| 日付 | 2024年06月19日 |
| 参加者 | サークルK、しじみ71個分、エーデルワイス、アンヌ、雪割草、コゲラ、花散里、マリュス、きなこみみ、ハル、アカシア |
| テーマ | 日本と韓国のなやめる高校1年生 |
読んだ本:
原題:모범생의 생존법 How to survive as a top student
ファン・ヨンミ/作、キム・イネ/訳
評論社
2023.07
〈版元語録〉大学進学実績で有名な進学校に入学したジュノ。テスト、課題、進路、SNS、恋…。やらなきゃいけないこと、考えなきゃいけないことは満載! ハードな高校生活を生き抜くために、“優等生”のジュノが見つけた法則とは? 2024年度青少年読書感想文全国コンクール課題図書。
天川栄人/作
講談社
2023
〈版元語録〉高1の安斎えるもはこの春、3年ぶりに地元に戻ってきた。東京の生活でいろいろありボロボロになっていたが、久閑野の星空に誘われるかのように、天文部に入ることを決める。しかし、先輩が1人しかいない廃部寸前の状態で…。
優等生サバイバル〜青春を生き抜く13の法則
原題:모범생의 생존법 How to survive as a top student
ファン・ヨンミ/作、キム・イネ/訳
評論社
2023.07
〈版元語録〉大学進学実績で有名な進学校に入学したジュノ。テスト、課題、進路、SNS、恋…。やらなきゃいけないこと、考えなきゃいけないことは満載! ハードな高校生活を生き抜くために、“優等生”のジュノが見つけた法則とは? 2024年度青少年読書感想文全国コンクール課題図書。
サークルK:同じアジア圏の中でも 韓国の受験がかなり大変であるということは聞いたことがありましたが、実際にこのようなYA小説のかたちで読み、実情を知ることができてよかったです。首席で高校に入学してしまった主人公の入学直後からのさらなる勉強漬けの毎日には頭が下がります。正読室や塾などを使い分けて、ボランティアにも励み、そして恋愛も! 盛りだくさんな毎日ですよね。韓国では高校受験はなく、学区制で高校が決まるとのこと(『優等生サバイバル』からみる韓国高校生事情 翻訳者 キム・イネさん ×山下ちどりさん×評論社 (評論社) | 絵本ナビ)つまり本格的な受験勉強の環境に、クラス分けテスト以降さらされていくのですよね。同じように受験を意識する日本の小中学生には手に取りやすい作品で、共感をもって読めるのではないでしょうか。かつて息子が通学した男子の中高一貫校も、校内試験の結果はすべて順位表が保護者に配布され(それこそ入学式の翌々日くらいには春休みに出された課題の試験があり、中2最後の成績で中3からの特別クラスに選ばれるかどうかが決まるということが日常でした。中3と高1では毎学期の成績でそのクラスメートも入れ替わるというシステムだったので、ひとたびそのクラスには入れても安心はできず必死で勉強していたようです。けれどそれ以外は本人たちはいたってフツーでアイドルの話、ゲームの話、部活や自分の将来の話などをうまくやり取りしながら大事な友達を作っていく毎日を送っていました。この物語を読みながらそんなことを思い出しました。
しじみ71個分:まるでネットのドラマみたいだと思って、ドラマになった様子を思い浮かべながら読み進めました。場面場面がはっきり目に浮かぶような、映像的な描写で、翻訳もわかりやすく、全体的に非常に読みやすく、おもしろく読めました。作者の姿勢が一貫して、思春期の子どもたちの気持ちに寄り添っていて、勉強しないでおいていかれるしまう不安と同時に日常の息苦しさ、そんな中でも気の置けない仲間を見つけて楽しみを見つけていくバイタリティなどが、とてもリアルに描かれていたと思います。子どもたちへの視線が優しく、寄り添っているので、安心して気持ちよく読めました。