レジーナ:ダウドは力のある作家ですね。p186で、チャルイドラインに電話する場面で、思わず自分が住んでいた場所を口にしてしまったり、どこかで止めてほしいと願いながら、どうしていいか分からず、自分の本当の気持ちに気づいていないサラスの姿にはリアリティがあります。子どもをよく見て、知っている人の書いた作品ですね。しかし、妥協せずに書いているので、読み手に伝わらない部分があります。p70で、彼女の名前を飛行機で空に描く男の歌を聞いたレイが、「自分の名前が空に描いてあると、想像してごらん」という場面も、よく分かりませんでした。悪い子になろうとするサラスにも、共感しづらく感じました。そうせざるをえなかったんでしょうが、すぐに嘘をついたり、服を盗んだり……。p235に「短くかんだ爪」とありますが、かみ続けた結果、深爪になってしまったということなので、少し不自然な翻訳に感じました。

ルパン:私は、今日の3冊のなかでいちばんよかったです。たしかに最初のところでは感情移入しにくいですが。でも、この子の自分勝手さも感じ悪さも、だんだん絡まった糸がほぐれるように解明していって、親にちゃんと育ててもらわなかったことで傷ついていたこともわかり、親以外の人たちの愛情を得られるプロセスも見えてきて、読ませます。出会った人たちがみんないい人であるところも好感がもてます。菜食主義者のフィルとか。危ないシーンもあるけれど、運良く切り抜けていくし。ラストのp359で、この旅でいろんな人にたくさんのことを教えてもらったと気づくところに好感がもて、感動しました。何かにつけて里親のことを思い出すところも、ふつうの少女らしくてかわいい。レイのことも、「きみの名前が雲になる」と言われたことを何度も思い出しているし。最後はちゃんと里親のところにもどり、読者も安堵感と幸福感を味わえます。『サラス』の今後を想像するのは、『シフト』の続きを考えるよりずっと楽しくてわくわくしました。ウィッグをかぶると別人になるという設定もうまくできています。

アカシア:ホリーは14歳なのに、リアルな現実をまだ受け止められずに母親を理想化しているのが、不思議でした。『ガラスの家族』(キャサリン・パターソン著 岡本浜江訳 偕成社)のギリーも同じような境遇で、突っ張ってます。でも、あっちはまだ11歳で虐待はされてないみたいだから、母親を理想化するのもわかるんですけど。それと、ホリーの内省的な部分がちっとも書かれてないので、最後になって急に内省的になるのがなんだかしっくりこなかったんです。劇画みたいでね。

ルパン:ずっと会っていない母親をどんどん理想化していくのはむしろ自然に思えますが。

アカシア:でも、ホリーの場合は、母親から熱いアイロンを頭に押しつけられるという虐待も受けてる。それなのにここまで理想化できるのかな? ソーシャルワーカーたちも言うだろうし。

ルパン:言われても、受け入れられないんでしょうね、きっと。

(「子どもの本で言いたい放題」2013年5月の記録)