『となりのこども』
岩瀬成子/作 網中いづる/画
理論社
2004

オビ語録:こどもの心の影と光。ありふれた日常の中に揺らめく小さなうずきやときめきを切りとる連作集。/どうして、あんな気持ちになったのだろう。

アカシア:岩瀬さんは、すごく好きな作家なので、ファン心理で読んでしまいました。この文体が、私にはしっくりくるんですね。この作家特有の時間の切り取り方があって、それを読むと自分の子どものときのことを思いだします。ほかの作家では思い出さないのに。子どもの細かいところをよく観察しているからかな。子どもの姿を浮かび上がらせるのがうまいですねえ。短篇集なんだけど、読んでいくと、前に出た人があとで出てきたりして、同じ地域の話だとわかっておもしろかったし、子どものころは日常生活のすぐ向こうにファンタジーがあるという状態もよく書けています。あいうえお順に献立を考えるおばあちゃんとかおもしろい。「い」のつく料理を考えているうちに「家出」もかんがえついたのかな、とか。ただ、何歳くらいの子が主な読者層なんでしょう? 大人が読んで面白い作品かもしれませんね。

雨蛙:連作ということで、ひとつの地域の話として、つながりとまとまりがあるのが心地よかったですね。よくありそうなコミュニティの、よくいそうな子どもたちとおとなたちだと思ってしまう不思議な感覚がいい。「あたしは頭がヘンじゃありません」で、竹男くんが人形をもらう場面のように、この子いいなあと思ったり、「ねむの木の下で」で野良猫にえさをやるのがきっかけで友だちになったり、ほっとしたり共感できる場面が多いのもよかった。とても身近に感じながら読め、ついつい個人的な体験と比べてしまう。個人的に言えば、子どものころにすごした環境よりも、都会的な印象を受けた。たとえば、「夜の音」の少年たちとその親の関係とか。自分の体験をふりかえると、もっと大人と子どものつながりが強かったように思ったり。「二番目の子」で、女の子同士が遊んでいる、友達をとられてしまうのも、よく書けているなあと。しっくりくる話が多く読後感がよかった。

アサギ:「緑のカイ」という最初の話が好きになれなかったのだけれど、次からは全部おもしろかった。でも、私の子ども時代とオーバーラップするので、現代の子どもにわかるかな、という気はしました。「二番目の子」もリアリティがあってよかった。最後のほうに出てくるあずさちゃんの、へんにケチくさいところなんかも身に覚えがありましたね。ストーリーとしてぐいぐいっとくるのは、バイクの話。たいへんにいい作品だと思いました。

ハマグリ:最近この人の本を『アルマジロのしっぽ』『金色の象』と読んできたんだけど、『となりのこども』が一番面白かった。「緑のカイ」は、この年代の子どもが持っている未来への漠然とした不安とか、成長することへのとまどいを表現していると思う。第2話では、全く違う子どもたちが出てくるのに、最後にちょっと麻智のお母さんが登場し、第3話では、「あたし」って誰かと思ったらおばあさんで、第一話に出てきた竹男くんが出てきて、という構成もうまい。次はどんな話だろうという期待も出てくる。竹男くんは、おばあさんの家出をどこか面白がってる風で、あいうえお順の献立の「あ」という張り紙をさっさと自分で「い」に張り替えるとか、びん人形の世話をするとか、魅力的なキャラだと思った。この作品全体として、子どもって本当にいろんなことを考えているんだな、ということをよくわからせてくれる。児童文学によくある学校の話でもなく、家庭の話でもなく、子どもが一人でいるときに、子どもの頭の中にどんなことがあるのか。たとえば「夜の音」で、弟が、バイクの事件にかかわった兄のことを毎日とても心配しているけど、一方ではリコーダーで「庭の千草」がうまく吹けないということも描かれて、全く次元の違う悩みも、子どもの中では同一線上にある、といった感じをうまく書いていると思う。また、夕子と愛、麻智とあずさちゃんのように歳の離れた子との関係もうまく書けている。いろんな子どもが出てくるのだけれど、この子はこんなことを思いました、感じましたではなく、徹底的に子どもの行動で描いているところがいいですね。だから、今の子どもが読んでも共感するのでは。大人が楽しめる部分もあるけど、大人のいないところにいる子どもがよく書けているので、やはり子どもに読んでほしいな。

ケロ:挿絵の感じや、お話の内容から、すごく昔、というわけではないけど少し前の風景を描いているな、と感じました。自分の体験と重ね合わせて読むような感じ。今の中学生や高校生が、どんな感想を持って読むのかをきいてみたいです。気持ちとしては普遍なのだろうけれど。「子どものころ、こんなことなかった」みたいな話は、私は個人的にあまり好みではないんです。でも、確かに印象深いし、うまいなとは思います。短編連作というのは、本当に上手な人っていますよね。テーマでしっかりくくっている訳ではないけれど、全部を読むと、しっかりとしたある感情にみたされるという感じ。

