ネズミ:私は本当にファンタジーが苦手なので、最初に発言するのが申し訳ないです。時間を止めることがどういう結果をもたらすのかと、最初はおもしろく読みだしたのですが、途中でふたつの話の筋についていけなくなってしまい、最後はどうなってもいいという気分でした。シグルンは結局どうなったのでしょう。感想しか言えずごめんなさい。西山:ふしぎな話ではある。けど、読書感想文を書きやすいと思っちゃいましたよ。テーマがはっきりしている。最後にバタバタと終わるのは、うーんとも思いますが、ま、そういう話かと。スペイン映画『ブランカニエべス(白雪)』を思いだしました。これ、グリムの『白雪姫』を下敷きにしているのですが(白雪が七人の小人と闘牛士になる!)、とんでもなくブラックで残酷(描写がグロテスクというのではなく、展開が皮肉で救いがない)で、この寓話に通じるものを感じました。

マリンゴ:書店に買いに行ったら、児童書コーナーではなくて、一般書コーナーにありました。読んだ感想は……すばらしいと思いました! 自分では、もし同じストーリーを思いついたとしても、書けない物語です。近未来の架空の設定から、過去の架空の設定に飛ぶ――なぜそんな、いびつな構造なのだろう、と思っていると最後に理由が明かされます。架空の設定がふたつあるのに、読み分けしやすいと思いました。過去のほうの物語を寓話風に描いて、描写を少なめにしているため、近未来とうまく差別化ができています。こういう書き分けのできる筆力がすごい、と感じました。

ルパン:なんだかグロテスクな描写が多くて辟易しました。あちこちに教訓めいたというか、思わせぶりなところがたくさん出てくるんですけど、何が言いたいのかさっぱりわからないし。そもそも最愛の妻を亡くした悲しみを世界征服で癒そうとするところから、すでにダメでしょ。可愛い赤ちゃんが生まれたというのに置き去りにして戦争しに行っちゃって。こんなに長い話の結末が、「時間には勝てない」という、子どもでもわかるあたりまえの結論だなんて。正直、どこがいいのかさっぱりわからない作品でした。あ、でも、挿画はすごくいいと思います。

サンザシ:おもしろくは読んだんですが、謎の部分が残ったままになってしまいました。たとえば、なぜ子どもだけがタイムボックスの外に出られるのか? アノリは結局どういう経過を経て最後にまた登場するのか? そういうことは、わからずじまいです。作者は過去と近未来をつなげようとしているのでしょうが、両方ともあり得ない世界なので、今の子どもが自分と重ね合わせて読むことができるのでしょうか? タイムボックスのセールスマンは『モモ』の灰色の男みたいですが、この著者はそういう糸をいっぱいつなぎ合わせて物語を紡ぎ出しているのですね。原文はアイスランド語だそうですが、日本語版は英語版から訳されています。アイスランド語の翻訳者がいなかったということでしょうか。訳者は、著者が英語版にもちゃんと目を通しているからだいじょうぶだというようなことを書いておいでですが、重訳の問題は、書かれている内容に間違いがなければそれでいい、というものじゃないんですね。さっきの石牟礼さんの本じゃないけど、最初に書かれたものには言霊を感じさせるものがあったとしても、訳した段階でそれは減ってしまうので、本当はやっぱりオリジナル言語から訳したほうがいいのだと思います。それと、この作品はやっぱり長いですね。たとえばピーターとスカイラーのエピソードなどは、なくてもいいんじゃないかと思いました。

コアラ:読んだのは2回目でしたが、それでもよくわからなかったです。最初のページで「あの人、経済学者?」「そんなわけないでしょ。経済学者ならスーツを着ているはずよ」とあって、風刺だとは思うけれど、文章の端々にあるそういう表現のほうが気になって、ストーリーに入れませんでした。作者は口承文芸研究家ということで、後半に、口承文芸の昔話風の挿入話があって、「昔、あるところに王女がいました」で始まる話なんですが、そこはいわゆる昔話の型にのっとっていたので、そこだけは読みやすくておもしろかったです。あと、カバーの絵と本文中の挿し絵もかわいらしくてよかったです。

アンヌ:読むのがつらいファンタジーでした。この暗澹たる感じはフィリップ・プルマンの『黄金の羅針盤』(新潮社)から始まる「ライラの冒険」シリーズを読んだとき以来です。出てくる人々が少しも心を通わせない。最初の大前提で、王さまは戦争に動物を使ってはいけないと言われていたはずなのに、全然罰せられないで何十年も闘い続けられているのもおかしいと思いました。

サンザシ:いちばんすごい罰が下ってるんじゃないですか。

アンヌ:でも、その間におびただしい数の動物や人が死んでいきます。えせ魔術師たちの目的も能力も明らかにされないままです。エクセルがとても残酷に殺されていく意味も謎のまま。姫は空腹を感じるのに、なぜ人々が飢えないまま時間を超えられるのか、など説明されない設定が多すぎます。さらに、著者の「日本人読者へのメッセージ」と「訳者あとがき」が両方ともネットでしか読めないというのには驚きました。これは読者に対してあまりに不親切です。

