ジラフ:課題図書を読んだのは久しぶりだったので、自分の子どものころに比べて、ちゃんとおもしろそうな作品が選ばれているんだな、という印象を、まず3冊に共通して持ちました。『建具職人の千太郎』は、江戸後期という時代設定で、「惣領」とか「燠火」といった、すたれつつある日本語や、「仁義」の由来など、言葉がおもしろいと思いました。語り口調が藤沢周平の朗読でも聴いているようで、江戸情緒にひたりながら、気分よく読みました。テーマということでいうと、『ビーバー族のしるし』とも共通しますが、男の子のイニシエーションということになるかと思います。そのなかで、昔の日本人が持っていただろう、分をわきまえるという感覚、自分なりの居場所で、自分の生き方を貫いていく、すがすがしさが描かれている気がして、全体として肯定的に読みました。

酉三:そうか、言葉をおもしろいと。私にとってはそんなに、肯定的に読めませんでした。60過ぎの者が、50歳以上はなれた子どもに与えられたものをどんな目線で読んでいいのか。細部でつまずいたのは、建具職人の棟梁の息子が最初に出てきたときは、出てっちゃったと仕事に真摯じゃないように読める。でも、帰ってきたところは、修行から帰ってきたみたい。このへんは誤読をまねくかな? 子どもに手わたすものとして、これでいいんでしょうか。編集者が見落としたのかな? ほかの2冊と比べると、作品として弱い。なぜ課題図書に選ばれたのか、よくわかりません。じゃあ、この秋次って人の葛藤はなんなんだろうって。

ハマグリ:棟梁の息子はちょっとアクセントになる人物ですからね。もっと掘り下げてほしいなと思いました。よく調べて書いていらっしゃるというのはわかるけど、なんかあんまりおもしろくなかったですね。千太郎の造形がいまいちで共感できず、むしろ姉のおこうのほうが生き生きとしていたと思います。建具屋という狭い世界のなかでも上下関係があり、それぞれの居場所がはっきりと決められているというのはよく書かれていたけれど、建具職人の仕事をもっと詳しく書いてほしかった。こういった手作業は読者の子どもも興味をもつと思うし、ノンフィクションではないけど、職業に対する関心も深まると思うので。

プルメリア:小学校高学年の課題図書で、時代物の作品ですね。読むのが楽しみでした。職人言葉に時代が表れているので、その時代に入っていけます。手に職を持つ職人、農民から専門家が出てきた時代(p13)がよくわかりました。職人が新しい家を建てるとき、古い家を解体しないで水平に引っ張って移築する専門的な技術が書かれているし、また建具職人の道具が挿絵に出ているのもよかった。知らない子どもが多いので、組子についても文だけでなく挿絵があったほうがもっとわかりやすいんじゃないかな。のこぎりは小学校の図工で使いますが、かんなは使わないので、削り方の難しさが読みとれるか、ちょっと心配です。おこうは10(9)歳、建太郎は7歳、手に職をつけさせようと子どもを置き去りにするおこうや千太郎の父親に対して、棟梁の喜右衛門、亀吉の父親留太郎、生麦の名主の関口藤右衛門たちはおだやかで温かい人柄に描かれています。手に職をつけ生きていく時代に奉公する子どもたちの生活や徒弟制度(上下関係)、江戸の食文化や生活様式がわかりやすく書かれていました。しかし、きびしい身分社会の中で生活に苦しんでいただろう農民の暮らしや時代背景が、ややわかりにくいかな、とも思いました。

