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おじいちゃんとの最後の旅

ウルフ・スタルク『おじいちゃんとの最後の旅』表紙
『おじいちゃんとの最後の旅』
ウルフ・スタルク/作 キティ・クローザー/絵 菱木晃子/訳
徳間書店
2020.09

アンヌ:私はおじいちゃん子だったので、主人公と祖父が性格の一致を喜ぶ場面には、心がギュッとつかまれました。船の中で、手と手を重ね合わせるところとかを読んで、相手の温かさを感じるだけで幸せな気分になる感じとか、いろいろ思い出してしまいました。題名からわかるように、この物語は祖父が妻の死を受け入れ、自分の死も受け入れていく物語であり、主人公が祖父の死を受け入れていく過程が描かれています。でも、ユーモアたっぷりの物語で、その中にスウェーデンの典型的な食べ物、ミートボール、シナモンロール、コケモモのジャム等が姿を現し、その食べ物にも一つ一つ意味があって、おいしそうで温かくて魅力的な物語となっています。アダムという頼りがいがある大人が出てきて、p131で祖父を病院から連れ出した自分を責める主人公を、おじいさんはああいう人だろうとなだめてくれるところでは、たとえ老人でも病人でも障碍者でも人権があるということを教えてくれます。嘘が嘘を呼ぶ苦い味も12章の「カンペキなうそ」でしっかり描かれていて、実に見事な物語だと思いました。キティ・クローザーの挿絵も一目見た時からあまりに魅力的で、目が離せませんでした。

ニャニャンガ:ウルフ・スタルクは好きな作家なので、刊行後まもなく読んだので再読です。スタルク最後の作品ということで読む前から胸が熱くなりました。おじいちゃんと孫、人生の悲哀をテーマにしたスタルク作品は最高です。ただ今回は、おじいちゃんがあまりに口が悪くて偏屈だったので、物語世界に入るのに少し時間がかかりました。島から帰ってきたあと、天国で妻と再会するときのために言葉遣いを直そうと努力するおじいちゃんが大好きです。ただひとつ残念なのは、キティ・クローザーの挿絵をスタルクさんが見られなかったことです。対象年齢の読者がどのように読むのかを知りたいと思い「読書メーター」を見てみたところ、勤務校の男子生徒にすすめられたという書きこみを見つけ、きちんと届いているんだなとうれしくなりました。

ネズミ:とてもおもしろく読みました。はじめから、おじいちゃんが死んじゃうんだなとわかるのですが、それでも読者を思いがけないところまで連れていってくれます。ストーリーや人物に無理がなく整合性があって、ほころびがない、完成度の高い作品だと思いました。改めていいなと思ったのは、この本に出てくる人たちが、誰ひとりとして、いい人になろうとしないところ。こうじゃなきゃいけない、というような道徳や偽善がない。看護師さんも、おじいちゃんが患者だというのに悪口を平気で言うんですね。日本の子どもの本とは、人間の描き方がずいぶん違うと感じました。

ハル:皆さんの感想を聞いていて、思い出し泣きしそうです。本を閉じてからしばらく泣いてしまったのですが、もしかしたらこんな体験は初めてかも。私は小さいころ、おじいちゃんのことがあんまり好きじゃなかったので、子どものころにこの本を読みたかったなぁと思います。子ども時代に読んでいたら、愛する人を失うという体験を、この本で初めて覚えたのかもしれませんね。登場人物、ユーモアもたっぷりの表現、イラスト、訳文……そういった全部、この本のすべてに愛があふれている感じがします。そして今度、北欧を旅することがあったら、お皿に添えられたコケモモのジャムも大事に食べようと思いました(以前に旅したときは、なんでおかずにジャムがのっているのかよくわからなくて、よけちゃったので)。

雪割草:あたたかくて素敵な作品だなと思いました。おじいちゃんは、古風で怒ってばかりですが、人間味あふれる描写で、「訳者あとがき」にもあるように、作者の、おじいちゃんのことが大好きという気持ちが伝わってきました。それから、「死」の描き方もいいなと思いました。カラスがオジロワシになって飛んでいくラストシーンへ向かって、p149にはウルフの見えないものへの気づきが書かれていますが、子どもの等身大の体験に近く感じました。ほかには、ウルフとおじいちゃん、ウルフとお父さんの関係が、p59にあるように世代の違いだけでなく、一人ひとりの違いとして描かれているのもよかったです。人生のはじめの方にいるウルフと人生の終わりの方にいるおじいちゃんの交流が、味わい深かったです。

マリンゴ:タイトルから、重い展開をイメージして、今まで敬遠していたのですが、想像とは違ってとてもハートフルで、楽しい部分もある物語でした。「嘘」が出てくるお話って、それがバレたらどうしよう、とハラハラする流れが一般的だと思いますが、この作品は、嘘を言うことを楽しむ少年が主人公で、ピンチに陥っても、仲間のアダムがすらすらと嘘をつくなど、嘘を肯定する展開がおもしろかったです。お父さんの前で、おじいちゃんとの冒険の事実を主人公がぶちまけると、お父さんがまったく信じてくれない、という場面が印象的でした。p126「合宿でなにがあったか、話してみなさい」と言われて、「……寝袋の中にゲロを吐いた子がいた」と答える場面はユーモラスで、笑ってしまいました。事実がすべて正義とは限らない、と考える作者の想いが伝わってきます。大きなことではないのですが、唯一引っかかったのは、p114からp115にかけて、アダムが卓球の試合ですぐに負けた話をしたあとの主人公のコメントです。「すぐに負けて、よかった」「ビリだっていったほうが、うけがいいでしょ」「負けた人のことは、みんな、かわいそうだと思うよね。で、ふだんよりやさしくしてくれる」などと続くのですが、これが、物語の流れのなかで若干唐突なので、後の伏線かと思ったらそうでもなく、少しとまどいました。

ハリネズミ:p114からのところは、ウルフの人となりをあらわしている表現だと思って読みました。融通のきくちょっとちゃっかりした性格の子なんじゃないかな。ウルフ・スタルクは角野さんと同じ時期に国際アンデルセン賞候補だったんですけど、選考期間の間に亡くなられたので、候補から除外ということになってしまいました。さっき、ハルさんが泣いたっておっしゃったのですが、私は、あっちこっちで笑いもしました。しみじみさせながら笑わせもする作品って、すごいです。文章にも絵にもあちこちにユーモアがちりばめられています。たとえば、汗臭い女の人に寄っていくっていうエピソード+p20の絵で、私は噴いてしまいました。子どもらしい視点も随所にあります。たとえばp10「ぼくは、まえからずっと、おじいちゃんが怒りだすときが好きだった。その場にいると、ものすごくドキドキする」とか、お父さんに「わたしの目を見ろ」と言われて、p122「ぼくは見なかった。パパの眉毛を見ていた。目でも眉毛でも、パパにはわからない」とか。p130で、パン屋の店に入って「店の中に入ると、あたたかくて、うす暗くて、いいにおいがして、ぼくはからだがふるえた」とか。スタルクには、上から目線や猫なで声がまったくない。あと、短い文章の中で、じつに的確に表現しています。たとえばp72「ぼくがジャムの瓶を持ってもどると、おじいちゃんはしばらくのあいだ、その手書きの文字をじっと見つめていた。それからふたをあけ、パラフィン紙の封をナイフでそっとはがした」というところですけど、あれだけ罵詈雑言を連発していたおじいちゃんが、おばあちゃんの作ったコケモモのジャムには万感の思いを抱いていたことが伝わってきます。それと、どのキャラクターにも奥行きがある。下手な作品だとお父さんを悪者にしてしまうところですが、お父さんも、p146のお菓子を買ってくるくだりや、そのとなりの絵を見ると、ただの堅物ではないことがわかりますよね。最後のカラスとオジロワシのところも伏線がちゃんとあるし。キティ・クローザーの絵も、ほかのにも増してすばらしいので、スタルクを敬愛していたことが伝わってきます。

カピバラ:私もスタルクは大好きな作家なんですけど、大好きなスタルクの最後の作品だというさびしさと、おじいちゃんの最後の旅という悲しさとが重なって、なんともいえないしみじみとした読後感にひたった一冊でした。スタルクの持ち味はユーモアとペーソスだと思いますが、それが十分に味わえる作品だったと思います。時代も国も違うのに、こんなに親しみを感じる人が出てくる本っていうのは少ないものですが、先ほど「登場人物がみなほかの人に自分を良く見せようとしない人たちだ」という感想がありましたが、なるほどと腑に落ちました。何度も何度も繰り返し読みたい作品です。

まめじか:登場人物が人として立ち上がってきて、この人たちはページの向こうにちゃんといると感じられました。主人公のウルフはおじいちゃんのことをよく理解していて、たとえば「死んだ人を愛しつづけることって、できる?」(p60)ときいたときに「だまれ、ガキのくせに!」なんて言われても、それは「できる」という意味だとちゃんとわかってる。わざと汚い言葉を言わせて、その罰として薬を飲ませるのも、おじいちゃんへの想いが伝わってきます。ウルフは人生がはじまったばかりの子どもで、一方おじいちゃんは人生を終えようとしている。夢と現実の境があいまいになって、おばあちゃんとかオジロワシとか、そこにはいないはずのものが見えるようになったおじいちゃんの目に映るものを、ウルフはときどき感じながら最後の時間をともに過ごして、やがておじいちゃんは船のエンジン音のようないびきをたてて向こう側の世界へと出航していく。たった2日間の冒険が、主人公の心にかけがえのないものを残したのですね。冒頭に出てくる紅葉した葉は、次の世代に命をつないでいくことを思わせるし、コケモモのジャムは生きることそのものというか、人生という大きなものを日常のささやかなものにぎゅっとこめるように描いていて、そういうのも見事だなあと。おじいちゃんが弱っていく姿を見たくなくて病院に来たがらないお父さんの描写には、リアリティがありました。あと、ウルフがバスの中で、汗のにおいがうつるようにおばさんにくっつく場面なんか、ユーモアがあっていいですね。挿絵も物語にとてもよく合っています。キティ・クローザーは現実と想像が入り混じった世界を鮮やかに描き出す画家で、私はとても好きです。死をテーマに扱った作品も多いですね。

さららん:しばらく前に読みましたが、ほんとに短いけど、どこもかしこもおかしいような切ないような、魅力的なお話でした。おばあちゃんのお葬式のときに、汚い言葉を吐いてしまったおじいちゃんは、天国でおばあちゃんと再会するときのために、これからはきれいな言葉をしゃべれるようにがんばろう、と決意します。そんなところに、おじいちゃんがおばあちゃんに伝えきれなかった、深い愛を感じました。そして、この本はあえて直訳風にした翻訳の仕方がすごくおもしろくて! p44の「かわりに息子と、とてつもなく愉快なわたしのおいがまいります」とか、下手にやったら目も当てられない表現ですが、それがものすごく笑えるんです。これは菱木さんのマジックかなあ。シナモンロールはよく食べるけれど、カルダモンロールは食べたことないので、食べてみたいです。おじいちゃんが静かにいびきをかきはじめた場面では、涙が出そうになりました。

サークルK:読書会に参加させていただくようになっていちばん涙を流した作品でした。タイトルがすでに物語るように、主人公のおじいちゃんの死に向かっていくお話ではありますが、悲壮感がなく「命がゆっくりと尽きていくときの時間」ということを作者が尊厳をもって温かい言葉で語ってくれていて、素晴らしかったです。その素晴らしさを翻訳と挿絵がさらに引き立てていました。p61のおじいちゃんと孫がまったく同じポーズで船室の椅子に座っているところはユーモラスで思わず笑みがこぼれましたし、p159の挿絵で孫の男の子がおじいちゃんの大きな手を握りながら最後の時を過ごしている様子には、胸を打たれました。ベッドサイドテーブルにおばあちゃんの写真とほんの少しだけ残ったコケモモのジャムの瓶が置かれていることが描かれていたからです。大好きな妻の作ったコケモモのジャムはおじいちゃんの生きるエネルギーそのものになっていたはずなので、挿絵に空っぽの瓶ではなく、ほんの少しジャムが残された瓶が描かれたことによって、おじいちゃんが明日もまた生きておばあちゃんのジャムを食べたいと思っていたのかもしれない、という希望のようなものが感じられました。p90で示唆されていた「オジロワシ」にp161で見事に姿を変えたおじいちゃんの最期は悲しみに満ちたものでなく誇り高いものであったのだなあ、としみじみ感じ入りました。

すあま:最後に登場人物が死んでしまうことがわかっている話は子どものころからあまり読みたくないのですが、スタルクなら絶対おもしろいだろうと思って読みました。ウルフが両親をだましておじいちゃんを連れ出すところは、途中で見つからないか、おじいちゃんは具合が悪くならないかと、ハラハラする冒険物語を読んでいるようでした。アダムがいたのも大きかった。家族じゃないけど助けてくれる大人が出てくる物語はいいですね。出てくる大人がちゃんと描かれているし、アダムも魅力的な大人で、おじいちゃんとわかりあえている感じもよかったです。日本でも、子ども向けに老いや死、認知症をテーマにした本がいっぱい出ているけれど、ウルフ・スタルクにかなう人はいません。泣かせる、感動するだけでなく、やっぱり笑えて楽しいところもあるのが良いと思います。ウルフはいい子だけど、それだけじゃなくて嘘もつくし、個性豊かで生き生きしている。おじいちゃんが亡くなってしまうのも自然に描かれていて、いいなと思いました。死を描いていると、怖かったり悲しすぎたりするものも多くて、そういう話が苦手な子にも読みやすくて受け入れやすい話だと思いました。来日されたとき講演会でお話をうかがったのですが、物語のウルフに会ったようで、とても楽しい時間でした。訳については、汚い言葉を話す人たちを、キャラクターが伝わるように訳すのは難しいのではないかと思いましたが、すばらしい翻訳でした。

