カテゴリー: 翻訳・児童文学

魔導師の娘

『魔導師の娘』表紙
『魔導師の娘』
原題:VIPER'S DAUGHTER by Michelle Paver, 2020
ミシェル・ペイヴァー/著 さくまゆみこ/訳 ジェフ・テイラー/挿絵 酒井駒子/装画
評論社
2023.08

イギリスのファンタジー。「クロニクル千古の闇」シリーズは完結したかと思っていたら、10年以上たって続巻が出ました。この7巻目では、表紙の絵は酒井駒子さんですが、中のイラストは原書の絵をそのまま使っています。また6巻目までとは体裁も少し変わりました。

今から6000年くらい前の、まだすべてを人の手で作り出さなければ暮らしていけなかった時代。ひとりでこっそり出ていったレンを追ってトラクは極北へと向かいます。いつの間にか、先を行くレンのそばにはナイギンいう若者が。レンはなぜ出ていったのか? ナイギンとは何者なのか? 愛するレンとトラクを引き裂いたのは誰なのか? 謎が次から次へと生まれ、それがどう解きほぐされていくのか、ハラハラします。ウルフの活躍にも胸がおどります。

舞台となる地に著者が足を運び、綿密に文献も調査して書いているので、大自然の描写や、その中で生き延びていく当時の人々の暮らしや考え方など、物語世界がリアルで入り込めます。(冬に読むと寒くなりますので、ストーブのそばか、こたつに入って読むことをお勧めします)

(編集:岡本稚歩美さん 装丁:水野哲也さん)

 

 

〈訳者あとがき〉

「クロニクル千古の闇」シリーズは、『オオカミ族の少年』『生霊わたり』『魂食らい』『追放されしもの』『復讐の誓い』『決戦のとき』の6巻が出て、これで終わりだと思っていたのですが、なんと6巻目の原書が出てから10年以上たって、この7巻目の原書が出ました。イギリスでは、8巻目と9巻目も出ています。この7巻目では、トラクとレンが連れ合いとして暮らしているのも、うれしい変化です。

物語の舞台は、今から6000年前の石器時代。私たち現代に生きる人間は、手をかけずにすむ便利なものや、効率のよいもの、安くかんたんにできるものを追求してきたあげくに、気候変動によって引き起こされる災害におろおろし、たまる一方の核廃棄物やプラスチックごみを処理できずに悩んでいます。

便利なものは何も持たず、使うものはすべて時間をかけて自分の手でつくり、とらえた獲物はとことん利用してゴミを出さないトラクたちの暮らし方は、私たちの今の暮らしとは対極にあるように思います。

また現代の私たちは、長年かけて育ってきた樹木や森を平気で切りたおし、海や空気をよごし、人間以外の生物をどんどん絶滅させてきてしまいました。今は、そんな暮らし方はおかしいと気づいて、なんとかしようと考える人たちもふえています。そんなとき、自然や、生きとし生ける者を敬い、時にはおそれ、ともに生きているトラクたちの暮らしからは、いっぱいヒントをもらえるようにも思います。

とはいえ、ペイヴァーさんは、子どもたちにそういうことを教えようとして本を書いているのではなく、自分が子どものときに読みたかったものを書いているだけだと語っています。

ペイヴァーさんは、1960年にアフリカのニヤサランド(今のマラウィ)で生まれ、イギリスで育った作家で、歴史をふまえたファンタジーを主に書いています。「クロニクル千古の闇」シリーズの『決戦のとき』では、イギリスで最もすぐれた児童文学作品にあたえられるガーディアン賞を受賞しました。

彼女は、おもしろくてドキドキする物語をつくるのがじょうずなだけではありません。著者あとがきからもわかるように、舞台になる土地のこと、そこで生きる人の暮らし方や歴史、使っていた道具、動植物のこと、気候のことなどを綿密に調べたあげくに、それを取り入れて物語を書いているのです。文化人類学や考古学の本もたくさん読んでいて、そんな知識も使って、6000年前の人々がリアルに浮かび上がるような作品に仕上げているのです。現代に生きるイヌイット、北米先住民、アイヌ、ラップランドのサーミ、アフリカのサンやイボの人たちの暮らしぶりからもヒントを得ているといいます。そこは、単に頭の中で想像をふくらませてお話を書いている作家とはちがう、見事なところだと思います。

私も、いろいろなものを調べてまちがいのないように訳したつもりですが、もしおかしなところがあれば、教えていただきたいと思っています。

またペイヴァーさんは、メールやインターネットを使っていません。読者の質問に答えて、「たとえば火山のことを知りたいと思ったら、ネットで情報を得るのではなく、実際に火山のある場所にでかけていって、それがどんなものかを身をもって体験します。その実体験があるからこそ、書いたものも読者にリアルに伝わるのではないかと思っています」と語っていました。

このシリーズの魅力の一つは、オオカミのウルフの視点で書かれた部分があることです。ウルフは、人間のことを〈尻尾なし〉、トラクのことを〈背高尻尾なし〉、火や炎のことを〈熱い舌で刺すまぶしい獣〉、川のことを〈速い水〉などと独特の表現をしています。そうした部分は、ウルフになって読んでみていただけると幸いです。

このシリーズ名の「千古の闇」(原文ではAncient Darkness)にもあるように、物語の中には恐ろしいことや困難といった闇も登場しますが、それについてペイヴァーさんは、「星を見るには夜空の闇も必要なのです」と語っています。時間とともに物語が先へと進んでも、シリーズの冒頭で結ばれたトラクとウルフの絆は変わらずに存在し、それが困難を乗り越えていくときの読者の力にもなってくれているのだと思います。小さいころから、古代世界をオオカミと駆け回りたいという夢をもっていたというペイヴァーさんの物語、まだ続きますので、どうぞ楽しみにしていてください。

 さくまゆみこ

 

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〈紹介記事〉

「子どもの本棚」2024年06月号

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パップという名の犬

ジル・ルイス『パップという名の犬』表紙
『パップという名の犬』
原題:A STREET DOG NAMED PUP by Gill Lewis, 2021
ジル・ルイス/著 さくまゆみこ/訳
評論社
2023.01

野良犬たちを主人公にしたイギリスのフィクションです。家庭の中に居場所がない少年にとって、唯一愛する存在だった雑種犬の子犬パップ。でも、少年が学校に行っている間に、捨てられてしまいます。そして、野良犬として生きていかなくてはならなくなったパップの試練が始まります。獣医として働いていた著者の観察眼や描写は、さすがと思わされます。野良犬それぞれの個性が立ち上がってくるように描かれていますし、犬たちの目を通して人間社会の歪みも見えてきます。パップのことだけではなく、無理矢理愛犬を奪われてしまった居場所のない少年の行く末も気になりますが、最後はハッピーエンドです。

(編集:岡本稚歩美さん 装丁:川島進さん)

◆2023年読書感想画中央コンクール指定図書

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〈訳者あとがき〉

本書は、イギリスで二〇二一年に出版されたA Street Dog Named Pupの翻訳です。

著者のジル・ルイスさんは、環境や動物と人間との関係を書き続けているイギリスの作家です。日本でも、すでに『ミサゴのくる谷』『白いイルカの浜辺』『紅のトキの空』(以上評論社)、『風がはこんだ物語』(あすなろ書房)が出版されています。

ルイスさんは、小さいころから草ぼうぼうの庭で、虫や鳥に親しんでいたそうです。そのつながりで獣医になり、その仕事にはやりがいを感じていたものの、今の時点で職業を選ぶとすれば、環境科学を勉強して野生動物を保護する活動をめざしたかもしれないと言っています。

またルイスさんは小さいころから物語を作るのは大好きだったのですが、学校では物語を楽しむよりは、文章の分析、文法、正しいつづりなどを注意されるあまり、物語から遠ざかっていたそうです。それが自分の子どもに本を読んでやっているうちにまた物語が好きになり、その後、大学院で創作を学び、『ミサゴのくる谷』 でデビューしました。

『ミサゴのくる谷』は、鳥のミサゴがスコットランドの少年とアフリカ・ガンビアの少女を結ぶ物語です。『白いイルカの浜辺』は、行方不明の母親と働く意欲を失った父親をもつ少女が、脳性麻痺の気むずかしい少年フィリクスといっしょに、傷ついた子イルカを母イルカのもとへもどそうと奮闘する物語で、持続可能な漁業についても考えさせられます。『紅のトキの空』は、心のバランスをくずした母親と発達のおそい弟を抱えたヤングケアラーの少女が、居場所をさがす物語で、ショウジョウトキなどの動物が象徴的に登場してきます。『風がはこんだ物語』は、小舟に乗った難民たちが、舟の上でバイオリンをひきながら少年が語る、モンゴルの白い馬と馬頭琴の話に勇気をもらうという物語です。どの作品でも、人間の心理と動物たちがからみあって、読ませる物語になっています。

そしてこの作品は、人間と動物のかかわりをていねいに描いている点や、弱い立場の者たちに著者が心を寄せて書いている点はほかの作品と同じですが、野生生物ではなく都会に暮らす野良犬たちを主人公にしているところが、ほかとは違います。

その野良犬たちですが、レックスは、闘犬として相手を殺すよう訓練されていました。ルイスさんによると、強く見せるために耳も切られているそうです。「おれは、社会ののけ者なんだよ。怪物みたいに戦うための犬なんだ。だけどよ、おれが知ってる本当の怪物は、人間だけだぜ」という言葉が辛辣ですね。サフィは、愛してくれた家族から盗まれて繁殖犬をやらされ、病気になったので捨てられました。レディ・フィフィは、セレブ気取りで流行の犬を購入した飼い主があきて捨てられました。レイナードは、キツネ狩りに役立たないので頭に銃弾を撃ち込まれて殺されかけました。イギリスでは実際にキツネ狩りが行われていますが、このように殺されるフォックスハウンドは年間三千ひきもいるそうです。マールは、かしこい犬なのにこの犬種の習性を理解していない飼い主に、手に余るとして捨てられました。クラウンは元気が良すぎて捨てられたのでしょう。また、フレンチに関してもルイスさんには特別な思いがあるようです。人間の都合でマズルが短くされたパグ、フレンチブルドッグ、ボストンテリア、ブルドッグなどの短頭種(鼻ぺちゃの犬たち)は、健康上いろいろ問題があるのですが、イギリスではかわいいとして大いに宣伝されるので飼う人も多いそうです。イギリスでは多くの獣医さんや動物保護団体が、宣伝広告に短頭種を使わないように申し入れているとのこと。「利益よりも健康を」とルイスさんは言っています。

コロナ禍でイギリスでもリモートワークになり、家で子犬を飼う人もふえたので子犬の盗難も二・五倍にふえたそうです。また、安易に飼い始めた人がめんどうになったり、通勤が再開すると犬の世話ができなくなったりして、捨てる犬も多くなったとのことです。こんなところにもコロナ禍の影響が出ているのかと驚きましたが、日本ではどうでしょうか。

さて、本書の挿絵ですが、ちょっと素人っぽいとか、素朴だと思われた方もいらっしゃるかもしれません。絵を描いたのは、作者のルイスさんご自身です。ルイスさんはもともと絵が好きで、絵も描きながら物語の構想を深めていくそうです。必要なことをいろいろと調べたうえで書き始めるのだけれど、とちゅうでいろいろな場面や登場するキャラクターを線画で描いてみるとのこと。文字で書くときとちがう頭の領域を使うので、いろいろなことを思いついたり、もっと深く物語に入りこめたりする、とルイスさんは語っています。よく見ると、たしかにいろいろな犬種の特徴や表情をよくご存知の、獣医さんならではの味が出ていますね。

子どものころに、何をどう感じ、どう思っていたかを今でもよくおぼえているというルイスさん、これからもおもしろい子どもの本を書いてくださることを期待したいと思います。

さくまゆみこ

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〈紹介記事〉

・「西日本新聞」(おすすめ読書館)2023.04.10

ジャーマンシェパードの雑種パップは生後数カ月の子犬。吠(ほ)え癖があるため人間に捨てられ、愛する少年と引き離されてしまう……。動物をテーマに物語をつむぎ続ける作家が、都会に暮らす野良犬たちの運命に思いをはせた児童書。「人間と犬との間には〈聖なる絆〉がある」という。それは本当なのだろうか。さくまゆみこ・訳。

・「朝日新聞」(子どもの本棚)

子犬のパップは、ある雨の夜、飼い主によって「しかばね横丁」に置き去りにされる。途方にくれるパップを助けてくれたのは野良犬のフレンチだった。フレンチは人間に捨てられた仲間たちと一緒にいて、パップもそこで暮らすことになる。群れで生きる犬たちを個性豊かに描いているところに、作者の動物たちへの深い愛を感じることができた。母犬が子犬に語りついできたという人間との「聖なる絆」はあるのか。またパップはどうなるのか、はらはらしながら読んだ。(ちいさいおうち書店店長 越高一夫さん)

・大阪国際児童文学振興財団(動画):やすこぼんさんのご紹介です。

パップという名の犬(動画)

 

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チケとニジェール川

『チケとニジェール川』表紙
『チケとニジェール川』 小学館世界J文学館

原題:CHIKE AND THE RIVER by Chinua Achebe, 1966
チヌア・アチェベ/作 さくまゆみこ/訳 中村俊貴/絵
小学館
2022.12

現代アフリカ文学の父とも言われるアチェベが書いた児童文学で、アフリカ諸国ばかりではなく英米でも読みつがれています。少年の憧れと、夢を実現するための行動、勇気がもつ意味、などをテーマにすえ、ことわざ、昔話、食べものなど、ナイジェリアの文化も織り交ぜて書いています。冒険譚としても楽しめるでしょう。文体には、イボ人のストーリーテリングの伝統が生かされています。

 

〈訳者あとがき〉

本書は、1966年に南アフリカのケンブリッジ大学出版局支部から出版された子どもに向けた物語の翻訳です。

著者のチヌア・アチェベは1930年にナイジェリアに生まれたイボ人の作家・詩人で、イバダン大学で学び、一時は放送の仕事につき、1967年から1970年まで続いた内戦(イボの人たちが独立国を作ろうとしたビアフラ戦争)のときには、ビアフラ共和国の大使も務めました。

ナイジェリアは、西アフリカにある多民族国家で、2億人以上が暮らしています。国内に500を超える民族がいて、使われている言語の500以上と言われています。その中には、男性と女性で話す言語が全く違うウバン語などもあります。ヨーロッパ諸国が地図上でアフリカ大陸に線引きをして国境を定めたせいで、一つの国の中に多くの民族がいて、一つの民族が多くの国に分かれて暮らすという状態が生まれたのです。

17世紀から19世紀にはヨーロッパの商人が奴隷をつかまえて南北アメリカ大陸に送るための港がアフリカにたくさんでき、ナイジェリアの海岸は「奴隷海岸」と呼ばれていました。19世紀には奴隷貿易がイギリスによって禁止されたものの、ナイジェリアにあったいくつかの王国がイギリスによって滅ぼされ、ナイジェリアはイギリスの植民地になります。イギリスから独立したのは1960年ですが、その後ビアフラ戦争と呼ばれる内戦が起こり、飢餓も問題になった長い戦いの後、ナイジェリアから独立してビアフラ共和国を作ろうとしたイボ人は敗北しました。

本書にも出てくるラゴスは海沿いにあるナイジェリア最大の都市で、1976年まではナイジェリアの首都でした。高層ビルや大きな銀行やスーパーマーケットなどが立ち並び、車の渋滞が起こるような近代都市です。今は首都が内陸部のアブジャに移りましたが、ラゴスはまだ経済・文化の中心地として知られています。

ニジェール川は、ギニアの高地に水源があり、マリ、ニジェール、ベナン、ナイジェリアと、いくつもの国を通ってギニア湾へと流れ込む全長4180キロメートルの大河です。また、チケが憧れたオニチャからアサバへニジェール川をわたるフェリーは、1965年には新しくできた橋にとってかわられています。

チヌア・アチェベは、口承文芸を下敷きにした小説を書いて、現代アフリカ文学の父とも呼ばれました。中でもおとな向けの傑作小説と言われる『崩れゆく絆』(1958)は、伝統的な文化や暮らしが、植民地支配によって壊されていく様子を描いた作品で、世界の50以上の言語に翻訳されて、有名になりました。日本でも、光文社古典新訳文庫で読むことができます。2007年にはアチェベの全業績に対して国際ブッカー賞が授与されています。

アチェベは、またハイネマン社が出していた「アフリカ作家シリーズ」で、独立後のアフリカで活躍しはじめたアフリカ人作家たちを世に送り出すことにも力を注ぎました。その後、アメリカ、イギリス、カナダ、南アフリカ、ナイジェリアなどの大学でアフリカ文学についても教えましたが、残念ながら2013年に死去しています。

アチェベは、子ども向けの物語をいくつか書いていますが、その中でもこの『チケとニジェール川』は、アフリカ各国ばかりでなくアメリカやイギリスでも出版され続けています。