主人公のジュノが好きになるユビンの生き方も一貫性、独自性があって、明るくたくましく、とても好感が持てました。心に残るすてきな言葉もありました。サークルのボナ先輩も厳しい家庭環境にありながら、自分の人生を自分のものにしようと頑張っており、彼女を好きなジュノの親友ゴヌも人柄がよく、このグループの仲間たちはそれぞれの個性もはっきりしており、読んでいて気持ちがよかったです。韓国社会の非情な厳しさが背景に描かれながらも、安心して読めたのは、作者の前向きな姿勢によるものだと思いました。YA世代の子たちも日本との違いや、共通する苦悩などを探しながら読めるのではないでしょうか。副題の「青春を生き抜く13の法則」は、もしかすると、今、はやりの韓国初のフェミニズム本や人生ハウツー本の雰囲気を真似をしているのかな、とかすかに思いました。
アカシア:日本も今は子どもの数が少なくなったので、受験競争も昔ほど熾烈ではなくなったと思いますが、韓国では今も、教育ママ、教育パパたちが子どものお尻をたたいて、少しでもいい学校に入れようとするという状態なのでしょうか。主人公のジュノは、それとは少し違って「天敵から逃げるために長くて強い脚を持っているシマウマのように、成績という武器がなかったら、ぼくは弱い相手を物色している子たちの標的になっていただろう」(p32)と考えて、いい成績を取ろうとがんばり、「自分の心がしたいと思うことよりも、優等生らしく、すべきことをして生きて」(p204)います。でも、親友のゴヌや、時事討論サークルで出会ったユビンやボナ先輩と付き合っていくうちに、少しずつ変わっていき、「だれかが決めた基準で流されている限り、ぼくは永遠に不安の奴隷として生き続ける以外にない。たとえどんな結果になろうとも、ぼくは運命の主導権を可能な限り自分で握るんだ」(p181)と言えるようになっていく。もっと大事なことがあるのではないかと気づいていく。その過程がリアルに描かれていると思いました。それと、優等生たちの中にもいろいろなタイプ、いろいろな人がいるということが書かれているのも、おもしろいと思いました。
ジュノの両親は、息子を競争に駆り立てようとはしないいい人たちですが、それでもお母さんは「洗濯するのが大変だったら宅配便で送ってきなさい」と、勉強第一に考えているのですね。p148に「本棚の音がいうるさい」とあるのですが、正読室には、それぞれの本棚が置かれているのでしょうか? それと、みんなから注目されているらしい美形のハリムは、優等生と付き合えば、変な興味や見下すような視線が減るから、という理由でジュノやビョンソをボーイフレンドにしようとするのですが、日本とは事情が違うせいか、そんな人がいるのか、そんなことがあるのか、と驚きました。
エーデルワイス:韓国の高校の「正読室」には驚きました。過去問、参考書を先輩から提示されたり、真剣に学んだりしている姿は大人びて大学生のようです。作者と訳者の表記を見ましたら、日本語のカタカナ、漢字、アルファベット、ハングル文字が並んでいて、新鮮でした。主人公のジュノをとりまく様々な子たち。読んだ子がこの本を自分と重なったりするのかもしれないと思いました。作者のファン・ヨンミが「優等生とは、誠実に自分の未来の準備をする…そう定義したい」と、言っていますが共感できます。
