『バッドボーイ』
ウォルター・ディーン・マイヤーズ/著 金原瑞人/訳
小峰書店
2003
原題:BAD BOY: A MEMOIR by Walter Dean Myers,2001

オビ語録:この社会のどこに、ぼくの居場所があるのだろう。どうやったらそこにたどりつけるのだろう/スポーツに夢中な悪ガキが文学とであい、自分の進む道に悩み、挫折し……/黒人作家のメモアール

カーコ:自伝であることで、主観的なリアリティがありますね。真ん中までぐいぐいと、主人公の強い個性にひっぱられていきましたが、途中、本の記述が続くあたりから、息切れがしてしまいました。全体におもしろく読みはしましたが。苦しくなったのは、私がフィクションというスタンスで、この本を手にとってしまったせいかもしれません。フィクションとして見ると、構成が直線的でしょう。自伝ならあたりまえなんですけど。自分がいかに普段、構成のおもしろさを物語に求めているかがわかりました。

むう:おもしろかったんだけど、けっこう読みにくかった。ドキュメンタリーというか、完全にノンフィクションの手法ですね。そのこと自体は、読みにくい原因ではないと思うのだけれど。それにしても、この作家は誠実だなと思いました。自伝って、なかなかスタンスがとりにくくて、ついつい自分に甘くなったりするんだけれど、この人は誠実に事実を積み重ねて、その結果こういう人間になったんだということがよく書けている。ただ、ところどころに、えっ、これってなあに?という説明不足なところがあって、引っかかったし印象が散漫になった。過剰に意味をつけまい、よけいな説明をすまい、自分に甘くすまいとした結果、そういう印象になってしまったのかな。訳注でなんとかなる部分もかなりあるような気がします。作品としてはもう一歩という感じだった。世の中がぜんぜん平等じゃないというという気持ちは、よくわかりました。それと、前半の能天気な部分と後半のつながりがうまくいっていないように感じました。でも、アメリカの中でのマイノリティである黒人だというだけでなく、その中からもはずれてしまった人間の苦しみはとてもよく伝わってきて、おもしろかったです。なんとなく書き切れてないなあという印象を持ってしまったのは、まだ作者自身にとってこれが過去形になっていなくて、整理しきれていない部分があったからじゃないかと思います。

紙魚:すべては、「ぼくは、いままでに33冊の本を出版した。そして、いまもタイプしている……。」という最後の一文のためにある本だなと思います。作者が、本当に本が好きな気持ちが伝わってきて、ところどころの描写に胸打たれました。本好きの少年が、作家としての道を歩んでいく過程は、共感しながら読むことができましたが、すでに作家となった今、回顧して書いているので、どこか、距離も感じました。ただ、作家としての自負のようなものが、ずっと根底に流れていたのは、とてもよかったです。

:自伝がもつ意味というのは難しい。大人の文学でも自伝のプラスとマイナスがありますね。自伝文学の魅力は、その作家を知ってこそ成り立つ。ベイブ・ルースとかキュリー夫人であれば、子どもも読めるけど、物語としてのおもしろさがないと、子どもにはちょっとよくわからない。この作品は、読者に語りたいというメッセージが先行して、物語としてのおもしろさは感じられない。最後の文にたどりついても、作家になって何を書きたかったのが欠落している。文学が彼にあたえた力は書かれている。タイトルも『バッドボーイ』だとわからないですよね。自伝であるからこそいいところは、お父さんが文盲であることを受け止めるところとか、お母さんから旅立つところ。実体験だからこそきらきらと輝いている。

アカシア:育ての親の家庭にすっと入っていて、悩むところもないとか、黒人であることをある時点で意識しはじめるとか、スピーチに障害があるのもある時点までは気づかないとか、そういうところから作家の実像が浮かび上がって、私はおもしろかった。それに、本の力を受け止めていって、自分の中で醸成していく過程はよく書かれている。でも、翻訳はもう少していねいにやってほしかったな。矛盾している記述もあるし、意味が通りにくいところも多々ある。後書きにしても、「この本の中心には、愛があるのだと思う。最後は身を持ち崩していくお母さんへの愛、〜」とあるけれど、お母さんは身を持ち崩しているわけではないですよね。アフリカ系アメリカ人の子どもたちには当たり前のことでも、日本の子どもにはわからないこともあるんだから、もう少し親切に目をかけたり手をかけたりすることによって、橋を架けてほしかったな。

すあま:この作家は、『ニューヨーク145番通り』(小峰書店)がおもしろかったので、どういう人なんだろうと思いながら興味深く読んだけれど、もし知らない作家だったら興味がわかなかったかも。作家って、学校に行ったりしてなるものではなくて、書かずにはいられない人がなる、と聞いたことがあるけど、この人もそうなんだな、と感じました。黒人として生まれたことはどういうことか、というところも興味深い。ただ、日本の子どもたちで、作者が読んだような本を読んでるって子はいないと思うんですね。日本では大人の本として位置づけたほうがいい。いずれにせよ、この作家のほかの作品といっしょに読まれるといいんじゃないかな。

きょん:半分くらいまでしか読んでないのでわからなかったけど、これって自伝だったんですね。自伝だからなのか「いきなり」バラバラつながっているところが、とらえどころがない感じで、読みづらかった。しかし、ところどころ、ぐっと引き込まれるエピソードがあるのが印象的でした。「文学とのふれあい」や「出会い」「詩の世界に入る心の動き」など、興味深いところもありました。「ハーレムの風景」もおもしろかった。しかし、全体としては、ばらばらした落ち着かなさ、気持ち悪さがありました。

むう:アミスタッド号の原書を読んだときに思ったのですが、ノンフィクションを書くときのこの人の文章って、とてもストイックなんですよね。情緒に流さずに。この本でもそういうところがあって、そっけないくらいに乾いていると思います。

カーコ:前半は、フィクションとして読んでいけるんだけど、後半は、本好きでないと読み進めにくいかもしれませんね。

(「子どもの本で言いたい放題」2004年4月の記録)