メリーさん:皆さんの感想を聞きながら、いろいろな意見があるんだな…と。タイムトラベルものはいろいろありますが、時間を止める箱というのはおもしろいな、と思いました。しかも、自分の手で愛する人を傷つけてしまったけれど、タイムボックスのおかげで、とりあえずは死なせずにいられるという、その二律背反がユニーク。後半、グレイスの正体が明かされてびっくりしました。個人的には最後の場面「きっとまた会える!」というアノリの姫への手紙が一番好きです。
レジーナ 寓話のような作品なので、描写が残酷だとは思いませんでした。ジョン・ボインの『縞模様のパジャマの少年』(千葉茂樹訳 岩波書店)や、ソーニャ・ハートネットの作品など、戦争や現代のテーマを寓話のように描いた作品はほかにもありますが、寓話には寓話にふさわしい長さがあるので、これは長すぎるのでは……。オブシディアナが父親を恋しく思っていることが描かれていますが、現代の寓話だとすると、こうした感情描写はいらない気もします。グレイスがビデオ映像を見せるのが不自然だったり、急にオブシディアナ姫をまつりあげるようになった理由がわからなかったり、ファンタジーのつくりとして気になりました。p124で、なぜ奇跡が起きたのか、あるいは実際には起きていないのかもしれませんが、なぜみんながそう思いこんでしまったのか、アーチンの意図はなんだったのか、よくわかりませんでした。p196でオブシディアナ姫は目覚めますが、なぜこのタイミングで箱から出すことにしたのでしょう?エーデルワイス(メール参加):アイスランドといえば、火山と温泉の国、トロルの国でもありますね。壮大なファンタジーといっていいと思いますが、著者が口承文芸の研究家で、自然保護活動家と知って納得しました。今に至るまでの歴史にみる人間の愚かさと希望、再生、永遠の愛がテーマですね。一気に読んでしまいましたが、お説教臭いのが残念でした。しじみ71個分(メール参加):読んでびっくりしました。これは本当に子ども向けのお話として書かれたのかなと何度も思いましたが、最後まで読んで、やっぱりそうなんだと思いました。昔話と現代の話がパラレルに進んでいきますが、両方とも怖かったです。自分では絶対に手に取らない類の本だったので、好き嫌いはさておき、いろんな意味でおもしろく読みました。昔話のほうは、小人の首がはねられるところはグリム童話みたいに残酷だし、お姫様は愛されるあまりか、おとなの様々な邪な思い出虐待され誤解され恐れられ憎まれてしまいます。楽しいお話とはいえない。表現は、白雪姫や眠り姫やシンデレラやかぐや姫まで、あらゆるお姫様物語の典型が要所要所に盛り込まれているように思え、そのためお父さんがベッドで子どもに読み聞かせる物語のような印象を受けました。現代のお話の方は、明らかな政治・経済批判だと思って読みました。経済不況を理由に、人々、特に国会議員がすべてを無責任に放り出してタイムボックスから出てこないとか、遠方に苔むす銀行ビルが象徴的に出てくるところも、明らかに銀行・国際金融資本、グローバル経済批判を基調にしていると受け止めました。そういったものが、タイムボックスに人々が逃避したせいで崩壊し、自然が凌駕していくさまは、怖いように思いました。
 余談ですが、アイスランドは、サブプライムローン問題、リーマンショックで経済破綻に陥り、IMFの管理下になるところでしたが、政府の決定に大統領が拒否権を発動し、国民投票も行って介入を否決、イギリス・オランダからの借金を踏み倒し、アイスランドクローナの価値は暴落したものの、そのおかげで観光が増え、経済が持ち直しました。国民が政治にノーを突きつけ、腐敗した既存の政治勢力を否認し、市民活動を基盤として政治参加をしたと聞いています。
 子どもたちがタイムボックスを開けるために奮闘するのは、拝金主義の愚かなおとなにならないように、傍観主義や無責任に陥らないように、いろんなことに関わり合って楽しんで生きろ、という作者のメッセージのようにも思います。時間や老いの中で生きることを選び、最後に愛を獲得した姫と少年は、時間泥棒や拝金主義の大きな流れに抗う市民の力の象徴のようです。子どもたちの成長というよりは、人類全体がタイムボックスから出てこい、というほうが、テーマとして際だっているように思います。
 これも余談ですが、「アイスランド無血革命:鍋とフライパン革命」という映画をご覧になってみてください。Youtubeでも見られます。とてもおもしろいです。民主主義をどうやって作るのかがわかりますし、政治への市民参加、市民活動に希望が持ててくる映画です。この作品はこの映画ととても印象が似ています。

(2017年5月の「子どもの本で言いたい放題」より)