ウグイス:バスケットボールに熱中する少年たちの話だと思っていたんですけど、読んでみたら、スポーツというよりは、障碍をもつ人の物語という意味合いの方が強かったですね。スポーツものが読みたいと思った人には、バスケットの部分が少ないので物足りないでしょう。この物語は、急な事故で障碍者となり、車椅子での生活を余儀なくされたデーヴィッドの気持ちがとてもよくわかるように描かれていますね。デーヴィッドが、こんなふうに扱われたら嫌だ、と思っていることをする大人が何人か登場しますが、障碍をもつ子どもが登場する児童文学は、今までどちらかというと、そういった大人の視点で書いたものが多かったと思います。そういう点では、目を開かされる物語でした。ストーリーとしては、とくに何か大きなことが起こるわけではなく、心理描写が多いし、主人公とデーヴィッドの会話からいろいろなことを読み取らなくてはいけないので、物語を読み慣れている子に薦める本かな。

みっけ:確かに、バスケットの試合なんかのシーンはあまり出てこなかったですね。だからちょっと、あれ?とは思いました。2人がつながっていくのはバスケットの部分なんだけれど、私はバスケットにあまり詳しくないので、よくわからない横文字のシュートがあるらしい、それがすごく難しそうで、でもデーヴィッドは軽々とやってのけているらしい、すごいんだろうなあ、という感じで止まってしまった。でも全体としては、とてもおもしろかったです。冒頭に2人が取っ組み合うシーンがあって、これによって、デーヴィッドのパワフルさが強烈に印象づけられる。そして、ショーンが、なんか気むずかしいところがあるなあ、と思いながらも次第にデーヴィッドと親しくなっていく。そのあたりがとても自然に書けているし、そうやって近くなっていても、まだどこか壁がある。そういう関係が、ショーンを丸一日車椅子に乗せるというデーヴィッドの行動によってさらに変わっていく。
 この「丸一日車椅子に」というところには感心しましたし、読んでいるときも、ショーンの目線から、そうか、デーヴィッドの世界はこうなんだ、だからあんなに気むずかしくもなるんだ、と素直に納得できました。ニュースなどで時々、障碍のある人の立場になってみるという企画が紹介されていて、数分間とか数時間車椅子に乗るというようなのはあるけれど、こうやって丸一日車椅子で連れ回されるとなると、数分とか数時間ではわからないこと、簡単にわかったと言ってしまえない部分が見えてくる。それがいいですね。デーヴィッドは、ショーンから見れば強いのだけれど、実はその強さはデーヴィッド自身の弱さの裏返しで、最後にデーヴィッドがほんとうに追い詰められたことから、結局2人がそれぞれに成長していく。障碍がある人との友情といった物語の場合、ややもすると障碍者の存在によって相手が深く物を考えて成長するというシチュエーションに陥りやすく、2人の成長が非対称になりがちなだけに、この本は心から納得できて、気持ちよかったです。とてもおもしろかった。

ジーナ:私もこれは読んでよかったなと思った本です。ストーリーもプロットもよくできていて、ぐいぐい読ませるし、先ほども出たように、デーヴィッドの現実を見て、ショーンがその見えない部分を想像していく過程、友だちがこんなふうに大変なのか、こういうふうに思うのかと気づいていく過程を、読者が追体験しながら読めるところがいいですね。車椅子バスケのマンガで『リアル』(井上雄彦作/集英社)というのがあって、あれは、車椅子に乗ることになったときに、若者1人1人が直面する苦悩や困難、家族や友だちと関係などがとてもよく描かれていて、マンガってここまで描けるのかと感動するのですが、私はデーヴィッドの葛藤を、あのマンガと重ねあわせながら想像して読みました。あと、この表紙と挿絵は、中学生には見えないし、バスケの迫力もないのが残念です。

紙魚:バスケ・車椅子バスケとくれば、井上雄彦の『スラムダンク』『リアル』というすばらしい名作があるので、どうしてもそれと比較すると厳しくなってしまいます。はたして『スラムダンク』に一喜一憂した子どもたちが、この本をもっとおもしろく感じてくれるかと考えると、マンガを超えるくらいおもしろい本でなければ、手にはとってもらうのは難しいのではと。そもそもスポーツというのは、言葉のない世界でもあると思うので、その言葉にしていない部分をどうやって魅力的な言葉におきかえていくかは、ものすごく難しい作業だと思いますし。それから、『DIVE!!』(森絵都/著 講談社)にしても『一瞬の風になれ』(佐藤多佳子/著 講談社)にしても、そのスポーツのことを知らなくても、競技の描写の部分もその気になって充分に楽しめます。それが、スポーツ小説のなかにはときどき、スポーツの場面を読み飛ばしたくなるようなものがあったりします。私はバスケ部だったのですが、そういう意味では、この本のバスケシーンはちょっと入りこめなかったかな。とはいっても、この本はバスケ小説というくくりではないかもしれませんね。
 いいなあと思ったのは、作者が、そして主人公のショーンが、デーヴィッドを「車椅子の少年」という視点から、単なる「デーヴィッド」として認識していく過程です。330ページに、「顔をあげると、反対側からコートに入ってくるデーヴィッドの姿が見えた。」とありますが、このときに、「顔をあげると、反対側からコートに入ってくる車椅子が見えた。」とあるよりも、ずっといいです。こうした細部に、作者の繊細さがあらわれるように思います。