主人公は、いなかの貧しい村に生まれた少年で、ニジェール川沿いにある大きな町で暮らすおじさんのところに寄宿することになり、まったく異なった環境でさまざまな体験をしながら成長していきます。アチェベは、自分の子どもたちが白人教師の多い学校でナイジェリアに根ざした文化や価値観を教わっていないのを心配して、この作品を書いたと言われています。

大きな川の向こうにわたって別の世界を見てみたいという子どもらしい憧れ、そのためにいろいろ工夫してはみるけれど、なかなかうまくいかないという焦り、ようやくフェリーに乗ることができた時の胸おどる気持ち、借りた自転車を壊してしまったときの当惑、どろぼうに遭遇したときの恐怖などが、生き生きとした筆で、とてもリアルに描かれています。

お話の筋立ては、少し昔ふうだし、書かれたのもずいぶん前のことですが、アチェベは、細かい描写でそれぞれの場面がうかびあがってくるように書いているので、日本の子どもたちにも主人公チケの気持ちがそのまま伝わるのではないでしょうか。また、ナイジェリアの屋台で売っている食べ物、お祭りのようす、学校のようす、家庭のようす、市場のようす、マネーダブラーや自転車修理工の存在なども目にうかぶように描かれています。ことわざが出てきたり、歌が出てきたり、サラおばさんの昔話が出てきたりするところには、ナイジェリアの口承文芸に大きな関心を寄せていたアチェベの作品の特徴が出ています。

私がアチェベの作品に出会ったのは、ナイジェリアを旅行しているときでした。ロンドンに住んでいたときに「アフリカ・ウーマン」という雑誌の編集長をしていたタイウォ・アジャイという女性に出会い、「ナイジェリアに行くならうちの親戚の家に泊まっていいよ」と言われて、出かけていったのです。飛行機を降りたナイジェリア北部のカノという町でキャンプをしているとき、WHOで働く日本人のお医者さまに会って、そのお家に何日か滞在させてもらいました。そのお医者さまの書斎に、アチェベの本が何冊か並んでいました。日本に帰ってから、アチェベの作品を何冊か取り寄せて読んだなかに、この『チケとニジェール川』もありました。

ちなみに、ナイジェリアでは、お話の舞台にもなっているオニチャにも行って、オニチャの大きな市場を歩いたり、ニジェール川を見たりしたこともあります。またラゴスにも行って大都市のにぎわいも体験しました。その時の楽しかったことなども思い出しながら、翻訳しました。

ナイジェリアの当時の暮らしは、日本の今の暮らしとはずいぶんかけ離れていますが、チケの気持ちは、日本の子どもたちにも「あ、同じだな」と思ってもらえるところがあるのではないかと思います。違うところ、同じところを楽しみながら読んでいただけたら幸いです。

編集を担当してくださった坂本久恵さんに感謝します。

さくまゆみこ

 

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1400個のコヤスガイ〜西アフリカ・ヨルバ人の昔話

『1400個のコヤスガイ』表紙
『1400個のコヤスガイ〜西アフリカ・ヨルバ人の昔話』 小学館世界J文学館

原題:FOURTEEN HUNDRED COWRIES: Traditional Stories of the Yoruba by Abayomi Fuja, 1967
アバヨミ・フジャ/編 さくまゆみこ/訳 千海博美/絵
小学館
2022.12

西アフリカに暮らすヨルバ人の昔話を、ナイジェリアに生まれ育ったフジャが再話しています。おもしろいお話が多いので、いつか日本の読者にも届けたいと思っていました。その後、「ふたご」の話には、ほかの地域にも同じような昔話があるなど、おもしろいことがわかってきました。どこの地域の人間も共通に持っている要素から同時発生的に同じような話が生まれてくるのか、それともおもしろい話はどんどんほかの地域にも伝わっていくのか、そのあたりもとても興味深いです。

〈目次〉

1400個のコヤスガイ
ネコとカメのレスリング
ヒョウとハリネズミ
オタマジャクジの悲しいお話
魔法のヤムイモ
天まで運んだお供え
カタツムリとヒョウ
ふたご
めんどりとタカ
エガとひなたち
ゾウとおんどり
152本のしっぽをもつ動物
キンキンとネコ
鳴らないタイコ
みなしごアジャオと魔法の小枝
かしこい犬
働いてはいけないアランテレ
雄牛とハエ
〈よそ者〉と〈旅の者〉
狩人オジョと魔法の笛
カエルの骨

 

〈訳者あとがき〉

本書の原題はFourteen Hundred Cowries: Traditional stories of the Yoruba。私が持っている原書はペーパーバックで、1967年にオックスフォード大学出版局イバダン支局から出版されています。イバダンは、ナイジェリア南西部の大きな都市です。この本は、たぶん私がロンドンに暮らしていたときに、アフリカ・ブック・センターで手に入れたのだと思います。いろいろな情報にあたってみると、ハードカバーは、それより前の1962年に出ているようです。本書はアメリカでも1971年にアン・ペロウスキーの序文と別の人の挿絵がついたものがのが出ていますし、ポーランド語版も出ています。

イギリスに植民地にされていたナイジェリアが独立したのは、1960年。それまでは学校教育でも、イギリスの学校で使われているようなものがそのまま使われていたといいます。独立後、ナイジェリアの子どもにはナイジェリアの文化や伝承を教えようということで、ナイジェリアの人が収集した昔話の本なども出るようになるのですが、本書はその先駆けとなりました。

私が持っている原書には、著者の情報や序文などもついていないのですが、アメリカ版やポーランド版によれば、著者のアバヨミ・フジャは1900年に生まれて、ナイジェリア最大の都市ラゴスで学校教育を受け、1938年に自分の民族であるヨルバ人の民話の収集を始めたようです。「ヨルバの人たちの間には、夜になると──月の明るい夜だとなおさらですが──子どもたちを集めてこうしたお話を語ってやる習慣がありました」とあり、また著者が語りを職業をするソコトという人から、お話をたくさん聞いたということも書いてあります。

ともあれ、著者のアバヨミ・フジャは、国際的に出版されている本がこの1冊のみで情報が少なく、翻訳権の処理が非常に困難でした。この「世界J文学館」の責任者である塚原伸郎さんが東奔西走してくださった結果、なんとか出せるようになったのです。

ヨルバ人というのは、ナイジェリア南西部のほか、ベナン、トーゴにも暮らしていて、ヨルバ語を話しています。著者のフジャは、ナイジェリア人です。

ナイジェリアは、西アフリカにある国で、アフリカ大陸の中では最も人口が多く、2億人以上が暮らしています。多民族国家で、一つのナイジェリアという国の中に500を超える民族が共存しています。ヨーロッパに植民地にされる前は、いろいろな王国が栄えていて、独自のすぐれた文化を持っていました。

多くのみなさんは、サッカーが強い国としてご存知かもしれません。ナショナルチームはスーパーイーグルスという名前で、オリンピックでも何度かメダルを取っています。

映画産業もさかんで、ナイジェリアの映画産業はノリウッド(ナイジェリアのハリウッドとという意味)で年間約2000本の映画が制作されています。音楽の分野でもアフロビーツのフェラ・クティやジュジュミュージックのキング・サニー・アデといった国際的なスターを生み出しています。また土や銅やブロンズで作った彫刻には、ほんとうにすばらしいものがあります。

食べ物についていえば、本書にも出てくるフーフーはイモをつぶして作るもので、ナイジェリアの人たちの主食の一つです。お米ではよくジョロフライスというものを作りますが、これは肉、タマネギ、トマト、スパイスなどを入れてたいたお料理です。ヤムイモは、根を食べるヤマノイモ科のイモで、ナイジェリアは世界一の産地です。コーラナッツは、コーラの木の種子で、カフェインを含むので、ナイジェリアではドライバーがよくかじっています。また儀式のときにも必ず出されるものです。初期のコカ・コーラの原料にはコーラナッツが使われていたといいます。味は苦味があり、ナイジェリアを旅行したときに何度も食べてみましたが、私はそうおいしいとは思いませんでした。でもいつもかじっていると、やみつきになるのかもしれません。飲み物では、本書にはひんぱんにヤシ酒が出てきますが、これはヤシの樹液を発酵させて作るお酒です。

本書には、ジュジュという言葉もよく登場しますが、ジュジュとは魔力のことでもあり、魔力がこめられた物のことも指します。「ネコとカメのレスリング」では、強力なジュジュを持っている者が勝利をおさめるし、「めんどりとタカ」では、タカにジュジュをもらっためんどりが敵に襲われなくなります。「働いてはいけないアランテレ」では、子のない夫婦が祈祷師のジュジュのおかげで娘を授かるし、「カエルの骨」では強力なジュジュを持つカエルをだれもが恐れています。

また歌や踊りも、力を持っているものです。「オタマジャクシの悲しいお話」では、オタマジャクシが即位式の前に酔っ払っておどりまくります。「男の子と魔法のヤムイモ」では、男の子が歌をうたうと、動物たちはうっとりと聞きほれて繰り返すようたのみ、やがてはその歌に合わせておどりだします。また「キンキンとネコ」では、キンキンがうたうと、畑が一瞬にして草ぼうぼうになってしまいます。また、「鳴らないタイコ」からは、儀式でタイコが重要な役割を果たしていたことがうかがえます。

本書のタイトルにもなっている最初の「1400個のコヤスガイ」はいわゆる「積み重ね歌」あるいは「積み上げ歌」と言われるものです。イギリスのマザーグースにある「これはジャックが建てた家」などが有名ですが、ヨルバ人に伝わるこの話はまた少し趣が違うのがおもしろいところです。また最後の「カエルの骨」では、カエルが人形につけたゴムの樹液で身動きがとれなくなりますが、これを読んで、アフリカ系アメリカ人の昔話にある「タールベイビー」を思い出す方もおいでだと思います。「タールベイビー」では、ウサギが人形に塗ったタールのせいで身動きがとれなくなっていました。アフリカのほかの地域にもいたずら者がねばねばしたもののせいで人形に貼り付いてしまう昔話があり、それが奴隷といっしょに海をわたってアメリカまで伝わっていたことがわかります。

「ふたご」の話は、タイウォ、ケヒンデというふたごが主人公でした。ヨルバ人のふたごには、伝統的にタイウォ(もともとの意味は、世界を味わう者)とケヒンデ(もともとの意味は、あとから来た者)という名前がついています。私が個人的に知っているタイウォさんは女性でしたが、やはりケヒンデさんというふたごがいました。

ナイジェリアやヨルバの人たちの文化に思いをはせながら、本書の昔話を楽しんでいただけると幸いです。

編集の坂本久恵さんにはお世話になりました。ありがとうございました。

さくまゆみこ

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女たちの物語〜アフリカ系アメリカ人が語りつぐ民話と実話

『女たちの物語』表紙
『女たちの物語〜アフリカ系アメリカ人が語りつぐ民話と実話』 小学館世界J文学館

原題:Her Stories: African American Folktales, Fairy Tales, and True Tales, told by Virginia Hamilton, illustrated by Leo & Diane Dillon, 1995
ヴァージニア・ハミルトン/編 さくまゆみこ/訳 レオ&ダイアン・ディロン/絵
小学館
2022.12

国際アンデルセン賞作家のヴァージニア・ハミルトンは、母、おばなど親族の女たちからたくさん話を聞いて育ちました。そして自分でも、アフリカ系の女たちが登場するそうした話をまとめたいと思っていました。そして出した本書に載っているのは、動物が登場する昔話、ちょっと怖い伝説、ファンタジー、実話と種類はさまざまですが、どれも強く印象に残ります。ディロン夫妻の絵もすばらしいですよ。ハミルトン自身による解説と、なぜこの本を出すにいたったかというもう一つの物語もついています。

〈目次〉

◯女たちの動物の話

小さな女の子とバーラビー
リーナと大きなトラ
マリーと赤い魚
仲間を手に入れたミズ・ハティ

◯女たちのおとぎ話──妖精や魔女の話

ネコ皮かぶり
よいブランシュと、悪いローズと、おしゃべりする卵
メアリベルと人魚
光りかがやく妖精を見たベットおっかあ

◯女たちの超自然の話

ほう、ほう、ほほう
メイシーとブー・ハグ
ローナとネコ女
マリンディと小さな悪魔

◯女たちの暮らしぶりと伝説

最初、女と男は対等だった
ルエラとオウム
閉じこめられた人魚
アニー・クリスマス

◯女たちの実話

ミリー・エヴァンズ:プランテーション時代(ノースカロライナ)
レティス・ボイヤー(ノースカロライナ)
メアリ・ルー・ソーントン:わたしの家族(オハイオ)

 

〈訳者あとがき〉

本書をまとめたのは、アメリカの女性作家ヴァージニア・ハミルトンです。

ハミルトンは、1934年に生まれ(1936年という情報も出回っていますが、オフィシャルなウェブサイトには34年と書いてあります)オハイオ州南西部にある祖母の一族が持っていた農場で育ちました。子どものころは、著者あとがきにもあるように、家族や親族からたくさんの物語を聞いて育ちました。両親もすばらしい語り手で、アフリカ系の人々の歴史や文化を誇りをもって伝えてくれたと言います。祖父のレヴィ・ペリーは、幼い頃母親と一緒に売られた奴隷でしたが、1857年に母親の助けを借りてヴァージニア州からオハイオまでやって来て、自由人になった人です。レヴィを助けたのは、「自由への地下鉄道」という南部の奴隷を北部に逃がすための人間のネットワークでした。

ヴァージニア・ハミルトンは、1953年にはニューヨークに出て、博物館の受付やナイトクラブの歌手などをして生計を立てながら、作家になろうと努力していました。1960年には詩人のアーノルド・エイドフと結婚し、その後作家活動に専念するようになります。

作家としては、1967年に『わたしは女王を見たのか』(邦訳:鶴見俊輔 岩波書店)を発表して以来、41点の作品を出版しました。ジャンルは絵本、昔話、ミステリー、YA小説、伝記と多岐にわたっています。『ジュニア・ブラウンの惑星』(1971/邦訳:掛川恭子 岩波書店)でアメリカで最も権威あるニューベリー賞のオナーを受賞し、『偉大なるM.C.』(1974/邦訳:橋本福夫 岩波書店)で、ニューベリー賞とボストン・グローブ・ホーンブック賞と全米図書賞を受賞しました。ニューベリー賞の本賞をアフリカ系の作家が受賞したのは初めてのことでした。その後も、『マイゴーストアンクル』(1982/邦訳:島式子 原生林)でニューベリー賞オナーとコレッタ・スコット・キング賞とボストン・グローブ・ホーンブック賞、『人間だって空を飛べる〜アメリカ黒人民話集』(1985/邦訳:金関寿夫訳 福音館書店)と、本書『女たちの物語〜アフリカ系アメリカ人が語りつぐ民話と実話』(1995)でコレッタ・スコット・キング賞と、数々の賞にかがやいています。

また1992年には、全業績が評価されて国際アンデルセン賞を受賞しています。これは世界で最も権威ある児童文学の作家・画家にあたえられる賞で、この賞をアフリカ系アメリカ人が受賞したのは初めてのことでした。さらに、1995年にはローラ・インガルス・ワイルダー賞を受賞しています。この賞はアメリカで作品を出版し、長年にわたって児童文学に多大な貢献をしてきた作家・画家にあたえられる賞ですが、ワイルダーの作品には人種差別的な表現が含まれていることから、名称が2018年に「児童文学遺産賞」へと変更されています。

ヴァージニア・ハミルトンは、アフリカ系アメリカ人の子どもたちを主人公にし、彼らが誇りをもって読めるようなフィクションを書くと同時に、アフリカ系の人たちの間に伝承されてきた昔話や伝説を、今の子どもたちに伝えることにも力を注ぎました。『人間だって空を飛べる』や本書は、その成果と言えるでしょう。

さらなる活躍を期待されていましたが、2002年に乳がんで死去しています。

アフリカ系アメリカ人の昔話といえば、ジョエル・チャンドラー・ハリスという白人のジャーナリストが南北戦争後に南部の黒人たちから話を聞き出して新聞に掲載し、後に本にまとめた『リーマスじいやの物語〜アメリカ黒人民話集』(1881)があります。当時ベストセラーになったこの民話集は、かつては奴隷だった「リーマスじいや」が、南部の黒人たちが使うだろうとハリスが考えた言葉遣いで、白人の子どもに語って聞かせるという体裁をとっていて、ブレアラビット(ウサギどん、ウサギ兄貴)など動物たちがいろいろ登場してきます。

私はイギリスの湖水地方で、ビアトリクス・ポターがこの本を読んで描いた絵というのを見たことがあります。ポターは、その影響もあってピーター・ラビットというちょっといたずらなウサギが登場する絵本を思いついたのかもしれません。ともあれ『リーマスじいやの物語』は、アメリカばかりでなくイギリスでも広く読まれていたようです。