アンヌ:私はこの著者の前作『チェリーシュリンプ〜わたしは、わたし』(吉原育子訳 金の星社)が、韓国のおいしいものがたくさん出てきて好きな作品だったので、今回も韓国の普段の食生活がわかる場面が出てくるかなと思いながら読み始めました。例えば朝御飯にアワビや鳥のおかゆを食べるのを初めて知ったのですが、離れて暮らすお母さんが作って冷凍して送ってくれたのを、主人公が朝解凍して食べる場面には、日本のご飯と同じだなと思い、楽しめました。よい高校に入っても順位順に使える設備が違う、その上、外部の塾や自習室に通ったりしなくてはならない。相当ハードな学生生活ですね。さらに、クラブ活動にボランティア。すべてが受験に優位に考えていかなくてはならない状況には驚きました。ジュノも大変だけれど、家族も大変な状況下にありながら、互いに理解し合っているのにホッとしました。それに対して優秀でお金持ちでも、親が一方的に進路を決めてしまう子どもたちもいて、そんな状況でも自分のしたいことを見いだせているボナ先輩と、子どもっぽいままで人を傷つけるビョンソの対比が見事だと思いました。韓国でのSNS事情を考えると、これも過酷ですね。変な噂を立てられたユビンは、前作『チェリーシュリンプ』の主人公のようにSNS上に自分の意思を表明して乗り越えるのだけれど、そういう強さを手に入れられなかったら、どうなるのだろうと思いました。気になったのは副題の「青春を生き抜く13の法則」ですが、たぶん原題にも英語の題名にもついていませんし、目次をそのまま法則と読み込むには無理があるような気がしました。
雪割草:読んでまず、韓国の高校生はこんなに夜遅くまで勉強をがんばっているのかと驚き、気の毒に思いました。p214に「境界もなければ序列もない……。私たちが大人になった時、そんな世界になっているかな?」とあって、高校生たちのこうした声に、胸が詰まる思いがしました。主人公は、両親から離れておじさんと暮らし、よくがんばっていると思いますし、物事を冷静に見て考える力があるなと感心しました。また、主人公を取り巻く人たちは、どこか問題を抱えていても、なぜそうなのか、背景がきちんと描かれているので、想像しやすかったです。韓国社会について一歩引いて、俯瞰的に見ることができ、社会の問題を考えることができる作品だと思いました。ハリム、ゴヌ、ユビン、ボナ先輩の友人関係もさわやかで、子どもたちも共感しやすいのではと思いました。おもしろかったです。
コゲラ:YAも含めて児童文学では、とかく優等生は白い目で見られがちですが、その優等生たちの群像を描いて、優等生リアルというのかな、それを丹念に書いているところがおもしろいと思いました。それにしても、韓国の高校生の実情というのは、すさまじいですね。成績上位の生徒だけが使える正読室、そのうえスタディルームに家庭教師……受験当日に入試試験場にバイクに乗せてもらってかけこむ受験生の様子が日本のテレビでも報じられることはありますが、これほどまでとは思いませんでした。韓国の社会構造を反映している教育事情だと思いますが、日本でも一部の受験重視の高校では、まだ同じような教育がなされているのかも。主人公をはじめとして、登場人物のひとりひとりが生き生きと描かれていて、すばらしいと思いました。特に、激流の外に身を置くことを決断したユビンが清々しくて、とても魅力的ですね。勉強の競争だけでなく、主人公たちの恋愛一歩手前の心の動きもていねいに描かれていて、まさに青春!という感じでした。
『チェリーシュリンプ』では、韓国の食べ物がどっさり出てきておもしろかったのですが、この作品にも食べ物は出てきますが、シジミバナの生垣とか、裏山に住む野良猫や伝説のタヌキなど、日本でもなじみのある光景が出てきて、とても身近に感じられました。日本と近いところもあり、違うところもある隣りの国の作品を、若い人たちにもっともっと読んでもらいたいと思いました。
大人の作品では、翻訳者の斎藤真理子さんたちの活躍もあり、韓国のすばらしい作品がどんどん紹介されていますが、児童文学の世界でもそうなってほしいと思いました。最後に一つだけ、p116の7行目に「プー太郎」という言葉がありますけど、これは確か「職についていない人」という意味だと思うので、大学を休学して入隊しているユビンのお兄ちゃんには当てはまらないのでは? 今では死語(あるいは差別語?)だと思っていたので、しばらくぶりにお目にかかってびっくり!