うさこ:子どもが多く、大人は日々を生きるのに精一杯だった時代に、幼い年齢の子どもが「口べらし」という形で奉公に出されます。今の若い読者は、それだけでもショックを感じるのではないかと思いました。建具や建喜の人々、当時の職人さんの仕事ぶりや子どもたちの境遇などはよく書いてあったと思うし、おもしろかったけど、タイトルに千太郎とつけられているので、この子が主人公の成長物語だろうと思って読んでいくと、なかなか千太郎の姿が見えず、読み始めてから少し悶々としました。よく調べて書いているので感心するところもありますが、この時代のことをあれこれ解説しなければいけない場面も多く、ところどころ文が説明に追われている印象も受けました。この時代の雰囲気、空気感みたいなことはすごくよく伝わってきたし、後半の子どもたちの動きやセリフも生き生きとしてきたのですが、全体的にエピソードが一つ一つ並べられているだけのような印象もぬぐえなくて、そのあたりが残念でした。p154の「弱音をあげる」は「弱音をはく」か「音を上げる」の間違いでしょう。
エーデルワイス:おもしろく読みました。落語が好きなので、「芝浜」や「薮入り」を思い出させるような江戸情緒に溢れる話でした。筆者は、かなり細かく取材なさったようで、まじめに書いていらっしゃると思います。ただ、千太郎が主人公でいいんでしょうか。おねえちゃんもかなり大事ですし。千太郎が話の中心になるのは後の方ですよね。

メリーさん:なぜ、今これを読ませるのかなと思いました。かなり昔の課題図書のような感じがして。ただ、子どもたちの人気の職業に大工があがっているということもあって、選ばれたのかなとも思いました。あとがきを読むと、著者も実際に調べて書かれているようですが、よくある設定で類型的な感じがしてしまいました。建具という特徴がもっと出るといいなと思います。主人公も千太郎か、おこうか、それとも秋次なのか……物語がどれも中途半端な気がしてしまいました。

レン:何カ月か前に、朝のニュース番組で岩崎京子さんがとりあげられて、そこで鶴見に取材に行くようすが映ったり、ご自身の家庭文庫に来る子どもたちを見ていると元気がないのが気になるとおっしゃっていたりしたので、この本が出たとき「これか」と思って読みました。学校に行かず小さな頃から奉公に出ているけれども、とても元気なこの時代の子どもたちを描きたかったのかなと。材木屋の知人の話では、木というのは、木取り一つでもわかるのに何十年もかかるらしいので、建具職人の仕事一つ一つに説明したいことはいくらでもあるのでしょうけれど、この本はあまりごちゃごちゃさせず、小学校中学年・高学年の読者にもわかるようにうまく説明していると思います。どの人物もどこかいいところがあって、悪いところは、みな承知でつきあっている、清濁併せ呑むような懐の広さを感じました。おこうが仁義を切るシーンが私もとても好きでした。確かに千太郎が出てくるまで時間がかかるので、これは千太郎の物語というより、建具や建喜の物語なのかなと思います。

すあま:最初、千太郎が出てこなくて姉のおこうさんから始まったので戸惑いました。主人公が後から出てくるというのは変わってるなと思いました。あの時代はこんな感じだったのかと興味深くは読めるけれど、登場人物一人一人のインパクトが弱い。共感しながら読むことができるほどには、登場人物の心情が深く描かれていないので、物足りない感じ。語り手が少し離れたところからながめているようで、千太郎の成長も実感できず、ちょっと残念でした。

げた:私は子ども向けの歴史物語ってあんまり読まないんですけどね、それなりにおもしろく読めました。作者の岩崎さんはお年なのにすごいな、ってことがいちばん印象に残ったことですね。この作品のために作品の舞台となった地元へも取材に行かれ、十分調べた上で書かれたんですよね。確かに筋だけがさらっと流れていて、人物描写に物足りなさがあるといえばそうですが、登場人物それぞれの成長物語としては十分楽しめると思いますよ。この時代の子どもたちは知識を詰め込むのではないけれど、知恵を蓄えて大人になっていく、いろんな人たちに揉まれながら成長していく、っていうことが当たり前に行われていたんですね。それは今の子どもたちには味わえないところですよね。子どもたちに読んでほしいと思う一冊ですね。

(「子どもの本で言いたい放題」2010年7月の記録)