『沈黙のはてに』
アラン・ストラットン/著 さくまゆみこ/訳
あすなろ書房
2006.01
原題:CHANDA'S SECRETS by Allan Stratton, 2004

版元語録:誰にもうちあけることのできない少女の秘密。それは…真実は知りたくなかった。口にするのも恐ろしかった。アフリカのかたすみに生きる、ある家族のものがたり。

小麦:とにかく人物がよく書けていて、ひきこまれました。中でもマ・タファは、「いい人のような悪い人のような」というどっちつかずの造形がリアル。チャンダはマ・タファを終始「見栄っ張りのいやなおばさん」という調子で語るから、読者の私もそう思ってしまいそうなものだけど、なんでだかそうは思えない。マ・タファの、人の好さと口うるささが同居してるような「意地悪で言うんじゃないんだけど」っていう口癖も印象に残ります。一概に彼女を悪人とも善人とも言い切れない何かが文中に漂っていて、妙に気になりました。そんなだったので、ラストでマ・タファの秘密が明かされたときは、すごく腑に落ちました。マ・タファが、善人あるいは悪人のステレオタイプとして描かれていたら、エイズのお母さんを受け入れるシーンも、ありふれた予定調和の感動になってしまって、ここまで響かなかったと思います。マ・タファに限らず、登場人物すべての造形にふくらみがあってリアリティがある。著者が、それぞれの人物を一方向からではなく、多面的に愛情を持って見つめているなと感じました。ただエスターに関しては、もう少し書く余地があったのでは? 両親を失い、兄弟と暮らすために売春をし、挙げ句の果てにお客に顔を傷つけられてしまう。顔を切られるって大変なことです。しかも兄弟とも一緒に暮らせない。そんなやぶれかぶれの状態で、チャンダに今まで貯めてきたお金を貸してあげるかな?
きっと書かれてはいないけど、エスターに関しては、語られなかった物語がまだまだあるんだろうなと私は思います。ショックだったのは、エイズが科学的な治療を必要とする「病気」としてではなく、呪いや災いと同列の禍々しいものとして描かれていたこと。問題に対する無理解やいわれのない偏見が、事態を悪化させる。これってエイズに限らずなんでもそうだけど、チャンダのように、勇気をもってそれを打ち破ることが現状を変えていくと思います。そのためにも、この本は届くべきところに届いてほしい。先進国だけでなく、エイズが身近な恐怖としてすぐそばにある、アフリカやタイの読者にまで渡っていってほしいなと思いました。

紙魚:『炎の謎』は夢見心地な物語でしたが、これは、実際のアフリカをそのままトレースしているような、しっかりとした物語。さっき愁童さんが、『炎の謎』をヨーロッパ的だと言っていて、確かにそういうところがあるかもしれないと思いましたが、『沈黙のはてに』は、ちゃんとアフリカ文法で書かれているように感じられるほど、すべての部分にきちんと具体性がありました。エイズにまつわる様々な問題も、ちゃんと網羅されているのもすごいと思いました。

トチ:最初のところでいきなり、主人公が葬儀社で妹の棺を選ぶところが詳細に描かれていて、これが衝撃的でした。そのまま最後まで一気に読んでしまいました。『炎の謎』と決定的に違うのは、『炎の謎』の作者だったら、主人公が美しいコウノトリに再び出会うという詩的な場面で作品を終わらせると思うのね。でも、ストラットンさんのほうは、エピローグでチャンダとエスターのこれからの道筋を具体的に書いている。ここの部分で、アフリカの子どもたちをなんとかエイズから救いたいという作者の熱い思いを感じました。救援団体のセンターの玄関に白いシーツがかけられ、フェルトペンで寄せ書きが書いてあるというところ、胸がじーんとしました。
それから、事実を具体的にしっかり書いてあるだけでなく、文学としての力も感じました。登場人物がそれぞれくっきり書きわけられている。特に生意気ざかりの妹アイリス。こういう子って、いますよね。原文もこんなふうに格調高く、歯切れよく書かれているんでしょうか?うまいと思いました。それから、小麦さんがおっしゃったことだけど、これは絶対にアフリカ以外の人に向けて書かれているんだと思うけど……

アカシア:アフリカでは、こういう本でみんなに考えてもらうという間接的な方法よりも、とにかく性交渉には注意しろとか、コンドームを配るとか、どうしても直接的・即効的な手段が先だという状態の国が多いんじゃないかな。

小麦:私は、エイズの人が目の前にいるという状況にある人が啓蒙される本なのかと思いました。

アカシア:先進国で感染者が急増しているのって、日本だけってこと知ってました?

