げた:極端なキャラクター設定で、話としてはとってもおもしろく読みました。モーって、極端にスローで、テストでも時間が足りなくなってしまう。この本の読者は中・高生だと思うんだけど、モーみたいな子は結構いて、例えば『決められた時間の中で答えを出すのはできないんだけど、おれは本当は数学が好きなんだ』なんていうところは共感できるんじゃないかな。カチューシャは、映画化したらどんな女優さんがやるのかな? カチューシャがおじいちゃんの戦争体験を思って、文化祭でみんながつくった戦車をめちゃくちゃにしてしまうのだけど、どうしてこんなに思い入れるのかな、おじいちゃんの戦争体験とおじいちゃんの戦争に対する思いが、この本からは読みとれなかったなあ。モーのお父さん、なかなかいい親父だなと思います。でも、朝、時々違う女の人が食卓でコーヒーを飲んでいるのをモーが受け容れているんですけど、本当に受け容れられるのかな? ちょっとおもしろおかしく作りすぎているんじゃないの?

ミラボー:私はこのお父さんは、結構気に入りました。全体的には、読みづらいっていうか、読むのに時間がかかっちゃったな。筋がだらだらしてるからでしょうか。文化祭で戦車に顔をつけちゃったというのは、ありがちな感じ。作品としてはあまり評価できないです。設定に無理がありますよね

小麦:おもしろくは読んだんですけど、なんていうか手の込んだ幕の内弁当という印象。作者のサービスがいたれりつくせりで、ちょっと食傷気味になってしまいました。かじおのキャラクターも好感が持てるし、ストーリー運びもうまいと思う。それだけで十分読み進んでいけるのに、余計なところでおもしろくしようとするから、かえってそれが鼻についちゃう。お父さんが女の人と朝、コーヒーを飲んでたりとか、浴衣姿の編集者とキャンプファイアに来てたりとか……。エピソードとしても、戦争が出てきたり、かじおのお母さんの話が出てきたり、盛りだくさん。うす味系の『オリーブの海』のあとにこの本を読んだので、2冊の差がおもしろかったです。実力のある作家だと思うし、だからこそ色々と細かなところまで気がまわるのだと思うけど、なんでも先回りして用意してくれちゃう感じで、途中からおなかがいっぱいになってしまう。もっと読者にゆだねるところがあってもいいし、ディディールの味つけも、もう少し減らしてくれれば物語に集中できるのになー、と思いました。

たんぽぽ:3冊とも全部おもしろくて、私は幕の内弁当おいしゅうございました。3人それぞれ性格が魅力的で、組み合わせもおもしろかった。ショウセイの過去が、戦争とか恋人だけじゃなくてもう少し何かひとひねりあったらよかったんじゃないかな、と思いました。カチューシャもショウセイも自分を肯定しているところがいいなと。この表紙はフォークダンスなんですね。

ウグイス:主人公のかじおくんていう子が、周りとはちょっと違った時間軸を持った子どもだというのと、カチューシャが頭の回転が速くて世渡り上手な女の子っていう対照が、『秘密の手紙0から10』と一緒に取り上げるのにいいと思ったんです。全く違うように見える2人だけど、おじいさんに対する思いやりには共通のものがあって、そこからつながっていくという図式はわかりやすいと思いました。今のこの忙しい時代にスローライフをよしとするという主人公の設定はとてもいいと思うんだけど、お話としては特に何が起こるというんでもないんですよね。それから、かじおの一人称で書かれてるんだけれど、途中で著者の一人称みたいに聞こえてきてしまい、ちょっと鼻につくようになりました。著者が結局何を言いかったのかというと、ゆっくり生きていこうよっていうのと、戦争はやめようよ、くらいなんですよね。メッセージだけで読ませると弱いので、それならもうちょっとストーリー展開をおもしろくしてほしかったかな。

