ペレソッソ:アメリカへの憧れがさんざん書かれた果てに、入国審査で髪の毛が無いことで足止めを食うとか、「ロシアの百姓」への恨みに反して、目の前の少年を世話してしまうとか、いろんなものが相対化されていくのがおもしろかったです。「百姓」呼ばわりには、違和感を持ちつつでしたが・・・。でも、そうやって、目の前の隣人に憎悪や差別をすり込むのが国のやり方だったわけですね。

紙魚:同じ時に読んだ『マザーランドの月』(サリー・ガードナー 三辺律子訳 小学館)が散漫な点のような物語だとすれば、これは一直線の物語。主人公の視点が一貫していて、とても読みやすかったです。過酷な場面が続くので、主人公に寄り添って読んでいくのはつらいものの、ところどころで、つぎの一歩を進める力を感じることができたのもよかったです。p62の「手が、リュックの中の、プーシキン詩集にふれた。取り出して、考えてることを書きとめたくなった。トヴァ、この本のページはどんどん埋まっていくよ。こんなに小さい文字で細かく書いてるのに。」で、読むことと書くことが同時にあるのを感じ、胸にせまりました。人がたいへんな思いをしているときに、読むことと、書くことの両方が力になるのを感じました。p85で、シスター・カトリナがリフカに触れるシーンでは、ああ、この一瞬があってよかったと感じました。

アカシア:確かに主人公に寄り添って一直線に読んでいける作品ですね。辛いことはたくさんありますが、ベルギーでの人々との出会いとか、イリヤを助けるところとか、あたたかい部分も出てくるので、心に届きます。今問題になっている難民がテーマなので、そんなことも考えながら読みました。ユダヤ系の作家って、どこかで必ずホロコーストの物語を書きますよね。そのうえこの作者は多文化を体験しているから読ませる作品になる。日本でもホロコーストものはたくさん翻訳されています。でも、それが、今イスラエルがしていることから目をそらさせることにもなっている気がして、私は手放しでいいとは思っていません。でも、この作品はよかった。この本を読んで、今問題になっているシリアなど中東の難民の人たちにも思いを馳せられるようになるといいですね。ユダヤ系の人たちは行った先々で作家になっていたりして声が届きますが、今渦中にあるアラブ系の人たちの声はまだまだ届いてきません。書けるような状態にないので当然のことですけど。

ルパン:私がこの作品のなかで一番好きな場面は、p97〜99、リフカが道に迷って牛乳屋のおじさんに送ってもらうところです。リフカは外国語を覚えるのが得意なのですが、ここでは言葉が通じないまま心が通い合っています。とても心に残るシーンでした。悲しかったのは、髪がないリフカのことを好きだと言ってくれた船員の少年が亡くなってしまうところです。ずっといじわるだったお兄さんがラストで迎えに来るところもよかったです。ただ、物語中ずっとくりかえされているキーワード「シャローム」の意味が、さいごの註にしか出てこないのは残念でした。物語のはじめに意味がわかっていたらもっとよかったののに。私はもちろん知っていましたが、これを読む子どもたちはさいごまでわからないわけですから。

アカシア:註はわざと最後においているんじゃないかな。物語そのものをまず味わってほしいと考えると、途中で注が出てくるのは邪魔になりますからね。その場その場でわからなくて疑問を抱いたまま読んでいっても、ストーリーそのものが強ければ、大丈夫です。最後までいって、ああそういうことか、とわかってもいいと思うんです。物語は勉強ではないので。

カピバラ:作者の前書きに主人公のモデルであるルーシーおばさんが元気に電話に出てくる様子が書かれているので、どんなに過酷な状況にあっても、この子は今でも生きているのだ、死なないんだ、と安心できてよかったです。リフカのその時どきの気持ちがとてもリアルに綴られているので、最初からリフカにぴったり寄り添って読めました。とくにうまいな、と思ったのは、リフカが目で見たことだけでなく、耳から聞こえたこと、鼻でかいだ匂い、体で触れたこと……五感で感じたことを、子どもらしい表現で書いているところです。例えば55ページで、モツィフの人が「ワルシャワ」を「ヴァルシャーヴァー(はー)!」っていうふうに言うから、ワルシャワってきっとすばらしいところなんだと思う、という描写。大人は聞き逃すようなことですが、子どもの感性にはそういうところがひっかかる。そこをうまくとらえていて、リアリティがあると思いました。

