者同士がくっついちゃうんだな、あーあという感じを受けて、かなりステレオタイプなストーリー展開だと感じました。あと、中学2年生にしては、部活改革で戦うというのも大人っぽすぎるなと思って入り込めず、あまり気持ちが動かされることが最後までないまま終わっちゃったのが残念でした。

よもぎ:私も、「主人公たちは中学生なんだ!」と、びっくりしました。それはともかく、数年前までは、読書会で取りあげる日本の創作といえば、登場人物の半径数メートルのことばかり書いたものが多かったので期待して読んだのだけれど……。ヘイトスピーチも新大久保のことも、風景程度にしか描いていなくて、ちょっとがっかりしました。ヘイトスピーチ、どこに行っちゃったの? 作者の中で熟していないまま、作品として出してしまった感じがします。それから、説明で書いてあるところが多くて、もっと動きや情景で描いて欲しかったなと思いました。こういうタイプの話によくあるんですけれど、新大久保に住んでいる人たちはみんないい人みたいな書き方も、薄っぺらい感じがしました。空良のお父さんも、翔のお父さんも、けっきょくはいい人だったみたいな書き方もね。『きみはしらないほうがいい』(岩瀬成子著 文研出版)は、人間の心の深みにまで踏みこんでいて、感動しましたが。

さららん:私も主人公は高校生だと思っていました。装丁がアニメ風でしょ。自分で本屋に行っていたら、手にとらなかったと思うので、今回読めてよかったです。なんの予備知識もなしに読みはじめたらヘイトスピーチが出てきて、『おっ、これは第一印象とは違って骨のある話かな』と思ったんですが……。疾走感があり読みやすく、漫画を読んでいるように、どんどん先へ連れていかれるけれど、よくわからない部分が残ります。特に翔のお父さんや、ヒトミさんなど大人の造型がパターン化されていて、感情移入できないままでした。

レジーナ:ヘイトスピーチという、今の社会が抱える問題を扱った点では意欲作だと思いました。でも登場人物にリアリティがなく、感情移入できませんでした。217pの野上の発言ですが、こんな無神経なことを言う人は現実にいるのでしょうか。ヒトミもいい人すぎますよね。ゴミの分別にこだわるキムさんもそうで、「ちゃんとゴミを分別する、こんないい外国人もいる」ということを伝えたいのはわかるのですが、ステレオタイプを反対側から書いて終わっているので、ヘイトに抵抗する力は感じませんでした。ジェニー・ヴァレンタインの『迷子のアリたち』(田中亜希子訳 小学館)も、社会からはみだしている人たちが暮らすアパートが舞台ですが、そちらの登場人物のほうが深みがあります。

ネズミ:さまざまな家族のありようやヘイトスピーチを扱っているのはいいなあと思いました。翔と空良、それにほかの登場人物たちもさまざまな問題を抱えている。今こういう状況は実際めずらしくないだろうと思います。でも全体に、トラブルをかかえている人とそうでない人がステレオタイプで描かれている印象がありました。それにお父さんが出ていったからといって、それでいじめにあうのでしょうか。私がこれまで見てきた中学生は、難しい家庭の事情に対してむしろ同情的というのか、そこはいじらないという暗黙の了解があるような子が多かったのですが、この本ではそれも「普通ではない」という意味でトラブルの発端になるので、今はこういうことがあるのならおそろしいと思ったし、そういった子を真の意味ですくいあげる方向には向かっていない印象がありました。118pにある「世間からはみだした人は、案外いい人が多いんだよなぁ」というセリフは、言ってほしくなかったです。意欲作だけど、私は中高校生に積極的に手渡すのはためらうかな。

エーデルワイス(メール参加):市内のどの図書館にもなくて、県内の所蔵刊から取り寄せてもらおうとしましたが、新刊は半年以上たたないと他の図書館に貸し出しできないと言われてしまいました。で、仕方なくアマゾンから取り寄せたのですが、すぐ自宅に届き、複雑な思いを味わいました。読んでみて、韓流ドラマブームとか、従軍慰安婦像の設置問題とか、大統領の罷免問題などがわっと頭にうかびました。日本で起きているヘイトスピーチの怖さも感じました。表紙が、今話題のアニメ映画「君の名は」い似ていますね。中高生が手にとってくれるようにという配慮でしょうか。藤崎空良と高杉翔の章が交互に登場するなど、工夫されていると思いました。異文化の差別はもちろん、この物語にあるような学校での重苦しいいじめも、なかなかなくならないのですね。