シア:『うそつきの天才』(ウルフ・スタルク著 はたこうしろう絵 菱木晃子訳 小峰書店 1996)という本が大好きでしたので、ウルフ・スタルクだ! と思いながら読みました。「最後の旅」という題名を見て、また題名ネタバレをしている……とガッカリしたのですが、結果的にかなり泣かされました。日本版はこの手の題名多いので、なんとかしてください! おじいちゃんの汚い言葉がかえって生き生きしていて、本当におばあちゃんを愛していたんだなというのも伝わりましたし、変わっている人なんですがとても素敵な人だと思えました。こんな人生いいなと思いながら読みました。子どもに是非読んでほしい本です。挿絵は色鉛筆ですかね、きれいな色合いでした。小学生くらいから読むのにいいと思います。夜に読んだので、シナモンロールとかコケモモのジャムなど、誘惑にかられる1冊でした。

しじみ71個分:読んでもうとにかく感動しました。短い物語の中で、どうして人間関係がここまで書けるんだろうと驚くばかりです。詳細な説明は書いていないのに、おじいちゃんとの関係ばかりか、お父さんとウルフ少年との関係など、全部わかってしまうんですね。キティ・クローザーの絵もすばらしくて、最後のおじいちゃんとおばあちゃんの二人がよりそっている後ろ姿の絵を見て、涙腺崩壊しました……。アダムも看護師さんたちも脇役ながら、人がらがみっちりと描きこまれていて、とても魅力的です。著者はキティ・クローザーの絵を見ることなく、出来上がった本を手に取ることなく、亡くなられたとのことですが、自分が老境にあって、おじいちゃんのことをどういう心境で書かれたのかなと思うと、また泣けてきます。汚い言葉を使うけれども愛情深い人で、短い言葉や行動の中におばあちゃんへの愛情があふれていますね。病院を抜け出して島にわたる際におばあちゃんの姿を見たり、おばあちゃんの腰かけていた椅子に座って窓の外を眺めたり、と不在の人を見る、またその人の見ていたものを見ようとするという行為が、不在の人を思う深さを直接的な言葉でなく語っているところに、ウルフ・スタルクのすごさを感じました。それから、ウルフ少年の嘘も、自分の苦しまぎれの保身とか自分勝手とかではなく、おじいちゃんを楽しませるためで、自分の力で考え、アイディアで難局を切り抜けていくという、この物語に代表されるような、西欧の活力ある子ども像は大変に魅力的ですし、そういう物語が日本のお話でも描かれていくといいなと思いました。

さららん:キティ・クローザーが日本に来たとき、お話ししたことがあるんです。そのとき、日本で何をしたいですか? ときいたら、島に渡りたいと言ってました。このスタルクの本の中に出てくる多島海の風景は、ベルギーとスウェーデンの両方を行き来して育ったキティの原風景でもあるんだ、と思いました。

ニャニャンガ:原書の表紙では、おじいちゃんの足元にタイトルが入っていますが、邦訳では上に移動していますね。空の部分が原書の倍くらいになっていますが、どうやってつけ足したのかなと思いました。

ハリネズミ:日本語版には帯がついているから、タイトルを上にしたのでしょうね。原画が大きかったのかもしれないし、コンピュータ処理で空の部分を伸ばしたのかもしれません。

(2021年10月の「子どもの本で言いたい放題」より)

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月にトンジル

『月にトンジル』表紙
『月にトンジル』
佐藤まどか/作 佐藤真紀子/挿絵
あかね書房
2021.05

『月にトンジル』をおすすめします。

小6の徹は幼稚園から仲良しの4人グループ「テツヨン」は永遠だと信じていた。ところが、いつも明るい大樹の引っ越しを機に関係がぎくしゃくし始める。テツヨンは解散か? 徹は悩む。けれどもやがて、成長には苦さもついて回ること、人には表に見せない面もあることに気づき、徹も自分の一歩を踏み出す。徹の祖父の言葉から取った書名の意味は、本を読むとわかるよ。
小学校高学年から。

(朝日新聞「子どもの本棚」2021年7月31日掲載)

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帰れ 野生のロボット

『帰れ野生のロボット』表紙
『帰れ 野生のロボット』
ピーター・ブラウン/作・絵 前沢明枝/訳
福音館書店
2021.05

『帰れ 野生のロボット』をおすすめします。

ロボットのロズは、無人島までやってきた追っ手に破壊されて人間社会に連行され、工場で修理される。その後ロズは普通のロボットを装って農場で働きながら、仲間の野生動物たちのもとへ帰るチャンスをうかがう。人間の子どもたちや養子のガンにも助けられてなんとか農場を脱出してからも、次々と困難に襲われる。ロズは無人島に帰れるのか? 擬人化されたロボットの冒険譚としておもしろく、近未来の人間についても考えさせられる。『野生のロボット』の続篇だが、これ1冊でもじゅうぶん楽しめる。
小学校中学年から。

(朝日新聞「子どもの本棚」2021年6月26日掲載)

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きみのいた森で

『きみのいた森で』表紙
『きみのいた森で』
ピート・ハウトマン/作 こだまともこ/訳
評論社
2021.01

『きみのいた森で』をおすすめします。

親しかった祖父を亡くした孤独な少年スチューイは、最近引っ越して来た同い年の少女エリーと仲良くなり、よく森の中の秘密の場所で話をするようになる。2人ともお気に入りのその場所では、時々不思議な現象が起こるのだが、ある日スチューイの目の前でエリーの姿が薄れ、ふっと消えてしまう。一方エリーの世界からはスチューイが消えていた。なぜそんなことになったのか? 分離した世界を元に戻すにはどうしたらいいのか? 謎にひかれてどんどん読めるミステリー。
小学校高学年から。

(朝日新聞「子どもの本棚」2021年3月27日掲載)

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彼方の光

『彼方の光』表紙
『彼方の光』
シェリー・ピアソル/作 斎藤倫子/訳
偕成社
2020.12

『彼方の光』をおすすめします。

時は今から160年前。その頃のアメリカ南部にはまだ黒人奴隷がたくさんいて、報酬ももらえず白人農場主にこきつかわれていた。ある晩、老奴隷のハリソンは少年奴隷のサミュエルを起こし、闇に乗じて2人でカナダへの逃亡を始める。そして、何度も危ない目にあいながらも、「地下鉄道」にも助けられて、旅を続けていく。「地下鉄道」とは、当時実在した、逃亡奴隷を北へ北へと逃がすための人間の秘密ネットワークで、黒人だけではなく、白人も先住民も、宗教上の理由から助けようとする人たちもかかわっていた。この作品にも多様な立場から逃亡を支える人々が登場する。いくつもの実話から紡ぎ上げた物語で、サミュエルの気持ちになって読み進めることができる。

(朝日新聞「子どもの本棚」2021年1月30日掲載)


時は今から160年前。アメリカ南部にはまだ黒人奴隷がたくさんいて、報酬ももらえず白人農場主にこき使われていた。ある晩、老奴隷のハリソンは少年奴隷のサミュエルを起こし、闇に乗じてふたりでカナダへの逃亡を始める。そして、何度も危険な目にあいながらも、逃亡奴隷のための人間のネットワーク「地下鉄道」にも助けられて、旅を続けていく。著者は、「地下鉄道」にかかわったさまざまな人種や立場の人を登場させて、当時のアメリカの様子を伝えている。波瀾万丈のドキドキする冒険物語としても読める。

原作:アメリカ/11歳から/奴隷、自由、旅

(JBBY「おすすめ!世界の子どもの本 2021」より)

 

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おじいちゃんとの最後の旅

『おじいちゃんとの最後の旅』表紙
『おじいちゃんとの最後の旅』
ウルフ・スタルク/作 キティ・クローザー/絵 菱木晃子/訳
徳間書店
2020.09

『おじいちゃんとの最後の旅』をおすすめします。

ウルフの入院中のおじいちゃんは、わがままだし汚い言葉を連発するので周囲をうんざりさせている。でもウルフは、「やりたいことがある」という大好きなおじいちゃんのために、ひそかに病院脱出計画を立て、うそもつき、危険も冒して実行する。ユーモラスな会話を通して、愛に不器用だった祖父の姿、祖父と父、父とウルフのぎくしゃくする関係などが浮かび上がる。自分の祖父の思い出をたっぷり盛り込んだ、スウェーデンの作家スタルクの最後の作品。挿絵も味がある。(小学校中学年から)

(朝日新聞「子どもの本棚」2020年10月31日掲載)


入院中の祖父は、わがままで頑固で汚い言葉を連発するので、看護師さんたちをうんざりさせている。でも孫息子のウルフは、ひそかに計画を練り、嘘もつき、危険も冒して、「やりたいことがある」と言う祖父を病院から脱出させる。そしてふたりは祖父が祖母と住んでいた島の「岩山の家」まで旅をする。ユーモラスな会話を通して、愛に不器用だった祖父の姿や、祖父と父、父とウルフのぎくしゃくする関係などが浮かび上がる。自分の祖父の思い出をたっぷりと盛り込んだ、この作家の最後の作品。味のある挿し絵も秀逸。

原作・スウェーデン/11歳/祖父、病院、旅

(JBBY「おすすめ!世界の子どもの本 2021」より)

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スーパー・ノヴァ

『スーパー・ノヴァ』表紙
『スーパー・ノヴァ』
ニコール・パンティルイーキス/著 千葉茂樹/訳
あすなろ書房
2020.11

『スーパー・ノヴァ』をおすすめします。

「読めず、話せず、重い知恵おくれ」とみなされている12歳のノヴァは、自分を肯定的に受け入れ擁護してくれる姉に頼って暮らしてきた。ところがその姉が消えてしまい、ノヴァは里親に引き取られる。1986年の宇宙船チャレンジャー打ち上げまでには姉が帰ると信じているノヴァは、カウントダウンしながら出せない手紙を姉にあてて書き、里親の家庭や学校でのさまざまな体験をし、理解者を得て次第に自分の居場所を見つけていく。自身も障がいを抱えていた著者が生き生きと描くノヴァに寄り添って読める。(小学校高学年から)

(朝日新聞「子どもの本棚」2020年12月26日掲載)


「読めず、話せず、重い知恵おくれ」とみなされるノヴァは、姉に頼って生きてきた。でも、とつぜん姉はいなくなり、ノヴァは里親に引き取られる。1986年のチャレンジャー打ち上げまでには姉が帰ると信じているノヴァは、カウントダウンしながら、出せない手紙を姉宛てに書き、里親家庭や学校でさまざまな体験をし、次第に自分の居場所を見つけていく。自身も自閉症だった著者が描くノヴァに寄り添って読めるし、里親という理解者を得てノヴァが開花していく様子が生き生きと伝わってくる。

原作:アメリカ/11歳から/宇宙、姉妹、家族

(JBBY「おすすめ!世界の子どもの本 2021」より)

 

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雪山のエンジェル

『雪山のエンジェル』(さくまゆみこ訳)表紙
『雪山のエンジェル』
ローレン・セントジョン/作 さくまゆみこ/訳
評論社
2020.10

主人公はマケナというケニア人の女の子。山岳ガイドを務める父親と、理科の教師をしている母親との3人家族でナイロビに暮らしていましたが、シエラレオネに出かけた父親と母親がエボラ出血熱で死亡し、マケナは身寄りがなくなります。しばらくは父親の弟の家族に引き取られていたものの、女中同然の扱いを受けてそこにはいられなくなり、路上の暮らしを余儀なくされます。そこで出会ったのが、スノウと呼ばれるアルビノの少女。マケナとスノウは、スラムで何とか生きぬこうとします。やはり身よりのないスノウは、1日に少なくとも3回は魔法の瞬間があるから、それを楽しみに生きていけばいいと、マケナに言います。不思議そうな顔をするマケナに、スノウは言います。

「まず、日の出と日の入り。これで二つね。マザレ(スラムの名)で、おなかぺこぺこで不安なまま目をさまして、スラム街から死ぬまで抜け出せないから生きててもしょうがないと思ったとしても、空を見上げさえすればいいの。お日さまは、マザレ・バレーだろうと、アメリカの金色にかがやく摩天楼だろうと、同じように照らしてくれるのよ。お日さまはいつも、いちばんすてきな服を着て顔を出すの。ハッとするほどすてきな日の出が見られることもあるし、どの朝もほかの朝とはちがうのがいいでしょ。『毎朝が新たな始まりだと思って顔を出すのだから、あなたたちもそうしなさい』って言ってるみたいにね」
「じゃあ、三つ目は?」マケナがたずねた。
「探せば、いつでも見つかるもの。四つ目だって五つ目だって,二十個目だって同じ。ほら、今だって、あたしにとっては魔法の瞬間よ」