マリュス:惹き込まれて、一気に読めた作品でした。韓国ならではのエリート高校、受験システムなどが新鮮でした。すさまじい閉塞感が伝わってきました。主要登場人物が、ゴヌを除いて、ヴィジュアルよし、頭よし、人気ある、という設定ばかりで、最初は食傷気味でした。でも、それぞれに抱えている悩みが伝わってきたので、好意的に読めました。最後が、ベターエンドにはなっているけれど、すかっとした読後感ではなく、閉塞感をひきずっています。けれど、時間がたてばたつほど、そのリアルさがいいのかも、と感じられるようになってきました。一つ気になるのは、サブタイトルの「青春を生き抜く13の法則」です。これ、原題にはないですよね? さっきアンヌさんもおっしゃってましたが、法則というわりに、ゆるいし、若者が読んで指針になる内容でもないし、単なる「惹句」な気がしちゃいました。
きなこみみ:軽いタッチで書かれていて読みやすいですが、「サバイバル」という言葉どおりの、なかなかハードな環境にいる若者たちの物語でした。毎日、ほぼ寝る暇もないほどの勉強に、ボランティアに、部活動。その上、塾に家庭教師。放課後、正読室という、特別な部屋で勉強する権利を学年に30人だけ与えるとか、見事なまでのヒエラルキー競争だなと思います。p96の3行目「走ってる馬にムチを打つみたいに、『もっと、もっとだ、もっと、もっと走れ、死ぬまで、努力のもっと上の努力をして一番になれ』と攻め立てていたら、死ぬまで幸せになんてなれないんじゃないだろうか」とありますが、こういう息苦しさは、YA世代なら皆感じているだろうなと思いながら読みました。
今、日本でも小学校の高学年から、将来就きたい職業を決めて努力しろ、なんて言われますけど、そんなことばかりだと今を楽しむことができなくなるんじゃないかなと思うんです。そういう競争システムに自分の意志とは関係なく放り込まれていく、そうした構造は、いろんな価値観や制度、大人の思惑などががっちりと組み合ってできているもので、子どもたちが疑問に思っても簡単に覆せるものではないんですけど、そのなかで、なんとか自分らしさや、押し付けられた生き方ではない場所を探そうとする若者たちの姿が、けなげで読ませます。p181の3行目、「だれかが決めた基準で流されている限り、ぼくは永遠に不安の奴隷として生き続ける以外にない。たとえどんな結果になろうとも、ぼくは運命の主導権を可能な限り自分で握るんだ」というジュノの言葉が切なくて頼もしいです。若い、ということはとにかく不安なことだらけなんだけれど、その不安が若者たちを縛っていて、とにかく、内申書がついてまわるせいで、元気で明るく、良い若者で居続けないと内申点も付かない、というシステムへのストレスが、SNSでの個人攻撃や噂話、陰口になっているのがリアルでした。芸能人みたいにきれいなハリムも、実は拒食症を患っていたことがあって、死ぬほどダイエットすることを「プロアナ」という言い方をするのを初めて知りましたが、そんな若者の生きづらさを誰しもが抱えていること、社会的な背景も含めて俯瞰できるように書かれていて、そのなかで、ジュノと仲間たち、とくに自分の生き方を貫こうとするユビンとの交流が爽やかでした。読後感も良い1冊だったと思います。
ハル:現代版『車輪の下』だ、と思いながら読みました。高校生の悩みの中で「勉強についていけない」とか「受験の不安」だって大きいはず。だけど、勉強についていけなくて悩むとか、追い込まれていく姿を取り扱った小説は、ありそうでなかったように思うので、「韓国の子はすごいなー」なのか、「日本の子もきっとそうなんだろうなー」なのかわかりませんが、新鮮な感じはしました。結末が『車輪の下』にならずにすんだのは、友情があったから。友だちはたくさんいる必要はないし、いま友だちがいないことを悲観することはないけれど、今月のもう1冊の本『セントエルモの光』(天川栄人著 講談社)同様、やっぱり、人とつながろうとすることは大事というか、人を理解しよう、つながろう、と心がけることは大切だと思います。
コゲラ:日本でも、高校生が学校の指示でボランティアをする制度があるのかしら?
