日付 2006年4月27日
参加者 トチ、たんぽぽ、げた、カーコ、ハマグリ、アカシア、アサギ、愁童
テーマ 小さい人が読む本

読んだ本:

『赤い鳥の国へ 』
アストリッド・リンドグレーン/著 マリット・テルンクヴィスト/絵 石井登志子/訳   徳間書店   2005
SUNNANANG by Astrid Lindgren(スウェーデン)
版元語録:ずっとむかし、身よりをなくした小さな兄と妹が、雪の森で、まっ赤な鳥を見つけました。鳥をおいかけて、二人がたどりついたのは、光あふれる春の草原でした…。「子どもの本の女王」リンドグレーンが、貧しい時代の子どもたちを優しいまなざしで見つめた、珠玉の幼年童話。


『真夜中のまほう 』
フィリス・アークル/著 エクルズ・ウィリアムズ/絵 飯田佳奈絵/訳   BL出版   2006
MAGIC AT MIDNIGHT by Phyllis Arkle, 1967(イギリス)
版元語録:村のやどやの看板に描かれたマガモは、真夜中の鐘が鳴ると、看板からぬけだせることを知ります。同じようにまほうを知った看板仲間は、池で泳いだり、音楽会をひらいたりと、すばらしい夜を過ごしますが、やがて村でおこる大事件に巻きこまれ……。クラシカルな雰囲気がただよう楽しい作品。


『ぽけっとくらべ 』
今江祥智/文 和田誠/絵   文研出版   2005

版元語録:何でも入る便利なポケット。動物たちが感心して、つくってみたくなるのもむりはありません。ところが、自慢のポケットはなんだかへんなポケットばかりで、思わず笑みがこぼれます。ポケットの大好きな子どもたちにおくる、たのしくおしゃれな絵本です。


『森のサクランボつみ大会 ハリネズミのプルプル1 』
二宮由紀子/著 あべ弘士/絵   文渓堂   1999

版元語録:ハリネズミが,こんなに“わすれんぼう”だったなんて,知っていましたか?約束を忘れたハリネズミが次々に巻き起こす,愉快なお話。オールカラーの絵童話シリーズ第一弾。


『ウイリアムのこねこ 』
マージョリー・フラック/文・絵 まさきるりこ/訳   新風舎   2004
WILLIAM AND HIS KITTEN by Marjorie Flack(アメリカ)
版元語録:ウイリアムは、迷子のこねこに出会いました。そこで警察署へ届け出ますが、飼い主という人が3人も!一体、誰のねこになるのでしょう。ウイリアムが小さいなりにこねこに愛情をそそぐ様や、小さいからこそ、一生懸命になる姿が言葉や絵で丁寧に表されており、子どもたちはウイリアムになりきって、こねこの行く末を考えるでしょう。


『赤い鳥の国へ』

アストリッド・リンドグレーン/著 マリット・テルンクヴィスト/絵 石井登志子/訳
徳間書店
2005

トチ:今回選書係のたんぽぽさんによると「いつまでも頭から離れない話」ということでしたが、本当にいつまでも心に残る話でした。語り方も絵もさすがにうまいと思ったし、虐げられている子どもたちへの時代を超えた作者の愛情や、怒りも感じました。特に41ページの「ミナミノハラがなかったら……」という台詞など、こんなに悲しい言葉があっていいの?とまで思いました。『マッチ売りの少女』の世界だわね。ただ、訳者の後書きに「(この物語は)悲しいまま終わっていません」とあったけれど、「??」と思ってしまった。日本の子どもたちは、この物語は死で終わっていると理解するでしょうし、キリスト教の世界ではいざ知らず、日本の読者にとっては「死=悲しいこと」のでは? たとえ天国に行けたって早死にしちゃいけない、そう考えるほうが「まっとうな」気がするんだけど。

たんぽぽ:悲しすぎて、自分の学校の図書館には置いていません。絵本でも、文字量が多いと子どもは手にとりにくいのだけれど、このように幼年読み物にすると、子どもが手にとれるかなとは思いました。

げた:扉を閉めることで兄弟は天国に行ってしまったという、悲しい結末。悲しいから、私の区では全館には置かなかった。絵もいいし、子どもの心に入ってくると思うが。せっかく学校に行ったのに、ひどい目にあうし。

