いとうみく『アポリア』
『アポリア〜あしたの風』
いとうみく/著 宍戸清孝/写真
童心社
2016.05

『アポリア〜あしたの風』をおすすめします。

2011年の東北大震災に関連する本は、これまでにもいろいろ出ている。この作品も、その系列に入るが、なんと舞台は東京近辺で、時代は近未来に設定されている。

主人公は中2の一弥。ふとしたきっかけから同級生に殺意をいだいた自分が恐ろしく、人間と付き合うことを絶って不登校になり、自分の部屋に閉じこもっている。ある日、突然大地が大きく揺れ、津波が襲ってくる。母子家庭の一弥は、なんとかして母親を助けようとするが、そばを通りかかったタクシー運転手の片桐に腕をつかまれ、無理やり避難させられる。一弥は片桐を恨み、避難先でも最初はだれにも心を開かない。

震災というのは、大きな悲しみや苦しみをもたらす一方で、これまでの社会では出会わなかった年齢も職業も背景も異なる人たちが生身の人間として出会うきっかけにもなりうる。

この作品の縦糸は、そうした出会いを通して少しずつ変わっていく一弥の物語である。子どもとおとなの中間にある中2という年齢だからこその揺れも、うまく描かれている。

また横糸となっているのは、一弥が出会う人々がそれぞれに背負っている物語である。片桐以外にも、一弥の叔父である健介、無理心中を図った祖父と一緒に避難している4歳の草太、自分の欲に負ける一方で他人を偽善者とののしる元看護師の中西、ネコと一緒に助けられた中3の瑠奈などが登場し、それぞれが生身の人間としてぶつかり合いながら、死を目の当たりにしてたじろぎ、いのちについて思いをめぐらせ、やがてそれぞれに生へ向かう道を歩み始める様子が描写されていく。限られたページ数の中で多様な人々それぞれの物語を描ききるのは至難の技だが、一人一人の人間を描こうとした著者の努力によって、骨太の作品として立ち上がっている。

ちなみに「アポリア」とは、ギリシア語で「道がないこと」を意味しているという。

(「トーハン週報」2016年8月8日号掲載)