プルメリア:おもしろかったです。主人公ヒューがやさしく素直で、前向きの寄り添いたくなるかわいい子です。季節ごとに移り変わるイギリスの自然描写やその土地で生活している人々の暮らしの様子がよく描かれているなと思いました。お祭りを楽しんでいる様子も描かれているので一緒に楽しむことができました。主人公と関わっている旅芝居の人たちとの小さな社会があたたかくてよかったです。貧しい中にも人々の優しさが入っていてよい本だなと思いました。サトクリフの書いた作品は何点か読みましたが、この本からは、今まで読んだサトクリフ作品とは違う一面を知りました。p64に聖ジョージと竜が戦う場面がありますが、聖ジョージの味方をして大声をあげる者もいれば、竜がいちばん好きだからと竜に声援を送る者もいる、そんな見物衆の熱のこもった会場の盛り上がりが聞こえそうな気がしました。

ウグイス:これはもう20世紀の児童文学の王道といった作品ですね。主人公が、父親も母親もいない、逆境にある、犬が好き、という出だしからもう読者の心をぐっとつかみます。逆境からたったひとりで逃げ出し、目標に向かって進む。行く手には困難もあるのだけれど優しい気持ちを持った大人たちに助けられて生きていく。きっと幸せをつかむという安心感があります。サトクリフの作品はどれもそうですが、どんな時代の主人公であっても、読者がぴったりと心を寄せて一緒に歩いて行けるんですね。一体この著者は何を書きたいのか、という疑問を持たずに読めるというか、安定感がありますよね。旅芸人たちも魅力的に描かれているし、ツルニチニチソウの鉢が小道具としてうまく使われています。文体はこの年代の読者向けの物語にはめずらしく敬体で書かれていますが、「ていねいに書かれている」感じが増していますね。しかしこのタイトルと装丁はどうなんでしょう。子どもたちがおもしろそう、と手を伸ばすとは思えません。私も兄弟の話だと思ったし、ほこりまみれの兄弟なんてあまり魅力を感じないし。『クロックワークスリー』のほうがずっと魅力的に思えました。そこが残念でした。

きゃべつ:冒頭で、ツルニチニチソウの鉢植えを唯一持って出ていくところが、つつましやかでとても好きです。夢か現か、というぎりぎりのラインでファンタジーを織り交ぜていて、それがとても上手でした。物語の途中、牧神(パン)についてやけに印象的に語らせるなあと思ったのですが、途中で会った笛吹き、そして最後にアルゴスを助けた人物が、よいひとたちのひとりであり、牧神(パン)なのですかね。言い切らないことで、かえって余韻が残り、印象的でした。

メリーさん:『クロックワークスリー』が映画のような話だとすれば、この『ほこりまみれの兄弟』は1枚の絵画のような物語でした。最後まで読むと、それまでのエピソードがすべてつながり、パズルのピースが完成するような感じがしました。どのエピソードも印象的ですが、主人公のヒューのそばには、いつでも旅芸人のジョナサンがいて、やさしく見守ってくれている。大人と子供の信頼関係がきちんと描かれているのがいいなと思いました。最後の場面、ヒューが旅の一座を離れ、オクスフォードに行くことを決めたところ、家の外から自分を最も大切にしてくれた旅の一座の奏でる音楽が聞こえてくる。ヒューはそれを耳にしながらも、決して見に行こうとしない。そして、だんだんとその音が遠ざかっていく…自分を育ててくれた人たちに、心の中で感謝しながら別れを告げる場面は本当にいいなと思いました。

大福:いろいろな植物が出てきて、自然味豊かな描写と犬の生き生きとした描写が好きです。『運命の騎士』(サトクリフ、岩波少年文庫)の方がもっと話が濃く、風俗や習慣なども味わえて展開も早く、ドキドキハラハラした印象がありました。読んでいる間も読み終わった後も、なぜかぼんやりとしてあまり心に残らなかったのですが、なぜかと考えたときに、語り口やヒューの描写が愛情あふれた書き方で、いつも守られたり、フォローされているように感じたことが理由かなと思いました。この物語はこの少年にあまり悪いことが起きないようにできているのかなと思わせてしまうところや、少年の思い通りになることが多かったので、ドキドキハラハラがあまり感じられなかったのかもしれません。ただ、虐待から逃げ出すのはひとつの選択肢としてあるということを子どもたちが知っておくのはよいのではないかと思いました。

