『盆まねき』
富安陽子/著 高橋和枝/挿絵
偕成社
2011.07

版元語録:おじいちゃんの家でなっちゃんが聞いた、3つのお話と盆踊りの夜に体験したふしぎな出会いを描く。戦没者への鎮魂歌。 *第49回野間児童文芸賞受賞
*第49回野間児童文芸賞受賞

ajian:おもしろく読みました。いつも自分の話をしてしまいますが、まだずっと子どもの頃、眠れなくてぐずぐずいっていたら、祖母が「いい子で寝ないと山の向こうから連れにくるよ」といったんですね。「何が」連れにくるのかはいわなかったんだけれども、とても怖かったので、よく覚えています。それで、お盆のときに「先祖が帰ってくる」と言いますが、あれは「山の向こうから」帰ってくるんだという考え方があるらしい。それを大人になって知ったときに、祖母が言っていた、連れにくるというのは、そういうことだったのかと思いました。柳田国男の本に「先祖の話」というものがあります。昭和20年に書かれたもので、この『盆まねき』に出てくる戦争の時代とも重なりますが、日本人の死生観について、柳田なりに捉えたものです。どういうことが書いてあるかというと、二つ特徴があって、一つは、個人の霊というのは、やがて忘れられていくけれど、個性を捨てて、融合して一つの霊になるというもの。もう一つは、死者の世界と、生者の世界が、すごく近くにあって、互いに行き来しているというもの。どちらもこの『盆まねき』の内容に重なると思いました。
 いわゆる「あの世」という言葉があります。これは、地獄とも天国とも違うけど、何となく知っているようで、実はよく知らない。ひょっとしたら、自分たちのことがいちばん理解するのが難しいのかもと思います。『盆まねき』は、この日本語の世界の、この狭い島国の、我々が知っているようでよく知らない、土着の死生観を、やさしい物語のなかに溶かし込んで描いて、ある程度成功していると思いました。最後戦争とつながりますよね。祖母の実家には戦争で亡くなった方の写真などがあって、僕ぐらいは、ぎりぎり身内でそういうことがあったのかと思うけど、僕の子どもの世代になるともうわからないだろうなと思う。伝えるには新しい物語が必要で、そういう意味で、富安さんがこの作品で試みられたことを評価したい。真正面から戦争について書かなくても、不思議なお話を読んでいくうちに、いつしか自然に、そういうことがあったんだと読めるところも良いです。

ルパン:すごくいいなと思いました。どのエピソードも、とてもおもしろかったです。お盆の時に親戚が集まるのは、自分が夏休みに田舎で過ごした思い出と重なりました。なっちゃんが置いてけぼりを食う場面がありましたが、こういうの、すごく覚えがある。私はやったほうなんだけど(笑)。当時は小さい子たちがうっとうしくって。いま大人になってしまうと、年が近くなって、あまり変わらなくなって。今回読んでいたら、やられた子の悲しみというのもよくわかって、申し訳ないなあと思いながら読みました。おおばあちゃんの声は、トトロに出てくる隣のおばあちゃんの声かな、なんて想像しながらね。亡くなったしゅんすけさんの思い出をとどめておくために書いたというあとがきも、すてきだなと思います。ちょっとひっかかるのは、戦争に行って20歳ぐらいで亡くなったはずなのに、現れる時は子どもの姿なんだなっていう。あとは、子どもが読んだらどう思うかはわかりませんが、このあとがきがすごくよかった。

うさこ:どこかなつかしい匂いを感じる物語でした。自分の小さいころの体験と重なります。やわらかい感じで運ぶ物語。おじいちゃんだったり、おおばあちゃんだったり、親戚の中にこんなにほら話ができる人がいて、いいなあと思って読みました。夜の虹など情景がすごくきれいです。個人的な話ですが、去年の夏に実家の犬がなくなって、とても悲しかったんですけど、前後に虹を見ました。それで、犬が亡くなって虹をわたっていったのかと、すとんと胸に落ちるものがあったので、この物語も、それに重ねて味わうことができました。一つ一つのお話も本当にうまいし、エピソードもおもしろい。ただ、最後の「もう一つのものがたり」にはちょっと違和感がありました。お話がすごくよかっただけに、現実に引き戻されたような印象で、物語の余韻がさーっと消えてしまった。あとがきでなくて、あくまで「もう一つのものがたり」にこだわった理由には、なにか作家さんの主張があるのでしょうね。例えば、講演会やインタビューなどで裏話的に語るということも、出来たと思うんですけど。結末は野間賞の選考委員のなかでも議論になったらしいですね。

プルメリア:この作品は夏休みに一度読んで、今回また読みました。最初に読んだときは、前半の楽しい話よりも最後の話「もう一つのものがたり」が印象的に残りました。「うそと、ホラは、すこしちがう。人をだますのが、うそ。人をたのしませるのが、ホラ」。おもしろく楽しく読みました。中学年も楽しめる作品と思いましたが、カッパの玉話あたりからだんだん怖くなり、盆踊りあたりは完全に怖い世界に入っています。高学年向きかも。男の子が、なっちゃんに言う「人間は、二回死ぬ」というフレーズが心に残りました。中学年ぐらいだと理解しにくいかも。最後に「もう一つのものがたり」があることで、作品全体が最初のほのぼのとした笑いがでる内容とは異なり現実的な話に二分化されたように感じました。子どもたちにとって、戦争の物語は手に取りにくいですが、この作品のように最後に書かれていると、すっと入っていけるのではないかとも思います。

