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『どろぼうの神さま』
コルネーリア・フンケ/作 細井直子/訳
WAVE出版
2002
原題:HERR DER DIEBE by Cornelia Funke, 1999

版元解説語録:チューリヒ、ウィーン両児童文学賞受賞作! ドイツから届けられた冒険ファンタジー —— 本邦初紹介! 「ハリー・ポッター」を発掘したイギリスの編集者が今最も注目している作家!
*チューリヒ、ウィーン両児童文学賞受賞

ねむりねずみ:ちょうど英訳も出ていて、書評誌などでも好意的に扱われているようです。「大人はよく子どものころはよかった、という」という惹句にひかれて読んでいったんだけど、読み始めると、話がぽんぽん展開していくのでおもしろく読めた。リッチオは「カール」、モスカは「蚊」、ロベルトの相棒は「愛人」、バルバロッサは「赤いひげ」なんて、名前にもそれぞれ意味があって、知っている人はおもしろいんだろうな。スキピオだけが適度に大人になって終わるというあたりは、なるほどなって思いました。なんでかなあ、子どもたちが悪者を追いつめていく『エーミールと探偵たち』(ケストナー作 高橋健二訳 岩波書店)を連想してしまった。バルバロッサが小さくなった後で、子どもたちがうまいこと辻褄を合わせようとするあたりで、子どもってほんとうに冷たくはなれないんだなあと思ったりした。ひとつだけわからなかったんだけど、メリーゴーラウンドの翼がとれたのは、直せばいいのになと思った。

カーコ:粉々になったから直せなかったんですよ。この本は、ヨーロッパのほかの国でも翻訳が出て、わりと話題になっているみたいですね。ファンタジーですよね。読者をひっぱっていくストーリー性とベネツィアという舞台設定がすべてだと思いました。人物の深さは感じられないし、孤児の子どもたちの結束も現実ばなれしている。プロスパーの弟ボーに対する思いも唐突だし、大人たちが都合よく助けてくれる。でも、お話として、子どもたちが安心して読み進められるかなと思いました。作者のこだわりは、不思議なメリーゴーランドというモチーフとベネツィアという街にあったのかな。メリーゴーランドが壊れるシーンのあと、物語の緊張が途切れる感じがしました。

紙魚:私は、筋はおもしろいとは思うけど、ちょっと物足りなかったです。大人になったり、子どもになったりできるメリーゴーラウンドが出てきて、わー、これからおもしろくなりそうって思ったのもつかのま、それによって起こる、彼らの心の動きがぜんぜん出てこない。子どもの心をもったまま、体だけ大きくなったら、いろんな困ることや、葛藤があるはずでしょう。バルバロッサの方は、ちょっとおもしろおかしく書かれていたけど、肝心のスキピオについては、ほとんどなし。帯や巻頭の文句に、あれだけ、大人と子ども、どっちがいいのかなんてことが書かれているのに、単なる体の大きさしか伝わってこなかったのが残念。そここそ、書いてほしかった。

アサギ:この本ね、ドイツの雑誌で「なぜイギリスで好まれたのか」という特集を組まれたから、前から知ってはいたんです。ドイツで軽いエンターテインメント的なものを書こうとすると、ドイツを離れなくちゃいけないのよね。外国にいくと、想像の翼がはたらくんでしょうね。

ねむりねずみ:べネツィアだから描けたっていうところ、ありますよね。ベネツィアって、巨大テーマパークですもの。

ペガサス:短い章がいっぱいあって、連載ものを読んでいるような印象。『エーミールと探偵たち』を思わせるという感想もあったけど、大人対子どもという図式がはっきりした物語でしたね。描写も具体的。どういうものを持っていて、それがどこに置いてあってという、具体的な描写がきちんとしているので、情景を目に浮かべやすい。読者対象は、この本の造りでは、どんなに読書力があっても、小学校上級から中学生以上だけど、読みやすさや物語の内容からいって、もっと下の子どもたちにも楽しめるようにしてもよかったのに。

アカシア:最初入りにくかったけど、三分の一くらい進んでからは、電車を乗り過ごすほど夢中で読んでしまった。ただ、ゲームのノベライゼーションみたいなプロット重視の作品ではありますね。最後、どたばたで終わっちゃったのは、残念。