本書にも、「バーラビー」と呼ばれるいたずら者のウサギが登場する話が載っています。ちなみにいたずら者のウサギは、アフリカの昔話とも深いかかわりがあります。アフリカではウサギ(ラビット)ではなくノウサギ(ヘア)として登場してきますが、アフリカ系アメリカ人の昔話とアフリカの昔話には、似たような話がたくさんあって、アフリカから連行された奴隷たちが、昔話もたずさえていき、それを文化として子どもたちに伝えていたことがよくわかります。

本書の挿絵をかいたレオ&ダイアン・ディロンは共同で絵を描き活躍していました。レオはブルックリンで、ダイアンはロサンジェルスで、ともに1933年に生まれ、1954年にニューヨーク市のデザイン学校で出会って結婚し、それ以来50年以上の間、一つのチームとして仕事をするようになりました。1976年と1977年に、『どうしてカは耳のそばでぶんぶんいうの?』(ヴェルナー・アールデマ文 邦訳:やぎたよしこ ほるぷ出版)と『絵本アフリカの人びと』(マスグローブ文 邦訳:西江雅之 偕成社)とで、アメリカで最もすぐれた絵本の画家にあたえられるコールデコット賞を受賞しています。本書の挿絵を見てもわかるように、アフリカ系の人たちを威厳と誇りをもった存在として描いているのが特徴の一つとして挙げられます。レオは、残念ながら2012年に死去しています。

本書には、アフリカ系アメリカ人の女性が登場する話が五つのジャンル別に全部で19編おさめられ、それに加え、著者自身の物語も入っています。シンデレラ物語もあれば、怪力の女性船頭についての伝説、バンパイアや魔女や人魚が登場する話や、神様やイエス・キリストが登場するものもあります。そして奴隷だった時代のことを語る実話も入っています。

原書では、一つ一つの話の最後に、ハミルトン自身による解説が入っていましたが、物語そのものとは対象になる読者も違うので、本書では後ろにまとめてあります。

アフリカの昔話と同様、一味ちがう趣をもった話が多いのですが、そこがおもしろいところだし、だからこそ印象に残る話も多いのではないかと私は思っています。ともあれ、ハミルトンが書いた「はじめに」にあるように、楽しく読んでいただければ幸いです。一つだけ言い添えておくと、本書は『女たちの物語』となっていますが、男性読者が読んでもおもしろいと私は思っています。

編集の坂本久恵さんに感謝いたします。

さくまゆみこ

 

 

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アフリカン・マジック〜ネルソン・マンデラが選んだ昔話と物語

『アフリカン・マジック』表紙
『アフリカン・マジック〜ネルソン・マンデラが選んだ昔話と物語』 小学館世界J文学館

原題:MADIBA MAGIC: Nelson Mandela's Favourite Stories for Children, 2002
ネルソン・マンデラ/編 さくまゆみこ/訳 末山りん/絵
小学館
2022.12

南アフリカの出版社が出した昔話と物語です。語り伝えられてきた昔話と、昔話をもとにした創作物語の両方が入っています。後ろの方にある「本書の物語について」というところには、一つ一つの物語の由来が書いてあります。

〈目次〉

1)怪鳥のふしぎな歌(タンザニア)
2)ネコはどうして家の中でくらすようになったのか(ジンバブウェ)
3)動物たちはどうやって草と水を手に入れたのか(南部アフリカ・サン人)
4)ライオン王のおくりもの(南部アフリカ・コイコイ人)
5)月のお使い(ナミビア)
6)ヘビの呪い(西アフリカ/ズールーランド)
7)怪物とフラカニャナの知恵くらべ(南部アフリカ・ングニ人)
8)サンカンビのあまい言葉(南部アフリカ・ヴェンダ人)
9)ノウサギとハイエナ(ボツワナ)
10)ライオンとノウサギとハイエナ(ケニア)
11)言うことを聞かなかったマディペツァネ(レソト)
12)川から来たカミヨ(トランスカイ)
13)クモとカラスとワニ(ナイジェリア)
14)ダンスに出かけたナティキ(南アフリカ・ナマクアランド)
15)ノウサギと木の精霊(南部アフリカ・コーサ人)
16)カマキリと月(南部アフリカ・サン人)
17)七つ頭のヘビ(南部アフリカ・コーサ人)
18)ノウサギの仕返し(ザンビア)向けと
19)オオカミの妃(南アフリカ・ケープのマレー人)
20)ファン・フンクスと悪魔(南アフリカ・ケープのオランダ人)
21)オオカミとジャッカルとバターのたる(南アフリカ・ケープのオランダ人)
22)雲の国のお姫様(エスワティニ)
23)水場を守るヘビ(中央アフリカ/ズールーランド)
24)アリとスルタンのむすめ(南アフリカ・ケープのマレー人)
25)王様の指輪
26)かしこいヘビ使い(モロッコ)
27)びんに閉じこめられたアスモデウス(南アフリカ・ケープのイギリス人)
28)美しい若者サクナカ(ジンバブウェ)
29)〈すべての子どもの母〉(マラウィ)
30)妹がほしかったピピディ(ボツワナ)
31)フェシト、市場へ行く(ウガンダ)
32)魔女と竜と異国の紳士(南アフリカ・ケープのイギリス人)

 

〈訳者あとがき〉

本書はもともと南アフリカの出版社が英語で出したもので、原著にはアフリカ人画家の挿絵が入っています。原書の書名は「マディバ・マジック」。マディバというのは、ネルソン・マンデラの氏族の名前だそうですが、南アフリカの人々がマンデラ元大統領を尊敬と親しみをこめて呼ぶ言葉です。私は2004年にケープタウンで子どもの本世界大会に参加したとき、ケープタウンの本屋さんで原書を見つけて購入し、いつか日本でも紹介したいと思っていました。

今回の『世界J文学館』についての企画を考える時、アフリカ地域から選ぶとしたら何がいいだろうと、いろいろ考えたました。アフリカといっても広い大陸で、教科書以外の子どもの本を出している国もいくつかあります。その中には日本と同じように、学校物語や家族の気持ちのすれ違いや初恋などを描いている作品もあります。でも、日本の今の子どもたちが読んでおもしろいと思えるかどうかが疑問でした。

アフリカ地域から日本の子どもたちへぜひ読んでほしいのは、やはり昔話が中心になるかもしれないと、私は思いました。そこで、まず候補に挙げたのが本書です。

長くヨーロッパの植民地にされていたアフリカ各国では、一九六〇年代に独立するまでは、学校でも、生徒たちはヨーロッパ人が書いた物語や詩を勉強していました。でも、それでは自分たちの文化がすたれてしまうし、アフリカで暮らす子どもたちのためにはならないと思って、作家たちは危機をいだきました。そして目を向けたのが、アフリカの伝統の中にある「声の文化」でした。アフリカには歴史的に文字の文化(読む・書くの文化)より声の文化(話す・聞く)のほうが豊かにありました。そこに自分たちの文化のルーツの一つがあると作家たちも考えたのです。なので、独立後にアフリカの人たちがまとめた子どもの本の中には昔話がたくさんあるし、昔話から発展した物語もあります。

本書は、マンデラさんが南アフリカで実現しようとした「虹の国」(人種差別をやめて、肌の色にかかわらず、みんなで協力してつくる国)の理想を、体現している本だとも言えます。南アフリカがアパルトヘイトという人種差別的な政治を行っていたとき、黒人たちの文化は無視されていました。でも、本書には、アフリカ大陸に最も古くから住んでいたサン、コイコイ、ナマ、今の南アフリカをになうズールー、ヴェンダ、コーサといった人たちの昔話ばかりでなく、オランダ系、イギリス系、アジア系の人たちに伝わる昔話も入っています。それに加え、タンザニア、ジンバブウェ、ナミビア、ボツワナ、ケニア、レソト、ナイジェリア、ザンビア、エスワティニ、モロッコ、マラウィ、ウガンダといった南アフリカ以外の国の昔話や創作物語も収められています。

再話・創作したのは、主に南アフリカに暮らす多様な人々ですが、そのうち私はチナ・ムショーペさんとジェイ・ヒールさんにはお目にかかって話したことがあります。チナさんは、コーサ人の母とズールー人の父の間に生まれ、女優、詩人、戯曲作家、ストーリーテラーとして世界で活躍しています。南アフリカが民主化するまでは、アパルトヘイトを廃止させようとする活動も行っていました。チナさんのストーリーテリングは日本でも、南アフリカでも聞きましたが、演劇の要素が入ったすばらしいものでした。ジェイさんは、ロンドンに生まれてオックスフォード大学で修士号まで取り、イギリスや南アフリカの学校で子どもたちを教え、その後子どもの本を書いたり、編集・出版したり、読書普及活動をしたりなさっていました。ケープタウンの子どもの本の世界大会のときにはIBBY南アフリカ支部の会長をしておいででした。今回この本を訳すにあたっていろいろと調べてみると、ジェイさんは昨年暮れに亡くなられていたことがわかりました。とてもまじめて→おもしろい方だったので残念です。

ここに集められたアフリカの昔話には、アフリカ全体の昔話の特徴もよくあらわれています。まず動物が登場する話が多いことにお気づきだと思います。アフリカの人は人間を主人公にして話すと、あとで角が立つので、擬人化した動物を登場されるといいます。アフリカの人たちは、知恵(時には悪知恵も)を使って、小さくて弱い動物が、大きくて強い動物を出しぬく話が大好きです。本書にもいたずら者のノウサギやカメが登場する話が、収められています。動物ではありませんが、怪物と知恵くらべをするフラカニャナや、サルたちをだますサンカンビも、知恵を使って生きのびたり、今ある秩序をひっくり返したりするいたずら者(トリックスター)の話です。ヘビが登場する話も三つ入っています。ほかに、動物と人間の両方が登場する話、魔力を持つ者や妖怪が登場する話などもあります。

また歌が入ってくるのも、アフリカの多くの昔話に見られる特徴です。チナさんのストーリーテリングも、最初は静かにお話を語ることから始まり、そのうちに歌や太鼓や踊りにつながっていきました。日本のストーリーテリングは声色も使わず、どちらかというと淡々と語っていきますが、アフリカのストーリーテリングはもっと演劇的な要素、ミュージカル的な要素が強いと言えるかもしれません。

グリム昔話や日本の昔話に親しんできた方たちの中には、意外な展開に驚かれたり、ちょっと残酷かと思われたり、いたずら者やだまし上手な存在が主人公になっていることに眉をひそめる方もおいでだと思います。しかし、昔話というのは、もともと暗い夜に燃える火を囲んで、日常とは切り離された別次元で起こる出来事が語られるのを聞いて楽しむものでした。欧米や日本では、語りの文化が弱くなり文字の文化が主流になったとき、子どもに聞かせるお話の中からトリックスターや残酷な要素は排除されてしまいました。でも、アフリカではまだその要素が残っているということかもしれません。そういう意味では、昔話の原型やダイナミズムを感じていただけるのではないかと思います。

本書を翻訳するにあたっては、編集の坂本久恵さんと塚原伸郎さん、ツワナ語の歌の意味を教えてくださった国際協力機構(JICA)ボツワナ支所と京都大学の高田明先生には特にお世話になりました。ありがとうございました。

アフリカの子どもたちが楽しんでいる昔話や創作物語を、日本の読者のみなさんも楽しんでいただけるとうれしいです。

さくまゆみこ

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小学館世界J文学館

『小学館世界J文学館』表紙
『小学館世界J文学館』
小学館
2022.12

世界のおもしろい作品125点が電子書籍として読める本です。私は最初の企画段階から相談を受け、こんな作品を載せたらおもしろいのではないか、とか、こんな方に翻訳をお願いしたらいいのではないか、という提案をさせていただきました。

私が訳した作品は、以下のものが入っています。

・『女たちの物語~アフリカ系アメリカ人が語りつぐ民話と実話』ヴァージニア・ハミルトン編 レオ&ダイアン・ディロン絵 (アメリカ)
・『シャーロットのおくりもの』E.B.ホワイト著 ガース・ウィリアムズ絵 (アメリカ)
・『はみだしインディアンのホントにホントの物語』シャーマン・アレクシー著 エレン・フォーニー絵 (アメリカ)
・『1400個のコヤスガイ ~西アフリカ・ヨルバ人の昔話』アバヨミ・フジャ編 (ナイジェリア)
・『アフリカン・マジック! ~ネルソン・マンデラが選んだ昔話と物語』ネルソン・マンデラ編 (南アフリカ、アフリカ各地)
・『チケとニジェール川』チヌア・アチェベ著(ナイジェリア)

(編集チーフ:塚原伸郎さん)

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彼の名はウォルター

エミリー・ロッダ『彼の名はウォルター』表紙
『彼の名はウォルター』
原題:HIS NAME WAS WALTER by Emily Rodda, 2018
エミリー・ロッダ/著 さくまゆみこ/訳
あすなろ書房
2022.01

ロッダさんの、シリーズではない単発の作品で、オーストラリア児童図書賞を(またもや!)受賞しています。テーマは歴史、多様性、ミステリー、権力に翻弄される若者といったところでしょうか。

学校の遠足で歴史的な町を訪れるはずだったのに、途中でバスが故障します。ほかの生徒たちはそこから歩いて目的地に向かいますが、コリン(転校生)、グレース(足の怪我で松葉杖をついている)、ルーカス(コンピュータ好き)、タラ(バスの中で鼻血を出した)の4人は、フィオーリ先生(イタリア系、遠足の責任者)と共に、その場でタクシーが来るのを待つことになります。

今にも嵐が来そうな天候です。バスを回収に来たレッカー車の運転手に、丘の上の古い館で待つといいと助言され、5人はひとまずその館に避難します。ところがタクシーは現れず、5人はその古い館で夜を明かすことに。コリンは、キッチンにおいてあった書き物机の秘密の引き出しに手作りの美しい本が入っていたのを見つけ、タラと一緒に読み始めます。その本の書名は『彼の名はウォルター』。

ところが、何者かがその本を読ませないようにしているらしく、不気味な館では不気味な現象が次々に起こります。この館では過去に何があったのか、その本にはどんな真実が書かれていたのか──見た目も性格もバラバラで友だちでさえなかった4人の子どもたちが、その謎を解き明かしていきます。

現在と過去を1冊の本で結びつけるロッダさんのストーリーテリングが、すばらしい! 館の不気味さと謎でグイグイ引っ張っていきます。

自分で持ち込んで出してもらった本ですが、原書が276ページ、日本語版が350ページ。ページ数が多いので、訳者あとがきはありません。

(編集:山浦真一さん 表紙イラスト:都築まゆ美さん 装丁:城所潤さん+大谷浩介さん)

 

***

<紹介記事>

・「朝日新聞」(子どもの本棚)2022年03月26日掲載

週末の遠足でグロルステンという歴史的な町へ出かけた子どもたち。乗っていたミニバスが途中で故障し、フィオーリ先生と4人の生徒は田舎道で立ち往生し、丘のてっぺんにある2階建ての古い屋敷で一晩を過ごすことにした。屋敷の中にあった書き物机から、コリンは表紙に『彼の名はウォルター』と書かれた手書きの本を見つける。不安な夜をその本を読み合うことで切り抜けようとするが、物語の世界が現実に侵食してきて、いいようのない恐怖感に包まれていく。スリル満点のストーリー展開に身がすくむ思いがした。(エミリー・ロッダ著、さくまゆみこ訳、あすなろ書房、税込み1760円、小学校高学年から)【ちいさいおうち書店店長 越高一夫さん】

 

<紹介映像>

・大阪国際児童文学振興財団 「本の海大冒険」土居安子さんによる紹介

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宇宙への扉をあけよう(ホーキング博士の宇宙ノンフィクション)

ホーキング『宇宙への扉をあけよう』(さくま訳)の表紙
『宇宙への扉をあけよう(ホーキング博士の宇宙ノンフィクション)』
原題:UNLOCKING THE UNIVERSE by Lucy Hawking, 2020
ルーシー&スティーヴン・ホーキング/著 さくまゆみこ/訳 佐藤勝彦/監修
岩崎書店
2021.09

この本は、これまでに出ていたシリーズ6巻分の科学コラムやエッセイを集めて加筆し、新たなエッセイも加えて作られたものです。このシリーズの本当の最終刊、だと思います。ブラックホールなど最新の画像も入っています。

オビに言葉を寄せてくれた村木風海さんは、小学校4年生のときにおじいさんに『宇宙への秘密の鍵』をもらい、それをきっかけにサイエンティストになったのだそうです。そうか、もうそんなに長いことこのシリーズは続いているのか、と感慨深いものがあります。

原著の細かいところにいろいろ間違いがあり、佐藤先生にうかがいながらチェックしていきました。製本は、本の開きがとてもいいコデックス装になっています。

(編集:松岡由紀さん 装丁:坂川事務所)

 

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わたしは夢を見つづける

ジャクリーン・ウッドソン『わたしは夢を見つづける』(さくま訳)の表紙
『わたしは夢を見つづける』
原題:BROWN GIRL DREAMING by Jacqueline Woodson, 2014
ジャクリーン・ウッドソン/著 さくまゆみこ/訳
小学館
2021.08

