カーコ:最初にこの第2話だけ読んだときは印象が薄かったのですが、1と3を読んでみたらけっこうよかったので、第2話を読み返しました。大事件が起こるのではない、日常の中の、中学生の微妙な心理が書いてあるのがよかった。だれしも、多かれ少なかれ問題や悩みを抱えていて、それぞれの子がそれを解決しようとするのだけれど、それがうまくいったりいかなかったり。中学生の、そういう当たり前の心情、心の揺れが書けていると思いました。でも、3話のキスはわりに自然だけれど、1話と2話のキスは、嘘っぽい感じがしました。

:ありがちないい話だけど、さわやかでいい作品だと思いました。第一話ですけど、自分の子どもが、こういう男の子に育ったら自慢だなと。自分が中学生だったら、外見の良さにばかりとらわれてしまって、その人の内面的なものまで見抜くことができないから、良さに気づかないような男の子なのだけど。それで私はとても面白く読んだのですが、同僚の男性は、「かつて少年だったぼくとしては、あの男の子は作りすぎで女の人が描いた男の子という感じがする。男ってこんなものじゃない」と批判的だったのが面白かった。自分だけの感覚ではわからないものだなと、つくづく思いました。

きょん:すごく前に読んだんですよ。すらっと読めたのですが、印象が薄くて細部は残念ながら忘れてしまいました。主人公の“あたし”のおとうさんに対する気持ちが、最初はきらいだったのが、マヌケだけど守ってあげたくなる、ずっと一緒にいてあげようという気持ちに変わっていく。この子の心の成長がすごく素直に書けていて好感を持てます。他に好きな人ができて家を出て行ってしまったお母さんが、お父さんが買ってくれたロードレーサーに、これまでは一度もみんなと一緒に乗らなかったけどふと乗りたくなってしまう。そんなお母さんの気持ちも、わかる気がして、ちょっとキュンとなります。また、そのお母さんをだんだん理解して、許していく主人公の気持ちの揺れも、よく描けていると思いました。

ブラックペッパー:たいへんすばやくさらっと読めて、ふわっといい気持ちになりました。でも、これって、良くも悪くも歌の歌詞みたいな文章で、子ども向けの本というよりも、大人が思い出して書いてるって感じ。

:ちなみに、恩田陸の『夜のピクニック』(新潮社)の男の子たちは「あり」ですか?って、先ほどの同僚の男性に聞いたのですけど、あれは「あり」だそうです。

うさこ:読み終わった直後は、行間で読ませる、ちょっとせつない物語だなあと思いました。が、ちょっと離れて考えてみると、この子は冷静でわりと大人で、自己完結している子ですよね。自分なりに消化していくんだけれど、それがどこか嘘っぽい印象。この作者は、主人公と等身大の読者を前に書いているのかな? かつて少女だった、もう少女に戻れない大人が読むとフーンと距離をおいて読めるけど、今、この年齢の子が読んで、本当に感情移入できたり落ち着くところに落ち着けるのか疑問が残りました。結構、コレ的な話は多くて(持ち込み作品などにもあるような…)あんまり新鮮さを感じられませんでした。ささめやさんの絵があるので、どうしても良さげに見えますが。だいたい、お父さんとお母さんがキスするところなんて、中学生の女の子なら、嫌悪感を持つんじゃないかな? そのへんも作りものくさいなあ〜と。

カーコ:でも、この子にとっては、キスはすごくうれしいことだったんじゃないかと思うんですよね。今は不仲な両親にも、昔は愛し合っていたときがあると、信じていたいという気持ちがあるから。私はとてもリアルだと思いましたよ。

アカシア:最初は、時間が前後してフラッシュバックしているのでわかりにくかったんですけど、2度目に読んだら、ロードレーサーに乗りながらいろいろ思い出しているという設定もわかって、この作者はうまいと思いました。第1話の男の子の描き方はともかく、この第2話は、おとうさんのかっこ悪さがよく書けていると思います。宿題を自信たっぷりのおとうさんにやってもらったら全部間違ってたとか、すぐゲップをするとか、しわくちゃのTシャツに着古したジャージという格好とか、かっこ悪いですよ。p96の「『おかあさんはな、ほかにすきなひとがいるらしい』おとうさんがそう言ったとき、あたしはおとうさんってほんとうにばかだ、とおもった。なにを言ってるんだろう、とおもった」も、細かく書き込みはしないけれど、行間からいろんな想像ができるじゃないですか。p93には「おかあさんはなにかすごいものがじぶんの前にある、という手つきでサドルを一度だけゆっくりなでた。/でもどうでもいいわ。/そんな顔をしていた」も情景が浮かんできます。冒頭のトラックの運転手さんとのやりとりとか、テーブルの上のふきんが四角くたたまれていたことからお母さんが来たのを主人公が感じるところにしても、この作品には、ゲーム的ファンタジーにはない細部の描写がちゃんとあります。しかも書き込みすぎていないのがいい。一つだけ残念なのは、中学生くらいの男の子って、「キス」っていう言葉が書名にあると、恥ずかしくて本が買えないんですって。本当にそうらしいの。

小麦:「嘘っぽい」という意見が出ていましたが、私もそれは感じました。この作家はとても器用な方なんだと思います。言葉は悪いけれど、こう書いたらこうなる、ここでこうしたら読者を引き込める、といったことが明確にわかっている。それを書きながら自分でうまくコントロールできるんだと思います。よく剪定された優れた作品だとは思うけど、剪定されすぎて印象に残りにくいという気がします。文中では、中学生の女の子が語り手におかれてますけど、私は「成長して大人になった主人公が、自分の大切な物語を思い出すように書いた」というスタンスでこの作品を読みました。成長して、時を経るにつれ、実際のなまなましさや嫌悪感なんかがうまく濾過されて、この物語が残ったというような。かといって大げさにならず、淡々と文章を紡ぐ感じは、清々しくて好きでした。

(「子どもの本で言いたい放題」2005年10月の記録)