ルパン:おもしろく読みました。原題のOld Dog, New Tricksというのを見て、どんなお話なんだろう、と思いました。

しじみ71個分:いいお話だと思いました。でも、訳の問題だと思いますが、主人公のハーヴェイの話し言葉にしばらくの間ひっかかってしまいました。15歳のイギリスの男の子というと、もう少し大人っぽいだろうと想像しますが、ちょっと女の子らしいというか、幼いという印象がぬぐえませんでした。話が進むにつれて、気にならなくなってはきましたが。人種に対する偏見のある老人が、若者との日常のつきあいの中で、事件をはさんで和解に至るというシンプルですが、大人っぽい話だと思いました。くさくてかわいい犬が二人をつなぐ大事な装置になっているというのもうまいと思います。表紙の少年の挿絵もインド人を感じさせないし、サモサが登場する以外は、「善良なるインド人一家」と帯に書いてあるほどインドらしさは登場人物には感じられないのですが、作者自身も既に移民意識が薄くなって、定着している世代ということはないかなと思いました。舞台となる街自体が、移民の方が多数派になっており、旧来の地元住民が少数派になっているということで、逆に老人のミックの方が弱者という、逆転した状況に既になっており、ミックの人種差別的な発言は弱者の強がりといった感じの印象を受けました。ハーヴェイのぞんざいな言葉遣いも、ミックがハーヴェイの話すのを聞けば自然な英語を話していることを認めざるを得ないという点にも表れているように思いました。移民の第一世代が地元住民との間の摩擦を起こす、という段階を過ぎた状況を描いており、そういった意味では新しいと思います。複雑な状況を軽妙にさらっとおもしろく書いている点を大人っぽいと感じました。

よもぎ:以前は差別される側だった移民の人たちと、差別意識を持っていた白人とが、ここでは逆転しているんですね。だから「人種差別主義者」とずばりといっても痛切に響かず、かえってユーモラスな感じになっている。そこは、おもしろいと思いました。ただ、主人公のミックに対するしゃべり方がぞんざいなのが気にかかりました。「おいぼれ」という言葉も。原書のタイトルOld Dog, New Tricksのもとになっている諺のOldにも、「おいぼれ」のような侮蔑的な意味あいは、あまりないんじゃないかな。

さららん:軽いけど、テーマは明確です。すぐに読み終えた作品でした。102pで「心臓がいくらよくなったって、人生が破綻していたら意味ないじゃないか!」と、主人公はいい放ち、ミックの秘密にふみこんで娘さんを探し出します。一線を越える行動ですが、そういうことがあってもいいんじゃないかと私は思いました。だいたい主人公の気持ちに沿ってんでいけましたが・・・ちょっとひっかかるところも。原題のOld Dog, New Tricksという表現が、締めくくりにも使われていますが,「おいぼれ犬が新しい技をおぼえた」という訳は、どうなんでしょう? となりの老人ミックを、「おいぼれ」&「犬」と呼ぶことが気になります。愛情を込めた冗談だとは思うのですが、そう感じさせるためには、日本語にかなり工夫がいるのでは?

レジーナ:『おいぼれミック』というタイトルでは、読者が手に取りづらいのでは? けんかの場面では、主人公の言葉づかいは今どきの15歳っぽくて生き生きしているのですが、30ページの「〜だもの」など、語りになると幼くなりますね。93ページのネルソンの台詞も、「おれ様」なんて言う人は現実にいるのでしょうか?

ネズミ:偏見に満ちた寂しい隣のおじいさんのことを主人公がだんだんと心配するようになって……というストーリーはよかったのです。ですが、最後に手紙を開封するほどミックのことを心配する、そこまでして見たいと思うようになるというところまで、主人公の気持ちが動いていくようすが、物語のなかで今ひとつ迫って感じられなかったのが残念でした。原文の問題か訳文の問題かわかりませんが。犬と音楽の使い方はいいなと思いました。インドからの移民といっても、そのなかで対立もあることが描かれているのもよかったです。手紙を開封するという行動は規範から外れているけれど、戦争のときでも、お上の言うことに唯々諾々と従わなかった人が生き残ったり人を救ったりした例もあるので、こういう逸脱は時に現実にはありうることかと思いながら読みました。だからこそ、そこまで説得力のある盛り上がりがほしかったですが。主人公の口調は全体に年の割に幼い印象でした。

西山:時と場所が限定されている話を翻訳作品からも探さねばとなったとき、翻訳ものって、大抵そうなんじゃないか、と気づきました。日本の作品の中ではいつどこを限定しないように書いている作品の方が多いのに。ちょっと、考えさせられます。この作品は、マイノリティが差別されているわけではない。人種差別主義者のほうがマイノリティ。娘が黒人と結婚したから差別するというのは、ヘイトはちがうから、『セカイの空がみえるまち』とは同じ図式で考えられないと思いました。訳者あとがきで「シク教徒」について詳しく知ることができてよかったです。

マリンゴ:表紙から、ミックは完全に犬だと思い込んでいたので、「人間かよ!」と最初は大きな戸惑いがありました(笑)。みなさんも既におっしゃってますが、主人公が知的な15歳の子のわりに、冒頭でのミックに対する物言いが粗雑すぎると思いました。たとえば14ページの「サモサだよ」ですが、「サモサですよ」だと丁寧すぎるとしても「サモサっすよ」くらいにするなど、翻訳で調整できたのではないかなぁ、と。ミックはわかりやすいキャラだし、驚くような展開ではないけれど、イギリスの移民の実情が伝わってきましたし、時代に取り残されていく人の淋しさや、主人公のいろんな感情が描かれていていいと思いました。なお、版元の方によれば、15歳の子が主人公のYAで、これだけ短い本というのは、通常イギリスではありえないけれど、これはディスレクシアの子を対象としたシリーズのなかの1冊だから、簡潔な文章なのだそうです。