カーコ:何度も何度も同じ言葉でたたみかけられて、イメージが心に焼きついてくるようでした。最初の灰色の世界と、赤い鳥の対比のあざやかさが見事でした。個人的には、『エーミルと小さなイーダ』(さんぺいけいこ訳 岩波書店)のような明るい作品のほうが好きですが。

ハマグリ:リンドグレンの中では、悲しいお話なんだけれど、子どもはたまに悲しーいお話を読みたいと思うときがありますよね。貧しくて、みなしご……それだけで、子どもをひきつける。リンドグレンの作品集(岩波書店)の中でも、とくに『小さいきょうだい』や『ミオよわたしのミオ』が好きだという子どもも時々いるんですよ。赤い鳥の国とは、キリスト教でいう天国を表していて、現世では救われないんだけれど、最後に救いがあるということでしょうか。『小さいきょうだい』には全部で4話の短編がはいっていますが、その中の1編をこのような形で1冊の本として出してくれると、読みやすいし、読者が広がるのがいいですね。岩波版の訳者大塚勇三の独特の口調は捨てがたいですが、石井登志子訳はくせがなく平易だと思いました。挿絵画家も違い、こちらは、村の中でも森の中でも、兄弟の姿をことさら小さく描いていて、読者が心を寄せざるをえないんですね。前後の見返しの絵もいい。

アカシア:新しい作品だと思って読み始めて、途中から「ああ、これは『小さいきょうだい』で読んだ話だな」と思い出しました。リンドグレンは多才な作家ですよね。楽しい作品もあれば、悲しい作品もあるし、子どもの日常を描いた作品もあれば、ファンタジーもある。年齢対象もいろいろです。扉を閉めるというのは、自殺することなんでしょうか? リンドグレンは、本当に辛いとき、そういう道を選ぶことも認めているんでしょうか?

アサギ:私は悲しいお話はあまり好きじゃないけど、悲しい話を読みたいというのは、確かにあるわよね。

トチ:読者である自分を安全なところに置いたままカタルシスを味わうというのは、ちょっと後ろめたい気がするけどね。特に子どもの本の場合は。

アサギ:最後に死んでしまうのだから、悲しくてやっぱりわたしはだめ。『人魚姫』(アンデルセン作)とか『フランダースの犬』(ウィーダ作)とか、子どものときは読んでいたけど。これはたぶん年齢とも関係あると思うんだけど、だんだん悲しいものは辛くなってきた。

トチ:わたしはハマグリさんの意見と同じで、こういう本があってもいいんじゃないと思うけど。

アカシア:子どもの読者は、最後死んだとは思わないんじゃない?

トチ:いや、子どもはもっと読書力があると思う。

アカシア:そうじゃなくて、今の子はファンタジーも読んでいるから、アナザーワールドに行ったと思うかも。リンドグレンは、天国を信じているんでしょうから、現世では辛い体験しかあたえられない子どもたちに、ここで救いを与えているのだと思いますね。

愁童:僕はこれを読んで、これまであったリンドグレーンへの好感度を自分の中から削除しちゃった。悲しいお話が好きな子は確かにいるけど、何かこの作品、そんな読者を意識したショーバイ・ショーバイって感じがして好きになれない。こんな本読んで育つから、練炭持っていって一緒に死のうみたいな若者にが増えるんじゃないの? せめて、『青い鳥』(メーテルリンク)じゃないけど、どこかに青い鳥がいるから自分でさがしに行ってごらん程度のメッセージがあってもいいんじゃないかな。苦しかったら死んじゃいな、みたいなことを、自分は安全な所にいる大人から言われたんじゃ、子どもはたまらないぜ!

トチ:たしかに作者は善意で書いているし、こういう子どもたちへの愛情や大人たちへの怒りも感じるけれど、愁童さんに言われてみると、これは愛情ではなく哀れみなのかも、って気もしてきたわ。

げた:子どもに向けて、手渡すのに抵抗を感じたのは、これでは子どもが救われない、悲惨すぎると思ったからなんです。

アカシア:でも、物語の舞台は今の日本じゃないですよね。日本にいると見えないけど、今だってこの子たちみたいな子はいっぱいいる。その子たちに向かって、「おまえたち死んじゃだめだ」っていうだけで、現実には何もしなかったら、もっと救いがないのでは?
(このあと、リンドグレーンの姿勢について熱い議論が続く)

(「子どもの本で言いたい放題」2006年4月の記録)


