『モンスーンの贈りもの』 この地球を生きる子どもたち

原題:MONSOON SUMMER by Mitali Perkins, 2004
ミタリ・パーキンス/著 永瀬比奈/訳
鈴木出版
2016.06

版元語録:「モンスーンの季節の始まりね」ママがいう。「なにそれ?」エリックがたずねた。「雨季よ。わたしたちが帰る八月までつづくの」駅周辺の線路ぞいに並ぶわらぶき屋根にも、雨は降りそそいだ。もじゃもじゃの髪をして、ボロを着た子どもたちが、水たまりで水をはねとばしながら踊っている。

マリンゴ:ついさっき読み終わったばかりなのですが(笑)、全体的にとてもおもしろかったです。「お金」を否定せずに、使い道によっては役立つものなのだ、と提案しているところも、いい視点だなと思いました。ただ、あちこち、細かいところに突っこまずにはいられないというか……。たとえば、ダニタに求婚してきた男性が、あまりにステレオタイプすぎて。こういう、性格が悪くてビジュアルのひどい人だから、断って当然、となるのか。じゃあ、素敵な人だったらどうなるのか、と気になりました。あと、「虫」の扱い方がひどい(笑)。毛虫と1か所書かれているほかは、どんな虫なのか描写がまるでなくて。最初は、いい「小道具」だなと思ったので、拍子抜けしました。毛虫はいつまでも毛虫じゃなくて、数週間でサナギになるはずですしね。少しは描写がほしいと思うのは、やっぱり日本人だからでしょうか。欧米の人は、虫はひとまとめにbugの傾向が強いのかなぁ。

げた:基本的に楽しく読みました。やっぱり、話はハッピーエンドでなくちゃ。主人公の女の子ジャズは15歳の高校1年生なんですよね。大人の世界に踏み込もうとする男女が、お互いの気持ちを確かめ合う様をじれったく思いながら、ドキドキしながら、恋が成就することを願いつつ、楽しく読めました。それと、インドの人々の暮らしぶりも垣間見ることができて、1度行ってみたくなりました。でも、この年じゃ耐えられないかな。昔学生時代に、仲間の1人がインドに行って、大変な思いをしたというのを聞いていますから。人口もあの頃よりさらに増えているし、もっと大変だろうと思います。ジャズのお家で働くことになったダニタはなんとか自立したいと思い、お金をかせぐことを考え、ダニタのアドバイスを求めたんですよね。ダニタの3人姉妹を応援したくなりました。子どもたちに薦めたい本です。やっぱり、アメリカの高校生って、すごいですよね。自分の寄付金で基金まで作っちゃうんですものね。

ハリネズミ:とても楽しく読みました。インドの孤児院が出てきますが、かわいそうという視点がないのがいいな、と思います。それに、血縁ではない家族のありようが、すてきな形で描かれています。サラの養父母が、サラを孤児院に置いて行った生母に対して、「こんな宝物をくれた」として感謝の念を持っているのもいいですね。ダニタが幸せな結婚をしてめでたしではなく、事業を成功させようとするのも現代的。ただ、いくつかのキャラクターがステレオタイプというかマンガ的なのがちょっと気になりました。エンタメだと割り切ればいいのかもしれないですが。スティーブは、スポーツも勉強もできて、ルックスもいいし、ビジネスの才能もあり、礼儀正しくて、まじめ。こんな人、現実にいるんでしょうか? ダニタも出来過ぎですよね。翻訳もちょっとだけ引っかかるところがありました。たとえば、ジャズがスティーブを見て「わたしのおなかはドラムビートに合わせるように、のたうち始めた」(p4)とありますが、恋心をあらわすのにこういう言い方は、私にはあんまりぴんときませんでした。それから、「わたしという、ボディーガードがいなくなった今、ミリアムはきっと行動に出るだろう。とにかく、自分の気持ちをさとられずに、ミリアムがどこまで進んだか、できるだけぜんぶ探らなくちゃ」(p67)とあるんですけど、これだと中年女の確執みたいになる気がして、もう少し軽やかなほうがいいのかな、と思いました。

アンヌ:とても生き生きとして色彩や香りに満ちていて、おもしろい本だったと思います。サルワール・カミーズというインドの普段着の美しさや感触、モンスーンの雨の中のジャスミンの香り、インドの家庭料理を作る場面等は、知らない土地を五感で味わう気分にさせてくれました。よく理解できなかったのが、主人公のママです。特にアメリカでの活動内容について、有名な社会事業家というのは何をする人なのかとか、ママがどう魅力的なのかあまり伝わらない気がしました。それから、スティーブとの恋のまだるっこさがしつこかった。すでに飛行場の場面で両想いなのはわかってしまっているし、スティーブもミュージカルの『オペラ座の怪人』で、いびきをかいて寝ちゃうような人ですしね。