トチ:患者も、血液製剤の被害者は別として、隠されているというか見えてこないから、非常に危険な状態だといわれても、実感できないのでは?

愁童:今回の課題作品は非常に対照的だね。『沈黙のはてに』は、チャンダとエスターの関係や母親への気持ちがよく伝わってくる。エイズということを抜きにしても、主人公のチャンダと周囲の人達の人間関係がきちっと書き込まれていて読者の心を揺さぶってくる。特にチャンダとエスターの関係なんか、ぜひ日本の子どもたちに読ませたいですね。この作者は、アフリカの社会にどっぷり入りこんで書いているって感じ。母親の出自とそれによる、実家の人達の冷酷な扱いなんかもきちっと書いているから、それに立ち向かっていくチャンダの母親への思いや必死さが、ストレートに読者に伝わってくる。ところで、アフリカでは、「炭坑労働者」はインモラルと思われているのかしら?

アカシア:南アフリカでは、アパルトヘイトの時期に、炭坑へ単身の男性が出稼ぎに出て、不特定多数の女性と性交渉を持ってエイズが広まったという話もありますね。

愁童:今回の課題本は、両方ともあまりにも設定が似ているので、読んでいてこんがらがっちゃって、読み直したりしたんだけど、作品としての質の差は歴然。チャンダが、隣のマ・タファとけんかする場面なんか、あの子の必死さがすごく伝わってくる。こういう部分は、同じ年代の日本の子どもたちでも、すごく共感するだろうね。『炎の謎』の方は、けんかしても姉のローサとの姉妹ケンカの範囲でしかないけど。それと、『沈黙のはてに』は、後半で近所の子どもが穴に落っこちたけど助かるという挿話が、うまいなと思った。自分の子どもの責任になっちゃうところを、こんな父親でも役にたったという設定にしているところなど、この作者の、自分が創り出した作中人物に寄せる温かさみたいなものを感じて好感を持った。とことんダメな父親として切り捨てないで、ややブラック・ユーモア的な設定かもしれないけど、それなりに子どもを愛してたんだという作者のメッセージが何となく伝わってきてほっとさせられる。

トチ:私もここのところは感動しました。生きているときは本当にどうしようもない人間で、このうえもなく惨めな死に方をしたのに、自らの死体で、幼い子や、自分の娘を救うことになったなんて! 非常に奥深いものを感じました。

:読み始めたときから、チャンダがくっきりと存在感がありました。おせっかいな隣のおばさんマ・タファを鬱陶しく思うところや怒鳴るところなんか、16歳くらいだったら、そうだろうなって思えて気持ちよい。エスターの過酷過ぎる状況も、妹の反抗にしても、納得できます。エイズを抜きにしても、物語として読める。

愁童:こんなに過酷な状況でも、希望を失っていない。エスターを看病するところなんかも、熱いよね。

紙魚:なのに、看病するときは「手袋」をはめて、というようなところもきっちり書いているのは、すごいと思いました。

愁童:医者の免状が単なる製薬会社の営業販売会議への出席証書であることをチャンダが読み取ってしまう所なんかも面白かった。作者の目配りが、こんなところにも行き届いていて、チャンダという少女の存在感に繋げているのは見事だと思う。単なるエイズ告発キャンペーン作品と言うことよりも、主人公のチャンダを、きちんと書き込もうとする作者の姿勢に好感を持ったな。