日の出と日の入りが毎日違うとスノウが言っても、東京にいたらそんなものかなあ、という程度の理解で終わっていたかもしれません。でも、木曽にいると,空が毎日違うということを実感します。光の具合も、雲の散らばり具合も、空気感も、風の吹き方も、本当に毎日違うのです。

マケナもスノウも命を落とす瀬戸際で助けられ,最後にはそれぞれの居場所を見つけるのですが、マケナを助けるのは、時々顔を出す神秘的なキツネ。スノウの不屈の精神を支えているのは、ミカエラ・デプリンスについて写真と文で伝える雑誌記事。ミカエラ・デプリンスは、シエラレオネで戦争孤児となり、その後プロのバレエダンサーになった女性で、今はオランダ国立バレエ団でソリストを務めています。

(編集:岡本稚歩美さん 装丁:内海由さん)

 

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<訳者あとがき>

本書は、ローデシア(今のジンバブエ)で生まれ、動物保護区で育ち、すでに『白いキリンを追って』『砂の上のイルカ』などで日本でもおなじみになった作家ローレン・セントジョンの作品です。セントジョンは、よく動物を作品に登場させますが、本書にもさまざまな種類のキツネが姿をあらわします。この作品に登場するキツネは、現実のものもあれば、特定の人だけに見えるものもあるらしいのですが、必死に生きようとしている子どもの味方をしてくれているようです。

でも、セントジョンがこの作品で描きたかったのは、キツネよりも「忘れられた子どもたち」のことだったと言います。マケナは親をエボラ出血熱という感染症で失って孤児になってしまいましたし、スノウもアルビノであることで迫害されそうになり、やはり孤児になってスラムに住んでいます。ほかにも、スラムでたくましく生きぬいている子どもたちが登場しています。

ときどき日本の新聞でも話題になるエボラ出血熱は、比較的新しい感染症だと言えますが、致死率が高いので恐れられています。初めて発生したのは1976年で、南スーダンとコンゴ民主共和国でのことでした。近年では2014年からギニアやシエラレオネなどで感染が拡大して「エボラ危機」と言われました。その後いったん終息したかに見え、シエラレオネやギニアでは終息宣言も出されましたが、また2018年からコンゴ民主共和国で流行しています。今、世界の多くの国々は新型コロナウィルスの感染をどう食い止めるかで必死ですが、アフリカにはまだエボラ出血熱とたたかっている人々もいるのです。

セントジョンは、たとえエボラ出血熱が終息したとしても、「エボラ孤児が姿を消したわけではなく、偏見や迷信のせいで村人からつまはじきにされるケースも多々ある」と述べています。エイズ孤児も同様だと思います。セントジョンが生まれ育ったジンバブエにも、孤児が百万人以上いるそうです。首都のハラレから半径10キロ以内で見ても、子どもが家長になっている家庭が6万戸もあるそうです。

また、アルビノの子どもたちが迫害されるというケースも、セントジョンはこの作品で取り上げています。アルビノは、先天的にメラニンが欠乏して肌が白くなる遺伝子疾患ですが、教育がすみずみまでは行きわたっていない場所では、大多数とは違う状態の人がいると、そこには何か魔力が潜んでいると思う人々もまだいます。それで、アルビノの人の体の一部を手に入れて高く売ろうなどという、とんでもないことを考える犯罪者も出てくるのです。

本書でも、スノウはタンザニアで死の危険を感じたのでしたが、そのタンザニアでは、2008年にアル・シャイマー・クウェギールさんという女性が、アルビノ初の国会議員になりました。彼女も子どものころは「人間ではなく幽霊だ」と言われたり、いじめられたりしたと言いますが、人々に自分の体験を話し、アルビノに対する偏見を取り除こうとしています。

また西アフリカのマリ出身のミュージシャン、サリフ・ケイタもアルビノですが、古代のマリ帝国の王家の子孫であるにもかかわらず、白い肌のために迫害され、親族からも拒否されて、若い頃は生活が貧しかったといいます。サリフ・ケイタは、今では世界的に有名なアーティストになり、アルビノの人たちの支援活動を積極的に続けています。

それから本書には、スノウに大きな影響をあたえた人物としてミカエラ・デプリンス(ミケーラと表記されることもあります)が登場しています。ミカエラの本は日本でも出ているので(『夢へ翔けて』ポプラ社)ご存知の方もいらしゃるかもしれません。シエラレオネで戦争孤児になったミカエラは、やがてアメリカ人家庭の養女になり、なみなみならぬ努力を経て、世界で活躍するバレエダンサーになるという夢を実現するのです。

バレエ界に黒人はまだとても少なく、ミカエラには肌に白斑もあることから、その夢を実現するのは、並大抵のことではなかったと思います。

「黄色いスイセンがたくさん咲いている中に、赤いポピーが一つ咲いていたとすると、ポピーは目立ってしまう。どうすればいいかというと、ポピーをつみとるのではなく、ポピーをもっとふやせばいいのだ」という言葉には、ミカエラの強い決意があらわれていて、スノウだけではなく多くの人に勇気をあたえてくれていると思います。

またローレン・セントジョンは環境保護に熱心な作家で、動物保護を目的とした組織ボーン・フリー財団の大使も務めています。

さくまゆみこ

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『雪山のエンジェル』紹介文
「子どもと読書」2021.3-4月号紹介

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「雪山のエンジェル」書評・朝日中高生新聞

「朝日中高生新聞」2020.11.29紹介

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わたしがいどんだ戦い 1940年

『わたしがいどんだ戦い1940年』表紙
『わたしがいどんだ戦い 1940年』
キンバリー・ブルベイカー・ブラッドリー/著 大作道子/訳
評論社
2019.07

『わたしがいどんだ戦い 1940年』(読み物)をおすすめします。

『わたしがいどんだ戦い 1939年』の続編。前作には、内反足のせいで母親に虐待され、家に閉じこめられていたエイダが、疎開先でめぐりあった人々と心を通わせることによって、少しずつ変わっていくようすが描かれていた。

この続編でもまだ戦争は続き、エイダと弟が身を寄せていたスーザンの家は空襲で全壊してしまう。そこで地元の名士ソールトン家の使用人が使っていた家に引っ越さなくてはならなくなる。一方エイダはようやく内反足の手術を受けて、歩くこともできるようになる。

そのうちソールトン屋敷は軍に接収され、エイダが苦手とするソールトン夫人や、ユダヤ系ドイツ人の少女ルースも一緒に暮らすことに。当時はまだナチスの残虐性も表面化していなかったので、ルースは敵国人として村の人たちから白眼視されている。そんなこんなでエイダの視野はますます広がり、いろいろなことを考えるようになる。

それにしても、幼い日に受けた虐待の傷はなかなか癒えないものだ。エイダは、弟がスーザンをママと呼び始めることが気に入らないし、生母についてもしょっちゅういじいじと考えてしまう。なかなか素直に自分の気持ちを表現できないエイダに、読んでいてもどかしくなるほどだが、これが現実の姿なのだろう。

戦時中とはいえ楽しいひとときもあれば、スーザンが肺炎になって心細くなるひとときもある。エイダと、ソールトン夫人の娘マギー、そしてルースというこの立場も背景も違う三人がしだいに友情をはぐくんでいく様子も丹念に描かれている。

英語の原題は、「わたしがついに勝利した戦い」。死がすぐそこに迫る戦争という大状況も描いてはいるが、作者が書きたかったのはそれだけではない。むしろ作者は、エイダという悲惨な子ども時代を送ったひとりの少女が、自分の背負わされたものとの戦いに勝利をおさめる物語を書きたかったのだろう。自らも虐待を受けた経験をもつ作者ならではのリアリティが感じられる。

(トーハン週報「Monthly YA」2019年10月14日号掲載)


主人公のエイダは、内反足の手術を経て歩けるようになったものの、弟と一緒に身を寄せていたスーザンの家が空襲で全壊し、地元の名士ソールトン家の人びとやユダヤ系ドイツ人少女ルースなどさまざまな人びととの暮らしを余儀なくされる。死が身近に迫る戦時下、母親に虐待されていたエイダがスーザンたちの支えを得て、背負わされた傷を克服し成長する姿をリアルに描いている。エイダとルースとソールトン家の娘マギーという立場の違う3人の友情も丹念に書かれ、読ませる作品になっている。『わたしがいどんだ戦い 1939年』の続編。

原作:アメリカ/10歳から/養子 馬 戦争 友情

(JBBY「おすすめ!世界の子どもの本 2020」より)

 

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夢見る人

『夢見る人』表紙
『夢見る人』
パム・ムニョス・ライアン/作 ピーター・シス/絵 原田勝/訳
岩波書店
2019.02

『夢見る人』をおすすめします。

南米のチリに暮らす少年ネフタリは、体は弱くても、空想することや詩を書くのが好き。自然の不思議に目を見張る慣性も持っている。でも、息子の体を鍛え、医者や実務家にしたい父親は、それが気に入らない。継母は、本を読んでくれたり、時には守ったりしてはくれても、夫に刃向かうことはしない。最初はなんとかして父親の愛情を得たいと思っていたネフタリだが、やがて自分が詩や文を書きためたノートを父親が燃やすのを目撃すると、心の自由を求めて故郷を離れ、自分の道を歩み始める。ノーベル賞を受けた詩人パブロ・ネルーダの少年時代を描いた物語。緑色で印刷された文章から情景が生き生きと立ち上がってくる。シスの挿絵もすばらしい。(中学生から)

(朝日新聞「子どもの本棚」2019年3月30日掲載)


南米のチリに暮らす少年ネフタリは、夢見ることや詩を書くのが大好きで、自然の不思議に目を見張る感性も持っている。でもひ弱な息子の体を鍛え医者や実務家にしたい父親には、軟弱な役立たずとしか思えない。幼いネフタリはなんとかして父親の愛情を得ようとするが、先住民の人権を守ろうとするおじさんの影響もあり、やがて心の自由を求めて自分の道を歩み始める。ノーベル賞を受けた詩人パブロ・ネルーダの少年時代を描いた伝記的な物語。緑色で印刷された文章は情景を生き生きと伝え、挿し絵もすばらしい。

原作:アメリカ/12歳から/詩 夢 父親 チリ

(JBBY「おすすめ!世界の子どもの本 2020」より)

 

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明日をさがす旅〜故郷を追われた子どもたち

アラン・グラッツ『明日をさがす旅』(さくまゆみこ訳 福音館書店)表紙
『明日をさがす旅〜故郷を追われた子どもたち』
アラン・グラッツ/著 さくまゆみこ/訳
福音館書店
2019.11

この本の主人公は3人。ヨーゼフと、イサベルと、マフムード。ドイツのベルリンに住んでいたユダヤ系のヨーゼフは、ナチの迫害を受けて、1939年にハンブルク港からキューバ行きのセントルイス号に乗り込む。キューバのハバナ郊外に住んでいたイサベルは、政権に反抗する父親が逮捕されそうになり、1994年にボートでアメリカを目指す。シリアのアレッポに住んでいたマフムードは、2015年に空爆で家が破壊され、難民を受け入れてくれるはずのヨーロッパに向かう。

時代も場所も異なる3人の難民の子どもたちの物語ですが、やがて彼らの運命の糸が思いがけなくも結びついていきます。私たちの想像を超えた危険や迫害にさらされ、恐怖に脅えながらも、子どもたちは、明日への希望を失わず、居場所をさがし、成長していきます。歴史的事実を踏まえたフィクションです。

時間・空間が交錯するのですが、グラッツのストーリーテラーとしての腕がすばらしい。読ませます。

(編集:水越里香さん 装画:平澤朋子さん 装丁:森枝雄司さん)

 

***

<紹介記事>

・「朝日新聞」(子どもの本棚)2019年12月28日掲載

今、地球上にはふるさとを追われ命の危険も覚悟で国外へ移り住まなくてはならない人たちが大勢いる。この物語には、そういう状況にありながらも希望を失わずに生きていく子どもたちの姿が描かれている。ナチスの迫害からのがれるユダヤ人の少年。カストロ政権下のキューバからアメリカに向かう少女。内戦中のシリアからヨーロッパを目指す少年。同時進行でつづられる三つの物語が最後のほうでつながるところが圧巻である。難民問題を考えるきっかけにしたい1冊。(アラン・グラッツ作、さくまゆみこ訳、福音館書店、税抜き2200円、小学校高学年から)【ちいさいおうち書店店長 越高一夫さん】

 

日本にも続く「難民の道」

(ふくふく本棚:福音館書店)

安田菜津紀さんエッセイ「難民』

 

 

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シャイローと歩く秋

フィリス・レイノルズ・ネイラー著『シャイローと歩く秋』(さくまゆみこ訳 あすなろ書房)表紙
『シャイローと歩く秋』
フィリス・レイノルズ・ネイラー/著 さくまゆみこ/訳
あすなろ書房
2019.08

ニューベリー賞を受賞した『シャイローがきた夏』の続編です。ビーグル犬のシャイローは、前編に書かれていた様々な出来事をのりこえて、マーティの家にやってきました。でも、シャイローの元の飼い主ジャドは、いろいろな嫌がらせをしてきます。ジャドはまた酔っぱらってはケンカをしたり、トラックを暴走させたりするので、村の人たちも眉をひそめるようになります。