ハリネズミ:でもジャズにとっては、恋敵と行ったミュージカルで寝ちゃうんですから、そこも理想像なんですよ。完ぺきなの。

ルパン:美しさの基準は文化によってちがう、という視点は良いと思いました。が、読み終わってみると、腑に落ちない点が多々あり……。まずは、お母さんのサラ。主人公の言葉で「すばらしい人」と何度も力説されているけれど、何がそんなに魅力的なのか、いまひとつ伝わってきません。ジャズが抱えている最大の問題は、ホームレスのモナの裏切り、というできごとです。ジャズは、母親であるサラをお手本にし、サラのように弱者に手をさしのべようとしたのに失敗するんですよね。それなのに、このお母さんは、ジャズにはまったく手をさしのべていません。ほかの人たちには一生懸命尽くしているのに。そして、ジャズはインドに行って変わるわけですが、インドで友だちに愛されるのは、容姿がいいから、ということになっています。ジャズ自身の魅力や、インドの少女たちとの心の交流ができているわけではなくて。ダニタと出会うことで、ジャズは前向きな気もちにはなりますが、モナのことは何ひとつ解決しないまま物語は終わっています。ジャズは、モナの事件について、自分のなかでどう決着をつけたのでしょう。それが書かれていないので不完全燃焼のようなすわりの悪さを感じます。

ハリネズミ:モナのことは、ほかの人が教えられるようなことではないような気がします。自分で学んでいくしかないんじゃないかな。でもわだかまっていたのが、インドに行って心が自由になり、本来の自信を取り戻していくんですよね。

ルパン:ジャズの中で、モナのことは終わっていないと思うのですが。

ハリネズミ:後に他のホームレスの人たちを雇ったりもしていますよ。

ルパン:ホームレスの人を雇い続けているのはスティーブであって、ジャズ自身の中では何も解決していないと思うんです。

アカザ:モナについては、掘り下げて書いていないですね。そうしなくてもいいと作者が思ったんでしょう。

ハリネズミ:ジャズとしてはその体験も乗り越えることができたと書いてるんじゃないかな。ただ雇ったりするんじゃなくて、ビジネスの元になるお金を寄付して、そのビジネスがうまくいったら、次のビジネスもサポートできるようなシステムを考え出したんだから。人を見る目も出来てきたんじゃないかな。まあ、マンガ風な点があるのは否定しないけど。

アカザ:エンタメというか……。

ルパン:確かに、ダニタのことは助けるわけですが……なんだか「いい子は助ける。助け甲斐がある人は助ける」みたいですっきりしません。モナみたいな人ではないから助ける気になったのでしょうか。モナのような人とは今後どのように向きあっていくつもりなのでしょうか。それに、母親のサラも含め、夏が終わればアメリカに帰るわけですし。「モンスーンの狂気」が「一時的な善意」でなければいいのですけど。

エーデルワイス:主人公のジャスミンとスティーブは幼いころから波長があって、価値観があって、友情を育んで、同じ目的をもってビジネスパートナー。まさしく理想的な恋人。いろんなものが織り交ぜてあって、おもしろく読みました。3か月も家族で夏休みをとって海外へ行くなんて、日本じゃ考えられない。容姿で悩み、女の子は仕草とか、媚びるというのじゃないけど、アメリカの女の子にもあるんですね。主人公は性格的にそれができない。好感がもてます。そして、本当は美しいということにインドに行って気づかされる。

アカザ:エンタメとしては、おもしろく読みました。インドの衣装やダンス、食べ物も魅力的だし。主人公の恋の話も、ハッピーエンドに終わるということが最初からわかっているような書き方だけれど、同年齢の読者にとっては面白いかも。善意のアメリカ人がボランティアをするときって、こんな感じなんだろうなと、読み終わってから思いました。「いいことしちゃった!」感というか。英語に“cold as charity”という言葉がありますが、善意の行動をする側の後ろめたさというか含羞というか、そういうものが感じられないのですが、ないものねだりなのでしょうか。訳者あとがきの、ひとりひとりが誰かのためになることをやっていけば、社会が変わっていく云々という言葉にも、違和感を覚えました。あと、読み始めたときに、なかなかシチュエーションが理解できなかったのですが……。なにか全体にざわざわと落ち着かない感じで文章が流れていくのは、軽い訳と固い訳がまざりあっているせいかしら?

