福木はる/作
講談社
2024.11
エーデルワイス:おもしろく読みました。今回の課題図書の2冊は、どちらも『ダンス』が主役。表紙が内容によく合っていると思います。ヒップホップの掛け合いで歌うところ、これは詩の世界ですよね。萌々(ピーチ)と莉愛(チョコレート)が学校の文化祭でバトルする場面、言葉がグサグサと心に突き刺さりました。萌々が自分の容姿で笑いをとるところが痛々しい。しかし萌々がどれくらい太めなのか具体的に書かれていないので分かりません。挿絵もありませんし。もしかしてちょっと太めで、自分だけ気にしているのかもと思いました。
偏見ですが、沖縄はアメリカ基地があるので、ハーフの子は珍しくなく、差別もそんなにないと思い込んでいました。内容は作者の体験から見聞きしたことが反映されているのでしょうね。最後p223で萌々が自転車を走らせ、「いつだって、ハンドルをにぎるのはわたしなんだから。」は、さわやかで読後感がいいです。
きなこみみ:文章のテンポやリズムがよくて、どんどん読み進められる感じでした。ふっくら体型にコンプレックスを持っている萌々の気持ちがていねいに描かれていて、とてもおもしろく読みました。多様化、ダイバーシティ、という、自分が萌々の年齢のときには見当たらなかった言葉が、市民権を得た時代のはずなのに、なぜかルッキズムや見た目の違い、こうしなきゃ、という縛りや同調圧力がますます強くなっているように思います。萌々が、ヒップホップと出会うことで、その縛りを解いていく、その過程が自然に描かれていて、とても好感の持てる作品でした。萌々があこがれるクイーンBの私のイメージは、渡辺直美さんでした。いつも、カッコいいなと思って見てるので。
とくにいいなと思ったのは、p70~71で、ヒップホップの発祥と歴史について解説してあるところ。「でもさ、この国にも命削られるくらいきつい思いをしている人たちが、実はたくさんいるよね」「日本は声を上げる文化があまり発展してこなかった」「ひとりで抱え込んでしんどくなっちゃう。そんなとき、ヒップホップは武器にも杖にもなる」という舞さんの言葉です。ジャズ、ファンク、ヒップホップ、アメリカの音楽は常に黒人文化と共にあって、差別や偏見への抵抗の一つとして発展してきたんだ、ということが踏まえられている。そこがきちんと書かれているから、最後の萌々のライブが、胸にくる。最後のライブシーンの盛り上がりもよくて、読後感もさわやかで、よい作品でした。
ANNE:勢いがある楽しいお話でした。太めの体型を気にしているももちゃんが憧れる黒人女性ラッパーのクイーンBは、実際に海外で活躍されている日本のコメディエンヌを彷彿とさせました。私自身はラップやヒップホップには本当になじみがなく、韻を踏んでいるというリリックにもなかなか入り込めなかったのですが、ももちゃんとりあちゃんが自分を開放させる手段としてラップに出会えたことは純粋に「良かったね~」と思いました。作者の福木さんは沖縄のご出身とのことで、登場人物の名字や方言、りあちゃんの出自、沖縄特有の季節感を表す「うりずん」など、沖縄らしさがちりばめられた物語でした。文化祭のラップバトルのシーンが本当に盛り上がってとても楽しく読めたので、ラストのゆかいくんの告白は取って付けたような感じがしてちょっと残念でした。
ハリネズミ:私は、おもしろいところもいっぱいありましたが、気になるところもありました。まず設定が漫画チックだと思って、ちょっと物足りなさを感じました。たとえばp93で、新垣さんが自分のことをさらけ出すように語りだしたり、p122で、舞さんをバカにした赤キャップに萌々が対抗してラップでやり返す場面などは、物語の書き方というより漫画の書き方じゃないかと。p145の莉愛が「あんたとはいっしょにやれない。二度とスタジオに来るな!」と言うのも、ずいぶんとオーバーなリアクションですね。茉奈が、「幼馴染ってだけで、由快くんにかまわれてる」からという理由で萌々を貶める落書きをしたりSNS発信をしたりするのも、漫画チック。その後の展開も告白ごっこみたいで、私はうまく入り込めませんでした。さらに、ルッキズムを否定しているようでいて、おデブでもかっこいい男子に想いを寄せられるという展開になっているのが中途半端だと思いました。ラップにしても、社会的な不条理や不都合を告発するわけではなく、個人レベルにとどまっているのが、物足りなかったです。