ハマグリ:この本は、妹のお棺を選ぶという最初のシーンがとても現実感があって、最初から引き込まれました。チャンダが頭がよくて機転がきいて、自分の足を地につけている子だということが冒頭でよくわかる。うまい構成だと思います。この本のいいところは、この人はいばっているから嫌だとかではなくて、人間のいい面も悪い面もひっくるめてとらえようとしているところよね。子どもたちが置かれている深刻な状況には心が痛むし、p183のエスターのせりふ「あたしはエイズにかかるかもしれない。死ぬかもしれない。でも、それがなんなの? 今よりも悪くはならないのよ。」は、衝撃的でしたね。好きなのは、コウノトリが出てくるシーン。p229で「孤独だと、息をするのもつらくなることがある。……地面が私をぱっくりと飲みこんでくれればいいのに!」というところ、事態がどんどん悪い方へ向かっていき、主人公の気持ちが苦しくなるくらい読者に伝わる。そんなときにコウノトリが出てくるのはとても意外だったけど、1羽のコウノトリが、月の光に白いはねをかがやかせて、こっちを見ており、チャンダが思わずコウノトリに話しかける場面は、象徴的で美しく、心に残りました。コウノトリの存在は、ひとつの希望。どうしようもないほどの苦しみの中で、こんな形で希望を暗示する書き方がうまいと思ったの。『沈黙のはてに』という書名からは、暗く重い印象を受けたけど、実際はもっと希望や未来を感じる内容でした。これだけ過酷な状況でも、先生や看護師のように手をさしのべてくれる大人がいるというのもうれしい。

ポロン:この本のキーワードは、「衝撃」と「秘密」だと思いました。冒頭、16歳の少女が一人で妹の葬儀の手配をするのなんて、本当に衝撃的。そんなショッキングなできごとが、歯切れのよい文体で綴られていて、チャンダの緊迫感がびしびしと伝わってくる。それで、まず物語にぐぐっとひきつけられました。そのあとにもまだまだ衝撃! そして、秘密が! 両親がティロの村から出てきた秘密や、エスターが何をしているかとか、エイズのこと、となりのおばさんの秘密などつぎつぎ出てきて、すごーく読ませる。エイズを扱っていながらも、それだけではなくて、物語として読める稀な本。先月読んだ、松谷みよ子さんの『屋根裏部屋の秘密』(偕成社)とはちがって、エイズがでてくる本だと知らないで読んでも、ダマサレタとは思わないと思う。完成度が高い。嫌だったのは、エスターがあまりにもかわいそうなところ。ここまでひどくなくても。本当にかわいそう。

愁童:エスターの面倒を見ているという叔父叔母の家にチャンダがエスターを探しに行き、「今度来たら警察を呼ぶぞ」と言われ「呼べばいいわよ」と激しく言葉を返す場面も、頭に来たこの年頃の女の子がうまく表現されていて好きですね。

ポロン:説得力がありますよね。

アカシア:エスターの存在は、日本にいて読むとひどすぎると思うけど、こういう状況におかれている子って、私たちに見えないだけで世界にはたくさんいるんだと思うんです。だから、著者がつくっているキャラじゃなくて、リアルなキャラだと思うんです。ところで、さっきポロンさんが言った、松谷みよ子さんの本だと「だまされた」と思うのはなぜ? 正義の側から書いているから?

ポロン:うーん……。なぜでしょう? 「物語」があるかどうかのちがいかも。私が読みたいのは「物語」だから。「こういう歴史的事実があったことを教えてさしあげましょう」というふうに描かれていて、もしもそれ以上のものがほかに感じられなかったら、「私は歴史が知りたかったわけじゃなかったのに」となって、ダマサレタと思っちゃう。でも、この本の場合は「エイズのこと、教えてさしあげましょう」という姿勢ではないし、物語はエイズのことだけじゃない。人がちゃんと描かれてる。エイズの話だと知らずに手にとったとしても、楽しめると思う。今回はエイズの話って知っていたから、この2冊を同じには比べられないけど。もし予想外の話だったとしても、読み終えて満足感があれば、ダマサレタとは感じない。そこが大きなちがいだと思う。

(「子どもの本で言いたい放題」2006年3月の記録)