アンヌ:1巻ではこの世界の仕組みが破たんしていて、2巻でそれを補っているので、余力のある方は、2巻を読んでくださいと提案しました。私自身は、おもしろくて7巻まで読んでしまいました。主人公のかわら版屋の雀という少年が、この不思議な世界のおもしろさや美しさを言葉で描いて見せるという物語で、この作者特有の食べ物についての場面も多数あり、主人公が夢中になって食事をとり、活き活きと生きていく糧とするところなど、好感を持って読みました。ただ、主人公の年齢設定が気になりました。15歳で、現実世界ではそれなりのワルだったという設定。それにしては、幼すぎる気がしました。それなのに、江戸時代からこの異界に落ちてきた人間の女の子の場面では、あまり勉強もしてこなかったような現代人の雀が、江戸時代の商家のお店事情を知っている。その他の登場人物も、外来語や現代語を何の疑問もなく理解している。少しご都合主義的だと思いました。雀が、妖怪や魔人等の異形の者に出会った時の恐怖も、2巻にならないと書かれていないので、読者にとっては1巻だけでは、この世界を想像しにくいと思います。

レジーナ:私の勤め先の中学校の生徒にもよく読まれています。若い読者がさっと読むのにはおもしろいのかもしれませんが、台詞が多いエンタメで、児童文学として読むと、何度もひっかかりました。15歳の雀が妙に幼く、お小枝の言葉づかいも不自然です。6歳の子どもが「ありがとう、桜丸。嬉しい!」と言ったり、鰻を食べて「うん、ふかふか! お口でとろけそう」なんて言ったりするでしょうか。口から紙を出すキュー太をはじめ、登場人物はマンガっぽいですね。百雷がゲームのキャラのようだと、雀が言う場面がありますが、まさにその通りで、たとえば雪坊主という登場人物についても、詳しい説明がないのでイメージできない。カフェがあり、魔人や化け鳥がいる江戸という場所についても、はっきりと心に描けない。虹のような蜃気楼も、よくわからなかった。百雷が地虫を捕まえる場面で、百雷が追っていた事件は、結局何だったのでしょうか? 江戸ならではの言葉遊びがあり、子どもが読んでわかるのだろうかと思っていたら、巻末に用語解説がありました。私が読んだのは講談社文庫の初版ですが、2巻の用語解説も1巻と同じになっています。

レン:今月の課題の本でなかったら手にとらなかったと思います。この手の本は慣れていなくて。「ふーん、こんなふうに書くのか」と珍しがって読みましたが、どう判断したらよいのかわからない感じでした。中学生は、こういうのだと手にとる気になるのかなあ。文体として、台詞が多いですね。台詞で物語が進んでいくところがマンガみたいでした。地の文は必要最小限で、マンガの絵で表されている部分を文字化しているような感じ。長音の使い方など、文字づかいも漫画的。体現どめが多くて、案外漢字が多いですね。最初は、江戸時代の話かなと思っていたら、読んでいるうちに違う世界の話だとわかって、変だと思うところもあるけど、この手のエンタメはこういうものかと思って読みました。先日ある編集者が「1000冊読むと、子どもの本が分かる」と先輩に言われたという話を聞きましたが、もっと幅広く読まないといけないと思いました。翻訳の講座で、関西出身の人に、「絵本を標準語で訳すのに違和感がある」と言われたことがあるけれど、この作者は和歌山の方。関西人なのに江戸の言葉で書くというのは、本当にこの世界が好きなんだなと思いました。自分の世界があるというのはいいことですね。

アンヌ:江戸言葉は、落語や時代劇、歌舞伎などで、音として残っているから、作りやすかったと思います。

アカシア:ひと昔前はテレビでも時代劇をしょっちゅうやっていたから、この作者の年代だとそういうものを見ていて、なじみがあったのかもしれませんね。それに今、エンタメ界は江戸ブームなので、結構読み慣れているのかもしれません。

ルパン:『妖怪アパート』を読んだことがあるのですが、そのときは児童文学とは思いませんでした。この作品も、エンタメとしてはよくできていると思います。挿絵がないけど、情景が浮かんでくるし。なにか、台本っぽい感じもしますね。短く、ポンポンせりふが進んで、テンポがいいと思いました。スピーディーで、畳み掛けるようで、江戸っ子っぽさが出ています。もったいなかったのは、6歳の子らしくないせりふとか。まあ、エンタメだと思って、リアリティは気にしなかったんですけど。子どもらしくなくて、作者の顔がかいま見えちゃうところが残念でした。

アカシア:雀は、幼いかと思うと老成している部分もあって、キャラとしてちょっと不安定ですね。

ルパン:「子どもは〜」と言っているのは誰なんだろう、とか…ところどころ違和感がありましたね。でも、「妖怪の目から見たら人間が異端」という着想はおもしろいと思いました。

アカシア:いろんな妖怪が登場しますけど、百鬼夜行絵巻とか鳥山石燕の妖怪の絵とか、小松和彦監修の『日本怪異妖怪大事典』(東京堂出版)なんか見ると、もっとおもしろいのがいっぱいありますよね。妖怪ならではのおもしろさのディテールがもっと伝わってくるといいのにな、って思いました。そういう意味では物足りなかった。それから、2巻目では1巻目より前の雀の過去が語られて、それから1巻目が終わった後になるわけですが、どこが境目なのかよくわかりませんでした。また、雀の過去がいったいどういうものなのか、あんまりよくわからない。だから後書きで「雀の成長」って言われても、とってつけたような感じがしました。それと、この作品では雀は現代の人間世界から江戸時代の妖怪世界に移動し、小さい女の子は江戸時代の人間世界から江戸時代の妖怪世界に移動してますけど、この物語の中のきまりごとってどうなってるんでしょうね。もっと後の巻を読むとわかるんでしょうか? 日本語としても「相撲をとったり甲羅干しをしている」(p40)など、気になるところがありました。

(「子どもの本で言いたい放題」2015年9月の記録)