(2017年1月の言いたい放題の会)


『フラダン』

古内一絵/著
小峰書店
2016.09

アンヌ:言葉でダンスや歌を説明するのは難しいことですが、この物語では、ハワイアンの奇声のような掛け声とか踊りの用語とかを知らないままに、まるでSFを読んでいる時のようにどんどん想像して読んでいくことができました。部活動で、男子のいない部に男子を強引に勧誘する場面等も、あるあるなどと思いながら読みました。ただ、読み直してみると、詩織の母親との関係や、木原先生の話などいらないと思う場面もいくつかあった気もします。私が一番心を打たれたのは、マヤが犬のジョンのことを悲しむ場面です。文学にできることは、こういう論理的に説明したり解決できない何かについて書くことじゃないかと思っています。心にいいものが残る小説だと思いました。

コアラ:文章がおもしろかったです。26から27ページの転入生柚月宙彦の自己紹介の場面とか、13から14ページの会話とか。あと薄葉健一の発言の書き方、53ページの12行目とか、聞き取れない小さな声を小書き文字で表現していて、あの年頃の男の子の言葉が全部「いいっス」みたいに「ス」が付くのも表していて、すごくおもしろかったです。フラガールズ甲子園で、詩織が観客席にきっといると信じて、戻ってこいと踊りで呼びかけるシーンが感動的でした。ただ、装丁がキョーレツで、手に取ることをためらわせるのでは、と思ってしまいました。もっとかっこいいほうがいいと思います。

げた:工業高校の生徒たちが、仲間同士小競り合いをしながら成長していく物語ですよね。フラダンスって、今や地域でも職場でもすっごく流行っているんです。高校生がスポーツとしてやってるのはとっても新鮮でした。とってもユーモラスなキャラクターが登場する話なんだけど、震災と原発がずっと裏に流れているんですよね。高校生たちが震災と原発によって歪んだ社会をなんとかしようとしている姿に感動しました。それにしても、原発は無くならないものでしょうかね。皆が生活を一段切り下げれば原発が無くたってなんとかなると思うんだけど。

ピラカンサ:原発の方が電気代はかえって高くつくことがわかってきたのに、辞められないのは利権に群がる人たちがいるからですよね。

げた:ラストで仮設の老人が咽び泣く詩織の背中に掌をそっと添えたってとこはよかったな。

ピラカンサ:この作品は、何よりもユーモアがあふれているところが素晴らしい! あちこちで笑えますけど、その中で福島の原発事故の影響なども描かれていて、考えさせられます。たとえば85pには「以前なら気軽に聞き合えた質問を、同じ福島県に住む穣たちはできなくなっている。互いの過去の重さの予測がつかないからだ。ほとんど被害のなかった自分が気軽に問いかけたことが、相手を深く傷つけてしまう場合だってある」とあります。父親が東電に勤めているという健一の視点も出てきますね。ストーリーには意外性も随所にあって、うまいですね、この作家。私はユーチューブで男子のフラダンスというのを見てみたんですが、本場のは体格のいい人がやっていて立派なのですが、日本の男子はほとんどの人が細身で、しかも腰に大きな飾りをつけてたりするので、とてもユーモラスでした。表紙も、中を読んでから見ると、とてもおかしかった。フラダンスは笑顔が大事ということで、みんな笑顔なのですが、その笑顔にそれぞれのキャラクターの思いが入っている気がします。キャラクターの書き分け方も、喜劇的なラインに寄ってはいますが、うまいですね。