本書では、ジャドがどうしてそんな性格になってしまったのかも明かされています。獣医さんの役目もしてくれるお医者さんのマーフィ先生、施設でいろいろな事件を起こすおばあちゃん、何があっても絶対に目を覚まさない下の妹のベッキー、などサブキャラも存在感を発揮しています。主人公の少年マーティが、なんとしてもシャイローを守ろうとする気持ちが本書でも痛いほど伝わってきます。

(編集:山浦真一さん 挿絵:岡本順さん)

 

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<訳者あとがき>

本書は、アメリカの女性作家フィリス・レイノルズ・ネイラーの作品SHILOH SEASONの翻訳です。

ビーグル犬のシャイローをめぐるネイラーの作品は、アメリカでは4冊出ており、これはその2番目にあたります。アメリカではどの巻もよく読まれ続けていて、2015年には4巻目のSHILOH CHRISTMASも新たに出版されました。また3 巻目までは映画やDVDにもなって人気を博しています。

作者のフィリス・レイノルズ・ネイラーは、1933年にアメリカのインディアナ州に生まれた作家で、小学校4年生の頃から物語を書いていたといいます。日本でも他にアリスのシリーズ(講談社/青い鳥文庫)や、ミステリーホテルのシリーズ(偕成社)などの翻訳が出ています。

シャイローのシリーズの1巻目『シャイローがきた夏』(原題SHILOH 1991)は、アメリカで最もすぐれた児童文学作品に与えられるニューベリー賞を受賞した作品で、2014年にあすなろ書房から翻訳が出て、幸い版を重ねています。この作品は、1993年に別の出版社から『さびしい犬』という題で翻訳出版されたことがあったのですが、その後絶版になって日本語では読めなくなっていました。私は、自分でもビーグル犬を飼っていることもあって、もう一度日本の子どもたちにも読んでほしいと思い新たに訳し直したのでした。

このシリーズでは、全体を通して、動物と人間との関係や、人間としての誠実な生き方や、事実とゴシップの違いや、虐待された子どもなどについて考えさせてくれますが、お説教臭いところはなく、時にユーモアも交えて物語そのものの力で引っ張っていきます。登場人物にもそれぞれ特徴があり、構成もみごとで、物語の伏線もきちんと張られています。よくできた物語として楽しんでいただければ幸いです。

2019年8月 さくまゆみこ

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風がはこんだ物語

ジル・ルイス『風がはこんだ物語』さくまゆみこ訳 あすなろ書房
『風がはこんだ物語』
ジル・ルイス/著 ジョー・ウィーヴァー/絵 さくまゆみこ/訳
あすなろ書房
2018.09

小さなボートでふるさとを脱出する難民たちの物語。その難民のひとりラミがバイオリンを弾きながら語る「白い馬」の話が中に入っています。「白い馬」というのは、モンゴルの昔話、あの『スーホの白い馬』に出てくる馬です。馬頭琴の由来を語るあの物語が、難民たちに勇気をあたえ、希望の灯をもちつづける力になってくれます。

ジル・ルイスは獣医さんでもあります。どこかで知った馬頭琴の物語に心を動かされて、この作品を生み出したのでしょう。私も、今から十数年以上前に、当時外語大でモンゴル語を教えていらっしゃった蓮見治雄先生に会いに行き、もとになったモンゴルの伝承物語について教えていただいたことがあります。その時日本ではスーホとされている名前は言語の発音ではスヘに近いとうかがいました。ジル・ルイスの原文ではSukeになっています。この本では、みなさんが知っている「スーホ」を訳語としました。

じつは、私も赤羽末吉さんの絵に慣れ親しんでいたので、原書の絵には違和感があり、文章の権利だけ購入してはいかがでしょうか、とあすなろさんには申し上げたのですが、画家さんもこの本の絵で受賞なさっているのでそれはできないとのことでした。こうして出来上がってみると、これはこれでいいのかな、と思えたりもします。
(編集:山浦真一さん 装丁:城所潤さん+大谷浩介さん)

 

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青い月の石

トンケ・ドラフト作 西村由実訳『青い月の石』岩波少年文庫
『青い月の石』
トンケ・ドラフト/作 西村由実/訳
岩波書店(岩波少年文庫)
2018.02

『青い月の石』をおすすめします。

伝承遊び歌から始まる冒険物語。

少年ヨーストは、青い月の石を手に入れようと、いじめっ子のヤンと一緒に地下世界の王を追っていく。その途中で出会うイアン王子は、父王が地下世界の王と交わした約束を果たしにいくところだ。

3人は、地下世界の王の末娘ヒヤシンタに助けてもらい、それぞれの任務を遂行して無事に戻ってくるのだが、タブーをおかしたイアン王子は、最愛のヒヤシンタのことを忘れてしまう。そこで今度は少女フリーチェも加わり、王子に記憶を取り戻させるための次の冒険が始まる。

オランダ屈指のストーリーテラーが伝承物語のモチーフをふんだんに使い、豊かなイメージで現実とファンタジーの間に橋を架けた作品。

(朝日新聞「子どもの本棚」2018年5月26日掲載)


伝承遊び歌で始まり、ぐんぐんひっぱっていく冒険物語。祖母と暮らすいじめられっ子のヨーストは、青い月の石を手に入れようと、地下世界の王マホッヘルチェを追っていく。途中で出会ったイアン王子とたどりついた地底の国で難問をつきつけられるが、マホッヘルチェの娘ヒヤシンタが助けてくれる。ようやく地上に戻ると、タブーを侵したせいで愛するヒヤシンタのことを忘れたイアン王子に記憶を取り戻させるため、次の冒険が始まる。昔話のモチーフを使い、現実とファンタジーの間に橋をかけた作品。2020 年JBBY 賞受賞作。

原作:オランダ/10歳から/石 冒険 地下世界 タブー

(JBBY「おすすめ!世界の子どもの本 2019」より)

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熊とにんげん

ライナー・チムニク作・絵 上田真而子訳『熊とにんげん』徳間書店
『熊とにんげん』
ライナー・チムニク/作・絵 上田真而子/訳 
徳間書店
2018.01

『熊と人間』をおすすめします。

喜びと美しさと悲しみがたっぷりつまった絵物語。主人公は、踊る熊と、熊と一緒に旅をする「熊おじさん」。おじさんはお手玉の名手で、熊にお話を聞かせ、季節の変化を楽しみ、角笛で澄んだ音を奏でる。

心に響く名訳で、人間が生きるうえで必要なものは何かを考えさせてくれる。

(朝日新聞「子どもの本棚」2018年2月24日掲載)


旅芸人の「熊おじさん」はお手玉の名手で、手回しオルガンのメロディに合わせて熊が踊るのも見せながら、村から村へと旅をし続けていた。おじさんは相棒の熊をこよなく愛し、熊の言葉がわかり、季節の変化を楽しみ、澄んだ音を角笛で吹いた。心に響く名訳で、人間が生きるのに本当に必要なものは何かを読者に気づかせてくれる、喜びと美しさと愛と哀しみがたっぷりつまった絵物語。1982 年に翻訳出版されたチムニクのデビュー作が、出版社をかえて復刊された。

原作:ドイツ/10歳から/クマ 旅芸人 愛

(JBBY「おすすめ!世界の子どもの本 2019」より)

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ヒトラーと暮らした少年

ジョン・ボイン『ヒトラーと暮らした少年』
『ヒトラーと暮らした少年』
ジョン・ボイン/著 原田勝/訳
あすなろ書房
2018.02

『ヒトラーと暮らした少年』をおすすめします。

先日他界されたかこさとしさんは、子どもの視点をずっと持ち続けながら、何事もきとんち理論的に考える方だった。そのかこさんでさえ、子どもの頃は軍国少年で、15歳のときに図書館通いもやめる。文芸作品の読書などという軟弱なものは捨てて、軍人になる勉強をしなくては、と思ったからだ。しかし、視力が悪くなり軍人になることができずに命拾いをする。そして戦後、「誤った戦争をなぜ正義だと思い込んでしまったのか」と自問し、「私のような間違った判断をしないよう、真の賢さを身につけるお手伝いをしていこう」と考えて、子どもの本を書き始める。

本書は、主人公のピエロが7歳の時から始まる。ピエロはフランスに住んでいて、アンシェルという、耳の聞こえない親友がいる。ピエロの父はドイツ人で母はフランス人だが、二人ともやがて亡くなり、孤児となったピエロはドイツ人の叔母に引き取られ、ドイツ南部の山岳地帯にあるベルクホーフで暮らし始める。ベルクホーフはヒトラーの別荘で、ピエロはペーターと名前を変え、ここでヒトラーと出会い、かわいがられ、憧れ、ヒトラーの思想に染まっていく。そして、叔母さんたちのヒトラー暗殺計画を知ると、ヒトラーに知らせ、結果としておばさんは処刑されてしまう。ペーターは、自分の世話をしてくれたおばさんよりヒトラーの方を選び、ユダヤ人のアンシェルともぷっつり関係を絶つ。

先ほど、かこさん「でさえ」と書いた。もう一度ここで、多文化に親しんでいたはずのピエロ「でさえ」と書いてもいいかもしれない。子どもは、周囲の熱狂に左右されやすい。

オーストラリアのジャッキー・フレンチも、先生や親をはじめ周りがみんな間違った思想の持ち主だったら、子どもは簡単に染まってしまうかもしれないという危惧を持って、『ヒットラーのむすめ』(鈴木出版)を書いた。

子どもには、ゆかいな楽しい本も必要だ。でも、「真の賢さを身につける」助けになるような本も必要だと、私は最近つくづく思う。本書はそんな一冊。

(「トーハン週報」Monthly YA 2018年6月11日号掲載)


ドイツ人の父とフランス人の母の間に生まれたピエロは、両親とも亡くなるとドイツ人の叔母にひきとられる。叔母はヒトラーの別荘で家政婦をしていた。ピエロは、ヒトラーにかわいがられ、憧れを抱き、ヒトラーの思想に染まっていく。名前もペーターに変え、耳の不自由なユダヤ人の親友とは連絡を絶ち、叔母を裏切ってヒトラーに暗殺計画を密告する。強烈な存在の影響でどんどん変わっていく少年の姿は恐ろしいが、真の賢さとは何かについて考えさせてくれる。

原作:イギリス/13歳から/ヒトラー 第二次世界大戦

(JBBY「おすすめ!世界の子どもの本 2019」より)

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ヒットラーのむすめ(新装版)

ジャッキー・フレンチ『ヒットラーのむすめ』新装版 さくまゆみこ訳
『ヒットラーのむすめ(新装版)』
ジャッキー・フレンチ著 さくまゆみこ訳 北見葉胡挿絵
すずき出版
2018.03

オーストラリアのフィクション。ある雨の日スクールバスを待っているときに、アンナは「ヒットラーには娘がいて……」というお話を始めます。マークは、アンナの作り話だと思いながらも、だんだんその話に引き込まれ、「もし自分のお父さんがヒットラーみたいに悪い人だったら……」「みんなが正しいと思っていることなのに、自分は間違っていると思ったら……」などと、いろいろと考え始めます。物語としてとてもうまくできています。現代の子どもが、戦争について考えるきっかけになるのではないかと思います。
(装丁:鈴木みのりさん 編集:今西大さん)

*オーストラリア児童図書賞・最優秀賞
*産経児童出版文化賞JR賞(準大賞)

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<新装版へのあとがき>

この本の著者ジャッキー・フレンチは14歳のころ、ドイツ語の宿題を手伝ってくれた人から少年時代の話を聞きました。その人は、ナチス支配下のドイツで育ったのですが、家族も教師も周囲の人もみんなヒットラーの信奉者だったので、自分も一切疑いを持たず、障害を持った人やユダヤ人やロマ人や同性愛者、そしてヒットラーの方針に反対する人々は、根絶やしにしなくてはいけないと思い込んでいたそうです。そしてその人は強制収容所の守衛になったものの、戦争が終わると戦犯として非難され、密出国してオーストラリアに渡ってきたとのことでした。「周囲が正気を失っているとき、子どもや若者はどうやったら正しいことと間違っていることの区別がつけられる?」と、その人は語っていたと言います。

作者のフレンチは、長い間そのことは忘れていました。でもある日家族で「キャバレー」の舞台を見に行った時、息子さんが、ウェイター役が美声で歌う「明日は我がもの」に共感し、その後にそのウェイターや周囲の人々がナチスの制服を着ているのに気づいてショックを受け、「自分もあの時代に生きていたら、ナチスに加わっていたかもしれない」とつぶやいたのだそうです。息子さんは当時14歳。それで、フレンチは自分が14歳のときに聞いた話を思い出し、この本を書かなくてはと思ったのでした。

本書がすばらしいのは、子どもが自分と世界の出来事を関連させて考えたり想像したりしていくところだと思います。今、戦争を子どもに伝えるのは、そう簡単ではありません。体験者の多くがもうあの世へ行ってしまって直接的な出来事として聞く機会は少なくなりました。それに、暗い物語は敬遠され、軽いものがもてはやされる時代です。そんななか、子どもへの伝え方を工夫して書かれたこの物語が、今の日本でも多くの人々に読み継がれているところに、わたしは一筋の光が見えているような気がしています。

さくまゆみこ

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セブン・レター・ワード〜7つの文字の謎

キム・スレイター『セブン・レター・ワード』
『セブン・レター・ワード〜7つの文字の謎』
キム・スレイター/作 武富博子/訳
評論社
2017.10

『セブン・レター・ワード〜7つの文字の謎』をおすすめします。

スクラブルって知ってる? アルファベットの文字が書かれたコマをボードのマスに並べて単語をつくっていくゲームなんだけど、この作品ではそのスクラブルがモチーフとして使われている。まるで、『不思議の国のアリス』がトランプを『鏡の国のアリス』がチェスをモチーフにしてたみたいにね。

主人公のフィンレイはイギリスで暮らす14歳の男の子。母親が何もいわずに家を出ていって以来、吃音がひどくなっている。今は家の設備工事をする父親と二人で暮らしているのだが、学校でも家でも、言葉がなかなか出てこないので、だれかが先を越して言ってしまったり、からかわれたり、いじめられたりする。でも、フィンレイの頭の中には言葉がたくさんつまっていて、さらに新しい言葉をコレクションしているから、スクラブルはお手のものなのだ。たいていはオンラインで、会ったことのない相手と対戦している。実際に会話する必要がないので、気が楽だからね。

物語は、いくつかの謎をめぐって展開する。フィンレイの母親はどうして消えたのか? フィンレイがネット上で知り合ったアレックスとは何者なのか? 父親は何を隠しているのか?

