日付 2008年10月23日
参加者 ハリネズミ、チョコレート、サンシャイン、みっけ、ウグイス
テーマ 設定がユニークなファンタジー

読んだ本:

『水のしろたえ 』
末吉暁子/著  丹地陽子/絵   理論社   2008.06

オビ語録:子守り唄にこめられた真実とは?/父のゆくえは? 母のふるさとは?/自らのルーツを求め 生きる場所を探す少女の半生/「羽衣伝説」を下じきにした 平安朝歴史ロマン


『漂泊の王の伝説 』
ラウラ・ガジェゴ・ガルシア/著 松下直弘/訳   偕成社    2008.03
LA LAYENDA DEL REY ERRATE by Laura Gallego Garcia, 2002
オビ語録:呪われた絨毯を追って、ひとりの男が旅立った。これは、うしなわれた王国の王子であり のちに《漂泊の王》と呼ばれる男の物語である。/スペイン発 世界8カ国で翻訳された異色のファンタジー


『天山の巫女ソニン1:黄金の燕 』
菅野雪虫著   講談社    2006.06

版元語録:生後まもなく、巫女に見こまれた天山につれていかれたソニンは、十二年間の修行の後、素質がないと里に帰される。家族との温かい生活に戻ったのもつかのま、今度は思いがけない役割をになってお城に召されるが…。三つの国を舞台に、運命に翻弄されつつも明るく誠実に生きる、落ちこぼれの巫女ソニンの物語、第一部。新しいファンタジーの誕生!


『水のしろたえ』

末吉暁子/著  丹地陽子/絵
理論社
2008.06

ハリネズミ:きれいな物語で悪くはないと思ったし、羽衣伝説を踏まえたうえで史実を織り込んで書いているのには好感が持てました。でも、ちょっと物足りない。物語の核は、真玉が地上で暮らすのか、水底の国に帰るのかというところだと思いますが、水底の国の魅力が書かれてないし、真玉がそこに惹かれる気持ちも書かれていないんですね。そのせいで、最後に真玉が地上に残る決心をする最後も、今ひとつ迫ってこない。それが残念。真玉と高丘の淡い恋もあるんですけど、それが原因で真玉が地上にとどまるにはまだ弱すぎる。高丘の方はこの間まで真玉を男の子だと思ってるわけだし、その後は仏門に入っちゃうわけでしょ。真玉の父親の伊加富は、エミシの女に命を助けられただけでなく、恋心を抱いていたのかもしれませんね。でないと、自分の命を危険にさらすまでに至る過程がよくわからない。でも、そこも児童文学だから遠慮したのか、書いてないんですね。

チョコレート:題名がおもしろいので興味があり読みました。お父さんは本当は生きてるんじゃないかと期待しましたが、結果は残念ながら亡くなっていました。天皇家の人物が出ていますが、系図があった方が出来事や時代背景がもっとわかっていいなと思いました。映画を見ている感じでさらりと流れ、ちょっと物足りなさを感じました。ギョイは妖怪なのかな? いろいろな場面に出てくるのがおもしろかったです。

サンシャイン:私は絵がダメでした。男としては読むのが恥ずかしい。明らかに女の子の読者を想定して描いたものですね。お父さんの現地での恋が詳しく書いてないので、5年か6年生の女の子向きという想定でしょう。ギョイは狂言回しかな。薬子の乱とか、歴史的な出来事に絡めて書いているところはよく書けていると思いました。

みっけ:読んだのがかなり前なので、かなり忘れてしまいました。たぶん、印象がさらりとしていたからだとも思うんですが……。私もやはり、この絵は苦手です。印象が妙にきれいになる感じで、現実離れしてしまうというか、甘いというか。こういう日本の昔を舞台にしたものを読むときには、匂いや光といったもの、また今のように衛生的でなかった頃のある種汚いところや汗臭さといったものが、今とは違うんだよなあ、という感じで興味深いんだけれど、この本にはそれがあまりなくて、さらにそれをこの絵がつるりとしたものに仕上げている感じがしました。羽衣伝説その後、という感じで書かれているのはわかるんだけれど、なんか最後のところがぐっと迫ってこなかった。主人公の葛藤がイマイチ伝わってこないから、決断も迫ってこない。印象が薄いんですよね。それまでの書き方が淡かったからでしょうかね。残念です。