国際アンデルセン賞、アストリッド・リンドグレーン賞を受賞したウッドソンが自分が生まれて、南部の祖父母の家とニューヨークの母のアパートを行ったり来たりしながら少女時代を過ごし、やがて文字や文章に興味をもって作家をめざすようになるまでの反省を散文詩で描いています。

これを訳すのは結構大変でした。詩のリズムを活かしながら意味が通って行くようにしなければならなかったし、そのままではわかりにくい言葉に注を入れなくてはならなかったし、詩らしい形を整えなくてはならなかったからです。

利発で成績もよい姉オデラの陰で読み書きもうまくできなくて劣等感を感じていたこと、おとなしい兄のホープが歌の才能に恵まれていたのを知り、自分にも隠れた才能があるのかと不安になったこと、肌の色も目の色も自分たちとは違う弟のローマンに最初は違和感を持つけれどやがて弟として大事に思うようになること、大好きだった祖父や、エホバの証人の信者だった祖母のこと、いつも陽気なロバートおじさんが逮捕されて収監され、刑務所に面会に行ったときのことなど、家族のこともたくさん書かれています。

それに加え、ブラックパンサー党やアンジェラ・デイヴィス、キング牧師、マルコムXなども登場し、当時のアフリカ系の人たちがどう考えていたのか、それを子どもの目がどうとらえていたのかをうかがい知ることもできます。

(編集:喜入今日子さん 装丁:アルビレオ イラスト:MARUU)

*全米図書賞受賞
*ニューベリー賞オナー受賞
*コレッタ・スコット・キング賞作家賞受賞
*E.B.ホワイト賞受賞

 

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〈訳者あとがき〉

本書は、2014年に出版され、全米図書賞、ニューベリー賞オナー、コレッタ・スコット・キング賞、E.B.ホワイト賞など、アメリカの主要な児童文学賞を総なめにしたジャクリーン・ウッドソンのbrown girl dreamingの翻訳です。

ウッドソンは、2015年から2017年までアメリカの「若い人たちのための桂冠詩人」を、2018年から2019年にはアメリカの児童文学大使をつとめています。また2018年にアストリッド・リンドグレーン記念文学賞、2020年に国際アンデルセン賞作家賞を受賞しているので、まさに現代のアメリカの児童文学界を第一線で牽引している作家といってもいいでしょう。

本書はそんなウッドソンの代表作の一つで、オバマ元アメリカ大統領も、アメリカの人種問題を理解するために本書をすすめています。

最近アメリカでは、詩の形式で書かれた物語がたくさん出版されていますが、本書も散文詩で書かれています。それについてウッドソンは「普通の文章で書けば、時系列や因果関係や起承転結をはっきりさせないといけないけれど、これは頭に浮かんでくる思い出を書きとめたものなので、こういう形式がふさわしいと思ったのです」と語っています。

1963年にオハイオ州コロンバスに生まれたウッドソンは、若くして離婚した母親といっしょに、母親の実家があるサウスカロライナ州グリーンビルと、母親が引っ越した先のニューヨーク市ブルックリンを行ったり来たりしながら育ちます。本書はそんなウッドソンの半生記と言えますが、ウッドソンが幼いころから文字や言葉に興味をもっていたこと、それでも読んだり書いたりすることがうまくできずに優等生の姉にコンプレックスを抱いていたこと、先生に励まされて自分の才能に気づいて行くところなどもリリカルに語られており、彼女が作家になっていく道のりを垣間見ることができます。祖父母、父母、きょうだいなど家族のことも、ひとりひとりのイメージがくっきりとうかぶように描かれているのが、おもしろいところです。

また祖父母のいるサウスカロライナにまだ残っていた人種差別についても、キング牧師、マルコムX、アンジェラ・デイヴィスといった先輩たちの公民権運動やフェミニズム運動から受けた影響についても、子どもの視点から描写されているので、BSM(ブラックライブズマター)の背景についてもわかっていただけるのではないかと思います。

詩の翻訳はむずかしく、さまざまに迷いながら訳しましたが、若いみなさんに楽しんでいただければ幸いです。

 2021年7月 さくまゆみこ

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宇宙の神秘〜時を超える宇宙船

『宇宙の神秘』表紙
『宇宙の神秘〜時を超える宇宙船』 ホーキング博士のスペース・アドベンチャーⅡ-3

原題:GEORGE AND THE SHIP OF TIME by Lucy Hawking, 2018
ルーシー・ホーキング/作 さくまゆみこ/訳
岩崎書店
2020.09

キーワード:宇宙、時間、感染症、未来、宇宙船、冒険 ディストピア

ホーキング博士のスペースアドベンチャーシリーズの、いよいよこれが最終巻です。これまでの巻にはスティーヴン・ホーキング博士も原稿を寄せたり、たぶんプロットにアドバイスをしたりしてかかわっておいででしたが、博士は2018年3月に亡くなられたので、この巻は娘のルーシーさんがひとりで(といっても博士のお弟子さんたちにはアドバイスを受けているかと思いますが)書いています。

それでじつは、私も読み始める前はあまり期待していなかったのですが(これまでの巻でのホーキング博士が書かれたものがとてもおもしろかったので)、読んでみて「ああ、おもしろい。もしかするとシリーズ中でも特におもしろいと言えるかも」と思いました。

本書は、何よりも今の時代にコミットしています。このままいくと未来はユートピアなのかディストピアなのかという問題、パンデミックの問題、専制君主がいた場合の身の処し方、気候変動の問題、AIと人間の共存の問題など、いろいろな点について、私たちに考えるきっかけを提供してくれています。

そして、「足元ばかりを見るのではなく、星空を見ることを忘れないようにしよう」というホーキング博士の言葉でしめくくられています。

シリーズを通しての主人公ジョージは、この巻でも大活躍しますし、親友のアニーもこれまでとは違う、びっくりの姿で登場してきます。トランプそっくりのダンプという為政者も登場してきます。

科学エッセイ(最新の科学理論)には、以下のものが収録されています。

・タイムトラベルと移動する時計の不思議
・気候変動——わたしたちには何ができる?
・未来の食べ物
・感染症、パンデミック、地球の健康
・50年後の戦争
・未来の政治
・未来の都市
・人工知能(AI)
・ロボットをめぐるモラル
・インターネットについて

(日本語版監修:佐藤勝彦先生 装画・挿画:牧野千穂さん 編集:松岡由紀さん 装丁:坂川栄治さん+鳴田小夜子さん 科学コラムの事実確認など:平木敬さん+平野照幸さん)

キーワード:宇宙、時間、感染症、未来、宇宙船、冒険 ディストピア

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雪山のエンジェル

『雪山のエンジェル』(さくまゆみこ訳)表紙
『雪山のエンジェル』
原題:THE SNOW ANGEL by Lauren St John, 2017
ローレン・セントジョン/作 さくまゆみこ/訳
評論社
2020.10

主人公はマケナというケニア人の女の子。山岳ガイドを務める父親と、理科の教師をしている母親との3人家族でナイロビに暮らしていましたが、シエラレオネに出かけた父親と母親がエボラ出血熱で死亡し、マケナは身寄りがなくなります。しばらくは父親の弟の家族に引き取られていたものの、女中同然の扱いを受けてそこにはいられなくなり、路上の暮らしを余儀なくされます。そこで出会ったのが、スノウと呼ばれるアルビノの少女。マケナとスノウは、スラムで何とか生きぬこうとします。やはり身よりのないスノウは、1日に少なくとも3回は魔法の瞬間があるから、それを楽しみに生きていけばいいと、マケナに言います。不思議そうな顔をするマケナに、スノウは言います。

「まず、日の出と日の入り。これで二つね。マザレ(スラムの名)で、おなかぺこぺこで不安なまま目をさまして、スラム街から死ぬまで抜け出せないから生きててもしょうがないと思ったとしても、空を見上げさえすればいいの。お日さまは、マザレ・バレーだろうと、アメリカの金色にかがやく摩天楼だろうと、同じように照らしてくれるのよ。お日さまはいつも、いちばんすてきな服を着て顔を出すの。ハッとするほどすてきな日の出が見られることもあるし、どの朝もほかの朝とはちがうのがいいでしょ。『毎朝が新たな始まりだと思って顔を出すのだから、あなたたちもそうしなさい』って言ってるみたいにね」
「じゃあ、三つ目は?」マケナがたずねた。
「探せば、いつでも見つかるもの。四つ目だって五つ目だって,二十個目だって同じ。ほら、今だって、あたしにとっては魔法の瞬間よ」

日の出と日の入りが毎日違うとスノウが言っても、東京にいたらそんなものかなあ、という程度の理解で終わっていたかもしれません。でも、木曽にいると,空が毎日違うということを実感します。光の具合も、雲の散らばり具合も、空気感も、風の吹き方も、本当に毎日違うのです。

マケナもスノウも命を落とす瀬戸際で助けられ,最後にはそれぞれの居場所を見つけるのですが、マケナを助けるのは、時々顔を出す神秘的なキツネ。スノウの不屈の精神を支えているのは、ミカエラ・デプリンスについて写真と文で伝える雑誌記事。ミカエラ・デプリンスは、シエラレオネで戦争孤児となり、その後プロのバレエダンサーになった女性で、今はオランダ国立バレエ団でソリストを務めています。

(編集:岡本稚歩美さん 装丁:内海由さん)

 

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<訳者あとがき>

本書は、ローデシア(今のジンバブエ)で生まれ、動物保護区で育ち、すでに『白いキリンを追って』『砂の上のイルカ』などで日本でもおなじみになった作家ローレン・セントジョンの作品です。セントジョンは、よく動物を作品に登場させますが、本書にもさまざまな種類のキツネが姿をあらわします。この作品に登場するキツネは、現実のものもあれば、特定の人だけに見えるものもあるらしいのですが、必死に生きようとしている子どもの味方をしてくれているようです。

でも、セントジョンがこの作品で描きたかったのは、キツネよりも「忘れられた子どもたち」のことだったと言います。マケナは親をエボラ出血熱という感染症で失って孤児になってしまいましたし、スノウもアルビノであることで迫害されそうになり、やはり孤児になってスラムに住んでいます。ほかにも、スラムでたくましく生きぬいている子どもたちが登場しています。

ときどき日本の新聞でも話題になるエボラ出血熱は、比較的新しい感染症だと言えますが、致死率が高いので恐れられています。初めて発生したのは1976年で、南スーダンとコンゴ民主共和国でのことでした。近年では2014年からギニアやシエラレオネなどで感染が拡大して「エボラ危機」と言われました。その後いったん終息したかに見え、シエラレオネやギニアでは終息宣言も出されましたが、また2018年からコンゴ民主共和国で流行しています。今、世界の多くの国々は新型コロナウィルスの感染をどう食い止めるかで必死ですが、アフリカにはまだエボラ出血熱とたたかっている人々もいるのです。

セントジョンは、たとえエボラ出血熱が終息したとしても、「エボラ孤児が姿を消したわけではなく、偏見や迷信のせいで村人からつまはじきにされるケースも多々ある」と述べています。エイズ孤児も同様だと思います。セントジョンが生まれ育ったジンバブエにも、孤児が百万人以上いるそうです。首都のハラレから半径10キロ以内で見ても、子どもが家長になっている家庭が6万戸もあるそうです。

また、アルビノの子どもたちが迫害されるというケースも、セントジョンはこの作品で取り上げています。アルビノは、先天的にメラニンが欠乏して肌が白くなる遺伝子疾患ですが、教育がすみずみまでは行きわたっていない場所では、大多数とは違う状態の人がいると、そこには何か魔力が潜んでいると思う人々もまだいます。それで、アルビノの人の体の一部を手に入れて高く売ろうなどという、とんでもないことを考える犯罪者も出てくるのです。

本書でも、スノウはタンザニアで死の危険を感じたのでしたが、そのタンザニアでは、2008年にアル・シャイマー・クウェギールさんという女性が、アルビノ初の国会議員になりました。彼女も子どものころは「人間ではなく幽霊だ」と言われたり、いじめられたりしたと言いますが、人々に自分の体験を話し、アルビノに対する偏見を取り除こうとしています。

また西アフリカのマリ出身のミュージシャン、サリフ・ケイタもアルビノですが、古代のマリ帝国の王家の子孫であるにもかかわらず、白い肌のために迫害され、親族からも拒否されて、若い頃は生活が貧しかったといいます。サリフ・ケイタは、今では世界的に有名なアーティストになり、アルビノの人たちの支援活動を積極的に続けています。

それから本書には、スノウに大きな影響をあたえた人物としてミカエラ・デプリンス(ミケーラと表記されることもあります)が登場しています。ミカエラの本は日本でも出ているので(『夢へ翔けて』ポプラ社)ご存知の方もいらしゃるかもしれません。シエラレオネで戦争孤児になったミカエラは、やがてアメリカ人家庭の養女になり、なみなみならぬ努力を経て、世界で活躍するバレエダンサーになるという夢を実現するのです。

バレエ界に黒人はまだとても少なく、ミカエラには肌に白斑もあることから、その夢を実現するのは、並大抵のことではなかったと思います。

「黄色いスイセンがたくさん咲いている中に、赤いポピーが一つ咲いていたとすると、ポピーは目立ってしまう。どうすればいいかというと、ポピーをつみとるのではなく、ポピーをもっとふやせばいいのだ」という言葉には、ミカエラの強い決意があらわれていて、スノウだけではなく多くの人に勇気をあたえてくれていると思います。

またローレン・セントジョンは環境保護に熱心な作家で、動物保護を目的とした組織ボーン・フリー財団の大使も務めています。

さくまゆみこ

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『雪山のエンジェル』紹介文
「子どもと読書」2021.3-4月号紹介

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「雪山のエンジェル」書評・朝日中高生新聞

「朝日中高生新聞」2020.11.29紹介

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明日をさがす旅〜故郷を追われた子どもたち

アラン・グラッツ『明日をさがす旅』(さくまゆみこ訳 福音館書店)表紙
『明日をさがす旅〜故郷を追われた子どもたち』
原題:REFUGEE by Alan Gratz, 2017
アラン・グラッツ/著 さくまゆみこ/訳
福音館書店
2019.11

この本の主人公は3人。ヨーゼフと、イサベルと、マフムード。ドイツのベルリンに住んでいたユダヤ系のヨーゼフは、ナチの迫害を受けて、1939年にハンブルク港からキューバ行きのセントルイス号に乗り込む。キューバのハバナ郊外に住んでいたイサベルは、政権に反抗する父親が逮捕されそうになり、1994年にボートでアメリカを目指す。シリアのアレッポに住んでいたマフムードは、2015年に空爆で家が破壊され、難民を受け入れてくれるはずのヨーロッパに向かう。

時代も場所も異なる3人の難民の子どもたちの物語ですが、やがて彼らの運命の糸が思いがけなくも結びついていきます。私たちの想像を超えた危険や迫害にさらされ、恐怖に脅えながらも、子どもたちは、明日への希望を失わず、居場所をさがし、成長していきます。歴史的事実を踏まえたフィクションです。

時間・空間が交錯するのですが、グラッツのストーリーテラーとしての腕がすばらしい。読ませます。

(編集:水越里香さん 装画:平澤朋子さん 装丁:森枝雄司さん)

 

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<紹介記事>

・「朝日新聞」(子どもの本棚)2019年12月28日掲載

今、地球上にはふるさとを追われ命の危険も覚悟で国外へ移り住まなくてはならない人たちが大勢いる。この物語には、そういう状況にありながらも希望を失わずに生きていく子どもたちの姿が描かれている。ナチスの迫害からのがれるユダヤ人の少年。カストロ政権下のキューバからアメリカに向かう少女。内戦中のシリアからヨーロッパを目指す少年。同時進行でつづられる三つの物語が最後のほうでつながるところが圧巻である。難民問題を考えるきっかけにしたい1冊。(アラン・グラッツ作、さくまゆみこ訳、福音館書店、税抜き2200円、小学校高学年から)【ちいさいおうち書店店長 越高一夫さん】

 

日本にも続く「難民の道」

(ふくふく本棚:福音館書店)

安田菜津紀さんエッセイ「難民』

 

 

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シャイローと歩く秋

フィリス・レイノルズ・ネイラー著『シャイローと歩く秋』(さくまゆみこ訳 あすなろ書房)表紙
『シャイローと歩く秋』
原題:SHILOH SEASON by Phyllis Reynolds Naylor, 1996
フィリス・レイノルズ・ネイラー/著 さくまゆみこ/訳
あすなろ書房
2019.08

ニューベリー賞を受賞した『シャイローがきた夏』の続編です。ビーグル犬のシャイローは、前編に書かれていた様々な出来事をのりこえて、マーティの家にやってきました。でも、シャイローの元の飼い主ジャドは、いろいろな嫌がらせをしてきます。ジャドはまた酔っぱらってはケンカをしたり、トラックを暴走させたりするので、村の人たちも眉をひそめるようになります。

