ハマグリ:サンゴロウのシリーズは10巻出ていて、図書館でも子どもたちに読まれているシリーズですね。最初が1994年に1−5巻、96年に6−10巻が出て刷も重ね、結構よく読まれています。1巻目は、ケンという男の子が語り手で、ネコと宝探しにいく話。サンゴロウの船をマリン号と命名したのは、1巻に出てくるケン。装丁とか挿絵の感じがよく、読みやすい組み方で、子どもが手にとりやすい本づくりにまず好感を持ちました。登場人物の紹介が1巻1巻出てくるのもいい。絵を書いているのが夫の鈴木まもるさんなので、息がぴったり合っている。1巻1巻起承転結がはっきりしていて読みやすいけれど、私としては、サンゴロウをかっこよく書きすぎかな、と。もうちょっとユーモラスな面を出してほしいなと思いました。例えば37ページの最初のところに「火をおこして魚を焼いて食べた」とあるけど、これ、すごくおかしいでしょう? だってネコなのに魚を焼いて食べるなんて。あとで、魚を干物にするところもある。でも、ひたすらかっこいい路線で、文章全体がまじめ。ネコが魚を焼いて食べるおかしさみたいな、ふふっと笑える部分を、ところどころにもっと出してほしいな、と、これは私の好みなんですが、思いました。

トチ:今回の選書の仕方がおもしろいなあと思ったのは、「黒ねこサンゴロウ」は、動物を人間と同じように書いている話、「天才コオロギ」は動物と人間の住み分けがしっかりできている話、「天才ネコモーリス」は住み分けができている世界なのに、不思議な力で動物と人間が対等になっている話……と、それぞれが違う動物の扱いをしているところです。「黒ねこサンゴロウ」は安心してすらすら読めますし、本のつくりも絵も、とてもいいですね。小学生が本当に楽しんで読めるシリーズだと思いました。おもしろかったのは、あとの翻訳もの2冊に比べて、非常にあっさりしていること。さっぱりしていて、こてこてしていない。たとえば「モーリス」では、ビッグラットの正体が最後にはわかるけれど、こちらの闇ネコは何者か分からない、怪しい存在。そこまでつきつめて書いてない。小学生向きだから、これで良いのかなとも思うけれど、「……魚を何びきかつった。なまえは知らないが、黄色いしまのある青い魚だ」などというところを読むと、なんの魚か教えてよ、って気になってします。作者が創造した魚でもいいから。『星とトランペット』という、いってみれば日本風の、安房直子風のファンタジーで出発した著者なので、終わり方もいかにもそれらしい終わり方だなあとおもいました。ところで、サンゴロウの住んでいる海と流れ着いた海はどういう位置関係なの? どんどん航海していくと、人間の世界にたどりつくって、そういう設定なの?

ハマグリ:あんまりきちっと書いていないんじゃないかしら。

驟雨:1巻に、日本の海岸に住んでいたウミネコ族が、追われて島に引っ越すというような話がありますね。

:全部読めていないんですけど、サンゴロウが「この島は見覚えがある」というのは、最後には解決していないの?

驟雨:1巻に、サンゴロウが男の子と一緒に船の設計図をとりにいくところが書かれてて、訪れたことがあるからでしょう。

きょん:シリーズ中この1冊しか読んでいないんですけど、すごく好きです。とても心地よい話。装丁もすてき。カバーをはずすと、別の絵が描いてある。読んでてびっくりしたのは、読後感が安房直子さんと似ているということ。不思議な浮遊感があって心地よい。あっさりしているというのは、確かにそうですね。ミリとのかかわりもそうだけど、要所要所で押さえている。「心の波」というのもいい。最後も、猫の世界と人間の世界の境目が漠然としていて、書き込んでいないのがいいですね。

カーコ:図書館に並んでいる背表紙を見ても、本の作りがとてもいいですね。何で今まで手にとらなかったのだろうと思いました。長さも、小学生が読みやすそうな長さで。この本の前に、竹下さんの『ドルフィンエクスプレス 流れ星レース』というのも読んだのだけれど、そちらは一つ一つの文章がさらに短くて、もっと勢いがあって、ストーリーがはっきりしていました。現代的な話題も盛り込んであって。でも、ネコだけの世界のファンタジーで、この本のような不思議さはなかったです。この本は、主人公の印象が強烈なので、ひっぱられて読めてしまう。あと、短い言葉で情景を表していくのがうまいと思いました。16ページの二章の冒頭の描写もそう。色とか匂いとかが、短い文章でくっきりと浮かび上がってくる。そういうところがあちこちにあって楽しめました。ストーリー的には、キララの海でガラス貝を採って、闇ネコにあって遭難するところで、うまく助かりすぎるのが、ちょっとひっかかりました。その辺を書き込まないのが、この作品なのでしょうけれど。

