マリンゴ:テンポが非常に遅い作品です。250ページの本で、中学校の入学式が100ページあったり、っていう。ストーリーに特別な構造は何もありません。でも、だからこそ、小6、中1の子たちの心境に寄り添った作品になっていると思います。わたしも、中学に入学する前に不安だった記憶があるので、こういう本があれば勇気をもらえたかな、と。ただ、さっき『ネコのミヌース』(アニー・M.G.シュミット著 徳間書店)のところで、この本を小学校中学年の子が読めるのか、という話がありましたが、こちらの『なりたて中学生』も分厚いので、小6の子ならだれでも読めるのか、ちょっと心配。本が苦手な子にこそ読んでもらいたいのですけれど。文章は、関西弁がいい味を出していると思いました。地域性があると物語がよりリアルになりますし、トボけた感じもよく出ていて楽しめました。

ペレソッソ:私は中高一貫校で教えているのですが、中1の担当者に読ませたいと思いました。制服を着ている子たちをすっかり「中学生」として見てしまって、ついこの間までランドセルを背負って、半ズボンを履いていたということを忘れがちな気がするんです。ランドセル離れできない感じとか、小学生気分をひきずっている子どもの内面を大人に伝えてくれる作品だと思います。
ただ、マリンゴさんがおっしゃったように展開が遅いです。読むのに時間がかかりました。主人公のぼやきの一つ一つが大切で、それを楽しめるどうかでこの遅さへの評価も分かれると思います。あと、関西弁が音として聞こえる人とそうでない人とでは読みやすさが違うのかもしれません。勤め先の学校には、中一にぴったりだからということで、図書室に入れてもらいました。生徒にも勧めようと思います。「さすがひこさん」と思ったのは、子どもの身体感覚をしっかり書いているところです。例えば、バスに座るとき、「ランドセルを背負ったままだと、ちょうどよくて気持ちがいい」(10ページ)というような描写は興味深かったです。あと、一人称の作品は、語り手の主人公が賢く、どんどん洗練されている気がするので、『なりたて中学生』では哲夫の等身大のアホぽっさが良かった。中級編も読みたいと思っています。主人公の名前が成田哲夫で「なりたて」は絶妙。おもしろく読みました。

アカシア:学校の名前も土矢(どや)、瀬谷(せや)、南谷(なんや)、御館(おかん)、御屯(おとん)など、ユニークな命名ですよね。

アンヌ:ひこ田中さんは、書評しか読んだことがなくて作品を読んだのは初めてですが、おもしろさがわかりませんでした。校長先生の挨拶や送辞や答辞が、いくらヴィデオを見て書いたという設定であれ、全部で6ヶ所も一言残らず書かれている。退屈な儀式の言葉を延々と読まされて、読者が投げ出さないか気になりました。おもしろさを知りたいと、作者のファンの方のブログや書評も参考にして、もう一度読み直しました。例えば、登場人物のネーミングが絶妙との評があったのですが、やはり、あまりそういうふうには感じられません。ひたすら受け身の主人公の姿もうまく見えてこない。ただ、敵対関係だった隣の小学校出身の後藤君たちと仲直りするのかどうか揺れているというところには、リアリティがあるなと思いました。

ルパン:いつもはアンヌさんと意見が正反対になるのですが、今日はまったくの同感です。おもしろく読めませんでした。気になる部分もたくさんありましたし。たとえば73ページあたりの、突然天井と壁の間のカビをスプレーで取ろうとする場面などです。新築の家に引っ越したはずですよね? 新しく越してきた家に住んでいるのに、使わなくなった小学校の参考書が1年生の分から積み上げてあるのも不自然です。ふつうは引っ越すときに処分しますよね。それに、全体的に理屈っぽいところが鼻について。いかにも大人が書きました、というのが透けて見えるような。灰谷健次郎作品みたい。『天の瞳』(角川文庫)よりはずっとマシですけど。よく書けていると思える部分もありました。主人公が後藤の出方を伺う様子はおもしろかった。でも、やはり全体的にリアリティがないと思います。小学生が、「卒業式って保護者のためじゃん」とか言わないと思うし。ともかくあんまり楽しくなかったので、読むのに時間がかかりました。

ヴィルト:関西弁かつ、学校の仕組みなどが土地柄のせいか私の経験と違うので、異文化を知るような新鮮な感覚で読みました。教室の席順のイラストに名前が入っていく後半からだんだん乗ってきたのと、主人公である成田くんのこれからが気になるので「中級編」も読みたいと思います。成田くんのキャラが頼りなくてかわいらしかったです(「なりたて」が主人公の名前とかけていたり、学校の名前に遊びが入っていたりしたことには気づきませんでした!)。お母さんが入学のしおりを入学式当日に渡したせいで、事前情報がない成田くんが戸惑うところが気になりました。当地では、小学校在学中から同じ中学に進学する予定の小学校と交流して、中学進学後の生活がスムーズに送れるような配慮や、親子向けの中学校ごとの説明会もありました。入学のしおりが1部しか渡されていなければ、コピーするなどして本人に渡してあげればいいのにと思いました。母親目線で読むと気になる点があるものの、対象年齢の人たちには気にならないかもしれません。

パピルス:おもしろかったです。ひこ田中さんの作品は初めて読んだのですが、ひこさんの書評と似ているというか、斜に構えながらもしっかりと本質を捉えているような、ユニークながらも鋭さを感じました。展開の遅さは全く気にならずに、自分の中学時代を回想しながら夢中で読みました。「あのときもっとこうすれば良かった。」とかいろいろ考えちゃいました。そう考えると、主人公の成田くんは冷静すぎるというか、大人の視点が入っているのでしょうね。

アカシア:ひこさんの幼年童話は、おとなの視点だなあと思うところがあったんですけど、この作品はもっと自然でおもしろかった。関西弁もひこさんの文体も、私には合ってるのかもしれません。同じ台詞を標準語で書かれると、単なる饒舌になる場合でも、関西弁だから独特のノリとリズムがあって、おもしろくなる。それに、私の体験では、女の子より男の子のほうが変化に弱い場合が多いと思うので、小学校の参考書をいつまでも持っていたり、ランドセルと別れがたかったりするのも、わかります。お母さんは、ちょっと抜けたところもある人ですが、この子のことを愛しているのは伝わってきます。学校からのお知らせには注意が及ばないかもしれないけど、子どものことはちゃんと見ている。そこもいいな、と思いました。学校の関西弁的命名については、ちょっと悪ノリって気がしないでもないけど、気づかなかった人もいるならいいですよね。
 江國香織さんが好きな人っていますよね。大きな事件は起こらないし展開はゆっくりだけど、毎日の気持ちのひだみたいな描写を読みたい。男子の中にもいるそういう読者にはアピールすると思います。

ルパン:わたしの文庫にも、こういうのが好きそうな小学生の男の子がいます。わたしが好きでないだけ。

アカシア:送辞と答辞を延々と読まされるのはどうか、という意見がさっきありましたが、ここは、子どもたちの日常の会話とはまったく違う文体だし、学校の一面を描いているんですよね。形式的な儀式の退屈さを表現したいんだと思います。

アカザ:ていねいに書いてあるとは思いますが、正直いって退屈でした。以前にわたしが住んでいた地区は、二つの小学校から同じ一つの中学校に進学するので、熾烈な勢力争いがあって大変だという話は聞いたことがありますが、そういう読者にとっては身近でおもしろいのかもしれません。ひこさんの作品は、オモシロサビシイような雰囲気があって、そこが好きなんですけれど、この作品からはそれが感じられませんでした。

(「子どもの本で言いたい放題」2015年12月の記録)