手鞠唄:気になっていて、でもまだ読んでいない本だったので、今回選書していただけてよかったです。とてもおもしろく読みました。前半は、沖縄が舞台であることが効果的で、その描写にひかれて読みました。日本の児童書って、舞台を特定しないものが多いですけれど、こういうふうに地域色を全開にしていくのはいいなぁと思います。後半は、ラップがテンポよくて吸引力あって、引きずり込まれるように一気に読みました。あこがれのクイーンBのラップもいいですし、文化祭当日のふたりのラップもとてもいい。クラスの子が「刺さる」と言っていたのが説得力あります。ヒップホップやラップの概要をきちんと説明してくれているのもありがたかったです。気になったところは3箇所あります。1つは、冒頭なんですが、1年生の1学期なのか2年生の1学期なのか、あるいは2学期なのか、非常にわかりづらかったです。p7で、いったん那覇に引っ越して戻ってきて、久しぶりに幼なじみに会ったと書いてあるせいかな。この日、久しぶりに会ったのか、前に久しぶりだったのか、わかりづらいなと思いました。もう1箇所は、p31。「目玉焼きのにおいが廊下までたちこめていた」とあるのですが、そんなにたちこめるかな? と気になりました。焦げた匂いなのか、油の匂いなのか、だったらまだわかるんですけども。あと1箇所は、p114のあたり。現れた莉愛の服装をほめつつとても細かく描写していますが、その時、自分が何を着ていたのか、まったく書いていない、というあたりがアンバランスに思えました。
ニャニャンガ: 読みはじめは、「また自分を出せない子の話?」と思ってしまいましたが、文章に勢いがあり、ラップが自分の殻を破るきっかけになったことにとても興味を惹かれてぐいぐい読みました。ルッキズムがテーマのひとつで、体格へのコンプレックスがある萌々とハーフの莉愛が出会い、ラップで本音を開放するのはイマドキでおもしろかったです。ただ、萌々の描写が少なくイメージが少しぼんやりしていたので、『6days 遭難者たち』(安田夏菜作 講談社)に登場する由真みたいかしらと想像しました。一番印象的だったのは、文化祭でステージに立つ際、萌々がマスクをはずしてピーチになる場面で、鳥肌が立ちました。
しじみ71個分:ルッキズムやラップ、ヒップホップといったモチーフに使った作品で、自分にとっては新鮮で、とてもおもしろく読みました。自分も痩せてた子どもであったことがなく、よくデブとかいろいろ言われていましたので、その時のことをやはり思い出しました。外見についてあれこれ言われることで、どうやって傷つかないように自分を守るか、ということに腐心せざるを得ない状況というのにはとても共感しました。思った通りの言葉を口にすることができず、屈折した言葉にできない思いが胸にたまって苦しくて、自分の言葉を求めていたところに、思いをぶちまけて、表現するラップに出合ったという設定も、とても納得できました。自分の経験的にも、心が何かを探し求めているときに、出会ったものに、一瞬で心奪われて好きになってしまうことってあるなと思うんです。これは、私にとってはとても説得力があって、身に沁みました。萌々と莉愛がラップという、好きなものを通じて互いを知り、繋がり合うという物語はとても前向きで、気持ちよかったと思いました。確かに、お母さんの設定が大雑把だったり、書き込みがあまり深くなかったり、という点はあるとは思いますが、気持ちよく読めますし、思春期のあれこれに悩んでる子の気持ちの突破口になりそうな気がします。文化祭のときに萌々が歌ったラップのリリックは、私にはズキュンと刺さってしまい、ちょっとウルウルしてしまいました。言葉に作家の思いが詰まってるなと特に感じたところです。最後に、恋愛でオチをつけたのは、唐突だし、残念さがありましたが、若い人たちの興味のあるモチーフを織り込んで、物語に葛藤を入れて描いているので、そこはいいなと思います。文に勢いとリズム があって、とても読みやすかったのも良かったです。