:私も岩瀬成子さんファンなので、ファン心理で読みました。「緑のカイ」では、麻智や理沙がちょっと上の年令に感じられた。こういう気持ちになったよね、という気持ちのヒダをうまく切り取っていると思います。子どもは、大人がいないところで育つんだと、どっかで聞いたことがあるけど、これを読んでいて、その言葉を思い出しました。私も妹を邪魔にして、どうやってまこうかと苦心した思い出があって、感じがよくわかります。どの短編もおさまりがよくって気持ちの良い読後感でした。
*「あたしは頭が変では」のおばあさんの人形の名前など、細かいところがすごいとひとしきり盛り上がる。

カーコ:大体もう出尽くしていますが。読み進むうちに仕組みがわかって、ひきこまれていきました。居心地が悪くなるくらい、こういうことあった、あったという感じ。でも、ここに描かれている地域の人間関係は、どことなく一昔前と言う気がしました。今は、知らない人に声をかけられても話すなに始まって、親も学校も管理が厳しくなっているでしょう。ここの子どもたちは、もう少しゆるやか。スカートをはいてパンツを見せるというのも、今の子はしないんじゃないかしら。

アカシア:地方ではまだこういう情景があるんじゃないかな。著者も山口県に住んでいる人だし。

カーコ:そうかあ。ともかく、今の子が読んでどう思うかなあっていう気がしました。高校生の女の子くらいなら、おもしろがって読んでくれるかしら。理論社の本の中では、つくりからしても並製本の大衆路線と一線を画していますよね。とびっきり部数は出なくても、読む人は読んで大事にしてもらいたいという本かと思いました。

ハマグリ:最後の話でお母さんのケータイが出てくるから、そんなに昔の話じゃないのでは?

アサギ:おばあさんも別に昔のおばあさんではないし、昔の話のように感じるのは、全体の雰囲気だと思う。

:時代を超えた、人間の感情の普遍的な部分を書いてあるんじゃないかなって思います。

アサギ:年下のきょうだいを邪魔にするというのは、時代を超えてるわね。だからリアリティを失わない。

むう:今回のテーマを赤ちゃんにしようと思って日本の作家が書いた赤ちゃんものの読み物を探したのですが、見あたらなくて、枠を広げて兄弟も入れようということでこの本を選びました。みなさんがおっしゃったとおりで、この人は細部までとてもよく観察しているし、それを上手に表現していると思います。「あたしは頭がへんでは……」は、なんか高野文子の『絶対安全かみそり』に出てきた幼い女の子姿のおばあちゃんを彷彿とさせる感じで、それが妙に納得できて面白かったです。それぞれの作品に、不思議がすぐ隣にあってたゆたうようなところもあるあの年頃がうまくとらえられていて、こんなことがあったよね、という感じがするんですね。ゆらゆらっとしたところをじょうずに書いている。あと、どの作品も、終わり方が書き過ぎもせず、書き足りないこともなく、とてもうまいと思いました。

ハマグリ:「鹿」の終わり方はどうでした? 最後に出てくる白い鹿っていうのは、ちょっと唐突だと思わなかった?

アカシア:本としては、不思議な存在が出てくる「緑のカイ」で始まって、また最後に不思議な鹿が見えるという終わり方なんじゃないかな。フッと不思議なものが見えるような気がすることってあるじゃないですか。それと、二人の女の子の気持ちが「鹿」を同じように見るということで重なるところを書いているのでは?

ハマグリ:なるほど。さんざんいじわるな気持ちがふくれあがっていたのに、鹿を見るという一致した行為があったために、スッとまた仲良くなれたのね。「また遊ぼうね」って言葉が、素直に出てくるんだものね。それに対して、あずさちゃんが、「いいよ」って返事するのもなんかおかしいし、よく感じが出ている。

アカシア:子どもだけを乗せてる運転手さんが、「おたくら」と話しかけたり、「とうとうきゅうきゅう車がきましたっ」と小さな妹が言ったりするところなんか、定型をはずれたところにある真実をちゃんと書いている。p156から157にかけてのお母さんの心の変化も、短い描写でぴたっとおさえている。プロットばかりのネオファンタジーの対極にある作品ですよね。プロット偏重の作品ばかりを読んできた子どもには、逆にわからないかもしれませんね。こういうものをわかるのが大事なことなのに。アン・ファインも、こんなふうに訳してくれたら、よかったのにねえ。それにしても、ステレオタイプに甘んじる描写がないんですよね、この作家は。

ハマグリ:そう、ストーリー性がないから、あとで思い出そうとすると、こういう話というようには思い出せないのよ。でも、細部のリアリティや、味わいみたいのが残るの。

(「子どもの本で言いたい放題」2005年5月の記録)