『真夜中のまほう』

フィリス・アークル/著 エクルズ・ウィリアムズ/絵 飯田佳奈絵/訳
BL出版
2006

アサギ:看板から動物が飛び出すという発想がおもしろかった。でも翻訳はところどころ安易で(おそらく年寄りで知恵のあることになっているふくろうが、「わしは・・・じゃ」とするなど)、気になりました。話を聞いてもらえない男の子ダンを通して、さりげなく大人への皮肉もこめられていますね。ファンタジーの中には、最初はおもしろくても落としどころが悪いのもあるけど、これはすとんと自然に終わっていていいと思います。

アカシア:お話の運びはおもしろかったのですが、文章は気になるところがいっぱいありました。13ページにはマガモが「バチャバチャと手足を動かして」とあります。四本足の動物なら前足を手ということもあるけど、カモは足が2本しかないから表現として変ですね。14ページ「さかなが頭をポンッと」だけど51ページは「魚がポンと頭を」になってる。読みにくいけど小さいツを入れるなら入れるで統一してほしいです。「ミッドナイト・イン・サイン・クラブ」は、日本語のおもしろい表現にしたほうがよかったと思います。50ページの「マガモは、今回、なにが待ちかまえているのか、なんとなく思うふしがありましたが、」も日本語として変ですね。28ページの「ショートさんは、その日、看板をみようともしませんでした。ですから、マガモが教会のある西の方角ではなく、古い救貧院がある東の方角を向いていることには、だれも気づくことはありませんでした」も、看板は宿の主人が自分の看板を見るよりも通りがかりの人や旅人が見るほうが多いと普通は思うので、何が「ですから」だかわかりません。それから、これは原文もそうなのでしょうけど、110ページに人魚が「わすれっぽいのって、女の人だけだと思ってたわ」と言いますが、ジェンダー的には問題ありますよね。せっかく小学生が楽しく読めるおもしろい物語なのですから、編集者が訳者を助けてちゃんと見てくれると、もっとずっといい本になったのにね。

ハマグリ:感じのいい表紙で、挿絵も味があり、文字の大きさも手ごろで、手に取ったときにまず好感が持てました。小学校中学年くらいでどんどん読めるといいけど、けっこうむずかしい漢字が出てきますね。それと、マガモのキャラクターのおもしろさが、原文にはもっとあるのではないかしら? まじめなばかりではなくおかしさが出ると、もっともっと魅力的な話になると思う。訳文は、「ですから」「ですので」「だから」をどう使い分けているんでしょう? はっきりした理由がないのなら統一したほうがいいですね。

カーコ:楽しいお話でした。次々に特徴のある新しい動物が加わっていくのもおもしろいし、ハラハラドキドキさせられるところもあって。低学年の子がおもしろがりそうなのに、漢字にルビが少ないのが残念。私も気になる言葉はありましたが、1つだけ言うと、10ページの、「つめたっ。」今の子は、「あつい」を「あつ」とか、「すごい」を「すご」とか、「い」ぬき言葉を使うけれど、幼年童話で使うのはどうかな、と思いました。

げた:じみな表紙で、ハラハラドキドキといってもそれほど山あり谷ありではありませんが、発想がよくて私の区では全館に入れました。言葉遣いは、気になりませんでした。選書のときは一日30冊くらい読むので、そこまで注意が行き届かないということもありますが。挿絵もシンプルで、かえってお話の中から子どもたちに想像させる効果があると思いました。

たんぽぽ:私はこの本が好きで、挿絵もいいなと思いました。看板から抜け出してくるのが楽しくて、子どもも喜んで、図書館ではよく動いています。最後が、ストンとうまく落ちている。

トチ:物語はとってもおもしろいし、訳者も楽しんで訳していると思いました。でも、編集者がちゃんとチェックしたのかな? 訳者のデビュー作なのに、これでは気の毒。動物の名前が平仮名だったり、カタカナだったりするし、マイルやインチなども、子どもの本の場合はキロやセンチで訳さなきゃ。「ナショナル・ギャラリー」や「オークション」も子どもはどういう場所か、どういうことかわからないでしょうし。106ページの「ダンは、あどけなくこたえました」という箇所、きっと innocently とあるのでしょうけど、この場合「しらばっくれて」ということなのでは?「あどけなく」では「ぶりっ子」みたいで、トロいと周囲に思われていても本当は賢いダンのイメージが変わってしまう。「(ダンに看板のことを指摘された店主の)ショートさんの顔がさーっと青ざめました」という箇所も、ショートさんが大変な秘密でも持っていて、ダンにばれそうになったので青くなったのかなと思ったら、ただ腹を立てただけだった……こういう細かいところのズレが積み重なると物語の全体がわかりにくくなる。せっかく良い本なのに、惜しいなと思いました。