本書では、ジャドがどうしてそんな性格になってしまったのかも明かされています。獣医さんの役目もしてくれるお医者さんのマーフィ先生、施設でいろいろな事件を起こすおばあちゃん、何があっても絶対に目を覚まさない下の妹のベッキー、などサブキャラも存在感を発揮しています。主人公の少年マーティが、なんとしてもシャイローを守ろうとする気持ちが本書でも痛いほど伝わってきます。

(編集:山浦真一さん 挿絵:岡本順さん)

 

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<訳者あとがき>

本書は、アメリカの女性作家フィリス・レイノルズ・ネイラーの作品SHILOH SEASONの翻訳です。

ビーグル犬のシャイローをめぐるネイラーの作品は、アメリカでは4冊出ており、これはその2番目にあたります。アメリカではどの巻もよく読まれ続けていて、2015年には4巻目のSHILOH CHRISTMASも新たに出版されました。また3 巻目までは映画やDVDにもなって人気を博しています。

作者のフィリス・レイノルズ・ネイラーは、1933年にアメリカのインディアナ州に生まれた作家で、小学校4年生の頃から物語を書いていたといいます。日本でも他にアリスのシリーズ(講談社/青い鳥文庫)や、ミステリーホテルのシリーズ(偕成社)などの翻訳が出ています。

シャイローのシリーズの1巻目『シャイローがきた夏』(原題SHILOH 1991)は、アメリカで最もすぐれた児童文学作品に与えられるニューベリー賞を受賞した作品で、2014年にあすなろ書房から翻訳が出て、幸い版を重ねています。この作品は、1993年に別の出版社から『さびしい犬』という題で翻訳出版されたことがあったのですが、その後絶版になって日本語では読めなくなっていました。私は、自分でもビーグル犬を飼っていることもあって、もう一度日本の子どもたちにも読んでほしいと思い新たに訳し直したのでした。

このシリーズでは、全体を通して、動物と人間との関係や、人間としての誠実な生き方や、事実とゴシップの違いや、虐待された子どもなどについて考えさせてくれますが、お説教臭いところはなく、時にユーモアも交えて物語そのものの力で引っ張っていきます。登場人物にもそれぞれ特徴があり、構成もみごとで、物語の伏線もきちんと張られています。よくできた物語として楽しんでいただければ幸いです。

2019年8月 さくまゆみこ

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風がはこんだ物語

ジル・ルイス『風がはこんだ物語』さくまゆみこ訳 あすなろ書房
『風がはこんだ物語』
原題:A STORY LIKE THE WIND by Gill Lewis, ill.by Jo Weaver, 2017
ジル・ルイス/著 ジョー・ウィーヴァー/絵 さくまゆみこ/訳
あすなろ書房
2018.09

小さなボートでふるさとを脱出する難民たちの物語。その難民のひとりラミがバイオリンを弾きながら語る「白い馬」の話が中に入っています。「白い馬」というのは、モンゴルの昔話、あの『スーホの白い馬』に出てくる馬です。馬頭琴の由来を語るあの物語が、難民たちに勇気をあたえ、希望の灯をもちつづける力になってくれます。

ジル・ルイスは獣医さんでもあります。どこかで知った馬頭琴の物語に心を動かされて、この作品を生み出したのでしょう。私も、今から十数年以上前に、当時外語大でモンゴル語を教えていらっしゃった蓮見治雄先生に会いに行き、もとになったモンゴルの伝承物語について教えていただいたことがあります。その時日本ではスーホとされている名前は言語の発音ではスヘに近いとうかがいました。ジル・ルイスの原文ではSukeになっています。この本では、みなさんが知っている「スーホ」を訳語としました。

じつは、私も赤羽末吉さんの絵に慣れ親しんでいたので、原書の絵には違和感があり、文章の権利だけ購入してはいかがでしょうか、とあすなろさんには申し上げたのですが、画家さんもこの本の絵で受賞なさっているのでそれはできないとのことでした。こうして出来上がってみると、これはこれでいいのかな、と思えたりもします。
(編集:山浦真一さん 装丁:城所潤さん+大谷浩介さん)

 

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ノウサギのムトゥラ〜南部アフリカのむかしばなし

ビヴァリー・ナイドゥー『ノウサギのムトゥラ〜南部アフリカのむかしばなし』さくまゆみこ訳 岩波書店
『ノウサギのムトゥラ〜南部アフリカのむかしばなし』
原題:THE GREAT TUG OF WAR AND OTHR STORIES, by Beverley Naidoo, illu.by Piet Grobler, 2006
ビヴァリー・ナイドゥー/著 ピート・フロブラー/絵 さくまゆみこ/訳
岩波書店
2019.03

南部アフリカに暮らすツワナ人に伝わるノウサギの昔話集。南アで生まれ育ったナイドゥーさんが、再話しています。

どのお話でも、体の小さなノウサギが、知恵を使って体の大きな動物たちを出し抜きます。

ナイドゥーさんによる「日本の読者へ」という序文もついています。またフロブラーさんの挿絵は、ノウサギのムトゥラのキャラクターをとてもよく表現していて、ユーモラスです。

入っている昔話は、以下の8つです。

1.ゾウとカバのつなひき
2.ノウサギのしっぽ
3.にごった水たまり
4.ノウサギとカメの競走
5.恋するライオン王
6.夕ごはんはどこへ?
7.角を生やしたノウサギ
8.親切のお返し

この本、当初は昨年秋に出るはずだったのですが、翻訳権の取得に時間がかかり、ようやく出ました。

(編集:松原あやかさん)

 

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<訳者あとがき>

この本は、アフリカ南部のツワナの人たちに伝わる昔話を、ビヴァリー・ナイドゥーさんが再話したものです。ツワナの人たちは、ボツワナ、ナミビア、南アフリカ共和国にまたがって暮らしています。アフリカ大陸は、かつてヨーロッパの国々が地図上で線引きをして国を分け、植民地にしていたので、一つの国の中に多様な民族が暮らし、一つの民族がいくつもの国に分かれて住んでいるのです。ちなみにボツワナというのは、「ツワナ人の国」という意味で、国民の九割がツワナ人ですが、南アフリカ共和国には、それより多い数のツワナ人が住んでいます。

アフリカの昔話には、いたずら者の動物がよく登場してきます。たとえば、日本でも知る人が多いクモのアナンシは、神さまから指示されたものを、ほかの動物をだまして集めたりしています。アナンシはもともとはガーナのアシャンティ地方の昔話に登場するキャラクターでしたが、それが近隣の国の人々にも伝わったり、奴隷貿易の影響でアメリカや西インド諸島にも伝わりました。

世界各地の昔話や神話に登場する、こうしたいたずら者を、文化人類学などではトリックスターとよんでいます。トリックスターは、いたずらや思いがけない行動をして、社会のきまりや力の関係を混乱させます。でも、それだけではなく、トリックスターは新たな価値をつくりだす役割も担っています。まわりの者たちをしょっちゅうこまらせているけれど、どこか憎めない——トリックスターは、そんな存在なのです。

私は、アフリカ各地に伝わる昔話の本をたくさん収集していますが、そうした本にトリックスターとして登場する機会がいちばん多いのが、ノウサギだと思います。カメ、クモなどがトリックスターになるお話もあります。

本書に主人公として登場するノウサギのムトゥラも、そんなトリックスターだと言えるでしょう。身体は小さいし力も弱いのに、知恵(ときには悪知恵)を使って、ゾウやライオンやカバなど力の強い大きな動物たちを出し抜いたり、だましたりしています。力の強い動物にとっては、ノウサギはやっかいないたずら者でしょうが、いつもいじめられている、力の弱い小さな動物たちにとっては、胸がすっとするヒーローかもしれません。でも、時には、ノウサギがもっと弱い動物(たとえばカメ)にへこまされたりするのも、おもしろいところです。日本でもよく知られている「ウサギとカメ」に似たようなお話も、この本の中には入っています。

ムトゥラというのは、ツワナ語でノウサギという意味ですが、すべてのノウサギをさすのではなく、固有名詞として使われています。原書では、ほかの動物たちもツワナ語で登場していた(たとえばカバはクブ、ジャッカルはポコジェー、カメはクードゥというように)のですが、日本の読者にはなじみがないので、ムトゥラ以外は、日本語にしました。

動物が登場するこうした昔話は、じつは人間のことを語っているといいます。お話の中に人間のだれかを登場させると、「ばかにされた」と思ったり、「嫌みを言われた」と思ったりする人も出てきて、村のなかの人間関係がうまくいかなくなる場合があるので、動物の姿を借りて間接的に語るのだそうです。

アフリカ大陸の多くの地域では、「読む・書く」の文字の文化よりも「語る・聞く」の声の文化のほうが尊重されてきました。民族や村の歴史や、叙事詩なども、語り部の人たちが語り、みんなでそれを聞くことによって、伝えられてきたのです。地域によっては「語り」を職業とする人たちがいましたし、夜になると人々が集まって語り合ったり、年配者が子どもたちに昔話を聞かせたりすることも、よく行われていました。けれども、今はアフリカにもテレビやスクリーンメディアが入りこみ、そうした伝統は失われかけています。

昔は、欧米の学者の人たちが、伝承の物語や昔話を集めて出版していましたが、通訳を介しての記録だったり、欧米の昔話風に再話されることも多かったようです。今は、自分たちの文化の源が消えていくことを心配したアフリカの人たちが、あちこちを回って伝承の物語を自分たちで集めるようになりました。たとえば大学の先生が学生たちに、長い休みの期間に祖父母や長老から昔話を聞いて書きとめるようにという宿題を出し、集まったものをまとめて本にするなどということも行われています。またタンザニアの絵本作家ジョン・キラカさんのように、あちこちの村をまわってお話じょうずの人たちから昔話を聞き、それに基づいて絵本をつくっている人もいます。現地のようすをよく知る人たちが集めたり再話したりした本のほうが、語られるときの雰囲気なども伝わってくるので、より楽しく読めるのではないかと私は思っています。

本書も、子どものころ聞いた昔話が楽しかったことを思い出したナイドゥーさんが、今の子どもたちに向けてその楽しさを伝えようと、再話して本にまとめたものです。ナイドゥーさんの作品は、人種差別がはげしかったアパルトヘイト時代の南アフリカの子どもたちを主人公にした『ヨハネスブルクへの旅』(もりうちすみこ訳 さ・え・ら書房)や『炎の鎖をつないで〜南アフリカの子どもたち』(さくまゆみこ訳 偕成社)、父親を殺されてナイジェリアからロンドンへ脱出する子どもたちを描いた『真実の裏側』(もりうちすみこ訳 めるくまーる)が、これまでに日本でも翻訳されていますが、昔話の再話の本が日本で紹介されるのは本書がはじめてです。

ナイドゥーさんは、黒人差別のはげしい時代に南アフリカのヨハネスブルクで生まれました。子どものころは白人だけの学校に通っていたのですが、そのころは目隠しをつけて走る馬みたいに周囲のことが見えていなかったそうです。大学生のときに目隠しをはずすことができたナイドゥーさんは、人種差別はおかしいと思い始め、政府に反対する運動に加わって逮捕され、牢屋に入れられた経験をもっています。その後イギリスに亡命して作家となりましたが、最初の作品『ヨハネスブルクへの旅』は、ネルソン・マンデラが牢獄から釈放されて自由になった一年後の一九九一年まで、南アフリカの子どもたちが読むことはできませんでした。ナイドゥーさんはほかにも、アフリカの子どもが抱える困難や、アフリカの文化や暮らしを伝える本を書いています。私は二〇〇八年にケープタウンで開かれたIBBYの世界大会でお目にかかり、親しくお話をさせていただきました。今回も、お願いすると快く「日本の読者のみなさんへ」というメッセージを寄せてくださいました。

私は「アフリカ子どもの本プロジェクト」というNGOにかかわって、仲間といっしょにアフリカの子どもたちに本を送ったり、ケニアに設立した子ども図書館を支えたり、日本で出ているアフリカ関係の子どもの本を残らず読んで、おすすめ本を紹介したり、おすすめ本をみなさんに見てもらう「アフリカを読む、知る、楽しむ子どもの本」展を開いたりしています。この本を読んで、アフリカの昔話っておもしろいな、と思った方は、「アフリカ子どもの本プロジェクト」のウェブサイト(http://africa-kodomo.com)を開いて、「おすすめ本」の中の「昔話」のところをクリックしてみてください。そこにも、おすすめの昔話絵本や、昔話集がのっていますよ。

二〇一八年冬           さくまゆみこ

 

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キバラカと魔法の馬〜アフリカのふしぎばなし(岩波少年文庫版)

さくまゆみこ編訳『キバラカと魔法の馬〜アフリカのふしぎばなし』岩波書店
『キバラカと魔法の馬〜アフリカのふしぎばなし(岩波少年文庫版)』 岩波少年文庫 247

さくまゆみこ/編訳 太田大八/挿絵
岩波書店
2019.03

あまたあるアフリカの昔話の中から、私が「ふしぎ」をキーワードにおもしろい話を選び出し、翻訳したもので、以下の13の昔話が入っています。

・恩を忘れたおばあさん(ガーナ)
・山と川はどうしてできたか(ケニア)
・魔法のぼうしとさいふと杖(チャド)
・カムワチと小さなしゃれこうべ(ケニア)
・動物をこわがらせた赤ん坊(セネガル)
・力もちイコロ(ナイジェリア)
・キバラカと魔法の馬(スワヒリ)
・ヘビのお嫁さん(タンザニア)
・悪魔をだましたふたご(リベリア)
・ニシキヘビと猟師(コートジボワール)
・ワニおばさんとの約束(ナイジェリア)
・村をそっくり飲みこんだディキシ(ボツワナ)
・あかつきの王女の物語(スワヒリ)

*スワヒリというのは、スワヒリ語で語り伝えられてきた物語という意味です。ロンドンでお目にかかったこともあるヤン・クナッパートさんが編集したMYTHS & LEGENDS OF THE SWAHILIという本から選んだ昔話なので、こうなっています。

*この本は、もともと冨山房で出版されていました。原稿を冨山房に持ち込んだ時の私はフリーの翻訳者でしたが、なかなか本にならないので、何度も問い合わせをしているうちに、なぜか編集者として冨山房に入社することになりました。そして編集者の私が最初に手掛けた本が、この作品だったのです。

(編集:須藤建さん)

ちなみに、冨山房版はこちら

 

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<あとがき>

アフリカというと、どこかとても遠いところで、人びとの生活や考え方も、日本人とは全然違うと思っている方もあるかもしれません。たしかにアフリカは地理的にも近くはないし、私たちとは違った文化や風習ももっています。けれどもそれ以上に、同じ地球の上に暮らしている人間として、共通していることもたくさんあります。

たとえば、日本でも昔は、子どもたちが、いろりばたで、おじいさんやおばあさんの話す物語に耳を傾けました。アフリカでも、夜になると、子どもたちは火のまわりに集まって、お年寄りやおとなが話してくれる物語を聞きます。そんな時、物語に引きこまれて夢中になった子どもたちの目が、きらきら輝いているのは、世界のどこでも同じだと思います。

この本には、アフリカ大陸のあちこちで語られてきた物語の中から、魔法の話や、ふしぎな精霊や魔神の出てくるものを集めて、まとめてあります。

どの物語が、どの国に住んでいる人たちのものか、ということについては、八頁に載っているアフリカの地図を見てください。

ただし、スワヒリの物語と書いてあるものについては、ちょっと説明がいるでしょう。地図を見てもおわかりのように、スワヒリという国はありません。スワヒリの物語というのは、スワヒリ語という言語で語り伝えられてきた物語、という意味です。スワヒリ語は、アフリカのバンツー語に、アラビア語の影響が入ってできた言葉です。もともとは、東アフリカのインド洋沿岸で話されていましたが、今ではもっと広い地域に普及しています。

スワヒリの物語を読んで、『千夜一夜物語』などのアラビアの物語を連想した方もあるでしょう。それも、もっともです。スワヒリ人と呼ばれる人びとは、アラビア文化の影響を強く受けています。昔、アラビアの人たちは、紅海やインド洋を越えて海からアフリカへ入り、また砂漠を越えて、北アフリカや西アフリカまでも入って行きました。ですから、チャドの物語『魔法のぼうしとさいふと杖』にスルタンが出てくるのですね。

テレビやラジオや映画など、受身の娯楽が少ない地域には、自分たちで積極的に娯楽をつくり出していく良さがあります。そこでは、踊りや歌や楽器の演奏などと並んで、物語(ストーリーテリング)が人びとの生活になくてはならない楽しみになっています。

アフリカでは物語といっても、本を棒読みするように抑揚なく話すわけではありません。歌を混じえたり、物まねや踊りを入れたり、身ぶり手ぶりを加えたりしながら話すのです。

またアフリカには、職業的な語り部(西アフリカではグリオ、ジェリ、ジャリなどと呼ばれています)もいます。この人たちは、物語を聞かせることを専門の仕事にしていて、民族の歴史や、王の系譜や、伝統的な行事歌や褒め歌、叙事詩などを語り聞かせています。自分で楽器を弾きながら、それにあわせて歌い語りをすることも多いようです。また聞き手のほうも、合いの手を入れたり、かけ声をかけたり、熱が入ってくれば踊り出したりします。

