『どろんころんど』 ボクラノSF

北野勇/著 鈴木志保/挿絵
福音館書店
2010.08

版元語録:どこかに行ってしまったヒトを探して,どろんこの世界を旅するアンドロイドの少女アリスと,お供の亀型ロボットの奇妙で長い旅。

みっけ:3冊の中では最初に読みました。SFはあまり好みではないからなあ……と思って読み始めましたが、さくさくと読めて、結果としてはけっこうおもしろかったです。どこが、と言われるとちょっと困るんだけれど、主人公を人間が作ったロボットにしたことで、人間がごく自然に経験する心理的な変化みたいなものを主人公がいちいち、あ、これが〜なんだ……と意識するあたりは、プラチェットの『天才ネコモーリスとその仲間たち』に出てくるネズミに似たところがあって、SFというのは、現実の社会や人間や存在といったものを、一歩引いて見直すための装置として使われるんだな、と思いました。だから、個人よりもメカニズムに焦点が当たるきらいがあるのかもしれないけれど。SFといっても、一昔前のようながちがちの科学でもなく、まったく異なる惑星でもないあたりは、おもしろい設定だと思いました。細かく見ていくと、え? なんで? というところがあちこちにあるけれど、一種の学習するロボット少女の成長物語なんだな、と思いました。それと、この終わり方を見てつくづく、ああ、主人公が若いと、暗い状況でも明るくなるんだなあ、と思いました。年入った大人たちだと、ついつい経験値に基づいて暗さに同調しがちだけれど、若い人はどんな環境に置かれたとしても、そこが始まりだから(というか、そこから始めるしかないから)、未来を指向できるんだなあ、と。それに、最後の最後に万年一号の長い旅の第一歩、という形で終わるのもおもしろいな、と思いました。

紙魚:福音館書店の本って、年齢が上の人向けの読み物になると、とたんに保守的でないものが出てくるような気がします。この「ボクラノエスエフ」というシリーズは、『どろんころんど』以外の書目は復刊がほとんどで、これだけは新作ですから、よほど思い入れがあって出された本なのでしょう。祖父江慎さんの装丁と本文デザインで、本のつくりからして期待させてくれるような佇まいなのですが、読みはじめると、どこか人を食ったような感じで、はぐらさかされます。児童文学にはあまりない本です。実感のない世界、具体的な肌触りがない世界で、肥大化した自意識の中での遊びごとという感覚が、いかにもいまどきだなと感じました。素直におもしろいとは思えなかったのですが、このノリは、もしかしたら、若い人たちには「わかる!」という感覚なのかもしれないと思いながら読みました。とはいえ私にはやっぱりよくわからないので、p89の「ますます何がなんだかわからない。」という一文に遭遇したとき、こっちのほうが「わかんないよ!」という気持ちになりました。この小説は、筋というよりはノリが重要なのではないでしょうか。プラスチックのようにつるつるしていて、ガサガサしたところがひとつもなくて、でも、そのなかを生き抜かなきゃならないという切実さや必死さはなんとなく伝わってくるような気がします。

サンシャイン:何度も読むのをやめようかと思いました。読む価値が自分の中で見い出せないというのが正直なところです。まあ、今日に合わせてなんとか読み終わりましたが。ひらがなの「ど」という活字がすごく気になりました。「と」とはちがう字体ですね。

フルフル:祖父江さんが、書体も含めてこの本の世界観を表現しようとしたのだと思います。この本は、私も実は読めなかったんです。出たばっかりのときに、書店で手にとってはみたのけど、やっぱり読む気になれなくて。

ハリネズミ:アリスは当然『ふしぎの国のアリス』(ルイス・キャロル)のアリスから借りてきた名前なのでしょうけど、SFというよりやっぱりナンセンス・ファンタジーなんじゃないかしら? SFというのは、一度もこの世に存在したことのない世界を扱うわけですから、読者が入り込めるように隅々まで考えて科学的にも物語的にも齟齬のないお膳立てにしないといけないと思うんですけど、この作品はそういうのとは違いますもんね。私は最初のほうはおもしろい設定だと思って入り込んで読んでいったのですが、p183から文章がわざと切れたようなレイアウトになっているんですね。ここでしらけてしまいました。物語の流れを妨げる邪魔なもののように感じてしまったんです。そうなるといろんなところが気になってしまって。途中でアリスが「こんなのをシュールって言うのかしら」とか、さっきも出てきたp89の「ますます何がなんだかわからない」なんていうのも、ないほうがいい。読者がそう感じればいいことなので、作者の声は邪魔になるように思いました。全体としては、そんなに楽しめませんでした。SFなら、舞台となる世界をもっときちんと書いてほしい。そこが希薄なんですよね。

紙魚:このファンタジーには、ルールがないですよね。「どろんこ」だからなんでもいいじゃないかというふうにも読める。

ハリネズミ:ナンセンス・ファンタジーだと開き直ったほうが、おもしろくなったかも。

紙魚:この本のここがすごくおもしろかったという人の心をのぞいてみたいです。

ハリネズミ:プロットだけ追っていく子って、今いるでしょ。そういう子にはおもしろいのかな。でもそれだったら、べつに本を読まなくてもいいんですよね。

すあま:私もこの世界がおもしろいと感じられませんでした。時間がなくて斜め読みしたのもよくなかったのかもしれないけれど、やっぱりおもしろさがわからなかった。森博嗣の作品のイメージも思い浮かんだのですが……。まさに頭のなかが「どろんこ」状態で、楽しめなかったです。

プルメリア:3冊の中でいちばん字が大きいので最初に読もうと思い読み始めたら驚きました。ヒトデナシたちの存在社会がイマイチわかりにくくて、出版社を見たら「福音館書店」! 会社のイメージが変わりました。おもしろかったのは、鉄骨が落ちてきたときにかめがおさえ首が……、と思ったら甲羅の中に入れていた場面と、レストランに入ると料理を食べた人は出ていき、これから料理を食べる人たちは順番に席を動いていく場面には笑っちゃいました。変わった本に出会いました。

(「子どもの本で言いたい放題」2012年6月の記録)