マリンゴ: 毛色の変わったスポーツ小説に、原発や福島の問題を絡ませる……そのバランスがとてもいい本だと思いました。印象的なシーンとしては、85pの「うかつな質問はできない」以降の部分。高校生って傍若無人でいい時期なのに、まるで社会人のように、相手のプライバシーに踏み込みすぎないようにしていて、気苦労が伝わってきます。全体的によかったのですが、一部、芝居がかった文章が気になりました。たとえば180p。「だがこのとき穣は、まだ少しも気づいていなかった。〜衝突を生もうとしていることに。〜プラズマが潜んでいたことに」と、煽りすぎていて、そんなに煽らなくても続きはじゅうぶん気になってるから大丈夫なのに(笑)と思いました。またクライマックスでは、詩織が来ているかどうかまったく確認していないまま、みんなで演技をします。連ドラの最終回だったら、こんなふうに詩織が来るか来ないか!と煽りがちですけど、現実だったら、事前に来るかどうかだけでも確認するとか、来るように仕向けるとか、なんらかの行動を起こすかと思います。そのあたりが少しイメージ先行な気がして、最後の演技の部分、後味はよかったのですけれど、感動とか泣くとか、そういうふうにはなりませんでした。

西山:ほんとにおもしろかった!「3・11」から5年目の福島であることが、必然の物語だと思います。テーマを取って付けたような分裂がなくて、ひとつの小説として大満足の読書となりました。210pの真ん中あたり、「震災を経てから、自分たちは家族や出身地について明け透けに語ることを控えるようになった。」というところなど、実際にあるんだろうなと胸を突かれました。傷が生々しすぎる時期、もちろん語れないということも理解できる。でも、語れないことで、傷がいつまでもじくじくしているということもあると思うから、これは、本当に、何度も言うようですが、「5年目の福島」を言葉にしてくれていると思います。一方で、ほんとに笑える! 羊羹の一本食いとか……。それでいて。203pの羊羹を切るシーンで、実は意外にも繊細に扱われていたと分かるところなど、本当におもしろく読みました。こういうところが何か所もあって、読書の快を満喫しました。他に例えば258pの「成人よ、責任を抱け。」とか、共感できる価値観がいくつも言葉になっているし、よい1冊でした!

ネズミ:とてもよかったです。福島の人々、高校生みんながこういう問題を抱えているということを、部活を切り口に説教臭くなく伝えています。3人称だけど限りなく1人称に近い書き方で、主人公の穣の気持ちによりそって読者をひきこんでいます。あらゆる立場の部員が集まってるというのはフィクションらしい設定だけれど、あざといと感じはせず、気持ちよく読めました。一人一人が、この物語のどこかでとてもいいところを見せるのもいいなと。健一くんが、甲子園に「うまくなったから出たい」と主張するところとか。いいなあと思う文章もちらほらありました。125pの「別にどこかに出ていかなくても、意外なところに世界を広げるヒントは隠れていたのかもしれない」とか、255pの「少しだけ、男子だらけの工業高校に通う女子の気持ちが分かった気がした」とか。113pの「ナナフシから瀕死のマダラカミキリのようになった健一や」では爆笑。

レジーナ:登場人物が生き生きしていて、ユーモアがあって、何度も読みかえしたくなる本です。読んでいてすがすがしく、一人一人を応援したくなりました。羊羹を丸かじりする大河も、底抜けに能天気な浜子も、いちいち芝居がかったしゃべり方の宙彦も、これだけ強烈な人間はそうそういないし、フラガール甲子園で詩織が舞台に上がる場面も、現実だったらこんなにうまくはいきません。でも登場人物の心の動きや、福島の人たちが抱えている想いにすごくリアリティがあって、胸がいっぱいになりました。ひとくくりに福島と言っても、その被災状況はさまざまで、踏みこみすぎないように被災者同士気をつかったり、震災のことを話さないように学校で指導されたり、そういうどこにも出口が見つからない閉塞した状況も透けて見えます。原発事故で突然土地を奪われる理不尽さは、ハワイの歴史と重なりますね。弱い立場の人を切り捨てるあり方に作者が疑問をもっていることが、水泳部のいざこざをはじめ作品全体を通して伝わってきました。