シア:こういう本を求めていました! これは、第27回読書感想画中央コンクール中高生の部の指定図書なので、だいぶ前に読みました。今回一番安心して読める1冊でした。優しい表情で手に取りやすい表紙ですね。やはり生徒たちには一番人気がある指定図書でした。用語解説などもついていてわかりやすく、内容も重すぎません。『マザーランドの月』を読んで思いましたが、時代背景がわからないとやはり子どもたちには難しいように感じます。手紙形式なので、生徒たちには『アンネの日記』のハッピーエンド版だと紹介しています。時代のせいもありますが、「ハゲは結婚できない」というくだりが何度もしつこく、ジェンダー論まっしぐらなところは気になりました。生徒たちもその部分を気にしてそれを題材に絵にしている子もいました。しかし、このような歴史があるということもわかりやすいし、主人公もいい子で、イベントの起伏も少女漫画的な盛り上がりでおもしろく、かっちりとまとまった円熟した作品です。つらいシーンは、この本ぐらいのショッキングさが子どもには良いです。頑張るとか、希望を捨てないという意味を良く描けていると思います。ユダヤ人は元々とても勉強する民族ですが、リフカはさらに前向きさと迫力を持って勉強しています。こういうお手本になりそうな子が主人公の本が良いと思う私は、嫌な大人でしょうか? リフカとイリヤのやりとりの場面では、たとえ国同士が争っていても、個人間での敵対の無意味さも表していました。リフカは信じられないほどいい子です。隙があって苦労するけれど、親切で、知的好奇心のある少女は大好きです。YAのラストはハッピーエンドでお願いします!

マリンゴ:非常にまっすぐでひたむきな、冒険小説であり成長小説であると思いました。満足度はとても高かったです。ただ、作者がとても優しい性格の方なのか、冒頭でネタバレしすぎてくれているような気がしました。ルーシーおばさんが生きている、のみならず作者が直接会って、髪の毛を「おだんご」にしているのを見るシーンまであるので、終盤の、髪にまつわるハラハラする場面のときにも、「でもこの後を知っているからな〜」とつい思ってしまいました。

さらら:「この物語が生まれるまで」がとても親切だけど、いっぽうで主人公が生き延びることが最初にわかってしまいますよね。原書でも前書きとして、加えてあるんでしょうか?
ペレソッソ:カットが親切とも思いました。解説的なタイミングで。

レジーナ:紙さえ十分にない逃避行の間、たった1冊持っていたプーシキンの本の余白に、手紙や詩を書く場面には、胸がいっぱいになりました。トヴァへの手紙なのに、p91で、「トヴァの背中が曲がっているから結婚できない」と書いているのが、少し不思議でした。表紙の色合いや題字は、ちょっと古めかしい印象です。とても素敵な作品なので、もう少し、子どもが手に取りやすいデザインの方がいいのでは……。

アカシア:余白に書いていても、実際には手紙として出せないから独白みたいなもんなんじゃないかな。

レン:昨年の秋ごろに読んで、今回また読みましたが、好きな本でした。ところどころに、いいなあと思うすてきな表現があります。ユダヤ人なのにカトリックのお祈りを教えられるところが示唆的でした。自由な国アメリカなのに、髪の毛がないと結婚できないから入国が許されないというのは初めて知って、へえーと思いました。まるで最初から日本語で書かれたお話を読んでいるみたいで、訳文はみごとでした。伊藤さんはどんなふうにお嬢さんと共訳したのかなと思いました。

さらら:アントワープの牛乳屋のおじさんに親切にされたリフカは、そのおじさんと別れるとき、お別れのいえなかったゼブおじさんにお別れをいえた気がする。さりげない一文なんだけど、誰かと、別の誰かがどこかでつながっているように感じられる人生の瞬間を、見事にとらえています。最後のアメリカへの入国審査の場面で、それまでリフカが守っていたロシア人の子どもが、「リフカには詩が書けるんだ!」と言ってくれる。立場が逆転して、その子がリフカを守ってくれたところも嬉しかった。残念だったのは、例えばp99に出てくるアントワープの「キングストリート」という表現。名前のせいで、英語圏にある通りのように感じられます。翻訳の際に、「コーニング通り」(オランダ語でコーニング=キング)とか「王様通り」等に変更する配慮が必要だったかもしれません。また、あとがきに「フラマン語はオランダ語に近い」と出ていますが、フラマン(フレミッシュ、フランドル語とも呼ばれる)はオランダ語と言語的には同じです。関西弁と関東弁程度の違いしかないんです。ともあれリフカの目を通して、19世紀初頭の、人の行き来の要所となった、経済的にも豊かなアントワープを実感することができたのは、予想外の収穫でした。

ペレソッソ:今のお話を聞いて、インド映画『きっとうまくいく』(ラージクマール・ヒラニ監督)を思い出しました。これ、主人公たちがそれぞれに安定した生活を送っている現在から回想で過去のことが描かれるので、何があっても「きっとうまくいく」と安心して見ていられるんです。最初にハッピーエンドになると示しておくことで安心させる、エンタメのひとつのハードルの下げ方かもしれません。

シア:子どもは、本を読む前に最後を知りたがります。だから私は、ハッピーエンドだよ、くらいは教えてあげます。

(「子どもの本で言いたい放題」2016年2月の記録)