むう:設定やなにかはおもしろかったです。のんびりした男の子、力強い女の子、そしておじいさんに、クラシックな不良と、いろいろな人が絡んでいくのもおもしろかったし、かじおとカチューシャが実は前に会ったことがありました、というのもおもしろかった。ただ、途中で、カチューシャが戦車のはりぼてにいたずらするあたりは、ううん、これは付け足しめいているなあと思った。ちょっとてんこ盛り過ぎて、こっちがくたびれた部分もありました。かじおだけでも十分面白くて、たとえばマラソンの途中でコースを逸れちゃうところとか、なんともいえずいい感じなんだけれど、途中から、かじおの部分とカチューシャとショウセイの部分がちょっと拡散する印象があった。そのへんがいまひとつでしたが、基本的にはおもしろかったです。お父さんの造作も、いかにも今風でおもしろかった。

愁童:おもしろく読みました。才能がある作家だなと思ったですね。でも、この人の不幸は、いい編集者に出会っていないことなんじゃないかな。作家としての自分の文体が確立されてない気がします。日本語として首を傾げたくなるような表現が散見されて、興を殺がれてしまうのが残念。例えば 「にくまれ口をつぶやきながら」とか、「上のほうから俯瞰した」「髪にはめる」みたいな文章を日本語として、12歳ぐらいの子に読んで欲しくないですね。もう少しこなれた、しっかりした文章で書いてくれたら、大人の読者も充分引き込まれる魅力的な作品になるのに、惜しいなと思いました。

ねず:作者の生の言葉と、主人公のモノローグが混ざっているような感じがあって、気にかかりました。「金時豆がふっくら煮えてる」なんて、男の子は言うかな……とか。それから、非常に説明的だと思われるところもあって、やっぱりストーリーで語ってもらいたいなと思いました。だから、後半ストーリーが動くところからは、安心して読めました。そういうところをのぞけば、設定はおもしろいし、なにより主人公の立ち位置、万事スローで勉強もできないけれど、いじめられるわけでもなく、ちょっとみんなの輪から離れたところにいるーーそんなところに自分自身の経験からも共感をおぼえました。ショウセイは、バカ丁寧な話し方が原因なのか、ちょっと心のうちまで分からないという気がして……戦争体験も、とってつけたような感じがして。主人公のお父さんはけっこう好きです。朝、知らない女の人とコーヒー飲んでいるところなんか、なかなかいいじゃないか、なんて。こういう作家が、これからもどんどん書いていってほしいなと思います。「児童文学は卒業、これから大人のものだけ書きます」なんてならないで!

きょん:去年読んで、その時の印象だと、とても好感の持てる作品だと思ったのですが、印象が薄かったのか、ストーリーの細かいところを忘れてしまっていました。人よりもちょっとゆっくりでトロい男の子が、女の子に出会ってから、自分の居場所をみつけるという学園ストーリーが、軽快に描けていて、おもしろかったと思います。ショウセイの存在は、男の子にとっても女の子にとっても癒しの存在だったと思いますが、ショウセイの戦争体験については、老人に対するステレオタイプのイメージかも。戦車をめちゃめちゃにするところは、ちょっと理屈っぽすぎる感もありました。でも、全体的に個性的なユニークなキャラクターが出てきて、楽しめました。

アカシア:ほかの2冊の翻訳書に比べると、日本の人が書いているので、会話などがずっと生き生きしてますよね。文学というよりエンターテインメントだと思って、とっても楽しく読みました。キャラクターもちゃんと書き分けられて、特徴が出ているし。スローな子を魅力的に見せるのは難しいと思うんですけど、うまく書けてますね。「金時豆がふっくら煮えてる」というところも、この子のお父さんは料理研究家だし、料理の本などでは決まり文句なんだから、この子が言って不思議じゃない、と私は思います。ただショウセイのしゃべり方が疑似外国人風で、そこにリアリティは感じられませんでした。お母さんが風邪で死ぬというところも、リアリティからいうとイマイチかな。

ウグイス:p107「過去系で言うなって。」は、「過去形」の誤植ですよね。

ミラボー:お母さんはミャンマーの人なんですかね。

アカシア:日本人なのよ。日本に帰ってきて、免疫がなくて死んじゃうの。だけど私も、この人はこれからいい作家になるんじゃないかなって思います。

(「子どもの本で言いたい放題」2006年10月の記録)