しじみ71個分:日本にもあります。
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ANNE(メール参加):読み終わってまず、韓国の高校生って、ほんとに大変!! と思いました。日本よりも、もっと学歴が重要視されるという話は聞いていましたが、高校1年生のジュノの日常は、想像を絶するものがありました。
学業だけではなく、友人・恋愛・家族など、さまざまな問題を抱えながら、ジュノが自分のあるべき姿を模索していく様子に、エールを送りたいと思います。韓国の人名に慣れていないので、登場人物の男女の区別が付きにくく、ちょっと混乱しました。ジュノのお母さんのアワビ粥、食べてみたいです。
さららん(メール参加):念願の受験校にトップの成績で合格してしまったジュノの、一人称で伝えられる高校生活は、明るく語られるものの、競争から蹴落とされるという不安でいっぱいです。短い会話でスピーディーに進む展開のなかに、韓国の高校生の本音が見えかくれし、アワビがゆが、ご馳走だということもわかりました。ハリムのキャラクターは謎でしたが、自分を守るために成績のいい男の子とつきあおうとしていたのですね。ジュノと、ゴヌと、ユビンの、つっこんだり、つっこまれたりの会話や、サッカー観戦、サークル活動、裏山で食べるパン、ネコのエサやりなど、勉強以外の要素がさしはさまれ、現実の重苦しさの救いになっています。p187で語られるジュノの気持ち「たとえどんな結果になろうとも、ぼくは運命の主導権を可能な限り自分で握るんだ」とか、p279に、ユビンがいう「自由の海」―私たちそれぞれがちゃんと生きていれば必ずまた出会える場所、境界線も序列もない海―というような観念は魅力的です。子どもたちのいちばんの重荷は、ボナ先輩の場合でも、ビョンソの場合でも、親の身勝手な期待で、ジュノはその点、両親や叔父さんに恵まれていると感じました。さらっと読めて、ちょっと元気が出てくる清涼剤のような1冊ではないかと思います。ユビンとジュノとの関係が、友情以上恋愛未満で、終わっているところにも好感がもてました。
ところで読み終わったあと、13の章題になっている13の法則を確認しました。<7.敗北にもくじけないこと>、とか、<8.目の前にあることを、「ただやる」ってこと>はいかにも法則らしいのですが、<9.メニューが今ひとつの時はパスすること>はあれれっ?という感じ。本文を読み返して章題としては理解できたのですが、法則としてはすこし腑に落ちない感じがしました。少なくとも、p158のうしろから2行目で、「外で食べない」を、「パスして、外で食べない」とするなど、本文とつながりを持たせたほうが親切だったかもしれませんね。
(2024年06月の「子どもの本で言いたい放題」より)
セントエルモの光〜久閑高校天文部の、春と夏
天川栄人/作
講談社
2023
〈版元語録〉高1の安斎えるもはこの春、3年ぶりに地元に戻ってきた。東京の生活でいろいろありボロボロになっていたが、久閑野の星空に誘われるかのように、天文部に入ることを決める。しかし、先輩が1人しかいない廃部寸前の状態で…。
きなこみみ:全く天体に興味のなかったえるもが、嵐士という先輩と天文に惹かれていくのが、楽しくて読ませます。この物語は、えるもがSNSでいじめにあって、そのせいで東京から帰ってきて、その傷もあって、やはり他人との距離がうまく取れない。人との距離感がひとつのテーマで、それを「天体」という雄大でどこまでも奥の深い距離感のものと重ねることで、かえって人間が生身に鮮やかに、かつロマンチックに描けるという、とてもうまい構成の作品だと思います。そして、心にすっと入ってくる、素敵な文章がたくさんあって、たとえばp138、9行目の嵐士先輩のセリフ「だから星たちは、俺たちの喜びや悲しみなんか、知ったことじゃない。今日も明日も、どんな辛いことがあった日だって、いつもと同じように、けろりと輝いてる」、p139、7行目の、そのセリフに呼応するところ、でもだから、俺の気持ちは俺のものだ、俺だけのものだ…」というところなど、とってもいいなと思います。そんな嵐士先輩とえるもの、ほのかな恋と、距離感もいい。文章も読みやすい。気になるのは、主人公のえるもの像が、少し定まらないところ。この物語の魅力は、嵐士という天体オタクの魅力的な先輩が披露する、えるもという名前がセントエルモの光が由来なのでは、というエピソードや、天文のコアな知識が、うまく物語の構成とかみ合って披露されていくことで物語が動いたり、進行していくところだと思うんです。