愁童:ゲームの骨子ってだいたい決まってるんですよね。強い人は最後まで強い。スキピオが大人になってどうするかっていうと、親父の威光で生きてるわけですよね。映画館を追われてどうするかったって、お金持ちの女の人に救われるわけだから、底が浅い。これだったらゲームにすればいいし、この内容だったら長すぎ。大人のぼくが読んでもかったるいので、子どもは読めないと思う。ゲームを経験しているような30代は、読むんじゃないかな。

すあま:最後、落ち着くところに落ち着いて、読後感もよしって感じの本ですよね。でも、あそこまで大きな話なのに、あっさりしている。まとまってはいるんだけど、シュッと終わっちゃう。メリーゴーラウンドまで広げなくてもよかったんじゃないかな。先に不思議なメリーゴーラウンドというのが作者の頭にあったのかもしれないけど。1冊ではあるんだけど、前半後半でまったくちがう話という感じがする。それから、人物の印象が薄いという話があったけど、最後、誰が主人公かと考えると、わからない。大人になってからの話もないし。いろんな子の顔は浮かぶんだけど、強烈な印象がない。しばらくたつと思い出せない。

:私は、兄弟2人を主人公にして読みました。弟を守ろうとしている姿とかね。子どもたちがそれぞれに事情をかかえているけど、そこにある危うさとか脆さは、あまり感じられなかった。プロスパーとボーが、2人きりでべネツィアまで逃げてくるっていうのは無理じゃないかしら。あとの3人も、どういうことがあって独りで生きなくてはいけないのかを書いてくれれば、もっと力強さが加わったのに。メリーゴーラウンドに乗るところあたりから、失速した感じ。私は、体だけじゃなくて心も子どもに戻るのかなと思っていたから、ここで、ずっこけました。べネツィアの風景は楽しめた。でも、子どもだけの生活が楽しいとは思えかったな。

ペガサス:みんなの感想をきいてても思ったけど、やっぱりちょっと長すぎるのよね。

ねむりねずみ:スキピオの謎がとけちゃったら、次はメリーゴーラウンドの謎というように、ちょっといきあたりばったりの感もありますね。

アカシア:けっこう読まれてるのよ。図書館でも貸出が順番待ちで、結局間に合わないから私は買ったの。

ペガサス:ジュンク堂では、寓話のジャンルに置いてあった。これこそ、児童書として認知されてほしいけど。

ウェンディ:私は初め、なかなか読み進められなくて、一昨日の夜、メリーゴーラウンドまで読んで、だから一昨日の夜がいちばん楽しかったかな。要するに、エンターテインメントですよね。「大人はわすれてしまっている 子どもでいるというのが、どういうことなのか」と書かれているので、きっとそれが言いたいんだろうけど、途中で、大人よりも子ども時代のほうがいいと言いすぎている気がした。大人は悪いヤツというステレオタイプが気になります。私は、兄弟のお兄ちゃんにくっついて読んだけど、印象的な子どもがあまりいなかったし、いい大人が出てこなかったのが残念。似たような話に『赤毛のゾラ』(クルト・ヘルト/作 渡辺芳子/訳 福武書店)があるけど、これは40年代のクロアチアが舞台なんですよね。現代にもこういうことってあるのかなと、ふと疑問に思いました。探偵や、骨董屋が出てきて、時代をぼかしているのかと思いきや、携帯電話が出てきて、いったい時代はいつなんでしょう?

カーコ:リアルであることを求めちゃいけない作品なのかも。

ペガサス:あとさあ、くしゃみをする亀っておもしろいわよね。『どろぼうの神さま』ってタイトルも子どもにとって魅力的だと思う。

:探偵と子どもの関係もおもしろかったわ。

愁童:終わりの方でえんえんと続く、バルバロッサの養子の話はおもしろくないよ。子どもが読んだら、なにこれって感じ。大人向けなのかな。

ウェンディ:日本だと、海外を舞台にした話は、どうしても作者の知識不足のせいで破綻があったりするけど、ヨーロッパの国どうしだと、どうなんでしょう?

アサギ:まあ、ドイツとイタリアは、近いからね。このあいだ、友人が平野啓一郎の『葬送』(新潮社)を読んだのね。フランスが舞台で、ドラクロアとショパンの物語なんだけど、会話がどうしても日本人の会話にしか思えないんだって。日本人作家が外国人を主人公にするのは、やっぱり難しいのね。