さららん:引用しようと思ったところは、みなさんからもう出ているので、あまり言うことがないです。原発事故後の、分断化され、どこに住んでるのかさえ気軽に聞けない現実の重苦しさを、福島で暮らす高校生の、ありのままの重さにして書いているのが見事だと思いました。読者を笑わせながら、すうっと福島の問題に移れるのは、人物が人間として動いているから。テーマなんてものではなく、登場人物たちのおなかを通した言葉として「今」が語られているからなんでしょう。クライマックスで、サークルのみんなが大会の舞台で踊りながら、詩織を呼ぶシーンを電車の中で読んでいて、泣いてしまいました。『ウォーターボーイズ』や『フラガール』といった映画もあり、決して新しい素材ではないけれど、読者を楽しませつつ、考えさせる虚構の作り方の巧さに感心しました。

よもぎ:『チア男子!!』とか『ウォーターボーイズ』みたいな話かなと思って読みはじめたのですが、福島のいろいろな立場の子どもたちの心情が、きめ細かに書かれていて、おもしろいだけでなく深みのある作品だと思いました。これだけ登場人物が大勢いるのに、「これ誰だっけ?」と思わせずに、見事に描きわけている。本当に上手い作家だと思いました。思わず吹きだしながら最後まで読み、フラダンのクラブも順調にいきそうだし、敵視されていたおじいさんからも花束を贈られ、「良かったね」で終わりそうなのですが、「でもね……」という「もやもや感」が残る。その、どうにも解決できない「もやもや感」が現実の福島の姿なんじゃないかな。そこまで描けているような気がします。

しじみ71個分:さっき表紙がどうも、という意見がありましたが、私はこの表紙がすごく好きです。裏表紙の二人の顔の絵も意味深で、何で、何で?と、本筋ではないながら興味を掻き立てられながら読み進められて、うまい装幀だと感心しました。『セカイの空がみえるまち』の後、これを読んだのもあって、福島の問題をよくぞここまで貫徹して書いたなと作者の強い意志に感動しました。同じ県内でも被災しなかった地域の子、被災して帰宅困難地域から避難してきた子、加害者の立場にある父を持つ子、犬を置き去りにしたことで悲しんでいる子など、いろんな立場の子を通して、福島の今の問題にきちんと話の筋を返していこうという作者の意図が素晴らしいと思いました。また、言葉のセンスがすごくいい。言葉のうまい人だなと思いました。特に、主人公の穰が心の中で入れる突っ込みの言葉などは非常におかしくて、笑いを誘われました。著者の古内さんは、日大の映画学科を出たということですが、そのせいか表現が非常に映像的で、どの場面も映画のように画像が思い浮かびますし、穰が老人ホームで最初の男踊りを披露したときに、健一の背中に塗ったドーランですべって大コケするところとか、細かい描写が非常に場面を想像する助けになりました。あとがきに、実際の高校のフラダンス部に取材したとありましたが、ダンスのテクニックの詳細が書いてあって、『一瞬の風になれ』(佐藤多佳子著 講談社)の表現にも通じるかと思いますが、スポーツやダンスの様子に非常にリアリティを感じられたのも良かったです。福島の原発のせいで生じた閉塞感の中で苦悩しながら、部活に懸命に取り組む中で世界観が広がっていく過程を描くことで、非常に明るい希望を持てる作品になっていると思います。子どもたちに本当に薦めたいです。最後のフラガールズ甲子園のところは、仮設住宅に住まうおじいさんが花束を持ってきてくれたりして、和解につながるなどは少々都合よい場面と思うところもありましたが、それも含めて良い映画を見るように気持ちよく読めました。ヤンキーな浜子のキャラクターも良かったですし、男の子たちがお弁当を交換する場面で、宙彦がパクチーについてデトックスになると言ったのを健一が言葉尻を捕まえて「福島だから?」と鋭い質問を入れるところなども表現に緊迫感があり、宙彦が言葉に詰まるところを穰が救うところなども、高校生なりに難しい問題を語るときのもどかしさをうまく表現していたと思い、感心しました。