ハリネズミ:お盆の時の田舎という舞台に、ほんとうにいろいろ盛り込んでいますね。ほら話も出てくれば、死ぬこと生きることについての考察も。それを読みやすい物語に落とし込んで、違和感を感じさせないのは、この作家のうまさだと思います。月の田んぼのイメージがすごく鮮烈で印象に残りました。月は兎がいるとかお姫様がいるなんて言われることはありますが、田圃があるという話も伝承の中にあるんでしょうか。表紙や挿絵も、はっきりリアルに描いてしまわないのがいいと思いました。ただ、最後はちょっとずるいかな、と。戦争って今の子どもは身近に体験したことがないので、作家がさまざまに工夫して子どもに届けようとするわけですよね。例えばロバート・ウェストールは『弟の戦争』(原田勝訳 徳間書店)で、ジャッキー・フレンチは『ヒットラーのむすめ』(さくまゆみこ訳 鈴木出版)で、切り口をさんざんに考えたうえで今の時代の子どもたちになんとか戦争を身近に感じてもらおうとしているわけですね。でも、この作品ではフィクションにリアルな話をくっつけてしまうという比較的安易な方法でそれをやってしまっています。富安さんはとても力のある作家なので、フィクションの中でなんとか子どもに引きつける工夫をしてもらったら、さらによかったのかなと思いました。現状ではフィクションの本編より、本来おまけであるはずの「もうひとつの物語」のほうが強烈な印象を残してしまう。戦争を伝えたい大人たちはきっと飛びつくでしょうけど、文学的に見るとそこがもったいないなと思いました。

ルパン:私は、最後のは、てっきりあとがきだと思っていて、物語の一部だというのを、ここにきて初めて知りました。

ハリネズミ:文字の大きさがちがうので後書き風ではありますが、本文に入れたかったんだと思います。

シア:昔の日本の風景を描いていて、古い家の中のことやお盆の風景など、細かいことまでわかりやすかったです。親戚縁者で集まってお盆なんて最近はやらないから、スタンダードなお盆という見方からしても、非常に参考になる本でした。子どもたちもこういうことは知らないんじゃないかと思うので、そこをピックアップして読んであげても、おもしろいんじゃないでしょうか。表紙の絵もいいですね。読み終わってみると、すごく意味のある場面を描いているんだなということがわかりました。「そうめん」を「おそうめん」といったり、こういうていねいなところが、かわいらしいです。細かいところまでいきとどいた一冊ですね。知覧の話などは学校の授業でもやっているので、そういうことを教えるのにもいいと思います。戦争というものを教えるのに、導入としても使える本です。最後の「もう一つのものがたり」は、実体験に基づいてこの本を書いていったのだと思いますが、物語の一部かどうかというのは?

ハリネズミ:やっぱり、後書きじゃなくて、ここまでちゃんと読んでほしいという意識があるんじゃないでしょうか。後書きにすると、読まない子もいますからね。

シア:月のところのシーンで、「丸の中をのぞきこむ」というのが、イメージとしてちょっとわかりにくかったり、そういうところもほかにないわけではないですけど、全体としてはいい本だと思いました。

すあま:子供時代を思い出しながら読みました。今もこんなふうに田舎でお盆を過ごすんでしょうか。子どもが共感を持って読むのかどうかわからない。最後の「もう一つのものがたり」はなくてもいいのに、と思いました。あとがきでよかったのでは。私はこの部分に違和感があったために、読後感がよくなかったです。ここまでずっと物語の世界にいたのが、急に現実に連れ戻される感じがありました。対象年齢も雰囲気も変わるため、読み手がとまどうのではないでしょうか。ノンフィクションのようでフィクション、という本もありますが、この本の場合はノンフィクションでいいんでしょうか。

ハリネズミ:「もうひとつの物語」は、作者自身が「ほんとうのお話」と書いているの
で、ノンフィクションじゃないですか。

すあま:「もう一つのものがたり」が「あとがき」ではないなら、別に「あとがき」をつけて説明してほしかったなと思いました。

ルパン:私は「あとがき」に「もう一つのものがたり」というタイトルをつけるなんておしゃれだなと思って読んじゃったんです。

一同:ああー。

ajian:野間賞って、これが「あとがき」だったら、この部分は評価の対象には含めないですよね。でも、このエピソード込みの評価だったんじゃないですか。あるのとないのとでは全然ちがう。

ハリネズミ:これがあるから受賞したのかもしれませんよ。反戦思想がはっきりしてて
いいってことで。

すあま:そのままなっちゃんのその後の話として書いてもよかったような気もします。急に作者が出てくるから、あれ?主人公誰?という感じになりました。

ルパン:私という一人称が急に出てくるから、やっぱりあとがきなんじゃないですかね。

すあま:例えば、なっちゃんのお母さんやおばあさんの視点からのお話として書いてあったら、違和感なく読めたと思います。

ルパン:いいアイディアですね。

シア:この部分、冒頭で「さいごにほんとうのお話を一つ」という一文があるのが、やや興ざめです。これまでは、じゃあウソだったの?という。

すあま:たしかに…物語の中でなっちゃんが、何度も「本当の話なの?」って聞いているから、なおさらそう思いますよね。

ハリネズミ:「さいごにもう一つほんとうの話を」だったらよかったかもね。

プルメリア:たしかに子どもが読んだときどうかなというのは、ありますね。

すあま:やはり、あとがきにしたほうがすっきりするかも。そうすれば読む子は読むし、読まない子は読まないと思います。

ハリネズミ:ここだけ扉のデザインをがらっと変えるなんて手もあったでしょうね。ただ富安さんか編集の人か、それはわからないけれど、やっぱりここまで読んでもらいたかったんでしょう。

三酉:これはあとがきまで読まないといかん本だろうと思いました。富安さんはそこまで読んでほしくて書いたんだと思うし。フィクションとしてはルール違反だけど、確信犯でしょう。賞をとったのも、当然これが込みだと思います。

(「子どもの本で言いたい放題」2012年1月の記録)