アフリカの日常生活の中では、たいてい一日の仕事が終わって日も暮れたころに、語りが始まります。「昼間話すと、語り手の母親に死が訪れる」という言い伝えがあって、物語は夜のものと決まっている地方もあります。

時が夜というのは、大事なことかもしれません。夜の闇は、人間の想像力をとき放ち、昼間の太陽の下では見ることのできない世界へと、私たちを導いてくれます。昼間はふつうの木が、夜見るとふしぎな力をもった魔物のように思えたことはありませんか? 人間がものを思い描いたり、想像したりする力は、夜の闇の中で無限に広がってゆくものです。この本の中に出てくる、ふしぎな力をもった魔性の者たちも、きっとそうした闇の中から生まれてきたのでしょう。

特に、テレビとかラジオもなく、電灯さえないようなところでは、人間がむき出しの自然に接することも多くなり、夜のもつ魔力も、都会とくらべるとずっと強いといえそうです。

一九七五年、私はナイジェリアで、たまたま夜行の貨物列車で旅をしなければならなくなったことがありました。その時の風景は、今でも忘れられません。ナイジェリアは、当時アフリカではいちばん人口の多い国だったのですが、夜の風に吹かれながら屋根なしの貨車に乗っていると、まるで無人の荒野を走っているような気がしたものです。日本なら、へんぴなところでも、必ずどこかに人家のあかりが見えたり、走ってゆく車のヘッドライトが見えたりして、ああ、あそこに人がいるんだな、とわかりますが、そのころのナイジェリアは、まだ大都市以外には電灯がなく、もちろん、照明看板やネオンが見えるわけではありません。夜行貨物列車は、闇の海の中を、ゴトンゴトンとどこまでも走っていきました。あの時は、だれにもじゃまされずに、夜そのものと向かいあっているような気がしましたし、この本に出てくるようなふしぎなものたちが、あそこにもここにも、身をひそめているように感じたものです。

その後、私は東京であわただしい毎日を送っています。あの時のように、夜のもつふしぎな力を感じることも少なくなってしまいました。都会というのは、たしかに便利ですが、その反面、私は大事な忘れ物をしてしまっているようです。

読者のみなさんには、なるべくなら夜、窓をあけ放って、そして、アフリカのおじいさんやおばあさんに話してもらっているような気持ちになって、この本を読んでいただければ、と思っているのですが……。

本書は最初、冨山房から出版されて版を重ねましたが、その後長いこと入手できなくなっていました。思えば、この本の出版がきっかけになって、様々な出会いがありました。「アフリカ子どもの本プロジェクト」というNGOも、そんな出会いが重なって生まれたものです。このNGOでは、アフリカの子どもたちが必要としていれば本を送ったり、ケニアに二つある図書館を支えたり、日本の子どもたちに本を通してアフリカの文化や子どもの状況を伝えたりする活動を、仲間といっしょに行っています。私はその後も、さまざまなアフリカについての本を翻訳してきましたが、この本はそんな活動の源にあるような、自分にとってはとても大事な本です。今回、岩波書店さんが再刊してくださることになり、とてもうれしく思っています。気に入ってくださって、しっかり見てくださった須藤さん、ありがとうございました。

二〇一八年十一月     さくまゆみこ

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ヒットラーのむすめ(新装版)

ジャッキー・フレンチ『ヒットラーのむすめ』新装版 さくまゆみこ訳
『ヒットラーのむすめ(新装版)』
原題:HITLER'S DAUGHTER by Jackie French, 1999
ジャッキー・フレンチ著 さくまゆみこ訳 北見葉胡挿絵
すずき出版
2018.03

2004年に出た本のサイズが少し小さくなって、新装版として新たに出版されました。

オーストラリアのフィクション。ある雨の日スクールバスを待っているときに、アンナは「ヒットラーには娘がいて……」というお話を始めます。マークは、アンナの作り話だと思いながらも、だんだんその話に引き込まれ、「もし自分のお父さんがヒットラーみたいに悪い人だったら……」「みんなが正しいと思っていることなのに、自分は間違っていると思ったら……」などと、いろいろと考え始めます。物語としてとてもうまくできています。現代の子どもが、戦争について考えるきっかけになるのではないかと思います。
(装丁:鈴木みのりさん 編集:今西大さん)

*オーストラリア児童図書賞・最優秀賞
*産経児童出版文化賞JR賞(準大賞)

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<新装版へのあとがき>

この本の著者ジャッキー・フレンチは14歳のころ、ドイツ語の宿題を手伝ってくれた人から少年時代の話を聞きました。その人は、ナチス支配下のドイツで育ったのですが、家族も教師も周囲の人もみんなヒットラーの信奉者だったので、自分も一切疑いを持たず、障害を持った人やユダヤ人やロマ人や同性愛者、そしてヒットラーの方針に反対する人々は、根絶やしにしなくてはいけないと思い込んでいたそうです。そしてその人は強制収容所の守衛になったものの、戦争が終わると戦犯として非難され、密出国してオーストラリアに渡ってきたとのことでした。「周囲が正気を失っているとき、子どもや若者はどうやったら正しいことと間違っていることの区別がつけられる?」と、その人は語っていたと言います。

作者のフレンチは、長い間そのことは忘れていました。でもある日家族で「キャバレー」の舞台を見に行った時、息子さんが、ウェイター役が美声で歌う「明日は我がもの」に共感し、その後にそのウェイターや周囲の人々がナチスの制服を着ているのに気づいてショックを受け、「自分もあの時代に生きていたら、ナチスに加わっていたかもしれない」とつぶやいたのだそうです。息子さんは当時14歳。それで、フレンチは自分が14歳のときに聞いた話を思い出し、この本を書かなくてはと思ったのでした。

本書がすばらしいのは、子どもが自分と世界の出来事を関連させて考えたり想像したりしていくところだと思います。今、戦争を子どもに伝えるのは、そう簡単ではありません。体験者の多くがもうあの世へ行ってしまって直接的な出来事として聞く機会は少なくなりました。それに、暗い物語は敬遠され、軽いものがもてはやされる時代です。そんななか、子どもへの伝え方を工夫して書かれたこの物語が、今の日本でも多くの人々に読み継がれているところに、わたしは一筋の光が見えているような気がしています。

さくまゆみこ

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シャイローがきた夏

フィリス・レイノルズ・ネイラー著 さくまゆみこ訳 『シャイローがきた夏』
『シャイローがきた夏』
原題:SHILOH by Phyllis Reynolds Naylor, 1991
フィリス・レイノルズ・ネイラー作 岡本順挿絵 さくまゆみこ訳
あすなろ書房
2014.09

アメリカのフィクション。アメリカでは長く読みつがれている作品です。山の村に住む少年マーティがビーグル犬に出会い、最初に出会った場所の名前をもらってシャイローと名づけます。ところがこのビーグル犬には持ち主がいて、自分の飼っている猟犬たちを虐待しているのでした。マーティは、シャイローを虐待している飼い主からなんとか救い出そうとします。このあたりは、ひと昔前のよきアメリカが反映されているかもしれません。少年とシャイローの間に通い合う気持ちが生き生きとフレッシュに表現されているのが、私は気に入っています。前は別の出版社から別のタイトルで出ていた作品ですが、新たに訳し直しました。うちにもビーグル犬がいるので、ずっと気になっていた作品です。3部作なので続編もあるのですが、3作とも映画になっていて、DVDで見ることができます。

*ニューベリー賞(アメリカ)受賞
*SLA夏休みの本(緑陰図書)選定

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消えた犬と野原の魔法

フィリパ・ピアス作 ヘレン・クレイグ絵『消えた犬と野原の魔法』さくまゆみこ訳
『消えた犬と野原の魔法』
原題:A FINDER'S MAGIC by Philippa Pearce & Helen Craig, 2008
フィリパ・ピアス作 ヘレン・クレイグ絵 さくまゆみこ訳
徳間書店
2014.12

イギリスの絵物語。フィリパ・ピアスが最後に残した原稿に、共通の孫をもつヘレン・クレイグ(ピアスの娘のサリーと、クレイグの息子のベンはパートナーで、間にナットとウィルという二人の息子がいます)が絵をつけました。本ができあがる前にピアスは亡くなってしまったのですが、文章にも、クレイグの絵にも、ピアスが愛した風景や人々がたくさん登場しています。
イギリスに行ったとき、近くのルーシー・ボストンの家までは訪ねていった(この時はもうボストンは亡くなっていて、息子のピーターさんとその妻ダイアンさんにお目にかかりました)のに、ピアスをお訪ねすることはしませんでした。ファンというだけでお訪ねするのはいかがなものか、と変な遠慮が働いてしまったのです。もともと私は、作家にサインをもらったり一緒に写真を撮ったりするのも苦手なほうです。
本書は、表紙の左下に出ている少年ティルが、行方不明になった犬(表紙のまん中に出ていますね)を、右下の不思議なおじいさんの助けを借り、野原の家に住む二人のおばあさんたち(ピアスとクレイグがモデルのようです)にも手伝ってもらって捜すというストーリーです。今はやりの、展開が早く刺激の多い作品とは違いますが、味わいの深い作品になっています。ピアスは、人間の心理をとてもじょうずに、しかもユーモアとあた たかさをこめて書く作家で、私が大好きな作家の一人です。編集者としてもかかわらせてもらいましたが、今度は翻訳者としてかかわったことになります。
(編集:上村令さん 装丁:森枝雄司さん)

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白いイルカの浜辺

ジル・ルイス『白いイルカの浜辺』表紙(さくまゆみこ訳 評論社)
『白いイルカの浜辺』
原題:WHITE DOLPHIN by Gill Lewis, 2012
ジル・ルイス作 さくまゆみこ訳
評論社
2015.07

イギリスのフィクション。主人公の少女カラは、難読症で学校でいじめにあっています。自然保護活動をしている母親は、野生のイルカを調査中に行方不明ですが、カラはいつか帰ってきてくれるものと信じています。やはり難読症の父親は、細々とエビ漁を続けながらひたすら途方に暮れています。ある日、カラの学校に転校生フィリクスがやってきました。フィリクスは、脳性麻痺で手足が不自由ですが、人一倍の自信家でもあり、ITオタクでもあります。
カラたちの暮らす漁村は、今のところ底引き網漁が禁止されていますが、もうすぐその禁止が解かれることになっていて、カラは、沿岸の海の自然が生物もろとも根こそぎ破壊されてしまうと心配しています。
そんなある日、カラは浜辺にのりあげている白い子イルカを見つけます。白いイルカはプラスチックの網にからまって大けがをしているのです。カラは、まわりの人たちの力を借りて、白いイルカのいのちを助けようと奮闘し、やがてクラスメートや地域の人も巻きこんで、底引き網漁に反対する活動を始めます。
ハラハラどきどきの冒険物語でもあり、親と子の物語でもあり、地域や政治とのかかわりの物語でもあり、大自然とITを対比する物語でもあり、そして何より動物について深く知ることのできる物語です。著者のジル・ルイスは獣医さんでもあるので、動物や自然についての描写は的確でウソがありません。おもしろいです。
(編集:岡本稚歩美さん 装画:平澤朋子さん 装丁:中嶋香織さん)

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<紹介記事>

・「子どもの本棚」(日本子どもの本研究会)2016年2月号

 

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宇宙の法則〜解けない暗号

ルーシー&スティーヴン・ホーキング『宇宙の法則 解けない暗号』さくまゆみこ訳
『宇宙の法則〜解けない暗号』 ホーキング博士のスペース・アドベンチャー Ⅱ-1

原題:GEORGE AND THE UNBREAKABLE CODE by Lucy & Steven Hawking, 2014
ルーシー&スティーヴン・ホーキング著 さくまゆみこ訳
岩崎書店
2015.11

ホーキングさんのシリーズは、『宇宙への秘密の鍵』『宇宙に秘められた謎』『宇宙の誕生』の3冊で完結したと思っていた方も多いと思いますが(私もです)、また出ました。今度は、宇宙や天体のことというより、数学やコンピュータにまつわる話に焦点が当たっています。

ある日、地球上のコンピュータがあっちでもこっちでも故障して、インフラは破壊され、交通はマヒし、物流はストップしてしまいます。アニーのお父さん(ホーキング博士がモデルですね)は、対策を打つために首相に呼び出されて出かけ、その間にジョージとアニーは不思議なコンピュータのコスモスを使って宇宙に飛び出していきます。コスモスがいつもと違うのも気がかりですが、やがて二人は、世界を支配する欲望にとりつかれた奇妙な男が量子コンピュータを使って事件を引き起こしていたことを知ります。

ホーキングさんのシリーズは、空想と理論やファクツがうまく結びつき、科学を身近なものに感じられるところがいいな、と思っているのですが、なにせ私は数学が大の苦手なのです。量子コンピュータのことなんて、さっぱりわからないし、普通のコンピュータの原理だって理解しているとは言い難いのです。なので、今回は、佐藤勝彦先生(自然科学研究所長)だけでなく、平木敬先生(東京大学情報理工学系研究科教授)にも、わからないところを教えていただきました。自分なりには、一応ひととおりわかったうえで、訳したつもりです。翻訳をやっていておもしろいと思えることの一つは、未知の分野のことが少しはわかるようになる、というところです。

(監修:佐藤勝彦先生+平木敬先生 編集:板谷ひさ子さん 装画:牧野千穂さん 装丁:坂川栄治さん+坂川朱音さん)

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<紹介記事>

・「子どもと読書」2016年5.6月号の「新刊紹介」で、宮崎祐美子さんがご紹介くださいました。

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ジョージとアニーは親友同士。ある日彼らの町でサイバーテロが起き、町中が大混乱に陥ることに。なんとそれは世界同時多発テロの幕開けだった。アニーの父エリックが持つスーパーコンピュータ・コスモスの力をかり、宇宙へ飛び出した二人は、果たして事件の謎を解明することができるのか。

ホーキング博士のスペースアドベンチャーシリーズの続編。ところどころに美しい宇宙の写真と最先端の科学を紹介するコラムが掲載されており、作者がこの本を手にとる子どもたちに科学の面白さを伝えたい気持ちがあふれている。一方で文明の未来への警鐘も。前作で小学生だった二人は中学生になり、自作の活躍も楽しみだ。

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紅のトキの空

ジル・ルイス『紅のトキの空』さくまゆみこ訳
『紅のトキの空』
原題:SCARLET IBIS by Gill Lewis, 2014
ジル・ルイス作 さくまゆみこ訳
評論社
2016.12

イギリスの児童文学。『ミサゴのくる谷』や『白いイルカの浜辺』でおなじみのジル・ルイスの作品です。ルイスは獣医でもあるので動物の描写が正確だし、困難な状況を抱えた子どもたちに寄り添おうとする気持ちが、この作品にも反映されています。
この作品に象徴的に登場するのは、ショウジョウトキ(スカーレット・アイビス)。トリニダード・トバゴに生息する真っ赤なトキです。そこから名前をつけられたスカーレットは12歳で、褐色の肌(写真でしか知らない父親がトリニダード・トバゴの人だったのです)。精神的な問題を抱えた母親と、発達が遅れている白い肌(父親が違うということですね)の弟との3人暮らし。毎日の生活をなんとか回しているのはスカーレットなのですが、なにせ12歳なのでそれにも限界があります。
スカーレットは母を心配し、弟を守ろうと懸命なのですが、住んでいるアパートが火事になったことから、これまでの暮らしとは違う世界に投げ出されてしまいます。果たしてスカーレットたちは、自分の居場所を見つけることができるでしょうか?この作品にも、傷ついた鳥や捨てられた鳥の世話をしているマダム・ポペスクという魅力的なおばあさんが登場します。
ジル・ルイスは後書きで、主人公スカーレットのような、家族の責任を自分が背負わなくてはいけないと思っている子どもが、英国にはたくさんいると書いています。また、「家」や子どもの居場所について考えて書いた本だとも述べています。
(装画:平澤朋子さん 装丁:中嶋香織さん 編集:岡本稚歩美さん)

*SLA夏休みの本(緑陰図書)選定

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<紹介記事>

・「子どもと読書」(親子読書・地域文庫全国連絡会)2017年5〜6月号

 

・「こどもとしょかん」(東京子ども図書館)2017年春号

 

・「子どもの本棚」(日本子どもの本研究会)2018年1月号

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宇宙の生命〜青い星の秘密

ルーシー&スティーヴン・ホーキング『宇宙の生命 青い星の秘密』さくまゆみこ訳
『宇宙の生命〜青い星の秘密』 ホーキング博士のスペース・アドベンチャーⅡ-2

原題:GEORGE AND THE BLUE MOON by Lucy Hawking, 2016
ルーシー&スティーヴン・ホーキング作 さくまゆみこ訳
岩崎書店
2017.07