ルパン:まだ2017年が始まったばかりなのに、すでに「今年のイチオシ!」と言いたくなるような作品でした。これは傑作だと思います。3・11後の福島という場所にいるいろんな立場の子どもとおとなが描かれていて、すばらしいと思いました。特に、「原発問題後の福島にいる東電社員の子ども」である健一君のいたたまれない思いが非常にうまく書かれていると思います。でも、ちゃんとそこに寄り添う友だちもいて、心があったかくなります。情景描写もすごい。踊りを文章で表すのは難しいと思うのですが、地味なメガネ女子のマヤちゃんが、フラダンスを始めると「キエエエエ!」って掛け声をかけるあたりなど、目に浮かぶようでした。動いているものとか目に見えないものを文章にするのはすごい筆力だと思います。大絶賛です。268pの歌の歌詞で、「踊り上手なあなたに……」「踊り手がそろったら……」というところは、何度読んでも泣けてしまいます。

エーデルワイス(メール参加):福島原発の事故で、故郷に住めなくなった方や仕事をなくした方、そして子どもたちがどんな思いでいるかを、きちんと書いていると思いました。福島のフラダンスは有名ですが、笑わせてくれるところもたくさんあって、おもしろく読みました。自分の中では今年度読んだ本のベストの中に入ると思います。p241「・・本当にリーダーになれるのは一番弱い人のことまでちゃんとかんがえられる人だもの」p249「・・自分の悲しみを人と比べることなんてないんだよ」っp250「この世は自分たちの手には到底負えないほど大きくて深い悲しみと理不尽さでできている」などの名台詞もよかったです。

(2017年1月の言いたい放題の会)


『おいぼれミック』

バリ・ライ/著 岡本さゆり/訳
あすなろ書房
2015.09

ルパン:おもしろく読みました。原題のOld Dog, New Tricksというのを見て、どんなお話なんだろう、と思いました。

しじみ71個分:いいお話だと思いました。でも、訳の問題だと思いますが、主人公のハーヴェイの話し言葉にしばらくの間ひっかかってしまいました。15歳のイギリスの男の子というと、もう少し大人っぽいだろうと想像しますが、ちょっと女の子らしいというか、幼いという印象がぬぐえませんでした。話が進むにつれて、気にならなくなってはきましたが。人種に対する偏見のある老人が、若者との日常のつきあいの中で、事件をはさんで和解に至るというシンプルですが、大人っぽい話だと思いました。くさくてかわいい犬が二人をつなぐ大事な装置になっているというのもうまいと思います。表紙の少年の挿絵もインド人を感じさせないし、サモサが登場する以外は、「善良なるインド人一家」と帯に書いてあるほどインドらしさは登場人物には感じられないのですが、作者自身も既に移民意識が薄くなって、定着している世代ということはないかなと思いました。舞台となる街自体が、移民の方が多数派になっており、旧来の地元住民が少数派になっているということで、逆に老人のミックの方が弱者という、逆転した状況に既になっており、ミックの人種差別的な発言は弱者の強がりといった感じの印象を受けました。ハーヴェイのぞんざいな言葉遣いも、ミックがハーヴェイの話すのを聞けば自然な英語を話していることを認めざるを得ないという点にも表れているように思いました。移民の第一世代が地元住民との間の摩擦を起こす、という段階を過ぎた状況を描いており、そういった意味では新しいと思います。複雑な状況を軽妙にさらっとおもしろく書いている点を大人っぽいと感じました。

よもぎ:以前は差別される側だった移民の人たちと、差別意識を持っていた白人とが、ここでは逆転しているんですね。だから「人種差別主義者」とずばりといっても痛切に響かず、かえってユーモラスな感じになっている。そこは、おもしろいと思いました。ただ、主人公のミックに対するしゃべり方がぞんざいなのが気にかかりました。「おいぼれ」という言葉も。原書のタイトルOld Dog, New Tricksのもとになっている諺のOldにも、「おいぼれ」のような侮蔑的な意味あいは、あまりないんじゃないかな。

さららん:軽いけど、テーマは明確です。すぐに読み終えた作品でした。102pで「心臓がいくらよくなったって、人生が破綻していたら意味ないじゃないか!」と、主人公はいい放ち、ミックの秘密にふみこんで娘さんを探し出します。一線を越える行動ですが、そういうことがあってもいいんじゃないかと私は思いました。だいたい主人公の気持ちに沿ってんでいけましたが・・・ちょっとひっかかるところも。原題のOld Dog, New Tricksという表現が、締めくくりにも使われていますが,「おいぼれ犬が新しい技をおぼえた」という訳は、どうなんでしょう? となりの老人ミックを、「おいぼれ」&「犬」と呼ぶことが気になります。愛情を込めた冗談だとは思うのですが、そう感じさせるためには、日本語にかなり工夫がいるのでは?