アサギ:全体として、ばらつきのある翻訳という印象。すごくうまいなと思うところと、変だなと思うところがある。

愁童:この訳者の日本語の語感がずれている感じがする。「なんとなく思うふしがありましたが」なんていわれても、この本読む子にはそんなニュアンス分からないでしょう。本の内容からすれば、もっとリズム感のある日本語で語ってほしいね。せっかくの楽しいお話なんだから。

トチ:作家も翻訳者も編集者に育てられるものと、私はいつも思っています。たとえ編集者のほうがずっと年下でもね。

(「子どもの本で言いたい放題」2006年4月の記録)


『ぽけっとくらべ』

今江祥智/文 和田誠/絵
文研出版
2005

トチ:なんとものんきなところが、大好きな本です。ただ楽しいだけの本みたいだけど、子どもは読んでいくうちに、ポケットにはあんなものも、こんなものもある……なんて考えるようになる。お勉強絵本のようなものより、ずっと頭の訓練になるのかも。今江・和田コンビの『ちょうちょむすび』(BL出版)や『あめだまをたべたライオン』(フレーベル館)も好きだったけど、なんというか、お二人とも失礼ながら「枯れた」境地に入ってきているというか……

たんぽぽ:子どもに安心して渡してあげられる本ですね。字がちょっと小さいかな。

げた:ポケットって、子どもに興味があるから、テーマ的にはいいと思うけれど、文章がちょっと長すぎるかな。短いと、もっと楽しめるのでは? 表紙がいいので、図書館でもよく借りられています。

カーコ:パネルシアター的な絵本だと思いました。登場人物の口調の書き分けがうまい。小学生に読み聞かせしてみたくなりました。

ハマグリ:絵本にしては字が多くて読みにくいし、読み物を読みたい子どもは、この形では手にとらない。中途半端なつくりだと思います。判型を小さくして、低学年の子が読みやすい読み物にしたほうがよかったのでは?

アカシア:これは今江さんの童話集の中にも入っている話ですよね。私は最後の落ちがイマイチでした。カメの甲羅もポケットだっていうのは、どうなんでしょう? もう少していねいにお話をつくってほしいな、と思っちゃった。

トチ:カンガルーで終わればよかったのにね。

アサギ:基本的には楽しくて良い本だと思います。でも、私も最後でがくっときてしまったのが残念。絵本にしては字が多いけれど、楽しくあたたかい雰囲気に満ちている印象。ポケットというのも、良い発想では。ドラえもんにもあるわね……。

愁童:今江さんの幼年向けの作品て、言葉にリズム感があるものが多いけど、これは読み聞かせを念頭において書かれているのかな? 子どもが喜びそうな題材でユーモアもあるし、おもしろいなと思いました。

(「子どもの本で言いたい放題」2006年4月の記録)


『森のサクランボつみ大会 ハリネズミのプルプル1』

二宮由紀子/著 あべ弘士/絵
文渓堂
1999

トチ:のんびりしていて、なんとも幸福感あふれるお話で、大好きです。子どもって、学校の先生やお母さんから、しょっちゅう忘れ物をするなって注意されてるから、こういうものを読むと、ほんとにホッとするんじゃないかしら。「こんなによるはやく」とか、子どもたちが喜びそうな言葉も、いくつも出てくる。『ウィリアムのこねこ』は、作者がしっかりお話を考えた本だけれど、これはごく自然にストーリーが流れている。対照的な書き方だけど、どちらもうまいと思いました。

たんぽぽ:シリーズの3冊の中で、1巻目がいちばんおもしろかった。なんでもかんでもすぐに忘れていいなあと。二人のコンビのは、先月もふくろうの本が出ていましたね(『森の大あくま』毎日新聞社)。

げた:おもしろい。夏休みのおすすめにしようかな。忘れても、まるくおさまっちゃう。ぎゅうぎゅうしめつけられている子どもと、まったく逆転した世界。今の子どもたちを、だいじょうぶなんだよと解放してやる意味が込められているのでは。

