『こんとんじいちゃんの裏庭』
村上しいこ/著
小学館
2017.06

版元語録:一緒に暮らす認知症のじいちゃんが、交通事故に遭い意識不明となる。しかも車を運転していた人から損害賠償請求をされてしまった。「絶対におかしい!」と憤る少年は、自分で調べはじめる。真実は見つかるのか? みんなは、何を守っているのか?

コアラ:最初のコンビニの場面で、主人公の見方に全然共感できず、一人称で進んでいくので、物語にずっと共感できないまま、頭の中で批判しながら読んでしまいました。p4に、「急いでいたわけじゃない。別の通路を通ればいいけど、できなかった」とありますが、ただ「できなかった」でなく、もうちょっと何か表現してほしかったと思います。ここで何か表現されていれば、主人公に寄り添えたかもしれないと思いました。少し残念でした。最初の、暴力を振るった場面が宙ぶらりんのまま、加害者である主人公が被害者として行動すること、それと三津矢さんの加害と被害の話もあって、加害と被害は白黒はっきりつけられない部分がある、ということを描いているのかな、と思いました。裏庭に出てきたじいちゃんが何だったのか、明らかにされないまま終わってしまいましたが、何らかの決着をつけてほしかったと思います。実際に事故にあったときに、もし相手から恐喝まがいのことをされたら、こういう方法がありますよ、という知恵を授けてくれる話としてはいいと思いました。 

アンヌ:初めて読んだ時、あまりにも主人公やほかの登場人物の印象が悪い上に、この先もっとひどいことが起きるんだろうなという予感がして読み進めず、しばらく置いてから読みなおしました。読んでみると、不登校に動じない母の強さや、父親が昔は実はワルだったかもしれないという意外な話や、おじいちゃんと出会う裏庭の話、保険屋の北井の豹変ぶりとか、おもしろい要素がたくさん出てきてほっとしました。 

ヨモギ:私も冒頭の場面でぎょっとなって、主人公にいい感じを持てませんでしたが、作者はかなり考えたうえでこうしたんでしょうね。あとは、村上さんらしいテンポの良い文章で、一気に読めました。途中に入ってくるおじいちゃんとイチジクの場面が、快い緩衝材になっていると思います。ジューシーなイチジク、食べてみたい!坪田譲二の短編『ビワの実』を思いだしました。ただ、絵を描くことの魅力が、あまり書かれていないのが残念でした。闇を描くことについて、もう少し掘り下げて書いてあれば、もっと奥行きのある作品になったのでは? あと、保険会社のお兄さんの変わりっぷりが、ちょっと唐突なのでは? 

ハル:みんな、いろんなことを抱えて生きているのだし、いい面もあればわるい悪い面もあるというのはわかるのですが、登場する大人がみんなどこかちょっと変。「上手に生きていくには」とか「生きづらさ」ばかりで、いわゆる正論をいう大人が誰もいないので、私が中学生のときにこの本を読んだら、主人公にも共感できず、とまどってしまいそうです。世の中、良いか悪いかだけじゃない、というのは、その年齢だからこそ、学びたかったではありますが。 

マリンゴ: 非常に問題があって共感を呼びづらい男の子を主人公に据えて、しかも一人称で書いた著者の勇気に感動しました。なかなか書けないものだと思います。共感できないものの、次々と事件が起こり、それに対して主人公がどう反応するのかなと興味をひかれて、どんどん読み進めることができました。暴力、不登校、介護、そして大人の世界の不条理がてんこもりで、読みごたえありました。特にいいと思った文章がいくつかあります。p188「新しい関係、それを物語というんだ。物語のない人生なんてつまらん。」、p191「ここにいると、体臭も、口臭も、涙の臭いまでまったく同じになっちまう」、p244「いいとか悪いとかで判断するのはもうやめなきゃ。みんなそこを超えたところで、もがきながら懸命に生きている」といったところです。もっとも少しだけ違和感もあって、最後に近いところで、美術部の先生に「暗闇」について話すシーン。いくら人の死を経験して成長したといっても、ここまで素直なキャラに変わるかな? 私としては、主人公が暗闇の絵を描いてみせて、先生に「お! おまえの絵、なんか変わったな」と言わせるくらいの歩み寄り方が自然かなと思いました。あと、タイトルに、もう少し小説のなかのヒリヒリ感が出ると、内容がつかみやすいのかな、と。 