その一方で、今のイギリスのティーンエージャーたちが直面しそうな日常的な出来事(異質な者へのいじめ、外国人へのヘイト、全国学校スクラブル選手権大会、勇気、信念)などについても、ていねいに描いていく。スクラブルというゲームのおもしろさや、技をみがく方法についても書いてある。

個人的にちょっとだけ物足りなかったのは、母親の描き方。著者の前作『スマート』もそうだったけど、主人公の母親は犯罪者を告発しようとはせず、妥協したり身を引いたり我慢したりしてしまう。まあ、だからこそ、脅しもハンデも乗り越えようとする主人公がより強い印象を残すのかもしれないけどね。

(「トーハン週報」Monthly YA 2018年2月12日号掲載)

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オオカミを森へ

キャサリン・ランデル『オオカミを森へ』
『オオカミを森へ』
キャサリン・ランデル/著 原田勝/訳
小峰書店
2017.09

『オオカミを森へ』をおすすめします。

舞台は20世紀初頭のロシア。貴族のペットだったオオカミを野生にもどす仕事をしていたマリーナは、暴君の将軍に従わず、逮捕監禁されてしまう。マリーナの娘のフェオは、兵士イリヤや革命家のアレクセイ、そして子どもたちやオオカミたちと共に、母を取り戻しに都へと向かう。くっきりしたイメージを追いながら楽しめる冒険物語。

(朝日新聞「子どもの本棚」2017年10月28日掲載)


舞台は20世紀初頭のロシア。貴族たちが飼えなくなったオオカミを野生に戻す「オオカミ預かり人」の仕事をしていたマリーナは、将軍に言いがかりをつけられて逮捕され、サンクトベテルブルクに連れ去られてしまう。人間よりオオカミを友だちとして育った、マリーナの娘フェオは、将軍の支配に疑問を持ったイリヤや、革命家のアレクセイ、そして大勢の子どもたちやオオカミと一緒に、母を取り戻しに都へと向かう。人物造形がくっきりしていて、ストーリーもおもしろい冒険物語。

原作:イギリス/10歳から/オオカミ ロシア 革命 子どもの戦い

(JBBY「おすすめ!世界の子どもの本 2018」より)

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紅のトキの空

ジル・ルイス『紅のトキの空』さくまゆみこ訳
『紅のトキの空』
ジル・ルイス/著 さくまゆみこ/訳
評論社
2016.12

『紅のトキの空』をおすすめします。

今回は書評用に送られて来た本の中に、自分がかかわった作品が入っていたので、それを紹介したい。

著者のジル・ルイスは獣医の資格を持つイギリスの女性作家で、『ミサゴのくる谷』『白いイルカの浜辺』(共にさくま訳 評論社)など、動物や鳥の登場する作品をたくさん書いている。この作品にも、ショウジョウトキという紅色の鳥(「何百何千もの群れが飛んできて、木にとまります。それは、暗い空にともる紅のランタンみたいに見えます」)やハトやワニが象徴的に登場してくる。

主人公の女の子スカーレットは中学1年生。家族は、精神を病む母親と、異父弟で発達の遅れているレッド。スカーレットは、自分がしっかりしないと、愛している家族がばらばらにされてしまうと思って、弟や母親の世話も洗濯も掃除も買い物も、そして勉強もがんばっている、どこから見てもけなげな少女だ。

ところがある日、母親のタバコの不始末が原因で、住んでいたアパートが火事になり、一家は焼け出されてしまう。それにより、母親は病院へ、弟は保護施設へ、そしてスカーレットは一時的な里親のもとへ。でも、レッドには自分がどうしても必要だと思っているスカーレットは、ひそかに弟を誘拐して一緒に暮らす計画を練る。そして、誘拐には成功するのだが・・・。

ジル・ルイスの人間を見る目が深い。そして、里親になったルネの一家や、傷ついた鳥を保護しているマダム・ポペスクなど、子どもを理解する大人が登場するのもいい。

子どもに寄り添って物語を紡ぎ出す著者は、スカーレットの「けなげさ」をそのままよしとするのではなく、最後にすてきな解決法を用意している。

(「トーハン週報」Monthly YA 2017年4月10日号掲載)

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理科準備室のヴィーナス

戸森しるこ『理科準備室のヴィーナス』
『理科準備室のヴィーナス』
戸森しるこ/著
講談社
2017.08

『理科準備室のヴィーナス』をおすすめします。

戸森しるこは、これまで作品を3点出版しているが、どの作品でも、〈生きていくことや、心の動き方って、そう単純じゃないよね。でも、だからこそ楽しいしおもしろいんだよね〉ということを、伝えてくれている。

3作目のこの作品の主人公は、中学1年生の結城瞳。友達からのけ者にされたりもしている。

この年齢って、自分探しもし始めるけど、他者の多様性をそのまま均並みに受け入れるよりは、自分が魅力的だと思う存在に限りなく濃密に惹かれていく時期かもしれない。今回瞳がどうしようもなく惹かれてしまったのは、「理科準備室のヴィーナス」つまり、第二理科準備室で授業のない過ごすことの多い理科担当の人見先生。顔がヴィーナスに似ている。年齢は31というから瞳よりはずっと大人で、シングルマザーらしい。学校の規則など気にしないところも、生徒を前にして一人でお菓子を食べるところなんかも、魅力的。「誰より美しく、誰よりやさしくて、そしてとても危険な人」だ。

でも、瞳は、もう一人、別の角度から人見先生をじっと見ている男子がいるのに気づく。それが正木くん。これは、人見先生に憧れてしまった繊細にして大胆な二人の中学生の物語。瞳と正木君は、同じように先生を想っているようでいて、少し違う。性別が違うから、微妙なバランスの上で揺れる三角関係だ。

後になってから、瞳は考える。「放課後の理科準備室で、私たちはたしかに同志だった。手の届かないものに近づくために、いなくちゃならない存在だった」と。

この作品は、ストーリーだけを追っていたら味わえない。一つ一つの描写や言葉に意味が潜んでいるから。でも、たまにはこういうのも読んでみない? よくわからないところが残ってもいいからさ。

(「トーハン週報」Monthly YA 2017年10月9日号掲載)

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わたしがいどんだ戦い 1939年

キンバリー・ブルベイカー・ブラッドリー『わたしがいどんだ戦い1939年』表紙
『わたしがいどんだ戦い 1939年』
キンバリー・ブルベイカー・ブラッドリー/著 大作道子/訳
評論社
2017

『わたしがいどんだ戦い 1939年』をおすすめします。

舞台は第二次世界大戦下のイギリス。内反足のエイダは、「奇形の子は恥だから隠さなくては」と考える無知な母親によって、ロンドンにある家の中に閉じ込められ、学校へも行くことができず、母親の暴力にさらされながら家事奴隷にされている。そのうち、近隣の子どもたちが疎開することになり、エイダも弟のジェイミーと一緒に家を離れたいと強く思い、ひそかに歩く練習を始める。

母親の留守中にうまく疎開児童の群れに紛れ込めたところまではよかったのだが、疎開先では最後まで引き取り手がなく、エイダとジェイミーの世話は、疎開児童を受け入れるつもりがなかったスーザンに押しつけられてしまう。

これまで世間のことは何も知らないエイダが、この環境の中でどう成長していくかが、本書のテーマだ。第二次大戦も影を落としてはいるが、そればかりではなくエイダは、母親の無理解と愛の不在、子どもが苦手なスーザン、なじみのない疎開先の環境、すぐパニックに陥ってしまう自分や自分の中の人間不信とも懸命に戦わなくてはならない。子どもにとっては、こっちのほうが戦争より大きな戦いと言えるだろう。

同じ時代の疎開児童を取り上げた『おやすみなさい、トムさん』(ミシェル・マゴリアン著 中村妙子訳 評論社)も、母親に虐待される子どもと、偏屈でつき合いの悪い引き取り手の出会いを描いていた。この二冊には共通するところがたくさんあるが、本書の著者は自分も虐待の経験者であることから、ちょっとしたことが引き金になってエイダがパニックに陥ってしまうところなど、本書ならではのリアルな描写も登場する。

長い作品だが、最後は明るいので、安心してどきどきはらはらしてみてほしい。

(「トーハン週報」Monthly YA 2017年12月11日号掲載)


ゾウと旅した戦争の冬

『ゾウと旅した戦争の冬』
マイケル・モーパーゴ/著 杉田七重/訳
徳間書店
2013.12

『ゾウと旅した戦争の冬』をおすすめします。

本書の構造は二重になっています。老人介護施設にいるリジーというおばあさんが、昔のことを思い出して語る話を、「わたし」とその息子のカールが聞く、という外枠の物語がまずあります。そして、その枠の中で、リジーの若き日と今を結ぶ物語が展開していきます。

枠の中の物語は、書名からもわかるように戦争ものではありますが、ほかの戦争ものと違う本書の特徴は、子どものゾウが出てくるところ。このゾウが、悲惨さや息苦しさをうまく中和させる役割を果たしています。

作者はイギリス人ですが、舞台はドイツ。ドレスデンで暮らしていた母親と子ども二人の家族が、大空襲を受けて、動物園から預かっていた子ゾウといっしょに避難しなくてはいけなくなります。とりあえず親戚の家に身を寄せようとしますが、そこで出会ったのは、なんと敵である英国空軍のカナダ人兵士。この兵士ペーター(ピーター)は、父親がスイス人でドイツ語も話せるのですが、氷の池に落ちたリジーの弟の命を救ったことから、この家族やゾウといっしょに避難の旅を続けることになります。

著者のモーパーゴは、社会的な問題をリアルに取り上げながら、人間の心理をとてもうまく描くことのできる作家です。でも本書には、ありそうだけど「出来過ぎ」と思えなくもない設定がいくつか登場します。大体ゾウにこんな旅ができるのでしょうか? でもね、二度目に読んでみて、モーパーゴの物語づくりのうまさに、私はうなってしまいました。

このお話ってもしかすると……と思う読者もいると、著者は最初から考えていたのだと思います。うまくできています。危険、恋、裏切り、再会……極上のストーリーテリングです。

(「トーハン週報」Monthly YA 2014年4月14日号掲載)


靴屋のタスケさん

角野栄子『靴屋のタスケさん』
『靴屋のタスケさん』
角野栄子/作 森環/絵 
偕成社
2017.06.27

『靴屋のタスケさん』をおすすめします

「わたし」は、靴屋のタスケさんの手仕事に興味しんしん。金づちでトントンたたいたり、火で何かをあぶったり……。作者の子ども時代が背景にあるので戦争も影を落としているけれど、タスケさんの職人技に見とれる体験は楽しい。夏休みはプロの仕事を見るいいチャンス。絵も赤が印象的。

(朝日新聞「子どもの本棚」2017年7月29日掲載)

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『靴屋のタスケさん』をおすすめします。

職人の手仕事に興味をひかれる戦時下の幼い少女の気持ちをみずみずしく描いたフィクション。舞台は1942年の東京。小学校1年生の「わたし」が住む地域に、若い靴職人のタスケさんが店をだす。少女は放課後になると靴屋に行き、タスケさんのプロの仕事ぶりに見とれる。極度の近眼のため徴兵を免れていたタスケさんだったが、やがて戦況が悪化すると少女の前から姿を消す。兵隊にとられたのだ。おだやかな日常と、暴力的な戦争の対比がうかびあがる。 キーワード:戦争、友情、切なさ

(JBBY「おすすめ! 日本の子どもの本2018」<読みもの>掲載)

 