ウグイス:作者が自分のよく知っている地元の風土や歴史を良く調べて書いていることが感じられ、雰囲気はよく伝わってくると思います。日本の読者にはなじみやすい。確かに物足りないところはあったけれど、最近読んだものの中ではわりにおもしろかった。

ハリネズミ:ひとつ新らしいと思ったのはエミシの描き方。アテルイやモイの側から史実を見る試みがなされるようになったのは最近のことらしいんですけど、児童文学でこんなふうにりっぱな人物として取り上げる試みが新鮮でした。

みっけ:真玉が田村麻呂と出会って、父の死の真相を話すのは、なるほどねえと思いました。でも、そのあとの真玉が号泣しているところで、田村麻呂が「あのときは、わしだとて、腰を抜かして落馬しそうになった。伊加冨殿は、乱心したのだとしか思えなかった。だが、あれからわしも少し大人になった。エミシだろいうが倭人だろうが、人として生きるのに何の違いもない。ようやくそう思えるようになった」と言って、さらにアテルイとモレの除名を嘆願したがかなわなかったと続くところで、「あれから私も少し大人になった」で片付けられてもなあ、という違和感がありましたね。もっと肉付けをしてくれないと、わからないよ、という感じ。

ハリネズミ:この場面で田村麻呂の心情を詳細に書くのは、ストーリーラインから外れるし、史実からも外れちゃうんじゃないかな。田村麻呂は、実際にアテルイとモイの助命嘆願をしたそうですし、この人たちの霊を弔うためにお寺も建てたとは言われていますね。ただね、田村麻呂にしろ薬子にしろ、子どもの真玉に自分の心の奥底にあることをこんなふうに話すかな? それが、ちょっと気になりました。まあ、小学生向きの物語なので、リアリティから離れるのは仕方ないのかもしれませんが。

ウグイス:やっぱりこの表紙の絵では、男の子は読まないよね。

ハリネズミ:男の子の読者は、はじめから対象にしてないつくり方ですよね。

(「子どもの本で言いたい放題」2008年10月の記録)


『漂泊の王の伝説』

ラウラ・ガジェゴ・ガルシア/著 松下直弘/訳
偕成社 
2008.03

サンシャイン:王子の人物像が、最初の印象とずれてきて、あれ、と思いました。書き出しは立派な王子として書いているのに、実はそうではない。詩の優勝者を閉じ込めて意地悪して……という人物像に違和感を覚えました。もちろん後半は経験を積んで立派になるのですが。詩のよしあしは、この文章だけではわからない。まあまあおもしろく読めたともいえます。スペインのファンタジーの一つのパターンがあるのかな、と思いました。

チョコレート:夏休みに読みました。あらすじの先がみえましたが、逆にそこがおもしろかったです。自信満々の詩のコンクールで負けたことが原因で傲慢かつわがままな王子になりますが、いろいろな苦難に遭って成長していく成長物語として私は読みました。身分の高い王子に戻るのではなく、たくましく成長した一人間として話が終わることで、書名『漂泊の王の伝説』がさらに印象的になりました。王子がおこなった過ちに対して登場人物達が話すそれぞれの言葉(勇気づける励ましの言葉)に共感し、はらはらどきどきする場面などでは王子自身になりきってしまいました。この作品を通して砂漠の生活がよくわかり、またじゅうたんや生活の一部として詩がありその詩を朗読するなど日本にはない異国文化をたくさん知ることができてよかったです。