さららん:最初の「いらねえよ、こんなもん」で、いったいどんな乱暴な子なのかと、驚きました。強烈な言葉でした。でも読んでいくと、少しずつ心の中が見えてきて、いいところもいっぱいある子だとわかりました。とんがった言葉をときどき使う悠斗という少年の造型に、中学生や高校生の読者は自然に共感できるのか、聞いてみたいところです。「おりこう」な児童文学には出てこない言葉やモチーフが盛りこまれている部分が、逆にこの本の良さ! 大人の本音とか、だまそうとする部分とか、「善悪を決めようとするためにこの仕事をしているわけじゃない」と弁護士に言われることもあり、人間というものの複雑さを見せてくれる作品でした。おじいちゃんの存在は不思議なままです。混沌状態になったおじいちゃんの裏庭に、作家はどんな意味をこめられたのか、もうすこし考えみないと……。 

レジーナ:冒頭の暴力の場面で、この主人公に最後までついていけるか不安になりましたが、とても好きな作品でした。この年代って、なにかの拍子にキレちゃう子っていて、p213に「自分の心の在りかがわからない」とあるように、自分の心をもてあましていて、でも、世界の中に自分を落ちつかせようとしているというか、なんとか自分の立ち位置を見つけようともがいている時期ですよね。自意識も強くて、ひとりよがりの正義をふりかざして突っ走ることもあるし。p201で、空を見て永遠を感じたり、急にむなしくなったり、そういう振れ幅の大きさや感性の鋭さもよく描かれています。そして、そんな主人公のまわりには、三津矢さんのような大人がいて、失敗を許す社会のありかたが描かれているのもとてもいいと思いました。若いときって、「いい人か悪い人か」とか「正義か悪か」という枠組みでしか見られないけど、主人公もだんだん、謝らせれば解決するわけではないと気づきます。そして、保険屋の前で怒りをこらえたり、三津矢さんが父親を看取れるようになんとかしようとしたり、少しずつ成長していきます。成長することの尊さが描かれている作品だと思いました。認知症の描写も、p68「じいちゃんは、認知症になってから、物と一緒に、たくさんの言葉も失った」、p69「じいちゃんの頭の中で、いろんな言葉と映像が重なり合うことなく浮遊している」など、リアリティがありました。 

ネズミ:おもしろく読みました。最初の場面は衝撃的で、私も「え、蹴ってたの?」と二度見しましたが、前の日に美術部でいやなことがあって、むしゃくしゃして突発的に暴力をふるってしまったというのがわかって、なるほどと思いました。こういう中学生っていますよね。一見とんでもない不良みたいだけれど、中学生同士は「あの子あんなことしちゃって」って思いながら、結構その子を理解している気がします。この作品でいいなと思ったのは、たくさんの大人が描かれていることです。村上さんの『うたうとは小さないのちひろいあげ』(講談社)もそうでしたが、この子の父親、母親のいろんなところを描いています。警官もコンビニのおじさんもそう。両親や大人を批判的に見ながらも、一方で愛されたい、認められたいという気持ちもある、この年頃の子の心の揺れをすごくうまく描いているなと思いました。p14の最後の文「母親はぼくの怒りの理由に興味がない」とか、いい先生だと思ったら、劇場型の指導だったと思いこんで荒れるとか、p107の「ねえ、悠君の中には、いいやつと悪いやつの、二通りしかいないのかな」というせりふとか。混沌としていて、善悪の論理も何も超えちゃっているおじいちゃんが、この子を救うキーになるというのも、なるほどなと思いました。 

西山:非常におもしろく読みました。とても新鮮な感じがした。というのは、近年感じのいい子がでてくるYAが多くて、思春期の若者とおばさんが同じ本で心温めてていいのか、と思うこともあったので(作品を通して世代を超えて感動を共有できるのは素敵なことで、児童文学のよさだと思ってはいるのですが)、久しぶりにとんがった子がでてきて新鮮だった。好印象です。また、最近のYAは、部活とかお仕事もので詳細でリアルな情報自体がおもしろさになっている作品が多いと思いますが、事故処理や法律相談は読んだことない。これって、けっこう大事なとこだと思います。子どもに力を与える。本当のことを知りたいというまっすぐな正義感も王道の児童文学という感じで、好感をもちました。それでいて、きれいごとを出していないのが新鮮。公的なところに行ったときに全然受けつけてもらえない、子どもの無力さが書かれていたのもいいし。清水潔の『殺人犯はそこにいる』(新潮社)をたまたま直前に読んでいたので、調査してどんどんわかっていく展開のおもしろさが、ここにもあってちょっとうれしかったです。表紙とタイトルは、私が感じたおもしろさとはイメージが違うなと感じています。 

カピバラ:私がいちばんおもしろいと思ったのは、警察とか保険屋さんとか弁護士とか、中学生が普通なら関わりのない場所にふみこんで調べていくところです。学校、家庭、部活以外の社会を垣間見るのが新しいと思いました。そして事件の真相が少しずつわかっていきます。冒頭の場面は、えっと思ったけど、いい子が主人公の話はおもしろくないですからね。ほほう、そうきたか、と思いました。でも、どうしてこの子はこんなことをしたのか、読んでいくうちにわからないといけないといけないと思うんですが、あまり納得いく説明がなかったと思います。おじいちゃんとのふれあいとか、いいところもあるけど、最後まで腑に落ちなかった。悩みを抱えた主人公が出てくる話って、かならずどこかにいい大人が出てきて助けになったりするんですが、この作品に出てくる大人たちって、両親も含めてどこか嫌な感じだと思いませんか? 三津矢さんにもはリアリティがないですよ。 

