荻原規子/著
徳間書店
2015.02
版元語録:伊豆に流され命もねらわれている頼朝は、笛の名手、草十郎や舞姫の糸世達の助けをえて、土地神である神竜と対峙し、呪いを断ち切る中で伊豆の地に根を下ろしている。「風神秘抄」続編。
アンヌ:この本を読んで、自分はなんて、頼朝について知らないのだろうと思いました。『風神秘抄』(徳間書店)の続きなのだと知り、そちらも読んでみました。ストーリーとしては、伊東で捕虜生活を送る少年頼朝が、土地神の人身御供になる運命を逃れて、鎌倉幕府を作る青年となっていく、というもので、明るさのある終わり方や、途中で村娘や白拍子に化けて、舞台で鼓を打つ羽目になるところなど、ユーモアのある冒険談はとてもおもしろく読めました。けれども、肝心のファンタジーの仕組みの部分が、もう一つ釈然としませんでした。2匹の龍と、2匹の蛇というこの物語の根底にあるファンタジー要素がうまくかみ合っていない気がします。もう少し、龍の踊りの意味を頼朝自身が言葉にして語ってくれたら、読者もわかりやすいのじゃないでしょうか? 蛇との闘いについても、万寿姫が変化した方と闘うのは、本当は草十郎の仕事なんじゃないか、いいのか頼朝?と、思ってしまったので。『梁塵秘抄』の選び方は、わかりやすくて、うまいと思いました。こういう物語の中で、読者が、少し古典の詩歌に触れて、調べたり、心の片隅に歌が残っていったりするというのは、いいなと思います。
ルパン:古典ファンタジーって、食わず嫌いで今まで読んだことがありませんでしたが、楽しく読めました。ただ、あとがきに行き着くまで、独立した話だと思っていました。終わり方が唐突で、あれ?と思ったのですが、前作を読んだ人にはわかるのでしょうか。単発の話として読むと、なぜ頼朝が主人公なのか、よくわかりませんでした。頼朝って、ダーティなイメージのはずですし。
アンヌ:『風神秘抄』では、頼朝は早々に草十郎とはぐれてしまって、物語の中に出てきませんでした。同じ登場人物が出てくるわりに、こちらの物語では『風神秘抄』の烏の王国のようなファンタジー要素や、はっきりした展開のおもしろさがありませんでした。曖昧模糊とした頼朝の意識のせいでしょうか。
レジーナ:いとうひろしさんの表紙画は、物語の雰囲気によく合っていますね。上下に2本延びた赤い線も、大蛇を表しているようで、センスを感じます。荻原さんは、伊豆という土地や、そこにまつわる歴史をよく調べた上で、矛盾なく丁寧に書いていらっしゃいます。ただ全体的にぼんやりした印象です。闇の中で竜と対峙する場面は物語の中で重要な部分ですが、少し盛り上がりに欠けます。自分のせいで周りの人が不幸になると思っている頼朝は、ぼんやりした性格で、あまり印象的な主人公ではありませんでした。
レン:つくりとして、袖にも「続き」とは書いていませんよね。読者には、わざと言わないようにしているんですね。途中までしか読んでこられませんでしたが、いつもながら端正な文章に魅せられました。
アカシア:作家ってどの方もそうなのかもしれませんけど、書けば書くほど文章がどんどんうまくなっていく気がします。私はじつは、他の人から「期待してたけどイマイチだった」と聞いていたので、逆に期待せずに読みました。なので、とてもおもしろかった。歴史上の人物って、教科書に出てくるだけだと無味乾燥でつまらないんですね。だから、こんなふうに生き生き書いてもらうと、イメージがいろいろ湧いてきていいなって思うんです。義経のほうはいろいろな形で物語になってみんながよく知っているけど、それに比べて頼朝は人間としてつまらないキャラ。それを敢えて取り上げ、しかも資料があまりない伊豆に流されていた頃を、想像力をふくらませながら書いてます。冒頭に登場する頼朝は、肉体的にも精神的にもとてもひ弱ですが、最後には自分を客観視し、意志をはっきりもち、死んだ姉の万寿姫の化身である大蛇とも対峙できるようになっていく。そういう意味ではおもしろい成長物語になっていると思いました。
(「子どもの本で言いたい放題」2015年9月の記録)