ハリネズミ:ます物語の中に出てくるカスィーダという長詩の構成、詩のコンクールの様子、絨毯を織る様子、ベドウィンの暮らし、都会ダマスカスの様子など、一つ一つがとてもおもしろかった。ストーリー運びもおもしろいですね。さっきワリードの人物像についてサンシャインさんが言ったことは、私も感じました。冒頭にはワリードが「体や顔つきが美しいだけでなく、心も美しかった。あふれでた水の流れのように気前がよく、愛する民をよろこばせるときには、財力をおしみなくつかった。実際、民に対しては、寛大さと公平さをもって接していた。品格と優雅さが感じられる、もうしぶんのない王子であった」って書いてあるし、その後も何度かワリードが完璧な人物だということが繰り返されているのに、ハンマードの詩についてはワリードは最初から「身分の低い男のへたくそなカスィーダ」とけなし、ハンマードを陥れようと画策するんですね。そのあたり、私もちょっと混乱しました。ここは、「りっぱだと思われている」あるいは「りっぱだとうたわれている」という風に訳したほうがよかったのかも。あるいは詩に関してだけは、ワリードは欠点をさらけ出してしまうということなら、そこを訳できっちり出してもらった方がいいかも。でも、そこを差し引いても、物語としてとてもおもしろかった。あと、父王、偉大な詩人アンナービガ、牧人ハサーン、商人ラシードなどがところどころで知恵ある言葉を語るのもいいですね。それが物語の進展の前触れになっているのもうまいな。
ただね、アラビアの人の長い名前はおぼえにくくて、途中でだれがだれだったかわからなくなってしまいそうでした。ちょっとした人物紹介があったらよかったのに。文章は、少しだけわかりにくいところがありました。たとえば25p3行目に「後ろだてに対する賛辞」とあるんですけど、「後ろだて」ってここで初めて出てくるので、何が言いたいか子どもにはわからないんじゃないかな。

みっけ:けっこうおもしろく読みました。プロローグで、突然相手に剣で切られて、走馬燈のように今までの一生が浮かんだ……みたいに始まるので、じゃあ、この人が死ぬまでの話なんだろうか、それもおもしろいなあ、と思って読み始めました。王子の人物像については、すばらしい人なのだけれど、こと詩に関しては、ほとんど狂気に近い執着で相手に無理難題を押しつけていく、というふうに解釈したので、それほど違和感はありませんでした。この王子は基本的に恵まれていて、しかも優秀でいい人で、そのうえ人の期待や考えにわりと敏感にうまく合わせる器用さもあるという感じだったんじゃないかな。逆に言えば、自分の欲望をコントロールしなければならないような決定的な場面にはほとんど直面してこなかった。ところが、詩に関してはこの人の生の欲望が出る。自分が一番ほしいと感じるもの、でも望んでも得られないものを目の前にしたときに、そういう脆弱さが一気に出て、暴走するっていう感じなんだろうなあと。まあ、暴走ぶりがかなりすさまじいわけだけれど。あんまりすさまじいものだから、後悔したときは時すでに遅しで、旅に出ることになる。なるほどなるほど、と読み進んで、主人公が絨毯織りの1人目の息子に出会ったときは、へえ、と意外性がありました。2人目は、ふうん、そう来るんだ、という感じで、こうなれば、3人目にも会うんだろうなあ、と見当がつきましたが、3人の息子それぞれのやっていることが違っていて、そういう3人に出会ったことで、主人公が変わっていく、そのあたりがうまくできていると思いました。3人に出会ったこともだけれど、この王子自体の身の処し方というのもポイントになっているため、ただ成り行きに流されていくのではなく、本人の成長が納得できる展開だと思いました。だから最初に読んだときは、再び盗賊に会って殺されたとしても、本人は満足という終わり方でいいような気がしたんです。ところが、実は死んでいない。あれっと思ったんですが、今またぱらぱらとめくってみたら、漂泊のマリクと呼ばれた実在の詩人をモデルにしたということだから、やっぱり最後に無名の人間として詩のコンテストに勝つというのが必要なんだ、とまあ納得しました。アラブ世界のお話は、あまり読んだことがないので、そういう意味でもおもしろかったです。それに、王子の連れ合いになるザーラという女性の立ち居振る舞いを見ても、砂漠の民、という感じで新鮮でした。

ハリネズミ:プロローグの場面は、あとでもう一度出てくるんですよね。そこにも構成の工夫がありますね。

みっけ:そうなんですよね、286pに出てくるんだけど、そっちは冒頭と同じシーンがずっと語られて最後に、「深い闇の中にしずむ前に、彼は自分の人生をもう一度、生きなおした」とつけ加わっているんですよね。それで私は、ここまでですっかり完結した気分になってしまったんです。それでもいいんじゃないかなあ、死ぬんだとしても、本人は納得しているんだし。

ハリネズミ:ワリード的にはそれでもいいでしょうけど、息子の一人がワリードを殺すことになるのは、やっぱりまずいんじゃない?

サンシャイン:同じスペインの『イスカンダルと伝説の庭園』(ジョアン・マヌエル・ジズベルト著 宇野和美訳 徳間書店)に似てるでしょうか?