ルパン:おもしろく読みました。この本を読んだあと、人を「いい人」と「悪い人」に分けないようにしよう、と思いました。ただ、主人公には最後まで共感できない部分がありました。特に、p192「あなたはもう、死んじゃう人なんだから」と、面と向かって言うのはひどすぎると思いました。こういうせりふを子供が読むことを思うと……。事故については、はっきりと証明できないままで終わり、これが現実ということで、リアリティがあるのかもしれないけど、読後感はすっきりしないものがありました。

ハリネズミ:とてもおもしろかった。主人公のこの年齢の少年が成長していく姿をとてもリアルに描いていると思いました。最初は何事も一面的にしか見ていないのだけれど、人間存在というのは多面的なものだということを段々に理解していく。この年齢の子は嫌なら嫌と思う気持ちも強いし、悠斗も、 三津矢さんや担任のムトユラや、奥谷さんや北井さん、そして自分の両親のことも最初は嫌悪の対象でしかない。でも、様々な側面を見ることによって他者のことも自分のことも客観的に見られるようになっていく。最初の暴力シーンはショッキングですが、あまりにも一面的にしか見ずに自分の気持ちに振り回されてしまう少年の状態をあらわしているのだと思いました。この年齢の子どもは、同調圧力に負けてしまう場合が多いと思うけど、この子はそういうことがないのも、ユニークです。子どもが事件解決に乗り出していく冒険を、ファンタジーではなく飽くまでもリアルに描いているのもおもしろい。わからなかったのは、裏庭のおじいちゃんの存在。最初は悠斗が幻影を見ているのかと思ったのですが、父親が若かったときは同じように暴力的だったという事実を初めて知らされたりもする。かといってファンタジーでもないので、そこをどうとらえればいいのか、よくわかりませんでした。

よもぎ:外国の作品には、裁判所などもけっこう出てきたりしますよね。

ハリネズミ:外国のものだと日本の子どもにはいまひとつリアルにとらえきれないところがあると思うのですが、この作品は現代の日本だし、保険会社、警察、病院、弁護士など、日本の今の社会制度がとてもリアルに出てくる。相当調べて書いたのでしょうね。

しじみ71個分(メール参加):とても共感して読みました。主人公の中学生がコンビニの店員を蹴飛ばすという衝撃的な始まりで、まず少年の持つ毒というか闇に魅かれました。店長にとがめられて、決して悪びれもせず、大人のようなずるい言葉がするする出てくることの違和感のなさを、絆創膏のなじみ方に例えた表現はとても好きです。一方、コンビニの一件から警察が自宅に訪ねてきた間に、認知症のおじいさんが家を出てしまって交通事故に遭う。意識不明に陥ったにもかかわらず、轢いた側から損害賠償請求されるという理不尽な出来事から、大人の嘘やずるさを、子どもであることに傷つきながら、正義感に駆られて追究していくという、少年のアンビバレントな心持ちが描かれていて、思春期の頃の自分を思い出し、「あるある」と思いながら読みました。美術部のトラブルから不登校を始め、友だちや担任の行動の裏を読んで疑ったり、自分の子どもらしい素直さを恥ずかしがったりと、揺れ動く心のさまには多くの思春期にいる当事者の子どもたちにも共感できるところがたくさんあるのではないでしょうか。彼を支えるのが、おじいさんと一緒に庭を手入れしてイチジクを育てた経験だったり、友だちのストレートな友情だったり、というのもとても愛おしいです。少年の思うようには問題は解決もしないし、おじいさんも回復しないですが、きちんとした少年の成長物語だなぁと感銘を受けながら読了しました。

エーデルワイス(メール参加):老人性認知症と、交通事故処理が児童文学で直球で取り上げられたのは極めて珍しいのではと、注目しました。私も認知症の母を抱えていますし、父も数年前に運転中に交通事故を起こし(その後説得して運転免許証を返還)、長女の私が処理をしました。身につまされます。主人公の尾崎悠斗が「僕はどうしたら優しくなれるのか?」と、これまた直球! 村上しいこさんの文は説得力があり読みやすいです。イチジクの生える裏庭に、じいちゃんがときどき姿を現す。好きなシーンです。イチジクはヨーロッパ、中東などの昔話にも登場しますが、特別なくだものだと感じています。

(「子どもの本で言いたい放題」2017年9月の記録)