げた:北欧に伝わる神々のお話ですね。世界に何もなかったときから、神様が生まれて、神様が鬼になったり動物になったり、そのあげく、世界中が焼きつくされ台地が海に沈んでしまい何もなくなってしまう。けれど、最後は大地がよみがえり、今生きてる人々の先祖が登場し、次々と新しいいのちを生み育てていった。今いる自分たちは生まれ残ったすばらしい人間の子孫なんだという、誇りを持ってもらい、楽しく読んでもらえるようなお話になっている。神様が突然タカになったり、ヘビになったり、ビジュアル性があるので、アニメーションになったらおもしろいんじゃないかな。テレビも本も無かった昔から、語り伝えで、伝わってきたんじゃないかな。当時は大きな娯楽の一つとしてあったんでしょうね。北欧の子どもは、この本にのっているようなお話を常識として知っているのかな。日本の神話は民族主義的で、楽しむところまでいかない気がするけど。

ハリネズミ:私たちが子どもの頃は、日本の神話は国家神道と結びついているというので教えるのをためらっていた人たちがたくさんいました。でも今は、右翼の出版社だけでなく、普通の出版社が、特に古事記はお話としておもしろいんじゃないかというんで、出版しています。松谷みよ子さんが再話した『日本の神話』(のら書店)もあるし、竹中淑子さんと根岸貴子さんが再話した『はじめての古事記』(徳間書店)や、こぐま社の『子どもに語る日本の神話』もあります。絵本も、舟崎克彦さんが再話して太田大八さんが絵をつけたものなど、いろいろ出ています。

げた:こんな感じで楽しめるならいいですね。

ハリネズミ:2年前に出た『はじめての古事記』は、スズキコージさんの絵がいいんです。

ヤマネ:北欧神話は、これまで岩波少年文庫で出ているものなど高学年のものしか見たことがなかったんです。ちゃんと評価しようと思ったらそういうのと比較しないと分からないところもあるので、難しいほうも読んでくればよかったですね。しかし低・中学年向けに出されたということで、ふりがながふってあるし字が大きめで、読みやすかったです。神様とはいえ、いたずらや争いがあり、人間と変わらないところに子どもたちも興味をもって読めるのではないでしょうか。出てくる登場人物がカタカナの名前ばかりで、覚えづらい点はありました。

ハリネズミ:登場人物リストがあった方がいいのかな。菱木さんは、ラグナロクを「ほろびの日」、ユグドラシルを「宇宙樹」、アースガルズを「神の国」というふうにずいぶんわかりやすく言い換えています。ブリージンガメンも「首かざり」としていますけど、そう言えばアラン・ガーナーの作品に『ブリジンガメンの魔法の宝石』(芦川長三郎訳 評論社)というのがありましたね。あれも北欧神話が下敷きになってたのかな。それと、菱木さんは本文でも、ただ神様の名前をぽんと出すのではなく「みのりの女神フレイヤ」とか、「海の神ニョルズ」とか、「いたずらもののロキ」「うつくしい光の神バルドル」などとちょっとした説明をつけて書いています。ずいぶんと工夫されているので、私はとても読みやすかったです。

レジーナ:読みやすい文体で、北欧神話の魅力が伝わってきました。太陽がなくなって、世界が滅びるというのは、北欧ならではの世界観ですね。主役の神々の敗北があらかじめ定められた神話は、ほかにあまりないのでは。C・S・ルイスは、上級生にこき使われた辛いパブリックスクール時代、北欧神話が支えになったそうです。運命を知りつつ、最後まで誇り高く雄々しく振舞う姿に、惹きつけられたのでしょうか。横暴な巨人に抵抗する神々に、自分の姿を重ねていたのですね。J・R・R・トールキンは、北欧神話を下敷きにファンタジー世界を創造しました。今回の作品は、北欧神話の重厚な世界を映す挿絵であれば、もっとよかったです。しかしルイスも、自分の読んだ北欧神話の挿絵はよくなかったが、それでも心惹かれたと語っているので、物語としての力を持つ神話を語るのに、挿絵はあまり問題にならないのかもしれません。ゲームや映画をきっかけに北欧神話に興味を持つ子どもは、結構いるのではないでしょうか。北欧神話を探していた中学生に、K・クロスリイ-ホランドの『北欧神話物語』(山室静・米原まり子訳 青土社)をすすめたことが何回かあります。

ハリネズミ:私は神話を読むのが好きなので「エッダ」や「サガ」も読んでおもしろいと思ったんですけど、原典のままだと流れやつながりがよくわからない。この本は、菱木さんがまとまりをつけて読みやすくしているので、流れもつかめていいと思いました。北欧のことや北欧神話のこともよくわかったうえで、言葉をかみくだいているのがわかって安心できます。

ルパン:まだちゃんと読んでいないんですけど、おもしろかったです。ぱらぱらと見たなかで、カワウソに化けて殺されちゃう家族のお話があったんですが、なにも悪いことしていないのに、かわいそうだと思いました。神話とか名作とかを低学年向けに書くのはむずかしいと思うのですが、これはたいへんよくできていると思います。

プルメリア:岩波書店の『北欧神話』(P.コラム作 尾崎義訳 岩波少年文庫)とは、違う感じ。寒い場所にもかかわらず神様がダイナミックで迫力があります。登場人物の性格がはっきりしていてわかりやすい。いろいろな神々や巨人族、小人族などが次から次へと登場してくるのでおもしろさがありますが、読み進めるとだんだんいたずらもののロキ以外はわからなくなりました。登場人物の紹介があると読みやすかったかなと思います。素敵な表紙で、男の子はゲーム感覚で読むのではないかと思いました。

すあま:北欧神話やギリシア神話は一般教養として知っていないといけないものだと思うので、読みやすい本があるのはよいと思います。ただ、小学校中学年向けの本だと思うけれど、登場人物の名前が難しいので、キャラクター紹介のようなものがあるとわかりやすくなるのでは? 小人族、巨人族などが出てくるので、『指輪物語』(トールキン著 瀬田貞二ほか訳 評論社)の好きな子に薦められます。巻末に北欧神話の本の紹介があるので、興味を持った子は、そこからさらに読み進めることができるのではないでしょうか。

ハリネズミ:ただ置いておいても子どもは手に取らないかもしれないので、手渡す人が重要ですね。

すあま:教科書にも昔話や神話が出てくるので、出版も増えているのかな。古典だけでなく、文豪の作品なども読みやすい本が出てくるとよいと思います。

ハリネズミ:夏目漱石を、ストーリー中心に書き換えるとか?

すあま:書き換えるっていうより、芥川龍之介の短編などを手に取りやすい形で出してくれたらいいな、と。太宰治の作品も、最近ではマンガ風のイラストを表紙にしたのがありますよ。

ハリネズミ:そこまで軽くしなくても、文豪は文豪でいいんじゃないの。

(「子どもの本で言いたい放題」2014年5月の記録)