ウグイス:あれは建築、こちらは絨毯というものを使って、人間の生き方を表しているというところが似てるのかもね。

みっけ:絨毯に機械とかテレビなんかが出てくるのもおもしろいですよね。本当に未来のことが出てくるのが、へえっと言う感じでした。

ウグイス:私は今回の選書係だったんですけど、今までにない雰囲気のファンタジーということで選びました。この本は、最初の詩のコンクールの場面から珍しくて引き込まれる。詩人の作った詩を読み手が詠唱し、それを耳で聞いて感動するというのがおもしろいわよね。ワリードの良いところを賛美するのも、詩で讃えるということがあるからでしょうね。そして、それほど讃えられた立派な人物であっても、嫉妬心というような自分の中の悪の部分があるのだということを書いているんだと思います。権力を持った人の弱さということもわかる。ファンタジーというと、悪と闘ったり、魔女と対決したりといったものが多いけど、これは自分の内面との戦いを描いているので、他とは一味違うファンタジーといえると思います。寓話的なところもあるし、アラビアの砂漠の物語ということで、ハウフの『隊商』とか、『アラビアンナイト』のような異国情緒も楽しめますよね。

ハリネズミ:ファンタジーの中の善悪の表現の流れからいうと、『ゲド戦記』で自分の中の悪と闘うと要素がせっかく出てきたのに、ハリポタ以来、自分の外に悪がいるというストーリーが氾濫してましたよね。そういう意味でも、この作品は、時代は古くても逆に新鮮な感じがしました。

サインシャイン:『ベラスケスの十字の謎』(エリアセル・カンシーノ/著 宇野和美/訳 徳間書店)も、八割がた現実の話のようにしていて、その中にいくつか現実にはありえないファンタジーの要素が入ってきますよね。そういうのが、スペイン文学の伝統としてあるんでしょうか? イスラム教誕生以前の世界、という設定には興味を惹かれました。ジンという精霊が自分を守ってくれるんですね。

ウグイス:最後にジンが出てくるところが急にファンタジーになるね。

ハリネズミ:ジンと魔法のじゅうたんのところがね。

みっけ:この主人公がどうしてもほしい名誉を3度さらわれるんだけれど、それは絨毯織りが3人の息子に身を立てるための資金を与えたかったからで、そうやって資金をもらった人たちに、あとで王子が出くわすっていうのも、うまくできていますよね。

ハリネズミ:長男は商人として出世してるけど、あとの2人はどうだっけ?

みっけ:末息子の場合は、村を襲った部族が金を盗んでいったんで盗賊になったって146pに書いてありますね。次のお兄さんは、174pに羊の群れを買ったとある。

ハリネズミ:そうだったわね。その後、次男は羊の群れを売ってラクダのつがいを買ったってありますけど、一生使い切れないほどの賞金をもらったはずなのに、ラクダってそんなに高価なのかな?

サンシャイン:盗賊になった人も気持ち的には立派なんですよね。義賊みたいで。

みっけ:盗賊が再び主人公と出会うことになるのも、ジンが呼び寄せるんですよね。わざと会わせる。そのあたりもおもしろい。

ハリネズミ:赤いターバンの人も不思議よね。そこもファンタジー的。

(「子どもの本で言いたい放題」2008年10月の記録)


『天山の巫女ソニン1:黄金の燕』

菅野雪虫著
講談社 
2006.06

チョコレート:表紙と著者名に惹かれて手に取りました。最初からこの本の世界に入り、おもしろくて一気に読みました。その後出会う人ごとにこの作品をお薦めしたことを思い出しました。現在第3巻まで出版されていますが、全部気に入ってます。古代韓国王朝みたいな舞台で展開されるファンタジーで、人間関係、心情、情景などが読み手に大変わかりやすく描かれています。各巻ごとに成長していくソニンと王子の今後が楽しみです。

ハリネズミ:ストーリーが波乱万丈でとてもおもしろいのね。悪人もレンヒとヤンジンが出てくるけど、ただ悪いというだけじゃなくて、ヤンジンはレンヒにたぶらかされたと書いてあるし、レンヒは物心ついてから山に行かされ、15歳で山から下ろされたことで世の中を斜めに見るようになっている。それに、ソニンは家庭に暖かく迎えられたのに比べ、レンヒはそうでなかったという対比も書かれてますよね。悪人にもちゃんといきさつや奥行きを持たせているのは、さすがですね。一つだけ気になったのは、登場人物の言葉づかい。現代文明の産物は登場しないので、異世界であってもちょっと時代が古い。そう思って読んでいると、ソニンが「〜じゃん」なんて言うんで、その異世界が破れちゃう。現代風の口調にするにしても、やりすぎじゃないかな? あと、p35「屋台では〜が売っていました」は日本語として変じゃない?