ピョン吉:今回のテーマ、「スポーツもの」と限定せずに読んだとき、かなり綿密な取材をして描かれている物語だというのが第一印象でした。デーヴィッドとショーンのスタンスがわかりやすく、ショーンは感情移入しやすい立場として描かれているので、抵抗なく入っていけますね。ショーンの立場からデーヴィッドを見ているので、デーヴィッドの考えていることというのが、最初わかりづらかった。もう、ある程度自分に起こったことを乗り越えているように思えたんです。ところが段々にデーヴィッドの心のうちが見えてくるので、ああ、そこまでつらかったのねー、という感じでわかってきますね。ちょっとわからなかったのが、デーヴィッドは、父親の運転する車に乗っていて事故にあうんですけど、この父親はどう思っていたのかということ。もっと態度に表れてもいいのではないかという気がしました。とてもよかったシーンは、危険な崖での2人のシーン。ショーンがデーヴィッドに「わかる」というのだけれど、それまでの描かれ方がていねいに積み重ねられているので、浮いた言葉でなく読者にも伝わってきました。

うさこ:私もこの物語は好きで、ぐいぐいひっぱられながら読んで、最後、感動しました。読者はショーンとデーヴィッド、それぞれに共感できるだけでなく、2人の関係性にも共感できると思ったんです。ショーンは普通の男の子でこの年頃特有の悩みを抱えている、デーヴィッドはハンディキャップからくる絶望に近い思いや大きな挫折感も持ちながら、ひそかな希望も持っている。そういう点に読者はそれぞれに共感できると思いました。2人は、バスケへの思いという共通点を持ちながら近づいていくんだけど、残念ながら、バスケのシーンはそれほど出てきませんね。でも、つねに自分がデーヴィッドへの同情心から発言していないかと考えるショーンと、それを鋭く見抜こうとしているデーヴィッドの、2人の緊張感が、いっしょに行動しながら、だんだんと緩和されていき、自分の弱さもさらけだせるまでになり、相手のなかに1歩踏み込んでいく展開は、読者が、自分のなかの壁をのりこえていくことに重ねあわせて読めると思うのでよかったです。
 それと印象に残ったのが、デーヴィッドのいじらしさ。先生や女の子の前では強がったりおどけたりしているのに、ショーンと2人のときには辛い気持ちとか必死さや本音が垣間見え、ほろりとしてしまいました。ふだんの生活のなかで、障碍のある人を助けてあげたいと思いながらも、その人が本当に望むことは何でどうやって手を添えてあげたらいいのかわからないことが多いです。相手によって、それぞれ求めることも違うだろうし、そういう人を支えることって難しいなと思いました。会話のテンポのよさをさまたげない、一人称の地の文のリズムなどもよかったです。ひとつわからなかったのが、208ページ1行目「デーヴィッドが立っていた。」という描写で、車椅子なのに? と思ってしまいました。

たんぽぽ:すごくおもしろかったです。2人の気持になって、思わずふきだしたり、落ち込んでいるときは、「がんばれ!」なんて思ったりしました。ただ絵はお話のイメージと、ちょっと違うかなと思いました。

メリーさん:自分自身はインドア派だったので、スポーツものを読むと、こんなふうにスポーツを楽しめたらいいなと、半分あこがれの気持ちを持ちます。それでも、知らず知らずのうちに主人公に感情移入しているのは、やはり描写の力だと思います。スポーツものには、よく知られているスポーツを題材に、主人公たちの心理描写を重ねていくものと、新しいことにチャレンジする主人公たちを通して、スポーツそのもののおもしろさを描くものがあると思います。これは、よく知られているバスケットボールを通して、主人公の心を描く、前者だと思いますが、もう少しスポーツの描写があってもいいかなと感じました。運動が好きな子どもたちに、スポーツものを読んでもらうにはどうすればいいか、考えさせられます。いいなと思ったのは、ふたりの間に障碍という壁がありながらも、お互いの気持ちをわかりあおうとする部分。「お前におれの気持ちなんてわからない」と言われた後でも、あきらめない主人公に素直に共感できました。

