マリンゴ: もしかして『コービーの海』より好きかもしれない!と思いながら、夢中でページをめくって、一気に読了しました。が、しばらくたってみると、意外と後に残らなくて、少し熱が冷めました。戦争はいけない、人種間で争いあってはいけない、という、いいテーマではありますが、そのためにストーリーが終盤やや教訓的すぎる気もしました。潜水艦に助けられるシーンも、意図が透けて見えてしまうというか。

レジーナ:ルーシーは、母親やセリアを助けられず、ひとり生き残ったことに負い目を感じています。今、国際児童図書評議会(IBBY)も、難民の読書支援プロジェクトをいろいろと行っており、別の国に逃れ、ルーシーのように感じている子どもの心を、本や読書で支えようとしています。辛い体験をした子どもが、異なる国に渡り、人との交わりの中で少しずつ立ち直っていく様子は、マイロン・リーボイの『ナオミの秘密』(若林ひとみ訳 岩波書店)を思い出しました。ルーシーの心を開く助けになるのが、馬や音楽です。音楽は、言葉や国を越えるものですが、戦争の中でそうではなくなり、敵国であるドイツの音楽を聴くことも許されなくなります。モリソン牧師の演説の場面は、言葉のイデオロギーを振りかざす怖さを感じました。しかし、そんな厳しい時代にも、心ある人はいて、イギリス人の家族や、ドイツの潜水艦の乗組員、アイルランド人のブレンダン、カナダ人のウォルターのように、国を越え、さまざまな人がルーシーを助けます。モーパーゴは、人という存在、人間のあり方や、その生きる姿を描ける作家ですね。素姓のわからない少女が発見される冒頭から、英国北部に伝わるセルキ―伝説が、物語にからむのかと思ってしまったので、そうではなかったのが少し残念でした。

アカザ:わたしは、もともと「モーパーゴびいき」なのですが、やっぱり3冊のなかではこれがいちばん好きでした。初期のモーパーゴの作品は「なんだかなあ!」と思うようなものが多かったけれど、どんどん上手くなっていますね。ちょっと上手すぎで、できすぎって感じもするけれど……。特に、最後のダメ押し的な部分は、くどい気もしました。それでも、ルーシー、ジム、お医者さんと、いろんな人の目線で書いているのに、ちっとも読みにくくなっていないし、ストーリーもはっきりわかる。翻訳が上手いせいもあるんでしょうね。ルーシーの毛布にヴィルヘルムというドイツの名前が書いてあったのは何故かというミステリーの要素もあって、長い物語なのに一気に読めました。戦時下の暮らしが細かく描かれているのも、興味深かった。

アカザ:盛りだくさんだけれど、それぞれの出来事がうまく絡みあっている。物語がしっかりと構築されているという感じがします。

アンヌ:ものすごくおもしろい本で、読んでいる最中は、もうワクワクして物語にひたっていたのですが、もう一度読み直したい気分にはなりませんでした。推理小説仕立てのせいかもしれません。島での生活をしていく場面はすべて魅力的で、島が霧でホワイトアウトになったり、裸馬に乗って島中を歩きまわったりする様子は魔法の世界のようなのですが、謎が解けた後では二度とその魅力が味わえないような気がしています。思い出すと、セント・へレンズ島の廃墟とか、海に浮かぶグランドピアノの上の少女とか、その向こうに浮かぶ黒々とした潜水艦とか、実に鮮やかに映像が浮かぶ場面が多く、それだけに、作者の頭の中が見えてしまうような気がしてしまい、作者と語り手の違いがとわかると、作り物じみておもしろ味がなくなった気がしました。

パピルス:おもしろく読みました。主人公にとって辛い部分はしっかり辛く描かれていて、幸せな部分は読み手の心が十分満たされるくらい幸せに描かれていまた。そういうストーリー構成が気持ちよかったです。読後感も良く、さわやかな気持ちになりました。あえていえばルーシーのお母さんの描き方に違和感を感じました。戦時中、お父さんにわざわざ会いに行くものでしょうか。あの状況下で娘と二人で。

アカザ:危ない、と言われても、そんなに危なくないと思っていたのでは?

ハリネズミ:私も前に読んでその時はたいへんおもしろかったのですが、後で思い出そうとしたら、かなり忘れてしまっていました。モーパーゴはうますぎて、仕掛けはあるし、謎もあるし、後日談もわかるようになっているし、物語の作り方にもすきがないので、落ち着くところに落ち着くので、読後の満足感も強い。だから、というのも変ですが、妙にひっかかるところがないので、忘れてしまうのかもしれません。本当にうまくできた、いい話です。モーパーゴは、これと同じ時期に『走れ、風のように』(佐藤見果夢訳 評論社)というグレイハウンドを主人公にした本も出て、そっちもとてもおもしろかったです。

(「子どもの本で言いたい放題」2015年10月の記録)