ダンテス:『クロックワークスリー』と比べると、ある意味イギリスの時代小説というとらえ方でいいのでしょうか。ウォルター・ローリーなど、イギリスの歴史をうまく取り入れてイギリスの子どもたちに時代がわかるように書かれています。こちらはエリザベス女王の年代や、シュークスピアの生没年も調べました。また自然描写がうまいです。訳もうまいですね。ストーリーの展開としては不安がありません。旅芸人に救われて最終的にそこからステップアップするよう救う人も出てくる。一方、お世話になった旅芸人たちとの別れの葛藤もあって、まことによりよい人生の展開があり、よい終わり方をしています。ただ、本の題名がわかりづらいですね。定住しない人たちをほこりまみれの足と言っていたと文中にありましたが。

トム:『クロックワークスリー』と比べると、物語のなかの時間がゆっくりと自然の流れに沿っている感じがします。動くことが不自由だったサトクリフを思うと、その想像力はほんとうにすごい! 読みながらイングランドの地図を辿るのもとても楽しかった! サトクリフはヒューのように歩いて旅をしたかったのかもしれないですね……。人の痛みがわかる人たちのヒューへの心遣いがあたたかくて心に沁みます。旅先の村で芝居をふれ歩いて村人を集める姿や、芝居小屋の裏の様子とか、日本と共通することがあると思うとまた違うおもしろさがでてきます。さらし台も昔、日本の村で掟を破った人に似たようなことをしたとどこかで読んだ気がしますが……。物語の中に芝居が入っていたり、物語の中にジョナサンの語る物語が入っていたり仕掛けがたくさん埋め込まれている! ダンテスさんがおっしゃったように歴史も埋め込まれているのですね。サトクリフはこの物語の中にいろいろな種を埋め込んでいるのかもしれないと思いました。具体的に書かれたたくさんの花も辿ればまた何か見えるかも。ただ、p7の「ニオイアラセイトウの花のような茶色い目」は目の色?形? 最後にヒューは、深く悩みますが、私だったら旅芸人について行ったかも……。この物語を読んだ学生の人たちはどう思うかちょっと聞いてみたいです。

ハコベ:みなさんがおっしゃるように、本当に安心して読める、すばらしいイギリスの児童文学だと思います。主人公がいろいろな事件に遭遇しても最後には幸せになるんだろうなと思いながら読める、よくいう幸福の約束を作者がしてくれている。現代の作家が書けば、最後は旅芸人についていくという結末になるかもしれないなとも思いました。敬体で訳してあるので初めはちょっと読みにくいと思いましたが、すぐに気にならなくなり、ぐいぐいとストーリーに引き込まれていきました。イングランド南部の自然を美しい言葉で綴ってあり、訳者が心をこめてていねいに訳していますね。乾侑美子さんが亡くなる直前まで力を尽くして仕上げられた作品で、本当にすばらしい仕事を遺していかれたと胸を打たれました。

レンゲ:物語がとてもおもしろかったです。16世紀の世の中はこういった感じだったのかなと思いながら読みました。オクスフォードに行くのか、旅芸人たちといっしょにいるのか、最後に主人公が迷って選ぶところがとてもいいなと思いました。微妙な心の動きや情景など、普段は言葉で表さないようなことが端々で表現されていて、読むと逆に人間の感情や自然の豊かさを再認識させられるようでした。でも、こういう本はお行儀がよさそうで子どもに敬遠されそう。手渡そうとしないと、なかなか手渡せない本ですね。
翻訳はとても読みやすかったですが、p221の「インド諸島」は正しくは「インディアス」です。でもこれは、p222に「イギリス女王のインド諸島」というのが出てくるので仕方がないのかもしれません。また、p222ジの「スペイン王フィリップ」は「スペイン語フェリーペ」とすべきところでした。

ハリネズミ:出版されてすぐに読んで、とても好きになり、書評も書いたのですが、もう一度読み直す時間がありませんでした。なので、細部は忘れてしまっているのですが、読後の満足感が大きかったのは覚えています。サトクリフは体が不自由であまり外には出られなかったと思うのですが、旅芸人の人たちが野宿をしたときのことや、まわりの自然など、ここまでリアルに書けるのは本当にすごいと思います。戦闘場面なども荒々しく書いたほかの作品と比べると、いざこざやもめ事はあるものの、やさしい作品ですね。

(「子どもの本で言いたい放題」2012年3月の記録)