カーコ:楽しめました。まじめな子が読んだら、どうなっちゃうんだろう、とドキドキするんじゃないかしら。阿部さんの絵がおおらかで、また楽しい。19ページのハリネズミの手の絵は、阿部さんだからこそだな、と思いました。

ハマグリ:絵本を卒業する年齢の子が移行しやすい本が、もっと出てほしいなと日ごろから思っているので、こういう感じの本はうれしい。でも、あべさんの絵だと『わにのスワニー』シリーズ(中川ひろたか著/講談社)のほうがいいかなと思います。最初に、状況がよくわからない部分がありました。12、13ページの絵が、夕方の早い時間というのがつかみとりにくい。絵を見てもよくわからなかった。フルフルとプルプルも、どちらがどちらだか途中でわからなくなることがあったわね。ローベルのかえるくんとがまくんのように、はっきりと描き分けられていないので。

アカシア:1巻が図書館で貸し出し中だったので、私は3巻目を先に読んだんです。そしたら、ただただハリネズミたちが忘れてしまうだけで、芯がなくて、えっ、これでいいの? と疑問になったんです。でも、1巻を読んだら、おもしろいですね。ちょうどいい具合に「忘れる」部分が出てくるから。3巻は物忘れがエスカレートしているんですね。ただ1巻でも、お話の中の世界の整合性にこだわると、疑問な点が出てきます。フルフルの誕生日にはみんなが集まったけれど何のために集まったか忘れているのに、サクランボつみ大会は、最初から集まらない、というのはどうして? 大人は気にならなくても、気になる子もいるのではないかしら?

(「子どもの本で言いたい放題」2006年4月の記録)


『ウイリアムのこねこ』

マージョリー・フラック/文・絵 まさきるりこ/訳
新風舎
2004

アサギ:ずいぶんクラシックな雰囲気ね。でもお話自体はとってもよくできていると思いました。3匹の迷いネコは、けっきょく同じネコだったのね。1年たって、ピーターが成長していくさまの絵もいいし、ユーモアもある。そしてお話にきちんと起承転結がある。強烈なインパクトはないけど、心あたたまる、読後感のいい本でした。

アカシア:お話も訳もとてもいいけど、日本でずっと出なかったのは、絵本にしては文章が長すぎるからでしょうね。文章だけがフラックだったら、絵は別の日本人にたのんで幼年童話にするという手があるでしょうけど、文も絵もフラックなので別の形では出せないものね。読み聞かせにはいいでしょうけど、子どもが自分で読むには、この形態はどうなんでしょう?

ハマグリ:同じ作者の『おかあさんだいすき』(光吉夏弥訳・編 岩波書店)は1950年代に翻訳されているけど、これは絵本にしては文章が長いから今まで出なかったのかしら。カラーのページと白黒が交互に出てくるのは、印刷コストを下げるためにやっていることですよね。お話は、単純でわかりやすいけれど、どの年齢の子にすすめたらいいか、迷ってしまう。小さい子に読んであげるには長すぎて飽きてしまいそうだし、大きい子には、赤ちゃんぽいウィリアムがもの足りないのでは?

カーコ:お話はおもしろかったです。本好きのお母さんが自分の子に読んでやる本という感じがしました。

げた:集団読み聞かせにはむずかしいんですけど、お母さんと二人で一緒に読むのなら、いいお話かな。個人的には好きですけど、手にとられにくいかな?

たんぽぽ:子どもはこのお話がすごい好きで、1,2年生に読み聞かせをしてよく聞いてくれたんですけど、そのあと自分では借りないんですね。『赤い鳥の国へ』のような本の形なら借りていくと思うんですけど。

トチ:お芝居でウエルメイドという言葉をよく使うけど、この絵本もそういう感じがしました。いろいろなピースが最後にぴたりとはまって、本を読みはじめた子どもたちが「お話っておもしろいな」と思う要素がたくさんある。繰り返しも「ああ、こうやって書くんだな」というお手本みたいだし。たしかに、絵本でなく絵物語にしたほうがいいとも思いましたが……。ただ、見返しの部分が英語のままになっているけれど、本文とおなじように訳したほうがよかった。絵本って、表紙から、見返しから、背表紙から、小口まで、すべてがごちそうですものね。

ハマグリ:絵のバックが黄色というのはユニークよね。

(「子どもの本で言いたい放題」2006年4月の記録)