レジーナ:『おいぼれミック』というタイトルでは、読者が手に取りづらいのでは? けんかの場面では、主人公の言葉づかいは今どきの15歳っぽくて生き生きしているのですが、30ページの「〜だもの」など、語りになると幼くなりますね。93ページのネルソンの台詞も、「おれ様」なんて言う人は現実にいるのでしょうか?

ネズミ:偏見に満ちた寂しい隣のおじいさんのことを主人公がだんだんと心配するようになって……というストーリーはよかったのです。ですが、最後に手紙を開封するほどミックのことを心配する、そこまでして見たいと思うようになるというところまで、主人公の気持ちが動いていくようすが、物語のなかで今ひとつ迫って感じられなかったのが残念でした。原文の問題か訳文の問題かわかりませんが。犬と音楽の使い方はいいなと思いました。インドからの移民といっても、そのなかで対立もあることが描かれているのもよかったです。手紙を開封するという行動は規範から外れているけれど、戦争のときでも、お上の言うことに唯々諾々と従わなかった人が生き残ったり人を救ったりした例もあるので、こういう逸脱は時に現実にはありうることかと思いながら読みました。だからこそ、そこまで説得力のある盛り上がりがほしかったですが。主人公の口調は全体に年の割に幼い印象でした。

西山:時と場所が限定されている話を翻訳作品からも探さねばとなったとき、翻訳ものって、大抵そうなんじゃないか、と気づきました。日本の作品の中ではいつどこを限定しないように書いている作品の方が多いのに。ちょっと、考えさせられます。この作品は、マイノリティが差別されているわけではない。人種差別主義者のほうがマイノリティ。娘が黒人と結婚したから差別するというのは、ヘイトはちがうから、『セカイの空がみえるまち』とは同じ図式で考えられないと思いました。訳者あとがきで「シク教徒」について詳しく知ることができてよかったです。

マリンゴ:表紙から、ミックは完全に犬だと思い込んでいたので、「人間かよ!」と最初は大きな戸惑いがありました(笑)。みなさんも既におっしゃってますが、主人公が知的な15歳の子のわりに、冒頭でのミックに対する物言いが粗雑すぎると思いました。たとえば14ページの「サモサだよ」ですが、「サモサですよ」だと丁寧すぎるとしても「サモサっすよ」くらいにするなど、翻訳で調整できたのではないかなぁ、と。ミックはわかりやすいキャラだし、驚くような展開ではないけれど、イギリスの移民の実情が伝わってきましたし、時代に取り残されていく人の淋しさや、主人公のいろんな感情が描かれていていいと思いました。なお、版元の方によれば、15歳の子が主人公のYAで、これだけ短い本というのは、通常イギリスではありえないけれど、これはディスレクシアの子を対象としたシリーズのなかの1冊だから、簡潔な文章なのだそうです。

ピラカンサ:原書がディスレクシアの子どもを対象にした本だったら、日本でもそういう出し方の工夫をしてほしかったな。現状ではだれのせりふかすぐにはわからないところもあり、読むのが苦手な子どもには向いていませんね。改行のしかたなど、もっと工夫してほしいです。普通の本としては、ストーリーにご都合主義のところもあり、ちょっと大ざっぱすぎますね。ミックの入院中にハーヴェイたちがミックの家を勝手に片付けていて、テーブルの下の段ボール箱に開封されていない手紙があるのを見つけて断りもなく読んでしまうところなんか、どうなんでしょう? かわいそうなおいぼれだから面倒を見てやらないと、という上から目線に思えます。どうしてもやむをえず、ということであれば、「こういう状況ならやむをえないな」と読者も思えるように訳して(あるいは書いて)ほしかったです。結果オーライだからいいだろう、ではまずいと思います。

