『わたしの、好きな人』
八束澄子/著
講談社
2006.04

版元語録:さやかは小学6年生の女の子。彼女の好きな人は,家の工場で住み込みで働いている36歳の男性・杉田だった。

ウグイス:八束さんは好きな作家で、この本もおもしろかった。ひとむかし前のTVドラマを観ているみたいな感じがしました。最後まで読んで、これは「小さい女の子から見た、違う年齢の男の生き様を描いた作品」なのだと気づきました。猫の小太郎もいい味を出している。その辺がおもしろかったです。ただ、小学生の女の子にしては、いろいろな感覚が大人びていて、もう少し年齢の高い子が少し前の事を思い出している感じがしました。

紙魚:『平成マシンガンズ』や『ジョナさん』に比べると、やはり描写力のうまさを感じます。その場のにおいや湿度、たとえば工場の油のにおいなど、感覚に訴えるように迫ってきました。生活の音も、すごくがちゃがちゃしてうるさい感じが伝わってくる。人間関係も、その場にいるような気にさせてもらえました。ご飯を作るときの描写なども、本当においしそう。細部の描写によって、全体が支えられているのがよかったです。

愁童:おもしろかった。ぼくも技術系の仕事をしていたので、油臭い小さな町工場のようすなど、よく書けていると思いました。70年安保のことが出てくるけど、ここはしらけたな。作者がこの作品で書いているようなキャラの男が内ゲバみたいな先鋭的な部分に関わることもかなり不自然。作者はだから町工場に職を求めざるを得なかったという設定で書きたかったのだろうけど、そこからすきま風が吹き込んでくる感じ。

うさこ:期待して読んだのですが、ちょっと期待はずれでした。どこがというと、杉田の人物像がつかめるようでつかめない。さやか一人が舞い上がっている感じ。さやかが口にするほど杉田の魅力が読み手に伝わってこない。リアル感がない。杉田は、小さい頃からいっしょ、というより育ててもらった人で、家族や家族以上のつながりのある男性を、いつの日か恋心をもって意識しはじめるというのは、ただぽうっとした感情だけではないはず。12歳の女の子、思春期の入り口あるいはまっただ中に、男性として杉田を好きになったとしたら、もっと生々しい情景があるのではないか? 例えば、杉田の後にお風呂に入りたくないとか、いつもの食事も変に意識して食べられないとか、かっこつけようとして失敗するとか……。設定はおもしろいだけに、細部のリアル感の欠落で、物語がぎくしゃくしている。おっさん、杉田という呼び方も違和感あります。照れ隠しな言い方かもしれないけど、もっと素直な呼び方にしてもよかったのではないかと思うんです。2時間ドラマの原作になるような……、というのは反対に言うと、その程度の作品なのかなあ、とも思いました。

ブラックペッパー:私は、読む前に杉田の正体を知っていたので、クールに読み進みました。でも、「恋って、非日常」のものだと思うので、半分家族みたいなこういう人に恋心を抱くかな? しかも初恋なのに! 家族とはもっと遠い、別世界のものに憧れるのが恋だと思うんだけど……。杉田という人を描きたくて書いた作品みたいなので仕方ないのかもしれませんが、ちょっと不思議に思いました。憧れる、恋するって感覚が、12歳の心ではないみたい。50歳の心をもった12歳の女の子って感じ。

紙魚:この本では、作者の年齢は伏せられているんですよね。他の著作には、作者は1950年生まれと書いてあります。

ケロ:私も、こんなに近しい親のような人に、恋心を抱くというのは、あり得ないのではないかと思いました。主人公は、父親のやっている工場を継ごうとか、愛してるとか全然思っていないわけで、その油にまみれた工場にいる存在の杉田に、恋心を抱くというのは、ちょっと考えられない。でも、もしかしたら12歳のこの主人公にとっては恋愛だけれど、本当は恋愛感情ではないのかもしれませんね。それを超越するような「大事な存在」ということを主人公が、勘違いしているのだとすれば、分かる気がする。杉田は、自分が一番頼りたい人で、出ていってほしくない大事な人だから。でも、そうだったらそう言う表現がどこかに必要なのでは? ありえなーい、と思わせてしまうのは、作者の責任かと思います。

小麦:『平成マシンガンズ』の殺伐とした世界のすぐ後に読んだので、ことさら安心して読めたような……。描写力があり、物語自体に力があるので、ぐいぐいと読めますが、ところどころひっかかる部分があったのも事実です。杉田が12歳の女の子の恋愛対象になりうるのか、とか、お兄ちゃんの改心があまりにも唐突で、ご都合主義に感じるとか……。ただ、私はこの作品にリアリティを求めるというよりも、ある種のファンタジーとして読んだので、みなさんが違和感を感じた点については、あんまり気になりませんでした。小学生の女の子がこんな直球の手紙を書くかなっていうのはありますが、最後に主人公が、文字にすることで、自分の気持ちに決着をつけるというのも、すごくいいなと思いました。

ミラボー:あり得ない設定をあえて書いて、それで物語を作っていこうとしている感じを受けました。杉田や、お兄ちゃんにリアリティがない。男の立場から見ても変だな、と感じます。それに、顔がいい男が、やっぱり得なんだな! この3冊の中では、自分の生徒たちにすすめるなら『ジョナさん』かな。

むう:作者の年が気になったのは、なぜかというと、学生運動をリアルタイムで知っていた人なのかどうか疑問だったから。学生運動をリアルタイムで知らない人なら、「普通の人、あるいはむしろ崇高な理想を持った人だけど、間違って罪をおかしてしまった」という設定に学生運動を使うだろうけれど、リアルタイムで知っていたら使わないだろうと思ったんです。この作者の年齢からするとリアルタイムで知っていたはずですよね。こういうふうに使うのかな? ちょっとご都合主義の感じ。70年代後半の学生運動というのは、そういうものではなかったように思うんです。まあ、12歳がとらえた像としては、ありなのかもしれないけれど。この主人公は、50代の人の中に生きている12歳の少女、という感じがしました。つまり生の12歳でもなければ、生の50代でもない「少女」。関西弁の雰囲気や、工場の様子は、おもしろかったです。

アカシア:私はとてもおもしろく読みました。この12歳は、私はリアルだと思ったんですね。13歳、14歳だと性を意識するだろうから、こういう憧れ的恋心とはまた違うと思うんです。おしめを替えてもらった相手に恋愛感情がもてるか、ということだったけど、替えてもらったほうは赤ちゃんで覚えてないわけだから、恋愛感情はもてると思うんです。少女のほうは、さっきケロさんが言ったように「いてほしい人」という思いが強くて本当の恋愛感情ではないかもしれないけど、自分では恋愛だと思っている。でも、赤ちゃんの頃から見てきた杉田のほうでは、少女の気持ちをうすうすは感じながらも保護者的な思いが働くし、もっといろいろなことを大人として考えなきゃいけない。そのずれを、とても的確に表現している。ただ兄が引きこもりから家出して新聞配達をし、もどってきて工場を背負うようになるという、この変貌ぶりだけは、私もちょっと抵抗がありました。でも、全体にユーモアもあるし、うまいですよ。

(「子どもの本で言いたい放題」2006年6月の記録)