紅のトキの空

ジル・ルイス『紅のトキの空』さくまゆみこ訳
『紅のトキの空』
ジル・ルイス作 さくまゆみこ訳
評論社
2016.12

イギリスの児童文学。『ミサゴのくる谷』や『白いイルカの浜辺』でおなじみのジル・ルイスの作品です。ルイスは獣医でもあるので動物の描写が正確だし、困難な状況を抱えた子どもたちに寄り添おうとする気持ちが、この作品にも反映されています。
この作品に象徴的に登場するのは、ショウジョウトキ(スカーレット・アイビス)。トリニダード・トバゴに生息する真っ赤なトキです。そこから名前をつけられたスカーレットは12歳で、褐色の肌(写真でしか知らない父親がトリニダード・トバゴの人だったのです)。精神的な問題を抱えた母親と、発達が遅れている白い肌(父親が違うということですね)の弟との3人暮らし。毎日の生活をなんとか回しているのはスカーレットなのですが、なにせ12歳なのでそれにも限界があります。
スカーレットは母を心配し、弟を守ろうと懸命なのですが、住んでいるアパートが火事になったことから、これまでの暮らしとは違う世界に投げ出されてしまいます。果たしてスカーレットたちは、自分の居場所を見つけることができるでしょうか?この作品にも、傷ついた鳥や捨てられた鳥の世話をしているマダム・ポペスクという魅力的なおばあさんが登場します。
ジル・ルイスは後書きで、主人公スカーレットのような、家族の責任を自分が背負わなくてはいけないと思っている子どもが、英国にはたくさんいると書いています。また、「家」や子どもの居場所について考えて書いた本だとも述べています。
(装画:平澤朋子さん 装丁:中嶋香織さん 編集:岡本稚歩美さん)

*SLA夏休みの本(緑陰図書)選定

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<紹介記事>

・「子どもと読書」(親子読書・地域文庫全国連絡会)2017年5〜6月号

 

・「こどもとしょかん」(東京子ども図書館)2017年春号

 

・「子どもの本棚」(日本子どもの本研究会)2018年1月号

Comment

レイン〜雨を抱きしめて

アン・M・マーティン『レイン』表紙
『レイン〜雨を抱きしめて』
アン・M・マーティン/作 西本かおる/訳
小峰書店
2016.10

『レイン〜雨を抱きしめて』をおすすめします

父親と暮らす5年生のローズは、高機能自閉症と診断され、周囲にうまく適応できない。拾ってきた犬のレインが友だちだが、ハリケーンで行方不明に。必死の捜索で見つかった後のローズの行動が、周りの状況を変えていく。

自分がほかの大勢とはどこか違うと感じている子どもたちに、元気をくれる本。

(朝日新聞「子どもの本棚」2016年12月24日掲載)


ペーパーボーイ

ヴィンス・ヴォーター『ペーパーボーイ』表紙
『ペーパーボーイ』
ヴィンス・ヴォーター/作 原田勝/訳
岩波書店
2016.07

『ペーパーボーイ』をおすすめします。

主人公のヴィクターは、ケガをさせた友だちへの罪滅ぼしのため、夏休みの1か月間自分がかわって新聞配達をすると申し出る。ヴィクターは何か言おうとするとどもるので、文節と文節の間にssss・・・を挟んだり、もっと簡単に言える言葉をさがしたり、時には緊張のあまり気絶してしまったりする。

時代は1959年。現代的な言語療法の研究が始まったばかりという時期で、人種差別もまだ激しかった。場所はテネシー州のメンフィス。自分も吃音をもっている著者が、故郷を舞台に回想を織り交ぜながら書いている。

吃音は、「ちょうど世界がひらけて広がる時期に、その人を孤立させ、周囲を困惑させる存在にしてしまう」(作者覚え書より)が、ヴィクターは配達先で否応なくさまざまな人たちと知り合う。美人だけど不幸を背負っていそうな奥さん、本がたくさんある家に住んでいて難しい言葉が好きなおじいさん、いつ行ってもテレビの前にかじりついている少年・・・。通りでクズ拾いをしているR・Tや、芝刈りを仕事にしている巨体のビッグ・サック、そしてだれよりも知恵がありそうなマームというメイドさんからも、ヴィクターは人生について多くのことを学んでいく。そして、見聞きしたこと、考えたことをイプライターで記録していく。

彼が書く文章には、カンマがない。カンマは息継ぎの印だとわかっていても、しゃべる時にたくさん息継ぎをしてしまうヴィクターは、書く時は息継ぎなしにすらすら表現したいのだ。翻訳も、読点なしだが読みやすい日本語になっている。

世界がひらけてヴィクターが成長していく物語の途中には、ヴィクターが父親とは血がつながっていないとわかる事件や、ヴィクターのナイフやお金を盗んだR・Tに、取り返しにいったマームが殺されそうになったり、ビッグ・サックが駆けつけて急場を救ったりという事件も入ってきて、読者をぐんぐん引っ張っていく。

(「トーハン週報」Monthly YA 2016年10月10日号掲載)


吃音を持ち、世間とのつき合いが苦手なヴィクターは、ケガをさせた友だちに代わって、夏休みの1か月間、新聞配達をすると申し出る。その配達がきっかけとなり、ヴィクターは、美人だけど不幸の匂いがする主婦、本がたくさんある家に住むおじいさん、いつでもテレビにかじりついている少年、通りでクズ拾いをしているR.Tなど、否応なくさまざまな人たちに出会うことになる。ヴィクターの成長物語でもあるが、間にさまざまな事件が入り込み、読者をぐんぐん引っ張っていく。翻訳もみごと。

原作:アメリカ/12歳から/新聞配達、出会い、成長

(JBBY「おすすめ!世界の子どもの本 2018」より)


アポリア〜あしたの風

いとうみく『アポリア』
『アポリア〜あしたの風』
いとうみく/著 宍戸清孝/写真
童心社
2016.05

『アポリア〜あしたの風』をおすすめします。

2011年の東北大震災に関連する本は、これまでにもいろいろ出ている。この作品も、その系列に入るが、なんと舞台は東京近辺で、時代は近未来に設定されている。

主人公は中2の一弥。ふとしたきっかけから同級生に殺意をいだいた自分が恐ろしく、人間と付き合うことを絶って不登校になり、自分の部屋に閉じこもっている。ある日、突然大地が大きく揺れ、津波が襲ってくる。母子家庭の一弥は、なんとかして母親を助けようとするが、そばを通りかかったタクシー運転手の片桐に腕をつかまれ、無理やり避難させられる。一弥は片桐を恨み、避難先でも最初はだれにも心を開かない。

震災というのは、大きな悲しみや苦しみをもたらす一方で、これまでの社会では出会わなかった年齢も職業も背景も異なる人たちが生身の人間として出会うきっかけにもなりうる。

この作品の縦糸は、そうした出会いを通して少しずつ変わっていく一弥の物語である。子どもとおとなの中間にある中2という年齢だからこその揺れも、うまく描かれている。

また横糸となっているのは、一弥が出会う人々がそれぞれに背負っている物語である。片桐以外にも、一弥の叔父である健介、無理心中を図った祖父と一緒に避難している4歳の草太、自分の欲に負ける一方で他人を偽善者とののしる元看護師の中西、ネコと一緒に助けられた中3の瑠奈などが登場し、それぞれが生身の人間としてぶつかり合いながら、死を目の当たりにしてたじろぎ、いのちについて思いをめぐらせ、やがてそれぞれに生へ向かう道を歩み始める様子が描写されていく。限られたページ数の中で多様な人々それぞれの物語を描ききるのは至難の技だが、一人一人の人間を描こうとした著者の努力によって、骨太の作品として立ち上がっている。

ちなみに「アポリア」とは、ギリシア語で「道がないこと」を意味しているという。

(「トーハン週報」Monthly YA 2016年8月8日号掲載)


ワンダー

R.J.パラシオ『ワンダー』
『ワンダー』
R.J. パラシオ/著 中井はるの/訳
ほるぷ出版
2015.07

『ワンダー』をおすすめします。

初めてだれかに会ったとき、最初に意識するのはその人の顔だろう。私たちはお互いに顔を見てコミュニケーションをする生物なのだから。でも、その顔の造作やバランスがほかの人のそれとは大きく違っていたら、私たちはどんな反応をするだろうか? 凝視する? 目をそらす? それとも顔の奥にあるその人の心をのぞこうとする?

この物語の主人公はオーガスト(オギー)。「外見については説明しない。きみがどう想像したって、きっとそれよりひどいから」と自分で述べているのだが、先天的に顔に障碍があり、生まれてから27回も手術を繰り返していた。そして学校には行かずに、母親から勉強を教わってきた。

ところがオーガストは、中学にあがる年齢(アメリカの話なので、5年生から中学生なのだが)になって、初めて学校というものに行くことになる。当然のことながら、オーガストは緊張と不安に押しつぶされそうになっている。懸念は的中し、オーガストは学校で、奇形児とかゾンビっ子とかペスト菌などと呼ばれることになる。この世界は、オーガストのような存在には決してやさしくないのだ。

語り手は、オーガストばかりでなく、姉のヴィア、いつもオーガストと一緒にお昼を食べているサマー、親友だけど途中でぎくしゃくしてしまうジャック、ヴィアのボーイフレンドのジャスティン、ヴィアの以前の親友ミランダ、と次々変わっていく。複数の視点を通して、立体的に状況が浮かび上がる。オーガストの存在を鏡にして、周囲の人たちの人となりも浮かび上がる。

障碍を持った人には親切にしなくてはならないとお題目を唱える本ではない。理想的なあるべき姿を提示する本でもない。リアルである。けれど、そう甘くはないこの世界にも、はかない者、弱い者を守ろうとする人たちが存在することを、この作品はきちんと描いていく。「かわいそう」という視点がないのが、何よりいい。

(「トーハン週報」Monthly YA 2016年2月8日号掲載)


走れ、風のように

マイケル・モーパーゴ『走れ、風のように』
『走れ、風のように』
マイケル・モーパーゴ著 佐藤見果夢/訳
評論社
2015.09

『走れ、風のように』をおすすめします。

世の中には旬の作家というのが確かにいる。マイケル・モーパーゴは今がまさに旬。日本でも次々に翻訳出版されているのだが、最近のモーパーゴは、テーマは違っても、それも粒ぞろいでおもしろい。

この作品の主人公は、犬のグレイハウンド。生まれて間もなく川に捨てられて溺れそうになっていたところを、少年パトリックに救われる。そしてベストフレンドと名づけられ、とても大事に飼われている。しかしある日、走るスピードに目をつけられ、誘拐されて売り飛ばされ、ドッグレース用の犬に仕立てられる。飼い主は金儲けしか考えず、勝てない犬は容赦なく殺処分にするという男である。犬の運命はどうなるのかと、はらはらさせられるが、今度はベッキーという少女に助けられる。

ベッキーは、ブライトアイズと名づけたこの犬を連れて家出をするのだが、子どもの家出というのは、残念ながらたいていはうまくいかない。そこで主人公の犬は、今度はジョーという、妻を亡くしたおじいさんに引き取られて、パディワックと名づけられる。

『戦火の馬』でも、モーパーゴは馬を主人公にしてさまざまな人間模様を描いていたが、この作品でも、犬を主人公にしながら、パトリックとベッキーとジョーの心の有りようを、実にうまく描き出している。ストーリーの作り方もうまい。そういえば、本書と同じ頃に翻訳が出た『月にハミング』も、ストーリー作りのうまさが際だっていた。

モーパーゴは、ドッグレースを引退したグレイハウンドが銃殺されているという新聞記事を読んで、この物語を書いたという。新聞記事一つから、これだけおもしろくて社会的な視点もあるストーリーが書けるなんて、旬の作家ならではのことかもしれない。

(「トーハン週報」Monthly YA 2015年12月14日号掲載)


白いイルカの浜辺

ジル・ルイス『白いイルカの浜辺』表紙(さくまゆみこ訳 評論社)
『白いイルカの浜辺』
ジル・ルイス/作 さくまゆみこ訳 平澤朋子/挿絵
評論社
2015.07

『白いイルカの浜辺』をおすすめします

今回は、私がかかわった本を紹介したい。

主人公は、難読症もあって学校でもいじめられている少女カラ。海洋生物学者の母親は、野生のイルカを調査している時に行方不明となってしまったが、カラはいつか帰ってくるものと信じている。カラの父親は、妻が行方不明になったショックや、自分も難読症を抱えているせいもあって、娘との生活をなかなか立て直せないでいる。カラと父親は、ベヴおばさんのもとに身を寄せているが、おばさんには近々赤ちゃんが生まれることになっており、カラたちは住む場所もさがさなくてはならない。

そんな時、カラの学校に転校生フィリクスがやってきた。裕福な家庭に生まれたフィリクスは、脳性麻痺で手足が不自由だが、人一倍の自信家でもあり、ITオタクでもある。

カラとフィリクスは育ちも興味も違う、いわば異文化的な存在なので最初は反発しあうのだが、お互いの異文化性を理解してからは仲間になっていく。

カラにとってはおなじみの、ヨットで海に出る楽しさをフィリクスも知ったことから、二人はお互いを再発見し、ケガをしたアルビノの子イルカの命を助けようとする気持ちが二人の結びつきを強める。

本書は、ハラハラどきどきの冒険物語(特に最後のあたり)であり、親と子の葛藤の物語でもあり、地域や政治とのかかわりの物語でもあり、大自然とITを対比する物語でもあり、そして何より動物について深く知ることのできる物語でもある。前作の『ミサゴのくる谷』同様、動物や自然についての描写は的確でウソがない。

子どもたちが、海の美しさを守りたいという気持ちから環境破壊に異議を唱え、底引き網漁を解禁しようとする利権社会やおとなの意識を崩していくあたりも、おもしろい。

平澤朋子さんの絵がまたとってもすてき。

(「トーハン週報」Monthly YA 2015年10月12日号掲載)