さららん:私は物語の主人公と主人公の家族が、インド系だとあまり感じられなかったんです。頭の中で、典型的なイギリス人の男の子をついイメージしてしまい……もしかしたら挿絵があったほうが、よかったのかも。

レジーナ:表紙の少年も白人っぽいですよね。

ピラカンサ:シク教徒はカースト制を否定していて皆平等だという理念をもっていることなど、この本から知ったこともありました。そういう意味では読んでよかったとも言えるのですが、気になったのはミックが単なる弱者で、ハーヴェイたちは同情して上から目線で「かわいそう」と思っているところです。書名からして「おいぼれ」ですから、よけいそう思えてしまいます。対等なつき合い方をしていません。たとえばp104「だって悪いやつじゃないよ。ただのおいぼれ犬だよ」p114「ぼくらがこんなに色々やったのに、相変わらずいやなやつのままだったのか」など気になりました。それからp110には、ジェニーが入院中のミックに会いにいったとき、「父は、私と会うのがこわかったんですって。私に憎まれているとおもっていたから」とありますが、ジェニーは返事がなくてもずっとミックに手紙を書き続けていたわけで、つじつまがあいません。リアリティがないように思いました。

げた:「ついに、おいぼれ犬が新しい技を覚えたぞ」ってのはちょっとひどいと思うな。ミックは人間で犬じゃないんだから。そんな思いを持ってて、本当に仲良くなれるんでしょうか?

さららん:おそらく英語の表現にはユーモアがあったはずだけれど、「老いぼれ犬」という日本語にしたとたん、ユーモアが消えて、差別的なニュアンスが出たんじゃないかしら。

げた:移民といえば、日本ってもっと受け入れた方がいいんじゃないかな。観光客じゃなくって、一緒に日常生活を営む仲間として。そのためにも、子どもたちがいろんな国やその国の人々のことを知るってことが必要だと思う。

コアラ:ミックのほうに感情移入して読みました。それで、くさい犬を飼っていたり散々な描かれ方で、あまりいい気持ちにはなれませんでした。7ページで、ミックが「人種差別ではない」と言っているのに、それを無視するかのように、人種差別主義者のミック、という扱いをするのが残念。移民の問題として、移民をする側の思いと、移民を受け入れられない、でも受け入れざるを得ないという側の思いの両方をすくいとって描いてほしかった。YAに分類されていましたが、装丁も内容ももっと幼い感じがしました。

アンヌ:このレスターという町の様子がうまくイメージできなかったので、同じ作家の『インド式マリッジブルー』(東京創元社)を読みかけています。そちらも舞台はレスターで、通りによって、ここらは90パーセントがアジア人の街で、この通りの反対側はスラム街で高級住宅街とか白人街もある等の説明があったので、たぶんこの本の舞台は、古い家のある街にアジア系の移民が増えていった地区なんだろうなと、見当がつきました。この本では、シク教徒や寺院の場面がおもしろかった。お父さんが「まるで小さなブッダだな」という場面には、非西洋的な理解の仕方を感じて、こういう風に子どもの言うことを受け止めてくれるお父さんがいていいなと思いました。

ルパン:66ページで、目をつぶればみんな同じ(移民もイギリス人も)、と言っていますが、ここはどういう意味なのかな。みな同じ人間だということ? それぞれの文化を尊重しあうべき、という異文化交流的なものがテーマだと思いましたが。そのうえ、文脈的に、ここは英語に訛りがないことを言っているらしいので、イギリス人に同化していることに価値があるようにもとれて、ちょっとひっかかりました。

アンヌ:この子なりに、同じイギリス生まれで同じ口調で喋っているんだよと説得しているのでは?

エーデルワイス(メール参加):原題はOLD DOG, NEW TRICKSで、おいぼれ犬に新しい技を教えてもむだ、というところから来ているのですね。物語は予想どおりの展開で、安心して読みました。シク教徒については、今回初めて、だれもが平等という精神を持っていると知りました。世界中に散らばっているインド人の3分の1がシク教徒だということや、イギリスのレスターは移民の町で、人工の40%がインド・パキスタン系のひとたちだということも。白人の方が押され気味で、そんなところからトランプ大統領のような人も生まれるのかと思いました。

(2017年1月の言いたい放題の会)