:すごく好きな作家さんなのですが、当たり外れはあるかも。これは久々の新刊なので期待して読んだんですけど…。いろいろ考えたり、まな板に乗せたりする分にはおもしろいという感じでしょうか。翻訳風の装丁といい、イギリス好きの匂いといい、パロディというか、作者の遊びのような本でした。当然、『床下の小人たち』(メアリー・ノートン著 林容吉訳 岩波書店)とか『だれも知らない小さな国』(佐藤さとる著 講談社)とかいろいろ浮かびますね。そういう素地があって生まれた話として海外に紹介してもおもしろいかもしれません。ただ、タガメのこともミルクのことも、いろんな問いかけをしていますが、答えを出さないところがいまどきというか、落ち着いているというか、投げたところで終わっている感じです。

レジーナ:わたしは、海外の児童文学を読んで育ちましたが、そうした翻訳作品に通じる雰囲気で、すらすら読みました。文体も、ネズビットやC・S・ルイスを思わせます。少しまどろっこしい言い回しもあって、子ども向けというより、梨木さんの作品が好きな二十代が読む作品だと思いました。ポリッジが出てくるような、イギリス児童文学の世界で、日本が憧れる、かわいらしい西洋が描かれていますが、実際の西洋とは隔たりがあるのでは……。佐藤さとるさんの『だれも知らない小さな国』と重なり、語り手は男性だと思っていましたが、女性なのでしょうか? 来年のカーネギー賞には、いぬいとみこさんの『木かげの家の小人たち』(福音館書店)がノミネートされています。海外に伝えるとすれば、そうした日本独自のファンタジーの方が良いのではないでしょうか。

アカザ:美しい本で、流れるような文章で、かわいい小動物がいっぱい出てきて、梨木さんファンには、たまらない一冊だと思います。でも、ずっと昔に読んだような……。ムーミンみたいな、『床下のこびとたち』みたいな……。梨木さんの世代の方々には、戦後の優れた翻訳児童文学が、すっかり身体のなかに入りこんで、それこそ血となり肉となっているんでしょうね。でも、わたしはファンタジーでもリアルな物語でも、今の日本の作家が今の日本の子どもに向けて書いた本を読みたい。でも、これって児童文学ではなくって、もともと大人向けの作品として出版したのかも。

ルパン:最初から最後まで、既視感がぬぐえませんでした。はっきりいって、新鮮さがまったくないです。すべてどこかで見たことのある設定・筋立てばかり。まさに私と同世代の人が、好きなように趣味で書いたみたいな作品、というイメージでした。今の子どもたちにとってはおもしろくないでしょうね。欧米文化へのあこがれがありませんから。それと、語り手として登場するこの人間は、いらないと思いました。

ハリネズミ:私はコロボックルより『床下の小人たち』を思い出しました。『床下〜』は冒頭で語り手の男の子が登場するので、それにならったのかもしれませんね。

ルパン:この作品では必要性がないと思うんです。ヤービの世界とかかわっていませんから。それに、随所に教訓を入れようとしていますよね。これも、言い古されたことばかりで新しさがないんです。テーマ自体は古くてもいいと思うんですよ。環境問題とか平和とか、永遠の課題ですから。でも、切り口は新しくしなければならないと思うんです。そうしないとせっかくの教訓が陳腐になってしまいます。

アンヌ:西洋の小人ものプラス佐藤さとるさんの『だれもしらない小さな国』のコロボックルという印象を受けました。冬眠の場面とか、様々な場面にトーベ・ヤンソンのムーミンを、語り手とボートの関係に、アーサ・ランサムの『ツバメ号とアマゾン号』(岩波書店)のシリーズを思い浮かべました。また、「おっそろしく」という言葉にモンゴメリーの『赤毛のアン』の村岡花子訳(新潮社他)を、お隠り谷の白い崖に宮沢賢治のイギリス海岸を思い起こし、それらへのオマージュなのかと思いました。作者が好きな世界をここでおもいきり展開してくのだ、いいなあと、読み手としてより書き手としてうらやましく感じました。けれども、地名が中途半端にカタカナ英語で、まるで外国の小説を翻訳しているような調子で語るのは、なぜだろうと思いました。佐藤さとるさんたちが始めたような、日本の新しいファンタジーを作るというわけではない気がします。小さなミルクキャンディをめぐる、小人ものにお決まりの食べ物場面や、思春期特有の拒食症じみた行動を、パパ・ヤービがさりげなく解決する言葉等は魅力的でした。後半に、環境の変化が物語の中で語られていて、ヤービの世界も変わっていく予感に満ちているのが残念です。もう少し、一つ一つの物語を積み重ねていき、この世界をしっかり作り上げてからでも良かったのではないかなと思います。

パピルス:時間がなくさっとななめ読みした後、他の本に移ってしまいました。すてきな本ですね。装丁も挿絵もフォントもしっくりきます。丁寧につくられているなと感じます。ストーリーは、自分のチャンネルを本の世界に会わせることが出来ず、字面は追っていても、内容が頭に入ってきませんでした。もう一度じっくり読み直します。

マリンゴ:文体も装丁も外国文学っぽいのは、「このまま外国語に翻訳して海外でどれだけ受け入れられるか」ということを考えて、戦略的につくられたためなのかな、と想像しながら読んでいました。ちょっと考えすぎかな? 緻密で素敵な物語だと思いました。ハイ・ファンタジーが苦手なので、語り手のウタドリさんがいてくれるおかげで、入りやすかったです。ただ、読みやすかったか、というとそうではなく、何度も読み返さないと頭に入ってこないシーンもありました。児童文学っぽくないと感じるのは、ミルク売りの仕事ができるのかできないのか、という部分が解決しないまま終わっているせいかと思いました。鳥の描写、虫のディテールなど、さすが説得力があって、魅力的な描写でした。

ハリネズミ:こういう世界をていねいにスケッチしているし、描写がうまいので梨木ファンは喜んで読むでしょうね。どこかで聞いたお話をもう一度読んでいる心地よさがあります。でも淡々と進んでいくので、子どもがおもしろいと思って読むかどうかは疑問です。さっき、慧さんが、いろいろな問題を取り上げているとおっしゃったのですが、ほんとに軽くふれているだけで、作者がそれについて一緒に悩んだり考えたりしているわけではないように思います。イギリスの伝統的な児童文学は、中流階級以上の作家が、中流階級以上の子どもに向けて書いてきたわけです。この本は、その部分のテイストを再現しようとしているように思えます。昔こういう本を読んだ人がなつかしく思って読む本なのかも。イラストがいいので子どもも手に取るとは思いますが、子どもが未来を切り開いていくための本とは思えませんでした。続編があるようなので、この先、もっと広がっていったりもっと焦点がしぼれてきたりするのかもしれませんが。

(「子どもの本で言いたい放題」2015年10月の記録)