『戦争がなかったら〜3人の子どもたち10年の物語』
高橋邦典/著
ポプラ社
2013.11

版元語録:砲弾で右手を失った6歳の少女ムス。少年兵にされた13歳のモモと14歳のファヤ。戦争は、子どもたちから何を奪っていったのでしょう? 報道カメラマン・高橋邦典が、アフリカの小さな国リベリアの戦場で出会った子どもたちの10年間を描きます。

マリンゴ:とてもいろいろなことを考えさせられました。戦争中の悲惨さのみならず、その後の後遺症……肉体的な障害やPTSDはもちろん、甘えや逃げなども起きてくるのですね。また援助の善意で歯車が狂う、という描写にはギクッとさせられました。写真は、さすが素晴らしい。ただ、個人的には、ノンフィクションのタイプとして好みではなかったです。ジャーナリストとしての視点と、エッセイストとしての視点が、入り混じっている気がして。

ペレソッソ:今おっしゃったのと逆になるんですが、例えば、ジャーナリストが初めて子ども向けにノンフィクションを書いた場合など、児童文学の新人賞の対象になることがあるんですが、そのときは、客観的なものより、語り手が表に出ている物語になっている方が、読み物として読めることで評価が高かったりするんです。子ども向けのノンフィクションのあり方について、詳しくはないんですけど。本の作りとしては、地図がほしかったですね。子どもが対象ならば、本の中でわかるようにしてほしかった。それとやはり、援助のあり方について問題提起されていることは意義深いと思います。あと、映画『イノセント・ボイス 12歳の戦場』を思い出しながら読んでいたのですが、ご覧になりました? 1980年代のエルサルバドル内戦を背景にした実話に基づく映画です。(2004年度メキシコ作品。2006年に日本公開)政府軍、反政府軍ともに少年を誘拐して、兵士にするんです。同じことがおきているんです。それで、『戦争がなかったら』と合わせて強く考えさせられたのは、同時代性とでも言うことです。日本で日本の戦争を題材とした戦争児童文学を書くとき、それは過去の話になる。それは、もちろんとても幸せなことです。それが、そう行かなくなるかもしれない状況ですが・・・・・・『戦争がなかったら』で、同じ地球を移動すれば、内戦で疲弊したリベリアと物にあふれたニューヨークが同時に存在しているんですね。『イノセント・ボイス』もそう。自分の体験を脚本にした俳優のオスカー・トレスは、13歳でアメリカに渡っています。同じ時代に、別の価値観で出来ている世の中がある、日々生き死にを迫られることのない世界があるということを知ったときの、安心と、そちらのアメリカならアメリカの人々には自分が経験してしまったことを想像すらしてもらえないことからくる乖離観・・・・・・。イランのマルジャン・サトラピのマンガ『ペルセポリス』(園田恵子訳 バジリコ)のことも思い出しながら読みました。

レジーナ:同じ作者の『ぼくの見た戦争』(ポプラ社)、『戦争が終わっても』(ポプラ社)を思い出しながら読みました。ムスの義手は、92ページに「金属のカニの爪のような二本指の機械」とありますが、98ページの写真では、手の形をしているのが不思議でした。

パピルス:平和ボケと言いますか、社会人となってから身の回りのことで頭がいっぱいで、こういったことはどこか遠い世界のような感覚でいました。この本を読んで目が覚めたと言った感じです。戦争をテーマにした「小説」はいくつか読んできたのですが、やはりノンフィクションは衝撃度が違います。リアルでした。

アンヌ:かなりきつい読書体験でした。片腕をなくしたムスという少女の話が一番胸にこたえました。実はこの読書会の前に『夢へ翔けて』(ミケーラ・デプリンス、エレーン・デプリンス著 田中奈津子訳 ポプラ社)という本を読んでいたのですが、そちらも内戦下のシエラレオネで孤児になった少女がアメリカ人の養女になる話でした。彼女は伸び伸びと育ち、バレリーナへの夢を叶えることができるのですが、この本でも、同じように両親を内戦で殺されてアメリカで養女になった少女たちが出てきます。彼女たちは、両親がいるムスが留学してくると、いじめたりします。その後、彼女たちはPTSDで苦しみ、著者は彼に会うことで戦場の記憶が甦るからと、養母に面会を断られます。豊かな環境を与えるだけでは救いきれない人の心を見させられた気がしました。それにしても、アフリカの国は内戦だらけで、これだけ貧しいのにどうしてこんなに武器だけはあるのだろうと思いました。

ハリネズミ:子どもの兵士を描いた本は、ほかにも後藤健二さんの『ダイヤモンドより平和がほしい』(汐文社)とか、『ぼくが5歳の子ども兵士だったとき』(ハンフリーズ&チクワニネ 汐文社)とか、イシメール・ベアの『戦場から生きのびて』(忠平美幸訳 河出書房新社)などいろいろ出ていますね。この本の著者は本職がフォトグラファーですが、写真の仕事とは別に文章でも書きたいという思いがあったのだと思います。『戦争が終わっても』では、戦争の被害者とも言えるリベリアの子どもたちに出会いますが、普通のジャーナリストやカメラマンだったらそれを報道して終わるところを、高橋さんはその後も追い続ける。そこが本当にすばらしいと思います。それによって、例えばムスとギフトはアメリカの善意の人に出会って養子になったり里子になったりするわけですが、だから幸せになったわけでもないというところまで伝えることもできる。少年兵が日常の生活に戻って終わりではなく、どうしても取り戻せないものがあることを伝えている。子どもの兵士はさまざまな心の問題を抱えてしまいますが、貧しい国だとその後のケアも万全にはできない。一度きりの報道で終わってたら、そこまではわからない。そこが高橋さんのすごいところだと思います。アメリカという国は、片方で銃を売って戦争をさせ、もう片方では犠牲者の子どもを引き取っているわけですが、それも大きな矛盾ですよね。

(「子どもの本で言いたい放題」2015年11月の記録)