おなじみの宇宙アドベンチャー物語です。この巻では、アニーとジョージが火星に行く宇宙飛行士を養成するための訓練を受けることになります。でも、その裏にはとんでもない事実が!
ハラハラ、ドキドキのそうした物語の合間合間で本書は、地球の水は、どこから来たの? 火星やエウロパ(木星の衛星)には生命体がいるの? 火星で生活するのはどんな感じ? 火山って何? 自動運転車は間もなく実現する? 化学元素って? 周期表はどうやってできたの? 人工冬眠は何の役に立つの? 量子トランスポーテーションって何? などという疑問に答えてくれます。無重力飛行やVRも登場します。
このシリーズには最新の科学知識が出てくるので、翻訳は大変です。でも、私が素人だからこそ、監修の先生方に疑問を何度もぶつけて、自分なりに納得したところで訳しています。
(日本語版監修:佐藤勝彦先生 装画・挿画:牧野千穂さん 編集:板谷ひさ子さん 装丁:坂川栄治+鳴田小夜子さん)

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いつだってそばに〜Wit & Wisdom from シャーロットのおくりもの

E.B.ホワイト『いつだってそばに』さくまゆみこ訳
『いつだってそばに〜Wit & Wisdom from シャーロットのおくりもの』
原題:SALUTATINS! WIT AND WISDOM FROM CHARLOTTE'S WEB by E.B.White & Garth Williams, 1999
E.B.ホワイト作 ガース・ウィリアムズ絵 さくまゆみこ訳
クレヨンハウス
2006.12

『シャーロットのおくりもの』の中から、おもしろい言葉と絵を選んで1冊にまとめた本です。シャーロットの人間観察、テンプルトンの生き方、農場の四季の移り変わりや、納屋のようすなどが、こうして読んでみると、あらためて心に残ります。
(装丁:森枝雄司さん 編集:猪八重みち子さん)


ライオンと歩いた少年

『ライオンと歩いた少年』
原題:THE PLACE OF LIONS by Eric Campbell, 1990
エリック・キャンベル/作 さくまゆみこ/訳 中村和彦/絵
徳間書店
1996.02

イギリスで暮らす少年クリスは、父親の仕事の都合で突然アフリカのタンザニアへ行くことになります。ところが目的地に向かう途中、軽飛行機が墜落して、パイロットと父親は重傷を負ってしまいます。軽傷ですんだ少年はひとりで助けを呼びに行こうとするのですが、そこは様々な野生動物が暮らすサバンナ。飛行機という現代文明を象徴するものが失われたことで大自然の中に放り出された少年は、年老いたライオンと出会います。死期を迎えて群れを去った老ライオンと、生きようとするクリスが、ふしぎなことに魂を通わせるようすが描かれています。

著者のキャンベルは、野生の動物と人間のかかわりをテーマに書いている作家です。翻訳は、原文では名詞につく形容詞がたくさんあるので、それをどう訳すかという点で苦労しました。

(編集:米田佳代子さん 装丁:鈴木裕美さん)


わたしは歌う〜ミリアム・マケバ自伝

ミリアム・マケバ&ジェームズ・ホール『わたしは歌う:ミリアム・マケバ自伝』さくまゆみこ訳
『わたしは歌う〜ミリアム・マケバ自伝』 福音館日曜日文庫

原題:MAKEBA MY STORY by Miriam Makeba & James Hall, 1987
ミリアム・マケバ+ジェームズ・ホール/著 さくまゆみこ/訳
福音館書店
1994.07

「ママ・アフリカ」と呼ばれたミリアム・マケバは、「パタ・パタ」などの歌で有名ですが、とても数奇な運命をたどった女性です。南アフリカで生まれましたが、アパルトヘイト政権のもとで31年間も国外追放になり、イギリス、アメリカ、ギニアと拠点を移しながら、歌手として活躍しました。マンデラが大統領になるとようやく南アフリカに戻って、その後も世界を回って歌声を聞かせてきました。
しかし彼女は歌手だっただけではなく、人権活動家としても国連でスピーチをしたし、何より波瀾万丈の人生を送った人でした。
私はマケバの来日コンサートにも行きましたし、CDはすべて持っていて、それを順番に聞きながらこの本を訳しました。
(編集:松本徹さん 装丁:桂川潤さん 写真・編集協力:吉田ルイ子さん)


バオバブの木と星の歌〜アフリカの少女の物語

『バオバブの木と星の歌〜アフリカの少女の物語』
原題:SONG OF BEE by Lesley Beake, 1991
レスリー・ビーク/作 さくまゆみこ/訳 近藤理恵/絵
小峰書店
1994.12

アフリカ南部のナミビアに暮らす先住民サン人(昔はブッシュマンと呼ばれていた)の少女ビーが主人公です。サンの人たちはいつも自然と調和して暮らし、空の星の歌も、木のささやきも、小鳥の歌も聴き取ってきました。
著者のレスリー・ビークは、私も南アフリカのケープタウンでお目にかかり、親しくお話をさせていただきましたが、サンの人たちの文化を伝えるためのサポートをしていて、そのような物語もたくさん書いています。この作品は、カラハリ砂漠を舞台にした、死と愛と再生の物語です。主人公のビーは、一度は苦しい体験にうちのめされて自殺しようとしますが、やがてそれを乗り越えて生きていきます。ほかにも故郷を失った祖父、深い悲しみを抱える母、新しい未来を夢見るクー、貧しい白人の農場主や精神を病むその妻など、さまざまな人間模様を浮かび上がらせています。
サンの人たちの言葉の発音については、京都大学アフリカ地域研究センターの当時の所長田中二郎先生にご教示いただきました。
(編集:松木近司さん)

*産経児童出版文化賞推薦


シャーロック・ホームズ 花むこ失踪事件

『シャーロック・ホームズ 花むこ失踪事件』 てんとう虫ブックス

コナン・ドイル/作 さくまゆみこ/訳 鴇田幹/絵
小学館
1991.02

この巻には、「花むこ失踪事件」「ボスコム谷の謎」「窓から消えた顔」「技師の親指」が入っています。
そして、前の巻と同じく東山あかねさんのすばらしい解説がついています。


イースト・オブ・ザ・ムーン〜テリー・ジョーンズ童話集その1

『イースト・オブ・ザ・ムーン〜テリー・ジョーンズ童話集その1』 テリー・ジョーンズ童話集

原題:FAIRY TALES by Terry Jones,1981
テリー・ジョーンズ/著 マイケル・フォアマン/絵 さくまゆみこ/訳
リブリオ出版
1990.05

イギリスのコメディ・グループ「モンティ・パイソン」で有名なテリー・ジョーンズが、娘のサリーのために書いた物語集。「麦わら人形」「ぼけた王さま」「ふしぎなケーキの馬」「夜の飛行士」「3つの水玉」「ジャックのひと足」「骸骨船」「海のとら」「大きな鼻」「魔女とにじ色のねこ」「なぜ鳥は朝うたうか」「むらさき色のくだものがなる島」「遠いお城」「どこにもない国にいった船」の、ファンタジーと寓話がまじりあったような14のお話が入っています。

フォアマンの挿絵がすてきなんです。

(編集:檀上聖子さん)


モロッコのむかし話〜愛のカフタン

『モロッコのむかし話〜愛のカフタン』 (大人と子どものための世界のむかし話)

原題:MOROCCAN TALES OF MYSTERY AND MIRACLE ed.by Jan Knappert 
ヤン・クナッパート/編 さくまゆみこ/訳
偕成社
1990.04

ロンドン大学で教えていたヤン・クナッパートさんをお訪ねしたとき、まだ本になっていないブックレット状態のこの本を見せていただき、翻訳させてもらうことにしました。クナッパートさんは、アフリカ各地の神話・伝説をご自分で収集して、本や事典を出しておられる学者です。

モロッコはイスラム教の国なので、イスラム文化にも触れたおもしろいお話が集めてあります。「丘の上のおばけやしき」「ふしぎなさかな」「愛のカフタン」「ひみつのとびら」「妖精にそだてられたむすめ」「ファディルとハットゥーシャ」「かしこいむすめと砂漠の王さま」「すなおなおよめさん」「アッラーのなさること」が入っています。

(編集:家井雪子さん)

 


シャーロック・ホームズ 消えた銀星号

『シャーロック・ホームズ 消えた銀星号』 てんとう虫ブックス

コナン・ドイル/作 さくまゆみこ/訳 鴇田幹/絵
小学館
1988.12

編集者の方に「シャーロック・ホームズは好きですか?」ときかれて、「ええ」と答えたら、訳すことになりました。

「消えた銀星号」「地獄船グロリア・スコット号の最期」「地底の王冠」「幻のスパイを終え」の4つのお話が入っていて、解説を日本シャーロック・ホームズ・クラブ主宰者である東山あかねさんが書いてくださっています。今見ると、とてもとてもオーソドックスな表紙絵ですね。


カマキリと月〜南アフリカの八つのお話(単行本)

『カマキリと月〜南アフリカの八つのお話(単行本)』
原題:THE MANTIS AND THE MOON by Marguerite Poland, 1979
マーグリート・ポーランド作 リー・ヴォイト絵 さくまゆみこ訳
福音館書店
1988.10

南部アフリカの先住民のサンやコーサの人たちの昔話や神話をもとにした動物物語。「小さなカワウソの冒険」「ブアブンの花が散る」「絵かきになったノウサギ」「ジャッカルの春」「ずんぐりイモムシの夢」「サボテンどろぼうはだれだ?」「雨の牡牛」が入っています。訳すとき難しかったのは、動物や植物の和名です。南部アフリカ固有の英語から割り出すのに、文章を翻訳してから丸一年くらいかかりました。最後は著者に特徴やわかるものはラテン名も教えていただきました。当時は電子メールがなかったので、お手紙でやりとりしていました。画像検索も当時はできなかったので、著者に写真を送っていただきました。後書きでポーランドさんは、こう述べています。「この本にのっているお話は、楽しんでもらうことを第一の目的として書きました。けれどもこの本は、サンやコーサなど〈古い人たち〉への賛辞でもあります。かれらの知恵や世界観は、はかりしれないほどわたしをゆたかにしてくれました。かれらのつたえてきたものの中にある、よろこびや魔法のいくつかを、読んでくださるかたたちと分かちあうことができれば幸いです」。2004年には福音館文庫の1冊としてよみがえりました。
(編集:松本徹さん 装丁:加藤光太郎さん 巻末の動物の絵:木村しゅうじさん)

*産経児童出版文化賞


アフリカの子〜少年時代の自伝的回想

『アフリカの子〜少年時代の自伝的回想』
原題:L'ENFANT NOIR by Camara Laye, 1953
カマラ・ライェ作 さくまゆみこ訳
偕成社
1980.02

西アフリカのギニアでマリンケ人として生まれ育った作家が、少年時代を誇りをこめてふりかえった自伝的小説。鍛冶屋のお父さんの仕事、ワニのトーテムに守られたお母さんの不思議な力、太鼓のひびき、成人になるための儀式、村の日常生活、グリオのパフォーマンスについてなど、おもしろくて興味深い記述にあふれています。(カット:エム・ナマエさん 編集:家井雪子さん)


キバラカと魔法の馬〜アフリカのふしぎばなし

さくま編訳『キバラカと魔法の馬』表紙
『キバラカと魔法の馬〜アフリカのふしぎばなし』
さくまゆみこ編/訳 太田大八/画
冨山房
1979.09

アフリカ各地に伝わる昔話から、不思議なおはなしを自分で選んで訳しました。「恩を忘れたおばあさん」「魔法のぼうしとさいふと杖」「山と川はどうしてできたか」「ヘビのお嫁さん」「力もちイコロ」「動物をこわがらせた赤ん坊」「カワムチと小さなしゃれこうべ」「ワニおばさんの約束」「あかつきの王女の物語」「村をそっくりのみこんだディキシ」「ニシキヘビと猟師」「悪魔をだましたふたご」が入っています。

この本がきっかけで、私は冨山房に入社し編集部で働くようになりました。つまり入って最初に編集したのがこの本だったのです。


風のゆうれい〜テリー・ジョーンズ童話集その2

『風のゆうれい〜テリー・ジョーンズ童話集その2』
原題:FAIRY TALES by Terry Jones,1981
テリー・ジョーンズ/著 マイケル・フォアマン/絵 さくまゆみこ/訳
リブリオ出版
1990.12

イギリスのモンティ・パイソンのメンバーで、作家・脚本家としても活躍したテリー・ジョーンズが、娘のサリーのために書いた童話集。二巻目のこの本には、「のどじまんのちょうちょう」「ガラスの戸だな」「心配しょうのケイティー」「木切れの都」「ピーターのかがみ」「ゆうかんなモリー」「風のゆうれい」「世界の海を泳いだ魚」「ティム・オレーリー」「おばけの木」「たばこ入れの悪魔」「世界一の金持ちになった男」「金のかぎ」「リー・ポーのワイン」「1000本の歯をもつ怪獣」「悪魔にたましいを売った博士」の16のお話が入っています。ジョーンズはオックスフォード大学で中世文学に親しんでいたので、そんな雰囲気も持った、そしてちょっとスパイスがきいた物語になっています。

この中の「風のゆうれい」は大阪書籍の国語の教科書にも掲載されていました。
(編集:檀上聖子さん)


青い丘のメイゾン

ジャクリーン・ウッドソン『青い丘のメイゾン』さくまゆみこ訳
『青い丘のメイゾン』 (マディソン通りの少女たち2)

原題:MAIZON AT BLUE HILL by Jacqueline Woodson,1992
ジャクリーン・ウッドソン著 さくまゆみこ訳
ポプラ社
2001.01

アメリカのフィクション。「マディソン通りの少女たち」の第2巻。私立の寄宿学校に転校したメイゾンは、白人の少女たちの仲間にも、かといって数少ない黒人の少女たちの仲間にも入れず、孤独な日々を過ごします。作者のウッドソンは、今年コレッタ・スコット・キング賞を受賞しました。感受性の強い少女が生きていくのは、昔も今もそう簡単なことではないようです。
(絵:沢田としきさん 装丁:鳥井和昌さん 編集:米村知子さん)


ローワンと魔法の地図

エミリー・ロッダ『ローワンと魔法の地図』さくまゆみこ訳
『ローワンと魔法の地図』 (リンの谷のローワン1)

原題:ROWAN OF RIN by Emily Rodda, 1993
エミリー・ロッダ著 さくまゆみこ訳 佐竹美保挿絵
あすなろ書房
2000.08

オーストラリアのバイロンベイに行ったときに何軒かの本屋さんを回って、今子どもが夢中で読んでいる本を教えてもらいました。その中から探し出した本です。本嫌いな子どもでも読書の楽しみを味わえるのではないかと思いました。
ローワンはバクシャーという家畜の世話をする少年。あるとき、村に水が流れてこなくなり、勇者をつのって水源である山に登って原因を確かめることになります。ローワンは勇者とはほど遠い臆病な少年なのですが、魔法の地図が読めるのがなぜかローワン一人だったため一緒に行くことになってしまいます。最後には竜も出て来て冒険とスリルに満ちています。
小学校高学年なら読めるように訳したつもりでしたが、課題図書の対象は中学生でした。全5巻のシリーズもので、どの巻でも弱虫のローワン君は、いつのまにか冒険にまきこまれてしまいます。個人的には、ハリー・ポッターよりこっちのシリーズの方がおもしろいのではないかと思っています。子どもたちから手紙がくるのが何よりうれしい。
(装丁:丸尾靖子さん 編集:山浦真一さん)

*オーストラリア児童図書賞・最優秀賞受賞
*毎日新聞青少年読書感想文全国コンクール課題図書

◇◇◇

〈訳者あとがき〉

この作品に最初に出会ったのは、オーストラリアのバイロン・ベイという海辺の町でした。岬からイルカやクジラが泳いでいるのが見えるその町で、本屋さんに入っていった私は、店員さんに、今、子どもたちが夢中になって読んでいる本があったら教えてほしいとたのみました。その店員さんが出してきてくれたのが、このローワン少年の出てくるシリーズでした。店員さんは、「このシリーズは、仕入れてもすぐ売れてしまうんです」と言って、その時には、二巻目は店にありませんでした。とりあえず一巻目と三巻目を買って帰って読んでみると、これがおもしろいのです。日本に帰ってから二巻目も取り寄せて、一気に読みました。

その後、このシリーズについて調べてみると、一巻目の本書はオーストラリア児童図書協会が選ぶ年間最優秀児童図書賞を受賞していることがわかりました。そして三巻目も同じ賞の優秀賞に選ばれていました。

この本には、竜、洞窟、クモ、底なし沼、魔法をかけられた地図など、ファンタジーの読者におなじみのものが登場し、読者をどきどき、わくわくさせるストーリーが展開していきます。そればかりか、この作品は、これまでのファンタジーにはない新しい魅力ももっています。その魅力の一つは、主人公が、内気で臆病で、いかにも冒険には不向きな男の子だという点です。これまでのファンタジー作品の主人公のほとんどが、最初から勇気があったり、修業が好きだったり、好奇心や冒険心に富んでいる者だったことを考えると、この点は異色だと思います。ローワンは、運命のいたずらで仕方なく山にでかけていき、途中でも怖い怖いと思いながら、それでもとうとう最後には、村人も家畜も竜も救うことになるのです。