でも、語り手のえるものキャラと、その知性的な部分が、ずれているところがあって。p103で、エルモは衛星と惑星の違いもわからないのだけれど、p192では慣性の法則を思い出して語ったりしていて、どんどん賢いキャラに変わっていく感じでした。これは、えるもの隠れた部分が出てきた、成長した、ということなのかな? 最後の観望会のシーンはとても良かったのだけれども、花火まで付けたのは、ちょっとやりすぎかも(笑)すてきなシーンだけれど、地元の神社の花火大会を、こんなにきれいに皆が忘れていたというのは、少し出来すぎの匂いがしました。でも、とても楽しい作品なので、この続きも、読んでみようと思います。
マリュス:著者の天川栄人さんって、プロフィールを見るまで男性だと思い込んでいました。こういう中性的なお名前、いいですよね。さて、作品ですが、ラノベのキャラクター設定に、とても近いんですよね。主人公は、かわいくて、でも悩みを抱えているという、読者が共感しやすい女の子。そして、めちゃくちゃイケメンで変人の先輩。他の人には理解されないけど、主人公だけが先輩の心のうちを理解できる。それをやっかむ幼なじみの男子、というあたりも含め、王道ラノベだと思いました。でもラノベっぽいというのは、悪い意味ではないです。読者をひきつける工夫がなされているという意味で、いいと思いました。さらに会話がとても生き生きしていて、読むのが楽しい。また、天体や星座の話が、わかりやすく頭に入ってきます。星の描写や、比喩として使われる場面の文章も美しく、読みごたえがありました。若干引っかかったのは、古雪が捨てアカウントで中傷してくる部分です。古雪は親友で、かつ従姉妹なので、「最近のあなた、自分らしくないよ」と直接言える関係性だと思います。わざわざ匿名にする理由がわからない。物語の力が強いので、ついつい説得されて読んじゃうのですが、後からちょっと無理があるんじゃないかと感じました。
コゲラ:テンポよく、すらすら読めておもしろかった。文章も、話の運び方も、作者はとても上手ですね。登場人物もそれぞれキャラが立っていて、アニメを見ているようでした。星の話や、天文学の知識の数々もおもしろい。夜中に学校に行くとか、天体観測の合宿をするとか、読者はワクワクするのでは。「すれちがえる奇跡」とか中高生の好きそうな言葉も、あちこちに散りばめられていますね。秋冬編があるという話ですから、古雪が送った謎のDMのわけや、母さんが主人公に「えるも」という名前をつけた理由も出てくるのかも。
雪割草:登場人物が一辺倒で、漫画っぽいと思いました。「嘘つき」といったのが古雪だったという展開は全く予想外で、古雪はえるもと晴彦にやきもちをやいているのだと思っていました。SNSの問題は、今の子どもたちにとって大変だと思います。p85に、「ちょっとSNSを離れたからって切られるような関係って、友達って言えるの?」とあるように、SNSは手軽な分、人と人のつながりも、それだけだと希薄になってしまうように感じます。嵐は、気の毒な設定で、お母さんまで亡くならなくてもよかったのではと思ってしまいました。主人公の心の声が語りの部分にたくさん描かれていて、ハッシュタグが章ごとにあるのは今の読者向けかなと思いましたが、ハッシュタグはなくてもいい気はしました。
アンヌ:私は、なんだかこの物語一つでは収まり切れていない感じがして、いろいろ謎が解けないまま、ふわんと逃げられた気がして不満でした。なかなかかっこいいセリフを吐くお母さんがどういう人なのかとか、えるもの名前は本当はどこからつけられたのかとか。そういえば、古雪も珍しい名ですよね、古いという字を名前につけるというのも珍しいから、そういう一族なのかな?でも、まあもう続編が出ているので、(『アンドロメダの涙〜久閑野高校天文部の、秋と冬 』)そこでということなんでしょうね。おもしろい話ではあるけれど、あまり技術もなさそうな主人公たち3人が、嵐士の天文写真を選別して投稿したり、後半の観測会の設営をしたり、後半バタバタと話が進んでいくのにも、少々首をかしげました。ただ所々、例えばp156の章の終わりのように、たぶん明け方の月を見たら思い出すような美しい描写があって、そういう魅力のある文章もあるので、とにかく続きを読んで考えてみたいと思っています。
