サンシャイン:描写が細かい作品を、久しぶりに読んだという感じ。最近のものはもっとスピーディーで、描写が丁寧だとなかなか読者がついていけない時代かもしれません。私もすらすらとは読めませんでした。せっかくの描写を丁寧に読まなくては、と思って心して読みました。昔に入りこんじゃう話ですが、作品としてはピアスより先なんですね。でも、こちらのほうは、過去の世界と今の世界が混在していて、その境目がはっきりしないです。そういう作品もあるんだなと感じました。時代考証などきちんとしてあるんでしょうが、詳細は我々にはわからない所があります。

アカシア:情景描写や、当時の人たちの暮らしぶりがとても細かく書いてあります。昔の人は、プロットの展開が早い物語より、こういうじっくり描写してある作品の方がおもしろかったんだとおもいます。ただしこの作品には、内面的な描写はあまりないんですね。メアリー・スチュアートは、まあ日本で言ったら義経みたいなもので、向こうの子どもは悲劇の主人公としてだれでも知ってるんでしょうけど、日本の子どもにはそれだけのイメージはありません。なので、イギリスの歴史に興味を持っているおとなには楽しめる作品だと思いますが、日本の今の子どもたちには難しいでしょうね。もちろん中にはこういうのが好きな子もいるとは思いますが。それから、アンソニーが自分の命がかかっているような秘密を、よくは知らないペネロピーに話すわけですが、そこはリアリティに欠けるんじゃないでしょうか?

ウグイス:ざっと読んでしまうのはもったいない、一字一句、味わいたい本ですね。懇切丁寧な情景描写をじっくり読むことによって作品世界をありありと思い描くことができる本。でも今の子どもたちが手にする本の中には、ここまで細かいのはなかなかないので、読み進むのはむずかしいのではないかと思います。この文庫には小学校の高学年くらいから読める作品が入っていますが、映画やテレビなどでこの時代のことを観たことがないと、映像的に思い描くのは難しいのでは? イギリスのマナーハウスや古い家に行った時に、時代を遡るような不思議な感覚にとらわれることがあるけど、『そのぬくもりはきえない』のように日本家屋が舞台の場合と違って、ああわかるわかる、という感じにはならないでしょう。あと、この作品でよかったのは、農家の人たちの地に足をつけた暮らしぶりがしっかり描かれていること。国も時代も違うけど確かに生きているという感じがして、この存在が作品に厚みを与えていますね。

クモッチ:確かに、ボリューム満点という感じですね。最初、ピアスよりもこちらの方が後に書かれたのかな?と思って見てみたら、ピアスよりずっと先だったんですね。ということは、ピアスが影響受けたりしてるんだろうな、と襟を正してしまいました。おもしろかったのですが、この作品で過去に行く意味は、今使っている物が昔も使われていることから、時間が続いているのを再認識するということなのでしょうか。主人公のペネロピーは、歴史を変えられないということを背負っているために、過去に行っても主体的に何かをするという訳ではなく、その時代を見る目としかなりません。そのうち、未来に対する自分の記憶も曖昧になってしまったりして。その辺がもどかしくもありました。

ジーナ:岩瀬さんの本の次に読み始めたんですけど、途中で進まなくなって、あわてて高楼さんのを先に読みました。そんなわけで、この作品は途中までしか読めませんでした。それにしても、このシリーズの字の小さいこと! 今どきの大人の文庫より小さいですよね。前に読んだのは、評論社版だったのですが、あのときは一気に読んだおぼえがあるんです。なぜだろう? 前は、ぺネロピーが最後どうなってしまうのか知りたくて読み進んだのだと思いますが、今回読んで、こんなに細部の描写が細かかったかとびっくりしました。ひょっとして、評論社版の訳はどこか短かくしていたのかしら?

アカシア:松野さんの訳はとてもていねいでいいのですが、ですます調なので、余計長く感じるのかもしれませんね。

ジーナ:昔のことを語るような口調ですよね。非常に読者を選ぶ本だと思いました。はまる子ははまると思いますが、男の子は入りにくいのでは?

メリーさん:ぼくは男ですが、実は手に取ったのは初めてだったのに、とてもおもしろく読みました。みなさんが言うように、現代の子どもが読むのは大変だと思いますけど、好きな子は逆にのめりこむと思います。圧倒的な描写の力。台所や食べ物の描写、ハーブについてのくだりとか。まさに匂いがしてきそう。タイトルがSFみたいなので、どんな装置でタイムスリップするのかと思ったのだが、ぼくたちが名所旧跡に行って過去に思いをはせるときに、風景がパーッと変わっていくような、そんな感覚に似ていました。そういう心の動きがファンタジーの入口になっている、というのがおもしろい。ロケットを見つけるところも、過去の人物との関係を大切にする主人公のけなげな感じがとてもよかった。

げた:ごめんなさい。指定の本じゃなくって、評論社の小野章訳を読んできました。児童室の棚にあるんですけど、読み直してみて、これは小学生ではむずかしいなと感ました。書かれたのが、70年近く前ですから、そこからまたさらに過去へとワープしなくちゃいけない。現代の読者には、二重に想像力が必要となるんですよね。そこが難しいと思いましたね。それに、イギリスやヨーロッパの歴史についての基礎知識がないと、読み進むのは大変かな。

ジーナ:ヨーロッパは石の文化なので、昔の建物が今も使われていることが多いですよね。普段そういうものを目にして、今の生活ととなりあわせに歴史を見ている西洋人と、古いものがほとんどないような日常を生きている日本人とは、歴史との距離感が違うのかもしれないですね。

ウグイス:今の日本では、文化財指定になるようなものは別として、日常的に何百年も前の家を目にすることはないでしょう。イギリスでは普通の人が家探しをする場合でも、古いものほど良いというのがあるけど、今の日本ではみな新しいものを求める。そういう意味で違う価値観なのでは。

アカシア:日本は地震があるものね。『トムは真夜中の庭で』の舞台になってる家も古い家だし、ルーシー・ボストンの「グリーンノウ」シリーズの舞台は12世紀の初めからある家で、そこに実際に今でも人が住んでるんですからね。

小麦:余裕のない読み方をしたせいか、私は入り込めなくて残念でした。物語が最初から破滅に向かっていて、主人公も何かを変えられるわけではない。あらかじめ結果のわかっている物語を追うっていう構造がだめだったのかもしれません。アトリーならではの緻密な描写は素晴らしかったんですが。でも、『そのぬくもりはきえない』では物語世界を立ち上げるのに、ディティールやエピソードが丁寧に描きこまれているような感じたけど、これはそう思えなかった。ディティールの書き込みの比重が、ストーリーの展開よりもはるかに勝っていて、それぞれがうまく絡みあわずに別個のものとして乖離しているような印象がありました。いいなと思ったのは、かなりの数の単語を文中で説明するんじゃなくて、注釈処理にしているところ。例えば「ポセット」という言葉ひとつとっても、そのまま残すことで、音の響きも含めて想像力が刺激されるし、物語の雰囲気も高まる。子どもがすらすら読めるようになんでもかみくだいて説明しちゃうのって、必ずしもいいことではないんですよね。

(「子どもの本で言いたい放題」2008年1月の記録)