ハリネズミ:スポーツものには、『一瞬の風になれ』みたいに、読みながら自分も一緒に走っているような気持ちになれるのもあるけど、これは、そういう作品とは違いますね。でも、これはこれで上質の文学だと思います。障碍者を理解しましょうとか、みんな仲良くしましょうなんて、表面的に言われても、なかなか心には届きませんが、この作品くらい心理の動きが綿密に書かれていると、読者も一緒になって体験できる。
 ショーンとデーヴィッドという異質な2人が仲良くなっていくという設定にも無理がなくてリアルよね。転校してきたデーヴィッドは、つっぱってるから周りになかなか理解してもらえないんだけど、内心では自分を特別視しない友だちを痛切にほしいと思っている。ショーンは、最初デーヴィッドを嫌なやつだと思っているんだけど、バスケのレギュラーになるためには停学処分を避けなくてはならないし、ワルのスコットとの付き合いもやめたいので、仕方なくデーヴィッドの世話役をやっている。そのうちに、お互いの距離が近づいて行くという設定です。車椅子体験をしてみる部分も、ショーンは「大変なことがよくわかった」のではなく、「その大変さは本人にしかわからない」ことを理解するんですね。深いな、と思いました。障碍者が登場する作品というと、『新ちゃんがないた』(佐藤州男著 文研出版)のように、「よく出来た」障碍者から学ぶという物語もありますが、この作品は障碍を負ったデーヴィッドのマイナス面や弱い面も描いていて、そこもリアル。
 それから表紙や挿絵ですが、どう見ても小学校3、4年生の体つきですよね。主人公たちは8年生なので、中学生に読んでもらいたい作品ですが、これだと中学生がなかなか手を伸ばさないのではないかと思います。

一同:うーん。確かに。

ウグイス:表紙の絵を見て、私はこの子は白人じゃないと思って読み始めてしまいました。挿絵も最初の方は顔が黒っぽいんだけど、途中に白人のような顔つきも出てくる。自分のイメージをさまたげるような挿絵だったのが残念。

ミラボー:ぼくも、いい本に出会えたなあと思いました。透明なカバーの装丁はかっこいいなと思ったんだけど、絵がよくないですね。人種が何かといった記述は出てこないようです。もしかすると原書では、スラングなどの言葉遣いからだいたいわかるようになっているのかもしれませんが。デーヴィッドは車椅子生活という障害を克服して強く生きているんだなと思いながら読んでいたのだけど、じつは想像した以上に障碍が重くて、後半でしたっけ、おしっこを漏らすシーンがありますよね、おしっこのコントロールもできないということは、はっきり言ってしまえばおそらく性的な能力もだめになっているでしょうから、相当なショックでしょう。特に元気な時はバスケットのヒーローだったわけですから。それで、崖のシーンにつながってきます。デーヴィッドがずっと立派な障碍者であったわけではない。ドライブスルーで無理やり乗り切ってしまう場面からは、相当な苛立ちが見て取れます。生きていてもしょうがないと思うようになる流れにうまくつながっていると思います。
 この本はデーヴィッドが車椅子バスケットの試合に出場する場面で終わりますが、現状をありのままに受け入れて前向きに生きていこうということでしょう。デーヴィッドの人間的な面が書かれていて、すぐれた作品であると評価できます。ショーン自身も、悪い友だちにひっぱられて処分をくらうような問題児であったのが、デーヴィッドの助けもあり学校代表のバスケットチームに選ばれていく所など、ユーモラスに描かれてますよね。

マタタビ:障碍をもっていることのいろんな側面を生かしている作品で、新鮮な感動がありました。最初はショーンがデーヴィッドのペースにひっぱられているのだけれど、障碍を越えた人間としての生々しい葛藤や痛みが描かれることで、単に友情をたたえるというさわやかな結末ではなく、いろんなことを考えさせられるものになっている点がすごいなと思いました。2人が車椅子で街を抜けて走っていく部分がリアルで、読んでいて実感できました。この部分を読んで、障碍がある人の生活を体験するっていうことが、そういう人のおかれている状況を知る上で何より近道であることがわかりました。作者自身、実際に車椅子体験をして書いているようなので、説得力のある文章になるんですね。
 デーヴィッドの家庭で、「のりこえていくのは簡単じゃない」とお母さんが言いますが、障碍を抱えて生きて行かなくてはならない現実の厳しさ、そのしんどさから目をそらさないで、2人が本当の友だちになっていくところが、この作品が子どもたちをひっぱっていくところでしょうか。「リバウンド」という言葉の意味も、作品の主題としてしっかり活かされているなあと思います。何回も失敗してもまたひろって次にチャレンジしていくというメッセージにもつながっていて、ティーンエイジャーの子どもたちにぜひ読ませたい。

(「子どもの本で言いたい放題」2008年4月の記録)