エーデルワイス:図書館に予約してなんとか読めました。次の予約が入っていますのですぐ返却しました。人気ですね。学校の屋上で徹夜で空を観て、星の観察。ロマンチックです。映画、アニメ化されそうです。おもしろくて読み応えがありました。最後の花火のシーンは出来過ぎの感じ。p151の「私は多分小雪を許さないが好き」は心に残りました。続編も読みたく思います。
アカシア:エンタメだと思って、楽しく読みました。私がいちばんいいな、と思ったのはSNSに対して「天体観察」を持ってきたところです。これまでも、スマホ中毒やSNSから切り離すために、電波の届かないところに行くとか、自然の中で様々な体験をするという物語はいくつかあったんですけど、この作品では対極にあるものとして天体観察を出してきている。夜空の天体を見るには暗くないとだめなので、ケイタイの明かりは必然的に邪魔になるし、言葉の通じない天体を観察することと、無駄なおしゃべりが行き交うsnsは、そういえば対極になるのだなあ、と。えるも、という名前についてご意見がありましたが、私はこのお母さんならちゃんと意味がわかってつけてもしらばっくれることがあるだろうし、本当にお母さんが知らないのだとしても、今はいないお父さんなる人がつけたのかもしれないと勝手に想像したので、引っかかったりはしませんでした。えるもは、おバカキャラかもしれませんが、本当におバカなのではなく、おバカという仮面をつけているのだとすれば、何かを悟ったときに大きく変わるというのは不自然だとは思いませんでした。
ハル:今月の2冊は、どちらも若々しいというかみずみずしい感じで、慣れるまで目がすべるような感じがあったことはありました。でも、どちらも、同年代の子たちが読んだら、共感できるところが大きいんじゃないかなと思います。「セントエルモ」は、とってもエモーショナルですね。登場人物たちのつらかった日々や、人とつながれたときの喜びに、胸が打たれましたし、とてもおもしろかったです。一方で、「嵐士」は、すごくかわっている人という設定のようですが、読む限りでは、漫画やアニメでは人気があるタイプの“ドライな先輩”というイメージで、それほど変わっているようにも思えなくて、あの疑惑で壁にはった写真をやぶかれるほど、そこまで嫌われるものだろうか、というのは不思議に思いました。表紙ではわかりにくいですが、容姿の特徴でいじめるという感覚が私には理解できないので、実際にこういったケースもあるんだろうと思うと胸が痛いです。
しじみ71個分:おもしろくサクサクと読みました。私自身は、主人公のえるもの造形にあまり共感を持てなかったのですが、いじめを受けてつらかったという過去と、高校生になってからの軽めのキャラとの間にあまり連続性が感じられなかったからかもしれません。それに、ハルピコがえるもを好きで、古雪はハルピコが好きで、でもえるもは気づかず、嵐士先輩が好きらしい、でも恋愛話としは展開なく宙ぶらりんのままというのが生煮えの感じで、お話がどっちに向かうのかなと引っかかったせいかもしれません。古雪が中学生のときSNSへの書き込みの犯人が自分だったと告白したのも、私の読みが浅すぎるのだとは思いますが、えるもとハルピコとのやり取りを見ての場面だったので、その点はちょっと気になりました。天体観測と孤独、宇宙と命といった大きな視点で人間性を見つめなおすような表現がところどころにあって、それには心が惹かれましたが、そういったキラリと光る深さにマッチしていない軽い部分も多く、全体的になめらかなつながりにやや欠けた印象を受けました。えるもが嵐士のお父さんのお店にいきなり飛び込んでいろいろ事情を知ってしまうのもかなぁという気もしました。その勢いがえるもの魅力でもあり、最後の方で天文部のために1年生が頑張るのも好ましい展開と思いましたが、どこかで読んだような印象があるなとも思いました。でも、青春物語としてさわやかなので、若い世代の気持ちをつかめる作家さんなんじゃないかなと思いました。
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ANNE(メール参加):おもしろく読みましたが、ちょっとご都合主義的な結末な気がしました。そんなにうまくいくかしら? 結局、「えるも」という主人公の女の子の名前の由来がよくわからなかったのと、晴彦と古雪の想いはどうなってしまったのかがモヤモヤしました。2作とも現代のSNS事情が背景にあって、私のようなおばさんにはちょっと理解しきれない部分があるのだろうと思いましたが、おばさんなりにアンテナを高くしておく必要があるかもしれませんね。
(2024年06月の「子どもの本で言いたい放題」より)