白いイルカの浜辺

ジル・ルイス『白いイルカの浜辺』表紙(さくまゆみこ訳 評論社)
『白いイルカの浜辺』
ジル・ルイス作 さくまゆみこ訳
評論社
2015.07

イギリスのフィクション。主人公の少女カラは、難読症で学校でいじめにあっています。自然保護活動をしている母親は、野生のイルカを調査中に行方不明ですが、カラはいつか帰ってきてくれるものと信じています。やはり難読症の父親は、細々とエビ漁を続けながらひたすら途方に暮れています。ある日、カラの学校に転校生フィリクスがやってきました。フィリクスは、脳性麻痺で手足が不自由ですが、人一倍の自信家でもあり、ITオタクでもあります。
カラたちの暮らす漁村は、今のところ底引き網漁が禁止されていますが、もうすぐその禁止が解かれることになっていて、カラは、沿岸の海の自然が生物もろとも根こそぎ破壊されてしまうと心配しています。
そんなある日、カラは浜辺にのりあげている白い子イルカを見つけます。白いイルカはプラスチックの網にからまって大けがをしているのです。カラは、まわりの人たちの力を借りて、白いイルカのいのちを助けようと奮闘し、やがてクラスメートや地域の人も巻きこんで、底引き網漁に反対する活動を始めます。
ハラハラどきどきの冒険物語でもあり、親と子の物語でもあり、地域や政治とのかかわりの物語でもあり、大自然とITを対比する物語でもあり、そして何より動物について深く知ることのできる物語です。著者のジル・ルイスは獣医さんでもあるので、動物や自然についての描写は的確でウソがありません。おもしろいです。
(編集:岡本稚歩美さん 装画:平澤朋子さん 装丁:中嶋香織さん)

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<紹介記事>

・「子どもの本棚」(日本子どもの本研究会)2016年2月号

 

Comment

空へ

いとうみく『空へ』
『空へ』
いとうみく/作
小峰書店
2014.09

『空へ』をおすすめします。

短編集のようでもありますが、読んでいくうちに、1冊まるごと物語がつながっていることがわかります。

主人公は小学校6年生から中学生になった佐々木陽介。「とうちゃん」はくも膜下出血に脳梗塞を併発して亡くなり、「かあちゃん」と幼い妹の陽菜(ひな)の3人家族になりました。単親家庭になってすぐに「かあちゃん」は電池が切れたようになったこともあり、陽介は自分ががんばらなくては、強くならなくては、とひたすら思っています。でも、まだ子どもなので、知らないこともいっぱいあり、そうそううまくはいかないのですね。

けれど、そういう立場だからこそ、見えてくることもたくさんあるのです。そして、そういう状況だからこそ、まわりの人とつながれるチャンスもめぐってくるのです。

何が何でもただがんばる、という根性ものではありません。悲しい、つらいというお涙ちょうだいの物語でもありません。

この本に収められた6つの小さな物語は、陽介の日常とその時々の気持ちを描きながら、彼をとりまくさまざまな人間模様もうかびあがらせていきます。しかも、同年代だけではない、世代の違う人たちの人間模様も。

最初の物語「おかゆ」は、陽介が陽菜をお医者さんに連れてきたところから始まり、どうしてそういう羽目になったのかを説明する過程で、「とうちゃん」の死と一家の事情が明かされています。そして最後の物語「神輿」は、町内の祭りで神輿をかつぐのが大好きだった「とうちゃん」の代わりに陽介が神輿をかつぐシーンで終わっています。

いろいろな思いを抱きながらもまっすぐに進んでいこうとする陽介を、ついつい応援したくなる、さわやかな読み心地です。

いとうみくさんは、『糸子の体重計』で児童文学者協会の新人賞をとり、『かあちゃん取扱説明書』でも話題になった、これからがとても楽しみな作家です。

(「トーハン週報」Monthly YA 2014年12月8日号掲載)


希望の海へ

マイケル・モーパーゴ『希望の海へ』
『希望の海へ』
マイケル・モーパーゴ/作 佐藤見果夢/訳
評論社
2014.08

『希望の海へ』をおすすめします。

社会的な視点をもちながらストーリーテラーの腕も抜群というマイケル・モーパーゴが、本書で扱うのは、最近になってわかってきた児童移民の問題です。イギリスから「孤児」(本当の孤児はわずか)たちがオーストラリア、カナダ、南アフリカなどへ送られ、第二次大戦後にはその人数もピークに達したと言われています。

第一部を語るのは、アーサー・ホブハウス。まだ幼いうちに船に乗せられイギリスからオーストラリアにやって来たものの、引き取られた先の農場で奴隷としてこき使われます。さんざん我慢を重ねた後にアーサーは年上の友と一緒に逃げ出し、黒い肌の人たち(先住民ですね)に助けられ、「ノアの方舟」と呼ばれる場所でようやく愛を注いでくれる人に出会います。でも、そこでずっと幸せに暮らしたわけではありません。まだまだ山あり谷ありの人生が彼を待ち受けていました。アーサーがその波瀾万丈の人生の中で持ち続けていた唯一のものは、小さな鍵です。それは姉のキティをさがす鍵でもありました。

そして第二部を語るのは、アーサーの娘のアリーです。父親のかわりにまだ見ぬ伯母キティに会うためひとりでヨットに乗り、数々の困難を乗りこえてイギリスまで航海します。複数の文化を背負った(母親はギリシア人)女の子アリーが単独で冒険するという設定がなかなかいいうえに、航海についてくるアホウドリ、アリーと宇宙飛行士との交信、そして父親から手渡された鍵の謎など、第二部にもさまざまな仕掛けがつまっています。果たしてアリーは、伯母のキティを捜し当て、鍵で何かをあけることができたでしょうか?

わくわくしながら読めます。

(「トーハン週報」Monthly YA 2014年10月13日号掲載)


シャイローがきた夏

フィリス・レイノルズ・ネイラー著 さくまゆみこ訳 『シャイローがきた夏』
『シャイローがきた夏』
フィリス・レイノルズ・ネイラー作 岡本順挿絵 さくまゆみこ訳
あすなろ書房
2014.09

アメリカのフィクション。アメリカでは長く読みつがれている作品です。山の村に住む少年マーティがビーグル犬に出会い、最初に出会った場所の名前をもらってシャイローと名づけます。ところがこのビーグル犬には持ち主がいて、自分の飼っている猟犬たちを虐待しているのでした。マーティは、シャイローを虐待している飼い主からなんとか救い出そうとします。このあたりは、ひと昔前のよきアメリカが反映されているかもしれません。少年とシャイローの間に通い合う気持ちが生き生きとフレッシュに表現されているのが、私は気に入っています。前は別の出版社から別のタイトルで出ていた作品ですが、新たに訳し直しました。うちにもビーグル犬がいるので、ずっと気になっていた作品です。3部作なので続編もあるのですが、3作とも映画になっていて、DVDで見ることができます。

*ニューベリー賞(アメリカ)受賞
*SLA夏休みの本(緑陰図書)選定

Comment

戦場のオレンジ

エリザベス・レアード『戦場のオレンジ』
『戦場のオレンジ』
エリザベス・レアード/作 石谷尚子/訳
評論社
2014.04

『戦場のオレンジ』をおすすめします。

いい作品を書いているのはわかるけれど、なぜか心の奥底まで響かない作家がいます。私にとってエリザベス・レアードはそんな作家の一人でした。きっと読者である私との相性の問題なのでしょう。

なので今回も、この作品を取り上げようと即決したわけではありませんでした。でも、迷っているとき、雨宮処凜さんの「若い女性に戦争の現実味を伝えるには、服が汚れる、おしゃれが出来なくなると説明するのがいちばん響く」という言葉が目にとびこんできました。

爆撃される、殺されるというのは、今やバーチャル世界の出来事となり、実感が持てないのだと思います。服が汚れるなんていうのは、日常世界でも体験することなので、逆にリアリティをもって迫ってくるのでしょう。

それならと、今回はこの本を取り上げることにしました。これを読めば、もう少しリアルなイメージが持てるようになるかもしれないと思ったからです。

本書の舞台は内戦下のベイルートで、敵と味方の間にグリーンラインと呼ばれる境界線が走っています。主人公は10歳のアイーシャ。父親は外国に出稼ぎに行き、母親は家に爆弾が落ちてから行方不明で、アイーシャを頭に3人の子どもがおばあさんと暮らしています。そのおばあさんが生きていくのに必要な薬を手に入れるため、アイーシャはグリーンラインを越えて敵の領域まで侵入し、お医者さんを訪ねます。

物語の中には、このお医者さんをはじめ、やわらかい心を持った人たちが登場してきます。でも、戦争という状況は、そのやわらかい心がのびやかに息づくのを許してはくれません。そのあたりのことがとてもよく書かれています。

(「トーハン週報」Monthly YA 2014年8月11日号掲載)


ローズの小さな図書館

キンバリー・ウィリス・ホルト『ローズの小さな図書館』
『ローズの小さな図書館』
キンバリー・ウィリス・ホルト/著 谷口由美子/訳
徳間書店
2013.07

『ローズの小さな図書館』をおすすめします。

最初に登場するのは、父親が蒸発して貧しくなった家庭のローズ。家計を助けるために年齢を偽り、14歳で移動図書館車のドライバーとして働き始めます。1939-40年のことです。でも、この本の主人公はローズだけではありません。第二部はローズの息子のマール・ヘンリー(時代は1958-59年)、第三部はマール・ヘンリーの娘のアナベス(1973年)、第四部はアナベスの息子のカイル(2004年)が主人公になっています。

四部構成になったどの物語も図書館が舞台というわけではなく、主人公の中には本嫌いもいます。内容も、不注意でわなに愛犬がかかってしまった話、恋といじめの話、アルバイトで子どもの劇を手伝う話など、様々です。とはいえ、だれもが、なんらかのかたちで本や図書館にかかわっています。

この作品には、4世代にわたるアメリカの10代の日常の変遷を生き生きとたどれるおもしろさがあります。人によって本の読み方も、本に求めるものもいろいろだということも、よくわかります。21世紀に入ると、アメリカでもホームレスの人たちが図書館を昼の居場所にして、ハリー・ポッターなどを読んでいる、なんてこともわかります。ただし、カタカナ名前がたくさん出てくるので、本の最初のほうに載っている家系図を見ながら読み進めるといいでしょう。

そして最後の第五部には、ひいおばあちゃんになったローズがもう一度登場します。79歳のローズはこれまでの体験を本に書いてとうとう出版したのです。お祝いの場に、ここまでの物語に登場してきた人物が勢揃いする(亡くなった人は別ですが)のも、おもしろいところです。

(「トーハン週報」Monthly YA 2014年2月10日号掲載)


ミサゴのくる谷

ジル・ルイス『ミサゴのくる谷』さくまゆみこ訳
『ミサゴのくる谷』
ジル・ルイス著 さくまゆみこ訳
評論社
2013.06

イギリスのフィクション。ミサゴというのは猛禽類の仲間で、日本では留鳥のようですが、この本の舞台のスコットランドでは夏に子どもを育て、冬になると西アフリカに飛んでいってしまいます。アメリカの緑の地球図書賞を受賞したこの作品では、そのミサゴが、スコットランドの農場で暮らす少年カラムと、ガンビアの病院で治療を受けていた少女ジェネバを結びます。ほかにも個性的なキャラクターが登場して、読み応えのある作品になっています。作者は、獣医さんから作家になった英国女性です。
(装画:平澤朋子さん 装丁:中嶋香織さん 編集:岡本稚歩美さん)

*緑の地球図書賞(アメリカ)
*厚生労働省:社会保障審議会推薦 児童福祉文化財(子どもたちに読んでほしい本)特別推薦

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<紹介記事>

・「子どもと読書」2013年11・12月号

 

・「朝日新聞」2013年9月28日(子どもの本棚)

 

・「子どもの本棚」2014年3月号


砂の上のイルカ

ローレン・セントジョン『砂の上のイルカ』さくまゆみこ訳
『砂の上のイルカ』
ローレン・セントジョン著 さくまゆみこ訳
あすなろ書房
2013.04

『白いキリンを追って』の続編です。舞台は南部アフリカ。大移動するイワシの群れを追って、鳥、イルカ、サメ、アザラシ、クジラが乱舞するサーディン・ラン。主人公の少女マーティーンは、心にわだかまりを抱えたまま、学校の旅行で、このスペクタクルを見に行くことになりました。ところが、大嵐に見舞われて大揺れに揺れた船から落ちてしまいます。助けてくれたのは、なんとイルカでした! マーティーンは何人かの子どもたちと一緒に、謎の多い島に流れ着きます。イルカと子どもたちの結びつきを描いた冒険物語。
著者は、南部アフリカのローデシア(今のジンバブウェ)で生まれ、16歳まで野生動物と接しながら農場で育った女性です。
(装丁・タカハシデザイン室 編集・山浦真一さん)

*SLA夏休みの本(緑陰図書)選定


モーツァルトはおことわり

マイケル・モーパーゴ『モーツァルトはおことわり』さくまゆみこ訳
『モーツァルトはおことわり』
マイケル・モーパーゴ作 マイケル・フォアマン絵 さくまゆみこ訳
岩崎書店
2010.07

