『マルベリーボーイズ』
ドナ・ジョー・ナポリ/著 相山夏奏/訳
偕成社
2009.11
原題:THE KING OF MULBERRY STREET by Donna Jo Napoli, 2005

版元語録:19世紀末のアメリカ、ニューヨーク最大のスラム街を舞台に、知恵と勇気で未来をきりひらく、ユダヤ人少年の物語。

シア:とてもおもしろく読めました。読書感想文が書きやすそうな本ですね。正統派。最初のうちは『黒い兄弟』(リザ・テツナー著/あすなろ書房)なんかと似たような感じだと思って読んでたんですけど、登場人物一人一人が濃いですね。読んでいて辛いところもありました。事実に即して、というところに興味をもちました。創作でありながらも、歴史の重要なところはおさえているので、すごく迫力のある情景になったのかなと。男の子にも女の子にもいい本ですね。文章力もあるので、あきずに一気に読めました。

セシ:読み始めると、どんどん読まずにはいられず一気に読みました。おもしろかった。革靴というのが、母親の思いや家族の教えを象徴していたり、隣家におすそわけするだとか、きちんとオレンジをつむだとか、人前で服を脱がないだとか、そういうさまざまな習慣も故郷とのつながりを表していて、とてもうまいなと思いました。脇役の使い方もうまく、それぞれの人物とドムがどんなふうに関係を結んでいったかが、心に残りました。最初は1セント渡してお使いを頼むところから、具体的な行為で順々にあらわされていくんですね。匂いも伝わってきそうな町の描き方にもひきつけられました。ただ、時々ちょっとわかりにくく感じるところがありました。船でニューヨークに着くところも、どんなふうにして船を降りたのか、混乱してしまいました。まあ筋がおもしろいので、そっちにつられて先を読んでしまうんですけど。

アカシア:私もとてもおもしろかった。お話の作り方がうまいです。次から次にむずかしい問題が起こっても主人公が誠実に向き合っていくところが、嫌らしくなくさわやかに描かれているのがいいなと。子どもの読者も、主人公に自分を重ね合わせてドキドキできますよね。別の観点からおもしろいなと思ったのは、ユダヤ人がもつ生活信条や価値観です。ドムが小さいときにアウレリオおじさんは「頭をつかって一生懸命働けば、できないことなどない。どんな逆境がまちうけていようと、おれたちはユダヤ人、ナポリ生まれのユダヤ人だ。けっしてくじけることはない」って教えるんですね。それでドムも、最初25セントで買ったサンドイッチを4つに切って、金持ちのいそうな場所に行ってその1つずつを25セントで売って儲ける。次はそのお金を元手にしてもっと儲けるというやりかたで、暮らしを立てていく。そのあたりも、おもしろかったですね。
最初読んだときは、母親はなぜドムを1人でアメリカに行かせたのかなと思ったんですけど、子どもを捨てるというよりも、2人でいても共倒れになるのでせめて息子だけは希望の地に送り出そうとしたんでしょうね。ドムが母親に買ってもらった靴が、1つのシンボルになっていますね。ドムは何度か危機を救ってくれた靴を大事に大事にしていたのですが、最後の場面ではもうきつくなったその靴を小さな子にあげてしまう。そこにドムの成長が象徴的にあらわれていると思いました。

ダンテス:非常に楽しく読みました。マルベリーストリートは、リトルイタリーやチャイナタウンのあたりにあって、住んでいた頃よく行きました。お話としては靴がポイントなんだなと思いました。当時一般的な子どもは裸足で歩いていて、靴をはいているのはいいうちの子なんですね。まわりからある意味良い誤解をしてもらって筋が展開していきます。ユダヤ人の教えが随所に出てきて、ある種プライドの高さ、矜持といったものがあったからこそ生き抜くことが出来たんですね。商売の原則「安く仕入れて高く売る」を地で行って儲けて成長していくというのが、わかりやすくていいです。友だちのティン・パン・アレイでしたっけ、救い出したのに結局パドローネにつかまって殴られて殺されてしまうという展開には驚きました。国を脱出したい人のため、という名目で儲けている悪いやつが今も世界中にいるような気がします。

バリケン:おもしろかったです。『ロジーナの明日』(カレン・クシュマン/著 徳間書店)と同じように、アメリカの子が読んだら、昔この場所でこういうことがあったんだなと、いっそう胸に迫るものがあるのでは……と思いましたが、日本の読者にもじゅうぶんわかるようにていねいに描かれているので、ぜひ薦めたい。死体が捨てられている下水道に修道女に頼まれて物をとりにいく場面のように、腐りかけの果物みたいに爛熟しきったナポリと、一見腐りきっているようでも新しい息吹が感じられるニューヨークの街とを対比しているところも、おもしろかった。最後に登場人物の1人が死んでしまうところはショッキングでしたが、実際にこういうこともあったんでしょうね。たとえば232ページですが、実際の場面(ガエターノとぼくが話している)のなかに、ちょっと前の出来事(ティン・パン・アレイのところに行って、オレンジをいっしょに食べたこと)が挿入されていますよね。そういう箇所は、あれ?と思って前に戻って読み返したりしましたが、こっちの読み方が悪いのかも……。

メリーさん:とてもおもしろく読みました。大きな事件は起こらないのだけれど、骨太な物語だなと思いました。日本だったら、1つのパンを4つに切って商売しようだなんて考えないだろうけれど、そこはアメリカらしいなあと。そしてユダヤというアイデンティティーも出てくる。主人公が、サンドイッチからサラミを取り出すところなどは、根本のところでは譲れない気持ちが伝わってきました。それでも最初は帰りたくてしょうがないのに、主人公はだんだん新しい土地になじんでいきます。そんな中で、靴だけは1セントかけて預けておく。これも、この靴だけは譲れないという、彼の存在証明みたいなものだと思いました。主人公やガエターノ、ティン・パン・アレイも、とにかくみんな生きよう、生きようとしていて、たくましい。だれに教わったわけではないのに、雑草のような前向きのパワーがすごいなと思いました。
とてもいい本なのだけれど、やはり今の子どもには分量があるかなと感じました。そのせいかどうか、束を出さないために紙がすごく薄いのが少し気になりました。

バリケン:日本の今の子どもたちには、こんな風に生き延びるための知恵を働かせる場面はないでしょうけれど、戦後すぐ、戦災孤児がいた時代には、こういう子どもも大勢いたんでしょうね。

プルメリア:すごく勇気づけられる本だなと思いました。まわりの人に支えられながら成長するサクセスストーリー。9歳の少年が生き伸びるのはたいへんです。移民の人々の暮らしだとか、パドローネだとか、アメリカの身分制度や人種の社会性なども出ていて、その時代の様子がよくわかりました。物の値段が、その人の言った値段になるのがアメリカ的だなと思いました。文章にのところどころにことわざが入っていて、それもおもしろかったです。性格がまったく違う3人の少年が寄り添いながら生きて友だちをふやしていく過程には、若い世代が社会を築いていくたくましさを感じました。ドムは、自分の居場所を見つけ、お母さんの気持ちを冷静に考えられるようになっていくんですが、そこからは、新しい世界・アメリカ社会で生きていく知恵を持ち力強く成長した姿が伝わってきます。

アカシア:交渉して値段を決めるのは、アメリカでなくても100年前ならどこでもそうだったんじゃないかしら。今だって、大阪のおばちゃんはデパートに行っても値切るらしいし。

(「子どもの本で言いたい放題」2010年3月の記録)