mari777:リアリティがあるなと思いました。前半はぐいぐい読めて。関西弁の小説は苦手なのですが、この作品には抵抗感がありませんでした。阪神タイガースなどステレオタイプかなとも思いましたが、女の子たちも魅力的だなと。ただ、障害をもつ二組の兄弟姉妹という設定が、自分としては今ひとつのれなかった感じです。

愁童:おもしろく読みました。登場人物の体温が感じられるような児童書で好感を持って楽しく読めたですね。商店街の雰囲気や、そこに暮らす大人たちのイメージがちゃんと伝わってきて、作者の書く作品世界が読者の脳裏に確かな存在感で拡がっていく、巧みな作品だと思いました。ただ、ちょっと残念だなと思ったのは、最後の帰宅の描写で主人公が発する「トモ、帰ったぞー」という言葉。作者がそれまで、ていねいに書き込んでいる主人公のトモに対する微妙な思いなどに共感して読んでくると、帰宅の言葉が、こんなオヤジ風なものになるのには、かなり違和感がありましたね。画竜点睛を欠いた感じ。

アカシア:そこは、オヤジみたいなイントネーションじゃなくて、「帰ったぞー」って、張り切ってる感じのイントネーションで読めばいいと思うけどな。

愁童:帰宅の途中に日向と日陰があって、こっちが夏…、こっちが秋というようなところは主人公の少年らしさが見事に表現されていて、とても印象に残りましたね。

アカシア:私もおもしろかったですね。最初はよくわからない謎の部分がたくさんあって、読んでいくうちにだんだんわかってくるっていうつくり方もうまいなと思いました。大阪弁がいっぱい出てくるっていうだけじゃなくて、大阪弁の人たちと和樹のテンポの違いっていうのもちゃんと書いてる。いつも居眠りしてる刀屋のおじいさんとか、紅白の服をいつも着ている夏美の祖父母とか、アニマル柄の服でいつも自転車をぶつけてくるおばちゃんとか、商店街の人たちのさまざまな人間模様も効果的に登場します。霧満茶炉と書いてキリマンジャロと読ませる喫茶店も、いかにもありそう。舞台がちゃんと書けているので、子どもたちの姿も浮かび上がってきます。文章の生きもすごくよかったし、和樹がお兄さんのお守りとお母さんの期待の重圧に耐えかねて切れてしまうところも説得力がある。和樹と夏美の幼い恋愛感情もいいですねえ。夏美の妹の桃花ちゃんと、和樹のおにいちゃんが同じような障碍っていうのは、ちょっとできすぎですが。この作家さんは、『走れ、セナ』のときよりずっとうまくなってますよね。一箇所だけひっかかったのは、233ページ。和樹くんが拓に対して、「ぼくもそうだった。…いらいらする」って、長い説明をしちゃってる。でも気になるところはごくわずかで、どんどん調子よく読めて、とてもおもしろいと思いました。

ジーナ:すごくよかったです。6年生の夏休みに一人で大阪に行かなくてはならないという設定がうまいですね。大阪の子が大阪を舞台にして展開すると、ほかの地方の人には入りづらいだろうけれど、東京から来た主人公という設定で、子どもの目線で見たものをていねいに描いているからすっと入っていけますよね。学習塾に行くんだけど、ただ受験が目標というのではない、いろいろな子どもの姿も見えてくる。ゴーイングもそうだと思いましたが、作者が、いい人はいい人、悪者は悪者と決めつけないところがいいなと思いました。いやな不動産屋の子も、最後に本屋で和樹と出会うシーンで、ちゃんすくいあげている。子どもに向かって書いているなあって。今の日本の作品にしてはめずらしく、大人がしっかり描けているから厚みがあるのかも。和樹はお父さんのことも、発見するんですよね。読むと元気の出る作品だと思いました。

クモッチ:日本児童文学者協会新人賞の賞を取られたときに読みました。『走れ、セナ』のときは、う〜ん?という感想でしたが、この作品は、とてもよかったです。一気に読んでしまいました。昔ながらの商店街を描く児童書ってけっこう多いですよね。でも、「いいよね、こういう昔ながらのところって」で終わらせていないので、印象に残りました。細かい人物描写や、金魚すくいの伝統の一戦の部分など、多面的に描かれているから、印象に残ったのだと思います。障碍者を描くのも、児童書には多いですよね。そのせいか、あ、また?という感じで最初はひいてしまったんですけれど、主人公が抱えていたものや、どう乗り越えていくかがきちんと描かれていたので、最後まで引き込まれて読みました。

愁童:夏美、千夏、桃花の三人姉妹に、すごくリアリティがあるんだよね。三人がうまく書き分けられていて、作者の目配りの確かさに感心しました。タコヤキ屋のおばちゃんが、がんばれよってタコヤキを口に入れてくれるところなんか実にうまいですね。主人公の少年が口の中の熱いタコヤキにへどもどするような雰囲気が文章の背後にきちんと伝わってくるもんね。

アカシア:匂いとか触感とか、ちゃんと書けてるんですよね。

愁童:商店街の雰囲気や、そこに暮らす人たちが的確に描写されているので、こんな本を読んで育っていく子どもたちなら、空気が読めない大人にはならないでしょうね。K・Y人間撲滅推薦図書にしたいくらい。

サンシャイン:私も楽しく読ませてもらいました。いい本と出会ったなと思いました。伏線がうまく書けていて、次へ次へと読ませます。彼女のアタックが唐突で激しいんだけど、嘘くさくなくうまく書けてるかな。障害のあるお兄ちゃんに対する気持ちもいろいろあって、母親の前で爆発しちゃって、ある一定期間よそにいっていて、成長して戻ってくるっていう話。確かに、最後が気になりますね。帰ったところでトモとどうなるかも、もっと書いてあるといいんじゃないですか。

アカシア:いえいえ、そこを書いちゃったら書き過ぎです。読者に先を想像させるからいいんですよ。

愁童:帰る前に、ネコのうんちみたいなかりんとうを送るところがあるでしょ。母親にはネコのうんちなんて言えないけど、トモや父親とはそんなことを話題にしながら一緒にかりんとうを食べたいなって思う描写なんかも、この年頃の男の子らしくてうまいなって思いました。そんなこと考えながら帰って来たんだから、最後の帰宅の第一声に、もうちょっと工夫があると良かったな、なんて思っちゃった。

アカシア:でも、ここで水しぶきがとんでいて、虹をつくろうとしているのがわかりますよね。だから読者も想像できる。こういうところも、うまいと思う。

げた:『走れ、セナ』もそうだったんだけど、人物設定がはっきりしていて、わかりやすい。ということは、ステレオタイプだという感じにもなるんですけどね。豹柄のおばちゃんといい、夏美や千夏の描き方といい、いかにも大阪人という感じですね。和樹が大阪に来ることになった理由は、大阪での和樹の経験や東京で和樹のまわりに起こった出来事が語られていくなかで、だんだん読み進むうちにわかってくるというストーリーの展開のおもしろさがありますね。和樹は、それまでの自分を全く否定されたわけじゃないけど、一夏の経験を通して、一つ壁を乗り越えて、成長したわけですよね。そんな和樹が見られて、とてもすがすがしい気持ちになり、納得できました。

(「子どもの本で言いたい放題」2007年9月の記録)