イギリスの物語。語り手は新米ジャーナリストのレスリー。世界一有名な天才バイオリニストのパオロ・レヴィにインタビューをすることになり、緊張のあまり上司から話題にするなと言われていたことをたずねてしまいます。レヴィはなぜモーツァルトを演奏しないのか? それには深いわけがあったのです。読んで行くにつれ、ナチスの強制収容所にとらわれていた音楽家たちの悲劇とその後の物語が、浮かび上がってきます。
フォアマンの絵は、青を基調にしたヴェニスの風景と、収容所を描く暗い色調とが対照的です。
マイケル・モーパーゴは、あとがきでこんなふうに語っています。

(前略)オーケストラの前をならんで歩かされた者たちの多くはガス室へと送られました。そこでしょっちゅう演奏されたのが、モーツァルトでした。
そんなつらくて苦しい状況で演奏させられた音楽家たちは、どんな気持ちでいたのでしょう? 中には、私のようにモーツァルトが大好きな人たちもいたはずです。その人たちは、その後の人生では何を考えながらモーツァルトを演奏したのでしょうか? この物語は、そんな想像から生まれてきました。もうひとつ、きっかけになったのは、ある晩ヴェニスで目にした小さな男の子のすがたです。アカデミア橋のたもとにある広場にいたその男の子は、パジャマすがたで三輪車にまたがり、辻音楽師の演奏に聞き入っていました。たしかにすばらしい演奏だと私も思いましたが、その子も、身動きひとつせずにうっとりと聞き入っていたのです。

(装丁:岡本デザイン事務所 編集:板谷ひさ子さん)

*SLA夏休みの本(緑陰図書)選定


ゆかいな農場

『ゆかいな農場』
マルセル・エーメ作 さくまゆみこ訳
福音館書店
2010.03

フランスの農場に暮らすデルフィーヌとマリネット姉妹と動物たちがくりひろげる物語が七編。めんどりがゾウに変身したり、キツネにそそのかされてニワトリたちが家出したり、ブタがやせるダイエットに夢中になったり、イノシシが学校に出かけていったり……。最初はセンダックの絵を使って英語から訳すはずが、事情あってフランス語から全部訳し直しました。厚労省児童福祉文化財選定。(絵:さとうあやさん 装丁:森枝雄司さん 編集:松本徹さん)

*厚生労働省:社会保障審議会推薦 児童福祉文化財(子どもたちに読んでほしい本)選定


ジュリー 〜 不思議な力をもつ少女

コーラ・テイラー『ジュリー』さくまゆみこ訳 小学館ファンタジー文庫
『ジュリー 〜 不思議な力をもつ少女』
コーラ・テイラー著 さくまゆみこ訳 佐竹美保絵
小学館
2009.03

カナダのフィクション。2003年に出版されたハードカバーの文庫版です。超能力をもった女の子ジュリーが主人公。カナダ図書館協会最優秀児童図書賞とカナダ総督文学賞をとった物語が手軽に読めるようになりました。


ジュリーの秘密

コーラ・テイラー『ジュリーの秘密』さくまゆみこ訳
『ジュリーの秘密』
コーラ・テイラー著 さくまゆみこ訳
小学館
2007.09

カナダのフィクション。『ジュリー〜不思議な力をもつ少女』の続篇で、。凡人は、未来を予見したり、ちょっと不思議な雰囲気の作品です。主人公のジュリーは、だれにも見えないものが見えるという不思議な超能力をもっています。人の心を読めたりすると便利だろうなと思ってしまいますが、そんな超能力を実際に持ってしまうと、不安に駆られるのですね。本書のジュリーは、吹雪に閉じこめられたり、悪漢につかまった兄を助け出すために、超能力を使います。
(絵:佐竹美保さん 装丁:岡孝治さん 編集:喜入今日子さん)


ヘブンショップ

デボラ・エリス『ヘブンショップ』さくまゆみこ訳
『ヘブンショップ』
デボラ・エリス著 さくまゆみこ訳
鈴木出版
2006.04

カナダのフィクション。アフガンの子どもたちを描いてきたエリスが、今回はアフリカに出かけて子どもたちを取材し、エイズやエイズ孤児の問題に焦点を当てました。主人公は13歳のマラウイの少女ビンティ。親をエイズで亡くし、親戚に引き取られますが、そこでこき使われたうえに盗みの疑いをかけられて逃げだし、田舎のおばあさんを訪ねていきます。そのうちおばあさんも亡くなり、子どもたちだけで生きていく方法を考えます。あすなろ書房から出した『沈黙のはてに』と同じテーマですが、こちらは小学生高学年から。
(絵:斎藤木綿子さん 編集:今西大さん 装丁:こやまたかこさん)

*ジェーン・アダムズ児童図書賞銀賞


沈黙のはてに

アラン・ストラットン『沈黙のはてに』さくまゆみこ訳
『沈黙のはてに』
アラン・ストラットン著 さくまゆみこ訳
あすなろ書房
2006.01

カナダのYA小説。HIV/エイズがテーマです。舞台は南部アフリカ、主人公は16歳のチャンダ。母親と義父、妹二人、弟と暮らしています。義父がエイズになり、母親は自分もエイズにかかっていることを知り、子どもたちに迷惑をかけまいと一人で田舎に戻ります。「エイズ」という語はタブーで、口にすれば地域で仲間外れになるからです。同じようにエイズで両親を亡くした親友エスターと支え合いながら、チャンダが沈黙のタブーを破り、運命を切りひらいていこうとする物語。
『ヘブンショップ』(デボラ・エリス著 さくま訳)も、カナダの作品でした。日本の作家だと、わざわざ外国に出かけて取材したうえで作品を書いたりはしないと思いますが、カナダは、多文化理解という点では児童文学も一歩先を行っているように思います。
(イラストレーション:沢田としき 装丁:タカハシデザイン室 編集:山浦真一さん)

*プリンツ賞銀賞受賞


リトル・ソルジャー

バーナード・アシュリー『リトル・ソルジャー』さくまゆみこ訳
『リトル・ソルジャー』
バーナード・アシュリー著 さくまゆみこ訳
ポプラ社
2005.08

イギリスのフィクション。家族を皆殺しにされて少年兵になったカニンダは、ある日慈善団体に保護されて、いやいやながらアフリカからロンドンへやってきます。でも、カニンダが考えているのは故郷に帰って敵の氏族を殺すことだけです。一方ロンドンでも同じくらいの年齢の子どもたちが「戦争」と称するギャング同士の喧嘩をしていて、カニンダはそれに巻き込まれたり、同じ学校にやってきた敵の氏族の子どもを殺そうとしたりします。アフリカの少年兵を扱ったリアリスティックな物語。
(表紙絵:影山徹さん 装丁:鳥井和昌さん 編集:浦野由美子さん)


ヒットラーのむすめ

ジャッキー・フレンチ『ヒットラーのむすめ』さくまゆみこ訳
『ヒットラーのむすめ』
ジャッキー・フレンチ著 さくまゆみこ訳 北見葉胡挿絵
鈴木出版
2004.12

オーストラリアのフィクション。ある雨の日スクールバスを待っているときに、アンナは「ヒットラーには娘がいて……」というお話を始めます。マークは、アンナの作り話だと思いながらも、だんだんその話に引き込まれ、「もし自分のお父さんがヒットラーみたいに悪い人だったら……」「みんなが正しいと思っていることなのに、自分は間違っていると思ったら……」などと、いろいろと考え始めます。物語としてとてもうまくできています。現代の子どもが、戦争について考えるきっかけになるのではないかと思います。
(装丁:鈴木みのりさん 編集:今西大さん)

オーストラリア児童図書賞・最優秀賞
産経児童出版文化賞JR賞(準大賞)

◇◇◇

〈訳者あとがき〉

ヒットラーを知っていますか? 名前は聞いたことあるけど、よく知らないという人も多いかもしれません、。アドルフ・ヒットラーは一八八九年オーストリアに生まれ、最初は芸術家になろうとしますが失敗してドイツに移住し、第一次世界大戦にドイツ兵として参戦します。一九一九年にはドイツの労働党(のちのナチス)に入党して、たくみな演説で人々の心をとらえて党の独裁者となり、三四年には首相と大統領を兼ねて自らを総統と称するようになります。それ以降は、気に入らない「敵」を抹殺し、近くの国をどんどん侵略して、第二次世界大戦を引き起こします。そして大戦中に六〇〇万人のユダヤ人、五〇万人のロマ人、ほかに体の不自由な人たちなどあわせて約一一〇〇万人を、強制労働や毒ガスなどで大量に虐殺したのです。このとき日本は、イタリアとともにヒットラーのドイツと手を結び、オーストラリアをふくむ世界を敵に回して戦って負けたのでした。

第二次世界大戦とか、ナチスとかヒットラーというと、自分とはあまり関係のない昔の話に思えます。『アンネの日記』や、わたしが訳した『もう一つの「アンネの日記」』など、ナチスが支配した社会の中でのユダヤ人の苦しみを書いた本は、日本でも数多く出版されてよく読まれていますが、きっと昔の歴史をふりかえるような気もちで読む人が多いと思います。そして今はもうそんなひどい時代は終わってみんながより幸せな暮らしをすることができるようになったのだと、わたしたちはつい思ってしまいがちです。

でも、ほんとうにそうなのでしょうか? 身の回りには苦しんでいる人たちが見えなくても、世界を見まわしてみると、あのときのユダヤ人と同じように理不尽な弾圧や攻撃を受けて苦しんでいる人たちは、まだたくさんいるのではないでしょうか? マークの夢の中には、ジーンズをはいて現代風のヘアスタイルをしたヒットラーが出てきますが、今の時代だってヒットラーのような人がまたあらわれるかもしれません。あるいは、もうあらわれているのかもしれません。

この『ヒットラーのむすめ』は、ほんとうにいたかどうかわからない謎の少女ハイジと、ハイジの物語にひきこまれていく現代の少年マークをうまくつなげることによって、第二次世界大戦の時代と、わたしたちが生きている今の時代をうまく結びつけています。マークは「どうやったら善悪の違いがわかるのだろう?」とか、「自分のお父さんが極悪人だったらどうしたらいいだろう?」などと、さまざまな疑問をもちますが、それはマークだけでなく、多くの子どもたちがいだく疑問ではないでしょうか?

作者のジャッキー・フレンチは、子どもの本ばかりでなく園芸や料理の本も書いているオーストラリアの女性作家です。『ヒットラーのむすめ』はオーストラリア児童図書賞を受賞したばかりでなく、イギリスやアメリカでも賞を受けたり推薦図書にえらばれたりして、高い評価を受けています。

さくまゆみこ


ふしぎの国のレイチェル

エミリー・ロッダ『ふしぎの国のレイチェル』さくまゆみこ訳
『ふしぎの国のレイチェル』
エミリー・ロッダ著 さくまゆみこ訳
あすなろ書房
2004.12

オーストラリアのファンタジー。「リンの谷のローワン」シリーズでおなじみのロッダさんが書いた、おかしなおかしな物語。風邪をひいて退屈していたレイチェルは、いつのまにかユニコーンに乗って、空にブタが浮かぶふしぎな次元に入り込んでしまいます。おまけに出会ったおばあさんも、おじいさんも、どこかおかしい! ロッダさんのユーモアのセンスが全開になり、謎解きもあって、たのしく読める一冊です。
(絵:杉田比呂美さん 装丁:高橋雅之さん 編集:山浦真一さん、佐近忠弘さん)

*オーストラリア児童図書賞・最優秀賞
*SLA夏休みの本(緑陰図書)選定


カマキリと月〜南アフリカの八つのお話

マーグリート・ポーランド『カマキリと月:南アフリカの八つのお話』さくまゆみこ訳
『カマキリと月〜南アフリカの八つのお話』
マーグリート・ポーランド著 さくまゆみこ訳
福音館書店(福音館文庫F-11)
2004.04

南アフリカのフィクション。南アフリカに古くから住んでいる人々の世界観や宇宙観をよりどころにして書かれた、八つの動物ものがたり。主人公の動物たちが、自然の中でいとなむ暮らしや冒険の物語には、私たちを深いところから元気にしてくれる優しい力があふれています。以前単行本で出ていた作品の、文庫での再刊です。
(絵:リー・ヴォイトさん 装丁:辻村益朗+大野隆介さん 編集:松本徹さん)

*パーシー・フィッツパトリック青少年文学賞(南アフリカ)受賞
*産経児童出版文化賞受賞


ジュリー〜不思議な力をもつ少女

コーラ・テイラー『ジュリー:不思議な力をもつ少女』さくまゆみこ訳
『ジュリー〜不思議な力をもつ少女』
コーラ・テイラー著 さくまゆみこ訳
小学館
2003.10

カナダのフィクション。ジュリーには、ほかの人には見えないものが見えています。幼いころは作り話がじょうずだと言われましたが、物心ついてからは普通と違うことが不安で、どうしていいかわからなくなることもあります。でも、まわりに人には、この気持ちはなかなかわかってもらえません。ある日、ジュリーは空を船団がゆっくり進んでくるのを見ました。これはいったい何を意味しているのでしょう? ジュリーは心配でたまらなくなります。
(絵:佐竹美保さん 装丁:岡孝治さん 編集:喜入今日子さん)

*カナダ図書館協会最優秀児童図書賞受賞
*カナダ総督文学賞受賞