さららん:私も、ほとんどみなさんと同じような意見です。ルッキズムがテーマになっている本は、読書会でも何度か読んできましたね。この本の主人公の「ももち」は読者が共感しやすいキャラクターになっていますが、YA向けの言葉のリズム、表現に目を見張り、例えばp34の「……そんなカワイイなんか、いらねー。湯気といっしょに消えてなくなっちまえ……」ではびっくり。炊飯器のご飯をお茶碗に入れる場面なので、「湯気といっしょに」という言葉が唐突に出てきたんですよね。女の子の独白に、これほど乱暴な口調はなかなか書けませんが、ふだんの生活にこんな言葉があるからこそ、ラップのリズミカルで、投げつけるような口調も全体の中で調和が取れる。全体にそういう表現が散りばめられていて、YA文学で使える日本語の裾野が広がった感じがしました。ヒップホップの歴史やあり方が、舞さんを通して伝えられる点も自然で好感が持て、ヒップホップによって解放されていく主人公の気持ちを追体験できました。クライマックスの舞台発表では、ももちこと大城萌々が、茉奈に挑むようにヒップ・ホップ・ラップを始めるます。フロウやフック、といったテクニックを使いながらラストスパートに向かう言葉が、ひとつずつおもしろく、「いまここに ルッキズムの墓たてろ!」(p198)なんて大見得をきって、実にカッコイイんですが、自分自身がラップに疎いせいで、リズムの取り方がよくわからず、ラップに聞こえてこないのが残念でした。他の方はどうだったでしょう? 最後の由快と主人公のやりとりは、そんなに引っかからずに軽く読み、「いつだって、ハンドルをにぎっているのはわたしなんだから」(p223)という言葉の意味するものが、作品全体のテーマに重なって、気持ちよく読み終えました。
すあま:デビュー作とのことですが、文章は読みやすかったです。10代の子たちが出てくる場合、会話の文に若者言葉や口調が多用されているものがあって、読みづらくわずらわしく感じることがあるけれども、この作品は適度で自然に読めました。ストーリーについては、本音が言えず相手に合わせていて嘘をつくことが増えている主人公、というよくある設定から、ヒップホップ、ラップを通して本当の気持ちを出すことができる、またお互いに言い合うことのできる友だちができた、という展開はよかったと思います。また、それによって、今まで本音で話せなかった友達との関係も変わっていき、成長していく様子がわかりました。1つ気になったのは、幼馴染のイケメンの男の子の存在は必要だったのかな、ということで、女の子たちだけでも十分に物語が成立しているように思えました。
さららん:沖縄が舞台だけれど、茉奈がダブルだということ以外、沖縄の歴史を感じさせる要素が出てこないのは、ある意味、もったいないかもしれません。
ニャニャンガ:帯文もパンチが効いていますね!
ハリネズミ:ルッキズムについては、もう少しつきつめてほしかったなあ。それから沖縄出身のAwichという女性ラッパーがいるのですが、その人は個人的なことだけではなく、沖縄がおかれた状況についても歌っています。
さららん:さっき、「もったいない」と発言してしまったのですが、逆に沖縄はこう書かないと、という見方こそ、一種の偏見かもしれないです。
しじみ71個分:もしかすると、実際に生活している人々にとっては、沖縄であるが故の問題というのは、日常の中のリアルとして、日常の一部として定着していて、いつも重たい認識ばかりが前面にあるというわけでもないということはないでしょうか。いつも、薄く認識されているというか。歴史的には、沖縄戦という非常に重たい、過酷な、非人道的なことが行われて、今でも沖縄の米軍関係施設の一極集中なんてもちろん異常なことですが、そこで生まれた若い人たちにとっては、生まれた時からの前提条件として、ナチュラルに受け止めているということもあるかもしれないなと想像します。
ニャニャンガ:続編が出たら、沖縄の歴史にもからめて書いていただけるかもと思いました。
ハリネズミ:この作品って、沖縄を舞台にする必要は特になかったのでは?
すあま:ヒップホップ、ラップが題材になっている物語では、『アンチ』(ヨナタン・ヤヴィン作 鴨志田聡子訳 岩波書店 2019)を思い出しました。全体としてはおもしろかったけれども、ちょっと物足りなさを感じました。
花散里:前半に、沖縄の「うりずん」について表記はありますが、全体的にこの物語が、沖縄の中学生たちを描いているということは伝わってこないように思いました。自分の体形にコンプレックスを持っている主人公、萌々と、母親同士が仲良しで、誕生日までもが一緒だという同級生、由快との会話などは内容が薄くて、由快を取り巻く女の子たちの様子も軽い印象で心に残りませんでした。後半、主人公がヒップホップと出合うところから、ヒップホップのことをよく知らなかったので、その流れと歴史などについては興味深く読みました。由快の萌々への思いなど、物語のまとめ方はどうなのかという感じで、タイトル、表紙絵とともに読後感はあまり良くありませんでした。
(2025年07月の「子どもの本で言いたい放題」より)