ハリネズミ:ジャズが寄付したお金は孤児院の基金になって、その基金でビジネスを起こした人が利益を挙げてそのお金が返せれば、次の人がビジネスを起こす資金になる、というふうに、うまく考えられています。作家もインド生まれだし、ただ白人がいいことしちゃった、と自己満足するような本とは違うと思います。

レジーナ:ボランティアの難しさや高校生のビジネスなど、興味深いテーマではあるのですが、訳がところどころひっかかってしまって入りこめませんでした。「爪をかむことは、彼をイライラさせることのひとつだ」(p10)、「わたしはパパに過度のストレスがかかっているようすがないか、注意深く見ていた」(p108)等、原文をそのまま訳してる感じで、大急ぎで訳したような……。15歳のちょっと皮肉っぽい視点で書かれているので、エンタメとしておもしろく読む作品なのでしょうが、「『あなたなら、だれでも巻きこんでやる気にさせられるわね』……『自分家族以外はね』ママはため息まじりにつけ加える。わたしに怒った顔を向けながら……あれがあってから、ママは完全にわたしを身放した」(p19)という文章からは、母親が単純でひどい人間のように感じてしまいました。『もういちど家族になる日まで』(スザンヌ・ラフルーア/徳間書店)は読みやすかったのですが。孤児院の院長が集まってきた子どもたちにバナナを配る場面とか、47ページの、妊娠した貧しい女の子の描写は、西欧のステレオタイプに感じられます。インドなどでは、小学生くらいで結婚させられるのが問題になっていますが、この女の子はそこまで幼くないですし、結婚の年齢は文化によって違うので……。

ハリネズミ:バナナを配る場面は、日本のバナナを連想すると違うと思う。バナナの房はもっと大きいのを買い求めて、お金をあたえるんじゃなくて栄養になるものを与えている。そこは、私はなるほどと思いました。さっきも言ったんですけど、国際援助という観点からはほんとに考えられて書かれている。女の子が早くに結婚するのは、国連もやめさせようとしています。女の子が教育を受ける機会を失うと、貧困の連鎖になってしまうからです。

まろん:瑞々しく、五感を刺激されるような文章で、魔法にかかったような読後感がありました。インドの貧しい人も裕福な人も、みんな生き生きと描かれているのがいいですね。私が一番印象に残ったのは、主人公が外見に非常にコンプレックスを持っている点です。周りから見ると気にしすぎにも思えますが、15歳という年齢は必要以上に見た目を気にしてしまう年頃なのかもしれません。私自身も同じように「私なんかがお洒落をしちゃいけない」と思っていた時期があったので、感情移入しながら読んでしまいました。私の場合は友人に「優越感を持つ必要はないけど、劣等感を持たなくてもいいんじゃない」と言われてはっとした経験がありますが、ジャズも外見の劣等感が消えたことが、自分が変わるひとつの大きなスイッチになったのではないでしょうか。

シア:図書館で借りられたのが最近だったので、軽くしか読めませんでした。10代の女の子による恋の思い込みがよく描かれていると思います。それから、貧困による負の力がどれだけ強いものかということも改めて感じました。カースト制度というのは本当に根強いですね。でも、物語ではそれよりスティーブとのことばかりが前面に押し出されている感じでした。もうちょっと現実の悲惨さを掘り下げて欲しかったんですけど。あとは、女の子が自信を取り戻していく姿もよく描かれていました。女性の自立には必要なことなんだと感じます。自立している女性として母親が出てきますが、彼女は養子であるので自分の生みの親を気にしています。養父母から「いっぱいの愛情しか与えられなかった」のは、最高の育てられ方だと思うんですが、それでは何故か不満らしいですね。それで家族でルーツ探しの旅行に行くわけなのですが、これでは養父母の立つ瀬がありません。自分のやりたいことを達成しようとする力を持った人に育ったことは非常にアメリカ的なのですが、行動の理由がはっきりせず、養父母がかわいそうなだけです。主人公は以前、良い行いのつもりでしたことで人に騙されてしまうんですが、良い行いをするには「脇役を務めた方がいい人も」いると諭されてしまいます。そこまで考えなくても良いのではないかなと思います。騙されないようにするのは当然ですが、立場によっては悪い人とわかっていても助けなければならない場面もあります。関わらないようにするのは、解決ではないと思います。また、ダニタとの友情も物語の軸なのですが、これがかなり力関係のある友情で、全く対等になっていません。何かこの力関係がひっくり返るようなイベントでも入れればいいのに、上っ面の友情が延々と続いて終わります。スティーブとの恋愛模様以外、どれも中途半端な印象です。ハリネズミ:養父母との関連は、どんなに満たされている子でも産みの親のことが気になるということは事実としてあるんだと思います。たとえばバーリー・ドハティの『蛇の石 秘密の谷』なんかにも、客観的にはなんの不満もない養親でも産みの親のことが気になる少年が描かれています。いったん会ってしまうと、それで満足して次の段階に行けるんじゃないでしょうか。

(2016年10月の言いたい放題)