プルメリア:表紙を広げると1枚の絵になるつくりがよかったです。最初は淡々とした内容でしたが、読んでいくうちにひきつけられました。主人公は登場人物と関わりながら成長していく。作品全体に会話文が多いせいか、場面や状況がよく分かり心情に寄り添えるので気持ちに入っていけました。日本にありそうでない作品でした。登場人物の考え方が変わっていくのがいいですね。

レジーナ:同級生に「サイコ」と呼ばれる主人公は、クラスでも浮いた存在です。走り高跳びでかっこいい姿を見せられると思っていたのに、実際はそうではない。酔っ払って登校したり、車を盗んだり、チックは主人公以上にアウトサイダーです。ふたりは旅の間、さまざまな人に出会います。オーガニックのものを食べ本に詳しい大家族、浮浪児の少女、人里離れた沼地で暮らすおじいさん、事故にあったふたりを助けてくれるおばさん……みんなどこか風変りですが、実に魅力的です。麦畑を車で走り、ミステリーサークルのような跡をつける場面をはじめ、ドイツの景色も鮮やかに描かれています。『シフト』(ジェニファー・ブラッドベリ著 小梨直訳 福音館書店)を思い出す設定です。『シフト』はすらすら読めて、映画を思わせる場面展開でしたが、『14歳、ぼくらの疾走』はもっとていねいに、時間をかけて書いている印象を受けました。書き急いでいない小説ですよね。もとの文体がくだけた表現なのかもしれませんが、p6の「僕のいってること、わかりにくい? ですよね、スミマセン。あとでまたトライする」といった言葉づかいには、慣れるのに時間がかかりました。

パピルス:児童文学を読むのが久しぶりだからか、序盤は文章が全く頭に入らず、何度か一から読み直しました。文章が頭に入ってくるようになると、終盤までおもしろく一気に読めました。二人が旅に出た理由がよくわからなかったのですが、通して読むと理解できました。最初は自他共にさえないと思われていた主人公でしたが、だんだんと魅力があることがわかってきました。私は主人公に気持ちを入れて読んでいたので、そのところでとても爽快な気持ちになりました。一部、ジャンク的な表現があり、10代の子が理解できるかな?という部分がありました。また、冗談を言い合う場面で、「ユダヤ系ジプシー」など、日本人には分かりづらい表現があったのが気になりました。

アンヌ:出だしの部分が入りづらかったのですが、病院に入院して、看護婦さんと話し出すあたりから読みやすくなりました。読み出すと、勢いづいてどんどん読み進めました。読み終えてから、この物語を思い出すたびに、尾崎豊の『15の夜』の曲が頭の中に流れ出すような疾走感を感じました。主人公とチックとの二人の旅は、いかにもバカンス中のドイツらしく、男の子二人でうろうろしていても、誰も変だとは思わない。どきどきするけれど、実は、悪いことがあまり起きない。会う人も、皆いい人ばかりで、その中で、東ドイツのソ連との戦闘の物語を知ったりする。この作者がうまいと思うのは、例えば偶然出会ったイザという女の子について余計な身の上話などさせずに別れさせるのだけれど、でも、その後、手紙が届くところ。冒険が終わった後も、続いていく未来を感じさせる気がします。

アカシア:確かにおもしろい。スピードもある。変わった人も出てくる。ドイツには珍しいのかもしれませんが、ドイツ以外なら、この手の作品は結構あるかな、と思いました。この作品は、たぶん今の若者のスラングでリズムよく書かれているんでしょうし、話の仕方でその人の人となりを表している部分もあるんでしょうから、訳が難しいですよね。子どもたちのやりとりは、とてもじょうずでおもしろく読めましたが、たとえばヴァーゲンバッハ先生のp287あたりの嫌みな話し方は、そのいやらしさが今一つ伝わってこない。難しいところですよね。日本語でこんな話し方をする人はいませんから、どういうニュアンスでこの先生はこんな話し方をしているのかが、伝わらない。
 それから原題は『チック』ですね。『チック』とつけたかった著者の気持ちはよくわかります。この作品で書きたかったのはチックなんですよね。だとすると、とんでもなくイカレテるけど、とっても魅力的、でも、自分はゲイじゃないから越えられない一線もあってとまどう、というマイクの気持ちがもう少しぐいぐい迫ってくるとよかったのにな、と思いました。それは翻訳では難しくて、ないものねだりになるのかもしれませんけど。

ルパン:今回の3冊のなかではこれがいちばん読みごたえがありました。最初は主人公の自己否定が極端で、ちょっと読みづらかったのですが、話が進むにつれ登場人物がどんどん生き生きとしてきて、結局一気読みしてしまいました。リアリティもありますし読ませる作品です。ただ、あとがきに「これを読まなくては、ドイツの児童文学は語れない」とあったのですが、そこまで言うほどのものかなあ…?

アカシア:ドイツは比較的理詰めの本が多いので、こういうスピーディーなロードムービー的な作品は珍しいのかもしれませんね。そういう意味では、ドイツの中ではこれを読まないとYA文学を語れないという位置づけになるのかも。

ルパン:出だしはほんとにつまんなかったんです。ただ、チックが出てきて女の子に絵を届けに行くあたりから、ぐいぐいひきつけられました。一番よかったのは、チックに「(君は)つまらないやつじゃない」と言われる場面でした。人生って悪くないと思うようになるプロセスがとてもうまく描けていて、楽しんで読めました。それだけに、チックが同性愛者じゃなくてもよかったのに、と、残念に思いました。

アカシア:私も、なんだかその部分はとってつけたような気がしました。でも、考えてみると日本と違ってドイツなら14歳だと普通は女の子と旅をしたいのかもしれないから、チックが近づいて来る自然な理由になっているのかもしれません。

ルパン:純粋に友達として好きになってもらった方がよかった。同性愛者の目で恋愛対象として見るのではないところで、魅力を見つけてもらいたかったです。

アンヌ:特に物語の中で、チックが同性愛者だとは気付かなかった気がします。普通に友達という感じで。

ルパン:18歳ならまだよかったんですけどね。14歳の同性愛者っていうのがどうも…。

アカシア:性的な関係を持つのが目的ではなく、マイクが魅力的だから最初はそこに惹かれたというだけのことかもしれませんよ。日本なら18歳が妥当かもしれませんが、ドイツは14歳なんじゃないかしら。

ルパン:全体的にスケールの大きな話ですよね。次どうなるんだろう、というわくわく感で最後まで引っ張られました。あと、好きな箇所は、山の上で昔の人の落書きを見つける場面です。自分だけの閉鎖的な世界から大きな世界の一部としての自分に目覚めていく瞬間が印象的でした。

(「子どもの本で言いたい放題」2014年11月の記録)