もう一つの新しさは、ジェンダーをこえた男女差のない社会が描かれているという点です。はじめのほうに、リンの谷の村の最長老で村長の役割をしているランという人物が出てきますが、すっと読んだだけではランが男性なのか女性なのかわかりません。よく読んでみると、原文ではshe(彼女)という代名詞が出てきて、ランが女性であったことがわかります。また魔の山に出かけていく勇者たちは、ローワンを除くと男性三人、女性三人です。体格はストロング・ジョンが一番大きいらしいということはわかりますが、力や勇気や知恵の点では、男性も女性も同じように描かれています。つまり、従来の「男の役割」「女の役割」「男らしさ」「女らしさ」にとらわれず、それぞれの個人がその人にふさわしい役割を果たしていく社会が、作者の一つの理想として描かれているのです。

作者のエミリー・ロッダは、本名をジェニファー・ロウと言い、一九四八年にシドニーに生まれました。シドニー大学で英文学の修士号を取ったのち、出版社に職を得て、編集者になります。子どもの本を書くきっかけは、娘のケイトに、自分で作ったお話を聞かせたことでした。ケイトがこのお話をとても気に入ったので、出版を思い立ち、きちんとタイプして自分が勤めていた出版社に売り込んだのですが、そのときにペンネームとして祖母の名エミリー・ロッダを使いました。この初めての作品『とくべつなお話』は、一九八五年にオーストラリア児童図書最優秀賞を獲得しました。二作目の『ふしぎの国のレイチェル』も一九八七年の同じ最優秀賞に選ばれます。エミリー・ロッダは、その後もオーストラリアで最高の児童図書にあたえられるこの賞を、合計五回も受賞しています。パトリシア・ライトソンやアイヴァン・サウスオールなど何回か受賞した作家はほかにもいますが、五回も受賞したのは、エミリー・ロッダだけです。昨年末には、ローワンシリーズの四巻目が出版されましたが、これも、オーストラリアの子どもたちにはすでに大人気を博し、今年の最優秀児童図書賞の有力な候補となっています。

二〇〇〇年五月

さくまゆみこ


ゾウの王パパ・テンボ

エリック・キャンベル『ゾウの王パパ・テンボ』さくまゆみこ訳
『ゾウの王パパ・テンボ』
原題:ELEPHANT GOLD by Eric Campbell, 1996
エリック・キャンベル著 さくまゆみこ訳
徳間書店
2000.06

イギリスで出たフィクション。舞台は東アフリカのタンザニア。儲けと復讐のために象牙狩りをする男と、パパ・テンボとよばれる大きなゾウの戦い。キャンベルの前作『ライオンと歩いた少年』と同じように、この作品でも人間の子ども(この本では少女アリソン)と野性の獣(この本ではゾウ)が心を通わせあう瞬間が描かれています。スリルとサスペンスがいっぱいの迫力ある物語です。
(挿絵:有明睦五朗さん 編集:米田佳代子さん)


スチュアートの大ぼうけん

E.B.ホワイト『スチュアートの大ぼうけん』さくまゆみこ訳
『スチュアートの大ぼうけん』
原題:STUART LITTLE by E.B.White, 1945
E.B.ホワイト著 ガース・ウィリアムズ絵 さくまゆみこ訳
あすなろ書房
2000.05

アメリカのフィクション。映画「スチュアート・リトル」の原作です。人間の一家にネズミの子が生まれるという不思議な設定ですが、映画ではあまりにも奇妙だと思ったのか、スチュアートは最初からペットという設定になっています。2000年夏に映画が日本にもやってきて私も見ました。
(編集:山浦真一さん)


マーガレットとメイゾン

ジャクリーン・ウッドソン『マーガレットとメイゾン』さくまゆみこ訳
『マーガレットとメイゾン』 (マディソン通りの少女たち1)

原題:LAST SUMMER WITH MAIZON by Jacqueline Woodson,1990
ジャクリーン・ウッドソン著 さくまゆみこ訳 沢田としき挿絵
ポプラ社
2000.11

アメリカのフィクション。ニューヨークに住むアフリカン・アメリカンの少女の友情物語。『レーナ』の作者ジャクリーン・ウッドソンが自分の子ども時代を思い出して書いたシリーズ〈マディソン通りの少女たち〉の1巻目です。祖母に育てられたメイゾンと、父を亡くしたマーガレットが主役ですが、超能力をもつデルさん、北米先住民のおばあちゃんなど、脇役も魅力的です。
(装丁:鳥井和昌さん 編集:米村知子さん)

SLA夏休みの本(緑陰図書)選定
*JBBY賞・翻訳者賞(シリーズ対象)


もうひとつの「アンネの日記」

アリソン・レスリー・ゴールド『もうひとつの『アンネの日記』」さくまゆみこ訳
『もうひとつの「アンネの日記」』
原題:MEMORIES OF ANNE FRANK by Alison Leslie Gold, 1997
アリソン・レスリー・ゴールド著 さくまゆみこ訳
講談社
1998.07

アンネの友人の、今でもイスラエルに生きている女性の苦難の人生を、聞き書きした作品です。アンネのケースが特殊ではなかったことがよくわかります。(装丁:森枝雄司さん 編集:中田雄一さん)*産経児童出版文化賞大賞受賞

ノンフィクション文学。アンネ・フランクの同級生で親友だったハンナ・ホスラーが、ナチス占領下でのつらい体験や、アンネの思い出などを語っています。著者はハンナの回想を聞き書きしています。隠れ家にいたアンネはナチスに見つかって逮捕されたため「アンネの日記」は途中で終わっていますが、ハンナは、ホロコーストを奇跡的に生きのびてイスラエルに暮らし、子どもや孫にも恵まれました。アンネのケースが特殊ではなかったことがよくわかります。
(装丁:森枝雄司さん 編集:中田雄一さん)

*産経児童出版文化賞大賞受賞、厚生省中央児童福祉審議会特別推薦


その時ぼくはパールハーバーにいた

グレアム・ソールズベリー『その時ぼくはパールハーバーにいた』さくまゆみこ訳
『その時ぼくはパールハーバーにいた』
原題:UNDER THE BLOOD-RED SUN by Graham Salisbury, 1994
グレアム・ソールズベリー著 さくまゆみこ訳
徳間書店
1998.07

アメリカのフィクション。真珠湾奇襲のときハワイに暮らしていた日系ハワイ人の少年トミカズとその一家の物語。日米関係が緊迫してくると、移民してきた父親と、日本から呼び寄せた祖父は、収容所に入れられてしまいます。自分はアメリカ人だと思っていたトミカズも、それまで遊んでいた友だちと遊べなくなります。日常生活が一変して、悩みながらも成長していく少年を描いています。
著者ソールズベリーの父親は、第二次大戦の日本軍との戦いで戦死しているのですが、それでもこういう物語が書けるのですね。表紙絵を描いているのが横山隆一さんのお嬢さんなので、トミカズ少年はどこかフクちゃんに似ています。
(表紙絵:横山ふさ子さん 装丁:森枝雄司さん 編集:米田佳代子さん)

*スコット・オデール賞受賞


ぺちゃんこスタンレー

ジェフ・ブラウン文 トミー・ウンゲラー絵『ぺちゃんこスタンレー』さくまゆみこ訳
『ぺちゃんこスタンレー』
原題:FLAT STANLEY by Jeff Brown, 1964
ジェフ・ブラウン著 トミ・ウンゲラー絵 さくまゆみこ訳
あすなろ書房
1998.12

ユーモアたっぷりの物語。ある日、目が覚めるとスタンレーは厚さ1.3センチのぺちゃんこになってしまっていました。さあ、どうする? でも、スタンレーはその薄さでなければできないことを次々にやっていくのです。そのあたりが、とても楽しい。昔イギリスにいたとき、下宿先の子どもたち3人に読んであげると、年齢もちがう3人が3人ともげらげら笑いながら大喜びした絵物語。ウンゲラーの絵もとっても味があっておもしろいんです。いくつか出版社に持ち込んだけど断られて、やっとあすなろで出してくれました。でも、もう何度も刷を重ねています。
(編集:山浦真一さん)


オーブンの中のオウム

ヴィクター・マルティネス『オーブンの中のオウム』さくまゆみこ訳
『オーブンの中のオウム』
原題:PARROT IN THE OVEN by Victor Martinez, 1996
ヴィクター・マルティネス著 さくまゆみこ訳
講談社
1998.11

メキシコ系アメリカ人の詩人が初めて書いたYA文学で、メキシコからの移民チカーノの少年の息づかいが伝わってきます。父親は飲んだくれのうえに暴力をふるう。兄や姉はいつもトラブルに巻きこまれる。一家はいつも貧困と差別と暴力にさらされているけれど、その家族を見る著者の目には、ぬくもりも感じられます。アメリカ人やスペイン語の得意な方に聞いてもわからないチカーノ特有の表現がたくさん出てくるので、作者に何度もe-mailで問い合わせたりして、翻訳には苦労しました。
(表紙絵:木村タカヒロさん 装丁:鈴木成一さん 編集:神田侑子さん、長田道子さん、沼田敦子さん)

*全米図書賞受賞、産経児童出版文化賞受賞


レーナ

ジャクリーン・ウッドソン『レーナ』表紙(さくまゆみこ訳 理論社)
『レーナ』
原題:I HADN'T MEANT TO TELL YOU THIS by Jacqueline Woodson, 1994
ジャクリーン・ウッドソン著 さくまゆみこ訳
理論社
1998.10

アメリカのフィクション。アフリカ系のマリーの父親は大学で教えていて、いい家に住んでいます。でも母親は家を出て世界各地を回って自分探しをしています。そんなマリーの学校に転校生のレーナがやってきました。白人のレーナの母親はガンで亡くなり、父親はいわゆる「プアホワイト」。このあたり、従来のアフリカ系の作家が書いた作品とは設定が逆転しています。マリーとレーナは肌の色が違うのを乗り越えて友だちになります。でも、レーナには秘密がありました。父親から性的虐待を受けていたのです・・・。
作者のウッドソンはアフリカ系アメリカ人の女性で、私、この人の大ファンです。表現はとてもリリカルなのに、きちんと社会問題(この作品は、人種問題、児童虐待など)を扱っているんです。父と娘二組の物語でもあります。ぜひ読んでください。沢田さんの表紙絵がまたいいですね。
(絵:沢田としきさん 装丁:高橋雅之さん 編集:平井拓さん)

*ジェーン・アダムズ児童図書賞銀賞受賞
*コレッタ・スコット・キング賞銀賞受賞


炎の鎖をつないで〜南アフリカの子どもたち

『炎の鎖をつないで〜南アフリカの子どもたち』
原題:CHAIN OF FIRE by Beverley Naidoo, 1989
ビヴァリー・ナイドゥー/著 さくまゆみこ/訳
偕成社
1997.07

南アフリカで行われていたアパルトヘイトの実態を15歳の少女の目を通して描いています。暮らしていた土地から不毛の地へ強制移住を命じられた村の人々の反応、抗議に立ち上がった子どもたちへの仕打ち……。南アフリカで生まれ育ち、学生時代にアパルトヘイトに抗議して亡命を余儀なくされた著者だけに、描写はリアルです。
アパルトヘイトの中で人々がどのように思い、行動し始めるようになったのか、その揺れる心持ちを知ることができる物語です。歴史的事実の裏には、必ず無名の多くの人の思いがあふれているのだということわかってきます。原書は古い(1989年)のですが、後書きでそれ以降の南アフリカの状況を補足しました。
著者のビヴァリー・ナイドゥーさんとは、南アフリカのケープタウンで「子どもの本の世界大会」があったとき、お目にかかってお話をすることができました。

(編集:家井雪子さん 挿絵:伏原納知子さん)


シャーロットのおくりもの

E.B.ホワイト『シャーロットのおくりもの』さくまゆみこ訳
『シャーロットのおくりもの』
原題:CHARLOTTE'S WEB by E.B.White, 1952
E.B.ホワイト著 ガース・ウィリアムズ絵 さくまゆみこ訳
あすなろ書房
2001.02

アメリカのフィクション。1952年にアメリカで出版されて以来、ずっと読み継がれてきた動物ファンタジーの古典です。以前別の出版社から出ていた翻訳(鈴木哲子さん訳で、法政大学出版局刊)は、今の子どもには少し読みにくくて残念だと思っていました。今回まったく新たに訳し直す機会をあたえられ、今の子どもにも充分読んでもらえるようになったのではないかと思います。
(装丁:丸尾靖子さん 編集:山浦真一さん、草野浩子さん)

*ニューベリー賞オナー(この年の本賞はアン・ノーラン・クラークの『アンデスの秘密』が受賞)
*ホーンブック・ファンファーレ


メイゾンともう一度

ジャクリーン・ウッドソン『メイゾンともう一度』さくまゆみこ訳
『メイゾンともう一度』 (マディソン通りの少女たち3)

原題:BETWEEN MADISON AND PALMETTO by Jacqueline Woodson, 1993
ジャクリーン・ウッドソン著 さくまゆみこ訳
ポプラ社
2001.04

アメリカのフィクション。「マディソン通りの少女たち」の第3巻。新しい学校に通い始めたメイゾンとマーガレットですが、メイゾンの前には蒸発した父親が現れます。マーガレットは、不自然なダイエットに苦しんだり、メイゾンとの仲がぎくしゃくするのに悩んだりします。キャロラインという白人の少女や、ボーという黒人の少年とも友だちになって、二人は成長していきます。
(絵:沢田としきさん 装丁:鳥井和昌さん 編集:米村知子さん)


ローワンと黄金の谷の謎

エミリー・ロッダ『ローワンと黄金の谷の謎』さくまゆみこ訳
『ローワンと黄金の谷の謎』 (リンの谷のローワン2)

原題:ROWAN AND THE TRAVELLERS by Emily Rodda, 1994
エミリー・ロッダ著 さくまゆみこ訳
あすなろ書房
2001.07

オーストラリアのファンタジー。『ローワンと魔法の地図』に続くローワン・シリーズの第2巻。リンの村が闇に潜む敵の魔手におびやかされ(といってもこの辺が普通の物語とはひと味ちがいます)、弱虫のローワンが、こんどは〈旅の人〉の少女ジールと一緒に空を飛び、またまた思いがけない冒険をすることになります。どきどきワクワクのエンタテイメントですが、ある意味では自然の力の恐ろしさと素晴らしさを描いた作品ともいえると思います。
(絵:佐竹美保さん 装丁:丸尾靖子さん 編集:山浦真一さん、佐近忠弘さん)

◇◇◇

〈訳者あとがき〉

本書は、オーストラリアの作家エミリー・ロッダが書いたローワンの冒険シリーズの二作目です。シリーズといっても、それぞれの巻で物語は完結するので、一作目の『ローワンと魔法の地図』を読んでから本書を読んでもおもしろいし、この二作目から読み始めてもおもしろい、と思います。わたしは、オーストラリアのバイロン・ベイという町で初めて出会った三作目から読み始めて、このシリーズにすっかりはまってしまいました。

オーストラリアで今いちばん人気のある女性作家エミリー・ロッダは、一九四八年にシドニーに生まれ、子どものころから本を読んだり物語を書いたりするのが大好きでした。結婚して子どもができてからは、その子たちに物語をつくってきかせていましたが、そのうちそうした物語を気に入ってくれる人が家族以外にもふえていきました。最初は出版社で編集の仕事をしながら、自分の趣味として少しずつ作品を書いていましたが、どんどん人気が高くなり、一九九四年からは作家業に専念しています。

今でも「趣味は何ですか?」ときかれて「本を読んだり書いたりすること」と答えるくらいですから作家専業になったのが遅いわりには作品数も多く、これまでに子どもの本を四八点、大人向けのミステリーを八点出版し、オーストラリア最高の子どもの本にあたえられる児童文学賞を五回も受賞しています。

つぶぞろいの作品を次々にうみだす秘密は、エミリー・ロッダがいつも持ち歩いているノートにあるようです。このノートに、何かのときにふっと頭にうかんだアイディアやプロットや、おもしろい人物などのことを、なんでも書き留めておくのだそうです。そして執筆中にゆきづまったときは、このノートを開くと、書き進めていくヒントが見つかるのだといいます。

数多くの作品の中で、子どもにいちばん人気が高いのが、このローワンのシリーズです。現在四作目までがオーストラリアで出ていますが、今年中には五作目が出ると聞いています。日本語版は三作目以降もあすなろ書房で出ることになっていますので、どうぞ楽しみにしていてくださいね。

なお、最近エミリー・ロッダのホームページができました。興味がおありの方は、http://emilyrodda.com/ をご覧ください。作者の写真も載っていますよ。

二〇〇一年六月二〇日

さくまゆみこ