驟雨:安定した感じの本だと思いました。子どもの本ってこういう感じだなという典型のような、古典的というのか、そういう印象。そしてまた、こういう本がずっと受け入れられていく素地があるのが、子どもの本の世界なんだなあとも思いました。子どもの中に、今の過剰で過激なまでの刺激に反応していく部分と、こういうクラシックな世界に反応する部分があるんだろうなあ、と思いました。

:本作りはとてもいいし、ていねいに書かれてます。でも、なぜって考えると、わからないことがありました。カバー袖に「記憶をなくすサンゴロウ」って出てきますけど、記憶をどこまで失っているのか、よくわからない。ナギヒコ先生が、サンゴロウにたのむ理由も、こじつけっぽいですね。

ケロ:なぜでしょう? この作品の場合、いろいろ想像で補いながら読んでるところがありますね。今のところも、ナギヒコ先生に救われたという過去がきっとあって、恩義を感じているのかなとなぜか納得してました。

ブラックペッパー:手にとったとき、ネコが服を着ているので、こういうのって下手すると甘くなりやすいのよねって思ったけれど、この本はそれなりのリアリティがあって、楽しく好きな世界でした。ミリの夢が、鳥になりたいというのが、むむむ。

小麦:すごく人気のあるシリーズなので、存在自体は知っていたんですが、今まで手にする機会がなく、今回初めて読みました。装丁や造本などが、よく子どもの事をよく考えているなという感じ。手に持った感じなんかも好きでした。お話自体は、ほどよく事件があって、ほどよくドキドキして、最後にはうまく収まるという、どちらかといえば平易なものだけれど、この「ほどよさ」が、今の時代にあって、かえって支持されるのではないかなと思いました。子どもたちが暮らす現実は、インターネットやメールなんかが、びゅんびゅんと加速度的に進化するせわしない世界なんだけど、この本の中では、ずっと同じゆるかやな時間が流れている。この本を開けば、いつでもサンゴロウの世界に戻っていけるという意味で、子どもたちも安心して読める本なんじゃないかな、と思いました。

アカシア:「ドルフィンエキスプレス」のほうは、鈴木さんの挿絵もはっきりしてますけど、こっちはもっとぼやっと描いている。それが雰囲気をつくってますね。安心して読めるのもいい。最後は、サンゴロウがサンゴの鳥をお店から買って空を飛ばす、という終わり方ですが、ちょっと腑に落ちなくて、もっと違う終わり方があったんじゃないかな、と思いました。同じファンタジーでも、欧米の作家は立体的に世界を構築していくところがあるけど、日本の作家はイメージにひっぱられて雰囲気をつくっていく、という感じがします。だから、あっさりしてもいるし、下手すると矛盾が出てぐずぐずになってしまう。この作品はぐずぐずにならずにおさまってますけど。

小麦:サンゴロウの設定が、海の男という感じで、かっこいい。小学校の中学年くらいが読むと思うのだけれど、波があって、ほどよい感じ。

ケロ:1、2巻を読んだんですけど、1と2で登場人物や作品世界が違うので、びっくりしました。1で出てくる男の子とのことが、もっと読みたいなと思っていたから、とまどいました。ホテルが出てくるところで、ケンがまた出てくるのかと思ったけれど、そうでもなくて。いきあたりばったりなのか、最初からこういう形で構築して書いたのかどっちなのかなあ、と勘ぐりたくなったりして。よくも悪くも、明らかにならないところが多くて期待が裏切られる感じ。知りたいなと思う部分を、想像しながら読むのか、わからないままにするのか……。どっちがいいんでしょうね?

トチ:最後のサンゴの小鳥が飛んでいくところ、私もこれでいいのかなあって思っちゃった。伏線として、例えばサンゴ屋のおやじが大変な名人で、いままでにも彫った魚が泳ぎだしたとか、なんかそういうことが欲しいと思ったけど、どうなのかしら?

ケロ:「信じていい」で、飛べるかっていったら、人間にはやっぱり不可能ですしね。でも、サンゴロウのように、信じてついていけるキャラクターは、読んで気持ちが安定しますよね。今は、途中で主人公がブラックになったり、ひねったりしているのが多いので。

(「子どもの本で言いたい放題」2005年6月の記録)