ウグイス:私はとにかくわかりやすく書かれているのがいいと思いました。ソニンの感じたことが、色とか匂いとか具体的に書かれているし、道端の花や窓から見える雲などの情景も細かく書いてある。物事が起こった順に書かれているので、ストーリーの流れにすんなりついていける。それに一つ一つの章の終わりが、次を読みたいと思わせる書き方で終わっているから、次々にページをめくらせるのよね。この物語の舞台は架空の国なんだけど、日本のようでありながら、設定は古い時代の韓国っぽい。だから顔かたちや服装や家の中を頭の中でどうイメージしていいか、私はよくわからなかった。なんとなく、宮崎アニメの雰囲気がして、「魔女の宅急便」や「千と千尋」の主人公の顔を思い浮かべてしまったわ。アニメにしやすいんじゃないかな。小学校高学年の子にも十分楽しめる物語だと思うけど、装丁が大人向きで、図書館でもYAにはいっているのが残念。でも、そうしないと売れないのかな。3巻まで出ているけど、どんどんおもしろくなってくるの?

みっけ:3巻までコンスタントにおもしろいですよ。ハリネズミさんがおっしゃったように、悪い人もただ悪いというように平板に書かれていないから、おもしろく読めますよね。一番はじめのところで、巫女修行に失敗しました、はい、さよなら、というところから始まるのにも、惹かれました。え、どうなっちゃうんだろうって。その後もいろいろなことが起こって、どうなるんだろう、どうなるんだろう、と、どんどん先が読みたくなる。巫女修行に失敗はしたけれど、なんとなく不思議な力が残っていて、というところもおもしろくて、これをどう使うのかな、と思っていたら、天山にもう1度行って、王子たちの行方を捜す夢見をするでしょう? そしてうまくいくんだけれど、天山での生活に疑問を抱いたとたんに、門は開かなくなってそれっきりになってしまう。この展開も、惜しげがなくていいなあ、ご都合主義じゃないんだな、というふうに納得できて、うまいなあと思いました。この第1巻で、ソニンは隣国のクワン王子をちょっとうさんくさいなあと感じていて、その印象で終わっている。そのクワン王子が、第2巻で違う形で登場するのもおもしろいです。続きはここしばらく出てませんが、まだ続くんでしょうかね?

ハリネズミ:細部まで気を配って、奥行きをもたせて書いていけば、当然時間はかかるでしょうね。1年に1冊のペースなのかも。

みっけ:1巻、2巻、3巻と、ソニン自身も何かを解決して少しずつ変わっていくんですよね。それがそれぞれに違っていて、しかもそういうふうに成長していくということが納得できるようになっていて、そのあたりもいいんですよね。ソニンの天山生活からのリハビリ、地上生活への順応、みたいなところもあって。

サンシャイン:ダライラマは亡くなるとすぐに赤ん坊をつれてきて次に据えるんでしたっけ?

ハリネズミ:生まれ変わりを探すんですよね。ダライラマだけじゃなくて、他の地域にもそういう風習はありますね。

サンシャイン:食べ物がたくさん出てくるとか、カタカナの人物が登場するところとか、上橋菜穂子さんの作品に似ているのでは? 誰が悪いのかがわからないので最後まで引っ張られました。

ハリネズミ:悪いやつはすぐにわかるんじゃない? そうそう、このカットもよかったですね。舞台が韓国とは書いてないけど、なんとなく韓国を思わせる絵よね。邪魔にならないで雰囲気を出していていいですね。

サンシャイン:私は3冊の中ではこれがいちばん楽しかった。

ウグイス:この本なら男の子にも薦められますか?

サンシャイン:どうかなぁ? 薦めるとしても数人ですかね。やはり女の子っぽいし、残念ながら男の子全員に薦められるとは言えないかな。

(「子どもの本で言いたい放題」2008年10月の記録)