ピラカンサ:原書がディスレクシアの子どもを対象にした本だったら、日本でもそういう出し方の工夫をしてほしかったな。現状ではだれのせりふかすぐにはわからないところもあり、読むのが苦手な子どもには向いていませんね。改行のしかたなど、もっと工夫してほしいです。普通の本としては、ストーリーにご都合主義のところもあり、ちょっと大ざっぱすぎますね。ミックの入院中にハーヴェイたちがミックの家を勝手に片付けていて、テーブルの下の段ボール箱に開封されていない手紙があるのを見つけて断りもなく読んでしまうところなんか、どうなんでしょう? かわいそうなおいぼれだから面倒を見てやらないと、という上から目線に思えます。どうしてもやむをえず、ということであれば、「こういう状況ならやむをえないな」と読者も思えるように訳して(あるいは書いて)ほしかったです。結果オーライだからいいだろう、ではまずいと思います。

さららん:私は物語の主人公と主人公の家族が、インド系だとあまり感じられなかったんです。頭の中で、典型的なイギリス人の男の子をついイメージしてしまい……もしかしたら挿絵があったほうが、よかったのかも。

レジーナ:表紙の少年も白人っぽいですよね。

ピラカンサ:シク教徒はカースト制を否定していて皆平等だという理念をもっていることなど、この本から知ったこともありました。そういう意味では読んでよかったとも言えるのですが、気になったのはミックが単なる弱者で、ハーヴェイたちは同情して上から目線で「かわいそう」と思っているところです。書名からして「おいぼれ」ですから、よけいそう思えてしまいます。対等なつき合い方をしていません。たとえばp104「だって悪いやつじゃないよ。ただのおいぼれ犬だよ」p114「ぼくらがこんなに色々やったのに、相変わらずいやなやつのままだったのか」など気になりました。それからp110には、ジェニーが入院中のミックに会いにいったとき、「父は、私と会うのがこわかったんですって。私に憎まれているとおもっていたから」とありますが、ジェニーは返事がなくてもずっとミックに手紙を書き続けていたわけで、つじつまがあいません。リアリティがないように思いました。

げた:「ついに、おいぼれ犬が新しい技を覚えたぞ」ってのはちょっとひどいと思うな。ミックは人間で犬じゃないんだから。そんな思いを持ってて、本当に仲良くなれるんでしょうか?

さららん:おそらく英語の表現にはユーモアがあったはずだけれど、「老いぼれ犬」という日本語にしたとたん、ユーモアが消えて、差別的なニュアンスが出たんじゃないかしら。

げた:移民といえば、日本ってもっと受け入れた方がいいんじゃないかな。観光客じゃなくって、一緒に日常生活を営む仲間として。そのためにも、子どもたちがいろんな国やその国の人々のことを知るってことが必要だと思う。

コアラ:ミックのほうに感情移入して読みました。それで、くさい犬を飼っていたり散々な描かれ方で、あまりいい気持ちにはなれませんでした。7ページで、ミックが「人種差別ではない」と言っているのに、それを無視するかのように、人種差別主義者のミック、という扱いをするのが残念。移民の問題として、移民をする側の思いと、移民を受け入れられない、でも受け入れざるを得ないという側の思いの両方をすくいとって描いてほしかった。YAに分類されていましたが、装丁も内容ももっと幼い感じがしました。

アンヌ:このレスターという町の様子がうまくイメージできなかったので、同じ作家の『インド式マリッジブルー』(東京創元社)を読みかけています。そちらも舞台はレスターで、通りによって、ここらは90パーセントがアジア人の街で、この通りの反対側はスラム街で高級住宅街とか白人街もある等の説明があったので、たぶんこの本の舞台は、古い家のある街にアジア系の移民が増えていった地区なんだろうなと、見当がつきました。この本では、シク教徒や寺院の場面がおもしろかった。お父さんが「まるで小さなブッダだな」という場面には、非西洋的な理解の仕方を感じて、こういう風に子どもの言うことを受け止めてくれるお父さんがいていいなと思いました。

ルパン:66ページで、目をつぶればみんな同じ(移民もイギリス人も)、と言っていますが、ここはどういう意味なのかな。みな同じ人間だということ? それぞれの文化を尊重しあうべき、という異文化交流的なものがテーマだと思いましたが。そのうえ、文脈的に、ここは英語に訛りがないことを言っているらしいので、イギリス人に同化していることに価値があるようにもとれて、ちょっとひっかかりました。

アンヌ:この子なりに、同じイギリス生まれで同じ口調で喋っているんだよと説得しているのでは?

エーデルワイス(メール参加):原題はOLD DOG, NEW TRICKSで、おいぼれ犬に新しい技を教えてもむだ、というところから来ているのですね。物語は予想どおりの展開で、安心して読みました。シク教徒については、今回初めて、だれもが平等という精神を持っていると知りました。世界中に散らばっているインド人の3分の1がシク教徒だということや、イギリスのレスターは移民の町で、人工の40%がインド・パキスタン系のひとたちだということも。白人の方が押され気味で、そんなところからトランプ大統領のような人も生まれるのかと思いました。

(2017年1月の言いたい放題の会)